大学生、上杉風太郎。インフルエンサーでホストやってます 作:れろれーろ
———東京都新宿駅歌舞伎町
「ご指名に預かり参上致しました!
勉強系インフルエンサーのフータです!
あ、君が俺を指名してくれたヒトハナちゃん?隣座るね。早速だけど何か飲む?乾杯しようぜ」
金髪にピアス。太客から貢がせたサンローランのスーツで全身を包み、18金のネックレスを胸元のはだけたシャツから覗かせた、心底IQの低そうな格好のまま俺は営業用ボイスで挨拶をする。
大事なのは最初の勢いと馴れ馴れしさだ。女達は刺激を求め、現実を忘れたいが為にここにくる。非現実な空間と演出。酒による高揚感。通常の生活では出会わない様なタイプのキャラの濃い男との接触——それでいて、強者を求めている。
つまりどれだけ自然にマウンティングできるかが勝負の鍵だ。女は自分を常に格付けしていて相手を自分より格が下だと分かった瞬間に興味を失う。人間は社会性の動物であり、女は強い男を自分のモノとする事で自らの社会的ステータスを確認するのだ。
馬鹿な女達にひと時の夢を見せる為には、女より高いステージに立っていなければならない。会話のペースをコントロールし主導権を握るのだ。故に俺は攻める。
「ヒトハナちゃんの髪色めっちゃ綺麗なピンクだな。ツヤッツヤじゃん。食事とか人より気を遣ってたりしないか?バッグもマルジェラの新作コラボだし、アンテナビンビン張ってるタイプとか?あ、お酒のメニューこれな。酒飲みたくない気分なら最後のページがソフトドリンクだから」
指名をしてきたにも関わらず何故か口をポカンと空けて無言を貫き、ジッとこっちを見つめ続けるピンク女。店内が暗い上にグラサンに帽子では容姿など分かったものじゃないが、共連れのアロハシャツに身を包んだ業界人を思わせるオッサンも含めれば十中八九芸能関係の人間だろうと思われた。
「クイーンも何か飲まれますか?せっかくなので俺が作りますよ」
え?あれ?嘘、え、そんな訳ないじゃん。やだ私…とかなんとかブツブツ呟いてるピンク髪のあまりの反応の悪さに俺は会話の矛先をひとまずクイーンに変えた。
俺はきちんと接客しようとしてますよ?会話が弾まないのはこの女のせいです。ちょっとじっくり攻めていくスタイルにします。だからクビにしないでください。という子犬の様な嘆願も視線に込めた。
クイーンは神風を頼み、オッサンはお湯割りのウィスキーを俺にオーダー。俺は席を立ちこのVIPルーム専用のバーカウンターに滑り込む。
このクラブのオーナーであり女王蜂。複数のホスト•ホステスクラブを配下に従え、東京を中心に勢力を拡大し続けるビッグママ。
此処は歌舞伎町ど真ん中。
クイーンの経営する秘匿性の高いデリバリー形態の特殊クラブ——そのVIPルームである。
クイーンが自ら姿を現すのは此処しか無く、経営側に回り、もう新規の客を取っていない彼女が自ら客の相手をするのはクイーンの近縁者しかいない。
だからこのオッサンの方は、クイーンの知人であるのは分かるのだ。
だがこのピンク女はなんなんだ?大人っぽい見た目に反して、場慣れしてないのが丸分かり。明らかに普段はこういうクラブで遊んでるタイプの女じゃなさそうだ。
クイーンの仕事は簡単に言ってしまえば、その悪魔染みた洞察力とカウンセリング能力を駆使して、客の好みにピッタリの接客係を配下のクラブから召喚——マッチング派遣する人材紹介業だ。
オッサン。クイーン。クイーンの弟子の物静かなホステス。ピンク髪。そして俺。
夏真っ盛りの夜。VIPルームで静かに行われる今日のこの謎の会合。
