大空の影になりたい夜の子の話   作:雪の細道

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07:忙しすぎる夏祭り

「はい、これがさくちゃんの下駄ね」

 

「ありがとう、ママ」

 

目の前に揃えられた淡い桜色の下駄を履くと、視界の端に髪飾りの組紐が揺れる。

 

履き心地を試すようにその場でくるりと一回転すると同じように浴衣に身を包んだ綱吉がキラキラとした眼差しで見つめていた。

 

「ツナ、どうしたの?」

 

「ううん、さく、かわいいね」

 

普段あまり言われない単語に、桜は照れるように微笑む。

 

それもそうだろう。

 

可愛らしい浴衣を着た今日は並盛神社で行われる夏祭りに行くためだ。

 

暑さでやや汗ばんでいるものの、奈々の手で仕立てられた浴衣は大人のそれとはまた少し違う帯によって綿飴のような可愛さが際立っている。

 

幼児のままならない肉体に辟易していた桜だったが、ほのかに浴衣特有の甘い香りを漂わせるこの装いもまあ存外悪くないものだと満足げに笑みを浮かべた。

 

「ツナもにあってるよ」

 

兄の浴衣にも同じように褒めれば、綱吉はえへへと照れくさそうに肩をすくめる。

 

「さぁ、パパが先に待ってくれてるし行きましょうか」

 

「はーい!」

 

カラコロと下駄の音を響かせ、綱吉と桜は手を引かれ並盛神社への道を進む。

 

10分ほど歩いたところで、桜は並盛神社の鳥居に気づいたようにあ、と小さく声をあげた。

 

「ついたね」

 

お祭り特有のお囃子の音が賑やかに伝わり、色とりどりに飾り吊るされた提灯の鮮やかさに綱吉と桜はうっとりと見つめる。

 

「さくちゃん、楽しそうね」

 

「え?」

 

不思議そうに見上げる桜に奈々は柔らかな笑みを浮かべる。

 

「今年は浴衣を着たからかしらね?それとも、お家から見た花火だけじゃなくてここまで来たから?」

 

例年とは少し違う様子に見えたのだろうか。

 

楽しそう、と言われた桜はこれまでのことを静かに思い返す。

 

去年までは綱吉と桜がまだ幼すぎるためか、夏祭りといえば焼きそばや冷たいカットパインなどを買い込み、家族揃って縁側で花火を見るだけであった。

 

さらにここ2年ほどの間で家光の外出頻度は少しずつ増えており、夏祭りやクリスマスなど季節的なイベントに折り合いがつけられないことも何度かあったのだ。

 

そのためか、家光の都合が夏祭りに合わせられ、尚且つ2人揃って浴衣も着られたとなればそんな風に見えても何らおかしくはなかった。

 

「うん、たのしいよ」

 

奈々からの問いに合わせるようにそう頷いてみせると、綱吉がやや強めに手を引っ張っていることに気づく。

 

「ねーはやく、はやくいこ」

 

幼心ながら、年に一度の貴重なイベントを心待ちにしていたのだろう、その恍惚とした表情と引っ張る手の強さがそれを物語る。

 

兄をなだめる桜の脳裏には、奈々に見せたその様子とは裏腹に別のことを考えていた。

 

夏祭り、といえば桜が思い出すのは原作でのことだ。

 

あの中での夏祭りはツナ達が中学生の時に体験したものであり、自身が今いるこの夏祭りは原作で描かれていない全く無関係で未知のものである。

 

数ヶ月前のおつかい然り、何が起きるか分からない不安と期待が混ざったイベントでもあるのだ。

 

純粋に楽しむ気持ちだけでは臨めないのも含めて、桜は一種の高揚感を胸の内に秘めていた。

 

奈々が感じ取ったのはおそらくその高揚感だろうか、と桜は推測しつつも、自身の手を引き前を歩く兄の後ろ姿に頼もしさを感じるのだった。

 

 

────****────

 

 

境内の露店や屋台を眺めながら進むと、ふいにぽっかりと開けた場所へと辿り着く。

 

そこは、どうやら露店等で買った食品類を飲食できる会場のようで、各自治会の地区名が印字されたイベントテントが連なっていた。

 

整然と並べられたテーブルにつく人混みをかき分け、辺りを見回しながら進むと──……

 

「おーい!こっちだこっち!!」

 

「パパ!」

 

声がした方に目線を辿れば、そこには人数分の焼きそばやお菓子を置いた家光が手を振る。

 

「やっと合流できて良かったわ~」

 

「これだけの人混みだしな!」

 

やっとひと息つけたように奈々達も座るが、綱吉が唐突に鼻息を荒く立ち上がった。

 

