ムウ・ラ・フラガ現在2周目   作:八段腹おじさん

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電撃

コープマン大佐率いる小艦隊は、ザフトのローラシア級ガモフを中心としたゼルマン隊の攻撃を受けていた。

ゼルマン艦長は本来の所属をクルーゼ隊に置いているが、隊長のクルーゼと旗艦ヴェサリウスは、ラクスを回収した後プラント本国へと帰っていった。

また、奪取したG兵器の内、デュエルとバスターが小破、ないし中破し、イザークも負傷した為に赤服組はまとめてヴェサリウスと共に帰還している。

そういった理由でガモフは、元々ラクス捜索の為と、クルーゼが要請していた補給の申請が重なって、タイミング良くヴェサリウスと入れ替わるようにしてやってきた追加戦力と合流し、ローラシア級が3隻の小艦隊となっていて、クルーゼの任務を一部引き継いでいた。

 

「ふん…クルーゼ隊長と赤服が無くとも、このゼルマン…やってみせるわ」

 

艦橋で気概を見せる毛むくじゃらのゼルマンは、ヘリオポリス戦で自分の艦のジン隊を短時間で喪失した事が、連合新兵器奪取作戦の成功に一点の汚点を残したと思っていたから、これは細やかながら名誉挽回の一手のつもりでもあった。

ヘリオポリスではたった1機のMAに全ての艦載機を墜とされるという、悪夢以外の何物でも無い経験をしたが、今回の戦いはゼルマンの戦闘経験に即した堅実な試合運びとなっていた。

 

「ローラシア3隻に、ジンが12機…これだけあれば負けはない」

 

苛烈に攻めれば、それこそ瞬く間にこれしきの小艦隊など殲滅できただろうが、コープマンの指揮は優れていて粘り強い。

しかし、ゼルマンも堅実に攻撃を続けるからザフト側の損失は今だ皆無で、一方の連合側は今しがた、とうとうメビウス隊が全滅したようだった。

 

「よぉし、決まったな。艦載機を喪失した艦など、赤子の手を捻るようなものだ。

確実に仕留めてやれ。焦るなよ。勝ち戦で損失を出してはつまらんからな」

 

勝って当たり前の戦力差。

メビウスとジンでは、その戦力比は1:4とも1:5ともいわれているから、12機程度のメビウスしか艦載機がいない連合のドレイク級小艦隊ではそもそも最初から話にならない。

それなのにここまでゼルマンが、コープマンを仕留めるのに時間を要したのは、単純にコープマンの防御指揮の手腕と、ゼルマンの損失を嫌う攻め方と、そして付近に潜んでいるかもしれない〝脚付き〟を炙り出したい欲求とが絡み合った結果と言えた。

仕留めつつある連合ドレイク級艦が発している暗号パルスは既に解析が完了していて、それによればあの艦には大西洋連邦要人、外務事務次官ジョージ・アルスターが乗り合わせているというから、その救助の為にも〝脚付き〟が駆けつける可能性はあった。

 

(いくらエンデュミオンの鷹といえども、休む時を与えず攻め続ければ付け入る隙も出来ようというものだ。

ここで、〝脚付き〟に少しでも消耗を強いる事が出来れば…クルーゼ隊長にも顔向けできる)

 

それに〝脚付き〟が出てこなくとも、ジョージ・アルスターをここで殺せれば、それは少しでもラクス・クラインの心を慰撫する事に繋がるだろうと、一般的コーディネイターであるゼルマンは思っていた。

彼も、ご多分に漏れずラクス・クラインのファンだったから、この攻撃は報復行為ともいえた。

 

「…しかし、思ったよりも時間を食ったな」

 

ゼルマンが独り言のように口を開くと、副官の男が返す。

 

「解析によれば連合ネルソン級はモントゴメリです。

コープマンが指揮をしているのですから、それならば納得です」

 

「ふん、コープマンか。どうりで粘っこい戦いをする。

しかしハルバートンの右腕とも言われる将校を、こんな戦力で小出しにするとは…脚付きへの援護か補給が目的だろうが…知将ハルバートンも噂程ではない」

 

「第8艦隊を削れれば、月の勢力圏もこちらに傾きますな」

 

「そうなれば、先の失態も充分補えるというものだ」

 

もはや勝ちは決まって、現れなかった〝脚付き〟をこの後どうやって追跡するかへと思考を切り替えつつあったその時に、艦橋の士官の一人が早口気味に言い出した。

 

「艦長!7時方向より熱源2、急速に接近!」

 

「…なに?」

 

「熱紋、照合!これは…強奪作戦で取り逃がした、連合の新型MSです!」

 

その報告に、ゼルマンは歓喜と怒りを綯い交ぜにした光を瞳に宿して叫ぶように言う。

 

「脚付きめ、来たか!ジン全機に、いつでも仕留められるドレイクなど捨て置けと言え!

