目の前に見えるのは、荒れ果てた大地に立つ一人と大勢。空は真っ黒の雲に覆われ、かすかに血のように赤い光が見える。一人は漆黒の鎧を着ていた。全身を覆う鎧のせいで、中身が誰なのかもわからない。その手には鞘から抜かれた剣が握られている。その剣からは鎧と同じような黒いモヤが溢れていた。
一方で対面する大勢は色とりどりだ。真っ白なコートに身を包んだ少年、少年と同じく白いドレスを纏った少女、青色の日本式の鎧を着た少女、真っ赤な中華系のドレスを纏った少女、その他いろいろの少女たちが、少年を守る様に彼の周りに立っていた。
『どうしてこんなことをしたんだ!なぜこの世界の神を殺そうとするんだ!答えろ!』
黒騎士は剣の切っ先を突きつける。鎧の隙間から覗く目は、相手を射殺さんとするほどに鋭い。もっともその相手は両手を広げ、「やれやれ」といったように、小ばかにするように首を左右に振った。
『俺にはさぁ、俺と共に歩んでくれる人や守りたいものがあるんだよねぇ。だからさ、俺たちの邪魔をする奴は神様だろうとぶっ殺しに来たってわけ』
白いコートの少年は自分の周りにいる少女たちを見まわし、少女たちも彼の顔を見てほほ笑む。そして少年は黒騎士に向かって顔を醜悪に歪めた。
『もっともぉ?自分しか見えていない、勇者の使命とやらに括ってなぁんにも考えてない、空っぽの偽善を振りまく屑には解らないだろうけどなぁ?あ、ごめん、言っても無駄だったよなぁ!』
『ふざけるなぁ!』
黒騎士が叫び声をあげて白いコートの少年に向かって走り出す。まるで時が止まったかのようにその姿が消え、再び現れた時には既にその刃が白コートの少年の首の皮膚に触れていた。あとは速度のままに首を斬り飛ばすだけ。
『そうはさせん!』
だが叫びと共に阻止される。傍にいた侍少女の刀が割り込んだのだ。刀と剣が触れあった瞬間、重量速度共に強いはずの剣が弾かれた。弾かれた勢いのまま黒騎士は、吹っ飛ぶがすぐさま体勢を直して地面を滑る。二つの線を地面に刻みつけたながら、間髪入れず黒騎士は呪文を唱える。
空に文様が描かれ、彼らに向かって光り輝く巨大な球体が落ちる。しかし同じく空から現れた黒い球体がそれを阻み、両方ともが空中で砕け散る。周りに火の粉が降り注ぐ中、黒騎士は全身に魔力を行き渡らせる。身体を強化し、機能を強化し、剣に魔力の付与も与える。最速で最重の威力を叩きつける、彼の一撃必殺技。
その両目で
それでも自分は…勇者は!戦わなくてはいけない。みんなを助けるために!
『うわぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
叫び声をあげて黒騎士は剣を振るった。踏み出した地面が大きく抉れ、黒い空が一直線に裂け、そして光と風が迸る。黒い雲はかき消され、周囲はその熱と風で干上がり、地面には大きな穴が開き、周囲を砂煙で覆う。
自身の所業に彼は片膝をつく。一撃必殺故に自分への反動もすさまじい。一時的とはいえ息を整えるまでの疲労が身体を襲う。呼吸を整えようとするも、自分がかつての仲間たちを手にかけたことに対する罪が心を痛める。だが、世界を救うためにはこうする他
『で、それで終わり?』
その声に黒騎士の時が止まった。まるで身体を型に容れられたように動けない。唯一動かせる顔をあげると、そこには巨大な文様のが壁が現れ、その向こう側に彼らは立っていた。自分の必殺技を受けたにも関わらず彼らは全くの無傷。
『私がいる限り、みんなには絶対に傷つけさせません!』
光の壁を出しながら自分を睨みつける少女。その隣には、自分たちを救ってほしいと頼んできた、勇者と慕っていた王女が手を取り合って少女を支えていた。そして黒騎士を見る視線はとても冷えていた。
『さてと、今度はこっちのターンだよなぁ?』
動けない黒騎士に向かって、少年はゆっくりと歩きだす。そして動けない彼に対して
『オラぁ!』
顔面を蹴り飛ばした。そのまま兜が脱げ、ひしゃげた鼻の醜い少年の顔が現れる。
『いいか?これはてめぇの勇者ごっこに付き合わされたみんなの分だぜぇ?』
白いコートの少年の顔がにんまりと歪む。
『これは俺がムカついた分!これは俺の前に出てきやがった分!これは俺の邪魔をした分!これはきにいらねぇ苛立ちの分!これは俺の仲間に手を出した分!これはお前に惨めさを叩きこむ分!これはお前の無様さが笑える分!』
殴られるたびにビクンビクンと少年が跳ねるが、それすらも気付かないほどに彼の心は怒りに満ちていたのだ。
『これもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれも全部みんなの怒りだぁ!これもれこれもこれもこれもこれも!』
一方的に始まった制裁。顔を何度も殴りつけ、手足を折り、歯を折り、鼻を折り、血や脳漿を地面にぶちまけるも、すぐさま仲間の治癒魔法で治され、また繰り返す。謝罪の言葉も意味はなく、これは巻き込まれた被害者たちの叫びだと拳が飛ぶ。そうして数時間にわたる制裁も王女の言葉で終わる。
『それ以上はおやめください。心優しい貴方が涙を流しながら手を汚すことはもうないのです!』
『そうだよ、もうこんな屑の血で汚れる必要なんてないよ!』
『でも、こいつのせいで大勢の人が犠牲になったんだぞ?こいつのせいで!』
『心優しい貴方の気持ちは分かります、ですが、今は世界を救うために神を倒さなくてはいけません。それに、裏切り者の勇者にはしかるべき罰を与える必要もあります。死んでしまってはこちらもこまるんです』
王女はちらりとボロボロの勇者を一瞥するも、もはや何の感慨も抱かなかった。
『あんたみたいなクズに惚れてた私が馬鹿だったわ』
そう言って、ボロボロの少年に唾を吐きつける、幼馴染だった聖女様。
『分かった。これ以上こいつに構っている時間はないってことだ。行くぞ皆!神をぶっ倒して世界を救うぞ!』
少年の掛け声とともに彼らは神の住まう神殿へと足を勧めるのであった。
そして世界を支配していた神を倒した少年たちは、異世界を救った本物の勇者として称えられることになる。王女のキスを受け赤面する少年と、それにつられて我先に覆いかぶさる少女たち。そして始めるセックスシーン。
一方で、本来世界を救うために勇者に選ばれた少年は私利私欲のために世界を崩壊させようとした大罪人として、王の広場にて大衆の前で処刑されることになった。
凄惨な拷問でボロボロになった偽勇者と、それを冷ややかな目で見つめるかつての仲間たち。断頭台に首がかけられる。そして真の勇者が彼の元へと歩み寄り、耳元でそっと囁いた。
『あいつらは俺が愛してやるから安心して死んでくれ。じゃあな踏み台ゴミカス野郎。俺のためかませ役ごくろうさん、ってね』
陰で周りからは見えないが、確かに下卑た口元も歪めた真の勇者の言葉と共に、偽勇者は断頭台の梅雨に消えた。そして英雄となった
