大空の影になりたい夜の子の話   作:雪の細道

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10:イタリア旅行編-前夜祭

春──。

 

3月半ばも過ぎた暖かなその日、桜たち一家は国際線もある空港のロビーへと向かっていた。

 

約3ヶ月ほど前、クリスマスの準備のために商店街へと買い物に行った際、抽選会で桜が見事イタリア旅行の宿泊券を手に入れたためだ。

 

そのきっかけとも言えるような、不審な動きを見せた留学生の少女が桜にとって唯一の気がかりでもあったが、その後トラブルになるようなことも特に起きなかった。

 

やはり気にしすぎだっただろうか……等と桜が考える間もなく、世間では正月やバレンタインなどのイベントを幼稚園でも催し物として触れ合い、何事もなく平和的にひとつの季節が過ぎた。

 

そんな穏やかな生活に慣れたためか、桜の不審感はやがて薄れ、イタリア旅行に行く3月にはすっかり影も形もなく記憶から抜け落ちていたのだ。

 

「はいさくちゃん、ミルクティー持ってきたわよ」

 

「ありがとう、ママ」

 

「ツナはこっちのホットミルクね、熱いからふーふーするのよ」

 

「うん!」

 

搭乗時間までの間、桜たちはロビーでまったりと寛いでいた。

 

「あら?」

 

イタリア観光の案内雑誌を眺めながら奈々が何かに気づいたように呟く。

 

「見てさくちゃん、イタリアにはこっちと同じように桜の木が植えてあるみたいよ」

 

「ほんとだ~、さくらたくさんみられるんだね!」

 

「さくのなまえとおなじのだね!」

 

奈々の脇から覗いた雑誌の説明欄には"日本の散歩道"と呼ばれる桜並木があるようで、写真には綺麗な湖の青に映える桜が咲いていた。

 

「(桜といえば……雲雀さん、結局会わなかったな)」

 

転生してもなお前世で読み漁った作品は変わらず好きなようだ。

 

Dr.シャマルによってかけられた桜クラ病で戦闘不能にされた雲雀恭弥を思い出し、不干渉と己で定めながらも桜は七夕祭りで会ったその少年を思い出す。

 

原作では年齢不詳としつつも恐らく1つ歳上という説が有力なため、幼稚園かその近くで1度くらいまた会えるのではと桜はほのかに期待していたのだ。

 

「(まぁ、会えたところでなるべく関わらないようにしなきゃいけないし、3日後にはまた並盛に戻ってるしね)」

 

ふっ、とやや自嘲気味に笑ったところで、搭乗時間を知らせるアナウンスが静かに鼓膜を震わせた。

 

「そろそろ飛行機に乗る時間ね」

 

電光掲示板の表示を確かめてこちらに視線を送った奈々に、同意するように頷き残りのミルクティーを飲み干す。

 

「パパ、ちゃんとむこうでまってるかな」

 

「大丈夫よ、遅れる時は連絡するって言ってあるし。さくちゃんってば心配さんねぇ」

 

笑いながらぽんぽんと桜の頭を軽く撫でると、奈々は搭乗前の最終チェックを始めた。

 

「つなはだいじょうぶ?」

 

心配さん、と笑われたそばから早くも兄の心配をする桜。

 

「むぅ、だいじょうぶだよ!ぼくはさくのおにいちゃんなんだもん!」

 

ふてくされた顔で意気込みを見せる綱吉に桜は安心したように頬を緩める。

 

「そうね~頼りにしてるわよ、”お兄ちゃん”」

 

傍らで2人のやりとりを聞いていた奈々が悪戯っぽく笑みを見せた。

 

双子であるためか普段から兄や妹などの関係性をあまり見せない2人だが、この時ばかりは頼もしさをアピールする綱吉。

 

「さて、もうすぐゲートが開く時間だしそっちの方へ行きましょうか」

 

「「は~い」」

 

 

──……

───……

────……

 

 

静まり返った機内に、2人分の寝息が微かに響く。

 

桜の両隣ではお昼寝と称して眠り込んだ奈々と綱吉が座っていた。

 

「イタリアと日本は8時間差だから時差ボケに注意、って観光雑誌にも書いてあるんだけどなぁ……大丈夫かな」

 

イタリアは治安の悪いところもあるため、雑誌の最初の方に注意を促す案内ページが作られていた。

 

その中にも時差ボケに注意するようにと案内書きがあったが──。

 

「まあ1時間くらいって言ってたし平気か」

 

暇つぶしにと奈々から渡された観光雑誌を眺めつつ、桜は今回のイタリア旅行が決まってからとあることを考えていた。

 

この世界に転生してから、幾度となくその意味について悩んではその度に諦めようと振り払ってきた。

 

主人公の妹として生まれたからには原作の流れに逆らえないのだと思いつつ、それでも自分という異物がその流れになるべく沿うようにと静かな生活を目標としてきたのだ。

 

元々自身の存在自体が有り得ないのに、それがあろうことか原作には存在しないイタリア旅行という過去に桜はこれまで以上に衝撃があった。

 

「(原作は中学生のツナ達が主軸だし、過去編なんてワンシーンくらいしかなかったけど……いくらなんでもこんなのあるか?)」

 