「パパ!さくみて!かわいい!?」

 

予想外の変化球に桜は、奈々から受け取り飲んでいたぶどうジュースを危うく噴きかける。

 

「……ッけほっ、つな??」

 

一体急に何を、と言いかけて立っている綱吉を見上げるが、当の本人は"さぁ見て!"と言わんばかりに両手を縦にひらひらとさせ桜に向けていた。

 

そして言われた方の家光といえば、暑い暑いと連呼しながら団扇でバタバタと煽ぎつつ冷えたビールをぐびぐびと飲み干している。

 

「むー……パパ!!」

 

晴れ姿をなかなか見てくれない父にしびれを切らしたのか、綱吉は自分の手を伸ばして向かいに座る家光の手をビシバシと叩く。

 

「いてっ!いててっ、ゴメンって」

 

小さな息子の容赦ない平手打ちに成長ぶりを痛感しつつ、訴えかけるその目に降参するかのように両手を上げ応えた。

 

「わーかってるよ、桜の浴衣が可愛いんだろ?ツナは相変わらず桜が大好きだな!」

 

自身の望む反応をされ、綱吉は満足気な表情を浮かべ椅子に座り直した。

 

「だって、さくはせかいいちかわいいもんね!」

 

普段が特にツンというわけではないが、滅多に見せないデレを見せつけられ、桜は赤面顔を悟られないようそっぽを向く羽目になる。

 

その後ひとしきり幼稚園での出来事など雑談を交えながら夕食を済ませ時間を見ればもうすぐ花火が始まるところまで迫っていた。

 

「あら、もうこんな時間ね」

 

「神社の上の方に行けば花火も綺麗に見られるぞ!」

 

食後で眠気が迫りつつあったツナも"花火"という単語で目が覚めたのだろう。

 

「ん……はなび…!はやくいこ!」

 

パッと立ち上がり、やや残っていた眠気を漂わせながらも隣にいる桜の手を握りしめる。

 

「つな、あついよ~…」

 

「ふふ、じゃあ行きましょうか」

 

幼子2人の様子に笑いながら歩き始めるが、ふいに街灯に付けられた臨時スピーカーから特徴的な呼出音が流れた。

 

『並盛町夏祭り運営より、迷子のお知らせです。黄色の帯に水色の金魚の浴衣を着た4歳の女の子をご家族がお探しです。見かけた方は並盛町夏祭り運営までご連絡ください』

 

女性の声で告げられたそのお知らせに奈々は"まぁ…"、と声を漏らす。

 

「こんな人混みで、見つかるといいわねぇ……」

 

4歳という同じ年頃で心配なのか、顔をわずかに曇らせた母の顔を見て桜は察したように慌てて声をかけた。

 

「つなとわたしなら、ママたちとはぐれないよ?」

 

「……!そうね、2人共しっかり手を繋いでるものね」

 

前を並んで歩く双子は夏の暑さも構わず手を握り合っており、万が一迷子になるとしても2人一緒なのだろうと傍目に想像できた。

 

お互い信頼し合ってるかのように視線を交わす2人に奈々は静かに笑みをこぼす。

 

「あっ!ママ、あそこ?」

 

斜め上を指差す桜に合わせて目を向けると、低めの林から神社らしき社が見え始めた。

 

「おぉそこだな!もう少ししたら階段が見えて…?ん?」

 

「あら?あの子……」

 

徐々に姿を現す神社に沿って視線を下げると、階段の一番下で幼い少女が座り込んでいた。

 

「ねえママ、さっきの"きいろのおび"って、あのこかな?」

 

すすり泣く少女を先ほどの放送で思い出したのか、不安げな声で桜が聞いた。

 

「そうね、きっとあの子よ」

 

「じゃあわたし、こえかけてくるね!」

 

「ちょ、さくちゃん!?」

 

綱吉の手をするりと解き駆け出す桜に奈々は呼び止めかけるが、それを家光が制止する。

 

「まあ待て、少し様子を見よう」

 

 

────****────

 

 

「ひっく……ッおにいちゃん……どこぉ……」

 

駆け寄った桜の目に映ったのは、蜂蜜色の髪に良く似合う黄色の帯に映える水色の浴衣の女の子だった。

 

お兄ちゃん、と呟いたことで兄とはぐれたのが分かる。

 

泣いた顔を抑えた両手のすき間からはとめどなく涙が零れ、水色の中で泳ぐ金魚は色が変わっているのが見えるほどに染みを作っていた。

 

「ねえ、おにいちゃんとはぐれたの?」

 

