21:並盛帰還
ミッドナイトブルーに煌めく星空に満月の光が静かに煌めく。
その満月を背に、1人の少女が電柱の上で静かに佇んでいた。
眼下に広がる町並みを眺め目を細めるその表情は、どこか悲しげで、しかしそれとなく嬉しそうだ。
「懐かしいな……並盛」
ぽつりとそう呟くと、少女は昨日の出来事を思い出す。
「お呼びでしょうか、九代目」
促されるままソファーに座ると九代目は穏やかに笑みを浮かべた。
「うん。君に新たな任務を頼みたくてね。引き受けてくれるね?」
「もちろんです。それで、任務の内容と目的地はどこでしょうか?」
普段の任務命令なら紙の書類で自室に配達されるが、わざわざ呼び出して指示するのは珍しいことだ。
きっとよほど重要な任務なのだろう、そう思った少女は気を引き締める思いで目の前の主君を見つめる。
「内容は……ある人物の警護、及び周りも含めたサポートだ。場所は──、日本(ジャッポーネ)……並盛だよ」
一拍置いて告げられたその場所は、少女にとっては聞き馴染みのある名前だった。
そして”ある人物”とは少女の最も大切に想う人間だ。
「知っての通り、君にとっては辛い再会になってしまうが……」
「九代目 心配してくださってありがとうございます。でも私は大丈夫ですよ。それは最初から分かってて覚悟していたことです」
「そうか。それはいらぬことをしてしまったね。リボーンには伝えておくから、よろしく頼んだよ」
「承知いたしました」
──……
「こんな任務があるとは思わなかったけど……あれからもう九年か。早く会いたいな」
少女は胸の内に秘めるその気持ちを懐かしむように夜の闇へと姿を消すのだった。
***
「くぴいいぃいぃぃぃっ!」
ここ並盛町では、今日もある幼児の叫び声が貧相に響く。
「あれは……ボヴィーノの……」
一方的にライバル視する世界最強のヒットマンにロケットランチャーを撃ち放ち、恒例の如く軽々とあしらわれ返ってきた弾と共に並盛町の空を舞っていたのだ。
泣きながら弾の推進力で飛んでいくランボを遠目に見ながら、桜は数日前に見かけた資料で彼の情報を脳裏に思い浮かべる。
「確かツナの家に居候してるんだっけ。大方リボーンさんに返り討ちにされたんだろうけど……あ、突っ込んだ」
盛大な破壊音と共にマンションの一角に突っ込む様子を冷静に眺めていると視界の端で白い何かが走り抜ける。
ランニングシャツを纏った欧米系の男が木箱を持ってマンションのエントランスに入るのを確認し、桜は一人納得したように嘆息を零した。
「あれが例の”おわび詰め合わせ”ね」
ボヴィーノの仕事の早さに感心しつつ、任務の一端として聞き及んでいた木箱の存在を記憶の片隅へと追いやる。
あの場を見届けさえすれば桜の目的地は沢田家のみとなる。
事前に用意した物を確かめながら歩を進めると、少し先の路地からフラフラと歩く銀髪の少年が現れた。
「クソっ……アネキめ……」
苦しそうに腹を抱える少年は悲痛な声でそばの電柱によろよろと寄りかかる。
彼──獄寺隼人の義姉でもあるビアンキは獄寺少年のトラウマにもなった毒使いの傑物であり、リボーンと死線をくぐり抜けてきた凄腕の殺し屋でもある。
その姿を視界に入れるだけで腹痛をもたらすほどの過去は悲惨の一言に尽きるであろう。
心の内で静かに獄寺少年へ合掌すると桜は足早にその場を去った。
時間帯的にもそろそろ入江少年がランボとおわび詰め合わせを連れて沢田家に向かう頃だ。
入江少年が沢田家にたどり着くルートをシュミレーションしつつ最短ルートに入ったところで二人の気配を察知する。
「そこのメガネの人、誰か探してるの?」
まるであたかも偶然かのように装い入江少年に声をかける。
「えっと、この”さわだ りぼーん”って人の家探してて……もしかしてこの人の家知ってるんですか?」
「ええ……目的地はちょっと違うんで、近くまで案内して差し上げますよ」
「わぁ ありがとうございます!」
全く別の思惑があるなど露ほども知らぬ入江少年は気が緩んだように安堵して笑みを浮かべた。
「良かったぁぁぁ……ぼく、この子と箱を返したくて、でも全然知らない人の家だし、姉さんと母さんにも丸投げされるしでもうどうしようかと」
「ふふ、大変でしたね」
任務として入江少年から聞きたいことがあったものの、当の本人は世間話の感覚でペラペラと話し出す。
