大学生、上杉風太郎。インフルエンサーでホストやってます 作:れろれーろ
「キンタローくん…?」
「あっ。スマセン…部屋間違えちゃいました」ピシャッ
———トイレの中ってのは、聖域だ。
狭い個室。微かな照明。冷たい便座。ブルーレットの芳香剤が置いてあったら尚良いだろう。四方を囲む、たくましい硬さの壁に触る事で物理的に守られている事を実感できる。断絶された個室にいるという安心感は、テストの前の短いコンセントレーションを行うには最高の環境だ。あの全国模試の腹痛の時もそうだった。あの時もしトイレが埋まっていたら俺は全く別の人生を歩んでいただろう。トイレにさえ行けば、俺は無敵だ。どんなに絶望的な状況でも大丈夫。俺は出来る。そう強く念じる事で、いつも結果を出してきた。
———だから、今回もきっと大丈夫。
ピロン。
もういっそそのまま出てきなよフータロー君…。多分どっかのトイレか別の個室にでも隠れてるんでしょ?二乃と三玖が外まで探しに行こうとするの抑えるのも限界なんだけど…。私は諸々黙っておくから上手い言い訳考えておいてね。
既読
「無かった事にってのは無理があったか…」
あぁーくそ。三玖が無駄に焦らせる様な怖いLINEしてくるからだよ。訳分からなすぎて、着替えず焦ってそのまま来ちまった。
仕方ない。スーツなのはバーテンダーのバイトって事にして、金髪なのは酔った客に舐められない様にイカつい容姿にするのを推奨されてるとか適当な事をそれっぽく言うか…ホストだってバレるよりは軽傷だろう…。
実際『フータは色々経験をなさい』って事で水曜土曜はクイーンの命令で、別クラブのバーテン勤務に回されてるから、まぁ嘘は言ってないし。あぁーバイト先バレて冷やかしに来られるのとか嫌なんだけどなぁ。
『っす。ぐすっ。すんっ…ひっく』
ん?なんか隣?の個室から微かに声がするな。くぐもってよく聞こえないけど。
たまにこういう事あるよな。
駅のトイレで隣から「…んっ…来い…!…んん…かっ…!」って声だけ聞くと邪気眼っぽい台詞で踏ん張ってるオッサンとかいるわ。
俺は無駄にトイレの水を流して、はだけた白いシャツのボタンを一番上まで閉じて、カフスを付け直し、バーテン仕様にする。
手を洗い、ついでに顔も洗って軽くしてある仕事メイクも適当に落とし、鏡に映る6年前の金髪のクソガキの自分がそのまま成長した様な姿を、なんとなく。少しだけ見つめてから、俺は店に戻る為にドアを開けた———
——ガチャ。
カツッ…カツッ…カツッ…
「すんっ…ぐすっ…んで…なんで…?」
「ぐすっ…ひっく…なんで…その言葉言われるの…私じゃないの…ぐすっ…ズルい…おかしいよ…私…私もう訳分かんないよ…どうしたらいいの…上杉さん…ぁぁあ…」
♦︎♦︎♦︎
「はい、あーん♡フー君♡」
「自分で食えるから。今そういうのいいから」
ジューっ!と景気の良い音の鳴らすあまりに豪勢な肉を目の前にして俺は食欲の権化となっていた。そうかそうか。焼肉定食、焼肉ありというのはこういう事か。これが至福のひと時なのかと1人確信しながら、ガツガツムシャムシャと俺は体内のエンジンを回し続けていた。
「いやーフータロー君が入ってきた時の皆の、一瞬。え?誰?って空気面白かったよね。速攻で閉めて一回逃げる判断するのも無駄に素早すぎて、なんかもう笑っちゃったよオネーさん。別にキチンと説明さえしてくれたら笑ったりしなかったのに。大学デビューとかそういうのじゃなくて要はバーテンダーの制服なんでしょ?金髪ウィッグ含めて」
「そうだよ。変じゃない。私も金髪ピアスとかチャラくて好みじゃないと思ってたけど、見慣れてくると、危険な香りがしてこれはこれでカッコイイ。そのスーツも都会感があって新鮮」
