ムウ・ラ・フラガ現在2周目   作:八段腹おじさん

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ムルタ・アズラエル

「アークエンジェルから連絡が入った…へぇ?無事に、結構早くアラスカまで来れそうなんだ。…予想以上に使えるのかな?」

 

地球連合…とくに大西洋連邦派閥に強いコネクションを持つ、軍事企業系財閥のトップたるムルタ・アズラエルは、己の息のかかった者達から上がってくる情報は、些細なことでも自分の目でのチェックを欠かさない。

若くして地球圏屈指の財閥のトップでありながら、現場主義であり、自分の目で見て、肌で体感して、そうやって不満を抱いてきた様々な部門を、一体どれだけの数是正して黒字に転化してやったか知れない。

いや、そういう男だから、アズラエル家の嫡子という立場を超えて、その若さで老獪な狸達が蠢くロゴスや、狂気の怪物達が跋扈するブルーコスモスをまとめられるのだろう。

 

「…こっちはアルスター事務次官からか。……ふーん?なるほど…G兵器の実戦データか。でもねぇ、もうサザーランド大佐から機体データは貰ってるし…こっちでやってる()()()()に今更活かせそうなデータは期待できそうもないよねぇ。まー、精々ダガーのOSの改善点が炙り出せれば御の字かな……はてさて、記念すべき僕たちナチュラルの、初の実戦型MSはどうなんですかねっと………―――――は?」

 

報告に添付されている映像を見て、アズラエルが固まる。

精度が良いとはお世辞にも言えない映像だが、そこには、まるで幼児向けのスーパーヒーロー物かのような、一方的かつ劇的な大逆転劇が映し出されている。

 

「…っ!?も、もっと画質の良い映像処理をしろよ!!く…これじゃあハッキリ見えない…!―――はぁ!?なんだ今の!?一発で二機堕とした!!!!?」

 

目を見開き、映像に食い入る。

 

「お、おい!クソ!!もっとハッキリ映せよ!!今の動き!!これは…機体は確かに優秀なようだが、それだけじゃあこの動きっ、説明つかないだろう!…パイロットは誰だ!!こいつは…エースだ!!!」

 

アズラエルの青い瞳が、凄まじい速さで資料を映すモニターを滑り、高速でタイピングをし検索していく様は、まるで彼が忌み嫌うコーディーのようだ。程なくして目的の文字列を寸分違わずピタリと見つけ出す。

 

「――ムウ・ラ・フラガ……フラガ?フラガって、あのアル・ダ・フラガのフラガ家!!?資料、資料はどこだよっ!どこのフォルダだったか……っ、……あった!ムウ・ラ・フラガ……エンデュミオンの鷹!そうか、エンデュミオンの鷹だ!ははははは!!ナチュラルだ!!ナチュラルだよ!ナチュラルじゃないか!!!ナチュラルでも、ここまで戦えるんだ!!!」

 

アル・ダ・フラガは、アズラエルをして真の天才と尊敬できる、ほぼ唯一の人だった。

一度だけ、幼い頃に父に連れられて出向いた社交界で、遠目にだが彼を見たことがある。

自信に満ち溢れ、世に台頭してきた新人類・コーディネーターなど歯牙にも掛けなず、「あのようなモノは、私には脅威ですらない」と豪語する姿に、ひどく感銘を受けた記憶は、幼心に鮮明に覚えている。そして実際に、彼の経営手腕・ライバル達のウィークポイントを見抜く力・株取引の先見性etc、全てがずば抜けていて、コーディネーター系の企業などもアル・ダにはシャッポを脱いで敗退を続けるしかなかったのだ。

その息子が、アル・ダの自信の証明かのように、ナチュラルであるフラガの血の可能性を証明するかのように、圧倒的な強さでコーディネーターを蹂躙したという。

 

「どうだ!それ見たことか!これだよ…これなんだよっ!!見ろよ、遺伝子細工の人形どもっ!これが真の天然物の、本当の人間の可能性だ!本当の力なんだよ!あはは!はははは!!あははははは!!!」

 

その日、ムルタは、何度も何度も、ブリッツが敵を蹂躙する映像を繰り返し再生し、大笑いしながら眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アークエンジェルはもうじき完全な安全圏へと入る。

