ムウ・ラ・フラガ現在2周目   作:八段腹おじさん

5 / 7
宿世

ムウは拡大した先読みによって未来を視た。

それは悲劇を回避できる祝福だが、同時に呪いだった。

薬物の助けを借りての僅かな間の眠りも、ムウには安息たり得ない。

 

「う…」

 

眠るムウの額に、頬に、背に、脂汗が滲む。

肉体疲労もあるが、それよりもムウを苛む悪夢が理由だった。

 

孤軍奮闘するキラのMSを、四方からサーベルで斬りかかり襲う敵機と、その敵機ごと…味方ごとキラを撃ち抜くMSの群れ。

雲霞の如くのMSに襲われ、炎の中に沈み崩れていくアークエンジェルの姿。

信頼する仲間の、愛した女の、心許した者達の悲痛な断末魔が通信機越しに聞こえる。

 

(やめろ…!!!)

 

その悪夢の光景を、新たな力を身に着けて現れた自分が颯爽と薙ぎ払い、消し去り、血と炎の悪夢を振り払ったと思った次の瞬間…マリューもキラも他の仲間達も、静かな青い空の下、各々が呑気に思い思いに過ごす光景。

知り得た知識で、身につけた力で、彼らを助ける。

彼らは穏やかに笑っていたが、その笑顔はムウには向けられていない。

ムウはそこにはいなかった。

キラは友と談笑し、戦争のなくなった世で、学友達と学び舎へと戻り青春を取り戻す。

マリューの隣には、自分ではなく見知らぬ男がいて、彼と愛しそうにキスをしたあと腕を絡めて、二人は背を向けてどこかへ去る。

 

「キラ…、マリュー!」

 

ムウは手を伸ばして彼らの名を呼んでも、彼女らはムウに気付かず、ムウの知らない人と共に霞がかった光の向こうへ去っていく。

 

「みんな!!」

 

もう一度強く叫べば、マリューは一瞬だけこちらを振り返り、しばらく声の主を探したが、彼女からはやはりムウは見えていないのだ。

マリューは去っていく。妻だった女は、今では他の男と仲睦まじい様子で、もはやムウがどれだけ何を叫ぼうが、二度と振り返らずにとうとう姿を消した。

走って彼女達を追いかけても、どれだけ息せき切って駆け続けても、マリュー達の背中はもう見えなかった。

ムウは止まった。

止まって、彼女達が去った方向をじっと見送る。

 

「滑稽だな」

 

背後から、ムウの良く知る男の声が聞こえた。

 

「彼らは…彼女達は、日常へ戻る。彼らには戻るべき安穏の世界がある」

 

「クルーゼ…!」

 

振り返り、いつの間にか手に握っていた銃を構え、仮面の男に突きつけた。

 

「見ろ、ムウ。それがお前の姿だ。

彼らは銃を捨て去る事ができる。

だが、お前はそれを構えて、そして殺意と敵意を相手に突きつけるのだ。平和の世でも」

 

「それが俺の仕事だ。

お前のような腐ったやつがいる限り、俺は銃を持たない人の為に銃を構えて、そして敵を殺す!」

 

「そうさ。それがお前の選んだ道だからな。

お前は自ら軍人を志した。

こんな世の中だ…多くの人間は軍関係者だが、それでもお前とは違う。

お前は…やはり、私と同じ血を持っているのさ。

あの呪われた男の、忌まわしい血を引いているのだ!

フラガの血が、私達を争いに縛り付ける…人の業に縛り付ける…!」

 

「何もかも解ったようなつもりで…独りよがりに口を開くなよ、クルーゼ!

お前は壊したいから銃を撃つ…!けど、俺は守りたいからそうする!」

 

「けれど見ただろう?ムウ…。

守りきった世の中には、お前の居場所はないのだよ。

愛する者を、愛する世界を守っても…彼らには帰る場所があるが、お前には…私達には帰る場所など無い!この世のどこにも、絶対に!」

 

「…っ、俺には、ある!マリューの所に…俺はっ!」

 

「ふふふ…そうだな。

愛する者と添い遂げて、帰る場所を作った…そうさ、お前は作った。

帰る場所をあの時見つけてしまった。

だがその結果は知っているだろう?

お前の帰る場所は、人類の業と愚かさが焼き払った。

かつて、私がアル・ダ・フラガを燃やしてやったように、紅蓮の炎の中で灰燼に帰したじゃないか」

 

「お前が…それをやったお前が言うことか…!」

 

「私は義務からそれをやるのさ、ムウ!

