オラリオに失望するのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
『大抗争』を勝利して一年。
多くの冒険者が亡くなったが、
もちろん良いことばかりではないが………具体的には冒険者を目指す者が増えた結果、もしくは『
とはいえ、『悪夢』の件もあり
「とはいえ、恨み言はなくならない、か………」
ヴァルドに向けられた賛美の声に混じった
救われなかった者、憧れ挫折した者、憧れ走り出し、走りきってしまった者の縁者から毎日のように届く手紙だ。
ヴァルド本人は「救えなかったのは俺の未熟。死なせてしまったのは俺の不徳」と受け入れるものだから、リヴェリアは当然憤慨した。懸命に戦い人を救い続けている者が何故恨まれねばならぬのか。
救われなかったことを差別だと感じているのだろうが、ならば恨むべきは己を追い詰めた者だろうに。ギルドも含めて対処を始め、少しずつ無くなってきたが………。
「切り刻まれた人形に、血……に似た赤インクで書かれた手紙。髪の毛の混じったクッキーに……これは、本?」
献上品の中から嫌がらせの品を漁っていると本が出てきた。
これは、どちらだ? ヴァルドは何気に英雄譚を読むのが好きだが、それを知る者は【ロキ・ファミリア】の外だと【アストレア・ファミリア】の面々か【
「『彼氏としたい6つのイチャイチャ〜聖夜編〜』? な、なんだこれは…………」
あまりにもあんまりなタイトルに、リヴェリアは思わず本を開いてしまう。なにか新手の嫌がらせなのだろうか? と
「…………っ!?」
ズックン、と鼓動が速まる。本を開いた手から、脳にかけて何かが流れ込んでくるかのような不快感に顔を歪める。
(………たい…………したい…………)
頭の中に響く声。何かをされた? この本は、一体…………。
「ぐ、う…………」
目眩がする。息がしにくい。リヴェリアは、机に突っ伏す様に意識を失った。
──……たい…………したい………聖夜の夜に…………とろける恋が、してみたい
「………リア………リヴェリア、起きろ」
「ん、っう………」
声が聞こえ、目を見開くリヴェリア。肩に添えられた腕を視線で追えば紫紺の瞳が自分を見つめていた。
「お前が作業中に寝るとは珍しい。休息が足りていないのではないか?」
おそらくお前が言うな選手権なる何時だったかロキが言っていた神々の大会がこの下界にて行われたら上位にランクインするであろう言葉にリヴェリアは眉根を寄せながら体を起こす。
「別段厳選する必要はない。賛美も罵声も、全て俺に向けられたものだ」
「それが理に適わぬなら止めもする。それを受け止めてどうなる」
「…………そうだな。確かに俺は、誰になんと言われようと止まるつもりはない」
不退転の決意を宿した瞳を見て、だからこそお前の後を追う者が、跡を歩く者がいるのだな、と納得してしまう。と…………
「ッ!?」
ゾクッと背中を駆け巡る妙な感覚。臍下あたりから登る熱に、リヴェリアの視界が歪んでいく。
「リヴェリア?」
その様子に気付いたヴァルドが声をかけてくる。それだけで、はぁ、と熱い息が漏れた。
──もう、いい………もう、なんでもいい……誰でもいい!
「誰、でもいい…………」
「熱でもあるのか?」
と額に触れようとして、素肌同士は流石に不味いと手を引こうとしたヴァルドの手を掴むリヴェリア。そのまま頬に触れさせる。
「ヴァルド………」
その名を呼ぶだけで多幸感に満たされる。上気した頬に潤んだ瞳、ヴァルドは絶賛混乱中。
「お前は………近くで見ると綺麗な顔をしているな」
「…………は?」
「ああ、エルフにだってここまで白い肌を持つものはそうはいない。ふふ、睡眠時間を削ってるとは思えない肌だ」
「!?!!?」
スルリとリヴェリアの手がヴァルドの頬を撫でる。スベスべとした陶器のようで、人の温もりと柔らかさを持った指が頬を伝い耳朶に触れる。
「私は、お前がまだ小さい頃から面倒を見ていたからな。母親のように見られているのかも、そう思う事は何度もあった。だが今は、一人の女として見てくれないか?」
「【
「にゃ!?」
かなり強力な静電気程度の電撃がリヴェリアを襲う。瞳に宿っていた妙な熱が消え、しばし呆然としたリヴェリアは直ぐにかあっ、と赤くなる。ああこれは叫ぶな、とヴァルドが備えるが、そのままバランスを崩しかける。
「おい、大丈夫か? 一体何が………ん?」
と、ヴァルドは妙な気配を放つ一冊の本を見つけた。
「『生涯モテなかった女神とその眷属達の呪い』?」
「ああ。これによると『チョーかっこいい男をゲットしてマジ死ぬほどイチャイチャしたかったのに。一人もカレシ出来ないとかありえなくない? マジこの世クソじゃない? 許せなくない? その想いを呪いとして後世に残す………』と書かれている」
「なんて迷惑な………」
