淡い夕焼けに染まる街。
レンガ造りの建物が並ぶ住宅街に、桜は1人佇んでいた。
(「これ……あぁ、夢か……」)
地に足を着けた感覚がないのと、薄ぼんやりと霞がかる視界に直感が自然と働く。
どこか外国の風景なのか遥か遠くに見える運河には日本で見かけない大型船が停泊している。
建物のガラス窓にふと目を移すとそこにいたのは不思議なことに転生する前の自分自身だった。
(「へんな夢だなー……」)
海外にも行ったことないのに、と首をかしげる。
それとも最近そんなテレビでも見ただろうか、と思ったところで、背後から幼い子どもの笑い声が聞こえた。
「はやくはやく~!」
「まってよ~!!」
無邪気に笑いながら横を走り抜けた2人を凝視するが、夕焼けの眩しさで顔がうまく見えない。
太陽の逆光に思わず右手をかざしながら目を細める。
(「さっきの子達、どこ行ったのかな」)
視線を彷徨わせるものの、わずかに逸らした一瞬で見失ってしまったようだ。
すでに付近には人影は無く桜の周辺は再び静寂に包まれた。
そのうち夕焼けは徐々に紫色から夜の色へと変わり、桜の視界も暗闇に飲み込まれて意識を手放した。
「……へんなゆめ」
真っ白い天井を見つめ、桜は夢の中と同じようにポツリと呟く。
もっぱら見る夢と言えば家族のことや幼稚園の出来事がほとんどだ。
どこか現実味を帯びたような、そうでも無いような夢を見るのは初めてのことで、桜は胸の内がざわめくのを不審に感じた。
「ん~……?さく……?」
「おはよう、つな」
ただの夢を不審がっていても仕方ない。
すぐに思考を切り替え、桜は隣で未だ寝ぼけ眼の片割れに微笑んだ。
「2人とも起きた?」
話し声で気づいたのか奈々が部屋のドアから顔を覗かせる。
「おはよう、ママ」
「朝ごはんもうできてるわよ。下に降りていらっしゃい」
ドアのすき間からは香ばしいパンの香りがただよう。
今日のジャムはなんだろうか、などと考えながらベッドから下りると何かが物足りないことに気づいた。
「……?」
起きたばかりでいまいち働かない脳味噌でぼんやりと部屋を眺めていると、綱吉も気づいたのか桜の服を引っ張る。
「さく、こっち」
「あぁ、そうだったね」
今までは寝る時もネックレスを首から下げていたが、寝返りで危ないだろうと起きた時に着替える服に置いていたのを失念していたようだ。
いつも通りに制服に着替えて姿見で確認する。
「つな、だいじょうぶ?」
「うん!」
首元のネックレスも服の上から触り問題ないことを認識し、いつものように朝食へと向かった。
────***────
普段と変わらない朝のルーティーンを済ませ幼稚園に着くと、何やら浮き足立つような雰囲気が漂っていた。
桜が感じ取った直感が当たったのか、2人が教室内に入ると途端に囲み取材のようなものが出来上がる。
「さくらちゃん、すごいね!」
「なんかもらえたの!?」
訳が分からないまま賞賛の言葉を浴びせかける女の子達に桜は理解が追いつかない。
「まってまって!なんのこと??」
「え~!しらないの!?」
ちんぷんかんぷんの桜と綱吉の手を引き、女の子達が連れてきたのは職員室に面する廊下の壁だ。
「ほら!あれ!」
1人の女の子が指さした先には、並盛幼稚園の名前と桜の名前が記載された表彰状と思わしき紙と記念写真が貼られていた。
幼稚園児には読めないような難しい漢字で並んだ言葉には、どうやら2ヶ月ほど前の七夕祭りで帰りに書いた短冊がコンテストで選ばれたということらしい。
(「あぁ、うん。そういやそんなことやったなぁ」)
雲雀恭弥と別れた後、合流した両親と綱吉で帰る途中で七夕の願い事を短冊に書くコーナーがあった。