狙うは敵MS!黒いMSさえやれば、残るは無様に溺れるだけの白い奴だ!」

 

ガモフが発した信号弾が幾つか瞬くと、攻めかかっていた半数のジンは急速反転し、そして直掩としてガモフ周辺を飛んでいたジン達も、一斉に飛び去る。

既に死に体のコープマン隊に見向きもせず、全てのローラシア級も回頭して砲を狙い澄ます。

 

「艦砲一斉射の後、ジン隊を攻めかからせい!」

 

ガモフからまた別色に輝く信号弾が撃ち出される。

未だ目視叶わぬ連合のMS2機へと、ローラシア3隻が一斉に火を吹いて、その直後に12機のジンが襲った。

12機のジンを迎え撃つのは、2機のXナンバー。

ブリッツとストライク。

 

そのコクピットで、ムウは過度な連続集中による襲い来る頭痛と末梢神経の痛みに耐えながらも、命の遣り取りが今まさに始まらんとするこの瞬間に高揚感を抱く。

これはもう、ムウに染み付いてしまったパイロットの性といえた。

 

「…こっちの体も楽じゃないんでな…!悪いがすぐに終わらせてもらうぞ」

 

ジン隊が放つ76mm重突撃機銃の雨。

直撃しようとも、ブリッツとストライクの装甲ならば問題は無いが、それでもわざわざ視えている攻撃を食らってバッテリーを無駄に消耗するなど、ムウとキラは選択しない。

宇宙をジグザグに飛び回ってジン達の弾幕を回避していくが、一定時間、回避に専念していたブリッツが、突如一気に突っ込んできた。

1機のジンが、突っ込むブリッツに合わせて重斬刀を抜き放って立ち向かう。

しかし、ブリッツはそいつと切り結ぶ…と思いきや、そのジンの一刀を躱すとジンの頭を潰しつつ踏み台にして跳んだ。

 

「まずは、一…!」

 

跳び去りざまに、トリケロスのビームがジンのコクピットを貫いていた。そして間髪入れず、次なるジンへとデュアルアイを向け、敵の射線を掻い潜って、すれ違いざまにグレイプニールの爪で、やはりコクピットを抉る。

 

「二っ!」

 

距離を取り、焦ったように弾幕を張るジンへは、足元へと滑り込むようにして滑空しながら、敵の動きを先読みし、トリケロスから放たれたビームが〝二枚抜き〟で、ニ機のジンのコクピットを貫いた。

 

「化け物か!?」

 

焦りを通り越し、半ば狂乱へと追い込まれたジンのパイロットの、そういう声がムウには聞こえるようだった。

四方八方へと動き回るジン達が、必死になって黒いガンダムへと銃撃の嵐を見舞うが、その全てを、ムウは正確に予知し、最低限の動きで躱していく。

その最中、振り向きざまに一機のジンの回避方向へと既に撃ち出していたグレイプニールが、そいつの脚を捉え、そして振り回す。

予想できる張力ならば、的確な方向へのスラスター噴射によって、グレイプニールの力に抗えるだろうが、全くの予想外からの張力では、そうもいかなかった。

 

「なっ!?う、うわああ!!」

 

「なにぃ!?」

 

ハンマーのように振り回し、投げ捨てる。捨てる先は、ストライクと撃ち合いを演じていたジンだ。

ニ機のジンが衝突し、そしてその瞬間に、ブリッツのビームライフルがジンのジェネレーターを貫いて、誘爆によってニ機のMSは一瞬にして宇宙の徒花と化して散る。

 

「六…こいつで半分!」

 

ムウの駆るブリッツは、瞬く間に六機のMSを葬って尚止まらない。

ブリッツの鋭い蒼色の目が、新たな獲物を求めて光る。

 

「…っ!す、すごい…!これが、ムウさんの力…!」

 

戦場だというのに、キラは見惚れていた。

ムウ・ラ・フラガは、ナチュラルと詐称するコーディネイターなのではないか。

一瞬、ムウを尊敬する純朴なキラでさえ、そう疑う程の圧倒的なレベルだった。

 

「キラ、戦場で脚を止めるな!」

 

「っ、は、はい!」

 

