アッシュフォード学園の生徒会女性陣が旅行先に選んだカワグチ湖は、エリア11の中でもブリタニア人が旅行先に選ぶスポットとして人気がある。その中でもコンペンションセンターホテルはこの時期、サクラダイト配分会議の開催会場となっていることもあって多くの人たちで賑わっていた。
「わあ……綺麗!」
シャーリーは宿泊するホテルの四十五階にある、展望フロアの窓から見える湖の景色に目を輝かせていた。
「此処のホテルのビュッフェは絶品だって話だから思い切って奮発したけれども、ディナーが楽しみね」
「わ、私は……知らない人が沢山いるから、少し苦手……かも」
「大丈夫よ、私が付いてあげるから。だからいっぱい楽しみましょう」
人見知りで不安を口にするニーナを安心させようと声をかけるミレイ。
そんな生徒会女性陣の様子を、ナナリーは目が見えず歩くこともできない身体なりに感じ取って小さく微笑む。
ナナリーはミレイ会長から一緒に旅行に行かないかと提案された時は、また自分に気を使わせてしまったと感じ、始めは迷惑をかけてしまうからと断ろうとしていた。しかし、自分の日常生活を献身的にサポートしてくれている篠崎咲世子や生徒会メンバーのシャーリーからも熱心に旅行に参加する事を勧められ事もあって参加する事を決めた。
ホテルに到着するまでの道中、周囲の人たちからの好奇の眼差しや嫌悪・侮蔑の視線を向けられる事は度々あったが、その度に生徒会の人たちや咲世子さんがそういった視線を遮る様にしてくれた事がナナリーは嬉しかった。
「ふふ~ん♪ 今夜は皆で夜通し語りあおうぞ。好きな男の子の事とかさ♪」
「僭越ながら、その時はこの篠崎咲世子が一番槍を務めさせていただきます」
「えぇ~! 咲世子さん、好きな人がいるんですか!? 誰です、誰なんです!?」
「それは夜の語り合いの時のお楽しみとさせていただきます」
ミレイの提案にナナリーは考える。
好きな男の子……か。私が好きな人はルルーシュお兄さま。でもミレイ会長が言っているのは、家族として好きな人という意味ではなくて異性として好意を向けている男の人だ。
シャーリーさんはお兄さまに恋している。本人は隠しているつもりなのだろうけれども、周囲には丸わかりだ。
ミレイ会長が好きな男の子も、恐らくはお兄さま。だって、お兄さまが皇族だった頃の許嫁はミレイ会長だったから。
今回の旅行には参加していないが、マーヤさんも本人が自覚しているかはともかくとしてお兄さまに好意を寄せているはず。
ニーナさんは……どうなんだろう。彼女は色恋よりも研究の方が好きみたいだし。確か前にどんなことを研究しているのかを尋ねた時、口数が少ないニーナさんが珍しく沢山話してくれた。話の内容は難しくてほとんど分からなかったけれども、たしかウラン235という物質の濃縮とか分裂とか話していたかな? 頭の良いお兄さまならば、きっとどんなことを研究しているのかわかると思うから良い話し相手になれると思う。
こうして考えてみると、私の周りにはお兄さまが好きだったり相性が良さそうな人が結構多い。
……お兄さま。やはり、お兄さまはゼロなのでしょうか?
私は臆病者だ。過去のこんなはずじゃなかった悲しい出来事に目を背けて、生きていかなければならない
私が臆病者でなかったならば、お兄さまはゼロにならずに済んだのだろうか?
