「"蛇らしきモノ"、ねぇ……」
夕方に差し掛かるオレンジ色の部屋で、桜は1人ぽつりと呟く。
4歳の誕生日が来る少し前、桜は自分の部屋でチェルベッロと思いもよらない邂逅を果たした。
原作では敵側にいたはずの2人は、忠告という目的のためまるで味方かのような顔つきと空気で桜に接触したのだ。
その2人が残した言葉、"蛇らしきモノに気をつけろ"。
「あんなあっさりした忠告をされてもなぁ……」
2人は”確定事項”としつつ、近い将来起こりうるトラブルの可能性を考慮し最大限伝えられる言葉として授けたと思われる。
「それにしても、"蛇らしきモノ"ってなんだろう?」
チェルベッロの残したヒントに桜は小首をかしげる。
蛇、なら大概の人は分かるだろう。
まあ蛇に出くわすこともそうそうないだろうが。
「らしき、って言ったくらいだから、蛇じゃなくて蛇に近いものか蛇を連想させる何かなのかな」
ヒントがあまりにも大雑把すぎるため、何をどう気をつけたらいいのか分からず桜はうーんと唸る。
そもそも、だ。
「変に抽象的な言い方だし確定事項って言ってたってことは、あの人たち既に何が起きるのか知ってて忠告したんじゃ……?」
この世で忠告をする側は、一般的に知られているのは天気予報士など科学と文明によってある程度知らせる仕事に就く者だ。
逆に科学が関係しない、忠告を受ける側の信心に左右されるのが占い師とも言う。
「そういえばあの忠告に"占い師がやるようなことと同じ"って言ってたよな」
何かを思い出しそうで思い出せないモヤモヤにぐるぐると首をかしげ続ける。
こめかみの辺りをツボ押しするようにぐりぐりこねくり回し数分、桜はあっ、と気づいたように声を漏らした。
「リング争奪戦でなんか預言?とかあったよね」
ザンザス率いるヴァリアーが正当後継者を決めるためにけしかけたリング争奪戦は、重傷者こそ出したもののツナ達の勝利を持って解決する話だ。
その最終戦、ツナとその仲間による攻防の末に負けたザンザスの元で、審判を務めたチェルベッロは預言と呼ばれる何かに従ったことが描かれている。
「あの2人が言ったことも預言って意味なら抽象的になるのも当然か」
ようやく繋がりかけた事実に桜は深いため息を零す。
「それにしても、チェルベッロって一体何者なんだろう……帰る時も"次に会う時は敵となるかも"って言うし。もしかしてリング争奪戦のこと?……まさかね」
ずいぶん時間が経っていたのだろう、部屋はほとんど薄暗くなっている。
頭を使いすぎて糖分が足りなくなってることに気づいた桜はおやつ欲しさにリビングへと戻った。
「あら、おかえりなさいさくちゃん。寒いのに、またお部屋でご本読んでいたわね?」
「えへへ、えらぶのがたのしくてそのままよんじゃった」
3冊ほどの本を両手に抱え、娘の満足そうな顔で見透かしたように奈々が笑った。
「1時間くらい上にいたものねぇ。お腹空いてない?チョコチップクッキー作ったから食べましょ?」
「うん!たべる!……あれ、つなは?」
兄がリビングに見当たらないことに気づいてキョロキョロと見回すと、隣接する部屋でかじりつくようにテレビを見ている綱吉が見える。
「つーなー、いっしょにおやつたべよ?」
「うーん……」
特撮ヒーロー番組を見る綱吉の隣に座るが、よほど面白いのか桜の方を見向きもしない。
「なんかねぇ、新しいシリーズが始まったとかでそれがすごい面白いみたいなのよね~。さくちゃんが上でご本読んでたみたいにツナも真剣に見てたわよ」
「へぇ~……」
普段なら自身の名を呼び、べったりと隣にくっついてくる兄が今は特撮ヒーロー番組にお熱なことに桜はちょっぴりジェラシーを感じてしまう。
「ねぇママ、クッキーたべるのここでいい?」
「それはまぁいいけど、こぼしたらちゃんとお掃除するのよ?」
「うん!」
奈々からクッキーを数枚ほど乗せた皿を受け取り、いそいそと綱吉の隣に座ると桜はクッキーを1枚つまみ上げた。
「つな、クッキーたべる?」
「んー……」
「じゃあ、はいあーん」
「あー……ん」
