「ただいまぁー」
『おぉ、帰ってきたぞ戦士達が……黄泉の国からァ!』
バァン!とランドセルが投げられた音がした。
学校から遥が帰ってきたのだ。
ちなみにマッマはいない、なんでやねん。
「みんなただいまぁー!パパァァァ!」
『うっさ、どうした遥。俺だよ、レクサスだよ』
なんか遊びたいのか遥が抱きついてくる。
まったく、乗りたいなら早く言えよ。
「ど、どうし、うわぁぁぁぁ!」
『親子だなぁ……』
「どうして家の中に!っていうか、放牧中だったろ」
「管理どうなってんの、問題だよ!」
なに、こっち?俺、テレビみたいんだけど。
わぁーたぁ、わぁーたぁ、遊びたいのかよ。
「放牧中だったはずなのに、どうなってんだ」
「こっちだよ、こっちー!」
遥の誘導にしたがって、牧場の放牧地に移動する。
うーん、なんか暫く調教しないのか、ちょいちょい休ませられてる。
なに、体力があるのにお休みするのか!?
まぁ、満タンじゃないしええやろ。
「どーして、みんなと仲良く出来ないかな」
『おっ、何だ?ブラッシングか、ブラッシングするんか』
「ほら、走っておいで」
『うん?なんだ、違うのか』
放牧地に来たので、地面にゴローン。
日差しが気持ちいぜ、昼寝最高だな。
「もう出てきちゃダメだぞー」
『宿題か?子供は大変だな』
なんか遥が家に戻っていく。
うーん、家に居ちゃ行かんかったか。
まぁ、柵を飛び越えればまた行けるんだけどな。
『あっ、お疲れ様です!』
『うむ』
『お、お疲れ様でーす!』
『うむ』
最近、なんか人間さんも近くに来てはオッサンとかと話してたり写真を遠くから撮られたりしてる。
多分、ファンだな。俺ってばスターホースってやつだし。
それにしても、久しぶりになんか帰ってきたな。
こっちでも洗ってもらえるようになって、扱い良くなったしやっぱG1って奴になったんかな。
戦績1勝じゃ流石に無理か、いま俺ってばどのくらいなんだ。
ファン数とか見れたらいいのにな。
レースまでの間の休養なのか、ちょいちょい運動させられるようになった。
この頃になると、なんか新しい人間がやってくる。
たぶん、あのムチで叩く奴の新しい奴だろ。
次のやつはスミとか呼ばれてる、コイツはあんま叩いてこないから好き。
「どうですか、墨田さん」
「軽く乗った感じ、良いと思いますよ。ただ、叩きすぎると機嫌が悪そうだ」
「気性が荒いけど、行けそうですか」
「そうですね……綺麗好きだから逃げにしてた東田さんの考えも分からなくないですけど、トモの張りがいいから足が強そうだ。馬群を嫌うなら差しか追い込みでも良いかもですね、狙って追い込みはやりたくないですけど」
ねぇ、走らないの?帰って良い?帰るわ……
「おおっと、悪かった悪かった!この話は後で、また走ってきます」
「はい、よろしくお願いします」
んだよ、やるのかよ。おっし、いっちょやったりますか。
佐藤牧場で次のレースまでメジロレクサスを休養させることになった。
なかなか帰りたがらなかったが、環境の違いがストレスになってるのではと打診を受けて。
というか、遠回しに我儘なので持って帰れという感じでだが、ともあれ実家に帰ってきたわけである。
しかし、その後も大変だった。
何故か言うことを聞かないし、なんなら機嫌が悪いのが顕著になっていた。
我儘すぎて、朝と晩にお湯で身体を拭くようになった。
最初は身体を拭くまで動かなかったのだが、夜に水で洗ったら暴れだし、そっから朝でもブチギレるようになった。
まぁ、こちらも寒い冬に水で絞ったタオルとか触りたくないのでありがたいのではあるが。
あと、毎回何かしらのフルーツを与えないと次の日に動こうともしなくなった。
ようやく規則性というか、やる気が無い時は機嫌が悪くなるというのは分かってきたが、こっちの都合も考えて欲しい。
まぁ、こういうときに無理をさせて怪我をさせてしまうと聞くし、藤井さんは根性が足らんといってやらせようとするが、もしかしたら自分の体調が分かってるくらい賢いのかもしれない。
親父と藤井調教師の意見も聞いて、一応次のレースは決めている。
ラジオNIKKEI杯2歳ステークスの予定ではあるので、そのステップレースとして京都2歳ステークスに出てもらう。