夏の湿り気を帯びた風に吹かれながら、箱にはワインが入っていただの札束があっただのと饒舌に話す彼に当たり障りなく相槌を打つ。
背中ですやすやと眠るランボをさりげなく眺めていたところで、目的地の曲がり角に差し掛かった。
「じゃあ、私はこれで」
簡単に沢田家までの道のりを加えて軽く会釈をする。
「あっ!すみません ありがとうございました!」
メガネがずり落ちそうな勢いで慌ててお辞儀を返す彼に微笑みを返し、桜はまるで関係ない家の敷地に踏み込む。
住人に見られれば不法侵入として訴えられかねないが、周辺も含めて出払っていることは既に下調べ済みだ。
そのまま敷地を仕切るコンクリートの塀にふわりと飛び乗った。
もうすぐ自分の生まれ育った家とまた再会できるのかと思うと、桜の高まる鼓動に比例して足取りも軽い。
はやる気持ちを抑えつつ沢田家を正面から見渡せる家の屋根まで進む。
天辺まで行くと向こう側からも見えてしまうため、ギリギリ見えない位置で静かに身を潜めた。
本格的な夏になっているゆえに、暖められた屋根の暑さで桜の額にはじわりと汗が浮かぶ。
庭先ではビアンキがセクシーな水着姿で日光浴を満喫していた。
初めてこの目で見る美貌と素晴らしいプロポーションに思わずため息が零れる。
左肩に刻まれた蠍の刺青で毒サソリの異名を持つ殺し屋だと分からずとも、愚かな男はその美しさに見とれていることだろう。
今しがた辿り着いた入江少年も、覗き込んだ先に寝転ぶビアンキを見て一瞬で頬を赤らめた。
慌てて引っ込むと流れるように携帯でどこかへ電話をかける。
「もしもし母さん!?」
家で待機していたらしい母親に情けない声で叫ぶ入江少年。
「女の人が庭で水着で寝てる!!」
見たままの事実を電話口の向こうに投げかけるとあっけらかんとした声が響いた。
「やーねー正ちゃん それは日光浴よ」
先ほど道案内をした時に取り付けた入江少年の襟の盗聴器から、桜の耳元へ女性のやや勘違い気味なセリフが流れる。
「うちと違ってお金持ちはそーゆーことするのよ
やっぱり沢田さんちはセレブなのね~~ 立派なお屋敷でしょう?」
「え………………」
札束の入ったおわび詰め合わせが届くくらいなので、そんな勘違いをしてもおかしくはないが、まさか母のイメージを裏切るような家とは言えない。
どこからどう見ても”立派なお屋敷”とは程遠い普遍的な一戸建てを見上げていると、怪しい人影を不審に思ったらしいビアンキが水着姿のままで出てきた。
「何か用?」
完全に視界の反対側にいたために、入江少年はびくりと肩を震わせる。
振り返った先のセクシーすぎるビアンキに頬を赤らめつつ、同封されていた手紙の主の名前をそのまま口に出した。
「あ……あの リボーンさんを……」
「殺しにきたの!?」
それが世界最強の殺し屋だとは知らず、出された名前を聞いたビアンキは即座に敵と認識したように殺気を入江少年に差し向けた。
イヤホン越しからも聞こえる殺気のこもった声に桜は武者震いするかのようにゾクリと体を震わせる。
「どーしたんだビアンキ?」
「リボーン」
思わず声にならない声を上げて怯える入江少年に救いの声がかかる。
ビアンキの発した名前でやっと目的の人物に会えたとホッとしたのも束の間、現れた姿に入江少年はおそらく人生最大の衝撃を受けた。
「ちゃおっス」
いたいけな可愛らしい声にアロハシャツを着こなした赤ん坊に、それまでイメージしていた”リボーンさん”はあっけなく崩れる。
てっきり厳つい風貌の欧米系男性かと思っていたが、目の前に立つ赤ん坊はビールらしき缶をぐびぐびと飲み干している。
「何だ?」
衝撃を受けつつも問いかけられた質問に、入江少年はようやく本来の目的を思い出した。
自身の背中でヨダレを垂らすランボを指差し、「え……あの……この……」と何とか言いかけるが、タイミング悪くランボが目を覚ます。
「お!リボーン!!」
自分がどこにいてどんな状況かも把握せず、ランボは宿敵に再会できた喜びで己の頭部に装着していた角を引っこ抜いた。
「あちゃぁ……あれ返り討ちにされるパターンなんじゃ……」
彼は過去より未来を見据えるタイプかな……などと思いながら容易に予想される行く末を見守る。
「死にさらせ!リボーン!」
やはり数時間前に返り討ちされたことなどすっかり忘れているのだろう。