バカップルよろしく、幼稚園でよく見るおままごとのように桜は綱吉にクッキーを食べさせる。
我ながらこんな嫉妬するとは、などと思いながらも桜はもぐもぐとクッキーを咀嚼する綱吉を満足気な笑みで見つめた。
「あらあらまあまあ、そんな可愛いことをまあ……」
2人の微笑ましい姿に奈々がにまにまと笑いつつカメラを構える。
「(恥ずかしいけどまあいいか)はい、もういちまいあーん」
「……ん」
カシャリと小気味良く鳴らしたシャッター音に綱吉はハッとした顔で振り返った。
「えっ」
「あれ、どうしたのつな?」
テレビにかじりつきすぎて無意識だったのだろう、まさか妹にあーんをされその上さらに一部始終を写真に収められているのをやっと気づいたようだ。
耳まで真っ赤に照れた綱吉は隠れるようにテディベアに顔を埋もれさせた。
「さくのばかぁ……」
「どういたしまして。あークッキーおいしい」
綱吉を振り向かせた達成感でクッキーを味わいつつ、次同じことがあったら何をしようかと思案を巡らせる。
「さくちゃんも思ったより嫉妬深いのねぇ。それなら今度のクリスマスは2人でプレゼント贈りあったらどう?」
「なにそれ!たのしそう!」
カメラを片付けたのと同時にどこからかファイルに挟んであるチラシを引っ張り出した。
奈々が差し出したチラシには、色とりどりの色彩で鮮やかに描かれたクリスマス抽選会のお知らせが書かれている。
特賞の部分には"超豪華プレゼント贈呈!乞うご期待!"とだけ記載があるものの、1等以下の数種類にはゲームセットやお菓子の詰め合わせ・ステーキセットなどクリスマスに向けた大盤振る舞いの景品が並んでいた。
「これにさくちゃんやツナもできるビンゴ大会もあるし、2人でそれぞれ参加して何か当てたらそれをプレゼントってことにしましょ?どう?」
「やる!つなは?」
「ん、やりたい!」
目を輝かせて詰め寄る2人に奈々はニッコリと笑みを浮かべた。
「そうと決まれば先にクリスマスの飾りつけするわよ~!」
「「お~!!」」
───***───
肌を刺すような寒さが沁みる12月中旬、桜たちは並盛商店街へとくり出していた。
街灯に備えつけられたスピーカーからはクリスマスの定番曲が流れ、あちこちで赤い服を着込んだ店員が宣伝に勤しむ。
浮き足立つ楽しげな雰囲気に、綱吉も興味津々な顔で辺りを見回していた。
「さくみて!トナカイさん!」
ぐいぐいと手を引っ張りながらトナカイの着ぐるみを指差す綱吉に桜はうんうんと頷いた。
「わかったわかった、そんなにひっぱるとあぶないよ」
「そうよーツナ。楽しいのは分かるけど、さくちゃん引っ張ったら転んじゃうわ」
「むぅ……」
これだけ楽しそうなイベントだ、走り出しそうなくらい気分が上がるのも仕方ないだろう。
とはいえ妹と母2人にたしなめられたせいか、ふてくされた顔をする綱吉。
「ママ、おかいものはもうこれでおわり?」
奈々の持つ買い物袋を軽く覗き込みながら問いかけると、そうねぇと奈々が思案するように虚空を見つめる。
「クリスマスケーキは予約が済んだし、保存の効く食材と残りのクリスマス飾りは買ったから後はさくちゃんとツナのガラポンだけね」
ひぃふぅみぃと指折り確かめた様子に綱吉がぐいと左手を引いた。
「そんならはやくいこ!」
「はいはい、ツナはあわてんぼうさんねぇ」
彩り良く飾られたクリスマスのイルミネーションを何度かくぐり抜け、桜たち一行はとある一角に辿り着いた。
「さぁ着いたわよ」
ひときわ大きいクリスマスツリーと赤い絨毯で作られたそこには、長い行列と時おり響く鐘の音で何かしらのイベントがやってるのだとひと目で気づく様子だった。
「ハァーイ!ソコのオチビサン!グルグル、マワシテカナイ?」
ガラポンの方を見やると、そこには金髪碧眼の高校生らしき少女がこちらを見つめていた。
他に子連れがいないため声をかけた相手が桜なのだと気づくのにそう時間はかからない。
「ありがとうございます。ちょうど今回しに来たところで──「おっ!沢田さんじゃねえかい!?」
言いかけた奈々を遮るように第三者の大きめの声が響く。
