ムウ・ラ・フラガ現在2周目   作:八段腹おじさん

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守りたいもの

カガリにとって、その経験は人生に強烈な楔を打ち込んだ。

ブリッツに抱えられアークエンジェルへ着艦し、降ろされ、そして同じくブリッツから降りたムウと対面する。

メカニックの面々は自然と両パイロットを囲むように集まって、そして艦橋からはナタルも駆けつけ、また同年代かつ幾らか話し込んだカトーゼミの少年少女達までもが、扉の隙間からの遠巻きにだが心配そうに場を見守っていた。

 

「ねぇ…あの人、カガリさんだっけ?…どうなっちゃうの?」

 

ミリアリアが、彼氏のトールを見つつも友人全員に尋ねれば、仲間内のリーダー格であるサイが答える。

 

「…軍事機密に自分から関わっちゃったんだ。俺達の時とは状況が違う。

…無事じゃ済まないんじゃないかな」

 

かわいそうだけど、と最後に付け加えただけ彼も優しい部類だろう。

 

「でも、あの娘もバカよね。なんで自分からあんなモノに関わろうとしたんだろう」

 

フレイがサイの腕に軽く抱きつきながら言うと、今度はキラが口を開いた。

 

「…あの娘、食堂を飛び出す時、オーブの人間の自分に責任があるって…だから私が皆を守らなきゃいけないって…そう、言ってたんだ…」

 

「えぇ~?そんなの、おかしいわよ。あの娘が造ったわけじゃないでしょう?アレ。

オーブ人は、連合軍に巻き込まれた被害者じゃない!何言ってるのって感じじゃない?」

 

「う、うん…そうだろうけど…」

 

仲間内のマドンナ、フレイが真っ直ぐにキラの目を見返してそう言ったから、彼女に一種の憧れを抱くキラは少しドギマギしてしまうのは仕方ないだろう。

次に喋ったのはカズイだった。

 

「…ひょっとして、モルゲンレーテの重役の娘、とか?

あのMSを造っちゃった人の家族なんじゃない?…だったら結構責任あるのかもね」

 

眉をしかめながら披露した彼の邪推は、皮肉にも最も正解に近い。

少年達が口々に予想、心配を、あーでもないこーでもないと言い合っている間も、ナタル・バジルールはかなり強い口調で彼女に〝自分がしでかした事の大きさ〟をアスハの名を伏せつつ説き続けたが、やがて事態は進展した。

ナタルの説教を見守っていたムウが、「彼女も、少尉の言いたいことは解ったろうから」と、ナタルにハンドサインでバトンタッチを指示をすると、つかつかとカガリへと近づく。

ムウと交代しつつもカガリへキツイ視線を浴びせ続けるナタルだったが、軍関係者ではない野次馬少年少女らが隙間から覗いているのに気付いて「ここは民間人は立入禁止だ!!」と一喝すれば、サイ達は蜘蛛の子を散らしたように慌てて廊下へと退散していった。

いつもは飄々としているムウの顔は、無表情のような生真面目さで、しかもよくよく観察すればムウは若干ふらついていたが、それを彼はポーカーフェイスで押し殺す。

 

「さて、言いたいことは大体全部、少尉が言ってくれたから、俺は多くは言わん」

 

「…」

 

カガリは俯くばかりだった。

 

「君がしでかした事の重大さ…もう解っているよな?」

 

ムウの言葉に、少女は小さく、コクリと頷いた。

 

「まったく…本来なら、この場で銃殺刑もおかしくないんだぜ…?

でも、俺だって守るべき民間人を自分で殺したくはないし、ま…取り敢えずは鉛玉の代わりに鉄拳一発と、反省室行きで勘弁してやる。

けど〝取り敢えず〟って事を忘れるなよ、カガリ。この件…後々まで尾を引くぞ。

君の……()()にまで影響はするだろう…それは覚悟しておけ」

 

「っ!」

 

ムウのその指摘に、カガリは肩を僅かにビクリとさせた。

 

「じゃ、いくぞ…………歯を食いしばれ」

 

「あ………、っ…わ、わかった」

 

カガリは一瞬呆けたような顔になったが、すぐに、次の瞬間自分に起きる事を理解し、受け入れた。

ナタルも、マリューも、マードック達も、鉄拳制裁程度ならば随分と穏便な処置だとすら思う。

ムウの拳が振り上げられ、カガリは思わず目を瞑り…

 

 

――バキッ

 

 

という鈍い音が格納庫に響いて、少女の体が半無重力の格納庫をゆっくり揺蕩っていった。

解ってても、自業自得だと思っていても、その光景を見るのが辛い者がいる。

だが、辛くとも自分は見届けなくてはいけない気がして、ナタルに叱られても尚、そこにこっそりと居座っていた者…キラ・ヤマトだった。

 

(っ…僕の、僕のせいで…彼女は、こんな目にあっているんじゃないか…?)