「ナナちゃん♪ どうしたの?」
「シャーリーさん。いえ……皆さんが楽しんでいる景色を、私も見る事が出来たらよかったなと思ってしまいまして」
「あ~、そっかぁ。それじゃ……写真をたくさん撮ろうか!」
「写真……ですか?」
「うん。写真にすれば、いつかナナちゃんの目が良くなって見えるようになった時に思い出として見返すことができるでしょ♪」
「はい、ありがとうございます」
私が咄嗟についてしまった嘘に対して、シャーリーさんは寧ろ私が頑張れるようなことを提案してくれた。
私の目が見えないのは、心が外の世界を見る事を拒絶して瞼を開くことができない心因性のものだ。心にできた大きな傷が癒えたならば、ひょっとしたらいつか目を開ける事ができる時が来るのかもしれない。
「シャーリー、私やニーナの写真も沢山お願いね♪」
「え、わ、私の事は……そんなに撮らなくても」
「分かりました、会長♪」
「シャーリーちゃん!?」
ニーナさんがミレイ会長やシャーリーさんに弄られているが、本気で嫌がっている訳ではない。どちらかと言うと、嬉しさと恥ずかしさが混ざってあたふたしている感じだ。
咲世子さんに車椅子を押してもらいながら和気藹々とした雰囲気を楽しんでいると、懐かしいような気がする女性の声が尋ねてきた。
「あら? ひょっとして……ニーナさん?」
「ふぇっ……ユ、ユーフェミア様ぁ!?」
「「……えぇぇっ!?」」
ミレイ会長たちが驚いているのも無理はない。何せ相手はブリタニアの皇族でありこのエリア11の副総督、そして……昔はお兄さまを取り合った事もあったユーフェミア・リ・ブリタニアお姉さまだったのだから。
「はい、ユーフェミアです。お久しぶりです、ニーナさん。物理学賞の表彰の時以来でしょうか?」
「は、はいぃっ! その通りでございます。覚えていただき光栄です、ユーフェミア様!」
ニーナさんがパニックになりかけているが、ユーフェミアお姉さまへの言葉の節々からは只ならぬ好意を発している。ひょっとして、ニーナさんってユーフェミアお姉さまの事が……。
「ニーナさん、こうしてお会いできたのも何かのご縁ですし、お友達を紹介してくださってもよろしいでしょうか?」
「はい!」
ユーフェミアお姉さまからのお願いに、ニーナさんは快諾する。
正直に言うと拙い事になった。公的には皇族としての私とお兄さまは7年前の戦争で死亡した事になっている。もしもユーフェミアお姉さまに気が付かれてしまったら、私達は生きていた皇族として本国に連れ戻されてしまうかもしれない。
ミレイ会長もこの事態にはとても焦っているようで、自己紹介の呂律が所々怪しくなっている。
「──。それでこちらがナナリーちゃんです。同じ学園の中等部に所属しております」
ミレイ会長とシャーリーさんの紹介が終わり、ニーナさんは私の名前を呼んだ。
ユーフェミアお姉さまの雰囲気が一瞬変わって、すぐに元のほわほわした雰囲気に戻る。
「
「ぁっ……はい。初めまして、ユーフェミア副総督。ナナリーと申します」
ユーフェミアお姉さまは私に近づくと、両手で私の手を握りながら他人の振りをしてくれました。
ユーフェミアお姉さまに嘘を付かせてしまった事を申し訳なく思う一方で、私のために気を使ってくれた優しさが嬉しくなる。
「良いなぁ、ナナリーちゃん。ユーフェミア様に手を握っていただけて……」
ニーナさんが羨ましそうな声で呟いているの、聞こえています。感じる雰囲気がちょっと怖いです。
「ユーフェミア副総督は、本日はどのような御用件で此方のホテルに?」
「はい。本日の夜に開かれる、国際サクラダイト配分会議に立ち会う事になっていまして」
「え? でも……見たところ、周りにSPの方とかいらっしゃいませんよね? ひょっとして、私達が分からないだけで沢山見張っていたりとか!?」
「そのぉ……会議まではまだ時間はあるのですが、その間ずっと部屋にこもっているのも窮屈だったので……こっそり抜けだしてきちゃいました」
……え? 何やっているんですか、
────────────────────
コンベンションセンターホテル直下にあるライフラインのトンネルに物資搬入用のトレーラーが複数台止まるのを、ホテルの従業員が確認する。