ボロが出ない様に神経をすり減らしながら、説明をした甲斐があり、とりあえずバーテンという事で通せた。全員のゴリ押しでバーテン時の勤務店も言うはめになったが、まぁいいだろう。俺のバイト先がこいつらに特定されるはいつもの事だ。
一花にはフライングでバレてしまったが、ホストだのインフルエンサー活動だののネタはこいつらに好き放題オモチャにされるだろうから少し勇気がいる。そのうち明かすつもりだが、今日はこの話はしなくてもいいだろう。一年ぶりの会合位、俺の話なんかではなくコイツらの話をゆっくり聞きたい所だ。
「上杉さんともお久しぶりですねー!すみません。何度もお誘いしてもらっていたのに、なかなか会う機会が作れなくて」
「そうだぞ。結構俺から飯とか誘ってたのに、先約があるとかなんとか。忙しいにもほどがある。もしかしたら嫌われて避けられてるのかと不安に思ったじゃねーか」
「たははー。大学やらサークルやら頼まれ事をされている日と毎回たまたま被ってしまいまして…私が上杉さんを嫌うなんてありえないですよ!いつだって上杉さんの味方です!」
「それなら良かった。お前らが全員集まった時に見せたいものもあった事だしな」
「あ、上杉君!そのお肉焦げちゃいますよ!」
「五月はあんたいつまで食べてるのよ!フー君の分無くなっちゃうでしょ!」
「で、でもお酒とお肉がこんなにも合うなんて私知らなかったんですよぉ…!」
「食欲お化け…」
「上杉さん。見せたいものって…何ですか?」
「あぁ。俺から言うのは初めてだな。んん。コホン」
バイトの説明も腹拵えも終わった所で俺は咳払いをしてみる。なんだなんだと、全員の目がこちらを見つめてきた。
あー。改めて言おうとすると、ちょっと気恥ずかしいなこれ。
「突然だが———久しぶりにやろうぜ。『五つ子ゲーム』」
「え?」
まぁそういう反応するわな。
「あの誰が誰だって当てるやつ。一年ぶりにな」
「え、いやーそんな事急に言われても…出来る?皆。私は人混み行く時の変装セットあるけど」
「まぁ出来なくはないけど、誰のでするかによるわね」
「私は一応…ひとつだけ持ってきてる」
「あはは。私もなんかノリで一つだけ」
「私は持ってきてませんよ?なんで持ち歩く必要があるのですか」
おぉ何故か1セットだけこいつら持ち歩いている。1人ずつ呼び出す面談方式なら出来なくはないか。
「んー。やり方工夫すれば一斉にできるかな。服はこのお店のアパレルグッズで揃えるとして…皆は誰のセット持ってきてる?」
一花は鞄をゴソゴソと漁りながら聞くと
「あ、ちなみに私は五月ちゃんの」「私も五月のね」「五月…」「五月だね!」
「なんで皆私のなんですか!?私はフリー素材じゃないんですよ!」
と、またヤイヤイと騒がしくなる5つ子姉妹。こいつらのくだらない事での言い争いの風景なんてなんだか懐かしくて思わず釣られて俺も笑ってしまう。
「ははっ!やっぱりお前ら五つ子だな!」
♦︎♦︎♦︎
「私はだーれ?」
「三玖だろ。なんだそのポーズ」
「さぁーて、私は誰かしら」
「二乃の真似した一花だろ」
「…」
「演技が下手だからって黙ってれば三玖っぽいと思うなよ、四葉。そんで隣の髪触ってるお前が二乃。口がモゴモゴ動いてるのが五月だ。早く肉を飲み込め」
「ちょっと!雑じゃない!?五月ももうちょっと隠す努力しなさい!」
「なんで何か食べてたら私って決めつけるんですか!もう一回です!」
「その前に飲めよ。お前らが負けたら酒飲む罰ゲームとか言い出したんだろ」
「すごいよ!ここまで全問正解じゃんフータロー君!んっ…くーっ!ちょっと悔しいけどこの負け酒は美味いっ!」
「はいはい!飲むわよ!飲めば良いんでしょう!」
「フータロー、腕を上げたね…ビールは不味いけど、間違えられるよりも嬉しいかも」
「さては上杉さんは透視能力を身に付けましたね!ホクロの場所で私達を…!」