「この『モテないチカラ』が呪いとして発露するようだな。それが暴走し、異性同性問わず口説きまくるようになる呪い、らしい」
「真面目にやれ!」
「俺は至って真面目だ、リヴェリア」
リヴェリアが開いてしまった本は
「なんなんだ、そのふざけた
しかも最悪なことにヴァルドを口説いた時の記憶が残っている。
「まあ
「アミッドならディアンケヒトと都市外の商会と商談しにいっている」
「……………………この呪いは、進行するんだよな?」
「ああ、永遠に誰でも構わず口説き続ける人生になるそうだ」
呪いの書を見ながら答えるヴァルドにリヴェリアは眉間を抑える。クソみたいな呪いなのに、そうなるぐらいなら死を選びたい。
「解く方法………まあこれだけやりたかった願いを書いているのだから、【モテない女神達】の執念が宿ったお前がこれを行えば解けるのでは?」
「こんな訳のわからん呪いを残すような奴らが考えた、異性としたいことを?」
「現状それしか手段がないのだ、仕方ないだろう。とりあえずお前の恥を広めぬであろうエルフを………」
「私にこれ以上恥を広めろと?」
「………俺がやれと、そういうのか?」
現状このことを知るのはヴァルドとリヴェリアだけ。他の誰かに頼らなければ、それ以上知られることはない。
「本来俺に向けられた呪いだ。お前がやれと俺に望むのなら、応えよう」
「そうか、やれ」
『冷え込んだ町中で、先に待っているカレ。アタシは少し、イタズラをしたくてそっと近寄るの。少し冷たくなった手で、カレの首元に触れる。うわあ! あはは、びっくりした? したよ。たく、冷えてるじゃないか。カレはそう言ってアタシの手をそっと包んで温かい吐息を吹きかけた』
「………………」
「………………」
数年ぶりの聖夜祭。賑わう人々の中で、異質を放つ二人組。
男の首元に手を伸ばし触れられず固まるリヴェリアと、触れるのを待ち続けるヴァルドだ。どちらも認識阻害のメガネをかけている。あくまで誰かわからなくするだけなので、エルフの女がヒューマンの男の首に手を伸ばし固まるという妙な光景に段々と視線が集まっていく。
「まだか………」
「待て……まだ、少し待て。これは呪いを解くため、解呪のため………」
「………………」
「ひゃあ!?」
流石に焦れてきたヴァルドが体を傾けリヴェリアの手に首元を触れさせる。リヴェリアが真っ赤になって叫び後ずさる。
「なな、何を!?」
「お前がちんたらするからだ。次だ」
「そ、そうだな。つ、次…………次?」
『カレはそう言ってアタシの手をそっと包んで温かい吐息を吹きかけた』
やるのか、今ここで!?
「ま、待てヴァルド! こっちのほうが心の準備がいる!?」
と、リヴェリアが差し出していた両手を慌てて引こうとするが、その前に包まれる。ヴァルドのマフラーによって。
「………へ?」
困惑するリヴェリア。ヴァルドはマフラーに包まれた手にそっと口をつける。それはさながら、騎士の忠誠の口づけ。
「良し」
と口を離しマフラーを解く。
「………は? ……………え? ……は?」
「マフラーで
ヴァルドの言うとおり、本の纒う禍々しさが薄くなった。呪いが一つ消えたのだろう。なんだか釈然としない…。
「次は…………『カレと手を繋ぐ』だそうだ…………」
『彼が温めてくれた手は、寒い夜風にさらされてまた冷たくなってしまう。手袋を忘れたばっかりに、なんて思ってた。彼が手袋を片方貸してくれて、もう片方の手を大きな手でそっと握る。もう心までポッカポカ』
これを彼氏がいないどころか呪いを遺すほどモテなかったと考えると男友達すらいない者達が自分のしたかった妄想を書いていると思うと………かなりきつい。
「……………………」
そして、これもまた手袋を渡すまではいったが手を繋ぐ時になってリヴェリアが固まる。後少しだというのに………。
「リヴェリア………」
「わ、解っている! 解っては、居るんだ。ええい、お前から握れ! 本にもそう書かれているだろう!」
「それはそうだが、さっきと違って暫く歩かなければならないようだ。お前のタイミングで…………と、すまない」
人が増えてきた影響で、ドンと誰かにぶつかる。つったていても邪魔だろうと移動しようとリヴェリアに提案しようとしたヴァルドは、ジッとこちらを見つめてくるぶつかった女性…………アマゾネスに気づく。
「ん〜? 顔が、よく見えない。でも、解るわ。あなた強いでしょう? ねえ、せっかくの聖夜なんだもの、私と甘い夜を過ごさない? ほら、あっちに私の店があるの。ただでいいわよ?」
スルリとヴァルドに腕を絡ませ、胸元をはだけさせるアマゾネス。明らかにヴァルドだけに己の豊満な胸の全てを見せている。ブチッとリヴェリアの中で何かがキレる。
「結構だ。こいつは今夜、私と居る」
「………そういうことだ、悪いな」
「そう? なら、今度遊びに来てね」
「っ!!」
ヴァルドに腕を絡め引っ張るリヴェリア。アマゾネスはそれを見て楽しそうに笑うとヴァルドの頬に艶めかしい仕草でキスをして去っていった。
