大空の影になりたい夜の子の話   作:雪の細道

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12:這い寄る絶望

ずきり、と後頭部に走る鈍い痛みに桜は目を開けた。

 

定まらない思考と何処からか聞こえる水音に、ぼんやりと暗い視界を見つめる。

 

「(何も見えない……ここはどこ……?)」

 

両手と両足をきつく縛られ肌触りから麻袋と思われる

 

が、その特有の臭いでいまいち判断材料が足りないようだ。

 

静かに目を閉じ周りの音に耳をすませると、周りからはボートのような軋む音に跳ね返る水の音が聞こえた。

 

わずかな体の傾きから推測するとどうやらこのボートは下っていることから、海ではなく川らしいという想像ができる。

 

「(確か、ママ達と一旦別れたあと変な男達に襲われたんだっけ……綱吉は無事かな、怪我してないかな?)」

 

自分の状況をひとまず冷静に考え、桜は最後に見た兄の姿を思い浮かべた。

 

リーダーらしき男の発言から、そのままの通りならば身の危険が迫っているのは自分のみで綱吉は気絶させられただけのはずだ。

 

奈々と家光は飲み物を買いに5分ほど離れただけなので、タイミングが良ければあの後すぐに綱吉を保護しているはず。

 

そこまで推測するものの、桜の脳裏には最後に裏切りを見せたあの女についてだ。

 

「(嫌な予感はしてたしパパの紹介だから信じたかったけど、やっぱりあのディアナとかいう人ろくでもないことしてくれたな)」

 

襲われたあの時、姿を確認した際に見せた唇の動きは"行け"と指示を出したように見えた。

 

自分の目で見た通りのままならば、ディアナという女はボンゴレから命令される立場にありながらボンゴレの後継者である綱吉を拉致しようと画策していたわけだ。

 

しかしそのディアナの計画も、リーダーらしき男の発言から当初の予定から外れてしまうことになる。

 

それが桜の宿した死ぬ気の炎だ。

 

ただの子供だと思っていたのが、大人でもどれほどの数が出せるか不明の死ぬ気の炎をあっさり出したことにより、綱吉を拉致するはずが標的は桜に移ってしまう。

 

計画を阻止できた、という意味では結果的に良かったと言えるが──。

 

「(私が拉致られちゃうんじゃ、みんなに心配かけるだろうなぁ……)」

 

気づかれないように小さくため息をつくものの、いや、と桜はすぐさま思考を切り替えた。

 

「(でも考えてみれば、私という存在は本来原作にはなかったはず。道筋を修正するという意味があるとすれば、原作にない存在の私が死んで元通りになることも……あったりするのかな)」

 

その点で見ればボンゴレ後継者である綱吉を守って自身が犠牲になれたのはある意味本望であり自然の摂理とも言える。

 

そこまで考えたところで、桜はふと以前にチェルベッロと邂逅した時を思い出した。

 

あの2人は忠告という体で”蛇らしきモノに気をつけろ”と言った。

 

そしてその際に例えとして出した可能性の話。

 

どちらも今回の件に限りなく近い上に、後者の可能性の話では全くその通りになってしまった。

 

「(蛇らしきモノっていうのがちょっとよく分からないけど、私が感じた違和感が間違っていないなら、確かにあのディアナという女は獲物を捕らえようとする蛇に似てたな)」

 

それにしても、と桜は思考を深めるように目を閉じる。

 

「(九代目から護衛を頼まれてたみたいなのに、どこぞのマフィアらしき人間と組んで綱吉を狙うなんて一体どういうつもりなんだろう?そもそもイタリア旅行に行く話がなければ難しい計画だったはずなのに……え?)」

 

イタリア旅行に行くきっかけを思い出し桜は思わず目を見開く。

 

クリスマスのガラポンで引き当てた賞品と、その場に立ち会ったあの女子留学生。

 

桜がイタリアに着いてすぐ引き合わされたディアナをひと目見て同じ人間だと勘違いしたほどだったが、それが勘違いでないとするならば。

 

「(まさか、あのクリスマスの時からすでに仕組まれてた?)」

 

徐々に繋がる点と点が線となり、あらゆるところに真実を浮かび上がらせる。

 

しかし全てが判明したわけでもなく、綱吉への危機が未だ残っている可能性に桜の緊張感は少しずつ高まりつつあった。

 