親鳥を慕う子鳥のように、ストライクは必死になってブリッツに追従し、そして隙をみてはビームライフルで支援を繰り返す。

未だ新兵未満の経歴しかないというのに、キラのそういう支援のやり方は、既にセンスの良さを感じさせて、ジンに対して幾つかのダメージを与えていた。

そして、そこにブリッツが〝電撃〟の恥じぬ、電光石火の攻撃で葬っていく。

七、八、九…次々に堕とす。

もはや、ジンの部隊は統制を失って、恐らくパイロット達も恐慌によって正気を失っている。

そういう精神に陥っているのが、ムウには動きからすぐに分かる。フラガの異能など使うまでもなく、手に取るように敵の心理状態が分かるのは、それがムウの軍人としての経験値故だった。

ジン隊を蹴散らし、そしてブリッツは一気に加速してローラシア級の一隻へと取り付くと、艦橋へランサーダートを撃ち込む。

内部から炸裂した白槍は、ローラシアのバイタルパートを内側から破壊し、誘爆させて、炎の塊へと変えていった。

真空の黒い空に巻き起こる炎と、白光とが、黒いガンダムの姿をゆらりと消していく。

ブリッツは、散らばるローラシア級の破片を蹴り、スラスターの加速に反動まで加えて、再度一気に跳躍する。

幻影のように掻き消えながら、ブリッツは次なる獲物の喉元へと、白い槍先を光らせながらにじり寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その様を、ゼルマンは唖然として見ていた。

艦橋の大モニターが垂れ流す映像は、余りにも受け入れがたいものだ。

 

「ぜ、全滅…!?バカな!!!12機のジンが、ご、5分も経たずにだと!?そ、そんなわけがあるものか!!!」

 

ゼルマンだけでなく、艦橋クルーの誰もが言葉を失い、戦闘中だというのにまさに茫然自失という有様だった。

ヘリオポリスの失態など比では無い、圧倒的な敗北。

自分の軍歴に傷がつくだとか、もはやゼルマンにとっては、そういうレベルの話ではなかった。

ザフトの英雄と言っても過言ではないクルーゼ。その彼が率いる隊の、重きを成すベテランとしてのプライド。軍人としての自信。男としての矜持。全てが粉々に粉砕されて、そしてそれはもはや修復など不可能だった。

歴戦を誇る慧眼が曇り、経験を詰め込んだ脳細胞が止まっていく。

 

「ローラシア級グスモルフ、反応消失っ!!て、敵反応ロスト!!」

 

「ロスト…?爆発に巻き込まれたか!?」

 

だとすれば何たる間抜けか、と思うが、先の戦神が如き動きを見れば、連合の黒いMSがそんなくだらぬ理由で堕ちるわけもないとゼルマンは判断した。だが、

 

「ありえぬ…!レーダー員、もう一度索敵をかけろ!!」

 

「し、しかし…光学カメラにも何も映りません…!熱反応は、グスモルフ爆発の熱が邪魔をして…!っ!!?は、反応確認!!これは…、きょ、距離…1!?ぜ、ゼロ…!!すぐ、真横です!!!!」

 

ゼルマンでさえ自失していた状況では、部下が動転するのも無理はなかった。しかも、消えたMSが目の前で突然姿を現したのだから、その思考は千々に乱れてまともな判断など出来ない。

完全に発見が遅れた事に、部下はヒステリックに叫んだが、何もかもがもはや遅い。

 

「な、なんだと!!レーダー員は何をやっていた!!目視すら出来る距離だぞ!!」

 

「うわあああ!きゅ、急に目の前に!!!」

 

その時、確かにゼルマン達は見た。

何もない虚空から、黒いモビルスーツが蜃気楼のように現れるのを。

 

「ミラージュコロイドと、ランサーダートは…こう使う!」

 

命を奪うという、人として最も最悪に値する行為の瞬間、しかしムウの心は最も強く猛々しく高揚し、叫んだ。

敵を仕留める瞬間は、己の生が約束される瞬間でもあった。

生死を賭けて殺し合う戦場で、己が生を掴み取る瞬間であった。

一個の生命として、最も歓びを得る瞬間だった。

 

「あ、ああぁ!!?クルーゼ隊長ぉーーーーッ!!!」

 

氷のように冷たく、青褪めたデュアルアイが、ゼルマン達を見据え、そしてシールドを銃口のようにして彼らへ突き立てていた。

白い槍にも見える弾頭が、無情に放たれる。

絶望の悲鳴を最期に挙げたゼルマン達は、ランサーダートに押しつぶされ、そして爆ぜたそれに巻き込まれて、艦橋諸共内部から破壊されて粉微塵になって消え失せた。

艦橋を内部から破壊されたダメージが伝搬し、次々に誘爆、崩壊していくガモフの姿は、アークエンジェルの艦橋からもよく見える。

それは、死にゆく者の光であるのに、まるで美しく鮮やかな花が爛漫に咲くかのような輝きを放っていた。

友軍全てを喪失し、最後の一隻となったローラシア級には、既にブリッツ達を止める力も、逃げる力も残されていなかった。

最後の一隻は、アークエンジェルのローエングリンによって轟沈し、宇宙の藻屑となっていて、これによってガモフ小艦隊は一兵残らず全滅した事になる。

 