ある程度道筋が変わるのは仕方なしとしつつも、これ程大幅に変化を与えそうな未知のイベントに桜は平常を装うのが精一杯になっていた。

 

過去という名の現在、現在という名の未来──

 

桜の理想とする原作の流れに余計な一石とならないか。

 

「(そういえば、未来編ではパラレルワールドの存在があったな。リング争奪戦で呼び出された20年後のランボが懐かしいって言ったのは、白蘭が滅ぼした後の世界でツナ達がもういなくなっていたからっていう説が濃厚らしいけど)」

 

果たしてこの世界は原作での時間軸なのか、それとも似て非なるパラレルワールドなのか。

 

桜の密かな悩みは尽きないまま時間はゆっくりと過ぎていった。

 

 

───***───

 

 

「到~着!」

 

「ついた~!」

 

約12時間の長旅の末、ようやくイタリアの地に降り立つ3人。

 

新鮮な空気を肺にたっぷりと吸い込み、桜は大きめのため息をついた。

 

「お疲れ様、2人とも。疲れたでしょう?先にホテル入りましょうか」

 

「そうする~……」

 

「ぼくもつかれた……」

 

狭い座席に考慮して時おり歩くなどしたものの、やはり体の節々が痛むようで桜と綱吉は伸びをしたりとなんとか体がほぐれるように回していた。

 

「お~い!3人ともお疲れ!迎えに来たぞ!」

 

空港の出口付近でウロウロしていたところへ、遠くから家光が満面の笑みで走り寄る。

 

「パパ!」

 

抱きついた勢いのまま首元にかじりつくと桜と綱吉がそのまま抱き抱えられた。

 

「2人とも、しばらく見ないうちにまた大きくなったな!こりゃいっぺんに抱っこできるのも今だけだな~」

 

ん~!と周りにハートを飛ばさんばかりに頬擦りしようと迫る父の顔をさりげなく避けつつ、桜はふと家光の背後に立つ女性に気づいた。

 

「パパ、そのひとだれ?」

 

「おっと、すまんな!これから3人の観光に付き添ってくれる、ガイド兼通訳のディアナさんだ!」

 

「まあ、パパったら通訳の方まで手配してくれたのね!助かるわ~」

 

「イタリア旅行するって聞いたからな!困るだろうと思って仕事仲間だから頼んだんだ」

 

「そうなのね!いつもうちの主人がお世話になっております」

 

家光の視線に促され、前に一歩出てきたディアナに軽く会釈する奈々。

 

「初めまして、ディアナと申します。沢田さん達ご一家が安心して観光できるように尽力しますね」

 

ややウェーブがかったストレートの金髪をゆるく斜めにまとめ、青い双眸を煌めかせたディアナが慎ましげに微笑んだ。

 

「まあ……なんて丁寧な方なの!それにとっても日本語がお上手ね!」

 

うっとりとした顔で褒めちぎる奈々にディアナは恐縮です、と頭を下げる。

 

大人3人がそんなやり取りを交わす傍ら、桜はディアナを横目で見つつ訝しげに眉をひそめた。

 

奈々も綱吉も気づいていないようだが、ディアナのその見た目や顔立ちはクリスマス前の商店街で出会ったあの留学生の少女によく似ているのだ。

 

身長も髪型も、どころか流暢に喋る日本語も違うためにどうやら違和感なく溶け込んでいるようだが、どうにも桜の目にはあの日の少女を彷彿とさせる。

 

金髪碧眼というよくある容姿で奈々たちには別人のように見えているのだろうか。

 

何より桜が混乱しているのは、ディアナが纏うその雰囲気だ。

 

商店街で出会ったあの少女は口元こそ笑っていたものの、目は冷ややかで全く笑っておらず、まるで首筋に牙を立てる蛇のような空気を放っていた。

 

しかし目の前にいるこのよく似た女性は、その少女とは打って変わって穏やかそのものだ。

 

凪いだ海のような静けさと、金髪碧眼がまるで夜空に浮かぶ月のように洗練された美しさが見て取れた。

 

怪しげに見つめる桜の視線に気づいたのか、ディアナの方も桜の方に顔を向け会釈しながら軽く微笑む。

 

「(やば、うっかり見すぎた……でも、)」

 

その微笑みですら、やはりあの時の少女とは似ても似つかない。

 

「(ただの勘違い?それならそれでいいけど……)」

 

己の心配がただの杞憂であるようにと願いながら、桜たち一行は宿泊先のホテルへと向かった。

 

 

───***───

 

 

ホテルに着きチェックインを済ませると、一行は手配された部屋に向かった。

 

ドアを開けるとすぐさまジャスミンのほのかな香りが漂い、桜はつとめて気分を落ち着けるように深呼吸する。

 

「良い香りね~……ベッドもふかふかだし良さそうなホテルね!」

 

一通りのチェックを済ませ奈々もベッドへ静かに座る。

 

「ここら辺じゃなかなか評判の良いホテルだからな!……ただまぁ、風呂事情は日本と違うからそこだけは気をつけてくれ」

 