大人はあまりやらないのだろうか、豪勢な笹の葉飾りで揺れる短冊には、下は桜達と同年代の子から上は高校生ほどまでの年齢が見て取れる。
それとは別に、未就学児限定で短冊に込めた願い事を自身が通う幼稚園の名前と共に提出する支援があるらしい。
桜と綱吉が書いたものはどうやらそれに応募されたそうで、支援団体と町長から数ある幼稚園の中の1人として選ばれたということだそうだ。
選ばれた、とは言っても未就学児の短冊なので、表彰状も"とても良い願い事ですね"や、"これからに期待しています"等の、子どもの健やかな成長を願うような内容だった。
桜にとっては中身の精神年齢なだけにわざわざ気にかけるほどのことでもない些事だが、並盛幼稚園での中の1人として選ばれ表彰されたというのは相当な影響なのだろう。
幼稚園児にしてみれば同年代の子が何やらすごいことをして褒められた、くらいのインパクトがあるらしい。
教室内はしばらくその話題で賑わっていた。
(「まあそのおかげでツナも他の子と距離縮まったし」)
意図的に何かをしたわけではないものの、人見知りの兄が何かしらのきっかけで馴染めると思えば話題にされる気恥ずかしさも和らぐものだ。
かけっこでビリだった、程度の理由でも笑いものにする様子を見てきたためか。
桜の心配も相まってだろうか、孤立しかけている綱吉へのフォローにも使える手段は何でもいいくらいにはなっていた。
今までの園生活より幾らか穏やかに過ごせたことに、桜はほっと胸を撫で下ろした。
「ねぇねぇ!」
他の子と気後れしつつも楽しげに話す綱吉を眺めていると、不意に背後から声をかけられる。
「うん?なーに?」
「さくらちゃんとつなくんって、たんじょうびおなじなんだよね?」
「そうだよ~」
「じゃあはっぴーばーすでーできるね!」
謎の台詞に思わず首をかしげる桜。
予想していたのか、その子は?こっち?、と桜の右手を引いて教室の隅にかけてあるカレンダーの場所へ案内した。
「あっ、やっぱりふたりのたんじょうびかいてあるね!」
見上げるとそこには10月14日の欄に自身の名前と綱吉の名前が、可愛らしい文字で手書きされている。
「おたんじょうびがきたらね、みんなではっぴーばーすでーうたうんだよ!」
成程、と桜は静かに納得した。
桜と綱吉が幼稚園に入ったのは同じ年の初春頃だ。
ここで迎える誕生日が初めてなため、そのようなイベントがあるとは全く知らされていなかったのだ。
「おたんじょうび、たのしみだね!」
「うん!」
嬉しそうに笑うその子に釣られて桜も自然と笑みをこぼした。
────***────
「──っていうことがあってね」
「そうなのね~」
帰宅後、夕食を作る奈々の傍らで桜は今日の出来事を話していた。
「じゃあお誕生日会する時はきっと何か貰えるのね」
「ほんとう!?プレゼント?」
驚く桜に奈々は微笑みながら頷く。
「お歌うたうだけじゃないと思うわよ、やっぱりクラスのみんなで何か作ってるんじゃない?」
「そうだといいな~」
頬を染めて嬉しげに笑う桜の隣で不意にタイマーの音が小さく鳴り響いた。
「さくちゃん、ちょっとそこのグリル見てくれる?」
「はーい」
奈々がいる右隣とは逆の、左隣で香ばしい匂いのする魚焼きグリルをそっと開ける。
蓋を開けるとそこには美味しそうにじゅわじゅわと音を立てるチーズグラタンがこんがりと焼けていた。
「これで完成ね!」
桜の背後から覗き込んだ奈々が満足そうに頷く。
「じゃあわたし、おさらならべるね!」
「ありがとう、さくちゃん。ツナは何してるのかしら?」
やけに静かね、と首をかしげる奈々だったがすぐ後にあっと声を上げる。