人は愚かで、そしてフラガこそは人の愚かさを具現した存在だからこそ、私は人の贖罪の為に、炎によって何もかもを浄化してやろうと言うのだ。

私自身も、そしてお前も…我々にそのような安息の場所が与えられると思うな!

それに…もうお前の愛する女は、お前の知る女と同じではない」

 

「…っ!」

 

ムウの、引き金に添えられた指に力が入る。

しかし、まるで金縛りにあったように指は動かなかった。

クルーゼは尚も笑って言う。

 

「お前の帰るべき場所は…守られた世界にはない…!

お前が守ろうとすればするほど!お前の守りたい世界は変わり果てる!全くの別物に!

貴様も私と同じだ!フラガの行き着く先は地獄でしかない!地獄でなくてはならない!

お前は、私のところに来るべきなのだよ、ムウ!」

 

「お、俺は…!」

 

「それに見ろ…」

 

クルーゼが、指をゆっくりとムウの足元へと向けた。

 

「っ!」

 

ムウの足元に、血に濡れた大量の腕が絡みついていた。

 

「お前を呼んでいる者達がいるぞ?

私とお前を、呼ぶ声が聞こえないのか…ムウ」

 

「…っ、ステラ…アウル…スティング!」

 

クルーゼは愉快そうに、そして悲しそうに大笑いしてムウを見つめていた。

 

「せいぜい世界を守ってみろ。だが、守りきった世界に、愛する者の隣には我々はいない!

いてはならない!そんな甘い未来が〝フラガ〟たる我々に許されるものか!」

 

だから、お前は私と一緒に地獄にいろ。

 

最後にそう叫ぶクルーゼの声を聞きながら、ムウはステラ達に赤い血の世界へと引きずり込まれて、

 

(…っ!!)

 

そして目が覚めた。

よれたシーツが、汗で濡れている。

鼓動が、やかましいぐらいに耳の奥に響く。

 

「…なんて、モーニングコールだよ………ったく」

 

悪夢の一言で片付けるには、それは妙な生々しさがあった。

予知夢を視た時から、ムウはフラガの異能に囚われてしまったのかもしれない。

 

(愛したいと近寄れば、大切な人には死の未来が訪れる……俺の読んだ〝先〟の世界は…俺にそう教えているってのか…?)

 

バカバカしいと、ムウは頭を振って愚かなマイナス思考を振り払う。

あんなのは、クルーゼの戯言だ。しかも夢の中の。

 

フラガの異能は偉大な力なのは間違いない。

しかし、その才能が突如花開いてしまったムウには、今はその偉大さが重い。

 

「先を知るってのも…ろくでもないな」

 

呟きながら、ムウは時計を見ればまだ1時間も寝ていない。

あともう1時間眠れる…そう思っても、まだ身も心も疲れているのに、二度寝をする気にはなれなかった。

アル・ダ・フラガとクルーゼの幻影が、何時までもムウにまとわりついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アデス…君は夢を見るか?」

 

「は?…夢、でありますか?」

 

幾らかの年月、付き合いがあるが、副官のアデスは今までクルーゼからこんな話を振られた事はない。

随分珍しい事もあるものだと思うと同時に、上司と初めて〝取るに足らない雑談〟に興じられるのか…と副官は少し心を高揚させる。

夢ぐらい誰だって見るものでは…と、アデスがそう答えようとした時、

 

「いや、いい。くだらん事を聞いた」

 

クルーゼは手を軽く振って話を遮った。

アデスの額に皺が寄る。

勝手に話を振られて、そして勝手に話が終われば、実直な副官でもそうなりそうなものだ。

 

「さて…行方不明になった慰霊団の船(シルバーウィンド)の、最後の反応源はここらだったかな?」

 

上司がそう言えば、拍子抜けしていたアデスも、すぐに思考を切り替えて答えるのは、模範的軍人であるアデスを誰もが見習うべき所だった。

 

「はっ。ここで間違いありません」

 

「私のシグーは修理が終わっているな?」

 

「はい、先程」

 

「我らプラントの歌姫の為だ…私も出る。

アスランも気が気でないだろうからな」

 

「しかし隊長が出られては…」

 

「君がいれば艦は問題なかろうよ。

それに…今は動けるのがアスランだけだからな。

しかも彼にとっては許嫁だよ」

 

そう言って薄く笑ってクルーゼは艦橋を発つ。

 

(私が視たあのイメージは…燃え盛る脚付きは、あれは〝夢〟か?