「い、今のは悔しいです!ヒントをあげてしまいました!これは皆の性格と演技力を加味した消去法!メンタリズムです!次は皆無言でやりましょう!声の調子でも判別してるんですよ、きっと!」
そう言いながら、グビクビと酒を飲んでいく5人。ここまで綺麗に正解が決まると気持ちいいが、こいつらはもう三連敗だ。別に飲み干さんでも一口で良いって言ってるのに何故か無理に飲もうとしやがる。
「別にいいけど、これで最後な。飲み過ぎだお前ら…」
「最後は難易度MAXです!私達の微妙に違う身長差や体型差も、違いを交互によーく見比べているからこそ分かると私は推理しました!つまり同時に5人並ばなければ良いのです!1人ずつ部屋に入って、更に私達は何も喋らないというルールにすれば、もはや私でも見分けるのは困難です!皆!これでいきますよ!」
「やるわね五月!教師を目指すだけあって、賢いじゃない!!」
「そこまでするのは流石にフータロー君が可哀想じゃないかな〜?まぁやるんだけどね、テキーラ飲んでもらわないと」
「フータローは負けたらビールじゃなくてテキーラ。これは決定。アルコール量の差は男と女のハンディキャップ」
「上杉さんの酔った姿も拝見しないと帰れません!私もそのルールなら自信がありますよ!いざ!最終決戦です!」
そう言って一度いそいそと部屋から出て行く五つ子。同じ顔と髪型をした奴が4人も部屋の前でウロウロしてる所を目撃してしまった店員はマトリックスな世界に取り込まれて夜も眠れないだろう。
「それじゃいきますよ!いいですか!皆上杉君に何を言われても反応して声を上げてはいけませんよ!」
「俺は耳元で囁く悪魔か何かかよ」
そんなしょうもない言葉を呟いて、少し待つ。
やがて1人目が入ってきた——。
何故か足音すら消す様にゆっくり入ってきて、机を挟んで座り込む五月(仮)。
こいつらついに帽子まで被りやがった…視線すら合わさせる気がねぇってか。
「いや、流石に顔は全部見せろよ…」
思わず呟いた俺の声に、帽子の下からチラッとこっちを見る瞳。だが帽子を取る気配は全く無い。まぁいいか。これも良い機会だ。
「あー。少しそっちに寄らせてもらうぞ」
コクン、と頷く首を確認して席を立ち隣に座る。
「一年ぶりだな」
「…。」
一切の反応をせず、気配を断つ五月(仮)
マジで勝ちに来てやがるなこいつら…。
「お前らにはこんな糞難易度ゲームを仕掛けられてばっかりだったな。一体俺にどうしろって言うんだって毎回疑問に思ったもんだ」
「…。」
「今なら…まぁ、分かるよ。お前らは世にも珍しい五つ子という肩書きじゃない自分だけの何かを誰かに見つけてもらいたかったんだろう。まるで似てない兄妹生まれの俺には分からない悩みだよ」
世の中に双子はいれど、五つ子なんて奇跡中の奇跡だ。一般的な兄弟姉妹にもありがちな比べられる悩みも、反対に、比べられない同一のものに扱われる悩みも、俺には想像する事しかできない。
「…。」
「五月だらけの今の状況は、偶然にもあの時の焼き直しだな、まったく。お前らの爺さんと父親には手を焼かされたもんだ。お前らに無理矢理手を出そうとしてる不届き者みたいな扱いされて、あの爺さんにマジで殺されるかと思ったぜ」
帽子の下から見える口元に微かな笑いが見える。そうだな。いい性格してるよお前らの爺さんは。
「あの時、お前らから見たら相当ジレったかっただろう?家庭教師名乗るなら、スパッと正解してみせろよってな」
あの家で。あの臨海学校で。あの旅館で。
散々迷いに迷ったあの時の俺から、いくらか成長できたと思う。
「だから…待たせたな。お前ら五つ子の『私を見つけてください』ってお悩み相談のお便りに、俺からの回答だ」
「…」
お前らの悩みの一つをここで解消してやる程度の小さい成長だけどな。そんな、え。嘘、分かったの?みたいな顔するなよ。目も合わせないっていう戦略じゃなかったのか?