「(どうしよう、綱吉を守れて一安心してたけどまだ何か危なそうだし、悠長にこんなところいる場合じゃないよね!?)」

 

桜の早る気持ちと加速する思考を遮るかのように、突然ボート全体へと大きな音が鳴り響く。

 

ガタン、という音と共に動きの止まったボートに、バタバタと忙しなく行き来する複数人の足音が振動として伝わった。

 

衝撃によってぶつ切りにされた桜の思考はまるで夜が開けるかのように明確に目覚めていく。

 

「(いや……もしかするとこの流れで私が死んだりすれば、原作への流れが元通りになって綱吉への危機がなくなったりとかするのかな?それとも、ここからマフィアの世界に介入することになって私が綱吉を守る立場になれるならそれで結果オーライとも……)」

 

そんな思惑がこの世界で簡単に通るわけもなく、その上生易しいものではないことを未だ知りもせず、我ながら名案とばかりに桜は猿轡をかまされた口をニヤリと歪ませた。

 

それがいかに見通しも甘く、何の意味も成さないことだと桜は後々思い知らされることとなる。

 

 

そうこうしてる間に、桜は何者かによって抱えられどこかに運び込まれた。

 

音を頼りに探っている間にも船から徒歩、徒歩からトラックへと渡されどうやら最後の目的地へと着いたようだ。

 

ドサリと乱暴に下ろされ麻袋から出されると、開かれた桜の視界に入ったのは無機質な真っ白い部屋だった。

 

周りを見渡せば、白衣を着た複数人の怪しげな大人が揃う。

 

カルテらしき資料や本を眺め口々に喋るその言葉は紛れもない異国の言葉だ。

 

日本人の両親と通訳に囲まれ都合よく日本語ばかりを聞いてきた今までと違い、話せる言葉も聞こえる言語も違う環境に身を置かれ桜は緊張と恐怖で身震いした。

 

「(何されるのか分からないけど、とりあえずなるべく逆らわずにしておこう……コミュニケーション取れないけど……)」

 

数十分ほど白衣の大人たちが代わる代わる何かを取り交わしたあと、1人の女が布切れを持ってこちらへ近寄った。

 

はい、と差し出されたそれをおずおずと受け取り広げるとそれはどうやら病院でよく見る患者用の服らしい。

 

両手足の紐を切られ指差しで着替えろという意思が取れる。

 

指示されるまま桜が大人しく着替えていると、先ほど服を渡してきた女がじろじろとこちらを見ていることに気づいた。

 

「(なんだろう……?幼女に興味ある……って顔じゃないな、うん)」

 

その表情の指す意味が分かったのは、桜が肌着まで脱いだ時になる。

 

つかつかと歩み寄り女が伸ばした手に掴んだのは桜が大事に首から下げていたネックレスだった。

 

そんなものは邪魔だ、と言わんばかりに無理やり引っ張る女に桜は全身の力を振り絞り拒否の姿勢を見せる。

 

「……だめ!これはだめ!」

 

思わず日本語のまま叫んだ桜の右頬に激痛が走った。

 

ぶちりと切れる衝撃と床に叩きつけられたことで、どうやら握り拳で殴られたのだと自覚できる。

 

胸元の空虚感でネックレスが奪われたことに気づくと、桜は目の前から去ろうとする女の背中にしがみついた。

 

「ッ返して!それは私のものなの!返してよ!」

 

抵抗を見せる桜に苛ついたのか、女は舌打ちと共に振り向きざま手に持った物を眼前に突きつける。

 

鈍い色で鋭く光るメスに桜は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 

《ここで抵抗するなら今すぐ殺す》

 

口調からしてそんな言葉だろうか。

 

忌々しげに吐き捨てられたイタリア語と表情に、ここではどんな拒否も叶わないと静かに悟る。

 

何も言わなくなった桜にメスを下げると女は再び舌打ちをして部屋から出ていった。

 

《おい、早くしろ》

 

急かされるように落ちた服を押しつけられ、桜はまたもどこか別の場所に連れられる。

 

移動した先の部屋では、自分と同じ年頃の子供たちが十数人ほどが何かに怯えるように待ち構えていた。

 

開かれた部屋の目的が桜ただ1人だったためか、閉められた自動ドアの音に子供たちは緊張の糸が切れたように次々とため息をつく。

 

それがどうやら悪い意味なのだと察した桜の脳裏に、ふと読み漁った原作の記憶が蘇った。

 

