愛こそが最高の宝と信じるラブヒーローはどこか壊れてる 作:ペン汁
「起きて!!」
―――バシャッ!!
「ぐぬぁッ!?」
海水を顔面にぶちまけられ、勢いよく身を起こした。
ぶるぶると顔を振って髪に纏わりつく水気を払い、側で心配そうに私の顔を覗き込むアピールを見る。
「……っ…………」
しばらく気を失っていたようだ。
頭を押さえ、気絶する前の記憶を無理やり掘り起こす。
――事の発端はたしか、アピールが『料理を披露したい』と言い始めたからだったはずだ。
調理の様子すら『サプライズ』と言って見せてもらえず、大人しく椅子に座って待っていると。
運ばれてきたのは、虹色に光り輝くドロドロのスープだった。
「……?」
一体何をどうしたら食べ物が虹色になるのか。
流石にキツイと思ったが、アピールが期待に満ちた瞳と満面の笑みをこちらに向けているため、食べないという選択肢は選べなかった。
恐る恐る口に運んだ瞬間。
クソまずッ……刺激的な味が口の中に広がり、脳みそが一回転したような感覚に襲われ。
意識を一瞬で失い、背後へ頭からぶっ倒れたのだった。
「……ごめんなさい!」
アピールが頭を下げ、大声で謝る。
「料理はあんまり得意じゃなくて……でも、いつも作ってもらってるから、今日ぐらいはって……!」
「いや、いいんだ。……それより、井戸から水を汲んできてくれないか? 海水を洗い流したい」
本当に怒ってはいない。
彼女の好意からの行動だということはラノアも理解しているからだ。
ただ、人間がただただまずい料理を食べただけで気絶するとは思えない。
一刻も早く彼女がどんな食材を使ったのかを調査する必要がある。そのため、アピールに少し離れた井戸へ水を汲んでくるようお願いした。
「ちょ、ちょっと待っててね!」
「ゆっくりでいいからな。…………よし、行ったか。さて」
アピールが見えなくなったところで立ち上がり、彼女が調理していた場所へと近づく。
普段使っている台所は割と悲惨な有様になっていた。
厚み3センチはあるまな板が中央でぶった切れ、鍋の蓋がドロドロに溶けている。
腕のいい鍛冶職人に頼んで作った包丁は粉々に砕け散り、その破片がまきびしのように地面に散乱していた。
「…………まぁ、調理道具はどうでもいいか」
道具は後でバギーの所から拝借するとして、問題は食材の方だ。
鍋の中におたまを突っ込み、中にある材料をすくいあげる。
大半はニンジンやじゃがいも等のごくありふれた食材だったが、たった1つ。
明るい桜色をしたキノコが、ぶつ切りの状態で入っていた。
「これは……」
その形状には見覚えがあった。
強い幻覚・催眠作用を持つそのキノコの名は、『イセカイキノコ』。
食した者に即座に強い眠気をもたらし、夢の世界へといざなう。
そしてその夢の中で……『もし過去に、別の道や選択肢を選んでいたらどうなるか?』という幻覚を見せるのだ。
ありもしない世界に縋ってキノコを食べ続け、衰弱死する者が毎年100人は現れると言う……立派な危険指定毒キノコである。
「…………」
知らずとはいえ、毒キノコを他人に食べさせるのは本当に良くない。いや本当に。
イセカイキノコをゴミ箱に投げ捨て、スープをキッチリと処分する。
彼女には申し訳ないが、毒入りスープなど危なすぎてそのままにはできない。
「ふぅ……」
処理を終えてもまだ、アピールは戻らない。
軽く息を吐き、少し歩いて、水平線が良く見える所まで移動した。
日光がらんらんと降り注ぐ中、ポソリと呟く。
「……もしもの世界、か」
今まで無数にあった、人生を左右する選択。
1つでも違う選択を取っていれば、今の私はここに立っていないだろう。
ラブヒーローにならなかった世界がある。
母の事を思い出せず、誰かの愛を守らず、自らの愛を大切に守った世界がある。
もしかすると……人を人と思わないような、正真正銘の悪魔と成った世界だってあるかもしれない。
無数に存在する世界の中には、今の私よりも幸福だった世界もあるだろう。
だが……。
幸も不幸も味わい尽くした末の、今の人生に……後悔は万に一つもない。
「水汲んできたよー!!」
アピールの声が聞こえる。
不幸だらけの人生に戻る時間が来たようだ。
何処の世界でも見ていたであろう、美しい水平線に踵を返す。
そして、水入りのバケツを持って走って来る彼女に手を上げて返事をした。
殆ど作者の自己満で書きました。
これにてラブヒーローの話は完全におしまい!
暫くしたら非表示にします