その朝、軽やかな音色と共にリボーンから桜のスマホにある知らせが届いた。
不穏な内容から一抹の不安がよぎり、桜は急いで学校へと向かう。
「お、今日も早いな」
楽しそうに口角を上げるリボーンに桜は呆れるようにため息を溢した。
「当たり前でしょう、こんなメール貰ったら」
見せつけたスマホの画面には“今日はツナの命日だぞ“というメッセージが表示されている。
「こういう心臓に悪いご冗談はやめてくださいね。これが獄寺さんだったらもっと大変です」
さりげなく綱吉を探して目配せをする桜にリボーンが追い打ちをかけた。
「残念だが今回は冗談でもねーぞ」
「……それはどういう意味でしょうか」
警戒心を強めた桜の背後から聞き馴染みのある明るい声が響く。
「あっ、おはよう朔夜くん!」
「おはようございます」
普通に登校してきた綱吉にホッと胸を撫で下ろす。
“なんだ、やっぱり何もないじゃないか”
リボーンからのメールはやはり少々やりすぎな悪戯だったのだと安心して綱吉の顔を見るが、そこで普段と違う様子に気がついた。
顔色が悪いし、何より足元がおぼつかないようでふらついている。
「あの……何だか顔色が悪いようですが……」
「言われてみれば……体もダルいし、風邪でも引いたかなあ……」
うーんと手を額に当てているものの、口元はうっすら緩んでいる。
おそらく風邪なら学校が休めるのでその嬉しさからだろう。
しかしその嬉しさも一瞬のことだった。
額に当てていた右手を見るや否や、綱吉は雄叫びを上げたのだ。
「な!なんだこれーー!?」
「どうしました!?」
駆け寄った桜と二人で右手を覗き込むとそこには真黒いドクロがくっきりと浮き出ている。
「これはまさか……そんな……」
「え!?何か知ってるの?」
至近距離で綱吉から向けられる視線に思わず顔を背ける。
あくまでも資料で見かけただけにすぎない現象だったために答えあぐねたのだ。
「それはドクロ病っていう不治の病だ。ツナ死ぬぞ」
フォローするようにリボーンが代わりに答えるが、その様子はあまりにも暗く不気味な空気を漂わせている。
その雰囲気も結末まで分かっていての冗談なのだろうが、急な展開に綱吉は驚きを隠せない。
「なに不吉ぶっこいてんだよ!!お前は死神か!」
「今までに何発の死ぬ気弾を脳天に食らったか覚えてるか?」
「は?な…何発って……知らないよそんなの!!」
唐突に投げられた質問で困惑しながらつっけんどんに返す綱吉。
一方的に打ち込まれた死ぬ気弾の回数を知らないのも無理はない。
「10発だぞ
死ぬ気弾で10回殺されると被弾者にとんでもないことが起こると言われてるんだ」
プリティーでキュートな小さい指が10本並んで綱吉に見せられる。
「まさか不治の病とはな……残念だ」
「終えるなーー!!」
いかにも人生の終焉というような締め括られ方をされいつものようにツッコミをするが、綱吉にはそれよりも言及すべきところがあった。
「つーか何でそんな大事なこと黙ってたんだよ!」
「そうですよリボーンさん!そういう重要なことはあらかじめお伝えすべきです」
桜からの思わぬ賛同にコクコクと綱吉はうなづく。
「ほんとだよもう、分かってたら……はー……帰る」
呆れたように長めのため息を零し綱吉はくるりと背を向けた。
「思ったより冷静だな」
先ほどと打って変わり急に静かになったのを、桜も心配そうに見つめる。
「当たり前だ。不治の病なんて信じるかよ。こんなの洗えばとれるよ」
非科学的な話はあまり信じないタイプなのか、普段は後ろ向きな綱吉が珍しく前向きだ。
「ごめん朔夜くん、オレ早退するから山本と獄寺くんによろしく言っといて」
顔色を悪そうにしながらも申し訳なさそうに手を合わせトボトボと歩き去る綱吉に桜はただ頷くしかできなかった。
「リボーンさん、私に何かできることってないんでしょうか」
心配そうにフェンス上のリボーンを見上げるとニッと口角を上げてみせる。
「心配すんな。オレの知り合いに不治の病に強いドクターがいるんだ」
「!!もしかしてその方を……?」
「あぁ、イタリアからわざわざ呼び寄せたんだ。だから安心してお前は学業に専念しろ」
「分かりました。それではよろしく頼みます」
