ある幼稚園の給食の時間。拳銃を持った男がひまわり組に侵入し、先生2人園児20人を人質にとって立てこもった!

 入院中だった村田警部は居ても立っても居られなくなり、勝手に退院してその幼稚園に駆けつける。現場は大混乱。機動隊の突入は犯人に阻まれ、警察側は手詰まり。そんな中、犯人がある要求をTwittorに投稿する。その要求とは、ある女優のヌード写真だった!

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南第二幼稚園立てこもり事件 〜犯人の要求はある女優のヌード写真〜

現場に到着すると辺りは報道陣と保護者と野次馬が入り混じる、酷い有様だった。

 

園は封鎖されているが、正門では駆けつけた保護者が中の様子を少しでも見ようと巡査と押し合いをしている。

 

「犯人は拳銃を所持しております! 一般の方は危険なので近寄らないで下さい!」

 

もう何度も繰り返し叫んでいるのだろう。巡査の声は枯れていた。

 

「村田警部! いらしたのですか? 退院はまだ先だと……」

 

今村警部補が驚いた様子で声をかけてきた。久しぶりに会ったが、相変わらずスラっとしたイケメン。何故警察官なんてやっているのか分からない風貌だ。

 

「こんな事件が起きているのに、寝てられないからな。状況を教えてくれ」

 

「……はい。本日正午、南第二幼稚園ひまわり組の教室に拳銃を持った男が侵入しました。男は先生2人と園児20人を人質にとり、立てこもっています」

 

「拳銃は本物か?」

 

「本物です。園の裏から侵入を試みた機動隊員に発砲してます」

 

「なにか男から要求はあるのか?」

 

「いえ、今のところはありません。ですが……」

 

「なんだ?」

 

「犯人のものと思われるTwittorのアカウントは特定出来ました。報道陣からの情報提供です」

 

「今も投稿を続けているのか?」

 

「……はい」

 

今村の表情は険しい。

 

「リンクを送ってくれ」

 

「了解です」

 

 

スマホを取り出し、今村から送られてきたリンクをタップすると、犯人のアカウントと思われるTwittorの投稿が表示された。

 

"今からオモチャのピストル持って幼稚園に行ってきまーす"

 

これが11時過ぎの投稿か。

 

"ひまわり組ではキッズ達が給食を食べてます! 美味しそう"

 

侵入してすぐに呟いている。

 

"外が騒がしくなってきた!"

 

"行儀の悪い奴等が裏から侵入してきた! お仕置きで発砲した!"

 

"勝手に入ってきたら駄目だよね? キッズ達がどうなってもいいのかな?"

 

"おおお! 緊急速報キター!"

 

"まだ気付いてないの?こんなに呟いてるのに"

 

"おっ、フォロワー増え始めた。これはキタか?"

 

"んほー!! アクティビティが凄いことになってる! これは始まった"

 

"キッズ達の様子も投稿しておきますね"

 

"これから日本の警察が如何に無能か、皆さんと一緒に検証していきます!!"

 

"あっ、もしこの垢が凍結されたら尊い命が失われますので、運営さんは注意してね!"

 

クソ。これは不味い。

 

「今村! 犯人のアカウントはどれくらい拡散している?」

 

「掲示板やSNSで凄い勢いで拡散しています。既に数万人が見ていると思われます」

 

「テレビは抑えているのか?」

 

「はい。そこは大丈夫ですがネット系のメディアが報じるのは時間の問題かと」

 

「犯人の特定は進めているな? 警察に恨みを持っているのは間違いない」

 

「顔の照合は進めていますがまだ身元は特定出来ていません」

 

時間が掛かれば掛かるほど状況は警察に不利になる。ここは機動隊を突入させるしかないか?しかし犯人から死角になるような侵入経路はない。催涙ガスは……園児への健康被害が後からマスコミのネタになりかねない。いや、確実になる。

 

「クソッ!」

 

「村田警部! 犯人が新しい投稿をしました!」

 

スマホを見ていた今村が声を上げる。

 

「どんな内容だ?」

 

「初めて具体的な要求が……」

 

「なんと言っている?」

 

「"これから出す要求に応えることが出来れば、人質を解放する。解放する人質の数は要求の難易度によって変わる"」

 

「ふざけやがって!」

 

「"では、1番目の要求。警察は夏木マミのヌード写真を撮って県警の公式垢でTwittorに投稿しろ"」

 

「夏木マミ? あの女優のか? もうババアじゃないか!」

 

「"この要求をクリアした時に解放される人質の数は1人"」

 

「少な過ぎる!!」

 

「まぁ、そこは大分年齢がいってますので難易度低めなのでは?」

 

「今村! 県警の公式アカウントでババアの裸体を晒すんだぞ!何処が難易度低いんだ!」

 

「……すいません」

 

「今すぐ夏木マミの事務所に連絡しろ! 自撮りでもなんでもいいから全裸の写真を送らせるんだ!」

 