途中参加の俺では事情は知らないし、教えてもくれないだろうし、むしろ詳しく知ってしまったら消される類の話の場合もあるので、予想でしかないが——多分最初はオッサンもクイーンとピンク髪の3人だけでゆっくり飲むつもりだったのだろう。
クイーンにとっては半分は仕事だが、半分はプライベートのような知人の接待。
開始早々オッサンとクイーンの昔話に花が咲いてしまってピンク髪が手持ち無沙汰になったのだ。見かねたクイーンが仕事モードになり、ピンク髪の相手役を召喚する事を提案。
「えーと。紳士的な人がいいなぁー」なんて当たり障りの無い回答をしたピンク髪の要望に応えて、俺をマッチングした。更にもう一人ホステスを呼んで、クイーンとオッサン二人だけの場になりかけてた所を仕切り直しをかけたって所だ。どうだ、当たってるか?いや聞けねーけど。
酒を作り終え、談笑しているクイーンの後ろから静かにサーブし終え、俺は再びピンク髪の隣に座った。
「ほらグレープフルーツジュース。酒回ってるんだろ?これ飲んで落ち着けよ」
バカ高いテンションをやめてローギアで話しかけてみる事にする。
押してダメなら引いてみろ。
恋愛解説本で得た知識だが意外にもこういう時に役に立つ。酒を作ってる間に観察しプロファイリングした結果、このピンク女は何故か今は通常時ではなく、緊張しまくっている事が判明した。
飲み切ったグラスに残った氷をそのまま口に放り込み飴玉の様に転がしながら、相変わらずブツブツ言っているのはつまり、平静じゃない。たった一杯で思いの外酔っているのだろう。体調も良くないのかもしれない。なのでアルコールを抜き、一旦落ち着ける。
今もクイーンには横目で俺の仕事を監視されている。こんな人の顔を見るや平静を失う謎のヤベー客と当たった時にどんな対応が取れるかを、だ。
と言うか恐らく若干クイーン自身もピンク髪の反応に戸惑ってるし、オッサンは酔って周りが見えていない。クイーンの弟子は我関せずだ。俺が俺の判断で動くしかない。攻め方を変えて仕切り直しだ。
「じゃあ改めて、俺はフータだ。
ヒトハナちゃんだっけ?服装とか見てる限り俺と趣味も合いそうだな。せっかくこうやって歳も近いだろう人間が出会えたんだ。お互い仕事とか関係なく、ゆっくり喋ろうぜ」
これは嘘だ。こっちはバリバリ仕事のつもりだし、こんな全身ハイブランドの服で身を固めた女と趣味が合うはずも無い。であるが、嘘も方便だぞ!と恋愛本に書いてあったから大丈夫だ。
「ふ、フータ君だっけ?」
来た。まったり飲みの選択が今回は当たりだ、ようやく一言引き出したぜ。
落ち着け。即座に条件反射でパリピモードで反応しそうになった所をグッと抑えて平静のテンションを保つ。逆にこう言う場で普段のテンションを装う方が俺にとっては難しい。
「あぁ間抜けな名前だろ?
クイーンが付けたんだ。黒薔薇とか源氏名付けられた同期とかもいるから、それよかマシだけどな」
「ふ、ふーん。頭も良いんだって?」
「むしろ勉強ができる事以外に自慢がない」
「…妹ちゃんいるよね?」
「あぁよく分かったな。なんだ俺はそんなに兄貴っぽいか?」
「そうだね…それで大学は東京大学の二年生だよね?」
「あ、あぁ。仮にも勉強系インフルエンサーを名乗っているからな」
あれ。もしかして俺のフォロワーか?まさか予想は全然外れてて真っ当に俺目当てで来た人だったのか。でもおかしいな。だったらクイーンを介さず直接俺の在籍店の方に来るのが普通なんだけどな。
せっかく会話が続いてきたと思ったら、ピンク髪は突然ワナワナと震え出しながら、力強く俺の肩を掴んできた。な、なんなんだマジでコイツ。
「やっぱり!フータロー君じゃん!!!
私!一花だよ!!!」
——え?