綱吉の後を追いかけて去ったリボーンの背中を見送り、桜は安心したように教室へと向かった。
その判断が小さな後悔になるとも知らずにーー……
ーーー…………
ーー………
身近な綱吉の友人と担任に言伝を報告し、桜は一息つくように席に腰を下ろした。
(「ツナのことは気掛かりだけど、リボーンさんが呼び寄せるくらいのドクターなら腕は間違いないよね」)
ドクロ病という不治とまで呼ばれる病なので心配なのは変わりないものの、しかしリボーンに心配するなと言われた以上、自分は学生の本分でもある授業はしっかり受けなければならない。
何より、今目の前でソワソワと貧乏ゆすりをする忠犬もとい獄寺隼人の気を鎮めてやらねば彼まで早退しかねない。
「獄寺さん、そんなに慌てなくても十代目は大丈夫ですよ」
「何だと!?てめーは十代目が心配じゃねーのか!!」
「まーまー落ち着けって獄寺!」
山本が宥めようとするがやはり気持ちとしては綱吉のそばにいたいのだろう。
「私も心配ですよ。それは当たり前です」
「なら……!」
「でも、リボーンさんのことも信じてますから」
そう言い切った桜の目に気圧されたかのように、獄寺は小さく舌打ちを漏らした。
「ところで今鳴ってるのお前のケータイか?」
山本の声と示した指の先には桜のスマホが入ったポケットがある。
取り出したスマホの画面にはメールの通知が来ていた。
「こんな時に誰から……リボーンさんからだ」
不思議に思いつつメールを開くと、そこには驚くべき内容が書かれている。
“さっきのお前が不安そうな顔だったから安心させるためにも補足しといてやるぞ。イタリアから呼んだ医者はDr.シャマルだ”
思わずガタリと勢いよく立ち上がる桜。
「おい、なにしてんだ」
「これはですね、えーと……お手洗いです」
「カバン持ってか?」
睨みつける獄寺とは対照的に、不思議そうに見つめる山本はポカンとしていた。
相当慌てているのか、視線は右往左往しどことなく冷や汗を浮かべているようにも見える。
「てめー、さては十代目のお宅に行くつもりだな?ついさっきリボーンさんを信じてるとか言ってたのはどの口だ?」
苛立たしげに立ち上がり桜の胸ぐらに掴み掛かろうとする獄寺だったが、伸ばした右手は何も掴むことなく空を切った。
「すみません、それとは別の問題になります。それでは」
いつの間にか教室の窓まで移動していた桜はそれだけ言い終えるとひらりと窓から飛び降りた。
置いてけぼりにされ呆気に取られている獄寺に、山本はややズレた感想を抱いていた。
「あいつ、そんなに便所行きたかったのか……」
そんな天然な彼に獄寺の渾身のツッコミが炸裂したのは言うまでもない。
一方、沢田家への道を急ぐ桜の心中は穏やかではなかった。
何しろDr.シャマルといえば、女好きでしかも男は診ないというスタンスで有名な男だ。
リボーンが呼びつけることに成功してるということは、患者が男である沢田綱吉だと伝えていない可能性が極めて高い。
そうなればドクロ病で一刻を争う状態でも綱吉を診てもらえないことも十分考えられる。
「そんな理由で大事な家族を見殺しになんかさせられない……!!」
塀や屋根を使いつつショートカットして向かっていると、曲がり道で人の気配を感じ思わず急ブレーキをかけた。
「わっ!?」
「……っ!笹川さん!?」
角から出てきたのは笹川京子だった。
しかしそれよりも気になるのは進行方向だ。
「えっと……学校への道は反対ですよね?これからどちらへ?」
「あ、うん!お兄ちゃんに頼まれてたボクシングの本を渡しに、ツナくんの家に行こうと思って!縹くんも良かったら一緒にどう?」
思わぬ巡り合わせに桜は丁度いい機会だとその誘いに乗る。
幸い沢田家まであともう少しの距離であった上、転校してきてから笹川京子とはまだ挨拶程度の会話しかなかったのでこれからの関係構築のきっかけになればと考えたのだ。
「あの……先ほどちょっと気になったんですが、お兄さんと言うのは?」
笹川了平の存在はすでに知ってはいるものの、お互いの関係がまだ浅いために素知らぬふりで質問を投げかける。
「あっ、そういえばまだ話してなかったね!」
そこから笹川京子は兄がボクシング部の主将であることや、先日綱吉と勧誘試合をしたことなど楽しそうに話していた。