近寄りすぎず離れすぎない距離で問いかける桜に、すすり泣く声を止めた少女が顔を上げる。

 

瞳に涙を溜めたその顔に、桜はどことなく見覚えがあることに首をかしげた。

 

(「はて、どこかで見たような……?」)

 

しかし今世での記憶では、名前も知らない同世代の子は知り合いに存在しない。

 

ぼんやりと出そうで出ない違和感にデジャブを感じながら、ひとまず桜は目の前の少女に手を差し伸べる方が先決だと考え、すぐにその違和感を振り払った。

 

「おにいちゃん、さがしてるんでしょ?わたしがいっしょにさがしてあげるよ」

 

「……ほんとう?」

 

「うん!」

 

差し伸べられた手を取った少女は涙を零しながらも安心したように微笑む。

 

カラコロと下駄の音を鳴らしつつ、夏祭りの運営本部を目指し来た道を戻る。

 

歩く間、少女は家族への再会まで不安が残るのか再び泣き出さないようにと口を閉ざしたままだ。

 

そんな少女を見兼ねてか、桜は少女に声をかけた。

 

「あの、あなたのおなまえは?」

 

とりあえず名前を聞くくらいは良いだろう、と判断し、引かれてやや後ろを歩く少女の顔を見遣る。

 

周りの喧騒に圧されつつも口を開きかけた少女に次の言葉を待つが───、

 

「おーい!!どこだー!!!」

 

一筋の光が差すように、喧騒のすき間を縫って少年の声が桜の耳を貫いた。

 

もしや、と思ったのと同時に、少女も花が咲くように走り出す。

 

「おにいちゃん!」

 

人混みをかき分けて現れた少年に飛び込んだ少女は安心したのか両の目からまたも涙を零した。

 

感動の再会という場面に桜も安心しかけたものの、少年の顔で雲が晴れたように違和感の正体を思い出す。

 

(「あの顔とあの女の子、まさか……」)

 

固まる桜に気づいたのか、お礼を言おうと兄妹は桜の目の前で立ち止まった。

 

「きょうこをつれてきてくれてありがとう!」

 

礼儀正しく頭を下げる少年に桜は言葉が出ない。

 

桜の目に映るその乳白色の芝生頭に、"きょうこ"という少女の名前。

 

どう聞いてもあの笹川兄妹だと薄れかけた記憶が告げる。

 

(「私のばか!なんですぐに思い出さないの……!」)

 

"必要以上に原作の登場人物と関わらない"という自らの制約を破ってしまったことに後悔するが、迷子だったとはいえ既に関わってしまっている。

 

後の祭りということもあり、桜は早々にその場を立ち去るべく別れの言葉を紡ごうと口を開きかけるが、それは少年の言葉によって遮られた。

 

「たすけてもらえたおれいがいいたいんだが、おまえのなまえはなんだ?」

 

まだ幼いながらも、原作での彼と変わらない勢いに圧される桜。

 

(「あっこれ答えない選択肢がないやつだ」)

 

やや悟りの境地に片足を突っ込みつつ、答えあぐねる桜を不思議そうに見つめる兄妹。

 

何とか名乗らずに済む方法はないかと考え込んでいると少年はあぁ、と何かを察した表情を浮かべた。

 

「そうか!さてはおまえ、ひとみしりだな!」

 

「えっ、あぁ……うん」

 

「そうか!それはすまなかった!」

 

再び頭を下げて謝る少年にたじろぎながらも、桜は振り絞るように言葉を紡ぐ。

 

「あっ、ううんだいじょうぶ……えっと、じゃあわたしはこれで!」

 

少年の勢いで後ろに下がれたのを良いことに、桜はそのままくるりと背を向け走り出した。

 

慣れない下駄を駆使して駆け出す桜の背後では、その背中を照らす日輪のように明るいお礼の声が響いていた。

 

 

────****────

 

 

「あっ、さく!」

 

「おかえりなさい、さくちゃん」

 

神社へと続く階段の下に着くと、地面に何かを書きながらつまらなそうに綱吉が座り込んでいた。

 

桜に気づくと途端にパッと立ち上がり笑う綱吉に、桜はどこか安堵したかのように笑みを零す。

 

まだ幼稚園児程度の年齢とはいえ、原作の登場人物に予想外な形で関わったことに疲れていたのだろうか。

 

しかしそれもすぐに主人公の身内であるということを思い出し、桜が浮かべた笑みは安堵から自嘲気味なものへと変わった。

 

そんな僅かな変化に気づいたのか、奈々が心配そうな声で桜の頭を撫でる。

 

「ママ?」

 