そうなったら、この艦に避難させていた民間人も協力者も、皆、艦を降りてもう会うこともないだろう。

むしろ軍というものからなるべく距離を置いて生きて貰いたいとムウは切に願っている。

それは巻き込まれてしまった全ての民間人に向けての思いだが、やはりムウとしては特に関わりが深かった少年少女達へ、そういう思いは強かった。

サイ・アーガイル、トール・ケーニヒ、ミリアリア・ハウ、カズイ・バスカーク、フレイ・アルスター……そしてやはり、何よりもキラ・ヤマト。

何の因果か、特に争いから遠ざけたかったキラこそが志願兵として正式に軍人となってしまったが、今ならばまだ連合に、そして戦争に深入りしていない。

まだ間に合うはずだとムウは思った。

だから、艦長としてもパイロットとしても身軽になれる今のタイミングが、キラと直接話せる最後の機会かもしれなかった。

 

「キラ、入っていいか」

 

「ムウさん…どうぞ」

 

扉をノックすると、すぐにキラは彼を招き入れた。

そのまま取るに足らぬ雑談を交わし、談笑する。

それはムウ自身、己で思うよりも遥かに楽しい一時だった。

未来視で経験した中のキラと、今目の前にいるキラは違う。

そんな事は、マリューとの事でも嫌という程分かっているのに、親しげに微笑みかけてくる少年は記憶の中の戦友と全く同じに儚げで温厚だ。

どうしたってムウの態度も、実に親しげで気楽で、素直な反応が多分に出てきて、そしてそんなムウの姿はキラの目にもとても好感触なものだった。

 

「――それでな、その時俺は言ってやったんだよ。〝バカ野郎、バスには女性優先だ。俺は最後でいい〟ってな。何故なら…」

 

「……女性がミニスカートだった、ですよね?」

 

「お?なんだよ、知ってたのか?」

 

「古典的なジョークの一つじゃないですか。…ぷっ、ふふふっ、でも…それを実際にする人は初めて見ましたけど」

 

「いやぁ古典ってヤツからは学ぶ事が多いぜ、キラ。お前さんもやってみるといい。実際な…結構なミニのネーチャンは……視えるぞ」

 

「やりませんよ!」

 

ちょっと赤い顔になって必死に否定してくるキラの姿は、やはり記憶の通りに純情で素直だ。

だからこそ、やはりキラ・ヤマトにはここで降りて貰わなければならない。

ムウとキラは一頻り笑いあった後、やがてムウは咳払いを一つし、真面目な顔で彼の名を呼んだ。キラも真面目な顔になって、「はい」と返す。

 

「…ジョシュアに着いたら、除隊しろ」

 

「………僕じゃ、お役に立てませんか?」

 

「そんなわけないさ。むしろ、役に立ち過ぎてくれた。あんな危機的状況で、いきなりストライクに乗ってくれて、あんなにも戦ってくれた。…もう、俺もこのアークエンジェルも、お前に一生分の恩がある。これ以上キラが〝役に立ちたい〟とか、そんな事を思う必要はないって事だ」

 

「それは………ありがとう、ございます。でも」

 

「でもは無しだ、キラ。お前はさ……お前は、誰よりも優しい男だ。しかも、MSを動かす以外の才能だってめちゃくちゃある。だからMSパイロットなんかに拘る必要もなければ、軍属である事に拘る必要もない。オーブなら、お前の生きる道はそれこそ無限大だぜ?だから…こんな事はもう忘れちまえ。戦争なんて馬鹿な事は、大人が勝手に始めたんだから大人に尻拭いさせりゃあいい」

 

そして俺は大人だからな、とムウはウィンクしてみせた。

それはムウ・ラ・フラガ流の軽薄さであり、深刻さを陽気さで覆い隠して少年に〝逃げやすい逃げ道〟を舗装するつもりでもあった。

だが、ムウが思っている以上に、もはやキラにとってムウは大事な人となっていたのは大きな計算違いだ。

共に戦場で背を預けあった深い信頼と、年の差を超えた友情と、人種の違いを気にしないムウの大らかさも相まって、キラはムウにある種の忠誠心染みた感情すら抱いていた。

捕らえたニコル・アマルフィの処遇にしても、兵器の無断使用と強行出撃という即銃殺もののトラブルをしでかしたカガリへの対応にしても、それはキラの心の掴みすぎてしまっていた。

キラにとってムウ・ラ・フラガは、大切な友人であり尊敬できる大人であり、仕えるべき上官だった。

過ごした時間は短くとも密度と濃度は計り知れなかった。

今もキラを気遣ってくれているのが、少年には痛いほど分かるからこそ、キラの心中に渦巻くのは「僕はこの人の役に立ちたい」という色のみとなっていく。一種の悪循環だ。

 

「まぁ、さ。よく考えておいてくれ。今なら戦争に深入りしないで済む。元の静かな生活に戻れるんだ」

 