その可憐な声や可愛らしい顔立ちから、やはり綱吉が惚れるのも理解できるな……と一人納得する桜に何か気になったのか笹川京子からの視線が突き刺さる。
「私も縹くんに聞きたいことがあるんだけど……」
「えぇ、何でもお聞きください」
「縹くんはなんで昨日転校してきた時ツナくんに変装してたの?」
不思議そうな顔で見つめる彼女にこちらの事情を話すと、まるで腑に落ちたかのような表情を見せた。
「そっか、そういうことだったんだね!」
想定より感情の揺れが大きいことに今度は桜が不思議そうな顔をする。
「あのね、今もそうだったんだけど縹くんとは初めて会った気がしなくて、昨日からなんでかなぁって考えてたんだけどツナくんの遠縁だからなんだね!」
予想外のセリフに思わず驚きそうになるが、さりげなく平静を装い笑みを浮かべた。
「遠縁とはいえ血の繋がりはありますから、それできっと親近感を覚えたんですね」
「ふふ、きっとそうだね!ねぇ、これからは朔夜くんっ呼んでいいかな?」
「もちろんです。それでは私は京子さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「うん!これからよろしくね、朔夜くん」
ふふ、と微笑んだ笹川京子の笑顔に癒されていると、気づけば沢田家の前まで到着していた。
「あれ、なんだか中が賑やかだね?」
不用心にも開きかけた玄関から綱吉の泣くような叫び声が響いている。
「ちょっと私見てくるね」
「はい、お気をつけて」
玄関先では半泣き状態の綱吉と、向こう側で性懲りも無くビアンキを襲いかけているDr.シャマルがチラリと見えていた。
やはり治療はされていないのかドクロ病の症状は手のひらから更に腕まで広がっているようだ。
ポディペインティングと思い込み綱吉に近づく京子に、早くもロックオンして近づくシャマル。
「はぁ~、相変わらずあの人は見境がないな……」
ため息を吐きつつ割って入ろうと玄関へと一歩踏み出すが、それよりも早く綱吉が間に割り込む。
普段気弱な性格でも、やはり好きな子は守りたいという意識はそれなりにあるようだ。
「京子ちゃんに近づかないでください!」
「なんでだよ、お前カンケーないだろ。あと5分で死ぬんだし」
勇ましく吠える綱吉にシャマルは無慈悲な言葉で突き刺す。
男は診ないという揺るぎない信念ゆえに、彼の中で綱吉が死亡するのは確定事項になってしまっていた。
さらにシャマルを”面白いおじさん”と認識した京子の反応で気分を良くして調子に乗り始めたようだ。
京子との熱い接吻を夢見ているのか、下品な顔つきになるシャマルにショックを受ける綱吉にある変化が見られ始めた。
(「落ち込んでるのとはちょっと違う……まさか自分で?」)
京子がシャマルの毒牙にかけられてしまう、そんな最悪な末路を想像してしまったのかそれは徐々に後悔へと進んでいた。
それはまるで、死ぬ気弾を撃たれた瞬間に”やっておけばよかった”と後悔の念を抱くあの状態に限りなく近い。
自ら死ぬ気になろうとする綱吉の状態を予見してリボーンが呟いたのと同時に、綱吉は勢いよくシャツを脱いで立ち上がった。
「うおおおおお!!!死ぬ気で京子ちゃんを守るーー!!!」
死ぬ気モードと時と同じく上半身裸の状態になるものの、京子にはドクロ病が発する言葉が目に入ってしまう。
「わ~~!いろいろ書いてある~~~」
未だボディペインティングだと思い込む京子にとってはただのオシャレの一環でしかないが、綱吉にしてみればただシンプルに恥を晒しているだけに過ぎない。
さっきまでの威勢も、想い人に見られたことで儚くも一瞬にして消え失せていた。
さらにリボーンからは意気地なしの根性なしとまるでトドメを刺すように追い討ちをかけられる有り様だ。
(「確かドクロ病は死に至るまで1時間……タイムリミットまでもう少しなのに私には何もできない……」)
綱吉のためにありとあらゆる知識を身につけたのに、それを活かすことも役に立つこともできずに命の期限が迫り来る。
その歯がゆい事実に桜は悔しそうに奥歯を噛み締めた。
しかしそんな絶望的な状況で一筋の光明が差す。
何やら綱吉の背中をしげしげと眺めていたシャマルと目が合ったのだ。