景品を置いていると思われる仕切りの奥からねじり鉢巻をした老年の男性が威勢よく出てきた。
「まあ町会長さん、お久しぶりです。お元気にしてました?」
「そりゃぁもう!まだまだ現役よ!ん、沢田さんはチビちゃん達と買い物かい?」
町会長、と呼ばれた男性と奈々が談笑していると、先ほどの少女が近づいて腰を屈めた。
「オジョーサン!グルグル、マワストイイヨー!オカシ、タクサンアタルネ!」
「う、うん……」
海外の人は距離感が近いという話を聞いたことがある。
ややびっくりした桜だったが、それを思い出しつつ振り絞って何とか頷いて見せた。
「ねぇママ、まわすの、まだぁ?」
長々と大人の井戸端会議に待たされ痺れを切らした綱吉がぐいぐいと奈々の服を引っ張る。
「あらやだ!ごめんなさいね~」
「わりぃな、ボウズ!早く回したいもんな!」
引き換えに使う抽選券を出すため財布を漁りつつ、奈々はチラと少女へ視線を流した。
「……ところでそこの方は?あまり見かけない顔よね」
「あぁ、なんでもここら辺の学校に留学しに来てるそうだ。バイトに入ってくれてるんだがよく働いてくれてなぁ、ロシア人だったかな?なぁ!?」
荒らげた声でかけられた少女はニッコリと笑みを浮かべた。
「
渡された抽選券を確認しながら、少女はころころと表情を変えながら日本への愛を語る。
「もういい?まわしていい?」
よほど楽しみなのかそわそわと手を伸ばす綱吉。
「もう、つなってば……そんなにやりたかったの?」
苦笑する桜にえへへ、と気恥しそうに綱吉が笑う。
「
「わぁい!」
奈々に抱き抱えられ綱吉がガラポンを回すとガラガラと音を鳴らしながらピンク色の玉がコロンと出てきた。
「あら!可愛らしい色が出てきたわねぇ」
「んー、ねぇこれなに?」
綱吉から手渡しされた玉を確認する少女。
後ろの仕切り板に貼られた景品一覧を順繰りに眺めた後、少女はウンと頷き足元の袋を漁った。
「オメデトー!オカシ、ツメアワセネ!」
「おかし!やったぁ!」
差し出されたお菓子の詰め合わせに綱吉は飛び跳ねて喜ぶ。
「良かったわねぇツナ。さぁ次はさくちゃんね」
「うん!」
同じように抱き抱えられると、同じ目線で少女と瞳がぶつかる。
「……?」
口角を上げ浮かべた少女の笑みに、桜はどことなく言いようのない不安を抱いた。
思わず奈々の袖を握りしめるとその様子に頭上の奈々がさくちゃん?と声をかけた。
「どうしたの?回さないの?」
「ううん、なんでもない」
きっと慣れない海外の人だから気のせいだろう。
自身にそう言い聞かせ、桜は目の前のハンドルを握りしめる。
先ほどと同じように音を鳴らしながら回しつつ、2周3周と回るガラポンの出口を静かに見つめた。
「(うーん、この人なんかなぁ……まあすぐ終わるし……)」
ぼんやりしながらぐるぐると回し続け、桜はふと周りの変な空気で我に返った。
「……あれ?」
「あらぁ~……?」
6周目ほど回したところで、どうやらガラポンの調子が悪いことに気づく。
「オー!ゴメンナサーイ!チョーシワルイミタイデース!チョット、マッテテネ!」
調整のためか、少女がガラポンを持って仕切り板の向こうへと消えると奈々は腕の中の桜に話しかけた。
「きっと色んな人が回すから詰まっちゃったのね。もう少し待ちましょうか?」
「うん、わたしはだいじょうぶだよ」
綱吉は大丈夫だろうか、と横を見下ろすが、お菓子の詰め合わせでだいぶ満足したのか綱吉は一言も話さず大事そうに袋を抱き締めていた。
「ハァイ!オマタセヨ!サァドーゾ!」
再び目の前のガラポンを回すと、3周目ほどで黄色みがかった玉が転がり出てきた。
「えっと、きいろだからニャンテンドーのゲーム?」
仕切り板の景品を読み上げる桜だったが、何故か反応のない奈々に訝しむように見上げる。
「……ママ?」
「違うわさくちゃん、それ黄色じゃないわ」
「?ちがうの?」
「ほら、よく見て」
チラ見しただけの皿に転がる玉を拾い上げ、もう一度よく見るとそれは黄色ではなく鈍い輝きを見せる金色だった。