「鐘の丘の上でのキスな、嬉しかったぞ。四葉」
「…あっ…」
「文化祭の前日あたりに、この謎の能力に開眼してな…クソほどお前らの事を考えさせられたせいだ。終いには夢にまで化けて出てきやがって…去年の事全部分かっちまったよ。記憶の走馬灯が見えてうなされたぞマジで。おい…どうだ?合ってんだろ?」
「…っ。…!」
コクコクコクと高速で首を振る四葉。
それを見て、フツフツと勝利の満足感と万能感に満たされていく。
「そーれみろ!やったぜ!やっとこの超絶難問クイズを解いてやった!あー長かった!ようやく頭痛のタネから解放される!」
「…っ。…っ。」
「つーか正解したなら声出していいだろ。いつまで黙って…ん?」
帽子で隠そうとしてるが、今見えたのは…え?
「は?え?お前なんで泣いてるの?」
「ぐすっ…な、泣いでません!泣いでなんていませんっ!これは汗です!勝手になんか出ちゃうんです!」
「いや泣いてるじゃねーか!」
「これっ!これは悔し涙です!ぐすっ。なんで!なんで当てちゃうんですかー!!」
「涙だって認めてるじゃねーか!」
エグエグとしゃっくりを上げながら迫って来ては、バシバシと俺の胸を叩いて理不尽な怒りをぶつけてくる四葉——-って、マジで痛ぇ!?
「だってだって!ぐすっ。い、今更当てちゃうなんてヒドイじゃないですかぁ…っ!肝心な所は外すくせにぃぃ…!もう何回泣かされればいいんですか私はぁ…っ!」
「初めて泣かせたよ!?つーか、なんだ肝心な所って!」
「うるさいうるさいっバカぁっ!!私もバカだし上杉さんもバカァァァァ…っ!うわぁぁぁぁん…!」
真っ赤な顔して大声を上げながら、部屋を退出していく四葉。部屋の外から「ええっ!泣くほど悔しいの四葉!?くっ!仇は取るわよ!四葉の演技力は五つ子最弱…まだ余力はあるけどこれ以上負ける訳にはいかないわ!全力でいくわよ皆!」
なんて声が漏れ聞こえてくる。次は演技上手の三玖あたりが来るんだろうなこれ…作戦が台無しだろう。
「あいつ、酒飲むと泣き上戸になるタイプなのか…?」
あぁ見えて体育とか競争心も強いし、勝負事に負けると感情が高ぶるんだろうな。でも——
「悔し涙なら、笑いながら泣くなっての。どういう心境だよ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「それでは!五つ子ゲーム!フータロー君の満点合格を祝いまして!」
「「「かんぱーいっ!!」」」
ガシャ!っと強くビールジョッキを叩きつけた音が響く。
「いやーフータロー君に完敗だねこれは!これ出来る人は親族以外いないと思ってたよ!なんなら最後のやつはお父さんでもキツいんじゃない?」
「流石フータローは決める時は決める。天晴れ」
「瞬殺だったわね。もうこれは負けを認めざるを得ないわ。フー君には五つ子検定ソムリエクラスを贈呈するわ」
「上杉君はテストの天才ですね。これ以上は無いです。もう。参りました」
