ダンまち×FGO ~ 許されよ 我らが罪を~ 作:はしゅまる
酒場を飛び出してから数時間たったと思う。
僕は今ダンジョンにいる。
見つけたモンスターをすれ違いざまにナイフで切りつけ、襲ってきたモンスターは全て迎撃しながら先へと進む。
八つ当たりだ。弱い自分が嫌だからその苛立ちをモンスターへとぶつけている。
ずっと走り続けているのに、全く疲れを感じない。攻撃を受けても痛みはそんなに感じない。むしろ絶えずに湧き出てくる悔しさを糧としてナイフを振り続ける。
ゴブリンを、コボルトを、倒し続ける。
そして今、目の前には人と同じぐらいの大きさの茶色のトカゲ「ダンジョン・リザード」がいる。
トネリコと一緒に何度も倒したことのあるモンスターだ
でも今、彼女は傍にはいない 僕だけだ。
ナイフを強く握る。まだ戦える。まだ足りない!
「はぁぁあああ!」
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あれからもずっとモンスターを倒し続けた。
「はあっ!」
巨大な単眼を持った蛙のモンスター『フロッグ・シューター』。
『ィィアッ!?』
を倒し、まだ先へと進む。
「っ...!?ぐぅ......はぁ...はぁ...」
身体中の傷から痛みが送られてきた。と同時に理性が戻ってくる。
現状を一旦把握しようと周りを見渡す。
僕を取り囲むダンジョンの壁は見慣れていた薄青色のものから、淡い緑に変わっていた。先程まで出くわしていたモンスターの種類も、今まで交戦してきた低級モンスターとは違っていた。
「5階層......いや、6階層...かな」
曖昧な記憶の、自分が下った階段の数を計算し、結論する。
どうやら、僕はこれまで足を踏み入れたことのなかった新階層にいるみたい。痛みで意識を保っている状態で、何かに突き動かされるように、次なる標的を探す。引き返すという選択肢は、今の僕が考えつくことはなかった。
「はっ、は……」
それにどっと疲労を感じる...感じてなかっただけで蓄積されているみたいだ。
「......ここは」
歩み続けて。僕は広い空間に辿り着いた。
僕は部屋の真ん中まで足を進め中央の辺りで立ちつくす。
ざっと周囲を眺めてもこの広間から先に繋がる道は見当たらない。
どうやら僕が来た道が、この広間に繫がる唯一の出入り口のようだ。あの時のトラウマを思い出す。
ここにいては危険だと判断した、引き返そうと体を後ろに回す。
──その直後だった。
「......!?」
ビキリ、ビキリ、と。静まり返っていた広間に、何かが割れるような、得体の知れない音が鳴る。僕は弾かれたように顔を上げ、音の発生源を探すために辺りを大きく見回した。
見つけた...音の発生源はダンジョンの壁からだった。
つまりモンスターが生まれる。
生じた亀裂から飛び出したモンスターの手が宙をもがく。力任せに壁にひびを刻んでは一つ、一つ、体のパーツを露わにしていく。ばらばらと地面に落下するダンジョンの破片。最後に一際大きな破砕音を鳴らし、モンスターは地面に足をついた。
一言で言い表すなら『影』だった。
身長は僕とほぼ同等。手足の先から頭のてっぺんまで黒色に染まり、そのシルエットは限りなく人の形に近い。
影がそのまま浮かび上がったような怪物
6階層出現モンスター、『ウォーシャドウ』。
「...っ!」
がしゃりっ、と後ろからも上がる音に振り向けば、もう一体のウォーシャドウが同じように壁から産まれ落ちるところだった。
二対一。形勢不利。ここに来てダンジョンが本性を現してきた。
『......』
発声器官が備わっていないウォーシャドウ達は無言で体を起こし、静かに戦闘態勢をとる。
「......ふぅ」
呼気を一つ吐き出し、モンスターの血で赤く汚れてしまったナイフを握り直す。あの時と同じ絶体絶命。頭に浮かぶのはあの酒場で起きた光景。叩きつけられた現実。あのような醜態を晒した自分への怒りで身体中を走る痛みを押さえつけ再び戦闘態勢を取る。
「倒す!!」
僕の無謀な戦いが始まった。
ウォーシャドウは鋭利な爪...いや『指』を持つ。異様に長い両腕の先には三本の指が備わっており、鋭いそれはナイフの形状そのものだ。ゴブリンやコボルトとは比較にならない移動速度でその両手の武器を用いて攻撃を仕掛けてくる。
ウォーシャドウの戦闘能力は6階層のモンスターの中でも随一と言っていい。『上層』と定められるダンジョン1階層から12階層の内、新米の冒険者では敵わないモンスターの筆頭だ。
「っっ!?」
事実、その通りだ。
一方的に攻められ、傷を負う。
2匹のウォーシャドウが繰り出す攻撃は1匹ならば単調なものだが息のあった連携のせいで全く隙がない。一撃でも喰らえば生死に関わる威力を持っているため、絶対に喰らう訳にはいかない。
これまで体験のしたことのない速さで黒手が振るわれ、服ごと肌を薄く傷つける。
長いリーチを誇る腕のせいで自分の間合いへ相手を引き込めない。
近付くことを、許されない。
今まで命を預けてきたナイフを心許ないと思ったのは初めてだ。
今までのモンスターとは明らかに違う。反撃がままならないほど、付け入る隙が見つけられないほど、逃げ出すこともかなわないほど。
ただ単純に、強い。
『...』
「ぐ──っ!?」
一言も発さずに放たれる一撃。
それを回避すれば後ろからもう1匹の腕が伸びてきて僕を襲う。
避けるので精一杯。いやそれでも掠めるギリギリだ。
これがいつまで続くかわからない。未だに身体中の痛みに襲われているからだ。
死ぬ─────なんて考えが頭をよぎる。
でも死ねない...絶対死ねない。
考えろこの状況を打破できる方法を!隙がない訳がない。必ずどこかで綻びが生まれる。待て、その時まで相手の動きをよく見ろ!