しかし、私の視る〝先読み〟とは違う感触だったが……ムウ……やはり貴様なのか?

先読みの先鋭化…肥大化…それとも進化か?

あの時流れ込んだ、あの裂けんばかり心の痛み……ふふふ…。

感じるぞ…私とお前の繋がりを……。私とお前は、強く繋がっている…前以上に。

戦火がお前の心を引き裂いて…そして私に、お前の痛みが伝わってくる。

私にもっとお前の痛みを味わわせてくれよ、ムウ)

 

ムウと自分が、もっと輝ける血塗られた舞台を。

より華やかで、より凄惨で、より大掛かりな演目を。

世界はその果てに滅びてくれて構わないが、滅びるまでは、せめて精一杯、楽しませて欲しい。

いや、滅ばなくても良い。

あれ程に、ムウはナニかを強く危惧している。心痛める何かが未来に起きるのではと恐怖している。

ムウが確信に近い程に、その先読みを恐れるなら、寧ろクルーゼはもっと世界を視ていたい。

 

「お前が視る未来…私も視たいものだな」

 

コクピットで独り呟いて、クルーゼはほくそ笑んだ。

 

(ラクス・クライン…君の歌は好きだったがね……私とムウの視る未来には…君の血がどうやら必要だよ)

 

クルーゼのその笑みは、いっそ優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、ザフトが発信したニュース映像は、プラント全体を激震させた。

 

「私達の、平和を願い続けていたラクス・クラインが、ナチュラルに撃たれました!

今!彼女は傷つき、美しい瞳は閉じられたまま開かれない!

平和を!鎮魂を込めて歌い続けていた、我らのアイドルが…撃たれたのです!!

争いが世から消えるようにと!ナチュラルにさえ慈悲を見せていた彼女の崇高な願いは、今、ナチュラル自身によって否定されました!

ラクス・クラインの慈悲と愛さえ届かぬ輩を、何で我らが愛せましょうか!

奴らは我らの歩み寄りを徹底的に拒否したのです!

愛と慈悲を解せぬ者には、もう言葉は届かない!

言葉の届かぬ相手には、血と刃と弾丸で対話をしようではありませんか!

ナチュラル達こそが、それを望むのならば、我らの怒りの刃を奴らの頭上に振り下ろしてやろうではありませんか!

私達の平和の象徴、歌姫・ラクス・クラインの死を願ったナチュラルは、奴ら自身の血でその代価を払ってもらうしか無いのです!!

戦うことでしか、もはや私達はこの身を守れない!

戦うことでしか、平和に手が届かぬのなら、戦うしかないのです!!」

 

力強く、怒りに満ちたパトリック・ザラ国防委員長の演説は、プラント国内に遍く放送され、そして娘を傷つけられ憔悴する最高議長シーゲル・クラインの肩を支えるパトリック…という、ザラ派に()()()()()光景までが放送されれば、プラントの人々の意志からは和平という言葉は遠のいていく。

 

ザフトの歌姫〝ラクス・クライン〟が、意識不明の重体。

2月2日未明、〝血のバレンタイン〟一周年式典の為、ユニウス・セブンの残骸漂うデブリ宙域へ向かった、ラクス・クラインを乗せた追悼慰霊船シルバーウィンドは攻撃された。

先行してラクスを探索していた強行偵察型ジンも、何者かに撃破された形跡があり、またシルバーウィンドから脱出できていたラクスだったが、婚約者アスラン・ザラと、そして彼の上司ラウ・ル・クルーゼが発見する寸前に、連合から攻撃を受けたらしく救助ポッドが大きく損傷。

ラクスは命こそ無事だったが、傷は深く今も目を覚まさない。

ザフトの反連合、反ナチュラルの感情が大きく膨れ上がったのは言うまでもない事だった。

 

彼女を収容したヴェサリウスの医務室で、無数のチューブと包帯姿が痛々しいラクスは、昏々と眠り続けて、傍らにはアスランが付き添って彼女の白く細い手を握りしめていた。

クルーゼは、その様子を数歩離れた場所から見守っている。

 

(良い光景だ。…気付いているのかな、アスラン。

その姿は、艦内の監視カメラに映されて、そしてその映像を国防委員長閣下はお望みだよ。

泣いて彼女の亡骸を抱きしめて帰還する…。それを君の父上は望んでおられる。

……殆ど、望みは叶ったわけだ。

これで、あのシーゲル・クラインも揺らぐだろう)