「そういえば旅行の話した時に言ってたわねぇ、イタリアにはバスタブがないって」

 

「あぁ、一応桜とツナが不便しないようになるべく広いシャワールームがあるホテルにしたが……」

 

「いいのよ、気にしないで?こっちはこっちでなんとか工夫するわ」

 

持ってきた観光雑誌の情報を見つつ話す2人に、ディアナが恐る恐るといった様子で近寄ってきた。

 

「あの家光さん、仕事の話でちょっと……」

 

「あぁ悪い、ちょっと仕事の話してくるからみんなはゆっくり寛いでてくれ」

 

すまんな、とジェスチャーをしながら部屋の外に出ていく2人の背中を見送り奈々と綱吉は軽やかに手を振る。

 

その一方で、桜はドアへと続く通路の影に消える直前で家光の顔つきが変わったことに気づき何かを察したように目の色を変えた。

 

「(原作でも門外顧問としてマフィア絡みのことしてたし……もしかして今回も……?)」

 

考えてみれば綱吉もボンゴレの後継者候補である。

 

原作ではまだ幼いからという理由であまり話題にならなかったらしいが、それでも狙われる可能性も十二分にありえるのだ。

 

家光が仕事の話で顔つきが変わるのも納得がいくだろう。

 

「(もしかしてディアナさんもただの通訳者じゃなくて私たちの護衛を兼ねてたりするのかな?)」

 

怪しいところはまだあるものの、家光を介して手配された人間ならばそこまで悪い人ではない可能性もある。

 

「(何を話してるんだろう?……うーん、気になるな……)」

 

すすす……とドアへ続く通路へと顔を覗かせると、ふいにつんつんと背中に軽い衝撃が走った。

 

「……ママ」

 

「こーら、パパの邪魔しちゃだめでしょう」

 

困ったような呆れたような顔つきの奈々に桜の思考は一瞬で冷静に働いた。

 

「ううん、ディアナさんがきれいだったからついきになっちゃっただけだよ?」

 

嘘はついていないものの、思惑をずらして咄嗟に飛び出た発言で桜はちょっぴりとした罪悪感を覚える。

 

「そう、それならいいけど……」

 

「うん!……あっ、ちょっとトイレいってくるね」

 

「早めに戻ってくるのよ」

 

「はーい」

 

未だ怪しまれているのか釘を刺してくる奈々に桜は間の抜けた返事ですぐさまドア横まで小走りに抜けた。

 

念の為トイレへと入るドアをガチャリと開け、桜は静かにドアの前に腹這いになる。

 

空気循環のためにあえて作られたドア下の隙間からは、うっすら吹き抜ける風と共に2人分の声が漏れ聞こえていた。

 

「ではルートはここの通りからこっちの通りまでで」

 

「ああ、運河の方へは近づくな。いいか?九代目から直々の命令だ、絶対にしくじるなよ」

 

「えぇ、分かっておりますよ。失敗したら私のボスが首と胴体お別れで消されてしまいますものね」

 

「いやそこまではしないが……温厚な九代目のことだ、せいぜい厳罰程度のものだろう」

 

思った以上にはっきりと聞こえる会話に桜はやはりといった顔で表情を曇らせる。

 

会話から察するに予想通りディアナは護衛も兼ねていたようだ。

 

そして"私のボス"という発言から考えるとどうやらディアナはボンゴレの人間ではないことも分かる。

 

「(でも九代目直々、ってことはそれなりに信頼されているのかな)」

 

途中から聞いたために会話の全容が分からない。

 

収穫があるようでないような結果にうーんと首をかしげる。

 

その桜の肩に唐突にポンと手が置かれた。

 

柔らかいカーペットのために近づく気配に気づかなかった桜は声にならない雄叫びを上げる。

 

「さく?」

 

振り向くとそこにはポカンとした顔の綱吉が同じ体勢で座っていた。

 

「なんだ、つなか……(危うく心臓が口からまろび出るところだった)」

 

「さくがトイレからもどってこないから、ママがちょっとみてきてって」

 

「そ、そうなんだ……わたしはだいじょうぶだから、さきにママのところもどってて?」

 

「うん、わかった」

 

バクバクと打ち鳴らす心臓を落ち着けつつ綱吉を誘導すると、桜は深いため息をついた。

 

そして同時にひとつの緊急事態にも思い当たる。

 

「(こっちが聞こえるってことは、向こうにも今のが聞こえてたんだよね……?)」

 

そんな大きい声で喋っていたわけでもないが、子供の声は高くて響きやすい性質がある。

 

ドアの向こうで交わされる会話がほとんど聞こえていたならばこちらの声などダダ漏れ同然だ。

 

一瞬の逡巡ののち、桜は開けておいたトイレに滑り込むように入りなるべく自然な風を装い呟いた。

 

「えーっと、流すのはこっち?でいいのかな~……あっできた!」

 

向こう側の会話が消えたことに冷や汗をかきつつ、桜はトイレから出ると何食わぬ顔で颯爽と奈々の元に戻るのだった。

 

 

 

盗み聞きしていた様子をばっちり見られて大目玉を食らうとも知らずに──。

 

 

 

___to be continued.


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