「た、たった一人でジンを10機に、艦を二隻沈めちまった…!なんて人だよ」

 

「か、艦長、すげぇ…三隻の小艦隊相手に、完勝しちまった…!」

 

「あのキラって子もすごいぞ!あの状況で、被弾無しで、ジンを2機も堕としてるんだから!」

 

「は、はははは!ほ、本当に、俺達…たったこれだけの戦力で、無事に帰れるぞ!フラガ艦長と、キラ君がいれば…!!」

 

鬼神が如き戦いぶりに、ノイマン達も鼻息を荒くしながらエンデュミオンの鷹と新兵を褒め称える。

ナタルなどは、言葉も忘れて、頬を紅潮させながら、うっとりと黒いGATに、濡れた熱視線を投げよこす有様だった。

その圧倒的な強さの陰で、ムウに伸し掛かる重圧と疲労は凄まじいものだと、そう理解していながらも、英雄譚が目の前で紡がれたかのような光景に感動を禁じえない。

そしてそれは、危うい所を救助されたモントゴメリのコープマン大佐と、何よりもジョージ・アルスター外務事務次官も同じ。

いや、同じどころか、ジョージ・アルスターの喜びようは凄まじいもので、アークエンジェルのクルーも、コープマン大佐も、一歩引いてしまう程の喜びようだった。

 

「ああ…!君が、あのエンデュミオンの鷹か!!危ない所を助けてくれて本当に感謝する、ムウ・ラ・フラガ大尉!会えて光栄だよ!!実に、実に、実に素晴らしい戦いぶりだった!まるで映画を見ているかのような、幼い頃に読んだコミックのような、英雄の戦いが目の前で!エースというのは、まさに君のような者を言うんだろうなぁ!そんな君が、ナチュラルで、そしてこの艦に乗り合わせていてくれて、娘を守ってくれていたなんて!!あぁ、こんな時代だが、神を信じてみたくなる程だ!君は連合の、いや、ナチュラルの英雄だ!!」

 

ムウと面会した途端、熱烈なハグの挨拶。そして目を輝かせながらムウの手を握りしめて、何度も何度も上下にシェイクするジョージ・アルスターの姿は、しっかりと娘のフレイの目にも焼き付いていた。

直後、娘の視線に気付き、取り繕うようにゴホンっと咳払いを一つし、愛娘へと向き直ってハグをするが、

 

「パパったら、私より、あっちの軍人さんの方にお熱なの?」

 

フレイからジト目で窘められて、たはは、と少々情けなく頭を掻いてみせていた。

男というのは、いくつになっても〝強い男〟を見ると、どんな美人と出会うよりも興奮し、熱中してしまう時があるらしかった。

だが、それは明らかに親子の純粋な愛情の込められたジョークで、見る者達を和ませる。

 

そんな親娘との感動の再会の予熱も冷めぬままに、コープマンやムウ、ナタル達、士官による即席の会議がすぐに行われて、結果は迅速に出された。

彼らの解答は、〝第8艦隊の本体とは合流せず、このままジョージ・アルスターを伴ってアラスカへ降りる〟という物だ。

 

「この状況ならば…確かに、第8艦隊本隊と合流し、補給をするよりも、このままアラスカに向かう方が安全かもしれん」

 

「自分も同感であります、大佐。先の戦闘で、結局クルーゼ隊の主力は姿を見せることなく、敵小艦隊は全滅しました。これは、クルーゼ本人が何らかの理由で、当宙域にいないからだと小官は考えます」

 

「うむ…ならば、ザフトのローラシアを排除した今ならば、安全に地球に降りれる。第8艦隊本隊を待てば、ハルバートン提督がこちらに寄越すメンバーも選出しているが…今の物資と人員で、アラスカまでならいけるのだな?」

 

そこですかさずナタルが口を挟む。

 

「時間を惜しむべき現状ですが、正直に言えば人員については苦しいものがあります。…本隊を待たず、大佐の権限で何とかならないものでしょうか」

 

コープマンが顎を擦りながら沈思する。

軍人達の会話に交じっているジョージ・アルスターも、「何とかしてやりたまえよ、君」とか言いつつ援護射撃のつもりの発言をしていたが、コープマンやナタルは(門外漢が首を突っ込むな)という色をありありと浮かべていた。が、そんなジョージを見ていたコープマンは、何かを閃いたらしい。