意気揚々と角をリボーンに向かってぶん投げるものの、それは呆気なく打ち返されランボのおでこに突き刺さる。
ザクッと耳元で響いた音と即座に気絶し脱力するランボに入江少年はまたもや声にならない声を上げた。
この時の入江少年のライフはおそらく半分くらい削れたことだろう。
あまりにも突拍子もない出来事が続き入江少年は再び母へと連絡を取った。
「リボーンさん赤ちゃんだった!!」
「え?あかちゃん?」
「なのにビール飲んでた!ケンカめちゃめちゃ強かった!」
やや感動まじりの上擦った声で報告する息子に入江少年の母は合点がいったようにズレた回答をする。
「あ~~~~ ”あか”ちゃんじゃなくて”かあ”ちゃんね!肝っ玉母ちゃん!」
「ちがう!」
「肝っ玉ってほどではないのね……ランボ君は起きた?元気?」
勘違いをしたまま納得して早くもランボの心配をしてくれたようだ。
しかし当のランボは先ほどリボーンの返り討ちに遭い気絶している。
悲痛な声で瀕死だと告げるものの、母はいまいち納得のいかない様子だ。
噛み合わない会話を続けるうち、入江少年はふと背中が軽くなっていることに気づく。
視線を探る間もなく背後の木からランボの声が響いた。
「ランボさんはガマンの子ー!!今度こそおまえなんかドガーンだ!ドガン ドガン ドガーンだ!」
鼻水を垂らし泣きじゃくりながら手にしていたのはおわび詰め合わせに同梱されていた手榴弾だろう。
空っぽになった牛柄の布袋に気づくと同時に、ランボは庭先でくつろぐリボーンへと向けて一気に手榴弾を投げ放つ。
「おっと、これは危ない」
リボーンが相棒のレオンをうちわに変形させたことで次に何が起こるかが容易に予想できた。
すぐに身をかがめた次の瞬間、ご近所中に炸裂音が鳴り響く。
「それにしてもこんな日本のど真ん中でよくやるよなぁ……まあリボーンさんのことだからご近所の人達が出払ってることも折り込み済みかな」
入江少年は無事だろうか、と再び顔を覗かせるとまたもや電話をかけている。
「リボーンさんがランボにドカーンだよ!!」
衝撃を受けすぎたあまり語彙力が消滅してしまったようだ。
そんな入江少年の支離滅裂な発言にも自由気ままに解釈したようで、母は「いいわねーーセレブは……何を買ったの?」などとのんびりかわす。
「!?ドカーンと買ってない!」
「あ さすがセレブ 昼間っから花火ね」
「ちがう!」
「朝から?」
「花火ちがう!」
必死でツッコミ、もとい説明で叫ぶ入江少年に母は新鮮な反応が見られて喜んでいる様子だ。
「正ちゃん今日元気ね~~」
目の前で起きていることが非現実的すぎてなかなか理解を得られない入江少年に哀れみの目を向ける桜。
自分が同じ一般人の立場ならきっと今と全く同じように苦労したことだろう。
うっかり涙腺が緩みそうになったのを何とか堪えるが、そこに第三者の声が新たに響く。
「コラ!」
その懐かしい声に桜は思わず口を抑えた。
朧げに残る記憶とさほど変わらない、幼さの残る愛らしい顔立ちと昔より幾分か伸びた身長に愛しさがこみ上げる。
今すぐにでも走って抱き締めたい衝動を必死に抑えつつ、現在時刻を映した携帯端末に目を落とす。
計画した時間よりもややオーバーしているが概ね予定通りだ。
ご近所への心配とビアンキの格好にツッコミを入れるツナに、入江少年はようやく常識人がいると期待を胸に足を踏み出した。
しかしそんな一歩も空しく目の前にいたのは先ほどのランボだ。
泣きながら10年バズーカを炸裂させたのを目の当たりにした入江少年はいよいよ顔を青ざめさせた。
ライフが削れていくことばかりで精神的に疲弊したところに、追い討ちとばかりに晴れた煙から大人ランボが出現し、入江少年はついに腰を抜かしてその場にへたり込む。
哀れな一般人の少年を置いてけぼりにするかのように、大人ランボをロメオと思い込むビアンキからの逃避作戦が勃発する。
あれよあれよという間に銃撃が始まると予想不可能な弾頭が入江少年のメガネを撃ち抜いた。
しかしそんな入江少年が最後の砦として電話した母はとうに出かけてしまった模様だ。
代わりに出た姉も友達と約束があるとのことで切られてしまい、藁にもすがる思いだった入江少年は絶望感に打ちひしがれた。
そんな彼にさらに追い討ちがかかる。