「あらあら、テレビ見ながら寝ちゃったのね~あれじゃ風邪引いちゃうわ」
グラタンの受け皿を並べるために椅子の上に立つと、その向こうのカーペットですやすやと眠る綱吉が見えた。
1歳の誕生日プレゼントに貰った黒い等身大テディベアを子犬のように抱きしめる姿にほわほわと癒されつつ、桜はハッと我に返った。
先ほど奈々も言っていたが、そんなところで何も羽織らず寝ていては風邪を引いてしまう可能性がある。
いや熱に浮かされる綱吉もきっと可愛いが、等とやや余計な雑念に振り回されるものの、目に入れても痛くないほどに可愛い可愛い兄が風邪を引いてしまうのはとてもよろしくない。
つい湧き出る性癖を頭の片隅に追いやりつつ、桜はすぐさま椅子から降りた。
「ママ、わたしうえから毛布とってくるね」
「ありがとう、せっかくだからさくちゃんも好きなご本持っていらっしゃい」
「うん!」
リビングを出て階段を上がると、下の階と比べてやや温度が下がるのがうっすらと涼し気な空気が漂う。
(「もう10月入ったもんなぁ……ん?」)
部屋の前に立ったところで桜はふと違和感を覚えた。
いくら10月に入り気温が下がっているとはいえ、ドア下の隙間から漏れる空気は他とは違う冷ややかさを感じる。
(「ベランダの窓開けてたっけ?でもママは洗濯物取り込んだら鍵閉めるし」)
拭いきれぬ不信感とうっすら漂う悪予感に首をかしげつつ、桜はそのまま部屋のドアを開けた。
「……え」
部屋の中で待っていたのは、何か当然のように不法侵入を決め込んで鎮座する2人がこちらを見据えていた。
だが桜の動揺はそこではなかった。
今まで、桜が出逢った原作キャラクターは主人公を始めとしたいずれも味方といえる存在ばかりだった。
雲雀恭弥という、場合によっては警戒が必要な人間も含めて、である。
しかし、桜の目の前に今いる人間は作中においても敵側の傍にいる存在だった。
”なぜ” ”ここに” ”あの2人が”
跳ね上がる警戒心を最大限に抑えつつ、桜は平静を保つように自身の表情筋に集中する。
ベランダから吹き込む爽やかな風に吹かれ、2人のピンク髪がそよそよと揺れた。
「えっと……どちらさまですか?ようじがあるならしたからですよ」
幼稚園児らしくチャーミングに微笑みつつ、桜は玄関のある下を指さす。
傍目から見れば、そんないたいけな幼稚園児がその2人をあらかじめ知った上で警戒しているなど、夢にも思わないことだろう。
桜の何ら変哲もない問いかけに、黒いアイマスクで顔半分を覆い隠した2人がわずかに口角を上げる。
「そんなに警戒なさらずとも大丈夫ですよ」
「我々は貴女に用事があったので、失礼ながら表を通さず上がらせていただきました」
湧き上がる警戒心を最大限に抑えて取り繕った笑みを見抜かれ、桜は内心驚きつつもやはり身構えたままその場から動かない。
一体この2人が桜に何の用事があるのか。
そもそも何故こんなにも早い段階で一方的に遭遇するのか。
警戒心だけでなく、当たり前の疑問が桜の脳内を支配する。
「先ほども申しましたが、我々は貴女に用事があって参りました」
「こちらに敵意はないので警戒心を解いていただけませんか」
にこやかに微笑むその顔と声色に嘘は感じられない。
そして何より桜が抱くその違和感には、原作において常に敵側にいたあのおぞましい怪しさが目の前の2人にはまるでなかった。
自身の直感を信じひとまずその場に座り込むと、ピンク髪の2人 ──チェルベッロはゆっくりとお互いの顔を見合わせる。
「今日、我々がここに来たのは貴方にある忠告をするためです」
「忠告?」
謎の台詞を言葉にしたチェルベッロにオウム返しをする。
