日本の参戦から四日目 キーセルキ北西のとある農地
第8装甲擲弾兵師団隷下 カール対戦車砲中隊
『こちら四番砲。我、敵の"タイプ90"戦車を発見せり!』
『こちら二番砲、さらに敵の"タイプ10"戦車を発見!タイプ90の数は2、タイプ10は2!両者とも塹壕陣地に向かっている!』
カール対戦車砲中隊、中隊長のカール・フリッツ大尉はその報告を耳に入れた途端、緊張が極限に達した。即座に隊の全員に対し、適切な命令を下す。
「中隊長より各砲へ、距離750で射撃を開始せよ。いいか!相手が側面を向くまで待ち続けるんだ!!」
"無茶だ"とか、"いくらなんでも近すぎるぞ!"と叫びそうになるのを、砲手達はグッと堪えた。そこまで近くなければ相手を撃破できないのを、彼らは知っているからだ。
各砲の砲手にとって、その待機時間は数分が何時間も経っているかと思わせるほどにもどかしく、そして長く感じられた。
心臓の鼓動は小刻みに轟き、したがって息が上がってくる。身体に滴る脂汗はうざったく、手袋の中は自身の手汗で蒸れて気分が悪くなる。額の汗に至っては拭いたくても拭えない。
一方で、スコープの中に映る敵の戦車部隊は、獰猛な獣が剥き出した牙を思わせるその太く長い砲身を逞しく振り回していた。
タイプ90が前進し、その後ろをタイプ10が砲身を塹壕陣地に向け、援護の体制を取る。タイプ10から砲弾が放たれれば、塹壕内で息を潜めて待ち構えている友軍が、重砲もかくやの爆発によって覆い隠される。
『こちら第1小隊、負傷者多数!』
『第2小隊、装備破損!塹壕が崩れそうだ!』
一番砲の砲手は、平常を装いスコープを覗く傍ら、その胸内は気が気でなかった。強大かつ強力な悪魔の戦車は、自分達を無視して他の獲物を狩り尽くそうとしている。
「まだかよ……」
誰かが焦ったように呟き、それが焦りとなって皆に伝染する。自分が殺されるわけではなくとも、仲間の歩兵隊が敵戦車によって生き埋めにさせられている光景は耐え難い。
出来ることなら今すぐ砲弾を撃ち込んで撃破したいが、真正面からでは全く敵わないのは前に犠牲になった部隊が示している。
だが、自分が殺されるまでの時間が長引いていると言う事実は、僅かながらにして彼に余裕を生み出す。それが彼らに刻一刻と、反撃の機会を与えていた。
「敵タイプ90、距離1200!」
「まだだ……!」
敵戦車はなかなか近付いてくれない。
まるでこちらが虎視眈々とその側面を狙っているのがわかっているかのように、まるで隙を見せない。それが砲員達の苛立ちを誘う。
「距離、900!」
「中隊長!」
「まだだ。照準合わせ続けろ」
隊員の一人がカール中隊長を急かすかのように声を張った。
彼のいう通り、敵戦車は少しずつこちらに接近しているが、まだ撃破を狙える距離ではない。ここからは忍耐との勝負だ。
カール中隊長の額に一筋の冷や汗が垂れる。
『距離、800!』
「各砲、射撃準備!」
そして、ようやくその時が来た。
敵の戦車は付近の塹壕を掃討し、前進。こちらが目標としていた距離にまで接近している。
忍耐の時間は終わりだ。ここからは反撃に移れる。各砲座の操作員が決意に満ちた表情で射撃準備を整えた丁度その時、偵察の隊員から新たな報告が届く。
『四番より中隊長へ、新たな敵車両を視認!!』
偵察隊員からの報告を受け、カールは確認のため、各砲座に射撃の中止を命令した。
「了解、射撃待て!相手はなんだ?」
『詳細不明、新型の戦闘車両です。ちくしょう、戦車の前に出やがった、歩兵も随伴しているぞ……!』
「あれか。くそっ、よりによってめんどくさい奴を……」
カールも同じ車両を見つけたのか、悪くなる状況を見て歯軋りをした。
新型と思しき戦闘車両は戦車を模しているが、砲塔は人が入れなさそうなくらい小型で薄っぺらい見た目をしている。
それでいて動きもぎこちなく、まるで遠隔で操作されているかのようなヨタヨタした動きをしていた。
『敵戦闘車両、塹壕陣地へ向かいます!』
「戦車の方は何メートルだ?」
「距離800、依然変わらず!」