 

自分が戦っていれば、戦えるのに、なのに戦わなかったから、だから彼女は無理をして戦場に飛び出して、そして、その結果皆を危険に晒して、自分自身も危険な目にあって傷ついてしまっているのではないか。

優しいキラはそう思わずにはいられない。

思わず隠れていた物陰から飛び出し、流されるカガリを受け止めた。

ナタルがそれを見咎めて、またも「民間人は下がっていろと言ったはずだ!」と口喧しく言っても、キラはカガリを優しく支えていた。

 

「だ、大丈夫…?」

 

「…平気だ、これぐらい」

 

カガリの美しくも勇ましさを感じさせる整った顔立ち。その頬が少し赤く腫れ始めて痛々しい。

彼女の瞳が涙に濡れているのは、頬が痛いからではなかった。

自分がやってしまった事をナタルにこんこんと指摘され、自分がとんでもないバカをしたのだと理解したが故。

自分の世間知らずな愚かっぷりが嫌になって、自分に対する嫌悪感から出た涙だった。

カガリを優しく受け止めたキラ、という光景を見て、ムウが感慨深そうに息を吐いて、そして少しだけ微笑んだ。

 

(優しいよな、キラ…お前ってやつはさ)

 

無意識に兄妹の親しさを、二人は感じているのだろうか。

たとえ遺伝子が似通っていなくとも、二人は血の繋がった兄妹。

ムウは、血の縁というものの奇妙さと不可思議と、そして強さを知っている。

本人が望もうと望むまいとも、血統は付いて回るのだ。

微笑ましいものを感じながらも、ムウとしては大人の、軍人の対応をせざるを得ない。

心を切り替え、バジルール少尉へ手招きし、そして余りしたくない話をする。

 

「本来なら…民間人を営倉入りなんてさせられないが…。

俺の責任で、彼女をブチ込む。いいかな、少尉」

 

「致し方のない判断だと、小官も思います」

 

「…少尉のお墨付きなら、俺も安心できるな。

営倉の方が危害を与えられる危険性もないし、今後勝手な事もされないで済む」

 

確かにその通りと、ナタルも内心で同意していた。

なるほど、カガリがアスハの人間で、G兵器製造に関わっている国の要人だと解れば、その件で戦争に巻き込まれたヘリオポリス市民からは恨まれるかもしれない。

それに、彼女の無謀な行動で避難船と化しているアークエンジェルそのものも危険に晒されているから、余り居住ブロックをうろうろして欲しくもない。

普段は善良な市民でも、戦争の只中に巻き込まれた異常事態ではいつ暴徒と化すかも解らず、カガリが私刑(リンチ)に遭う可能性はある。

こんな事を仕出かされた後でも、彼ら連合軍人には、オーブの姫を守る必要があった。

 

だが、こういう事を戦闘から帰還した直後に、全身の神経網を酷使した後で思考するのは、酷い激務だ。

ムウの全神経が痛み続けていた。

 

(あぁ、この感じ…運動不足からの激しい運動して…次の日の朝…の2倍くらいだな…)

 

自分でも痛みを誤魔化したいのか、内心ですらコミカルに言い例えて自分の意識を痛みから逸らす。

 

「………では、バジルール少尉。

彼女を身体検査した後、営倉入りを見届けてくれ」

 

「はっ!」

 

美しいとさえ思わせる敬礼を返し、ナタルは意気消沈しているカガリをキラから受け取ると、その場で幾らかの規則やら注意事項を彼女へ説明し始めた。

それをキラは、心底心配そうに眺めてからムウの方へ向き直る。

 

「あの――」

 

少年が、去ろうとしていたムウへ話しかければ、ムウは歩みを止める。

振り返ったムウは、少し足取りが怪しい。

 

「どうした、キラ」

 

しかしムウはいつも通りの軽薄そうな笑みを浮かべて少年を見て、そう返事をした。

 