 

クルーゼの〝フラガの異能〟を使えば、アスランよりも早くラクスを見つけるのは容易かった。

ポッドへと一発くれようとしたその時に、まさか強行偵察型の友軍が運悪く…或いは運良くポッドとシグーを発見した事で、ラクスは辛うじて命を取り留めたのだ。

一発だけ撃ち出された弾丸が、ポッドの端を破壊し、即座にクルーゼは強行偵察型へと狙いを切り替えた。

偵察型ジンは、どうも目の前で英雄クルーゼが乗る白いシグーが、歌姫の脱出ポッドに銃口を向けているという衝撃の光景と、そして直様こちらに気付いて、明らかに攻撃態勢で高速で迫るのに極度に混乱したようで、その事を誰にも伝える前にシグーによって撃破された。

しかし、その爆発に気付いたアスランが、急いでイージスでその場に馳せ参じたから、クルーゼもそれ以上の暗躍は出来なかった。

クルーゼ程のエースが、偵察型ジンの出現に慌てたとはいえ狙いを外したのは、彼が独白した〝君の歌は好きだった〟という思いの通りに、ひょっとすれば本心ではラクスを殺したくないという感情もあったのかもしれない。

そもそも、偵察型ジンの出現にギリギリまで気付かないのが、彼の心に微かな迷いが生じたせいなのかもしれないが、それは彼自身にさえ解らぬ事だった。

 

だがしかし、ラクスのポッドは撃たれ、そして同胞のジンは斬り裂かれたというのは紛れもない事実。

戦闘行為の残滓は、そんなものはデブリだらけのユニウス・セブン跡地では幾らでも誤魔化せる。

連合の主力機であるメビウスは、その脆さから破片一つ程度を残して爆発消失する事は多いから、現場にメビウスやその他連合所属機の破片が無くても、アスランでさえその場では違和感など感じれない。

目の前で、婚約者の脱出ポッドが火を拭き上げていれば尚更冷静さ等保っていられなかっただろう。

かくして、運良くラクスは生き残ったが、ナチュラルとコーディネイターの憎悪を煽るための贄として、仮面の男によって血の祭壇へと登らされたのだ。

 

「ナチュラルは…俺から、母だけでなく…ラクスまで奪おうっていうのか…!」

 

アスランが、ラクスの手を握りしめながら呟く。

アスランの怒りと憎しみまでもが、大きく育っていくのがクルーゼには解った。

 

(あと一押しか…ふむ。歌姫殿が完全に死んでくれれば、アスランもシーゲルも完全に墜ちただろうが…惜しかったと考えるか、それとも程よい塩梅になったと考えるべきか。

あとは、手頃な駒は………件の幼馴染の少年…キラ・ヤマト。実に運命的だな……。

フフフ…途中で彼にも退場して貰えれば、もはやアスランはパトリックの二の舞…憎しみの狂気に沈むが…ムウが側にいる限り、それは難しい。

人間を滅ぼすのか…それとも人間を存続させ血を流させ続けるのか…私はどちらでもいい。

全ての物事は…所詮は運否天賦さ)

 

プラントでも屈指の発言力を持つザラ家。

もともとパトリック・ザラは妻を血のバレンタインで喪ってから、その精神の均衡を大きく損なって狂い始めていた。

その後継であり、ザフトでも屈指のエースであるアスランは、ラクスと共にプラントのアイドルだった。

プラントの次代を担う希望の両星が、一方が傷つき堕ちて、一方は怒りに狂えば、世界には長く続く火種が蒔かれたも同然。

しかも、今まで穏健派だったクライン派までが大きく揺らいでいる今は、世界中の者が血の海で泳ぐ事を願うクルーゼにとっては良い機会だった。

 

(さて…ムウ。私を、悪意をばら撒く者と言ったな…お前は。

その通りだよ…私は、こうやって()()()()()()悪意の種を蒔いてやっている。

もっと地獄を視てこい…アル・ダの息子。…私と同じ血を持つ者の子…!

そうして、お前の視た地獄を私にも視せてくれ!