「疲れたでしょう?やっぱりさくちゃん1人で行かせない方が良かったかしら」

 

「ううん、そんなことないよ?」

 

「本当に?」

 

否定するものの、桜の様子にまだ納得いかない様子の奈々。

 

母ながら何か感じるものでもあるのか、腰を降ろし目線を合わせる奈々に桜の心臓がドキリと密かに跳ねる。

 

「だいじょうぶだよ、ママ。すぐにあのこのおにいちゃんにあえたし」

 

大丈夫だ。大したことじゃない。

 

自分に言い聞かせるように、目の前の母に訴えかけるように。

 

感情の揺れを悟られないように、桜はなるべく平静を装って奈々の瞳を見つめた。

 

そんな様子の桜に納得したのか、それともこれ以上は深入りできないと思ったのか。

 

奈々は困ったような笑顔で静かに頷いた。

 

「そうね、さくちゃんがそう言うなら大丈夫ね」

 

「そうだよ!ほら、はなび!はじまっちゃう!パパも、」

 

パパも行こう、と言いかけた桜だったが、見上げて目線を合わせた父の顔はどこなく険しい。

 

しかしそれも見間違いかと思う程の一瞬だったようだ。

 

「おっ!そうだな!ほらツナ、肩車しようか!」

 

「うん!」

 

いつものように豪快に笑いながら綱吉を肩車すると、2人は下駄の音を鳴らしながら階段を登って行った。

 

「さ、私たちも行きましょうか」

 

「……うん!」

 

ほんの一瞬見せた家光の様子に不審がりつつ、奈々から差し伸べられた手を取ると後に続いて神社へと歩を進めた。

 

 

……

…………

 

 

「わぁ……」

 

「綺麗ね~……」

 

階段を登る間に始まっていたのか、神社へ着く頃には夜空に大輪の花火が次々と上がっていた。

 

息を飲む美しさに、桜も綱吉もうっとりとした顔で色とりどりの華を見つめる。

 

(「まだ半日なのに色んなことがあったなぁ……」)

 

咲かせては消える花火に思いを馳せ、桜はぼんやりと思い出す。

 

例年とは違った夏祭りを楽しめたかと思いきや、助けた迷子が笹川京子という予想外の人物に出会ってしまう。

 

名前を聞かれもしたが、幸いにも名乗らずに済んだため原作への介入は最低限に留められただろうと花火から目を逸らした。

 

彷徨わせた視線の先では、風に吹かれて飛んできたと思われる短冊が落ちていた。

 

「そういえば、さっきの階段の近くで七夕の短冊書けるところ見つけたのよ」

 

「おっ、そういやあったな!2人も書いてみるか?」

 

たまたまだろうか、桜が短冊を見つけたのと同時に家光と奈々が思い出したように呟いた。

 

「うん!かきたい!」

 

無邪気に笑う綱吉を尻目に、桜は何を短冊に書くべきか思考を巡らせる。

 

そういえば短冊を書くのは何年ぶりだろうか。

 

幼稚園でもひらがなやカタカナの練習はするものの、七夕の短冊などはどうやら年長組でやるため、転生してからは一度も書いていない。

 

精神年齢に見合わず、どんなことを書こうか胸を踊らせる桜の視界の端で黒い影が動くのが見える。

 

神社の奥へと続く茂みに何かがいるのか、時おり不自然に揺れる影に桜の興味が向いた。

 

"猫かもしれない。"

 

転生してもなお拗らせたままの猫狂いに内心ため息を吐きつつも、横にいる奈々に一応問いかけた。

 

「ねぇママ、あそこのおくにねこちゃんいるの。みにいってもいい?」

 

「まぁ、さくちゃんは花火より猫ちゃんなの?良いけど、あんまり遠くまで行かないようにね」

 

「うん!」

 

花より団子、ならぬ華より猫という娘に苦笑いする奈々。

 

許しを得た桜は一目散に走り寄ると、やはり茂みの奥に何かいる気配を感じ取る。

 

(「やっぱりいる……!これは絶対に猫!」)

 

謎の自信で茂みをかけ分け、浴衣に引っかからないよう配慮も怠らず身体をねじ込む。

 

 

──なぜ桜は黒い影を猫だと思い込んだのか。

 

わずか数分前の自分に呆れと怒りを覚えつつ、目の前の存在にポカンと口を開けてしまう。

 

確かにそこには猫がいた。

 

(「いやまあ、猫はいたけど……ヒューマンタイプの猫もいたわ……」)

 

そこには小さな黒猫と一緒に黒猫呼ばわりされていた雲雀恭弥が優雅に寝そべっていた。

 