それぞれから口々にお褒めのお言葉を頂き、俺はようやく一つの大仕事を終えた事を実感する。こいつらとの長かった戦いも終止符が打たれ、条約が結ばれたのだ。もうこいつらは入れ替わりを俺に仕掛けてくる事はないだろう。
そして、さっきはコールド負けした甲子園球児の様な大泣きしていた四葉はというと
「うっえすっぎさーん♪」
「なんだ?」
「呼んだだけです。にひっ」
とまぁ、とりあえず上機嫌なのは分かった所だ。
「でもフータロー君。随分急に提案したね。そんなにこのゲームがやりたかった?もしかして5人の五月に囲まれたかったり?」
「いや勝手に五月の格好を持ってきたのはお前らだろ…なんなら全員一花の格好をしてたって当てられるぞ」
「わお。ちょっとやってみたいかも。皆が私の姿で並んでる中、お前が本物の一花だな。って選んでもらうの。そのままお姫様抱っこでもしてもらおっかなー?」
「どういう流れだよ。だがまぁ…肩の荷が降りたのは確かだな。これで証明にはなっただろ」
「え、証明って何の?」
「ん?あー…」
しまった。なんか口が滑ったな。
別に言わないでも分かる事を。
「フー君。そこで切るのは意地が悪いわよ。私がその硬いお口を柔らかくしてあげようかしら?」
「二乃。その流れは無理筋すぎるけど、やるつもりなら私も乗る」
「おい。何の話で結託しようとしてるんだ料理コンビ?…まぁほら、なんだ…一年会ってなかっただろ?俺ら」
「そうだねー。あっと言う間の一年だったよ。現場とか色々あった筈なのに、仕事の記憶って不思議と残らないものだね」
「言われてみると、私もオーブンの中の照明に浮かぶケーキを見つめたり、デコレーションしてる光景しか浮かんでこないわね。自分の好きな事をしてると楽しいけど、そればっかりになると印象って薄れるものね」
「こういう感覚が、趣味とか好きを仕事にするな、って言われる所以だろうね。だからってやめたりしないけど」
「私は逆になんか印象的な嫌な記憶が多いよ…大学というのは恐ろしい所です…」
「お、おう。みんなそれぞれだな。」
最後の四葉の感想だけなんか毛並みが違う気がするが…。五月は黙って俺を見て先を促してくる。
「俺も似たようなものだ。この一年は新しい環境に慣れるのに全力を費やしたと言って過言じゃない。目の前の新しい情報によって古い記憶は脳の隅へと追い寄せられ、高校時代が懐かしいものへと変わっていく。まぁそんな中、俺の記憶でひとつ色褪せないものが…あってだな…それが…ほら…あー…」
もういいだろ。言葉にするのも無粋だろ。恥ずいんだよ。チラッと後は分かるだろ?と視線を送ってみるが、
「最後まで言ってくださいよ。上杉さん」
「フータロー君?なーにかなー?オネーさんそれだけじゃ分かんないなぁ?」
「フー君。男見せなさい」
「カッコイイ所、見たいな」
「上杉君は出来る子ですよね?」
無理かよ。
もうヤケだ。
——ガタッ!
もうこれ以上こんな所にいられっかと、俺は即座に立ち上がった。聖域が俺を呼んでいるんだよ!終電まで篭ってやる!