「は、はい!」

 

警察を舐めやがって。絶対に犯人を追い詰めてやる。

 

 

#

 

 

「今村、夏木マミはどうだった?」

 

離れて電話をしていた今村が帰ってきた。

 

「駄目で──」

 

「なんだと! ババアの裸体で子供の命が救えるんだぞ!!」

 

「村田警部! 痛いですっ!」

 

「俺が直接話をする。夏木マミの連絡先を教えろ!」

 

「ケホッ……はぁはぁ、どうぞ」

 

ついカッとして今村の首元を掴んでしまった。が、今は反省より先にすることがある。夏木マミをなんとしても説得しなければならない。手早く11桁を入力し、スマホからの呼び出し音にじっと耳を澄ます。

 

"……はい"

 

「県警の村田と申します」

 

"また警察? さっきお断りした筈よ"

 

「犯人は拳銃を持った凶悪犯です。今、園児達の救出に向けて準備を進めていますが、時間が必要です。夏木さん。貴方の裸で沢山の命が救われる。この事件が解決したら、貴方は日本、いや、世界中で賞賛されることになるでしょう」

 

"……嫌よ。こんな衰えた身体をネットに晒したくないわ"

 

「それは違います。人間にはその年齢に合わせた魅力がある」

 

"私はもう65歳よ。誰が魅力を感じるというの?"

 

「少なくとも私は見たいです。我々の世代にとって夏木マミという女優はまさしく青春だったのです」

 

"……村田さん。貴方は何歳?"

 

「今年、55歳になります」

 

"ふふふ。貴方の世代だと私の若い頃のヌードを見たことがあるかもしれないわね"

 

「はい。美しかったことを覚えています」

 

"……ありがとう。村田さんと話して考えが変わったわ。脱いでもいい。でも、一つ条件があるわ"

 

「なんでしょう?」

 

"村田さん。貴方が先にTwittorで裸を晒して頂戴。こんなおばあちゃんが1人で裸を晒すのは寂しいもの"

 

くっ。このババア、ふざけた事を言いやがって!なんで俺が脱がないといけないんだよ!

 

"どうしたの? 人にお願いしていることを、自分は出来ないなんて言わないわよね?"

 

「……もちろんです。先に投稿します。夏木さんも後から必ず画像を送ってください」

 

"分かったわ。じゃ──"

 

──ぉぉぉおおおお! なんなんだよー!!

 

「今村!」

 

「は、はい!」

 

「俺の裸を撮れ!」

 

「えっ! なんでですか!?」

 

「いいから、撮ってくれ! 時間がない」

 

こうなったらヤケだ。ネットに晒されるのは事件が解決するまでの少しの間。どうせ俺は嫁も子供もいない独り身で誰にも迷惑がかからない。唯一の気掛かりは田舎の母親だが、テレビしか見ない世代。大丈夫だ。

 

機動隊の遊撃車に今村を引き摺り込み、ドアを閉める。

 

「警部、本気ですか?」

 

「うるさい!本気だ!」

 

ズボンを下ろしながら応える。

 

「一体、夏木マミに何を言われたんです?」

 

「俺が脱げば、夏木マミも脱ぐ!」

 

ワイシャツのボタンを外し、肌着ごと脱ぎ捨てる。

 

「さぁ、撮れ!!」

 

「……わかりました」

 

今村のスマホからフラッシュとシャッター音が響き始めた。

 

 

#

 

 

「警部、今度は後ろを向いてお尻を突き出して下さい」

 

「おっ、こ、こうか?」

 

「警部、もっと表情に艶を出して」

 

「艶? こんな感じか?」

 

「いーですいーです。セクシーです」

 

「今村、もう充分撮ったんじゃないか?」

 

まだまだシャッター音は続いている。

 

「まだです警部。この事件は日本中で注目されているんです。中途半端な写真はかえって危険です」

 

危険? どういうことだ?

 

「警部、四つん這いになって下さい」

 

「えっ?」

 

「四つん這い!」

 

性格変わってるじゃないか!

 

「いーですよ! 警部! 凄くいいです」

 

今村の撮影はスマホの容量が一杯になるまで続いた。

 

 

#

 

 

「警部、お疲れ様でした。早速、県警の公式アカウントに投稿させました」

 

何故か今村は晴れやかな表情だ。

 

「犯人が怒り出さない内に夏木マミのヌードを投稿しないとな。犯人のTwittorに反応はあったか?」

 

「ちょっと待って下さい」

 

今村は先程まで撮影に使っていたスマホを取り出し、犯人の投稿を読み上げる。

 

「"なんでオッサンのヌード投稿してるんだよ!"」

 

「"気持ち悪いー"」

 

「"キメ顔www"」

 

「"四つん這い、マジウケるわwww"」

 

落ち着け。事件解決の為にやったことだ。俺は間違っていない。そう、正しいことをしたんだ。恥じることはない!