 

「…アルスター外務次官。では、このままアークエンジェルに異動して頂き、そのままアラスカまで…という事で宜しいですか?」

 

「ああ、勿論だ。娘と会えて、当座の目的は果たせたし…一緒に、私は大人しく地球に帰るとするよ。この目で、フラガ大尉とこの艦の素晴らしさは見届けている。何も心配はしていない。宜しく頼むよ、フラガ大尉!いやぁ英雄の艦に乗れるなんて…光栄だ!」

 

ホクホク顔で、ジョージ・アルスターはアークエンジェル一行に合流したのだった。

コープマンは少し溜息をつきつつ、ムウの手を握って送り出す。

 

「…外務次官の護衛が必要だな。やむを得ぬ緊急の措置として、護衛を何名かそちらに同行させよう。……ハルバートン提督には、私から伝えておく。貴官とGの活躍は、月の同胞達の励みにもなる。貴官らの無事な航海を祈っているぞ」

 

「はっ!お気遣い、ありがとうございます!」

 

ナタルの助け舟に感謝しつつ、二人は見事な敬礼を返した。

普段は、どこか軽薄な雰囲気を漂わせるムウだが、こういう姿はやはり軍人然としており、なかなかキマっている。

自分の肉体が、酷く疲労で傷んでいるのを自覚しながらも、ムウはコープマン大佐と分かれると、休む間もなく即座に地球降下へとアークエンジェルを向かわせる。

コープマンの図らいで、護衛という名目で、少数だが臨時の追加人員を貰えたのは、非常にありがたい事だった。大袈裟に言えば、一人増えるだけでもローテーションに余裕が生まれる。

 

(クルーゼがいない今がチャンスだ。このタイミングで、アークエンジェルがアラスカに降りられれば…俺の見た未来とは、がらりと変えられる筈だ)

 

それが良いか悪いかまでは分からないが、兎に角足掻く事だ。出来ることは今やってみせる事だ。ムウはそう思っている。

 

(アラスカまでだ…アラスカまでは、気を抜くな…ムウ・ラ・フラガ…!それまでは…気を失ってらんないんだ…!)

 

MSに乗る度に常用する〝無針アンプル〟を、手慣れた様子で腕に押し付け、一気に薬物を体内に注ぎ込むと、動悸やら目眩やら頭痛やら全身の激痛やら…とにかく全ての不調が整っていく。

勿論、それは劇薬を用いる外法ではあって、常用して良いものではないが、今、ムウにはそれが必要だった。

 

(ステラ達が受けていたような仕打ちを……俺自身にする。これも、まぁ自業自得という事か)

 

エクステンデッドに比べれば、この程度の薬物投与など軽い。

自分の肉体を痛めつける程に、未来のヴィジョンで視てしまった〝少年少女らの悲劇〟に対する禊を出来ている気分でもあったが、それが独り善がりの気休めでしかなく、意味のない代償行動である事は、ムウとて分かっている。

本当にステラ達へ贖罪をしたいのなら、それを行っている地球連合の闇に切り込んでいかねばならない。

 

「…ジョシュアまでは、これで問題なく行ける。…あとは―――」

 

その後もやるべき事、やりたい事は山積みで、それらは単にパイロットをしていれば良いというモノの性質でもなくなっていく。強化人間達の問題も、そこに付随する。

ラクスが実行したテロ行為では何も解決出来ないというのは、ムウが未来を視た結果得た答えだったが、それでもテロリズムへの一定の評価と、そしてそれしか無かった状況というのは理解できる。

あの時、あの流れは、まさに絶滅戦争の様相を呈していたからだ。

この時代の我々人類は、既にタガが外れてしまっていて、もはや核のスイッチも、どのような大量破壊兵器の引き金さえも、引けてしまうだけの狂気の覚悟だけが独り歩きしてしまっていた。

それを止めるには、あの時の状況ならテロリズムが最も迅速で確実な方法だったのも一理ある。

しかし大事なのはその後で、あれだけ大々的に全世界に喧嘩を売って掻き回したなら、相応のアフターケアは必要だったが、悲しいかな、まだ若すぎるラクスやカガリでは、混迷を極めた戦後世界を治める事は出来なかった。

では…或いは、ムウ・ラ・フラガ(自分)はどうだろうか。フラガの家名は、そういう業界には凄まじく効果がある筈だった。こんな事なら、もっと親父の仕事(政治経済の駆け引き)を勉強しておけばよかったと、そう思うムウだったが、やはり自分にはそんな世界の戦いは重すぎるし、何よりそっち方面の才能は無いというのは、悔しくも真の天才だった父アル・ダからのお墨付きだ。