「うっえすっぎさーん♪どこ行くんですか?」
しかし五つ子最高のフィジカルとタフネスを持つ奴が凄まじい速度で俺の前に回り込む———「漏れそうなんだよ!」「いいですよ?」「よくねぇよ!?」「ナイス四葉!」「逃がさない」「そうそう。フータロー君座りなよー」
「み、みんな?ちょっと近いですよ?」
「フータローはね、私達全員の事が好きなんだよ。彼女ならフータローの本当の幸せを思ってこの状況を看過すべき」
「五月に足りないものは空気を読む力よ。さっきの言葉を続きを言わせた後、キンタロー君はこのまま一晩もらっていくわ」
「キンタローって誰ですか!?」
俺は両手で個室のドアを引こうとしてるにも関わらず、四葉の片手で抑える力になぜ負ける!?あぁもういいよ…無理無理…ギブ。
「お、お前ら強引すぎるぞ…あぁーくそ。てかやっぱりまだ勘違いしてんな。お前らにはあの事も話さないとか」
四方から伸びる腕に身体を完全にロックされたまま、もうこの訳の分からない流れの勢いで言っちまおうと口を開く。
「あー、実は俺と五月はだな。卒業旅行の時に…んんっ!!」
ん?ん?ん?なんだこれ?どうなってんだこの状況。
「んっ…んっ…んんっ…」
口内に侵入してくる熱い液体。
火のつく様な独特な舌に刺さる刺激。
覚えのある味だ。俺は知っている。仕事でよく注いでるアレだ。それを暖かい粘膜が運んでくる。奥に、奥にと。
あぁー。え?こいつ何してんの?
「んっ…んっ…んんっ…」
「「「「…。」」」」
時が静止しちゃってるよ。
あー。くっそ。
気持ちいいな。
「ぶはっ。一花お前なぁ…」
「フータロー君、だって今日私達と全然飲んでないもん。こうでもしないと、ね?」
「やり方ってもんがあるだろ…」
こいつとは二回目だし、まぁいいか。いいのか?つーか俺も酔ってるし。仕事でも飲んでんだよこっちは。運動したのと恥ずい思いをしたので血が巡って完全にまわりだしてる。
「い、い、一花?今…」
「いやー!今流行りの口移しチャレンジ成功だね!やっぱテキーラはキッツイね。私もちょっと飲んじゃった」
一花が満面の笑みでそう言ったと、俺の薬指であるフレディが後に教えてくれた。
こいつは五つ子の記憶担当で、メガネをかけたナイスガイだ。たまに俺の忘れた情報を尋ねると教えてくれる。
こいつはなんとか音声だけは必死に記録してくれていたらしく、急速にアルコールが回りポンコツとなった脳内から緊急サルページを行った欠損だらけの記録を再生してくれた。
———ザザッ
「んっ…んっ…んんっ…」
「長いわよ三玖!それに口から溢れてる!てか飲ます気ないでしょ!と言うかなんか色々動きが激しいのよ!チャレンジ失敗!離れなさい!」
「んっ…んっ…んんっ…」
「四葉!あんた!あんたは…何かうまいわね…妙なネットリ感あるわ。そのホールド感はちょっと怖いわよ」
「んっ…んっ…んんっ…」
「二乃ー?長いよー?てか、腰。腰!流石にそれはやばいって!ちょっとは人前なのを気にして!?」
「わ、私はやりませんよ!もう私はお肉を食べてビールを飲む路傍の石になりますから、皆さんどうぞご勝手に!」
————ザザッ
「い、一花、どうする?もう一周行く?行っちゃっていいのかしら?」
「お、お酒じゃなくて、烏龍茶なら良いんじゃない?フータロー君が意外にもノリノリだから私もテンション上がって調子乗っちゃったけど、さっきから何を話し掛けても『バッチ来い!』『来いよオラァ!』としか返してこない変なbotみたいになってるし…」
「わ、私はさっきもチャレンジ失敗したからもう一回…」「バッチ来い!」
「三玖、順番は守ろうよ!」「来いよオラァ!」
—————ザザッ
「ま、まぁ当然こうなるわよね」
「さ。流石に健康な男子がさっきまでの状況で反応しないってのは無理があるよね」
「い、一花。こ、こちらの逸品はフー君の身長を考えれば普通のサイズなのかしら?」
「わ、私だって、こんなのっ、わ、分かんないよ!」
「なに急に乙女の反応になってるのよ!あんたのインスタのホニャララ日記帳と比べるだけでしょ!」
「その話はフータロー君の前ではしないでよ!」
「一花…二乃…四葉…耳をすませて…。フータローのベルトがギチギチミシミシ言ってる。ベルトがもう耐えきれないって助けを呼んでいるんだよ。つまり…どうすればいいか分かるね」
「わ…分かりました!わ、私が…救助に向かいます…!」
「あんた達も大概おかしくなってるからね!?」
—————ザザッ
「お客さん。うち個室の焼き肉屋ではあるけど、限度ってもんあるでしょ?分かるよね?そういう店じゃないのよ」
「「「「「ごめんなさい!!!」」」」
—————ザザッ
「ふわぁっ!」ガバっ!