その新型戦闘車両は塹壕陣地の前まで来ると、その場に停車し主砲を発砲。砲弾は塹壕の直上で炸裂し、歩兵部隊がその破片を浴びて肉片となる。
『くそっ、炸裂弾だ!伏せろ!!』
『なんて威力だ!だれか助けてくれっ!!』
『くそっ……こちら歩兵第2小隊、まぐれで良いから敵に牽制を!このままじゃ皆死んじまう!!』
歩兵部隊からの悲痛な叫び。
しかし、カール対戦車砲中隊に与えられた任務は敵戦車の撃破。まだほとんど敵戦車を足止めできていないこの状況を改めるのが彼らの責務だった。
「……目標を変えるぞ」
だが、カール中隊長は決断した。
突然の目標変更指示に、隊員達は困惑する。
「ち、中隊長?」
「俺たちの任務は敵を足止めする事なのは分かる。……しかし、これ以上囮になっている歩兵部隊の損害は許容できない」
カール中隊長は現状戦力の維持と味方の救援を優先し、新たな指示を出す。それは敵戦車の撃破を諦めるという内容に近かった。
「各砲、前進する敵戦闘車に対して照準合わせ」
『了解……照準よし!』
「四番、射撃開始!」
『了解、撃ちます!』
森の中に潜伏していた四番砲が砲撃を開始した。
爆炎と共に、対戦車砲から徹甲弾が打ち出される。新型戦車砲を流用した長砲身砲は砲弾を音速の2.4倍にまで加速させ、緩い弧を描いて敵の新型車両目掛けて飛んでいく。
砲弾は見事、側面を晒していた敵新型車両に命中。しかし足回りにダメージを与えたのみに留まり、決定的な撃破には至らなかった。
「次は三番砲!目標同じ、撃て!」
その隙に三番砲が射撃を開始。
反撃しようと砲塔を周囲に向けていた新型戦闘車両に対して命中。戦闘車両は力無く動かなくなり、沈黙した。
『敵戦闘車、完全に沈黙!』
『敵戦車は左右に後退、退避行動中です!』
敵が混乱している隙を逃すわけにはいかない。
スモークを炊いて左右に後退しようとしていた敵戦車は、今丁度側面を晒している。それに対し、カールは目測で射撃を指示した。
「一番、二番、敵戦車の側面に射撃開始!」
『了解、撃ちますっ!!』
その言葉の直後、二つの砲座から必殺の砲撃が放たれた。
敵のスモークが充満して視界が閉ざされる中、敵のタイプ90戦車に命中したと思しき火花だけが確認できた。
「やったか!?」
誰もがそう思った矢先、スモークの壁を突き破り、タイプ10戦車が援護のため90と入れ替わりで現れた。
「っ──くそっ、新たな敵戦車出現ッ!!!」
『気を付けろ!全ての戦車がそっちを向いている!!』
カール中隊長は最悪の状況に唇を噛みしめ、そして冷や汗を掻いた。全身から血の気が引いていった。
「(まさか、敵は皆今ので俺たちを発見したのか!?なんて練度だ!!)」
こちらの存在は完璧に隠蔽している。目視では決して発見できないはずだ。透視でも使わない限り……
「総員、砲座から退避を──」
「敵戦車発砲!!」
カールは考えるより先に陣地の放棄を命令として叫ぶが、一歩遅かった。
「(どうしろっていうんだ……!)」
どうすればよかったのか、どうすればこいつらを防げるのか、絶望するカールが最後に見ていた光景は、榴弾の爆発と閃光であった。
一時間後
陸上自衛隊 第72戦車連隊戦闘団 とある戦車中隊
「戦車長!何故敵の攻撃を許した!?」
「は?なんでしょうか?」
その日の午後、敵の陣地を制圧し小休憩に入っていた自衛隊の戦車連隊戦闘団であったが、一部の戦車長らが中隊長から叱責を受けていた。
「何故、今日の午前の戦闘で敵の攻撃を許したかと聞いている!戦車と無人戦闘車の性能をフルに使えば、不意打ちなぞ到底困難な筈だ!貴官の失態が招いた事ではないのか!?」
そう怒りを露わにする中隊長は、組織改変で入って来た新米なのか、中年の戦車長よりも年下に見える。
まだ年若いながらもエリートコースを歩んできたのか、その言葉には"舐められてたまるか"という意思も感じられた。
しかし、戦車長らは臆することなく反論する。
「お言葉ですが、現場ではあれが最善の行動だと思われます」
「索敵も指揮も疎かだと言うのにか!?」
「ええ、その通りです。いくら90式、10式が高性能な戦車であると言えども、無敵ではありませんからね」