—————
「もう♡フータロー君がこんなお仕事してるなんてオネーさん知らなかったなぁ♡なんで教えてくれなかったの?インフルエンサーって言ってたけどホント?その金髪はウィッグ?スーツも似合ってるよ♡」
フータが俺だという事に気付いてからの一花はさっきからずっとこんな調子で俺の胸元に頬を預けて、尖った爪先でクリクリと俺の乳首周りを弄ってくる。こいつ完全に酔ってやがる。
「くそっ、なんでお前東京いるんだよ…こんな無様な姿を見られたくなかったぜ」
「お•し•ご•と♡今回は撮影期間長いしクランクアップまでは東京にいるつもりなんだ。フータロー君もお仕事中…なんだよね?」
「あぁクイーンに命じられてお前を接客するっていう仕事だ。だから今夜は俺に大人しくもてなされろよヒトハナちゃん。積もる話もある。ひとまず何か飲むか?」
「やんっ♡私酔わせて何するつもりなのかなー?オネーさんはそんなに甘くないぞ」
「激甘だろうが。一杯で酔っ払いやがって、顔真っ赤だぞ。子供体質かよ」
「ま、まだ酔ってないよ!」
「そうか、だったら飲め。俺のギャラになり、やがて妹の学費となる」
「あ、そういう所は変わらないんだ。なんか安心したよ…。一目見た瞬間でフータロー君だって分かった筈なのに、絶対にフータロー君じゃないテンションで話しかけてくるんだもん。ホントびっくりしちゃった」
「一年あれば、それなりに引き出しも増える…ほら。飲みやすそうなの作ってきたぞ」
新たにカクテルを作って一花に手渡し、俺は自分用にモヒートを持ってきた。ありがと、と掛けられた声に、乾杯だ。と返し、そのままグラスを掲げ一花のグラスと合わせた。
「あ、美味しい…これなんてお酒?」
「名前は無い」
「え?」
「お前が好きそうなの、適当に入れてカクテルにした」
「へ、へー。私の好きな物とか教えた事あったっけ?」
「ネクターの桃よく飲んでたじゃねーか。ベースはそれだよ」
「え?あ…うん…覚えててくれてありがとう?」
「なんで疑問系なんだよ」
「だ、だって…さっきから君色々上手いんだもん…変わったって言うか慣れてるっていうかなんて言うか…」
「酒作るのは仕事なんだから上手くなって当然だろ。いや、バーテンはサブでメインは接客なんだけどな?」
「いや、それもそうだけど、私が言いたい事はそうじゃなくて…もう。そう言う所はフータロー君のままだよね。外見は随分色気付いちゃったみたいだけどさ!」
一花がドンっと俺の胸元に頭突きしてきたせいで俺は軽くむせた。
「なに怒ってるんだ…まったく。俺だって仕事じゃなきゃ好きでこんな格好しねーよ。それ言うならお前の方が…なんだ。綺麗になったな」
「…は?」
「なんで褒めてるのにキレる!?」
「いや。なんか。フータロー君があまりに自然な流れでそういう事言ってくれるなんて衝撃すぎて…。ならなんで高校時代にもっと気の利いた言葉言ってくれなかったのかとか一瞬で駆け巡って。え?いっぱいタイミングあったよね?私とフータロー君って個別イベントいっぱいあったよね?私は勇気出してアピールしてるのにフータロー君は塩対応だった事が何回…
「待て待て!俺が悪かったから許してくれ!今は色々成長したんだよ!」
「成長のタイミングが一年遅い!」
「すまグホッ」
再びの頭突き。マジで肋骨にヒビ入りそうだ。
「もう…この私がこの距離にいても涼しい顔しちゃってさ。インフルエンサーって何さ。東大行ったガリ勉君の癖にホストになってるだなんて聞いてないよ。しれっと勝手に女慣れしちゃってさ。なんか…ずるいよ」
「ホストって言うな…俺が一番戸惑ってるんだから。つーか俺がこうなったのもある意味お前のせいだ」
「…え?」
「…心当たりないのかよ」
「え?いや、そんな事急に言われても…え?」
「お前が昔…やっぱりいい」
「あーん!そんな事言わないでよ!言いかけてやめないで!気になる!ほんっと気になるからぁ!」
ふざけてグリグリと良い匂いのする頭を擦り付けてくる一花。その頭を掴む。くそっなんだコイツ。ホントに酔ってないのか?
