日本全土を巻き込んだ、大きな厄災。
その最中、彼らは見る。
想像を絶する光景をーー。



ゴジラシリーズなどの怪獣映画の世界を舞台に、主人公や主要人物ではない「モブキャラ」から見た、彼らの生きる世界の出来事を、オムニバス形式で描いていきたいと思います。

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花の笑顔

「夜になると女の声が聞こえる」

 

その噂が部隊内で囁かれるようになったのは、俺が任務に駆り出された数日後だった。

 

日本を襲った未曾有の災害から5年。

この国は必死になって生きてきた。

 

全く経験のない厄災から立ち直るのは、この国の専売特許だ。

今回も例に漏れず、人々は再び立ち上がり、壊れた街を建て直し、流通を回復させ、生活を元通りにしてみせた。

 

自衛隊という職に就いたばかりの俺も、あちこちに駆り出された。それこそ馬車馬のように働かされたが、後悔はなかった。

俺が動くことで、何かが、誰かが、明日に向かって歩き出せるのなら、こんなに嬉しいことはない。ちょっとキザな物言いかも知れないが、本当にそう思っていたし、これから続くであろう穏やかな未来に希望を抱いていた。

 

だからこそ、その第一報を聞いたときには愕然とした。

三原山の噴火、そして特殊災害警戒態勢の発令。

 

この国の人間が何をしたっていうんだ。やっとの思いでケリをつけた厄災が、たったの5年で目覚めるなんて理不尽すぎるじゃないか。

被災地で見た人々の顔が浮かんだ。不安と悲しみを抱きつつも、生き延びられた安堵に顔を綻ばせる人々の顔だ。彼らの顔が悲しみに沈み想像をすると、心の底から怒りの感情が湧き上がった。

この情動を、迫りくる厄災……目覚めた『奴』にぶつけてやる。そう決意していた。

だが、煮えたぎるような感情に支配されていた俺に言い渡された辞令は、『奴』と対峙することになる湾岸部の防衛任務とは真逆の、芦ノ湖における警戒任務だった。

 

『奴』の出現と時を同じくして、芦ノ湖に馬鹿げたものが現れたという話は聞いていたし、そちらに対して人員を割くという判断ももちろん理解できる。悔しかったが、受け入れるしか無かった。

俺の仕事は、命令を特に重視しなければいけない。受け入れ、最善を尽くすことが肝心なのだ。自分にそう言い聞かせながら、俺は芦ノ湖に向かった。

 

いざ現地に到着し、最初のブリーフィングを受けたときのことはよく覚えている。あまりにも非現実的すぎる様子に思わず笑ってしまったからだ。

 

だって、仕方ないじゃないか。芦ノ湖の中心に、全長約80メートルの、牙が生えた巨大な薔薇がそびえ立っているのだ。

そんな風景を、上司の大真面目な表情と合わせて見せられる状況を想像してみてほしい。自分は夢を見ているのか、さもなくば頭がおかしくなったのだと、笑うしかなくなる。

 

どこぞの学者に大層な名前を付けられたその薔薇は、何をするでもなく、ずっと湖に佇んでいた。

たまに甲高い声を上げて巨大な触手を伸ばし、その度に俺たちは厳戒態勢に入ったが、『奴』の所業に比べれば可愛いものだった。芦ノ湖付近の観光施設は、たまったものじゃなかっただろうが。

 

湾岸部からは、『奴』と相対した部隊の緊迫した状況が刻一刻と届いてくる。

それとは真逆の、気の抜けるような任務が続く芦ノ湖。退屈な植物観察会と揶揄する同僚もいた。

 

そんな緩慢とした空気だからこそ、あの噂が立ったのかも知れない。

 

「夜、ひとりで芦ノ湖を見ていると、どこからともなく悲しそうな女の声が聞こえてくるんだ」

「お父さんと、父親を呼ぶ女の声がーー」

 

気づいたころには、この怪談話は部隊内に広まっていた。

呑気な任務続きで娯楽に飢えていた若い連中は、怪談話に大いに盛り上がった。休憩時間にはその話でもちきりになり、薔薇に殺された女の怨霊だの、あの薔薇自体が亡霊だの、あることないことが噂され、あちこち飛び交った。

俺は、この噂には乗り気ではなかった。たとえ真偽不明の怪談話だったとしても、父親を恋しがり泣く女性を、退屈しのぎの話の種にするのは忍びないと思ってしまったからだ。同僚たちは、そんな自分を堅物だと笑ったが。

 

巨大な花を愛でつつ怪談話に盛り上がる、緩慢とした日々。だが、それは急に終わりを告げた。

湾岸部の部隊を壊滅させ、ついに上陸を果たした『奴』が、なにかに導かれるように芦ノ湖へとやってきたのだ。

 

初めて直接『奴』を目の当たりにした俺は、ただただ唖然とした。

その、破壊という事象に形を持たせたかのような姿に圧倒された。

胸の中であれだけ燻っていた怒りは、あっさりと叩き潰されてしまった。

 

だが、俺に怯えている時間などなかった。

目の前に迫る『奴』に刺激されたのか、それまで大人しかった薔薇もが暴れ始めたのだ。

薔薇は触手を伸ばして『奴』を絡め取り、貫き、血を流させた。

この世のものとは思えない、巨大な生物同士の戦いから目が離せなかった。

 