「でも、この戦争はもう世界中に広がっています。世界中で、どんどん無関係な人が巻き込まれて…どんどん戦う力の無い人達が犠牲になって…それなのに、戦う力のある僕が、僕が…戦わないだなんて!ムウさんに全部押し付けて、僕だけ知らない顔で今までの生活に戻るだなんて…!」

 

「…おいおい、落ち着けって。だからそれもさ…今回の、このG兵器を短期間でジョシュアに届ける事で戦争の早期終結に繋がるんだ。だから後は俺達大人に任せほしい。…信じてくれ、キラ。お前の力に頼らなくても…この馬鹿げた戦争を終わらせて見せる……約束するよ」

 

「ムウさん…そ、そうやって…あなたが全部背負い込もうって…」

 

「ん?ははははは!そんなわけないだろ。いくら俺が不可能を可能にする大英雄様でも、一人で戦争は終わらせられないかな?…でも、終わらせられる協力者は何人もいる」

 

「なら、僕もその協力者の一人にさせてください…!僕だって…!」

 

ああイカンな。

ムウの直感はそれだった。

明らかにキラの悪い意味での強情さが顔を出していた。

なんでそんなにも戦争に関わりたがるのか、軍人であろうとするのか。この時点でのキラなら、自分が最高最善のコーディネイターであると、あらゆる業を背負って生まれた忌み子だと知らないのだ。世界に対して気負う必要などないはずだ。ムウはそう考えていた。

ムウのその感情が、深刻な顔となって出ていた。そういう顔でキラを真っ直ぐに見つめて、心の中で焦っていた。

キラは、ムウのその真剣な顔を見てハッとなる。

 

「…す、すみません。つい…興奮してしまって…。ムウさんは…僕のこと、こんな真剣に考えてくれてるから、だから、そういう事を言ってくれているって、分かっているのに…」

 

「いや、いいんだ。お前にだって…自分の行く末を決める権利はある。その道の一つには、軍って選択肢だってあるだろうさ。俺のさっきの言葉は、アドバイスを越えてちょいと押し付けがましかった。スマン。…でも、やっぱりさ……これだけは覚えておいて欲しい」

 

「は、はい」

 

「確かに今は世界中で戦争だらけだ。軍人の需要は鰻登りで、それを志す人間は老若男女問わず常に多い。だが軍人は戦争屋で、上の命令で、殺したくない人だって殺さなきゃならない。みんな、人を殺す事に慣れすぎちまったが…キラ…お前にはそれが出来るかい?」

 

「…っ」

 

一瞬言葉に詰まって俯いたキラに、ムウは深く頭を下げてもう一度頼んだ。

「よく考えてから、オーブにいるご両親の事を考えながら、結論を出して欲しい」と。

ジョシュア入港までは、もう一日ある。

それまでに、キラの出す答えが変わってくれる事を願うムウだった。

 

(…未来を視たって…俺なんかが出来る事なんて、やはりたかが知れているって事か?)

 

キラの部屋を後にしたムウは、静かな艦長席に足を投げ出してだらしなく腰掛ける。制帽を顔にかけ、表情を誰にも読み取られぬように、ずっと深く思考の迷路に入り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アークエンジェルは、無事に大気圏突入を完了し、北米エリアへと降下を終えた。

もはやアラスカのジョシュアは目前で、ようやくクルー達にも笑顔が戻っていた。

民間人達の間にも、弛緩した空気が流れ始めて、誰も彼もが艦を降りた後の事を話し合っている。

艦橋の士官連中でさえ、そういう空気だというのは少々いただけないだろうが、それも仕方がない。

というのも、恋焦がれたジョシュアは、既に有視界圏内だからだ。

 

「――――こちらアークエンジェル。了解。ガイドビーコン確認」

 

「よし。ジョシュアに入るぞぉ!当艦はこれより、連合本部に入港する。ノイマン、操舵よろしくぅ。なんならここでバレルロール決めてもいいぞ」

 

「ははは、フラガ艦長、冗談きついですよ。いくら自分でもそんな事できませんって……進路クリア。アークエンジェル、着艦コースに進入します」

 

チャンドラ二世とノイマンも、軽薄に振る舞うフラガ艦長に慣れたものだ。

この軽薄さも、あれだけの活躍を連続で見させられた後だと、もはや頼りなさとか困りものだとか思うわけもない。ただひたすらに心強く、そして魅力的で、この〝軽さ〟が、英雄と自分達一般兵の心の距離を縮めてくれる…そういう艦長側からの気遣いとさえ思えた。