結局、ムウはこういう事を考え始めると、自分自身への嫌悪という結果へといつも行き着いた。キラやラクスよりも、人生経験を積んだいい大人が、あの子達以上の働きが出来ず、フラガの家柄という〝道具〟も使いこなせず、最後にはキラ達も妻達も守れずに、戦士としても落第点を叩き出して死んだ。思えば思う程に、情けないとムウは感じる。もっと大人達がしっかりして、そして生き残らせて、戦後世界の責任を果たさせるべきだ。

ラクスにも自分にも荷が重いというなら、それが出来る別の大人を、今この段階から用意するしかない。

 

(………ブルーコスモスという怪物達をまとめる、盟主ムルタ・アズラエル、か。…こいつの政治力と経済力なら……ひょっとするかもな。ブルーコスモスが厄介なのは確かだが…ナチュラルの俺なら、こいつに取り入れるかもしれん)

 

当初は見捨てる気が満々だったとはいえ、フレイ・アルスターの父を助ける事が出来た時から、ムウはこの可能性を考えた。偶然でも何でも、とにかく食いつけるものには食いつくべきだった。

ジョージ・アルスターは穏健派と言われるが、確かにブルーコスモスの一員である。そんな彼とのファーストコンタクトを鑑みれば、アズラエルに渡りを付けるのも不可能ではないと思える。いや、寧ろ歓迎されるだろう。

それに、振り返ってみれば、ムルタ・アズラエルは、その後に出てくる様々な組織の指導者達に比べれば、大分話が分かる男らしいというのは、戦後の幾つかの資料でもムウにも分かった。

ブルーコスモスとロゴスの首魁である彼に取り入り、少しでも良い方向に導ければ、強化人間達の闇についても自然、解決の糸口が見えるかもしれない。

ムウお得意の行き当たりばったりと楽観論ではあったが、それでも今の自分がコンタクトを取れそうで、且つ、政治だの強化人間だのといった問題を解決する道筋をつけるには、思いつきではあるがムルタ・アズラエルは適任に思える。

 

「…こいつでもダメなら……本当に、俺がやっちゃうか?」

 

ははは、と乾いた自傷の笑いが浮かぶ。

軍人としての自分のキャリア、フラガの家名、父が築いた人脈、財力、全てを使えば或いは、政治家として当選ぐらいはできるだろうが、どうせ才能の無さが露呈して直ぐにドロップアウトするのは目に見えている。

 

「政治家ムウ・ラ・フラガ……笑えないな」

 

どうかアズラエルが期待値以上の人でありますように、と柄にもなく、今どき誰も信じていない時代遅れの神に縋るムウだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンプルを打ち、意識をしっかりとさせたムウは、そのままアラスカ降下ルートへと進路をとるよう指示すると、航路上の安全は確保されたとして、艦長の仕事を一区切りさせるとパイロットとしての仕事に取り掛かる。

マードック軍曹の元に向かって、ブリッツを更に自分に合わせたスタイルにチューンして貰おうというわけだった。

本来なら、整備部門のトップである技術士官マリューの方に要望を伝えるべきだろうが、最近のムウは意識的にマリューを避けていた。

というのも、自分と一緒になっては悲劇的な未来が近づいてしまうのではないか…少しずつでも、未来視とは異なる選択をした方が良いのではないか、という懸念によるもので、フラガの異能が、一種の血の呪縛とでもいうべきものになっていたが故だった。

正直に言えば、予知で知り得たあの女性的なものを最大限に積み込んだ肉体に溺れたくはある。マリューという女は、体だけでなく、心までが母性に溢れて、男が求める女というものの要素全てを持っていた女だった。

まさに、アークエンジェルという、天使の名を持つ鉄壁の不沈艦に相応しい女神だとムウは思う。

心身が疲労しきっている今なら尚更だった。

マリューと共にいるだけで、全ては癒やされるに違いなかった。

しかし、ムウはマリューに溺れるわけにはいかない。

自分では、マリューを守れなかったという負い目。このままマリューを追い求めるのは、今のマリューを見つめていないという申し訳無さ。無駄かもしれないが、悲劇的な未来から、僅かでも遠ざかる為の小さな選択。

それらが、ムウの足をマリューから遠ざけていた。

だが、道中、小休止が出来る自販機前のリラックススペースに、ムウにとって最愛の女神が一人で寛いでいたのだった。

ある意味で、最も邂逅したくない人物と二人っきりで出会ってしまった。

 

「あ!大尉!先の戦い、拝見させて頂きました!すごいです!あんな急場凌ぎのOSで、ここまでMSを使いこなせるなんて…!」

 

しかも、鉄粉や油で所々黒く汚したツナギをはだけて、汗ばんだ白いシャツに男を惑わす大きな果実をねじ込んだ姿でだ。

 

(おいおい、誰もいないからって油断し過ぎじゃないか!?)