しかし、その勝負は意外とあっさり着いた。

『奴』が放った青白い熱線を喰らった薔薇は、瞬く間に燃え上がったのだ。

燃えた薔薇が舞い散らせる、金色に輝く火の粉。それが夜空に登っていく様は、なんだかとても儚くて、悲しかった。

 

俺がその声を聞いたのは、まさにその時だった。

周りに木霊するように、はっきりと、父を呼ぶ女性の声が聞こえたのだ。

 

「お父さん……お父さん……」

 

とても、寂しそうな声だった。

 

そこから、状況は目まぐるしく変わっていった。

薔薇を倒したあと、駿河湾へと消えた『奴』が、今度は大阪へと現れたのだ。

『奴』が若狭湾近辺の原発を目指して行動することは、作戦本部でも予想されていた。だが、紀伊水道から大阪に一旦上陸するルートは、完全に想定外だった。

またしても、甚大な被害が出た。ウチの虎の子の新兵器も、その戦いでおしゃかになってしまったと聞かされた。

 

その頃の俺は、若狭湾で次の任務に駆り出されていた。

先鋭部隊が『奴』に撃ち込んだ特注の毒を、人工的な雷を使って活性化させる作戦の下準備に配属されたからだ。

『奴』の進路上に大型の装置を地面に次々設置する過酷な任務。芦ノ湖にいたときとは打って変わっての重労働に、あの声がいったい何だったのか、考える暇もなかった。

 

苦労して設置した装置は順調に稼働し、人工雷は予想通りの効果を発揮した。若狭に現れた『奴』の行動を見事に阻害してみせたのだ。

 

だが俺は、こんなもので『奴』が止められるとは思っていなかった。

芦ノ湖で感じたあの恐怖は、この程度でどうにかできるわけがないと感じていた。

 

俺の直感は正しかった。『奴』の進行は止まらなかったのだ。

毒は確実に効いていたらしい。しかし、あの巨体に効果を充分に行き渡らせるには、時間が足りなかったようだ。

『奴』の行動を遅らせることには成功したものの、完全に沈黙させるには至らなかった。

 

ありとあらゆる兵器を駆使した防衛網でも、『奴』を止めることはできなかった。恐らく、あの場にいたすべての人間が、人類の敗北を覚悟していたと思う。

 

と、その時。『奴』が歩みを進めるその前方に、突如謎の光が空から降り注いだ。

その光が、芦ノ湖で見た金色の火の粉だと気づいたとき、凄まじい地響きと共にそれは現れた。

 

『奴』を超える凄まじい巨体に、牙だらけの巨大な口。

そして、無数の触手を携えて大地を突き進む異形。

 

俺には、それが何かすぐにわかった。

また聞こえたのだ。父を呼ぶ、あの女性の声が。

 

「お父さん……お父さん……」

 

あいつは薔薇だ。『奴』と戦えるように姿を変えて、芦ノ湖での借りを返しに来たんだ。

そんな確信めいた考えが、俺の頭の中に浮かんだ。

 

そこからは、人間にとっては埒外の戦いだった。

その場にいた人々は地響きと轟音の中に立ちすくみ、その様子を見守るしかなかった。

 

ついに、決着の時が訪れた。『奴』の放った閃光が、異形となった薔薇の巨体を貫いたのだ。しかし同時に、毒が全身に回り切った『奴』も、その場で倒れ伏した。

倒れた『奴』を見届けると、異形の薔薇は再び金色の粒子へと姿を変え、天へ昇っていった。

神秘的とも思えるその情景に、人々は釘付けになった。

 

そんな中、俺の耳にはあの声が響き続けていた。

囁くように木霊する声は、なんだか別れを告げているようだった。

 

そんな風に考えていたからだろうか。俺には、舞い上がる粒子の中に、女性の笑顔が浮かび上がって見えたのだ。

夜が明ける直前の、青と紫と黒が入り混じった空に滲んで消えていったその笑顔は、穏やかで、少しだけ寂しそうだった。

 

それからは、息を吹き返した『奴』が若狭湾に消え、上官から状況終了が言い渡されるまでの記憶が曖昧になっている。今でこそ思うが、頭で処理できる範囲を超えたものを見せられると、人間はそうなってしまうのかもしれない。

 

立て続けに被災地の救援活動に派遣された俺が、すべての事後処理を終えた時、若狭湾の戦いからは数ヶ月が経っていた。

所属する駐屯地へようやく帰れることになったその日、上官がとある資料を見せてくれた。

芦ノ湖に現れた、あの薔薇に関係していたという研究者の経歴表だった。

 

資料の間には、研究者とその娘が写った一枚の写真が挟まれていた。

写真の中で朗らかに笑う彼女の顔を見たとき、俺の目からは涙がこぼれ落ちていた。

 

そこには、あの日、あの空に浮かんだ笑顔があった。

俺はなんだか無性に切なくなってしまって、ただただ涙を流した。

 

彼女の最後の笑顔は、ちゃんと大切な人へ届いたのだろうか。

いや、きっと届いたはずだ。

少なくとも俺は、そう信じている。そう祈ることくらいしかできない。


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