連合本部の大規模ドックに、とうとう新型試作艦アークエンジェルが入渠し、その翼を休める時がきた。

アークエンジェルの周りには既に人集りが出来ていて、ジョシュア中の連合軍人が駆けつけて来たのでは、と思える程の大騒ぎだ。

誰もが口々に、「連合バンザイ!」「アークエンジェルーー!!」「エンデュミオンの鷹!」「ムウ・ラ・フラガ万歳!」「連合の希望!ナチュラルの英雄!」等々と、熱狂的に叫んで軍帽を振り回したりと騒がしい。

タラップを降りながら、手を降ってくる同僚達に真面目な敬礼を返してやると、誰もがムウの名を叫んで熱を上げる。

 

(おいおい…俺程度に大騒ぎし過ぎだろ。と言っても、まー、この時分って…確かに連合のまともな勝利はご無沙汰だもんな)

 

ムウの意識の中には、どうしても、いつだって〝かつてのキラ〟や〝かつてのアスラン〟の戦いぶりの映像が焼き付いている。人類の中でも間違いなく最強のMS乗りである二人の姿だ。

あれに比べれば、自分なんて大した事は無いと、無意識にそう卑下してしまうから、ムウはいつでも謙虚であれた。

ムウの中では、真のエースの戦いぶりというモノが確立されていたから、自分はそれをなぞって追いすがろうとする挑戦者という意識でしかない。

 

「大西洋連邦軍所属、強襲機動特装艦LCAM-01XA・アークエンジェル!…ようこそアラスカへ!ジョシュアは貴艦を歓迎する!よく無事でここまで来てくれた、ムウ・ラ・フラガ中佐!」

 

タラップを降りた先に、司令席からドッグまでわざわざ足を運んだ、大佐の階級章をつけた壮年の男が、やはり熱烈な歓迎っぷりを見せてくれた。

サザーランド大佐その人が、満面の笑みで自ら歩み寄って、ムウの手を取って上下にシェイクした。どこかで見たような光景だった。

 

「こ、光栄です、大佐。しかし、自分は大尉であります」

 

「おっと、いやいや。ハッハッハッハッ。すまんね。サプライズにしておくつもりが、ついつい先走ってしまった。君の二階級特進はもう既定路線だ。本来なら三階級でも四階級でも特進させたかったのだが、私のもとで君を是非とも使いたかったからな。中佐でしばらくは我慢して欲しい。まぁ、この戦争も終わる頃には、きっと君を上官と仰ぐことになるだろうがね!わっはっはっは!君がいれば直ぐにでもこんな戦争終わるだろうさ。勿論、我々ナチュラルの完全勝利でな!」

 

「自分が中佐でありますか?」

 

「あぁ!他のクルーについても、皆昇進が決まっている。それだけの活躍をしてくれたよ!」

 

「…キラ・ヤマト二等兵も、ですか?」

 

そこで始めて、サザーランド大佐の顔が僅かに強張った。だが、それも一瞬であった。

 

「うむ…その通りだ。彼がコーディネイターという報告は既に目を通しているが…なに、彼は既に民間人から志願して、我軍の兵士だからな。それに、君に比べれば大した存在ではない。一般的なコーディネイターだ」

 

ムウはホッと撫で下ろす。

殊更気張って、今までの戦闘で無茶をした甲斐があったというものだ。

ムウの予想通りに、自分の活躍でキラが霞んでくれれば、それだけキラ少年が〝特殊なコーディネイター〟だという不都合な真実を衆目からそらせるからだ。

一般的なコーディネイターと判定されてしまえば、連合にもコーディネイターの軍人というのも少数だが存在するから、キラの扱いもそうそう悪いものにはならないだろう。

 

「ヤマト二等兵を戦時徴用したのは、まぁ無難な判断だったと言えるだろう。万が一、彼に余りにも活躍されてはアークエンジェルはコーディネイターに汚された船になってしまうし、彼が裏切ってザフトになびけばとんでもない事になっていただろうが……エンデュミオンの鷹がいれば、どちらが起こっても対処可能であるという判断からだろう?しかし現実はどちらも起こらず、杞憂であったわけで、そこはこちらとしても安堵している。もっとも…彼程度の裏切りでは、君が率いるアークエンジェルとブリッツはびくともしなかっただろうからな」

 

サザーランドのその言葉に、ムウは苦笑いを浮かべるしかなかった。

とんでもない勘違いと過小評価だと、そう声を大にして言い返してやりたかったが、先々を思えばキラを過小評価してくれるのは大いに結構だった。

かつての、3ヶ月遅れでのアラスカ合流においては、あれ程苛烈にアークエンジェルとキラ・ヤマトを、そしてキラの力に頼った自分達を批難したくせに、変われば変わるものだと、どこか冷めた思考の端でそう思う。