鞍上強化ということで、今回は墨田光一騎手に頼んだ。
色々なところにお願いして、快く引き受けてもらえた。
ちなみに、今回はちゃんと面接をした、というかしろと俺が親父達を説得した。
軽い調教を終えた墨田さんが、さっきの話をするために家に上がってもらった。
ついでに、さっきまでやらなくてもいいのにメジロレクサスの身体をお湯で拭いたり手伝いをしていてくれたので風呂くらい入ってもらってる。
うーん、こうして考えると前の東田さんと大違いだ。
「いやぁ、すいません。シャワーお借りして」
「替えの服があったので良かったらと思いまして、手伝いの方もありがとうございました」
「まぁ、レクサスにもね。こう、これから一緒にやるんだぞってのが伝わってくれたらと思いましてね」
いい人だ、きっとこの人ならレクサスと友情を築いて数々のレースを勝ってくれる気がする、間違いない。
いつまでも話さないと帰れないので早速メジロレクサスのことを聞いてみる。
「それで、メジロレクサスですけど」
「次は京都2歳ステークスで優先出走権を狙ってるんですよね。次のレース、作戦は差しか追い込みで考えてます」
「そうなんですか、やっぱり性格的な問題でしょうか」
「いえ、あそこはスタートとゴール手前に坂があるんです。最初から飛ばしたら、初の2000……スタミナが持つかは分かりません。それに、馬群が嫌いなことやゲート難であれば、先行のように融通の利く性格じゃないと位置取りが厳しいのは難しいでしょ。砂が掛かったら確実に機嫌を損ねる」
それは、確かにそうだなと思った。
朝と晩、キレイにしないと機嫌を損ねるような馬が馬群の中にいられないだろう。
臆病だったり、馬群を嫌う馬に向いてるし、血統的にスタミナもあるタイプだ。
それに京都2歳ステークスは作戦による有利不利は少ないと聞く、いいかもしれない。
「一応、差しか追い込みを前提にレースしてみようと思います。どうですか?」
「お恥ずかしい話、零細牧場の馬主です。勝ってくれるだけでありがたい、その程度の人間です。あぁしろこうしろと、言えれば良いんですが経験がなさ過ぎる。その作戦で良いと思います、悪いと判断できないだけかもしれませんが」
「いいえ、そんなことはありません。近年は先行が最も不利にならず実力を出せると言います、だから先行でやりたがる方もいる。こちらの判断に任せて貰えるだけでありがたい。勝ちましょう、京都2歳ステークス!」
この日、風呂だけで帰らせるつもりが一緒に酒盛りしてしまって泊まっていくことになってしまった。
最後までどんちゃん騒ぎで、明日の朝は遥とおふくろからの視線がキツそうだが最高に楽しかった。
「あっ、タバコ」
「えぇ、禁煙してたんですけどね。たまには良いかなと」
縁側で、墨田騎手と座りながらタバコを吸う。
おっと、タバコ平気だろうか。
「あぁ、大丈夫ですよ」
「今日はありがとうございました。色々あって、いい息抜きになりました」
「そういえば、失礼ですが奥さんに何か」
「あぁ、病気とかじゃないです。今、妊娠してまして」
「あっ、なんだてっきり既婚者と聞いてたんで何かあったのかと」
色々あったけど、そっちではない。
妻は今は入院してるだけである。
どっちかっていうと、なんか動画を見たやらで観光地でもないのにレクサスを見に来た観光客だ。
「レクサスが勝手に帰っちゃった動画あるらしくって、ファンが見に来ちゃいましてね」
「動画ですか、へー」
「ネットに乗る時代だそうで、ネットって電話回線でピコピコする奴でしょ。今の子は携帯でポチポチしてるんですよ」
「凄い時代になったもんで、それでトラブルでも?」
「いや、地元の人間だったんですけど今後増えるのかなと。まぁ、今は厩務員の井上くんとホームページを勉強中です」
「もうファンがいるのか、これは負けてられませんなぁ」
「勝ちますよ、墨田騎手に期待してますから」
「私も佐藤さんのように挑戦してみせますよ、さぁ飲み直しましょう!さぁ!」
誘われるままに缶ビールをもう一本開ける。
そしてそんな他愛も無い話をしながら、俺達は次のレースに備えるのだった。