予定通りの時刻に到着したトレーラーからホテルで利用する物資を受け取ろうと従業員が近づいてトレーラーの荷台の扉を開けたその時、荷台の中から伸びた腕によって従業員たちは全員、声を出す間もなく荷台の中に引きずり込まれた。
荷台の中から僅かに悲鳴のような物が聞こえるが、周囲にはその声を聞き届ける者はいない。数分後、荷台から従業員の作業服を着た者たちが降りてきたが、その容貌は全くの別人だ。
作業服を着た者達以外もそれぞれのトレーラーから姿を現すが、彼らが着ているのは旧日本軍の軍服──日本解放戦線の構成員が着ているものだ。
「中佐。情報通り、この時間帯は物資の受け取りのために警備が手薄です。我等は予定通り、作戦に必要な物資のホテル内への搬入と並行して地下坑道に迎撃用の雷光の設置を開始します」
「うむ、ご苦労。この時のために1年かけて根回しをしてきた甲斐があるというものだ」
構成員が手筈通り各々に割り当てられた作業を進めていく中、最後にトレーラーから出てきた草壁中佐は腰に下げた日本刀の柄を撫でながら、これから行う作戦がもたらす成果を夢想する。
この作戦を切欠に日本解放戦線が嘗ての勢いを取り戻すと共に憎きブリタニアを叩き潰して日本から追い出す第一歩となる夢を。そして万が一があっても、日本人の意志は死んでいない事を内外に知らしめることができるという予防線もある。
監視カメラの映像を誰もいない時の映像を流し続けるものに偽装した事で安全になったホテルの非常階段を昇り、草壁たちは各々が持つ武器をいつでも取り出して使用できる準備を進める。
幾何かの時間は要したものの、地下坑道に雷光の設置も完了し、従業員に扮した構成員の配置もホテル内各所に完了した。
(此処は安全だと信じ切っているブリタニアの豚どもにとって、忘れられないパーティーにしてやろうではないか!)
作戦開始の時刻まであと僅か。最後にもう一度装備を確認してから草壁たちは作戦開始の時刻になると同時に扉を蹴破って突入する。
「なぁっ!? きさ──」
突然の事態に困惑しつつも武器を構えようとした警備兵を草壁は部下に速やかに射殺させ、このフロアにいる国際サクラダイト配分会議の参加メンバーを人質として確保する。
「各員、状況を報告せよ」
『此方、
『此方、
『此方、
通信機を通して各員から滞りなく制圧完了の報告が入る事に、草壁は作戦の成功を確信するが──、
「中佐、
「
「なにぃ?」
二か所ほど連絡が取れない班が出ている事が判明し、計画に僅かな狂いが生じている事に草壁は顔を歪める。
「それぞれの対応区画はどうなっている?」
「はい、
「制圧が完了した近辺の区画の担当の一部をそちらに回せ!」
「了解!」
「ちっ……ブリタニアの豚どもめ、余計な手間を掛けさせおって」
草壁は舌打ちしながら部下に指示を送る。しかし、
『此方、
『此方、
増援として送った同志の通信から聞こえてくる悲鳴が、一筋縄ではいかない相手の存在を浮き彫りにする。
「バカな! 事前の情報では我等の障害足りえる警備はいないはずではなかったのか!?」
「い、如何しましょう、中佐!」
「くっ、屋上に繋がる最上階エリアと玄関フロア、それと人質を監禁する中央フロアに戦力を固めろ! それと雷光が布陣する地下坑道にもこの事を伝えておけ!」
「了解!」
最悪の場合に備えて、草壁は人質を中央エリアに纏めた上で戦力を要所に固めておくことにした。人質はブリタニア政庁との取引に必要不可欠な存在だ。人質が奪還されてしまったら、ブリタニア軍は正面ゲートから雪崩れ込んでくるだろう。
「糞がっ! 一体、何が起こっているというのだ!」
────────────────────
『──犯行グループのリーダーは、草壁中佐を名乗る旧日本軍人です。これが犯人から送られてきた映像です。国際サクラダイト配分会議の議長を務めるジェームス議長の姿も見受けられます』
「っ! 草壁、何と馬鹿な事を……!」
テレビに映るTVリポーターの言葉に、日本解放戦線のアジトにいる藤堂は草壁の暴挙に頭を抱え嘆く。