 

(ナチュラルの俺自身に説得力を持たせれば…こうも変えられるものか)

 

ならば、今後もやりようはあるし、やり甲斐もあるというものだった。

運命というものは、やはり流転するものだ。決められたレールなどではないのだ。

そう思える事が、ムウにとっては大いに慰めとなってくれる。

 

(運命が決して変えられないなんて…そんなの、あんまりだからな。だとしたら、俺の意識が未来を見た意味なんて、欠片も無くなっちまうじゃないか)

 

キラとの会話を思い出しながらも、改めて強く己に言い聞かせた。

人混みを掻き分けて歩きだしたサザーランドに促され、ムウも歩調を合わせて大佐に付いていく。

周りで騒いている連合軍人達を見ていると、意外と女性も多くて、彼女らの黄色い声援は男ならば誰もが悪い気はしないだろう。

どうやら自然と鼻の下が伸びていたらしい。少なくとも、ナタルにはそう見えた。

 

「…フラガ艦長。連合が誇るエンデュミオンの鷹が、あの程度の外野の声で、だらしのない顔をされては困ります」

 

ナタルが、いつものような鉄面皮で冷たくそう告げたが、気の所為か真面目な鉄面皮は、常よりも恐ろし気だ。

 

「え?い、いや、そんな顔していたか?」

 

抗弁しつつ、逆サイドを歩くもう一人の美女士官――マリュー・ラミアスを見れば、ナタルとは逆に優しげに微笑んでいる。だが、彼女の口から飛び出た言葉はあまり優しくはなかった。

 

「はい。それはもう、締まりの無い顔をしていましたね」

 

声色から、恐らくはジョークが多分に交じっているようだったが、マリューまでがそう言ったから、ナタルは「錦はこちらに在り」と言わんばかりにムウを射抜いてくる。

 

「エンデュミオンの鷹は、一挙手一投足を皆に見られてしまうのだと御自覚ください。まだここが連合本部のジョシュアだから良いものの、マスメディアはゴキブリと同じですから、いつすっぱ抜いてくるとも限りません」

 

「…気をつけます」

 

つい部下相手にも敬語が出てしまうのは ――勿論、これも半分ジョークであるが―― ムウの人柄というやつだった。

ナタルの苦言も、どうやらムウを心配してのことらしいのは分かる。

どうやら完全無欠の完璧超人ではないらしいと、そんな会話を聞いていたサザーランドも悟ることが出来た。

だが、同じ男としては寧ろ好感が持てる。

男なら誰だって…とはサザーランドでさえ思うらしい。

低音で渋みのある声で、口の中で笑ってみせると、ナタルはハッとなって「大佐の前で失礼致しました」と、恥ずかしそうに目線を落とした。

 

「ふふ…羨ましいね。美しい、やり手の副官が二人もか。エンデュミオンの鷹殿にお似合いではないか。あぁ、勿論…軍人として、上官と部下として、という意味でだよ」

 

普通なら侮蔑や嫌味というニュアンスが含まれいそうな言葉だったが、そういう負の面はまるで感じられない砕けた口調だった。

そういう軽口まで、大佐から飛び出す時点で、彼がムウやナタル達を心底歓迎しているのは明らかだと思える。

大佐直々に引率されて、ジョシュアの清潔な通路を連れ回されているのはムウとナタルと、そして技術士官と言えども大尉の階級にあるマリューだけである。

今頃は、別の担当が下士官達を慰労してくれている筈だ。

 

(さっきは、サザーランド大佐はああ言っていたが…キラは大丈夫かな)

 

ムウが気にするのはキラだ。

他にも、営倉入りさせていたカガリや、捕虜のニコルなど、そうした本人であるとはいえムウは気が気でない。

まだ、オーブ戦やアラスカ戦、パナマ戦も起きていない現時点であるから、話も聞かず殺すだとか、リンチだとかは無いと信じたい所だった。

オーブのお姫様であるカガリは大丈夫という確信はあるが、ニコルに関しては、もし連合本部たるこの地で、リンチだとかが起きてしまったら、それこそプラントの強硬姿勢がさらに強くなって、そしてヤキン・ドゥーエの戦いで醸造されていた最終戦争のような空気感が、もっと早く、もっと強く醸し出されてしまうだろう。

フラガの先読みの肥大化で知り得た、あの悪夢が如き未来が、すぐにでも起きかねない。

 

(この際、カガリ(嬢ちゃん)と、ニコルの奴が政治利用されるのは仕方ないけどな…)

 

その為にも、身の安全は保証されなければならないし、寧ろVIP待遇の方が交渉を有利に運ぶ事が出来る。

それぐらいの理性的判断は、まだ今の連合なら出来るとムウは思っていたし、色々と上手に利用してくれと祈ってもいた。

 

(…というか、俺達はどこに連れて行かれるんだ?)