この世界が、そんな地獄になるというなら…世界は滅ばなくても良いさ…お前と一緒に、地獄で藻掻くのも悪くはない)

 

ムウの意識を、遠く離れた今も感じる。

今までは、自分のクローン元の息子という繋がりだけだったムウという存在が、今ではもっと強く、そして身近になっている。

引き取り、友の元で育てているレイと同じか、ひょっとしたらそれ以上に、今のムウはクルーゼにとっては執着すべき相手になり始めている。

 

(核という虐殺兵器の無い世…だからこそ、人はいつまでも戦えるのだ。まるで中世期の地球のように。

平和の象徴といわれる鳩は、必殺の一撃を与える鋭い嘴や爪を持たぬため、その戦いの様相は長く、そして凄惨なものになる。

我らもまた、似てはいまいか…フッフフフ…)

 

アスランとラクスの姿は、これからも凄惨で長い戦いが続く事を人類が願っているかのようだとクルーゼには思える。

そして、それはクルーゼの願いでもある。

大事なのは匙加減だ。

やり過ぎても、現在の世情では一直線に絶滅戦争へと突き進んでしまう。

世界がどう転ぶのか、自分がどうしたいのか。

クルーゼは、惑う己の感情すらも楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バジルール少尉、これは…?」

 

艦長の端末に送信されたデータを見て、ムウは苦々しい声を出す。

 

「キラ・ヤマトの志願兵願書です」

 

「見れば解る。俺が聞きたいのは、なんでキラ・ヤマトが志願するんだって事なんだが」

 

「…それは、私にも解りかねます。後で本人に聞いてみては?

とにかく、今は人手不足が深刻です。

コーディネイターの彼が、志願してくれたのは正直言って渡りに船でしょう。

彼が軍属になれば、これでようやくG兵器も2機体制で稼働できます」

 

あとは、ムウが端末に艦長のサインをするだけで志願は受理されて、晴れてキラ・ヤマトは軍人の仲間入りをする。

前史の通りに、彼は戦争に囚われる。

 

「…どうしてこうなるかなぁ」

 

目元を隠し、小さな声でムウはボソリと言った。

ナタルはそれには気付かずに、

 

「フラガ艦長、認可を願います」

 

純粋に人手が増える事に喜び、事務的に事を進めようとしたが、それは彼女の立場なら当然だった。

そして、ムウの軍人的思考もそれに諸手を挙げて賛成しているのも確かだった。

現在のこの数の純軍人だけでアークエンジェルを運用するのは、余りにもキツイ。

ムウは無理な神経接合とMS戦の影響もあって、軍人組の中では一番疲労を得ていたが、ムウのサポートをしてくれているナタルも、そしてアーノルド・ノイマン、チャンドラ二世、ジャッキー・トノムラ、ロメロ・パル達を始め、全正規クルーの疲労はかなりのものだ。

ぶっつけ本番の新造艦の運用且つ正規クルーが大半死亡済みであり、しかも戦闘も連続でこなし、襲ってくる敵はザフトでも特に有名なエース部隊クルーゼ隊…と悪条件が重なり過ぎており、いつ誰が過労・心労で倒れても不思議ではなく、民間からの手助けは喉から手が出る程欲しかった。

特に、今のムウは一パイロットではなく艦長だ。

この艦と、この中にいる者全てに対して責任ある立場だった。

 

(…マリューの苦労が解るよな…ほんと、すごい女だったよ。ラミアス艦長はさ)

 

未来視で見た、マリューの凛々しい艦長姿。

それに比べて、今の自分はなんと頼りないのだ、と思えてしまうし、同時に、今現在の…整備班の中にいる技術士官マリュー・ラミアス大尉は、自分が知っているマリュー・ラミアス艦長とは別人なのだという思いも強くなりつつある。

記憶喪失になり、自分のことも夫として認識してくれない妻…のような感覚。

それは恐ろしいくらいの孤独感とやるせなさをムウに与えてくるが、ムウは湧いてくるそんな思考を必死に掻き消した。

今はそれどころではない。

プライベートな女の悩みなどに掛ける時間は、今のムウには無かった。

 

「…じゃあ、坊主には…キラ・ヤマトにはCICを手伝って貰おう」

 

「CIC…?彼はコーディネイターですよ?ストライクを実践レベルに動かした実績のある者を、艦橋で使うのは…」

 

明らかに人的資源の無駄遣いだと、そうナタルは言いたいらしい。

そしてそれは正しい。

 

「――私は反対です。彼はパイロットとして運用すべきです」

 