イタリア、白い部屋、白衣の大人、そして同じように集められた子供たち。

 

怯えた表情に臨戦態勢を取るかのようなほとばしる緊張した空気に、桜は"あ、"と声を小さく上げた。

 

「(もしかして……ここはあの骸たちがいたエストラーネオファミリーなのかな)」

 

つまり、ここにいる子供たちは皆その実験の犠牲となるモルモットということだ。

 

「(そして、ここに連れ込まれた私も……)」

 

原作では非人道的な所業をしていたファミリーはエストラーネオ以外では特に描写されていない。

 

他にそのようなマフィアがいなかったと仮定すれば、桜の連れ込まれたここはその実験施設で間違いなさそうだ。

 

何の運命か、それとも何かの罰なのか。

 

思いもよらぬ形で原作の一端に関わりそうになることに、桜は天窓の夜空を見上げて小さくため息をこぼすのだった。

 

 

────***────

 

 

「さて、ここに呼ばれた理由は分かるだろう?何か言うことはあるかい」

 

真剣な面持ちで椅子に座る老人──九代目が、目の前の女性に問いかける。

 

部屋のカーテンは全て閉め切られ、外の光や音を拒絶した空間に重苦しい雰囲気が漂う。

 

「弁解の余地もございません。この度は申し訳ありませんでした」

 

片膝立ちで頭を垂れる金髪碧眼の女、ディアナは無表情で謝意を述べる。

 

言い訳などしようとすることもない空気を感じ取り、九代目は静かに首を横に振った。

 

「……もういい。済んでしまったことは仕方ないし、君1人に護衛を任せたわしにも非がある。下がってくれ」

 

九代目の言葉を受け一礼するとディアナは足早に部屋を後にした。

 

しばらくその場に沈黙が流れると、九代目は後ろに控えていた男に視線を送る。

 

「……家光」

 

「はい」

 

暗がりから歩み寄る家光を見るが、その九代目の顔は悲しみに満ちている。

 

「もう少し護衛をつけるべきだったよ。本当に申し訳ない」

 

「謝らないでください。オレも別行動はすべきじゃなかったんです……戻れるならあの時に戻りたいですよ」

 

悔しげに拳を握りしめる家光に声をかけようとするが、かけるべき言葉も見つからず九代目は開けかけた口を再び閉ざした。

 

「その後、調査と捜索の方は進展あったかい?」

 

「はい。部下数人と調査したところ、当時あの場所の付近で一部始終を見ていた者が1人だけいました」

 

後悔の念を振り払い、家光は手に持っていた資料を九代目の前に置いた。

 

広げたその資料には聞き込みした日時や範囲、さらに現場周辺の防犯カメラから怪しげな人間がいないかの調査過程がまとめられている。

 

「なるほど……あの橋のたもとで小物売りをしていた老人がいたのか」

 

「普段は毎週金曜日にそこで店を広げるらしいんですが、たまたま不備があってオレたち一家がそこを通った日曜日に予定を変更したそうです」

 

運良く目撃した人がいたためか、調査に進展があったようで家光の表情は先ほどより幾分か和らいでいる。

 

「そして目撃証言から見るに、やはり九代目が直感した通りディアナは警戒するべき人間だったようです」

 

資料の1番最後のページをめくるとそこにはディアナの顔写真を含め所属するファミリーについて詳細な情報が綴られていた。

 

「初代からの傘下だから信頼できるはずだと、直感が外れていてほしいと思ったが……なかなか理想通りにはいかないものだね」

 

印刷された紋章──ピエロの仮面と百合を瞳に写し、九代目は言いようのない不安と予感にひっそりを眉を寄せるのだった。

 

 

───***───

 

 

桜がこの部屋に連れ込まれ数時間が経った頃──……。

 

原作の記憶を辿るように考え込んでしばらく経ち、桜はふと周りの様子に目が留まった。

 

自分のことばかり気にするあまり、その状況を把握できてない己の配慮の甘さに気づいたのだ。

 

そして蛍光灯の切れかかった薄暗いその部屋をよくよく見渡してみれば、部屋の隅の方で横たわる子が数人確認できる。

 

具合でも悪いのか、それとも寝てるだけなのか。

 

確かめてみようと近寄る桜に1人の子が肩に手をかけた。

 

振り向いた子の顔を見ると、その子は眉を下げて首を横に振る。

 

悲しげなその表情からおそらく横たわる子達は既に事切れているということだろう。

 