「まったく種族的な特徴とはいえ、これだからアマゾネスは……お前も良く歓楽街に行ってるらしいが、節度を弁えているだろうな」
「当然だ。むしろアマゾネスが節度を弁えず乗り込んでくる」
第一級冒険者にして『大抗争』の折、最強の一角を第二級冒険者の身で打倒したヴァルドは強い雄を好むアマゾネスにそれはもうモテる。アマゾネス程でないにしろ、自身もモンスターと戦える女冒険者も強い男を好むので彼女達からもモテる。
そういえば恋文も混じっていたな、とリヴェリアは不機嫌そうに鼻を鳴らすのだった。
もう読むのはやめよう。
次は2種類のケーキを頼んで、それぞれ食べさせ合う。なお、フォークは二人合わせて2つだけ。取り替えないこととする。あとイチャイチャトークをするらしい。
「あ、あ………ああ、あ〜ん…………」
恥辱に震えるリヴェリアのフォーク。口にした瞬間恥ずかしがったリヴェリアが思わず突き出してきそうだったので、早業で喰らう。
「あの本を送った者、必ず見つける! うむ!?」
リヴェリアがダークサイドに落ちそうになったので大きめに切り分けたケーキを突っ込む。
「…………うまい」
「それは何よりだ」
「……………慣れているな」
「昔はアイズの腕を折ってたからな。その後の世話は俺がやってる。慣れもするさ」
そしてリヴェリアが叱る。そこまでが流れだ。
「お前の教育方針は過激にすぎる」
「だがアイズ自身が望んだことだろう。事実お前より俺に懐いている」
「力を欲していたからな。そしてお前は己を超える後継を欲していた。傍から見る私達は気が気ではなかったな。だというのに、お前に懐くし」
「お前は叱ってばかりだからな」
「叱らねばならぬことをお前達がするからだろう……」
リヴェリアは呆れたように言う。ヴァルドも自覚はあるのか目をそらし、しかし改善する気はないので謝らない。リヴェリアがジトっとした視線を向ける。
「アイズが将来お前のようになってしまうかと思うと不安で仕方ない」
「俺のようにはならんだろう。お前がいるのだから」
「自分のようになるのを止められるべきことだと思うのなら、もう少し己を見直したらどうなんだ?」
「見直した上で、直すべきだと自覚して、直さないだけだ」
「子は親を見て学ぶ。私が居るというが、お前だってあの子に………どうした?」
「呪いが弱まった」
「何? 今の会話のどこに『イチャイチャ』があったと言うんだ?」
だが、順調にことが進んでいる。そう思った時だった………。
「っ! こ、れは………」
「『発作』か!?」
弱まっていたはずの瘴気が強まる。ヴァルドはリヴェリアの手を引き人気のない場所へ移動した。
「大丈夫かリヴェリア………大丈夫じゃなさそうだな」
トロンと熱に浮かされたような瞳を向けてくるリヴェリア。ヴァルドとて情欲も性欲も持ち合わせている。これは、結構キツい……
「どうした? 固まって、緊張しているのか?」
普段の彼女からは考えられない至近距離で顔を覗かれ、普段の彼女ではありえない、熱に浮かされた笑みを浮かべる。
「かわいいなぁ、お前は。知っているぞ? お前がこうして、ほんの少し休むようになったのは誰かのためだということを…………自分の後を追い、休まぬ誰かのために休むことを選んだのだ。全く、しようのない奴だ」
吐息がかかるほど接近する。認識阻害の眼鏡が無かったらオラリオ中のエルフから敵意を向けられたことだろう。
「常に誰かを思う………そんなお前を誇らしく、同時に不安になる」
紡がれるそれは、間違いなくリヴェリアの本心である。ヴァルド・クリストフには才能がない。ランクアップに必要だった偉業の過酷さを見ればそれは明らかだ。リヴェリア、フィン、ガレスはもちろん一時期彼に剣を教えていたノアールもそう判断していた。
上級冒険者の大半を占めるLv.2へ至れれば上出来、Lv.3まで行けば十分と、そう思っていた。
「お前が復讐など望んでいないことはもう解っているんだ。だからこそ、何故あそこまで力を求めるか解らない。解らないから不安になる」
ここまでは本心。そして、呪いはリヴェリアのそんな不安に漬け込み思考を溶かす。
「ああ、いっそ………私がお前の立ち止まる理由になろうか。遺して死ねぬと、そう思えるだけの関係になれば、お前は止まるのか?」
両頬を押さえ、リヴェリアの顔が近づいてくる。神にすら嫉妬を覚えさせる美貌に獣性を滲ませ迫るリヴェリアにヴァルドは………。
「触れるな」
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未来、エイナや千草が被害に合う呪いの書の一つ。聖夜変なだけありより呪いを受けたものはよりアダルティになる。
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