きっぱりと彼女が指摘すれば、ムウは制帽への収まりの悪い癖っ毛の金髪をやや掻いて、「そうだよなぁ…」と漏らす。

理想を振りかざせる状況じゃないのは重々承知だが、それでも首を縦に振りたくない。

かつて、そんな状況に陥ったラミアス艦長を何度も見てきたムウは、ここでもかつての妻の心労を追体験して、そして過去の女への尊敬と思慕を募らせた。

 

「…とにかく、一度キラに直接会って…話をさせてくれ。

決断はその後でも良いか?バジルール少尉」

 

「解りました。しかし、いつ有事が起こるとも限りません。

正規クルーの体力は逼迫しています。一刻も早い決断をお願いします」

 

特に、ナタルの心配は艦長…ムウ・ラ・フラガだ。

コーディネイター仕様のMSを駆り、ザフトのエース部隊相手に1対4で退けるという大立ち回りを演じて、そして艦内のあれこれの採択やら決裁やらをしていたら、連合が誇る鷹を潰してしまいかねない。

仮眠から帰ってきたムウの、目の下の隈や顔色を観察してしまっては、ナタルもエンデュミオンの鷹ばかりに頼ってはいられない。

 

艦長と副長がそのように忙しくしている内に、通信士として常に周囲の電波解析を行っていた艦橋クルーの一人、ロメロが「ん…!?」とただならぬ声を出して、まるで戦闘中のように切羽詰まる顔となる。

即座に周囲のクルーもそれに気付いた。

やがて、

 

「艦長!暗号パルスです!」

 

ロメロは慌てたように振り返って報告すれば、ムウとナタルは一瞬顔を見合わせ、すぐに頷き合う。

ナタルが、床を蹴り半無重力の宙を浮いて泳ぎ、コンソールに表示された暗号パターンに食い入った。

 

(暗号パルス…………まさかこのタイミングは、先遣艦隊か?

けど、予知夢よりも俺は、アークエンジェルの足を速めていたんだが…この程度、所詮は誤差ってことか…?

暗号通信が来るより前にアラスカに降りるつもりだったが……これでは――)

 

ムウはそう考えながら、次なる報告を待っていると、それは案の定だった。

 

「解析します………………これは…第8艦隊の部隊です!」

 

ロメロの歓喜滲む報告に、クルーは皆ワッと湧いた。

 

「第8艦隊…!ハルバートン提督のとこだ!俺達を探してくれているのか!?」

 

「いえ、それはまだ…まだ解析中ですから、そこまでは」

 

ノイマンに、ロメロはまだ喜ぶのは早いと釘を刺すように答えたが、皆どうやら友軍艦隊が近づいているという事実に浮かれてしまう。

 

「でも合流できれば、ようやくちょっとは楽できるぜ!」

 

担当の席を立って、皆がロメロに駆け寄って口々に喜びを伝えあっている。

ナタルも、普段は鉄面皮を装う美麗な顔を少々綻ばせて一同を見、それからムウへと視線を寄せた。

しかし、そこには難しい顔のムウが、一人で思案顔に暮れている。

ナタルは喜びの輪から抜け出て、艦長席へと跳んだ。

 

「どうしたのです、艦長」

 

「いや、そうそう上手くはいかないんじゃないかって…不安に思ってね」

 

「被害らしい被害も出さず、もうじき第8艦隊の先遣隊とも合流出来るのです。

あんな船出だったわりには…上手く行っていますよ」

 

「そうだと良いんだけどな」

 

「それに、艦長がそのようなお顔をなさっていては、部下は不安がります」

 

「…そう、だな」

 

かつては、ラミアス艦長にムウが似たような言葉を掛けた事があったと、ムウはくすりと微笑む。

しかし、やはり強い懸念がムウにはある。

あの時と同じならば…似たような事が起きてしまうなら、クルーゼ隊が、先遣隊を狙って虎視眈々と息を殺して後をつけている筈だった。

通信など無視して、一気にアラスカまで降りたい。

降下ポイントはもう目と鼻の先なのだ。

通信状況が悪く、指令を受理出来ず…と処理して、合流命令を無視してしまった方が、余程良いのでは。

そう考えていた、その時に、

 

「っ!ま、待ってください!これは――」

 

ロメロがまた声を荒げた。

クルー達の、和らいでいた表情が一変する。

 

暗号パルスには続きがあった。

 

「――解析完了!きゅ、救援要請!!先遣隊は、現在攻撃を受けて逃走中のようです!距離算出…っ、10時方向、距離1900!」

 

ムウの片眉が大きく歪んだ。

ロメロの懸念は当たっていた。

ロメロが、アークエンジェルに対する救援艦隊として明確な報告を避けたのは、通信内容に〝アークエンジェル〟という単語が無い事が原因だった。

〝こちら第8艦隊102任務隊モントゴメリ艦長コープマン大佐、現在ザフトの小艦隊による攻撃を受けている。尚、現在、当任務隊には大西洋連邦外務事務次官ジョージ・アルスターが同道している。至急増援を求む、繰り返す。〟

それこそが、この通信の全文であった。

 

「…外務事務次官、ジョージ・アルスター、だと!?

