大空の影になりたい夜の子の話   作:雪の細道

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04:九代目と傍観少女

「くしゅん」

 

ある日の朝。

 

いつもと変わらぬはずのその日は、ある少女のくしゃみで少し変わっていた。

 

 

「37度8分……やっぱり熱があるわね」

 

「さく、あついの?」

 

2歳を過ぎた半ば頃、それなりに成長していた桜はやたらと公園へと行きたがっていた。

 

傍目から見ればよく遊ぶ元気な子、という目で見られていたが当の桜はこの世界についてより多く情報を仕入れるためにも、体力をまずつけるべきと判断したのだ。

 

滑り台やブランコ、ジャングルジムからアスレチックなどそこにある遊具は片っ端から試していき、果ては朝早い時間に遠くから聞こえてくるラジオ体操まで家でこっそりと便乗していた。

 

その日々の努力が少々年齢に見合わなかったのか、あるいは免疫が足りていなかったのか。

 

桜はついに風邪をひいてしまうのだった。

 

普段の奈々はおっとりしているが、さすが母とも言うべきだろうか、桜の些細な変化にいち早く気づく。

 

いつもの公園遊びから帰り体温を計るとやはり熱があったようだ。

 

「さくちゃん、大丈夫?」

 

「うん、へーき……」

 

口では強がる素振りを見せ平気とは言ったものの、桜の目はとろんとした様子で反応が薄い。

 

「いま温かいミルク入れてきてあげるから、ちょっと待っててね」

 

桜を寝かせ、立ち上がった奈々が声をかける。

 

「あとツナは今晩ママと2人で寝ましょうね」

 

「えっ……」

 

心配そうに桜を覗き込んでいた綱吉がパッと顔を上げた。

 

「どうして?」

 

「どうしてって…だってさくちゃんの風邪が移っちゃうでしょう」

 

「えー…やだぁ……」

 

泣きそうな顔で駄々をこねる綱吉に、困ったわねーと呟く奈々。

 

「つな」

 

「なぁに、さく?」

 

「きょうだけだから。ね?」

 

布団から伸ばした手で撫でると、最初は渋っていた綱吉がこくりと頷く。

 

「あらあら、これじゃさくちゃんの方がお姉ちゃんねー」

 

惜しむように繋いでいた手を離すと綱吉は奈々に手を引かれ部屋を後にした。

 

 

 

 

「……はぁー」

 

静かになった部屋に桜のやや深めなため息が漏れる。

 

筋肉がつけばその分遠出もできると考えていたが、風邪に対抗できる力はついていなかったようだ。

 

この2年間ほぼ風邪をひいていなかっためタカをくくっていた桜。

 

他の子よりも早い成長を周りの大人に褒められ安心していたものの、肝心の体力が追いついていなかったことに落胆する。

 

「しばらくは大人しくしてるしかないか……まあ別に何か大きなイベントみたいなのもあるわけじゃないしね」

 

安心したように軽く伸びをし、桜は風邪を治すべくひと時の眠りに落ちた。

 

しかしこの翌日、桜の予想は大きく外れることになる。

 

 

───***───

 

 

脇から取り出した体温計を見ると、子供にしては高すぎた体温も平熱付近にまで下がっていた。

 

「さく、げんきになった??もうおそとでていい?」

 

ツナは2人一緒に遊べることを期待の眼差しで母を見つめるが、奈々はうーんと頬に右手を当てる。

 

「そうねー、だいぶ下がったけど念の為にあともう1日寝ていましょう」

 

「うん、わかった」

 

「えっ!まだだめなの~?」

 

素直に頷く桜とは対称的に、ショックを受けたように悲しげな顔をするツナ。

 

遊びたい盛りの我が子に苦笑しつつ、奈々は優しげに頭を撫でた。

 

「ごめんなさいね、でもあともう1日だけ我慢しましょう?さくちゃんが元気になったらたくさん遊んでもいいから、ね?」

 

「むー……」

 

やや納得いかなさそうな表情のツナに、奈々はあっと思いついたかのような声を上げる。

 

「それに今日はパパがおじいちゃん連れてくるのよ?そしたらおじいちゃんと遊びましょうよ」

 

「おじいちゃん!?くるの!?」

 

「そうよー、それならさくちゃんと遊ぶのは明日でも大丈夫よね?」

 

「えっ…?えー、うん……?」

 

調子良く言いくるめられたのを、少しばかり不審に感じつつ頷くツナに奈々は満足気に微笑む。

 

「さくちゃんもあと1日大丈夫よね?」

 