「お前が言ったんだろう『フータロー君はなんのために勉強するの?』ってよ」
「あ…そ、それはたしかに言ったけどそれとホストになるのになんの関係が?」
「この仕事は本業の副産物だ…!本業は…なんというかその…配信業だ。お前らみたいに勉強に困ってる奴らに対して授業する動画を配信したりして広告収入を得てだな…」
「Youtuber…?」
「まぁそんな感じだ。勉強ができれば良い大学に入れて、良い仕事につける。金がたくさん貰えて、らいはの学費が払える。目的が金なら、最終学歴である大学に入った時点で、もう俺自身が勉強する意味がない、だから次は勉強を教える側に回ったという事だ」
一花の顔をこうして見ていると、一年前必死で五人に勉強を教えていた日々が脳裏に蘇る。そうだ、あそこから始まったんだったな。
「お陰様で、教えるノウハウはあったしな」
「…そっか…なるほどね。それで勉強系インフルエンサーって…。どれどれー?検索検索っと」
「やめろ!見るな!」
「なーに恥ずかしがってるのさ。えーとこのアカウントかな?ホントにすぐ出てきた…えーとフォロワー数が74まん…は!?私より全然フォロワー数多いじゃん!」
「うわー!めっちゃ恥ずかしいわ!」
驚愕する一花に、昔コイツらによくやった流れを踏襲できて俺は満足感を覚えた。
「コ、コメント数もえっぐ。フータロー君がこんな有名人になってるなんて…なんで私知らなかったんだろう…」
「まぁ基本は小中学生とか留学生向けのアカウントで高校の内容もやりだしたのは卒業してからだしな。こっ恥ずかしいから高校在学中は黙ってた」
「ってしかも、卒業してからじゃなくて、私達の家庭教師してた時からやってたの!?」
「まぁ活動していたというか…いつの間にかそういう事になっていたと言うか…細かい話はいいだろ。あ、そういやお前先月のクイズバラエティ番組に出てた時、盛大に回答ミスっただろ。あんな簡単な問題間違えやがって。わざわざお前に個別授業した所から出題してやったのに」
「いや急に話を近況報告に戻さないでよ!そんな事より———って、なんか今…また変な事言わなかった…?」
「お前が出演した回の『ゴチでガチでクイズになります!』な。クイズの問題作ったのは、俺だ。なんなら東大王って肩書きで出演してくれってオファーまで来てる」
みるみる内に紅潮していく頬。パクパクと開いては閉じる口。一花のこんな反応は初めて見たな。
「あ、あぁもう訳わかんないぃぃい…!」
バッ顔を両手で顔を押さえてブンブンと頭を左右に振る謎の奇行をしだす一花。
え、やるじゃんフータロー君。ウケるー!
くらいの軽い反応するものだと思ってたけどそんなに驚くか?会った時の会話の種の一つくらいにしか考えていなかったがこの反応は新鮮だな。
「まぁ…その…なんだ。お前に俺に勉強の意義を問いかけた事と…夢に向かって突っ走るお前の背中見てたら、俺もただ勉強するだけで終わらせていいのか?って考える様になってな。触発されて色々やってみる気になったって事だよ…」
そうでもなければSNSの活動もしていないし、こんな怪しい仕事のスカウトも絶対に無視していた事だろう。働きさえすれば時給分の金が入る仕事ではないのだから。だが、今の俺の考えは昔とは違う。
「お前がCMに出演しだして目も疑う様な金を稼ぎ始めた時に、気づいたんだ。名前が売れればそいつに金を出す大人がこの世の中に沢山いるって事になぁ!お陰で最近は景気の良い仕事の話がバンバンDMで送られてくるっていう寸法だ!」
椅子を立ち、高らかにハハハハと笑い声を上げてみた所、クイーンがこちらを監視しているのに気づいた。これは調子乗りすぎた。席に座り直す。
「だから、お前に会ったら言おうと思ってた…ありがとよ。お前の頑張りを近くで見させてもらったのは、良い経験になった」
一花はまだ両手で顔を覆っている。表情が分からない。どんな反応だこれ。
「…わ、私は…キミに色んな物を貰ったのに…勝手に盛り上がって…みんなに嘘ついて変装して…キミを騙したり…振り回してた女だよ。キミにそんなお礼言われる価値なんて…無いよ」
静かな声だった。なんだこいつ。まだそんな事気にしてたのか。
「確かにお前には振り回されっぱなしだったな」
「…そう…でしょ…?今思い出しても…私ってほんと嫌なオン…
「毎回人の事からかいやがって。耳に息吹きかけたり、身体押し付けてきたり、チラチラ胸見せつけてきて反応見てきやがったり…童貞だと決めつけて舐めやがって…」
「どうっ…はえっ!?」
やっと顔を見せやがった。
なんでちょっと泣き顔なんだよコイツは。
俺はすかさず一花の小さな顔面を鷲掴みにした。
——今日こそコイツに言ってやる。
「ホントは同い年の処女の癖に毎回オネーさんぶりやがって、ムカっとくるぜ。とっくに俺の方が経験豊富だっての」
「え…」
「今夜はクイズ外しまくって世間におバカ女扱いされだしてるお前の事を思いっきり叱って半泣きにさせてから、お前の演技した作品のシーンを一つ一つ接客で鍛えた女を喜ばす美辞麗句107選を駆使してメチャクチャに褒めまくってやる!一年会ってなくてもな。こっちはお前の出てる作品なんて全部目通してるんだ。話題なんか山ほどあるぞ。今日は一睡もさせないで、俺がお前を振り回してやるんだ。覚悟しろよ?」