「どういう事だ……?」
「戦線の拡大によって、わが戦車中隊のカバー範囲は拡大の一途を遂げております。最新のIR機能を備えた偵察機は各戦線へ引っ張りだこですし、ドローンに至っても連隊直轄部隊だけでは漏れも出ると言うもの」
「如何に戦車の性能が圧倒的で、ネットワーク戦を重視しているとは言えども、一台当たりの担当範囲が大きくなれば余裕がなくなります。これでは、折角のデータリンクも活かしきれませんよ」
「ええ、戦車や装甲車の範囲が広くなればなればなるほど、視界に映らない、または見えない敵というのは多くなりますからね。カバーできない敵をどうにかしろと言うのは、ちょっと酷な話では?」
戦車長の言葉には、集められた他の戦車長らも同意して援護していた。多勢に無勢となった中隊長は言葉に詰まる。
実際、広がる戦線に対してドローンなどの偵察の目が足りていないのは事実であり、自衛隊側は民製品のドローンも活用してやりくりしているが、どうにもこの広さの戦区では限界がある。
「……言うなれば、中隊長がもっとこちらにドローンを手配してくれることで、話が変わっていたかもしれません。そこのところ、前向きに考えていただければ幸いです」
「くっ……!で、では何故あの時無人戦闘車を前に出したんだ! まるで"盾になれ"と言わんばかりに! その指揮のせいで、一台4億円もする無人戦闘車が擱座してしまったのだぞ!」
気まずくなった中隊長は、矛先を変えて再び戦車長らを叱責するが、それもなんのことやら、ベテランの戦車長らは飄々と答える。
「……はて? 無人戦闘車の本領は、撃破されても損害が少ない事ではないでしょうか?」
「なっ……どういう事だ!?」
「敵の位置も戦力も不明な状態で最善の策となるのは、無人の盾を前に進める事です。実際、あの無人戦闘車が攻撃を吸ってくれたおかげで、我々は敵の位置を把握することができました」
「そうです。たかが4億円で、しかも無人ですよ? 3人乗りで11億円もする10式や90式の損害がかすり傷だっただけ、まだマシだと言えましょう」
「くっ…………」
ベテランの戦車長らに理論で詰められ、ここまで具体的に反論されると、中隊長は何も言えなくなってしまった。
実際、今回撃破された無人戦闘車はこのような状況で盾として使うことも想定されている。
試作量産品としてこの部隊に試験的に配備されていた代物だったが、その貴重さはともかく、それのおかげで人員の損耗がなかったのは無人戦闘車としては本望だったかもしれない。
「……分かった、もういい。今回の件は防ぎようのない事態とし、貴官らの処罰は不問とする。これで良いんだろ?」
「ええ、ありがとうございます」
「ふんっ……」
中隊長は吐き捨てるかのようにそう言うと、踵を返して立ち去っていった。取り残された戦車長らは、腕を組んで彼を見送るしかなかった。
「中隊長、なんかピリピリしてたな」
「仕方ないのかもな。俺たちの連隊戦闘団には、3日で42km以上の進軍が求められている。中隊長もそれを達成するべく躍起になってるのさ」
「そして当人は、同期の出世に遅れないようしがみつくしか無いって事か。いやはや、若さ故のなんとやらって奴かねぇ……」
戦車長らは、彼に聞こえない程度の声で彼に同情した。彼が若いながらに背負っている責任の大きさは、ベテランの彼らからはお見通しであったのだ。
情報コラム
『UGV-20X無人戦闘車両システム』
無人の陸上戦闘車両システム。簡単に言えばラジコン兵器で、後方の指揮車両が遠隔操作している。移転後に衛星網を重点的に整備したことにより、本来より早期に実現した。
各師団にて試験配備中だったところを、ムー大陸紛争の発生により引っ張り出されて実戦投入。武装は105mmデュアルリコイル砲1門と新多目的誘導弾4発。
・基本スペック
乗員:0名(遠隔操縦者1名)
重量:32.4t
速度:時速70km
装甲:複合装甲+モジュール装甲+爆発反応装甲
武装:
105mmデュアルリコイル砲×1
新多目的誘導弾×4
装備:
C4Iデータリンクシステム
衛星リンクシステム
遠隔操縦システム