 

「"へぇー、このオッサン、村田警部っていうのか"」

 

「ちょっと待て!なんで犯人が俺の名前を知っているんだ!?」

 

「誰かが犯人のアカウントにDMしたんじゃないですかね?」

 

「そんな事、許されるのか!?」

 

「いやー、そう言われましても」

 

今村の涼しい顔が憎らしい。そもそもこいつが夏木マミとの交渉に失敗したことが原因だろ。なんでこいつはノーダメージで俺はズタボロなんだ!納得出来ない!

 

「あれ?」

 

俺より20センチ程背の高い今村が、園庭の方を見て声を上げた。

 

「どうした?」

 

「園児が1人、歩いてます」

 

「どういうことだ?夏木マミのヌードはまだ投稿してないだろ?」

 

報道陣が一斉に脚立に登り、フラッシュが炊かれる。

 

「"村田警部のヌード、めっちゃ笑ったから一つ目の要求はクリアしたことにするわー"だそうです」

 

「ふざけるなよ! 園児を犯人のところへ戻せ! 夏木マミのヌードが先だろ!!」

 

「警部、落ち着いてください。人質が解放されたんです。よかったじゃないですか」

 

「こんなの約束と違う! 俺は絶対に認めん!!」

 

「世の中の人は警部のことを認めているみたいですよ。急上昇ワードに"村田警部"が載ってます」

 

「載らなくていいっ!」

 

不意にスラックスのポケットに入ったスマホが震えた。見ると夏木マミだ。

 

「もしもし、村田です」

 

"お疲れ様。人質も無事解放されたみたいだし、私が脱ぐ必要は無さそうね"

 

「いや! しかし、それでは約束と──」

 

"テレビでもしきりに貴方のヌード写真を報道してるわ"

 

「テレビ? 抑えてた筈なのに!! 不味い、駄目だ! 駄目、絶対!!」

 

"村田警部、決死のヌード写真40枚連続投稿ってN○Kのニュースでも──"

 

あぁ、視界がチカチカする。どうやら興奮し過ぎたようだ。フッと力が抜けて、頬に地面を感じる。遠くで誰かが俺を呼んでいるが、その声はどんどん小さくなり……やがて聞こえ……。

 

 

#

 

 

"事件発生から約16時間後の10月16日の午前4時5分、機動隊が突入。傷害・監禁・恐喝の容疑で、住所不定、無職の真部一男(32)容疑者を現行犯逮捕した。幸い、人質となった幼稚園職員と園児に怪我人はいなかった"

 

釈然としない気持ちで新聞をベッド脇のゴミ箱に投げ入れた。結局俺は現場で失神し、そのまま病院のベッドに逆戻りだ。

 

もう、現場に立つのは控えるべきなのかも知れない。俺のようにすぐ熱くなる人間が先頭に立つ時代は終わったのだ。警察官も職業の一つ。今村のように割り切って働くのが正しいのかもしれない。

 

ぼんやりと今後のことを考えていると、病室に足音が響いた。病院には不似合いな高いヒールの音だ。

 

「村田さん?」

 

現れたのは黒髪をアップにし、黒のドレススーツに身を包んだ夏木マミだった。

 

「夏木さん! どうしてこんなところに!?」

 

「あの電話の後に倒れたって聞いたからよ。流石に心配になったわ」

 

お見舞いの品だといって、高そうな箱に入ったゼリーを渡された。

 

「お構い出来ずに申し訳ありません」

 

「あら、病人がそんなこと気にする必要ないのよ」

 

丸いスツールに座って脚を組む夏木マミの姿はやはり女優で隙のないカッコ良さがある。

 

「いいヌードだったわね。村田警部」

 

「……やめて下さい。恥ずかしくてテレビもネットも見ていないんです。田舎の母親からの電話もひたすら無視していますし」

 

「ふふふ。世間に貴方の事を否定している人なんていないわ。堂々としていなさい。きっとお母さんも貴方の事を誇らしく感じているでしょうね」

 

「そんなもんですかね?」

 

「そうよ。そんなしょぼくれた顔をしてないで、これでも見て元気を出して」

 

そう言って渡されたA4サイズの封筒にはそれなりの厚みがある。

 

「じゃあ、私は行くわ。あまり興奮しちゃ駄目よ」

 

ヒールの音がまた病室に響き、やがて聞こえなくなった。

 

しんとした病室で封筒の口を開けて、中を覗き込む。

 

……ふん。なかなかどうして、65歳の夏木マミも素晴らしい女性じゃないか。詳しく観るのは夜にしよう。

 

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴ……

 

ベッドに転がしていたスマホが震える。ゆっくり拾い上げてみると、相手は田舎の母親だ。

 

今までは無視していたが、あまり年寄りに心配をかけるものではないな。通話ボタンをタップする。

 

「電話出れなくてごめんな、かあちゃん。俺は──」

 

"この恥晒しがぁ!!"

 

「ひっ」

 

この後、俺はただひたすら謝るのだった。


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