「彼女は…カガリはどうなるんですか?」

 

「…このまま、営倉っていってな…まぁちょっとした反省部屋みたいのに入ってもらって、その後はアラスカの基地についてから解放ってとこかな」

 

「そこで、無罪放免になるんでしょうか…」

 

一瞬、言葉に詰まってからムウは言う。

 

「色々、事情聴取をして、身元確認して……色々たらい回しにされて大変だろうけど、彼女の身の安全は保証する」

 

「……本当、ですよね?」

 

「あぁ、それは俺の…エンデュミオンの鷹の名にかけて約束する。

100%だよ。絶対安全だ」

 

そう言い切れる種明かしをすれば、実に簡単で当たり前の事。

カガリ・ユラ・アスハはオーブの国家元首の娘なのだから。

身の安全だけは必ず保証されるに決まっていた。

だからムウは、そう自信たっぷりに言い切れたわけだが、ムウは自分が実に嫌らしい言葉遊びをしている気分で、大人の嫌らしさというモノが己から吹き出ていると実感してしまう。

嘘は言っていない。

だが、今回の件でカガリは、本当に大きな事をしてしまったのだと…後々後悔するのは目に見えていた。

彼女の正義感が、オーブという中立国の運命を、そこに住む人々の運命を決してしまう可能性があった。

 

 

ムウとしても、出来るなら全てを穏便に済ませて事実を隠蔽したい。

その方が色々と楽だし、彼の〝今後の計画〟に関してもプラスの結果になるだろうから。

今後の計画…それは、降ろした民間人(キラ)達をオーブへ返還して、それ以降は連合上層部に働きかけてでもオーブと友好的無関係(中立)を保ちつつ、ザフト軍を徹底的に叩いて、連合の確固たる勝利を築きつつ戦争の早期決着を狙う…という極めてシンプルなものだ。

出来ると思っていた。

前史で人類を終わらせかけた、ジェネシスと核ミサイルの応酬合戦も、戦局が泥沼化し長引いたのも原因の一つ。

泥沼化したその時でさえ、G兵器の納入が遅れたにも関わらず、ダガーシリーズの生産は始まって、しかもそれの性能と数はザフトを急速に圧迫していた。

だから、今回はスピーディな航海でとっととG兵器とアークエンジェルの実践データをジョシュアに届けてしまえば、連合の圧倒的有利に傾けることが出来るのではと考えたのだ。

 

ブリッツを取り戻せたのも、ムウがその方針で行くことを決意させた要因の一つだ。

ジェネシスの存在の発覚が遅れたのは、ブリッツのミラージュコロイド・ステルス技術が漏洩し、ザフト軍に転用されてしまったのが大きい。

あんなとんでもない巨大な殲滅兵器が製造されていると早々にバレてしまえば、プラント国内でも反対派が動くだろうし、連合だって動きを早めるのは確実だと予想できる。

タイムスケジュールを押し押しで攻め上がれば、ジェネシスも間に合わないかもしれないし、連合だって核ミサイルを使う決断をしないかもしれない。

今時大戦での最強格MSである、フリーダムやジャスティス、プロヴィデンスのロールアウトより早く戦争が終結するかもしれない。

不確定な〝かもしれない〟など切り捨てるべきとムウの軍人的思考は言っているのに、今後を見据えれば〝かもしれない〟に縋るしかないのは、自分でも滑稽だった。

 

そうやって、連合を大勝利に導ければ、コーディネイターなど大した事はないと…コーディネイターに対するナチュラルの劣等感や、自分達ナチュラルがコーディネイターに取って代わられるという警戒感も、多少は薄れていくのではないか。オーブを蚊帳の外に置いて戦争を終わらせれば、キラ達は今後も戦争に関わらずに生きていけるのではないか。

ムウはその可能性に賭けようとしていた。

勿論、それが全てが良い方向に転がった上での希望的観測の連鎖の結果で、穴だらけの杜撰な計画とは理解していたが、一パイロットである(今は艦長でもあるが)ムウにそれ以上の詳細な青写真は描けない。

それに、それぐらい明日は良い方向に向かうとでも思わなければ、前に進めない。それぐらいには、この世界の現状は酷いのだから。

しかし、それはそれとしてムウの当初の計画は早くも狂いが生じている。

 

(俺って、本当にダメだな…なんて迂闊な計画だよ…ったく。

これでオーブは中立でいられなくなるだろう。

カガリが…ストライクをカタパルトに乗せた時に、ブリッツで取り押さえるべきだったか?