「うん、だいじょうぶだよ。えっと、あとおじいちゃんって……?」

 

原作を読んでいた頃も転生してからも、桜は祖父母らしき人は見たことも会ったことも無い。

 

そんな人達いたっけ……?と思う反面、おじいちゃんというもう片方の祖母だけを抜いた特徴的な単語にうっすらと記憶を蘇らせた。

 

なんとなく聞き覚えあるような気がしつつ母に尋ねると、奈々は歯切れの悪そうな顔になる。

 

「えーっと、そのね……ママちょっとよく聞いてなくて……なんて言ったかしら、テオさん?ってパパが言ってたと思うんだけど」

 

ふんわりと呑気に笑う母を見て、桜はあぁ……と静かに察する。

 

「わかった。じゃあわたしは寝てるからつなをよろしくね」

 

部屋を出ていく母と兄を見送ると、桜ははてと首をかしげた。

 

「テオさん……?うーん、どっかで聞いたことあるような……そんな人原作にいたっけ?」

 

やや出かかった記憶を掘り起こし原作のあらゆる場面を思い出そうとするが、すでに2年は経過しているため上手くピンポイントで出てこない。

 

「その人が来たら念の為見ておきたいけど……部屋からはあんまり出られないしなぁ……どうしよう」

 

しばらく思案していた桜だったが、何気なく見えたベランダで何となく対策を思いついた。

 

「そういえばここの部屋、原作と同じように確か居間の真上だったよね」

 

さすがに屋根まで下りるのはできないが、ベランダに出れば声くらいは聞けるかも、と淡い期待を抱く。

 

「まあとりあえず今のところは本でも読んで、そのテオさん?って人が来たらまた考えるか」

 

1人静かに結論を出し、桜は本棚にある本を適当に選んで読み始めた。

 

 

───***───

 

本を読み始めてからしばらくすると、外から車特有の機械音が桜の耳に届いた。

 

「来た……」

 

急いで読みかけていた本を閉じ、見上げられた時に悟られぬよう念の為身をかがめる。

 

そのままほふく前進で静かにベランダの窓を開け外を見ると、家の前に高級そうな黒塗りの外国車が停まっていることに気づく。

 

車の窓はスモーク加工が施されており、中に誰が何人いるのかは把握できないようだ。

 

その後やや間を置いて後部座席の扉が開くと中から家光が降り立ち、次に出てくる誰かをエスコートするかのように扉の横で頭を下げた。

 

淡い太陽の光に照らされ出てきた人物に桜はようやく合点がいく。

 

「あの人……九代目?」

 

桜の脳裏に蘇った記憶の原作よりはやや若いように見えるが、特徴的な口髭と大空を彷彿とさせる柔らかな笑みからその人がボンゴレファミリーをまとめ上げる九代目だと分かる。

 

そして母が言った“テオさん”という言葉も、それが九代目の名前である“ティモッテオ”のことだと思い出すのだった。

 

「そういえばリング争奪戦で九代目がツナの記憶を掘り起こした時もそんなのあったな……あれが今日のことだったのか」

 

それにしても、と桜は思案する。

 

「風邪ひいて部屋にこもってたの、ある意味タイミング良かったかもなー」

 

九代目が幼い子供を疑る性格ではないのは分かりきってることだが、それでも前世を記憶を持ち子供らしくない立ち回りができる自身が接触するのは不味いのでは、と危機を感じたのだ。

 

下手に何かを勘づかれるよりは、ここから静かに観察する方が賢明で安心だと考えた。

 

「この家に防音なんてないから声は聞こえるけど……できれば何やってるのかも見たいんだよね……」

 

今後を考え安全策を選んだ桜だったが、行動を目で確認する方においても不都合があることに気づく。

 

九代目を守るためなのか、家の周りには気付かれないように黒服の男達が取り囲んでいたのだ。

 

桜としてはできることなら玄関上の屋根まで降りてベランダ真下の部屋を観察するつもりだったが、これでは家の周りの男達に気づかれてしまう。

 

やはり諦めるしか……と肩を落としかけた桜だったが、急に男達の様子が変わる。

 

皆一様に無線か何かで連絡を取っているらしく、耳に手を当て神妙な面持ちになったかと思えばわずか数秒後には全員撤収して、家の周りは元の平穏な空気に戻った。

 

「……?なんでみんな帰ったのかな……」

 

それが一般人の奈々を気遣って家光が出した指示とは露ほども知らず、桜は予定通り窓から玄関上の屋根へ降り立った。

 