国際的な資源物資であるサクラダイトの配分量をめぐっての国際会議を狙うのは、インパクトとしては非常に大きいだろう。しかし、それは日本の独立解放にとっては大きな不利益をもたらす悪い方向のインパクトだ。
──日本はブリタニア以外の者にも銃を向ける野蛮人である。
──交渉と妥協を知らない精神論と自爆戦術がお家芸の狂犬。
──いっその事、日本人はイレヴンとしてブリタニアに管理してもらった方が良い。
現在、諸外国からは日本人は危険視されている。特にEUではブリタニアに侵略併合された他のエリアのナンバーズと異なり、日本人であるイレヴンに対してだけ「敵性外国人」として資産や人権を剥奪され隔離収容されるなど露骨な差別を受けているのが実情だ。草壁の今回の暴挙はそういった国々からの日本人への弾圧を一層強める理由にされかねないのだ。
「藤堂さん、やっぱりあの時に草壁中佐を斬るべきだったんですよ! 草壁中佐は元からブリタニアに対して攻撃的な人でしたけれども、邪法に手を染めてからは見境が無くなっていました。藤堂さんに邪法を掛けようとしたあの時に斬っていればこんな最悪の事態は免れる事は出来ました!」
「朝比奈。気持ちは分かるが、そのような事をすれば日本解放戦線は空中分解を起こして壊滅する危険があったんだぞ。藤堂さんがその事に気が付かないと思っているのか」
草壁は日本解放戦線の中でも反ブリタニアの急先鋒だったが、ここ数年は特に藤堂の目に余るほどの過激な行動を行っていた。それでも、まさかブリタニア人ですらない無関係の者たちも人質にとる様な暴挙を実行するとは藤堂は信じたくなかった。
草壁によるホテルジャックの報道を藤堂が視聴しているのと同じころ、扇グループのメンバーも同様にテレビから流れる情報を視聴していた。
扇グループは現在、ルルーシュ達と協力関係を結んだ事で特派のメンバーと共に大型トレーラーに新しい拠点を移している。
この大型トレーラーはルルーシュが複数の闇ルートを経由・分散して確保した資材を基に製造したもので、扇たちが拠点としてそれまで使用していた廃墟よりも様々な面で優れている。
一見するとすぐに気づかれてしまいそうだが、「イレヴンがこんな立派なトレーラーを拠点にしている訳がない」というブリタニア側の思い込みもあってバレている様子はない。
『はい。此方はカワグチ湖のコンベンションセンターホテル前です。ホテルジャック犯は日本解放戦線を名乗っており、サクラダイト配分会議のメンバーと、居合わせた観光客、及び数人の従業員を人質に取っています』
「はあ?」
「なんだって」
「あ……」
トレーラー内部に備えられているテレビから流れるTVレポーターの言葉に、扇グループの者たちは言葉を失う。
「あちゃぁ~。日本解放戦線がやらかしちゃったねぇ~」
「恐らく、コーネリア総督は人質に関係なく彼らを鎮圧するわ」
ロイドやセシルの言うとおり、ブリタニアは人質を使った交渉に応じる事などない。人質ごと鎮圧するのが当たり前で、政治犯の釈放などを要求しても応じるわけがないのだ。
「カワグチ湖のコンベンションセンターホテルって、生徒会のみんなが旅行に行っている場所じゃない!?」
「まさか会長たちも人質に……」
遅れて倉庫から戻ってきたカレンとマーヤが、事件の舞台となっているホテルへ宿泊旅行に向かった生徒会メンバーの事を心配する。
テレビを険しい顔で見ていたスザクが、カレンたちの話を聞いてふと立ち上がる。
「スザク、何処に行くの?」
「コンベンションセンターホテルに立てこもっている日本解放戦線を説得しに行ってきます」
「「「えぇ!?」」」
マーヤの問いかけに対するスザクの返答に、周囲は驚いた。スザクの目は据わっていて、感情的に行動している様子が容易に読み取れる。
「スザク君、もうブリタニア軍は部隊を展開しているのよ!? いくらランスロットでも無謀よ!」
「お前一人で行ったって、限界はあるだろ? なら、俺もついていくぜ。それならどうにかなるだろ!」
「玉城、話をややこしくするな!」
「けどよぅ、扇。ゼロは俺達に言っていたじゃねえか! 『無関係な民間人を巻き込むな! 撃つ覚悟と撃たれる覚悟。二つの覚悟を決めろ! そして、正義を行え!』ってよ。