しかし…下手をすりゃ、本当にあの時、嬢ちゃんは艦内で暴れかねなかった。

カガリも生きているし、ストライクも、アークエンジェルも無事だった…最悪だけは避けられたって思いたいがね…)

 

自己嫌悪ばかりが募っていく。

このままでは、前史の悲劇がまた待っているぞと、脳裏のどこかでアル・ダ・フラガが笑っている気がする。

前と同じ動きでは、前と同じ考えでは、同じ悲劇が近づいてくる。その焦りだけが拡がる。

 

(俺は…人類全部を助けたいなんて、大層な事を考えちゃいない。

俺は、キラやマリュー…この艦の皆を守れるだけでいいんだ。

そのためなら…どんな汚い事だってやってやるさ)

 

皆と別れ、一人なのを確認してから、通路の壁に手をついて体重を預けた。

 

「…っ」

 

体全部を引き摺るように、ムウは自分の艦長室へ向かい、そして扉を開け、痛みで体が動かなくなってしまう前に医療キットを引っ掻き回した。

幾つかの無針アンプル剤から一本を取り出し、ノーマルスーツをはだけさせて、二の腕へと押し付けた。

ムウの疲労しきった肉体と精神に薬剤が染み渡る。

 

「……う……く………かぁ~~っ、仕事終わりの後の一本は…格別ってね…」

 

こんなのは酒と同じだと自分に言い聞かせるに、己自身を茶化す。

今は薬物だけがムウの苦痛を和らげる。

苦痛だらけで重たかった肉体が軽さを取り戻し、もうよろける事はない。

痛みが激しすぎると眠る事もままならないが、安眠…とまではいかないがこれならば眠れるだろう。

ムウは部屋の通信機のスイッチを押してナタルを呼び出した。

 

「少尉」

 

ムウが呼びかけると、ナタルは直様生真面目な声を投げて寄越した。

 

『はっ』

 

「俺は2時間程眠る。何かあったら起こしてくれ」

 

『了解致しました。ゆっくりお休みください』

 

「よろしくな」

 

そう言ってスイッチを切ろうとした時、通信機向こうで『あ…』という、何か言いたげなナタルの声が少しだけ聞こえた。

 

「…どうした?まだ何かあったか?」

 

『あ、あの…起こす必要はありますでしょうか』

 

「…あ~、そうだな。寝坊するかもしれんから…よろしく」

 

『っは、はい!』

 

「飛び切り色っぽいモーニングコールをリクエストしちゃうぜ。頼むな少尉」

 

『は…え…?い、いや、それは…!その…!えぇと…』

 

ナタルのような真面目な軍人は、こうしてちょいとからかうと楽しい。

今は亡きグリマルディ戦線の仲間達も、よくこうやってからかったりからかわれたりだったなと、ムウは一人心で微笑む。

しどろもどろなナタルを楽しみつつ、一言謝った。

 

「冗談だ。すまない、バジルール少尉。

もし起きなかったら、手の空いてる者に適当に連絡させてくれ」

 

『…お、お気をつけください。こういう発言も、セクハラに値します』

 

「悪かったよ…。セクハラで軍法会議だけは勘弁してくれ」

 

『…出撃の際、ラミアス大尉へもハラスメント行為をしたという噂がありますが』

 

「げっ」

 

なんで知ってるの、とムウは思ったが、今や整備班のマドンナであるマリューに、格納庫で出合い頭にケツを触って嬌声をあげさせたのだから整備班全員に目撃されている。

 

「ゆ、許してくれないか…?少尉」

 

『……』

 

この沈黙の時間が怖い。

前史で、マリューの情に絆された行為を、全て記録し纏めて上層部に報告しようとしたナタルだ。

ムウのセクハラ行為を全て記録されては、エンデュミオンの鷹の羽は折れて墜落してしまう。

そうなったら暴露本でも書いて余生を過ごすしかない。

 

『以後、お気をつけください。その…か、艦長には重責もありますし…溜まった鬱憤は、私が晴らしてさしあげますから』

 

「え?それって…」

 

なんという爆弾発言だ、とムウは思ったが、慌ててナタルは否定する。

 