荷造り紐を代用し命綱を繋げると、真下から家族の楽しげな笑い声が聞こえる。

 

身をかがめて慎重にベランダ下を覗くと、縁側では九代目の膝上で遊んでもらう綱吉が見えた。

 

その両脇では家光と奈々が、やはり原作でのシーンと同じように笑って2人を見守っていた。

 

それからしばらくすると、おやつの時間でもあるのか4人は部屋の奥に姿を消す。

 

「これ以上は収穫なさそうかな。私も戻るか」

 

念の為窓を開けたまま、読みかけの本を開いて時間を潰すように再び読み始めた。

 

小春日和で暖かいためか、リビングの窓も開いているようで時折笑い声が聞こえるのを桜は複雑に感じていた。

 

 

本来であれば自分はここにいるはずがない存在だ。

 

おそらく綱吉に妹がいるのも九代目に伝わっていることだろう。

 

記憶を持ったままの転生という人智を超えた体験をしている上に、転生した先の世界は漫画の中という始末だ。

 

一体、誰が何の為に?なぜ自分が?

 

それはいくら考えても出てくることの無い答え。

 

さらに九代目が黒服の男達を連れて現れたとなれば、マフィアに関わることになるのは明らかだった。

 

「生きるか死ぬかの世界に落とされるなんて、私なにか前世でやらかしたかなぁ……」

 

読んでいた本を膝に置き、桜は疲れたようにため息を吐いた。

 

すでに2歳半ばもとうに過ぎ、早くも夏に差し掛かろうとしている。

 

季節が巡り幼稚園に入り、さらに小学生から中学生となれば、ほぼ間違いなく原作通りの展開になるだろう。

 

そうなるまでに、あるいはその後にでも自分が転生した意味と目的が分かるなら、と桜は考えを巡らせた。

 

「せめてそれまでは穏やかに生きたいなぁ……」

 

綱吉も中学1年生までは一般人として生きていたのだ。それなら自分も同じように生きられるかもしれない。

 

ささやかな期待を滲ませながら再び本に目を落とすと、階下で玄関の扉が開く音が響く。

 

どうやら九代目が帰るようで、奈々が挨拶する声も聞こえた。

 

「せっかく来て下さったのに、特におもてなしもできなくてすみません」

 

その言葉を暖かく包み込むように、九代目の朗らかな声が続く。

 

「いやいや、わしはあの子の楽しそうな顔が見れただけで満足です」

 

「えぇ、ツナも本当に喜んでたので……また機会があればいつでもいらっしゃってくださいね」

 

奈々の言葉に九代目は軽く微笑んだ後、迎えに来た車に乗り込み帰路についた。

 

見送りのためか、家光も同行して出たため家の中は朝と同じように静寂に包まれる。

 

「それにしても静かだな……ツナは疲れて寝ちゃったかな」

 

そう呟くとタイミング良く部屋がノックされた。

 

「さくちゃん?体調はどう?」

 

「うん、だいじょうぶだよ。つなは?」

 

「ツナは疲れたみたいで、下のソファで寝てるわ。テオさんにいただいたおやつあるんだけどさくちゃんも食べる?」

 

「うん、たべたい」

 

「じゃあツナも寝てることだし、下に降りて一緒に食べましょ」

 

にっこり笑い手を差し出す奈々に桜も同じように笑って応えてみせる。

 

その奈々の笑顔に底なしの暖かさを感じ、この人もマフィアに関わっていたらきっと大空なんだろうな、と桜は頭の片隅で考えるのだった。

 

 

───***───

 

 

帰路に揺られる車の中。

 

九代目──ティモッテオは窓の外を眺めながら隣の腹心に問いかけた。

 

「家光、今日会えなかった桜ちゃん……綱吉くんの妹という子はどんな子なのかな?」

 

「桜ですか?それはもう目に入れても痛くないほどに可愛いですよ。綱吉とも本当に仲が良いですし……せっかくなら会わせてあげたかったですがね」

 

振られた話題が我が子についてだったせいか、家光はやや締まりのない笑顔を浮かべながらそう答える。

 

「そうか。次に行く時にはぜひ会ってみたいものだね」

 

澄み渡る大空を瞳に映し、優しげな笑みを浮かべそう呟く。

 

 

 

 

運命という歯車は

 

回り──、そして巡っていく

 

ささやかな願いさえ

 

残酷に踏み潰す

 

聞こえぬ足音を忍ばせて

 

 

___to be continued.




*後書き的な一言*

夢小説あるある
>>>謎のポエム<<<

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