「そう言う訳じゃない! あそこに介入するとしたら、ブリタニア軍と日本解放戦線の両方を相手どらなきゃいけなくなるんだ。真正面から突っ込むんじゃ人質を助けられないから、策を練るべきだって言っているんだ! ゼロならばそうする」
「扇さん……すみません。気が急いてました」
「なあ、スザク。俺達は仲間だろ? こういう時は一人で背負い込まないで、俺達の事も頼ってくれよ。まぁ……ゼロと比べたら俺なんか頼りないだろうけれどもさ」
「ありがとうございます。……あ、そうだ! この事をゼロに連絡しないと」
周囲の言葉によって落ち着きを取り戻したスザクは、懐から通信機を取り出してゼロに連絡を取る。
『もしもし、私だ』
「ゼロ、スザクだ。至急テレビを確認してくれ。カワグチ湖のコンペンションセンターホテルが日本解放戦線にホテルジャックされている」
『ああ、此方も把握している。草壁め、とんでもない事をしてくれたものだ』
「ゼロ、カレンや百目木が通っている学園の生徒会メンバーもそのホテルに宿泊しているんだ。彼女たちを含めた人質を救出したい。急いでこちらに戻ってそのための策を考えてほしいんだ」
『スザク、策はこの場で伝える。だが、私は急用で──『ごぶぁっ!』──手が離せない。そちらに向かうのは無理そうだ。コンベンションセンターホテルで落ち合おう』
スザクの頼みに対して、他の誰かの叫び声と何かが壁に叩きつけられたような音が聞こえた後にゼロは合流できない事を伝える。
「ゼロ!? さっきの音は一体?」
『ああ、たった今話題に挙がっている奴らが襲ってきたのでな。気絶させたところだ』
「……え?」
『要するにだ……そのホテルジャックに、表の顔で活動していた私も巻き込まれた』
「「「……はぁあっ!!?」」」
日本解放戦線が起こしたホテルジャックにゼロも巻き込まれているというまさかの事態に、話を聞いていた皆が開いた口が塞がらなかった。
このままコーネリア総督が鎮圧のために部隊を突入させれば、ゼロも殺されてしまうだろう。扇たちにとっては最悪の事態だ。
「ゼロ……この間のサイタマゲットーでも巻き込まれたことを考えると、真面目にお祓いした方が良いと思うよ」
『……考えておく。それよりも策についてだが、──』
スザクが何処かずれた心配をし、ゼロも深く気にせずに策を伝え始める。扇たちにとってはそんな二人の様子に対して心強さと不安が同居する奇妙な気持ちになっていた。
「やっぱり二人とも、どこか天然だよね」
「百目木……貴方も人のこと言えないと思うわよ」
「……え?」
────────────────────
日本解放戦線の草壁率いる旧日本軍人たちによってホテルジャックされたコンベンションセンターホテルの非常用階段を、ユーフェミアと生徒会メンバー女性陣が駆けあがっていた。
ホテルの四五階にある展望フロアに日本解放戦線の構成員が突入してきた時、本来ならば人質となるはずだった一同を救ったのは、アッシュフォード家に雇われているメイドでありナナリーの世話役も務めている篠崎咲世子であった。
咲世子は服の至る所から苦無を取り出して日本解放戦線の構成員に投擲し、全員を撃退して見せたのだ。金属探知機に反応しなかったのは、強化セラミックス製だかららしい。
「皆さん、こちらです!」
咲世子が来ている服は走り難そうなメイド服であるにもかかわらず、一同を先導しながら他の誰よりも速く階段をすいすいと駆け上がり、各階層に繋がる扉から外の様子を確認して安全を確かめている。
「はぁ、はぁっ……」
「ごめんなさい、シャーリーさん。私を背負っている所為で……」
「気にしないで、ナナちゃん。これでも私……競泳で鍛えているから、このくらいへっちゃらだよ」
足が不自由で車椅子に座っているために非常用階段を登れないナナリーは、警戒のために階段を行き来する必要がある咲世子の代わりにシャーリーが背中に背負っている。そのため、シャーリーは周囲の人達よりも大粒の汗をかいて疲労している様子だ。