『ち、違いますよ!その…下世話な方面ではなく、愚痴を聞いたり、一緒にコーヒーを飲んでくつろいだり…!』

 

「…あ、あぁ、そういうことね。ありがとう少尉」

 

でも、そういう方面を期待したなぁ…と心の声が漏れて、再度セクハラ発言をしたムウに、ナタルは即座に通信機を切った。

 

「まずいか…?怒らせてしまったかもしれんぞ」

 

前史でもナタルとはそう深い付き合いは無かった。

だからこそだろうか…色々な反応が楽しく新鮮で、からかい過ぎてしまう。

しかし、深追いし過ぎて、ナタルとの対人関係が本当に悪くなってしまっては、今のムウには致命傷だ。

なにせ、パイロットもやらなくてはならないムウは艦長としての指揮技能は、全部ナタルに頼るつもりが満々なのだから。

 

「後でもう一度謝っておこう…」

 

ベッドに倒れながら、そう呟いてムウは目を閉じる。

久々の睡眠を、今はただ貪りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キラの足は自然と営倉へと向かっていた。

サイやトールと話していても、どこか心が落ち着かない。

ずっと、自分の代わりにストライクに乗ってしまったあの娘の事が気になっていた。

 

「あの…」

 

「……」

 

見張りもおらず、少女は格子の向こうで独り寝転がっていた。

キラの声にも反応しない。

 

「……寝ているの?」

 

小さな声で、キラは確かめるように言えば「起きてる」とだけ返事がきた。

少女がだるそうに体をもたげて、キラを見た。

 

「何の用だ…私に会うと、あのナタルって人に怒られるぞ。お前も」

 

「…えぇと…その……ほっぺた、大丈夫かなって」

 

カガリがチラリと視線を移すと、キラの手には新しい氷嚢が握られていた。

自分を気遣ってくれる優しさが解ってカガリは内心嬉しかったが、それを素直に出せるような状況でもない。

 

「大した事ないって言ったろ。

ちゃんと…金髪のパイロットの奴、手加減してくれたよ」

 

「あの人、ムウさんって言うんだ」

 

「…ふーん」

 

そこで二人の会話が途切れた。

カガリには特に話すような事もあるとは思えないから、自分から話を振ることもしない。

むしろ、今は放っておいて欲しいと少女は思っていた。

無軌道一直線のカガリでも、あれだけナタルに説教を食らっては自分がどれ程のバカをやったかは理解した。

それだけナタルからの言葉は辛辣だったし、一言の歯向かいも許されなかった説教は初めてだったのは、さすがに甘やかされて育ったお嬢様だ。

それに加え、人生で初めて〝殴られる〟という経験。

いつも強気だったお転婆姫は、さすがにすっかり意気消沈していた。

 

「…氷、ありがとう」

 

格子状の隙間から、カガリが手を伸ばせば、キラがそれを優しく手渡す。

 

「ちょっと、腫れてる」

 

「そりゃ、殴られたから、な」

 

「ごめん」

 

「なんでお前が謝るんだ?」

 

少し俯き加減のキラを、カガリは本当に解らないという表情で眺め、首を傾げる。

キラは何を言うかを考えているようで、また会話が途切れて、カガリはキラの顔をまじまじと見る。

 

(…きれいな顔)

 

同年代の異性の顔を、こんな風にゆっくりと見たのは初めてかもしれないとカガリは思う。

暗い顔をしているが、かなり容姿は整っている。

特に瞳が綺麗だとカガリは思った。見ていると吸い込まれそうな、ダークブルーの瞳だ。

思わず見惚れそうになった時、ようやくキラが再び口を開いた。

 

「本当は僕が乗るべきだったんだ。あのガンダムに…」

 

「ガンダム…?あぁストライクの事か。

…お前は乗れる能力があっただけで乗りたくなかったんだろ?」

 

「う、うん…まぁ…」

 

「だったら、乗っちゃダメだろ。

ああいうのは…乗る意志が…戦う意志がある奴が乗る資格がある。

正義とか、理念とか…そういう強い心を持って戦う奴の為のもので………って、違うか。

…そう思ってたけど、違ったんだよな。

正義感とか、信念とか…そんなものだけじゃ、全然ダメだった。

……お前みたいなへなちょこの弱虫…普通の喧嘩だったら私が守ってやれたんだけど、あんな戦争じゃな。

ああいう兵器を使って良いのは…きっと、あのムウって人みたいな奴なんだろうな。

私とか…お前とか…意志か力…どっちかが欠けてちゃダメなんだ。きっと。

それに、お前だって民間人だし…乗ったら殴られるぞ」

 