目が覚めた場所は、家の近くの公園のベンチだった。なんだよ、夢か。
頭いてぇ。
「あ、上杉さん。起きましたか?」
俺は頭に痛みを覚えながら、振り返る。
ブランコに乗っている四葉だった。
「あれ…どうなったんだっけ…」
「と、とりあえずお水を飲みましょー!!はいどうぞー!」
俺は受け取ったペットボトルをがぶ飲みする。なんだかめっちゃうまい。体がカラカラだ。
「あー。あれ?あいつらは?」
「私は残って、みんなはホテルに帰しましたよ。みんな限界だったみたいです。お互いを支え合って千鳥足で戻っていきました」
「おぉそうか。最後の方全然覚えてねぇ…」
「あはは。あははー」
「それでは行きましょうか。上杉さんの家は近いんですよね?」
「あぁ。もう見えてるよ。あれ?てか、お前は?」
「私は自転車がそこに…」「チャリかよ!?二子玉だろ!?」
「私は体力ありますから!」
「いや、流石に遠いだろ…俺の家泊まっていくか?」
「ええええ!?」
「なんもしねーよ。てかお前の方が俺より強いだろ」
「そ、そ、そういう話じゃなくてですね!と言うか上杉さんからそんな自然にお誘いされるとは夢にも思わず…!違う違う!いやいや!悪いですよ!」
「まぁいいなら良いけど」
「引き際がよすぎる!そ、それにですね!それは流石に五月に悪いですよ」
「ん?あー」
そうだった。そうだった。そういう話だった。
「そうです良くないですよ!とりあえず、はい!マンションのエレベーター来ましたよ!さぁ乗ってください!」
「あぁわるい」
押し込まれた狭い室内。すぐに扉を閉まりエレベーターが浮遊して、2階に到達する。
通路から見下ろした四葉は既に自転車に跨っていた。
「それでは!今日は本当にありがとうございました!上杉さんまたっ…!またお会いしましょう!」
そう言って手をブンブンとこっちに向けて大きく振る四葉。今言わないとドンドン遅れていくなこれ。
「四葉ー!」
「はぁーい!」
「俺五月と別れたー!」
無言。手を振り上げたポーズのまま固まってやがる。
まぁ意外だろうな。俺もビックリしたし。
「卒業旅行の時になー!フラれたー!」
更に無言。
まぁコメントに困るだろうしなぁ。
これ以上は言う必要は無いだろ。
「気をつけて帰れよー!」
ピラピラと俺は手を一度振ると、俺は自分の家の玄関をさっさと開けて中に入った。
いつまでも俺がいちゃあいつ帰らない気がする。見えなくなるまで手を振り続けるタイプだからなあいつ。
「ふぁっ……っ」
てか、限界。寝るわ—————
———チーン。ウィーン。
———カッカッカッ…カッ!
——ガチャッ!
「う、上杉さん!やっぱり私お言葉に甘えて泊まっていっていいですか?」
誤字報告、感想、評価。皆様ありがとうございます。追記:教えて頂いた拙い所をチョコチョコと修正かけさせてもらってます。設定ガバガバですね笑