ナナリーにとって車椅子は兄であるルルーシュが用意してくれた大切な宝物だが、生徒会の皆やユーフェミアの命には代えられないと泣く泣く展望エリアに置いていく事となった。
他の面々も、程度の違いこそあるが大部分が額に汗を流し息も絶え絶えに階段を登っている。ニーナなど、両手を床につけてハイハイするようにしながら息も絶え絶えに必死に登っている。
一方、そんな彼らを追って下の階から非常用階段を駆けあがってくる日本解放戦線の構成員は、旧日本軍人だけあって武器を持って走っても殆ど息切れしていない。
「見つけたぞ!」
「ひぃっ!」
「させません! はぁっ!」
「鬱陶しいわね! これでもくらいなさい!」
咲世子は非常用階段の手すりを滑るように降りると苦無を投擲し、日本解放戦線の構成員の足──身に着けているプロテクターの継ぎ目を正確に撃ちぬく。
さらにニーナのために最後尾にいたミレイが、非常用階段の途中に設置されていた消火器を手に取る。そして下の階から駆けあがってくる日本解放戦線の構成員たちに向けて噴射する。
「ぐわぁっ!?」
「目がぁっ!」
「ゲホッ、ゴホッ!?」
消火器の粉末が日本解放戦線の構成員たちに掛かり、彼らの視界を奪う。
「ついでに、これもぉっ!」
更にミレイは、噴射し終えた消火器を転がすように下へと投げ捨てる。
それによって、視界を遮られて躱すことができなかった先頭の男に直撃し、体勢を崩したことで後ろの者たちを巻き込んで階段を転げ落ちる。
「どんなものよ!」
「流石です、ミレイさん!」
ガッツポーズをとるミレイにユーフェミアは賞賛を送る。戦いを好まず平和を愛する彼女だが、一緒に逃げている生徒会の人たちの身の安全が掛かっているのだ。何より、今回のホテルジャック犯のような無関係の者たちも巻き込む過激な相手に対しては元から容赦するつもりはない位の分別はある。
「それにしても、咲世子さんがあんなに強いだなんて知らなかった。先に教えてくださいよ、ミレイ会長」
「いや~、私も知らなくってね。私の祖父──学園の理事長ならば知っているのかもしれないけれどもねぇ……」
「ルーベン理事長からは、ナナリー様に近づく人間は漏れなく排除するよう任を受けております。主人を守れるよう、護身術のイロハは嗜んでおります。……メイドですから」
「ほえぇ……メイドってすごい」
「いや、普通のメイドは咲世子みたいに強くないからね?」
関心するニーナに対してミレイがツッコミを入れる。メイドに求められる水準が咲世子レベルになってしまっては、世の中の大半のメイドが仕事を失う事になってしまう。
「そ、そういえば、屋上まであとどのくらいあるの……?」
「えっと……このホテルが六十五階まであって、今は五十階だからあと十五階分だけ駆けあがります」
「そんなぁ……」
日本解放戦線の追手を退けながらまだまだ駆け上がらなければならない現実に、ニーナは心がくじけそうになる。
「……ガーッツ!!!」
「ミ、ミレイさん!?」
「出た! ミレイ会長のガッツの魔法」
ミレイのガッツの魔法──やる気を出させるための只の合言葉──を知らないユーフェミアが困惑するが、すぐにシャーリーが説明する。
「は~い。このピンチをどうにかするために、皆で頑張りたくなりま~す」
「会長! 私かかった事にします! ナナちゃん、しっかり掴まってね!」
「はい!」
「私も、もう少しだけ頑張る……」
「では、私も頑張ります!」
「ユ、ユーフェミア様!?」
シャーリーがナナリーを背負ったまま力を振り絞って再び階段を登り始める。ニーナもユーフェミアに支えられながら止めていた足を動かし始めた。
ミレイはそんな彼女たちを、後ろからやって来るであろう日本解放戦線の構成員から守る様に最後尾で階段を登り続けていた。
EUが行っている日本人への差別政策、小説版での公式設定ではあるんですよね……
小説版そのものがアニメと食い違う所が多いって?それはそれ。使えそうな設定を使っております。
コンペンションセンターホテルの階層数は独自設定です。
ユフィが原作よりも活発なお転婆姫になっている気がする。
若き起業家ジュリアス・キングスレイとしてホテル側とビジネスの交渉をしていたルルーシュも巻き込まれる事態に。