私みたいに。と付け足したカガリは自傷気味に苦笑いを浮かべる。

その苦笑いが、キラの心には一層響く。

 

「…確かに、ムウさんもナタルさんも悪くない。君がやった事はいけない事だった…。

でも僕が、こんなだから君…君にあんな事をやらせてしまった。

君がそんな辛い目にあった…」

 

「君、君って…名前教えたんだから名前で呼べよ」

 

「あ……カ、カガリ…さん」

 

「〝さん〟もいらない」

 

「…カガリ」

 

「…うん」

 

そこで、初めてキラはカガリの微笑みを見た。

さっきの苦笑いとも違う。

今までは仏頂面とかしかめっ面とか、怒った顔とか、泣いた顔しか見たことが無かったが、キラはカガリの微笑んだ顔に一瞬見惚れた。

二人は、互いが互いに妙に惹かれるものを感じているらしかった。

 

「その…君…じゃなくて…カガリは、そういう顔の方がいいよ」

 

「は、はぁ?……お、お前…こんなとこで…く、口説こうっていうのか?」

 

「え…?………えぇ!?ち、違うよ。

た、ただ僕は…本当にカガリは笑ってたほうが良いって思ったんだ」

 

年相応に思わず赤面してキラは吃る。カガリもだった。

 

「そ、そういうセリフってのが、なんか口説いてるみたいだろって言ってるんだよ!

背中がムズムズするだろ…!や、やめろよ…」

 

「ご、ごめん」

 

「お前…すぐ謝るのもやめろって」

 

「…うん」

 

そこで三度会話が途切れた。

三度目の沈黙は、先程よりも少し長かった。

こんな独房エリアで、甘酸っぱさが漂うのはとてつもなく珍しい。

ムウあたりが見ていたら、ハラハラと物陰から観戦してしまっていただろう。

双子なのに、こんな甘酸っぱさを醸し出してしまっては、ムウの気は休まらないだろうから、いっそ居合わせなくて喜ばしい。

その沈黙も、キラが意を決した事で再び破られた。

 

「僕が…君を守る」

 

「っ……は、ハァ!?だ、だからさ…お、お前って…そういう歯の浮くような事…!」

 

カガリは、氷嚢で顔半分を隠す。

彼女の顔が赤いのは、きっと殴られた腫れだけではないだろう。

 

「正直…戦争になんて関わりたくない…でも!

この船には、友達が乗っている…君が、乗っている。

僕が乗らなかったせいで、君は泣いたんだ……。

僕は君に泣いて欲しくない…だから、僕がMSに、ガンダムに乗る」

 

そう言い切った少年のダークブルーの瞳は、今までのように気弱さに揺れてはいなかった。

カガリは、何も言えずにその瞳に見入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、君ですか」

 

ニコルが言った。

彼の元を訪れるのは一人しかいない。

これで二度目の邂逅となるのはキラ・ヤマト。

同じコーディネイターの少年であり、そして、警戒して話してみたものの、話してみれば予想を遥かに超える相性の良さから、ニコル自身驚くほどにキラにはフレンドリーになってしまっていた。

 

「…どうしました?元気がないですね」

 

今も手足を縛られてベッドに括り付けられていながら、ニコルは慣れたようにキラへ笑顔を向けている。

縛られている自分より、明らかに数時間前よりも元気がなくなっているキラの方を心配するニコルは、キラに負けず劣らず優しい少年だった。

キラがニコルの顔をちらちら何度か見て、何か話そうとする度、また止めて暗い顔に戻る。

 

「…僕と一緒に、プラントに逃げる気になりました?」

 

「そ、そんな事…僕には、出来ないよ」

 

ニコルは初接触の時に、一人孤独なコーディネイターであるキラを説得して一緒に逃げようと提案した事がある。

思い詰めた風のキラが、とうとうその決断をしてくれたのかもしれないと思ったが、やはりそうではないらしい。

 

「でも君はコーディネイターです。

それに………アスランと友達なんでしょう?