ぶつりと私はテレビの電源を切った。
「なによこれ」
私の胸の中に駆け巡るのは怒りだった。それでも自分の心は落ち着いていると自負していた。仮に心のままに動いていたら手に持っていたリモコンをテレビに投げつけていただろう。
忙しいせいで暇がなく、ようやく見れたアニメに対する私の感想だった。仕事が一段落したのもあって、最終話までの録画を観るために連休と重ねて有給を使い、期待に胸を躍らせて最終話まで見た結果がこれだった。私は何も言わずに録画を全部消去した。
そして頭の中がこれまでの話を思い返す。
ファンタジー世界の勇者の物語という触れ込みだった。勇者として選ばれた少年が世界救う話だった。もはや理由もいらない王道の物語!テレビのCMや雑誌の広告で散々宣伝されていた……はずだった。
勇者として選ばれた主人公は、共に世界を救うために仲間を集い、巨大な魔物を倒しながら絆を深めていくストーリー。旅の中で時に対立をしながらも、互いに助け合いながら彼らは旅を続ける。そして魔王軍の幹部との決死の戦いを終えて一期が終了した。王道故に意外性もなかったものの、しばらくして視聴者からのそれなりの人気を受けて続編が発表された時は嬉しかったものだ。
主人公たちの冒険がまた見れる!とワクワクしたのを覚えている。
ところが二期で新たに新キャラが現れてから話がおかしくなった。二期に登場した新キャラは、なんと真の勇者として現代の日本から召喚された設定の少年だった。それからどんどんと話が進むにつれて、本来の主人公である勇者との異様で露骨な贔屓が目立ち始める。
二期当初でいきなり理由もなく偽勇者と決めつけられる一期主人公の場面。そして真の勇者として周りからチヤホヤされる2期の新キャラ。
そして唐突に出てくる一期主人公のゲスな行為。
一期で魔物に襲われる村や町を助けるカッコいいシーンだったのが、二期では一期主人公が村や町から金を徴収し、無理やり少女たちを強姦し、気に入らなければ平気で人を殺すシーンになっていた。挙句そんな行為を平気で『正義』という始末。まったくもって一期ではする筈のないことを行うという、全くの別人になっているのだ。
それ故に、そんな屑な一期主人公に幻滅し、恋すらも冷めた仲間たちは二期主人公の元へと集まっていく。そんな元仲間たちを優しく迎える二期の主人公。
そしてお出しされる、絆を深めるイベント展開からの、セックスを匂わす描写の数々。それこそ多人数でやってるであろう描写まで謎の光や黒ぼかしで放送された。そのシーンには、仲間たちのほかに、二期で新たに聖女として選ばれた一期主人公の幼馴染までいたのだから、もはや気持ち悪さに吐き気すら覚えた。
そして最終話では、世界を破滅に導こうとした裏切り者として処刑される一期主人公と、その無様な姿を嗤う二期の真主人公と元仲間たちに幼馴染。最後に画面に映された『ありふれたハッピーエンド』という最終話のタイトルには目を疑った。
「なんなのよこの最終話は!ハッピーエンド?これが?バカじゃないの!?王道ストーリー舐めてんのか!」
怒りが自分の身体だけでなく頭の中で荒れ狂っている!怒りのままにパソコンを起動し、このくそったれなストーリーについての感想欄を見る。きっと私と同じように、みんなも物語に裏切られて怒っている違いない!
『まさかのドンでん返しは凄かったよね』
『分かる分かる。一期主人公が屑だったって伏線はちゃんとあったのはびっくりだよ』
『実は一期勇者が偽物で俺たちを騙していた!っていうのは王道だね』
「なによこれ」
目に入る感想はみんな絶賛コメントの嵐だった。意味が分からなかった。まるで自分と世界にズレが起きたような錯覚すら感じた。これがいい?これが最高だった?唐突に出てきた一期主人公の屑要素が王道?一体どこに屑の伏線があった!?
「もうなんなのよ…」
パソコンの電源を切り、椅子に座ったまま、混乱している頭を机に置く。ふと思い浮かぶのは二期で出てきた新キャラにして、真の勇者であり真の主人公という設定の少年だ。
「ふざけてる」
その感想しかない。
「何なのよあれ!真の勇者で召喚者!周りからチヤホヤされてセックス三昧!?それで剣術も魔法も何でも出来ちゃう天才!?はぁ!?製作者は馬鹿か!」
一期主人公である元勇者を超える才能とか明らかにやり過ぎてる!