 

ついそっち方面で注意しそうになるが、今の自分とマリューは何の関係もないただの同僚に過ぎない。そう己に言い聞かせる。

 

「あ、ああ。ありがとう。でも、俺って実はそんな大した事してないんだよ」

 

「あれで大した事をしていないなんて言うのは、謙遜が過ぎます!少しぐらい胸を張ったほうが嫌味がありませんよ」

 

優しく笑って、そう言ってくれる。

疲れた心身に、マリューの笑顔と言葉は、まるで麻薬のように染み渡ってくる。

 

「…いや、本当にそうなんだ。なんていうか…本当の俺の実力じゃないというか…」

 

「…?どういうことです?」

 

「あー…、その、うちの家系ってさ…勘が鋭いんだ。先読みが得意で、だから純粋に俺がMSの操縦がうまいとかじゃなくて、ズルしてるって感じでな」

 

それは、密かにだがムウが本当に感じていた負い目でもあった。

利用できるものは何でも利用してやると、そう決意してはいても、この力に頼っている自分は、まるでその血を自分に分け与えた父アル・ダに縋っているかのような錯覚に陥る。

この血は、既に父とは分離して己のものだというのに、常にムウにはマイナスのイメージが絡みつくのだった。

 

「ふふ…そんな事言ったら、生き物全部、親から血と命と、才能をプレゼントされて生きてるんですよ?皆ズルです」

 

またマリューは微笑み、ムウはその度に頭がくらりとして、マリューという妖花に引き寄せられそうになった。

必死に理性を働かせる。

 

(…そうだよな。こういう女性(ひと)だ。こういう事を…今、俺が一番欲しがっている事を、与えてくれる女性なんだ)

 

気張っていた心身が、自然と溶かされてしまう。

マリュー・ラミアスの前でなら、曝け出しても構わないと、ムウの本能が叫んでしまう。

その瞬間、今度こそ疲労の極地にあったムウの肉体が、物理的にぐらりと揺れて、思わずよろけた。

 

「っ!艦長!!?」

 

咄嗟にマリューが、ムウの体を受け止めた。

 

(…お。やわらけー)

 

当の本人は、マリューの双乳に顔を埋めて、そのような破廉恥で呑気な事を思っていたが、それも思考が鈍くなっているから…かもしれない。

 

「フラガ艦長!艦長!!大丈夫ですか!?」

 

「…あ、ああ。すまんすまん。はははは…ちょっとよろけちまった」

 

「今のは…ただよろけただけには――」

 

「だいじょーぶだって。ちょっと疲れが足に来ただけさ。…MSのフットペダル、ベタ踏みしてたから、足、筋肉痛でさ」

 

明るく振る舞うムウを、マリューは疑り深い目で見つめる。

 

「…本当ですか?」

 

「本当だって。ほら、大丈夫だろ?な?」

 

ことさらに元気な姿を見せたりで、ムウは一生懸命にアピールする。

 

「顔色も、なんだか冴えないような…」

 

「心配性だな、ラミアス大尉。本当に大丈夫だからさ。そんな事より…だ。ここで会ったのは好都合だった。ちょいとお願いがあるんだ」

 

「…なんでしょう」

 

何度、大丈夫と言っても心配そうな目で見てくるマリューを、ムウは何とかして話題を逸らして、とっととこの話題から離れたかった。

これ以上、自分の不調をさとられては、きっとこの優しい女は、あれこれと自分のサポートをしようとしてくるに違いない。

しかも、艦内の皆の士気も考えて、大事にせず自分だけで世話を焼こうとするだろう。そういう気を使える女だというのは、彼女の夫だったムウは知っている。

そうなったら、もう自分はマリューから逃れられない。

元々、この女の事は世界一愛していたのだから、ずるずるとマリューという沼に沈み込むのは明らかだった。

 

「俺のブリッツなんだが、片腕に武装が集中し過ぎてるだろ?あれはあれで武器の切り替えが早くていいんだが、やっぱり他の武器も欲しいんだ。万が一、右腕に何かあったら目ぼしい武器を全部失っちまうわけだからな」

 