色濃く漂う薬品の臭いで気づかなかったが、意識を向けて嗅いでみるとその方向から生ゴミの腐ったような匂いが混じっていた。

 

「(なるほど……そういうことね……)」

 

原作ではあまり詳しく言及されていなかったものの、切り取られたその一部の描写では生きてる人間と死んで使えなくなった人間が次々と入れ替わるような、劣悪に劣悪を重ねた環境が描かれていた。

 

生き残った子は実験を続けられ、耐えられず絶命した子は捨てられるように放り込まれたのだろう。

 

「(可哀想に……こんなところで雑に命を扱われるなんて)」

 

所どころ蛆の湧きかけた遺体に静かに手を合わせると、桜は短く息を吐いて立ち上がった。

 

ここがエストラーネオファミリーの場所なら骸や犬、千種もいるだろうと予想する。

 

しかし他にも子供が集められた部屋でもあるのか、桜のいるこの部屋には知ってる顔が見当たらない。

 

もしくは時系列的にまだで、これから骸たち3人が来るのか。

 

はたまた既に実験体として別の場所で拷問にも等しい悲惨な実験をされているのか。

 

誰かに話を聞こうにも、この場にいる子供たちは誰も日本語が分かりそうにない。

 

髪色や顔立ちから見るに色んな国から攫われたらしいが、桜自身は世界共通語の英語すら挨拶程度にしか喋ることもできず、また他の子達が英語を喋るとも限らないためだ。

 

意志の疎通が身振り手振りしかない以上、特定の人間を見つけ出すのは偶然以外に不可能だろう。

 

「(まあ、会えたところで何かできるわけでもないしな……そういや骸ってこの頃から日本語話せたんだっけ?作中では分かりやすく日本語にしてるだけで実際はイタリア語なのかな)」

 

うーん?と首をかしげる桜。

 

そもそも、六道骸という名前ですら実験によって得られた六道の力になぞらえたものだ。

 

おそらくは生まれた時からその名前だった可能性は低い。

 

「(ファンブックとか巻末のハルハルインタビューに本名かどうかの情報あったっけ?……だめだ、さすがに細かいところは古すぎて記憶が無いな)」

 

転生して早くも4年半近く経つ。

 

その間にも新しい記憶と知識が次々と上書きされ、はるか昔に読んだ原作の記憶は薄れつつあった。

 

本筋となる原作の流れは大半覚えているものの、桜の記憶からは既にファンブックやおまけページほどの情報はまるでない。

 

「(とりあえず骸たちに会えるかどうかは後回しだな。ひとまず、これから間違いなく私の身にも起きる実験のことを考えなきゃ)」

 

雑念を振り払うかのように軽く首を振り、桜は来たる事態に備えて部屋を見回した。

 

部屋の角には小さな洗面台と仕切り板も何も無い丸見えのトイレが備えつけられている。

 

床にはぼろきれ同然に汚くなったリネンとクッションがいくつか転がっており、どうやら子供たちはそれに縋るように眠っているらしい。

 

警戒するようにちらりとドアを見ると、その右下に小さな引き戸がついた出入り口らしきものを見つける。

 

子供でも通れなさそうな意味のない小さな出入り口に疑問符を浮かべていると、桜の意思を読み取ったかのようにタイミングよく引き戸が開かれた。

 

「(えっ、あれって……パン?)」

 

ゴミのような扱いで雑に投げ入れられたそれは2つのクロワッサンだった。

 

そのうち1人の少女が警戒するようにそろりと近寄り、手に取ったパンをすんすんと嗅ぐ。

 

特別に嗅覚でも発達している方なのか、その子は嗅いだパンを安全と見なし頷くとまた別の子に手渡した。

 

手渡された少年は周りの子に視線を移すと、サイズを計るような手つきで手際よく等分にちぎっていく。

 

たった2個しかないそのクロワッサンを十数人分に切り分け少女と手分けしながら他の子達に配って行った。

 

「(生き残った子達でどうにか永らえる術を編み出したのか、すごいなぁ)」

 

はい、と少女がパンを差し出す。

 

その場に定められた運命の共同体、とでも見なしたのか。

 

優しく微笑み気丈に振る舞う少女に桜も同じように笑ってパンを受け取った。

 

こっちにおいで、と言わんばかりに手を引いて輪の中に入れる少女と少年に、桜はぺこりと頭を下げ、わずかひと口にもならないパンを頬張る。

 