不思議そうに遠くから見つめ返す桜にシャマルは意味深にフッと笑みを浮かべる。
「わーったわーった 治してやるよ」
あの顔に何の意味があるかと思えば、唐突に手のひらを返し綱吉を診ると宣言したことにどうにも不信感が拭えない。
その後リボーンと綱吉はシャマルと共に二階へと向かい、用事が済んだと思われる京子が玄関から出てくる。
「待たせてごめんね。なんかツナくん、ボディペインティングが落ちなくて困ってたみたい」
”あの面白いおじさんが綺麗に落としてくれるんだって”と上手い感じに流されたことにも気づいていない様子だ。
「ツナくんは後から学校来るらしいから、私たち二人で先に行こうか」
「申し訳ありません、私は沢田さんに用があるので京子さんは先に行っててもらえますか?」
「そっか、じゃあまた後でね!」
急な申し出にも嫌な顔ひとつせず学校へと向かう京子の背中を見送り、桜は何食わぬ顔で玄関を開けた。
奈々が買い物で不在なのは事前に下調べしていたため、今回は気兼ねなく綱吉の友人としてお邪魔できる。
「……!あら、桜じゃない」
「お久しぶりです、ビアンキ姐さん」
ポイズンクッキングの残骸を片付けていたビアンキと鉢合わせするが、その顔はとても懐かしそうだ。
「数年前のお仕事以来ですね。今は任務で朔夜と名乗ってるので以後よろしくお願いしますね」
「また会えて嬉しいわ。リボーンから話は聞いてるわよ、今二階にいるから上がりなさい」
仕事を共にした経験がある故に、難なく促され桜は二階へと上がる。
気配と足音を聞きつけていたリボーンが既に待ち構えており桜は思わず不貞腐れたような表情を浮かべた。
「ここまで全て計画通りってことですか」
「手は考えていたがあくまでもこれは偶然だぞ。ツナが自分で死ぬ気になって脱いだからこうなっただけだ」
リボーンの視線を先を見ると、ちょうど治療も終わり同じ疑問を綱吉がシャマルに投げかけている。
どうして急に治療してくれる気になったのか、と問われるとシャマルは何とも言えない顔で表情を曇らせた。
「お前、京子ちゃんと話すまで女子と会話したことなかったんだってな……悲惨すぎる」
哀れむような目をしているが、なるほど女好きのシャマルらしい理屈だ。
恥を突っ込まれぷりぷりと怒りながらも安心したように一階へと降りていく綱吉を背中を見つめ、桜はひとまずシャマルに礼を述べた。
「とりあえずツナを助けてくださりありがとうございました」
「眉間にシワ寄ってて礼を言ってる顔に見えねえよ……じゃあオレにほっぺチューで」
「しませんし寄らないでください」
キス顔で近寄るシャマルと反比例するように距離を取る桜に、予想外だったのかリボーンがやや驚いたように見つめる。
「なんだお前ら、知り合いだったのか」
「一度会っただけです。知り合いというほどでもありません」
「つれないねぇ~お前に医者紹介したのはオレだってのに」
「その節はどうも」
露骨な温度差を面白がりつつも、先ほどのシャマルの動きでリボーンは合点が行くようにニヤリと口角を上げた。
「お前が玄関先を見てたのは桜がいたからってことだな」
「ご名答。あんな泣きそうなツラしてりゃ助けるしかないからな」
ハッとしたように思わず両頬を触る桜にシャマルは愉快そうに笑う。
「お前もまだまだだってことだ。まあ頑張れよ」
慣れた手つきでぽんぽんと頭を撫でつつ、ポーカーフェイスの甘さを指摘して帰っていくその後ろ姿に桜は小さくため息を零した。
「もっと精進しないとなぁ……」
「期待してるぞ」
リボーンの言葉に応えるように、桜は静かに頷くのだった。
___to be continued.
*後書き*
お待たせしました。めでたく25話目です。
サブタイ考えるのに悩んでワケわからんことになりました。
進行上やや省いてますが、ヒロインはビアンキさんともシャマル先生とも面識があります。いつかその辺も番外編的に書けたらなーと思ってます。
あとシャマル先生に言わせた「医者」についてはオリキャラなんですが、まあかなーーーり後の方で出す予定なのでそんなに覚えなくても大丈夫です。
最近ちょっとずつ執筆が捗ってるので、更新スピードが上げられたらなと思う最近です。
季節の変わり目なので皆さまも体調にはお気をつけてください。
それではまた次回まで!