小さい頃からの親友なんでしょう?」

 

話してみれば、「僕にもコーディネイターの親友がいた」という話題が出たのは当然で、アスランという共通の親友がいたのにはキラとニコルも驚いて、そしてすぐに意気投合したのだ。

互いにアスランの良い所、悪い所で盛り上がり、お互いが知らぬ時期のアスランを知っているのもあって、その情報共有は楽しかった。

キラにとって、戦争に巻きまれる前のような…()()を忘れて、取るに足らない話で盛り上がれた貴重な時間だった。

 

「そうだよ…アスランは、大切な幼馴染だ。

でも……この船にも、大切な友達が乗っている」

 

「…さっきの揺れ。あれは戦闘ですよね?

この艦にいる限り、ずっとこんな事が起きます。この船は軍艦ですから…。

いかにエンデュミオンの鷹が強くても…一人で出来る事はたかが知れている…。

いつかは、鷹も追い詰められます。

そうなったら…きっと君に白羽の矢を立てられてしまう。

キラくんは…MSに乗って、アスランと戦いたいんですか?」

 

キラの顔が悲愴に歪む。

 

「そんなの!そんなのは…したくない」

 

「だったら…僕のこの縄を解いてください。一緒に逃げましょう。

キラくんの身の安全は僕が保証します。絶対、アスランだって君を守りますよ」

 

「もし逃げて…ザフトに行ったとして…君達はこのアークエンジェルをどうする?」

 

「…それは――」

 

ニコルの顔もそこで曇った。

変に気が合ってしまったからこそ。ニコルもまた若く、純心で、優しい誠実な少年だからこそ、キラには誠実でありたいと思うから、詭弁を弄せない。

ここで、嘘でもいいから「アークエンジェルも破壊しないで、乗員は全員保護する」とは約定できないのがニコルだった。

今のプラントも、全体的に〝ナチュラル憎し〟で固まってきている。

特に軍部にはそういう者が多い。

下手をすれば、民間人含めて全員銃殺刑も有り得るのが今のプラントだ。

 

「僕は…」

 

キラが、強い目となってニコルへ言い出した。

 

「僕は…MSに乗る」

 

「な…」

 

ニコルの優しげな目が大きくなってキラを見る。

短い付き合いだが、キラが戦う人ではない事はニコルにも解る。

自分も向いていないが、キラという人は下手をすれば自分以上に戦争を割り切れず、人を傷つける事を厭う少年だと、ニコルは確信しているのだ。

 

「同じコーディネイターと…アスランと、戦うんですか?君が?」

 

「…うん」

 

「なんで!どうしてですか!…この艦の人達に、何か言われたんですか?」

 

「違う。ここの軍人さん達は…皆、良くしてくれるんだ。

ムウさんは…あの人は、特に…コーディネイターだとか、そういうの関係無いって言ってくれて…本当は、きっと僕を乗せたいのに…乗るなって言ってくれたんだ。

戦争なんて大人に任せておけばいいんだって」

 

「……………あの人はそういう人かもしれません」

 

ほんの僅かに話しただけだが、ニコルにもムウという人が種族的な垣根を越えて、戦争そのものを見つめていた…そういう人物なんだと思える。

 

「そのムウさんは…すごく辛そうだった。

どんなに凄くても、ナチュラルの人にコーディネイター用のOSは、やっぱり無茶だったんだ。

あんなにボロボロに疲れるまで乗ってたら…あんな戦いを毎回やっていたら、きっとムウさんは……!」

 

「そうでしょうね。

僕達クルーゼ隊を立て続けに手玉に取った、あの戦いぶり。

あれをコーディネイター向けのOSで、毎戦闘やるのは、命を削るようなものです。

…………エンデュミオンの鷹は、近い内に死にます」

 

「っ!」

 

まだ出会って間もないが、ムウ・ラ・フラガという人の温もりは、まるで両親から与えられる家族愛にも似た温かさだった。

兄がいたら、きっとあのような温かさなのだろうと感じさせた。そういう人だった。

だから、そういう人が、独りで戦いを背負い込んで死に近づいていくのは、キラには辛いことだった。

ニコルに、改めて死を明言されて、キラの意志はより明確になっていく。

この船で出会ったムウとカガリは、もう既にキラにとって喪ってはいけない人となってきていた。

 

「でも、あの人はそうでも、ナチュラルの殆どの人は、君を利用しようとしているんじゃありませんか?」

 