なぜ政府要人を乗せて、軍艦が戦域を彷徨くのだ!」

 

ナタルの知性はすぐに大方の理由には見当がつく。

理由は避難民フレイ・アルスターにあるに決まっていた。

少々負の感情を滲ませながら、苛ついたような声で文句の一つも出るのも仕方ない。

この場合は、政府の要人が近くで攻撃を受けているという事実が、少しばかり面倒くさい。

それに民主主義国家の軍隊である以上、人道的にも救援要請を無下にするわけにもいかないが、アークエンジェルは現在特務を遂行中でもあるから見なかったフリでもしたいが、政府要人が相手では問題はより大事になる。

 

「思ったよりも近い…モントゴメリは戦闘中に流されたようだな」

 

戦闘に介入出来てしまう距離であることを、ナタルは寧ろ残念に思う。

いっそのこと、それが距離さえ算出できぬ程の遠距離なら、援軍に向かった所で間に合わないと判断も出来た。

艦橋クルー一同は、皆が正規の軍人であったから、〝見捨てる〟という選択肢は誰もが視野に入っていた。

特務遂行中のアークエンジェルで、しかも極度の人員不足で、助けて欲しいのは寧ろこちらだ。

 

(クルーゼ隊が仕掛けているなら、これは差し詰め撒き餌か…。

アークエンジェルをおびき出す為に、嬲り殺しているのかもな)

 

ムウはそう思った。

そうでなければ、決断も早ければ船速も早いクルーゼの追撃から、ドレイク級艦船のモントゴメリがこうまで逃げ回る事など出来はしない。

或いは、全くの別働隊による攻撃ならば、コープマン大佐の手腕なら充分粘れるから、その線も考えられる。

 

「…よほど必死に逃げたと見えるな…。

………………ハァ~、結局こうなるのかよ。

仕方ない…この距離じゃ、どの道うちらも捕捉されちまうだろうからな…。

ノイマン曹長、艦首回頭!これより本艦は、モントゴメリ救出に向かう!

ロメロ伍長、通信に常に聞き耳を立てておいてくれよ。

モントゴメリの通信途絶が確認され次第、俺達は全力で逃げるからな。

…バジルール少尉、俺はストライクで待機している。艦長代理をよろしくな」

 

矢継ぎ早にムウが指示をだせば、皆は敬礼を返して己の業務へと即座に戻り、そして、ムウはいつかのように艦長の証である制帽をナタルへ投げ寄越す。

 

「…はっ!制帽、お預かり致します」

 

ムウの制帽を握りしめ、空いた手で敬礼をし、尊敬すべき英雄を見送ると、ナタルは艦長席で直様その権限を代行させてもらう。

 

(…申し訳有りません、フラガ艦長。

これがあなたの意向に沿うものではないと、理解しています。

ですが…このままあなただけにパイロットをやらすわけには…いかないのです)

 

艦長権限で、端末に写るキラの志願書に認可の印を刻むと、すぐに整備班のコジロー・マードックへと通信を接続する。

 

「…私だ。……あぁ、そうだ。フラガ大尉はブリッツに誘導してくれ。

ストライクには、キラ・ヤマトのOSが登録されているからな。

そちらの方が彼も動かしやすいだろう。

………あぁ、そうだ。彼はもう連合の軍人だ………キラ・ヤマトはストライクで出る。

…非常事態だからな…………そういうことだ」

 

ムウを支える為ならば、ナタルは非情にもなれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ムウは拗ねた子供のような顔で、口を尖らせつつブリッツのコクピットにいた。

 

「そんな拗ねねぇで下さいよ、艦長。これも艦長を思っての事でしょう」

 

マードックが苦笑しながらブリッツの最終点検を終わらせていく。

ムウは、むすりとした顔で携行ドリンクを啜りながらベテラン軍曹に愚痴を返す。

 

「…俺ってそんな頼りないか?」

 

「そういうわけじゃないでしょう、少尉殿も。

艦長の負担を減らしたいって…ちょいとばかし先走っただけじゃないですか。

どの道、艦長が面接したら…あの坊主。キラ・ヤマトって言いましたっけ?