2匹のウォーシャドウの攻撃を観察する。腕を振りかぶってきたら攻撃...いや突っ込むだけじゃ2匹目にやられてしまう。
ウォーシャドウAが大きく右腕を振り下ろす。それをバックステップで避けた。
距離が空く。だが腕を振り下ろしたウォーシャドウの後ろにいた2匹目は僕に向かって高く跳び上がり、距離を詰めてくる。
──────────今だ。
地面を蹴り、跳んでいるウォーシャドウの下を通り、右腕を振り下ろしたウォーシャドウに接近する、今まで避けてただけの僕が突っ込んできたことに対する狼狽えを感じた。
その隙を逃さない!
『...!!』
「ふっ!」
ウォーシャドウは接近する僕を迎撃するため左腕を横に振るうが、それを左手に持つナイフで弾く。
「はぁぁぁあああ!!」
『......!?』
顔面の鏡面に向けて右拳で一撃を放つ。僕のパンチは相手を貫いた。ドロっとした黒い液体が僕の腕を通って下に滴る。顔を貫かれ短く痙攣したウォーシャドウは、全身から力を消失させがくっと膝を屈する。
次だ。
モンスターの顔面から腕を引き抜き、着地し仲間を倒され硬直した様子を見せているウォーシャドウに、電光石火の勢いで攻撃を仕掛ける。再び敵の懐へと潜り込もうとするが、ウォーシャドウが僕に腕を振ろうとする、ナイフでは間に合わないと思った僕は、渾身の蹴りを相手の顔面に放つ。
パキリと音を立て目を潰した。
『...!?...!!!』
前が見えなくなったせいか、両腕で暴れながら手当り次第攻撃している。そのままダンジョンの壁側へと進み、ぶつかった。
「今!......ッ!?」
壁にぶつかり倒れたウォーシャドウにトドメを刺すべく僕は走り出す。
だがその時、今まで感じたことの無い程の恐怖を感じた。まるでお前を殺すと言わんばかりの殺気と言えばいいのだろうか。
さっきまで僕の意識は、目の前のウォーシャドウにしか向いてなかった。
だから僕は...倒れたウォーシャドウの真上、天井から黒いモヤが立ち込めていることを見逃していた。
「あれは...何?」
身体があれを拒否している。理解してはいけない。見てはいけない。体の中の何かがそう訴えている。
そしてそのモヤはウォーシャドウへと向かい。
『...!!!......!!!!!』
取り憑いた。
ウォーシャドウはさっき以上に暴れ出す。まるで体に張り付いた何かを取ろうともがいているようにみえる。
僕はそれを見ることしか出来ない。ミノタウロスの時とは違う恐怖に支配されている。それは「未知」だ。
あれがわからない /怖い
理解できない /怖い
足が動かない /怖い
ウォーシャドウがぴくりとも動かなくなった。僕の位置からは背中しか視認できない、逃げろと頭の中に警鐘が鳴り響くも僕は動けない。
そして『それ』はゆっくりとこちらを振り向いた。
赤い目のようなものと視線が合う。
「...!?」
恐怖 怨み 悲しみ 苦しみ 憎悪 嫌悪 怒り 困惑 軽蔑 殺意
何を考えているかわからないその瞳からはそれらが感じ取れた。
黒いモヤモヤに赤い目、見たことは無いが話で聞いたことがある。
「『
そう口からこぼれた。出会いたくないといつも思っていた…それに僕は今相対している。
いやあれはもうモースでは無い。僕がさっき蹴り壊した顔面に黒いモヤが憑いてる。まるで仮面のようだ。モースがモンスターに取り憑いた姿をギルドは『
と呼称している。
『気持ち悪い』
「っ.......ぐっ!?......ガハッ!!」
恐怖と思考に捕らわれた隙を突かれ、理解できない唸り声をあげたデッドフェイスの攻撃が僕を襲う。直撃してしまった。僕の体が空中を舞い、ダンジョンの壁に叩きつけられる。
「はっ...はぁ...ぐぅ!...」
強い衝撃が身体を走る。それに呼応するように痛みがさらに強くなる。意識が薄れ、視界がぼやける中、こちらにゆっくりと近づいてきたデッドフェイスの姿が見える。止めとばかりにそれは右腕を振りあげる。
目の前の光景に時間の流れがどうしようもないほどゆっくりになった。壮絶な勢いで過去の記憶が頭の中に流れていく。走馬灯...か、今までの人生の記録が再生された。その中でも、一際鮮明な光を放つ彼女との出会い。
────ある出会いがあった。
おそらくは、彼女にとってなんでもないありふれた光景。
────けれど。
その姿を、僕は二度と忘れない、何度生まれ変わろうとも必ず思い出す。
僕の魂にやきついた黄金の記憶。
月光に照らさせた金色の髪。
優しく微笑む顔にとても綺麗な碧眼。
こちらに差し出す手には冷めてしまったジャガ丸くん。
────その日、僕は運命に出会ったんだ。
誤字脱字報告ありがとうございます。ちゃんと見直してはいるのですが、やっぱりあるみたいです。
頑張ります