「そうかもしれない。でも…でも違ったんだ。

ニコルくん。もう一人、いたんだよ。

僕を…僕達を…ナチュラルとかコーディネイターとか、そういう色眼鏡無しに見てくれた娘が」

 

「え…?」

 

「カガリなんだ。

カガリは…MSには乗りたい奴だけが乗ればいいって…。

お前みたいな弱っちい奴は、私が守ってやるから引っ込んでろって、そう言ってくれたんだ」

 

「カガリ…」

 

そういう名の人物の情報はニコルにはない。

というよりも、キラとムウと、そして尋問にやってきたナタル、そして軍医…それ以外の人物とはニコルは接触していない。捕虜だから当たり前なのだが。

それでもニコルには、キラが、そのカガリという少女に惹かれているのだろうとは察しがつく。

恋とか愛は、シンプルに男を変える。強くする。

そこには政治的理念も道徳の善悪も関係なく、ただ情愛の為に戦うという事は、古来からの男の本能で、特権だった。

そんな事の為に戦うな、などとはこの世の誰にも言えた義理ではない。

愛のために起きた戦争だって、歴史には幾らもある。

 

「カガリは、泣いていた。

僕が乗らなかったから、代わりに乗ってくれて…そして、戦争の怖さを味わって…!

僕の代わりに殴られて…!本当なら、僕が戦場(あそこ)に立って…僕がムウさんに殴られなきゃいけなかったんだ」

 

「だからって…君が乗ったら、今度は君が辛い思いをしますよ!

君は…君は、戦争を甘く見てますよ!

アスランと殺し合うんですよ!?

君が、君の意思でMSに乗ったら、もう言い訳もできない!誰のせいにも出来ない!

君の意思で、君の手で、同胞を…アスランを殺せるんですか!?」

 

ニコルは、目の前のこの少年が好きになり始めていたし、そしてアスランの事も大切な友人だった。

イザークもディアッカもミゲルもだ。

そんな人達が、これから殺し合おうというのをただ黙って見てられる程、ニコルは薄情ではない。

 

「…っ」

 

「……そもそも、君は人を…殺せますか?」

 

MSに乗っていれば、人を殺す感覚というものは…罪悪感というものは酷く軽減されてしまう。

それこそ、ザフトの友軍の中にも、ゲーム感覚で敵を墜とす者は多い。

戦争だから綺麗事は言っていられないが、どんな理屈を並べてもMS乗りは人殺しだ。

ニコルは、まだ幼いながらも、アカデミーに入る時にそれを自分なりに覚悟した。

初めて人を殺した時…敵MAを落とした時…心は張り裂けそうだったが、それでも踏ん張れたのは故郷の母を、父を、仲間を守る為だった。

 

「キラくん…君は………この艦の人達を守るために、カガリという娘を守る為に…人殺しになれますか?」

 

ニコルは、いっそ泣きそうなくらいの目でキラを見る。じっと見つめる。

 

「……その覚悟が出来るまで…君はMSに乗るべきじゃありません。

でないと、君がアスランに殺されます。

僕は…アスランにも、君にも…死んで欲しくない」

 

「それでも、僕は…守りたい人がいる」

 

強い意志が宿るキラの瞳を少し見て、ニコルは深い息を吐く。

 

「ふぅ……………でも、そもそもですよ?

僕にそんな事、相談するのがおかしいですよ、キラくん」

 

同じコーディネイターの少年とはいえ、自分はザフトの軍人で、そういう割り切りはもはや出来る筈だ。

なのに、こんな事にムキになって熱く語りあってはいけない。

ニコルは自分に言い聞かせた。

少しの間、少年達は見つめ合った。

 

「君の故郷を襲った敵に、戦うかどうか相談するなんて…前代未聞ですね、キラくんは」

 

ニコルの優しい笑顔を見ていると、キラの心は落ち着いてくる。

もっと早く、自分とニコルは出会うべきだったと思う。

 

「うん。…そうだね、変だよね…」

 

「ふふ…」

 

「はは…あははは」

 

きっとキラはMSに乗ってしまうだろう…。それはニコルにとって確信に近い予感だった。

いつかは自分達も殺し合う時が来るのかもしれない。

キラとニコルはそう思ったが、その予感が当たらないようにとも、二人は心底で祈っていた。

そしてニコルは、キラの淡い初恋が成就する事も僅かに祈ってやるのだった。

 




近親相姦タグを入れるべきか…
いや…まだだ…まだ…セーフ
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