採用する気だったんでしょう?」

 

あんたを想っての女のわがままなど許してやれよ、と同性の人生の先達は言っているらしい。

たとえ階級の上下の差があっても、今のムウにはコジローは貴重な愚痴聞き女房役だ。

予知夢内の前史からして、彼とは最初から気心が知れる。

 

「艦長が人一倍やってるのは皆知ってまさぁ。

でも、やっぱり艦長やりながらパイロットのワンオペはやばさの比が段違(だんち)だ。

あんたが寝不足で事故ったらシャレにならないでしょうが」

 

「…まぁな」

 

「――よっし。いいですよ。いっちょ吹かして見てください」

 

ブリッツの放熱カバー付きのスラスターノズルは快調にスウィングする。

出力値安定。微細な違和感もない仕上がり。

 

「さすがマードック親分。良い仕事だぜ」

 

「へへ、煽てたって何も出ませんよ?」

 

「整備班は俺達の命綱だからな。ちょっとぐらい煽てたってバチは当たらんでしょ。

俺の方はもういいよ。後はキラの方を見てやってくれ。念入りな」

 

「そりゃもう。機体不調で新兵に死なれるのは夢見が悪ぃですからね」

 

ブリッツのハッチを蹴って、隣のハンガーの動かぬ巨人、ストライクへと浮いていくマードックを、ムウは追いかけるようにして跳んだ。

マードックを追い越し、ストライクの開いたままのハッチへ手を掛けてブレーキ。

 

「キラ」

 

「あ、ムウさ……ムウ艦長」

 

色々と不満はあるが、事ここに至っては仕方ないと、ムウは柔らかな笑顔で少年を見た。

 

「今まで通りでいいって」

 

「…はい、ムウさん」

 

戦闘前で緊張もしているし、着慣れないパイロットスーツに着られている少年の肩に、ムウは軽く手を置いた。

ぎこちなさは感じるが、ムウからしてみればやはりこの格好のキラは見慣れている。

頼もしい奴に見えて仕方がなかったが、今のキラはまだまだ新兵以前の存在。

既に腕前だけはエース級だろうが、その力に精神が伴っていないから、やはり通常の新兵同様…もしくはそれ以上に危うい。

 

「ヘリオポリスでやったみたいに動いてりゃ死にはしない。…PS装甲もあるしな。

無駄弾撃たなけりゃ、フェイズシフトにバッテリーを回せるから、生き残る事だけに集中して敵を撃つ事は二の次でいい。

後は、俺の後ろにくっついてりゃ良いからな。

あ…ビーム兵器にだけは気をつけろよ?」

 

「は、はい」

 

「帰ったらゆっくり話そうぜ。

お前が、何で急に兵士をやる気になったのかとか、…後は、俺のOSについての話も聞きたいからな。

こっちのOSの酷いのなんのって…俺も少しばかり自分向けに弄ってみたんだけど…やっぱり俺ってそっち方面の才能カラキシみたいでさ。

こうなったからには、お前を頼らせてもらうぜ。キラ」

 

「…ムウさんの足は引っ張らないようにがんばります…!」

 

「気張るなよ。リラックスしていけ。

大丈夫さ!お前の腕前がありゃそこらの敵よか強いし、俺がお前を守ってやるから!」

 

軽口と同時にキラの肩をぽんぽんと二度三度優しく叩けば、ようやくキラは僅かに笑顔を見せた。

 

「頼りにしてるぜ、相棒!」

 

「あ、相棒…僕がですか?」

 

「そりゃそうでしょ。俺とお前は貴重な2人だけのパイロットだし。ツーマンセルってやつだ」

 

最後に、よろしく、とそう言いながらムウは手を差し出した。

キラはその手を僅かな間見てから、嬉しそうにムウの手を握る。

 

キラを巻き込みたくはない。

そう思っていたのに、どうやらこの時点で、ムウの人生目的は半分程失敗で、あの悪夢が一歩一歩確実に歩み寄っているのかもしれない。

けれど、やはりムウは、パイロット姿のキラがどうしようもなく懐かしく、そして頼もしい。

どこまで行っても俺はダメな大人だと思いつつ、ムウはキラの手を強く握りしめる。

この少年の手を、今度こそ離さずに守ると、ダメな大人はそう決意していた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。