 

ジョシュア内を長々と歩かされている。

司令室は、今しがた通り過ぎたはずだ。

 

「あの…大佐。我々はどこに向かっているので?」

 

「うむ。君には医務室で検査を受けて貰う」

 

「サザーランド大佐直々に、自分を医務室に引率していらっしゃるので?」

 

「出来れば周知させぬ方がよいと、あの御方も言うのでな」

 

歓迎ムード一色をその表情にも宿していたサザーランドだったが、数拍の後、顔から喜色が消えて声量も抑えながら言葉を続けた。

 

「…ナチュラル向けに調整されたわけでもない……寧ろ、コーディネイター用に急場で再調整されたOSでブリッツを動かしたと聞いた」

 

そう言われ、ムウも一瞬色を失う。

 

「それは」

 

「私はパイロットではないからな。それがどれほどの負担をナチュラルに強いるものかは想像するしかない。だが…それが生半可なものではないとは分かっているつもりだ」

 

それ故にあの御方は君を心配しておいでだよ、とサザーランドは酷く真面目な面持ちで言う。その表情には、嘘や駆け引きは無く、大佐自身もまたムウを本気で心配しているのが伺えた。

 

「あ、あの」

 

ナタルが切り出した。

上官と艦長の会話に入り込んでくるというのは無礼であると承知で、それでも彼女にとって衝撃の言葉が聞こえてしまったから、彼女は気が気でなかった。

ナタルの横を歩くマリューもだった。

もっとも、技術士官であるマリューにとってはある程度の予想通りではあった。

 

「あ…も、申し訳ありません、大佐、艦長。し、しかし…どういう事です?フラガ大尉は、見事にブリッツを乗りこなしていました。OSだって、ラミアス大尉がナチュラル用に書き換えて…」

 

「…違うのよ、バジルール少尉。私達、技術班がやった調整は…本当に付け焼き刃なものでしかない」

 

そう答えたのはマリューだった。

サザーランドは、自分とムウの会話を遮られている現状にも不快さを見せず、彼女らの会話を黙って聞いていた。

ムウが、恐らくはアークエンジェルの乗組員全員に、己の過剰な負担を隠していたのは明白で、それをここで知り、確信してしまった彼女らの衝撃を慮っての事だった。

それぐらいの機微はサザーランドも持っていたし、彼女らが英雄を支えたアークエンジェルの優秀なメインクルーだと思えば、全く咎める気もない。

 

「そんな…!ラミアス大尉、あなたは…そんな杜撰な仕事で、そんな機体でフラガ艦長を戦場に送り出していたと!?」

 

「…ナチュラルに最適化されたOSの開発は難航していて…それに専念していた時でさえ一定の目処さえ立たなかったのに、戦時航行下ではとても…」

 

「そんな言い訳を、命を賭けたパイロットの前で!」

 

ヒートアップしかけたのを見て、ムウが「こりゃまずい」と小さく漏らしてストップをかける。

 

「あー、君達?ちょっとちょっと…大佐の前なんだが」

 

「っ!も、申し訳ありません!」

 

「お、お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません、大佐」

 

案内する歩みを止める事なく、サザーランドは鷹揚に笑ってみせた。

 

「構わんよ。君達の心配も、怒りも、懸念も、妥協も…察する事はできるからな。…エンデュミオンの鷹も、罪作りな男のようじゃないか」

 

「は!恐縮です!」

 

わざと堅苦しい生真面目な敬礼と返答で、ムウは敢えて茶化してみせればサザーランドはまた笑った。

 

「だが、艦内の上級士官には、君の当時の状況を正確に伝える必要があったのも事実だ」

 

サザーランドに言われ、うっ、とムウは唸る。

 

「解決策の目処が立たぬ問題を提起するぐらいならば、敢えて黙る…という判断も確かに分からないではないが…。君の周囲にだけでも知らせていれば、君の負担を少しでも軽くする術を見いだせたかもしれんぞ?」

 

「…仰るとおりです」

 

「うむ。気をつけてくれ。…君は、もはやただの一パイロット、一艦長ではない。君に何かあれば、もはやそれは連合全体への士気にも関わる」

 

「えぇ?はははは、それは大袈裟ですなぁ、ははは」

 