それが、いつ誰にとっての最後の晩餐になるかは誰にも分からなかった。

 

 

──……

───………

────…………

 

 

1週間ほどが経過し、部屋には数人の遺体が増え10人が残った。

 

実験によって命を閉ざされた者や過酷な環境に耐えられず衰弱死した者も出たのだ。

 

最初こそ1日1回のパンと洗面台から出る水でつなぎ止めていたものの、長くこの環境に身を置いていた子ほど衰弱も早かった。

 

逃げ出すための術を持たない桜たちは、刻一刻と迫る己の期限に身を寄せ合い恐怖に耐え忍ぶ。

 

「(そうだ、遺体が丸見えでこの子達もキツいだろうし、布で何かできないかな)」

 

人数が減ってほんのわずかに余裕ができたリネンを一瞥し、桜は部屋の隅に寝かされた遺体に思いを馳せた。

 

亡くなった子達やまだ生きてるこちらのためにも、日々悪くなる一方の環境だけでもどうにかせねばならない。

 

何とか頭をひねり編み出したのは、リネンを数枚繋ぎ合わせ残った分を遺体にかけてあげることだけだった。

 

「……できた!」

 

髪の下の方で留めていたピンを外し割いたり穴を開けたりと四苦八苦しつつリネンを大きな2枚にすると、桜は残った何枚かをそれぞれ数ヶ所に寄せられた遺体にかけていった。

 

「ごめんなさい。これしかできなくて」

 

静かに呟いて再び手を合わせると、嗅覚の良い少女がいつの間にか隣で同じように手を合わせていた。

 

「ありがとう。君も同じ気持ちだよね」

 

ん?と首をかしげる少女に桜はあっ、と気づく。

 

会話もなく最低限のコミュニケーションで続けてきたせいか、言葉が通じないのを軽く忘れていたのだ。

 

通じるかな、と思いつつ桜は小さな願いを込めてその言葉を紡ぎ出す。

 

「えっと、Thank you.」

 

思いが通じたのか少女は花が咲いたようにぱっと笑顔を向けた。

 

初めて会話でのコミュニケーションに成立したことに、少女は嬉しそうに桜に抱きつき喜びを露わにする。

 

不安と恐怖に染まったこの部屋で、桜はやっと心から安心感を得られたのだ。

 

 

──しかしそんな喜びも束の間だった。

 

わずかその数時間後、開いた自動ドアから今までにない人数の大人が入り込み地獄の幕開けかのように一気に6人を引きずり出した。

 

恐怖に慄いて暴れ回る子や泣き出す子には、鬼のように情け容赦なくスタンガンによる電撃が打ち込まれ、残された桜たちには手出しもできず見つめることしかできない。

 

連れ出されたその中には、先ほどの少女やパンの切り分けが得意な少年も含まれていた。

 

全てを悟って覚悟をしたのだろう。

 

2人は抵抗もせず閉じていくドアの向こうでこちらを見ながら小さく手を振った。

 

名前を知ることすらなく、協力して助け合った仲間とすら呼べる2人も消えてしまったのだ。

 

何度も子供達を見送りその度に絶望感に耐えてきた桜だったが、ついに堰を切ったように泣き出し大粒の涙を零す。

 

「どうして…?あの子達が何をしたの……?この子達も、私だって!なんの罪もない子供にするようなことじゃない……!」

 

ドアの向こうに消えていった子供たちの安否が分かるのは、実験で見るに堪えない状態にされ命の灯火が消えた時だけだ。

 

悲鳴すら聞こえないどこかの部屋で凄惨な人体実験が行われていることに、桜は知りつつも何も出来ない己の無力さに打ちひしがれた。

 

「こんなこともうやめてよ……骸はまだなの?この地獄を終わらせてくれるのはいつなの?」

 

とめどなく涙を流して泣く桜を見兼ねたのか、身を寄せ合っていた別の少女が袖口で桜の顔を拭いてくれる。

 

「ありがとう、こんなことで泣いてちゃだめだよね。怖いのも不安なのもみんな同じだよね」

 

桜たちが地獄を味わうのが先になるか。

 

それとも骸か、他の誰かが終わらせてくれるのか。

 

 

 

まるで誰かの命が終わったのを示すかのように、切れかかった蛍光灯がぷつりと一つ光を消した。

 

 

 

___to be continued.

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