そもそもあんな新キャラが出るなんて話、どこにもなかったのに!公式のホームページにもそんな告知はなかった。
次いで二期発表の宣伝広告を確認しても、新しい仲間のキャラ画像はあるのに、肝心の二期主人公の情報なんてなにも全く無い。
それに唐突に出てきた、一期主人公の屑の設定だっておかしな話だ。
アニメのホームページのキャラ設定と解説、後に販売されたアニメの設定集だって書かれていなかった。本棚からその設定集を取り出しキャラクター設定のページをめくるも、やっぱりそんな設定や話はなかった。
まるで、急遽割り込まされたような、無理矢理継ぎ足されたような内容といってもいい。こうなったら、一体どういうことかテレビ局に電話を…
『お前、うざいなぁ』
え?
後ろから声が聞こえた。もちろんこの部屋に私しかいないし、一人暮らしだから家族もいない。自分の背筋が凍った。もしや泥棒?でも、その声に私は既知を感じた。それは前にどこかで聞いたことのある下品な声。いや、いつどこで言うよりも、むしろさっきまでこの部屋で聞いていたような声だった気さえする。
プツンと勝手にテレビが着いた。流れる映像は先程見ていたアニメのワンシーン。銃を構えた二期主人公の画像。敵を見据えるカットシーンなのに、私にはまるで、自分に向かって銃を突き付けているように見えて…。
『ダァン』と発射音と同時に、私の胸から真っ赤な花が咲いた。
え?
痛みや身体に空気が通る感覚と共に口から赤い液体が零れだす。気が付くと私は床に倒れていた。身体から力が抜けていくような倦怠感。視界も霞んでいく。
『ったくよぉ。まさか『俺』に気付く奴がいたなんてなぁ。まったくもって予想外だぜ。そうだよお前だ、お前のことを言っているんだよ。』
まるで私に話しかけているかのように、やれやれと肩を含めるそいつ。
『まいっか、邪魔な奴は殺せばいいだけだし』
そして
その光景に目を見張ることしか出来ない。
『ん?まだ生きてんのかよゴキブリかよてめぇ。アニメの勇者様といい、なんで邪魔な奴はすぐに死んでくれないんですかねぇ?俺は悲しくて悲しくて、ムカつくんだよなぁ!!』
少年は左手にナイフを握りしめ、振り下ろすように私に突き刺した。まるで駄々っ子のように喚きながら、何度も何度も突き刺す。ようやく怒りが収まったのか、スッキリとした顔に戻る。
『しかしまぁ、良い身体してんじゃん。うわ勿体ねぇなぁ。なんだったら精神をぶっ壊して従順なペットとして飼っても良かったかな。それか殺す前に
醜く歪んだ少年の顔は、アニメそのままだった。
『あばよイレギュラー。誰も俺の存在に気付かせないし、気付く存在は俺が直々にぶち殺す。俺の物語は絶賛され、俺はヒロインと幸せになって永遠と続くんで!』
ぺっと私に唾を吐き捨て、そのままテレビの中へと戻っていく、アニメの二期主人公の少年。その唾は傷口に付着した。
私は意識が途切れていく中、真っかな右手をそのテレビ画面に伸ばす。まったくもって意味が分からない。アニメの中からキャラクターが現れ、私はそいつに殺される。そんな非現実な中で訳も分からず殺されて死ぬ自分。まったくもって許せるはずがない。許せるはずがない!
テレビの画面では、一期の一話冒頭シーンが映っていた。勇者に選ばれる前の、勇者を見捨てる前の、お互いが大好きで笑い合っていた少年少女。未来のことなど知らない、
その画面に手を触れながら、私は意識を失った。
選択肢
-
友
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師匠
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好敵手
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魔女
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怪物