サザーランドが今しがた言った事は、ムウにはどうやらサザーランド流の冗談に聞こえたらしい。

ムウは軽薄に笑ってみせたが、今度はサザーランドは笑って返してはくれなかった。

 

「いや、私は本気だよ。フラガ中佐」

 

「ははは、は、は――」

 

ちらりとナタルとマリューを見れば、彼女らの表情にも微塵も微笑みはなかった。

なぜ黙っていた、なぜ相談してくれなかった。そういう目だった。底冷えするような、怒りの目をしていた。だが同時に、二人の美女は薄っすらと涙目にまでなっていて、ムウに罪悪感が一挙に去来した。

 

「どうやら彼女達も、私と同意見のようだ、フラガ中佐。……くれぐれも、無茶はしてくれるなと再三言っておく。軽輩の輩のような、一兵卒のような真似事は今後慎むように」

 

しつこいくらいの念押しだった。

そこから、少々しょんぼりしながらムウは黙って歩いた。

四人の軍靴の足音だけが、長い廊下に静かに響く。

ムウを引き連れたままにサザーランドは医務室に消えていき、美女2人はそれを静かに見送ると、彼女らは物憂げな顔を見せて黙りこくったままに只管ムウを待ち続けるだけだった。

彼女らの間には、不気味なほど静かな時が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう一幕があってから、どこか気不味さが漂っていたが、改めてムウ、ナタル、マリューの3人は、サザーランドに引率されて本当の目的地へと向かっている。

これほど長く基地司令たる大佐本人が自分たちを案内していていいのだろうか、とムウ達も思ったが、まぁそれだけジョシュアの警備は万全という事の証左なのかもしれない。

 

「ここだ。非礼の無いように」

 

大佐が、とある一室を指し示し、足を止めた。

サザーランドは大佐という階級でありながら、バックにブルーコスモスがいて階級以上の権力があるというのは、大西洋連邦閥の大抵の連合軍人なら暗黙の了解で知っていた。

そのサザーランドが、失礼します、と一声掛けながら丁寧に恭しく扉を開けていくのを見て、ナタルとマリューは怪訝かつ不安そうな目をムウに向けてくる。

つまりは、この部屋の中には、サザーランド以上の権力を持った者がいるという事だ。

ムウの予感が「まさか」と囁いた。

 

「やぁ!ようこそ、ムウ・ラ・フラガ中佐!」

 

ムウと同じような金髪碧眼を持つ優男が、花開くような満面の笑顔で、ムウ達を出迎える。

それはいっそ無邪気にさえ映った。

 

(…っ!ム、ムルタ・アズラエル…!!)

 

まさか渡りをつけたいと思っていた大物が、あちらから出向いてくれていた事は、ムウでさえ予想できなかった事だ。先読みの異能も、気を張っていなければ大した仕事をしてくれないらしい。

驚きを隠せないムウ同様に、ナタルもマリューも整った愛らしい瞳を大きくしている。

しかも、その大物があちらさんから駆け寄るようにしてムウに近づき、そして分捕るように彼の両手を包むと痛いほどに握りしめてきた。

 

「エンデュミオンの鷹っ!!アハハハ!!」

 

それは最上級の友好の所作だった。

ブルーコスモスではこの挨拶が流行っているのか?とムウは思わずにはいられない。

この後は決まって包まれた手が上下にシェイクされるに違いなかった。

 

「本物だ!いやぁ~、会えて光栄ですよ!!!」

 

「こ、こちらこそ光栄です。ムルタ・アズラエル理事」

 

今度は、フラガの先読みなど駆使せずとも当たった。

ムウの手は、アズラエルによって上下にブンブン振られて、しかもアズラエルの喜色満面の顔は更に輝いた。

 

「僕の名をご存知で?ははははっ、いやいや、連合の…()()エンデュミオンの鷹に名前を知られているなんてねェ。…おっと、失礼。いつまでも英雄を立たせたままとは、僕もまだまだ気が利かないですね。さぁ、座って。……えぇっと?フラガ中佐は、コーヒー派?紅茶派?それとも、お酒でもいっちゃいますか?本来ならマズイですけど、いやなに。ココはザフトのザの字も有り得ない連合の本山。守りは完璧だ。僕がいる時くらい、気を緩めていいんですよ。君ならね。…幾らでも融通、利かせますから、なんでも好きなものを言って下さい」

 

「ではお言葉に甘えて…自分はコーヒーで」

 

ぺらぺらと、よくもまぁ口が流暢に回るものだとムウは感心し、同時に閉口した。

ムウの両隣の美女2人も同様らしい。

 