「そうです。これは忠告であり、確定事項……言わば予言です」
「確定事項なので貴方がそれを避けることはできません。しかし我々の忠告で少なからず警戒することは可能です」
淡々とした口調に潜む、どこかあまり良くないような空気に桜は顔を強ばらせた。
しかし忠告と言うものの、確定事項で避けることができないならば警戒しても意味がないのでは、と桜は考える。
その疑問をそのまま目の前の2人に問いかけると、チェルベッロはうっすらと顔に影を落とした。
「そうですね。我々による忠告で貴方がどう対策をしても、その未来は遅かれ早かれ来ることでしょう」
「しかし……例えばですが、沢田綱吉に身の危険が迫り貴方がその危機を自分に向かわせることだけでもできる可能性があったら、貴方はどう選択されますか」
「それが確定事項?」
「いえ、これはあくまでも一例でしかありません」
「我々から正確な情報を伝えることはできません。そういう可能性があったら、というだけの話です」
「そう……なら、さっきの例えで言うならもちろん私は綱吉を助けるために私が犠牲になるよ」
桜がこの世に生を受けた理由は未だに不明だ。
しかしこの世でマフィアという裏社会に関わる上で、身を守るに必要な力が備わっていたことは以前のことで分かっている。
その力を正しく誰かを守ることに使えるなら、桜は喜んでその身を捧げるつもりであった。
決意を秘めた表情の桜に、チェルベッロはふっと笑みを浮かべる。
「そうですか。貴方ならきっとそのように答えると思いました」
「我々の忠告……”蛇のようなモノ”にも、気をつけていただけますね」
「”蛇のようなモノ”?……え、それが忠告?」
あっさりとした何の情報量もない忠告に面食らう。
もっと具体的に言われるものだと身構えていただけに、たった一言しかなかったことで桜は体から力が抜けるのを感じた。
「そうですね。忠告とは言っても、せいぜい占い師がやるようなことと同じようなものです」
「頭の片隅にそっと置いて覚えていてくれればそれで構いません」
目的を果たしたかのように立ち上がると、チェルベッロはベランダの外へと歩き出す。
「では、我々はこれにて」
「次に会う時は貴方の敵となるかもしれませんが」
「何、を」
意味深な言葉を放ち2人はベランダの縁に立ち上がった。
呆気に取られ声が続かないうちに、チェルベッロは怪しげに笑みを浮かべる。
「「”また、会いましょう”」」
以前に来た謎の女性と同じ言葉を別れ際に残し、2人はふわりとベランダから飛び降りた。
「ま、待って!」
思わず追いかけた桜がベランダの柵から顔を覗かせるも、まるで霧に包まれるかのように2人の姿は既に消えていた。
夜闇に溶けるようにいなくなり、桜はまるで白昼夢でも見たかのような感覚で虚空を見つめる。
夢か、現か。
部屋に未だ漂う2人の残り香とヒントを脳内で反芻しながら、桜はその空間を後にした。
___to be continued.
*後書き*
約1週間ぶりの更新です。
REBORNのアニソンメドレー聞きながら書いてます。
天野先生がキャラブックかどこかで、気をつけていることは何かという質問に”矛盾がないようにする”と答えていました。
作品を作るという上で矛盾がないようにって本当に難しいですね。
この話が後々に矛盾とならないように引き締めて頑張りたいです。
また、今回の更新をもってアンケートを終了とさせていただきます。お答えくださった皆さま、本当にありがとうございました。いずれまた新たにアンケートをしようかと思いますのでその時はまたよろしくお願い致します。
追加の余談ではありますが、今回からサブタイトルにナンバリングをつけることにしました。