「なにこれ、どこ?」
貼り紙を下からひとつずつ見直す桜。
「みどり、あお、ぴんく、きいろ、あか……んん?」
黄色の2等、赤の1等のさらに上には金色の表示で特賞の文字を見つける。
チラシには超豪華プレゼント、としか書かれていなかったそれは商店街の景品には到底似合わない内容だった。
「……と、特賞~!!大当たりのイタリア旅行でぇ!!!!」
少女の隣で様子を見てるだけだった町会長が思わず鐘をガランガランと派手に振り回す。
「すごいわさくちゃん!イタリア2泊3日の旅行ですって!!」
「えぇ……」
派手に鐘を鳴らしたためか、聞きつけた他の客もわらわらと集まってきて大歓声の拍手が巻き起こる。
その歓声に応えるようにぺこぺこと頭を下げる奈々が、やけに静かな桜の様子に心配そうな顔で覗き込んだ。
「どうしたの?やっぱりニャンテンドーの方が良かったかしら?」
「ううん、そんなことないよ。ちょっとびっくりしただけ」
それを聞き安心した奈々に降ろされると、ちょうど奥から景品を持ってきたのか少女が目線を合わせて桜に歩み寄った。
「ハァーイ!オマタセ!コレ、オジョーサンのプレゼントヨ!」
差し出された紅白の水引き封筒の表書きには、”並盛商店街・代表一同”の文字とイタリア2泊3日旅行と書かれている。
いまいち実感が掴めないまま受け取ろうとする桜だったが、再び合わさった視線に謎の緊張感を覚えた。
にこやかに笑顔を浮かべているにも関わらず、その目は全く笑っていない。
それどころか、外の光が差し込む青い瞳にはどこか怪しげで薄気味悪い影を宿していた。
背中を走る寒気に桜は思わず一歩引いてしまう。
「?ドウシタノー?コレ、オジョーサンノケイヒンネ!」
首筋を伝う嫌な汗で身震いしながら咄嗟に桜は奈々にしがみついた。
「さくちゃん、どうしたの?変ねぇ、人見知りなんかしない子なのに……ごめんなさいね、それ私がいただいてもよろしいかしら?」
先ほどとは打って変わって様子の違う桜に奈々はさりげなく守るように前に進んだ。
「ママサンネ!ハイ、コレケーヒンネ!アリガトゴザイマス!」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
ぺこりと軽く頭を下げ、桜と綱吉の手を引き町会長の方にも視線を送る。
「じゃあな沢田さん!また買い物来てくれよ!」
「えぇ、また」
遠くで手を振る少女をひっそり見ながら、桜は謎の気持ち悪さに顔を歪めた。
急変した様子を察してくれたのか声をかけない奈々に内心感謝しつつ、道中では少女への不審感に思考を巡らせる。
「(なんであんなに気持ち悪いんだろう、何かがたぶんおかしいんだろうけど、なんだろう……何が変に感じるのかな)」
言いようのない疑念を晴らすため、抽選会が始まったあたりから順を追ってひとつずつ思い出す。
「(あの人、見た感じはただの海外留学生だし変なところとか……あるような、ないような)」
「さく、あのひと、がいこくからきたんだったよね」
桜のおかしな様子も気づかず、綱吉は冷めやらぬ興奮のまま話しかけた。
「そうだね~。にほんご、すごいじょうずだ、った……あ」
綱吉の何気ない一言から始まった会話に、桜はようやく合点がいく。
所々イントネーションがおかしかったものの、あの少女が話す日本語にはまるで不自然さがなかった。
文法や単語の使い方は合っていたことで、桜の疑念はやっと終着点へと向かう。
「(あの人、もしかして日本語普通に話せるんじゃ……?)」
日本語が話せるのに、わざと分からないフリをしてイントネーションを狂わせていたのだとしたら──。
唐突に示されたその事実に桜はまたも悪寒に震える。
何故、何のためなのか。
桜の生活圏はほとんどが家から幼稚園、もしくは公園くらいだ。
商店街には大抵奈々が行くため、おそらくあの少女に会うことはないだろう。
しかし、前触れもなく日常に放り込まれた一抹の不安は結局イタリア旅行に行くまでの数ヶ月、桜を密かに悩ませることとなった。
___to be continued.