「あーー、そちらの2人…マリュー・ラミアス大尉とナタル・バジルール少尉でしたっけ?あなた達もご自由にどうぞ?くつろいで結構ですよ」

 

アズラエルが指を一鳴らしすると、連合軍人の姿でありながら、まるで執事のように恭しい態度の男がやってきて、そしてアズラエルが何やらを耳打ちすると足早に去っていく。

 

(清々しいくらいの軍の私物化だなァ、こりゃ)

 

ムウは内心で天を仰ぎ見て、溜息を漏らしたが、全てを心の内に収めておく。

なにせ今のムウにとっては、この軍を貪り食う巨人こそが希望の星なのかもしれないのだから。

それに、逆説的に言えばこれ程の権勢を誇るアズラエルだからこそ、是が非でも味方にしておきたい。

 

(その為にも、この好感触のファーストコンタクトを利用しない手はないってね)

 

匂い立つ香りからして、普段ムウが啜るインスタントとは格が違うと分かる、上等な豆の香り。

ムウがコーヒーを飲む所作すら眺めるアズラエルが、「早速ですが」と切り出した。

 

「中佐の戦闘記録、拝見させてもらいましたよ。いやァ実に素晴らしい!君のような人の事をエースと呼ぶんでしょうね。僕は軍人ではありませんが、素人目にも君の動きが並ではない事は理解できました!」

 

アズラエルの言葉に、マリューとナタルは密かに眉をしかめた。

機密中の機密であるはずのアークエンジェルの軍事行動が、年月を経て風化した等ならともかく昨日今日で即座に機密開示させる事が出来る…そういう男が目の前の人物なのだという事実を改めて知ったからだ。

恐ろしい事だと即座に理解できる。

だが、ムウは顔色一つ変えず、愛想笑いなど浮かべてアズラエルに相対していて、政治だとか商談だとか、そういう方面に疎いマリューとナタルには、ムウがそちら方面にも稀有な才能を持った超人のようにも映った。

 

「ははは、お恥ずかしい限りです。まだまだモビルスーツに慣れません。自分はMA乗りでしたから」

 

「そうでしょうね。全く無茶をしたもんです。今後は、くれぐれもあんなメチャクチャはしないでくださいよ?私からも、早急にOSの見直しはさせますので」

 

優秀な部下に18時間勤務でも言い渡しますよ、というアズラエル流のジョークが飛び出したが、それを乾いた笑いで返したのはムウとサザーランドだけだった。ナタルもマリューも、少しも笑えないでいる。

 

「とりあえずは、中佐にはゆっくり休んでいただきますよ。先程は簡易検査だけでしたが、養生がてら検査入院をしていただく。で、その後です。その後に中佐には、ちょっとの間、馬車馬のように働いてもらう事になってしまうのは心苦しいんですが…優秀な人材をゆっくり休ませておくような猶予も、僕らにはありません。…構いませんかね?」

 

ブルーコスモス盟主に「構いませんか」と面と向かって問われて、果たしてこの世の人間の何割がNOを突きつけれるだろうか。

ムウは笑顔で「もちろん」と答えたのは言うまでもない。

アズラエルは笑顔で頷いた。

 

「さて…。……で、まずはゆっくり休んでもらうわけですけど…その前に一点。真っ先にやるべき大事な事があります」

 

「はっ。自分に出来る事でしたら」

 

アズラエルは、瞳をやや鋭くさせて、笑顔を消して言うものだから、ムウも釣られて真面目顔で答えた。

 

「僕と……写真をとってもらいましょうか」

 

「………」

 

ムウもナタルもマリューも、どこか白けたような空気をまとってしまった。

 

「綺麗にとってくださいね。ブレるとか勘弁ですよ?」

 

側近が高級カメラを構えると、アズラエルはいそいそとムウの横にやって来る。

 

「…ごほん。理事。私もご一緒しても?」

 

「まずは、僕と中佐の2人で撮ってからにしてくださいね」

 

恐ろしい程に爽やかなスマイルを作って見せるムウに、アズラエルはとても満足そうな満面の笑みだ。

なるほど、やはりムウは適応力と判断力に優れていた。

アズラエルが終われば、次はサザーランド。サザーランドが終われば、またアズラエル。そして合間合間に、アズラエルの側近達までが、さり気なくサインを求めたり、撮影をねだったりしてくる。そしてまたアズラエルが新しい一枚を要求する。

何度も何度も繰り広げられる中年男性だけの撮影会を、ナタルとマリューはただ無言で見守っていた。

彼女らの間には不気味なほど静かな沈黙が横たわっていたが、抱く思いはきっと同じだった。

 

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