ムウは、それが遠因となって戦死した、かつてのニコルを知っているから、万が一の保険が欲しかった。

ムウの要望を聞き、マリューの思考はそちら方面へと傾いていく。

マリューは、学生時分から技術方面を専攻していたくらいで、今も技術士官なのを踏まえれば、こういう事を考えるのは好きだった。

それに、パイロットを兼任している艦長が振ってきた仕事の話を無碍にするわけにもいかない。ムウの作戦勝ちであり、そして、ついでに元々のマードック軍曹への用事もここで果たす事にしたらしい。

 

「ご要望は分かります。でも、ブリッツは特殊な機体ですから…。ミラージュコロイド・ステルスの為に、武装もスラスターもステルス性を追求した物になっているんです。だから、武装類は全てトリケロスに隠されるようにして配置されていて…。他の部位に武器を増やすと、ブリッツのステルス性が格段に落ちる懸念があります」

 

「うーん…そうなんだがな……でも、やっぱりもしもの武器は欲しいな。例えば、ストライクのアーマーシュナイダーとかは?あれを腰のアーマーの内側とか、腕の内側に仕込むとか」

 

「…………装甲の内に包むようにすれば、ミラージュコロイドの定着も阻害しないかも……それぐらいなら、できる…かしら」

 

マリューの思考が、凄まじい速さで回転して、GAT-Xの設計図の詳細さえ自然と思い浮かばせる。それぐらいには、マリューは才女だし、GAT-X達との付き合いは長い。

 

「お?出来そうか?ならさ、グレイプニールの…爪の根っこの、あの掌の部分あるじゃん?あそこから、ビーム出たりとかサーベル仕込んだりとかはどうだ?」

 

「それはクローの開閉機構に影響が出てしまいますね」

 

「やっぱ無理か」

 

「…でも、ブリッツの実戦データも貯まってきましたし、それを元にすれば、時間を貰えれば改良は出来ると思います」

 

「さっすがマリュー・ラミアス!やっぱり頼りになるぜ!」

 

「ふふ…おだてても何も出ませんけど」

 

くすり、とマリューが微笑むと、それだけでムウの心が軽くなっていく。

 

(ヤバいなぁ……やっぱり俺って、今回もマリューに惚れちまうんだろうか。…というか、もう惹かれかけてるよなァ。まいった。俺は…少しでも、未来で見た光景から離れなくちゃならないんだ)

 

必死に自分に言い聞かせるが、それでも心は嘘をつけない。

 

(それに…今は、俺の個人的な感情なんてどうでもいい。とにかく、キラと、そして…マリューが生き延びられる世界を――)

 

たとえ、マリュー・ラミアスが、あの時見た悪夢のように他の男と結ばれても、マリューが幸せに生を全うできるなら、それはそれで構わない。そう己に言い聞かせる。

ムウは、眼の前の女の優しい顔をしっかりと見る。マリューの頬が赤みがかってきている気がするが、きっと少し空調の設定温度が高いせいだろう。接点薄い今回の船出で、身持ちの固いマリュー・ラミアスが、自分に見つめられた程度で頬を赤らめると勘違いする程、ムウはおめでたい男ではない。

だが、見れば見るほどに、守るべき未来というものを意識させられて、マリューの瞳に吸い込まれそうだった。

 

「…あ、あの…まだ何か…私に御用でしょうか」

 

「いや…。休憩中、すまなかった。マードック軍曹への用事が、ここで全部終わっちまった。ありがとう、大尉。それじゃ、ゆっくり休んでくれ」

 

そう言って、背を向けて去っていく艦長の後ろ姿を、マリューは熱くなりそうな顔で見送る。

自分を見つめるムウの視線が、一瞬とはいえ凄まじい真剣さと、そしてどこか悲しげな色も含んでいた。

それに気付いてしまうと、今も、最後には飄々とした態度で去っていくムウに、マリューはどうしても意識が惹かれてしまう。

 

(さっきも、ふらついていたし……フラガ艦長、大分無理をしているんじゃ…。いえ、そうに決まっているわよね。英雄・エンデュミオンの鷹も、人ですもの。心だって、大分参っているはずよ。…艦長とパイロットの兼任……あの時、もしフラガ大尉が、私の艦長就任を推していたら、きっと今頃は…私が……)

 

もしかしたら、あの時、自分が艦長という畑違いの重責を嫌がっているのを見抜いて、ムウは兼任を提案してくれたのかもしれない。そう思うと、余計に申し訳無さが湧き出てくる。

自分もそうだったが、皆、ムウ・ラ・フラガの人間離れした戦果と活躍に、彼が疲れもするし傷もつく人間だという事を忘れがちだ。

気をつけなくては、と己を戒め、そして、何とか彼の助けになりたいと、そうマリューは願うようになる。

それは、ムウの懸念通りの心境の変化であった。

 

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