死ぬ気弾を打たれたツナがそのまま入江少年へと被さってきたのだ。
「うわあああああ!!」
死体など生まれてこの方初めて見るのだろう、ずるりと倒れ伏した体から半泣きで這い出でるがもはや精神の限界といったところだ。
「本当は助けてあげたいところだけど……私はまだ介入できないんだ、ごめんね」
心の中で合掌しながらいそいそと準備を始める桜。
九代目から聞くところによれば、ツナが死ぬ気弾を打たれれば事はあらかた済んでいる、もしくはすぐにでも片付く流れになるそうだ。
案の定、にらめっこ弾でツナの頬が肥大化したことでとどめを刺された入江少年は気絶し、戦意を喪失するはずのビアンキからはただ一言”ムカツク”との言葉と共にポイズンクッキングをお見舞いされたのだった。
「にらめっこ弾よりリボーンさんが出た方が効果あったと思うんだけどなー よしっ!できた」
サラリーマン風の若い男に変装しシークレットシューズを履くと、自然な感じでにこやかに沢田家の前へ歩み出た。
「あれっ 入江くん?ダメじゃないかこんなところで寝てちゃ!」
ぺしぺしと入江少年の頬を叩いていると訝しんだ様子のリボーンが音もなく忍び寄る。
「おめー誰だ?」
「わァ!びっくりした……これはこれはチャーミングな御方で 失礼、私この子の担任でして」
あらかじめ用意した名刺をさりげなく手渡す。
「たまたまこの近くを通りがかったんですが……どうやら気絶しているようですね。この子は私が責任をもってお家へ送り届けますね!」
「悪いな 手間かけさせる」
こちらの様子を探っているのか、それとも正体に気づいたのか。
真意を読ませないかのようにニッと口角を上げるリボーンに桜はうやうやしく頭を下げた。
「とんでもありません。それではこれにて失礼」
入江少年を背負って歩き出す桜の背中にリボーンが確信めいた言葉を投げかける。
「おぅ ”またな”」
***
その夜──。
自室に戻り一仕事終えた桜は簡素な部屋で一人静かに座っていた。
目の前のテーブルには一台のノートパソコンが置かれている。
「やぁ」
「こんにちは、九代目」
画面に映し出されたウィンドウには普段と変わらず微笑む九代目がいた。
「ジャッポーネはどうだい?久しぶりだろう」
「そうですね。以前より道路が整備されていたり見知らぬ建物が増えていたりとずいぶん変わっていました」
「そうだね。君が並盛を離れてもう九年だ
色々衝撃を受けることもあるだろうけど頑張りなさい」
労いと激励の言葉を受け桜は静かに頭を下げる。
この地にやっと帰ってこれた嬉しさを考えれば、長年の修行や任務による辛さは大したことではない。
これからは家族を守るために頑張らねばならない。
桜の表情からその感情を読み取った九代目は優しい眼差しを向ける。
「それじゃあ 今日の報告を聞かせてくれるかい?」
三十分ほどの報告を終え、パタンとパソコンを閉じ一息つく。
計画されていた任務のほとんどはつつがなく終わったが、頭の片隅では小さな余念が残る。
入江少年を回収した際のリボーンの言葉だ。
”またな”と言うからには誰かの変装だということは見抜かれているだろう。
「私の正体に気づかれたか、もしくは……」
殺気を向けられていれば敵として見なされていたかもしれないが、そんな様子は見受けられない。
変装した中身をどこまで察知したのか、気がかりが残ることに桜の眉間にシワが寄せられた。
「場合によっては”この子”の紹介もしなきゃいけないね」
手元で小さく瞬きをした相棒を優しく撫で、桜の並盛帰還一日目は幕を閉じた。
___to be continued.
*後書き*
ここまで読んでくださりありがとうございます!
4ヶ月ぶりの更新です。先日、とてもありがたいことに更新を待っているというコメントを寄せていただいたので出来たてほやほやの21話目更新としました。
燃え尽き症候群みたいな感じでプロットがなかなか進みませんが、読んでくださっている読者のためにも早くお届けできるように努めてまいります。
なお、幼少期編最終話の後書きで記載したアンケートですが、こちらはまだまだ受け付け中なのでお気軽にご回答ください。
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それでは次話まで!arrivederci