「ん……?あぁ、君か」

 

彼も彼で花火を楽しんでいたのだろうか。

 

木々の隙間から見える花火を黒猫と眺めるその少年は、わずか5歳ながら既に異様な美麗さを放っていた。

 

「なに?」

 

「あっ、ううん、ごめんね」

 

見とれる桜に苛立ちを覚えたのか、以前と違い敵と認識したように睨みつける雲雀恭弥に思わず頭を下げる桜。

 

(「群れるの嫌がってるけど、そういや原作でヒバードと群れてたなぁ……」)

 

原作での場面をうっすらと思い出しつつ綱吉の元へ戻ろうと背を向ける桜だったが──、

 

「ちょっと待ちなよ」

 

歩き出した足は雲雀恭弥の一声で止められた。

 

「えっ……?なに……?」

 

幼稚園では可愛らしく黒猫呼ばわりされるものの、その凶暴性からしてグリズリー並に危険な人物に引き止められ、桜の鼓動は緊張に跳ね上がる。

 

「君、いま1人でしょ。ここにいてもいいけど」

 

先ほどの迷子の一件から続いて予想外の出来事だが、追い討ちをかけるかのような、更に普通では考えられないその発言。

 

そのあまりの厄日ぶりに桜の思考は現実逃避を始めた。

 

"今日は何の日だったっけ"

"あぁそうそう、夏祭りだったな"

 

楽しいはずのイベントなのに、よりにもよってその夏祭りの締めに原作随一の要注意人物に引き止められるとは。

 

しかし彼の言葉に拒否の態度を見せれば何が起きるか分からない。

 

帰る方向に向きかけた身体を大人しく戻し、桜はすごすごと芝生の上に腰を下ろした。

 

「ちょっと、どうしてそんなに遠いの」

 

警戒して距離を置いたものの、彼は桜のその態度にすら訝しげな表情を見せる。

 

「え、えっと……その……」

 

「まあいいよ、それより気になってることあるんだけど」

 

「えっ、あっはい……?」

 

性格に見合わず饒舌に喋りかける少年に今度は桜が不審がる。

 

この少年はここまで口を動かすようなタイプだっただろうか。

 

脳内で首をかしげつつも、その一瞬の隙を突いて詰め寄られた距離感に息が止まる。

 

(「……!??いや近っ!」)

 

「君は、」

 

幼児特有のくりくりとした愛らしい双眸で見つめられ、桜に謎の緊張感が走る。

 

「つよいのか、よわいのか、よく分からないね」

 

「はぁ……」

 

この少年は何を言っているのか。

 

訳の分からない発言に気の抜けた返しをする桜に、少年はくすりと笑みを浮かべた。

 

(「この人、本当にあの雲雀恭弥なのかな」)

 

想定していた事態からややかけ離れていることに戸惑う桜。

 

またも自分の世界に入り考え込む桜に雲雀恭弥が再び声をかけた。

 

「ねえ、もう終わってるんだけど」

 

「え?」

 

何が、と言いかけるが、立ち上がった少年を見上げて周りがやけに静かなことに思考が引き戻される。

 

花火はとうに終わっていたらしく、遠くからは自身の名を呼ぶ声が耳に届いていた。

 

「……!ごめん、かえるね」

 

「うん。次はつよくなってね」

 

最後の最後まで意味の分からない発言が飛び出す少年に、桜は茂みから出しかけた足を思わず止める。

 

「……なんて?」

 

感情の読み取れない無表情に内心ため息を吐きつつ静かに首を振る。

 

「なんでもないよ、また今度」

 

その言葉をやや気にしつつも家族の元へ駆け出した桜の背に、少年が何かを小さく呟いたのを黒猫が目を細めて見つめていた。

 

 

 

そして、幼い2人が交わした言葉がこれで最後になることを誰も知る由もない。

 

 

 

___to be continued.




*後書き*
まずはお礼をば
アンケートにお答えくださった皆さま、ありがとうございました。しばらくはまだ締め切らずに置いておくのでまだの方おりましたらぜひよろしくお願いします。
サイトの方では感想は全く来ないしアンケートも完全無反応という有り様だったので、こっちでもせいぜいまあ2票か3票入れば儲けもんかなぁなどと思っておりました。数日経って見てみたらそもそも桁が違ったもので大変にびっくりしました。
皆さまこういう印象?なんだなと改めて参考になりました。
本当に改めてありがとうございました。
また、アンケートに関してちょっとした懺悔があるので、それについては(どえらく長いので)活動報告として後日上げさせていただきます。

また今回の話についても何か感想や批評などあればお待ちしております。
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