俺はただうまぴょいしたかっただけなんだ   作:nyasu

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一度だけ、一瞬だけ、その刹那だけ前に入れたなら

ゲートが閉まる。

何が怖いのか、周囲が緊張してるのが分かる。

気にするのはゲートの開く音と地面の踏み具合。

そして、スタートの鞭とランプだ。

ただ、ランプは俺には見えない、色が識別できないからだ。

だから音に集中する、全集中って奴だな。

呼吸法で強くなれんだろうか、おっとレースに集中しよう。

 

ファンファーレが聞こえる。

聞いたことない音だが、強そう、なんかすごいレースっぽい。

 

【今日のメインレースは今年で24回を迎えました。まさに出世レースG1への登竜門、ラジオNIKKEI2歳ステークスです。13頭が顔を合わせますが、上野さん生憎のコンディションですね。雨と重馬場という】

【そうですね、まぁこれからはね。こういう馬場でも競馬しなきゃいけないわけですから色んな意味で経験していかなきゃいけませんね】

【まぁ、試さ、試させ、試させられる競馬ってことですね。さぁ、1番人気にされた3戦2勝メジロレクサスが最後にゲートインです……スタートしました、ほぼ揃いました。やや前に出たメジロレクサス、逃げると思われたショウナンラクロスは後方になってしまいました】

 

ゲートが開く、鞭が入る。

踏み込みよーし!スタートダッシュは俺の好きにやらせてもらう!

一番の外枠から、内側へと向かってゴー!斜行、序盤にそんなんないやろ!

俺を抜かしていく奴らがいるが別に先頭は狙ってない。

むしろ無理して抜いて体力減ってないか?

 

【1コーナーのカーブに入りました。人気のダノンイサオは中団よりも後ろ、それをマークするようにフローテーション続いて、現在メジロレクサスは最後方です。人気馬は後ろ、1、2コーナー中間地点を通過しています。ハナを奪ったのは12番のイイデシンゲン!身体半分くらいのリードになった、6番のマイネルファルケが2番手です】

 

俺の横を他の奴らが抜いていく。

最初にいい位置を得たから、キツイやろうなぁ。

 

『ハァハァ、うおぉぉぉぉ!』

『抜かすぜぇぇぇぇ!』

『行くぞぉぉぉぉ!』

 

スミが引っ張ってくる。

速度を落とせってことか、緩めて行くと今度は外へと向かわされる。

なんでや、内側走ったほうが距離が短いだろ。

しかし、頑なに引っ張るので諦めて距離はあるが膨らむ形でコーナーを曲がった。

 

【さぁ、前はもう固まってくるのか。イイデシンゲンが並んでいましたが、もう6番のマイネルファルケ、さらに外を通りましてオレンジの帽子はマイハートマイラブも差を詰めて、ランチボックス。さらにはダノンイサオも前に詰めてくるか、ちょっと手が動いています。さぁ4コーナーカーブ】

 

前の馬がコーナーに入っていく。

騎手が鞭を振っている。

であれば、あそこが最終のコーナーか、時間の感覚や走った距離的にそろそろ終わりな気がする。

やはり最終コーナー、前に出る。

 

『ッ!?スミ、テメェ!』

 

首が前に行かない、手綱が引かれたからだ。

口の中に突っ込まれたハミのせいで、前に首を動かせない。

お前、分かってないのか!差しでやるんだろうが!

俺の思いが通じてか緩んだ。

踏み込んだ足に力を入れる、加速するべく駆けた。

 

【直線に入ってくる、さぁまもなく、直線に入るところですが、今中団まで馬を押し上げてきました!一緒にフローテーションも上がってくる。残り300を切りました、外から伸びてくるか!後ろはまだ3、4頭という所です。抜け出してくるか】

 

失速する馬、駆け上がってくる馬、速度の変わらない馬。

俺の前にいるのは速度の変わらない馬が4頭、壁になっている。

突破するぞ、オラァァァ!

 

『ぐうッ!?このぉぉぉ!』

 

また引っ張られる、首を左右に振るが緩まない。

外に向かって誘導される、馬鹿野郎突っ切ればいいだろ!

馬と馬の間、走ってくれと言わんばかりに空いてるだろ!

道が、迷ってる間に閉ざされる。

仕方なしに左にいた馬が右に行ったことで空いたスペースへと駆けた。

 

【まずは抜け出すのは6番マイネルファルケ、内で粘っているイイデシンゲン、2番サブジェクトが!サブジェクトが外から上がってきました!そして大外、メジロレクサス!メイショウクオリア!ダンツウィング!前は混戦模様!】

 

『うおぉぉぉ!』

『どけぇぇぇぇ!』

『邪魔だァァァァ!』

 

左に寄った、更に左側からは他の馬が来てる。

だが駆け抜ければ問題はない、走ろうと動く。

だが、手綱が緩まないどころか鞭も来ない!

ええい、もう間に合わない!

 

『ッ!?また、お前は!』

 

目の前にスペースがある。

左から来た馬が入っていき埋まってくスペースが見える。

その先にはゴールへと続く直線がある。

速度は緩んでない、むしろ周りが加速する。

 

『待て!待てよ!』

 

俺が負けるのか、格下どもに負けるのか!

いや、走ればまだ間に合う!間に合わせる!

鞭が来た!本気で走る!足が痛くなるくらい、強く、強く踏み込む。

流れるような景色、コマ送りの視界、まだ間に合うはずだ。まだ間に合う。

 

【2番のサブジェクト、外から、2番のサブジェクトがゴールイン。外からメジロレクサスは2番争い、勝ったのはサブジェクト、オリヴィエ・パリエ。今日が5戦目でラジオNIKKEI杯2歳ステークスを征しました。2着争いに13番メジロレクサス、3番のメイショウクオリアと12番のイイデシンゲンか。2分7秒0。だいぶ遅いペースとなりました】

 

もっとだ!もっと速く!まだ行ける、まだ走れる!

よし、抜かした!俺が勝ちだ!俺の勝ちだ!

 

【上がり600mはこの馬場で35秒5です。勝負どころから直線を見てみましょう。まぁ、メジロレクサスはかなり後ろからの競馬になりました】

【そうですね、スタートはまぁ良かったですけど。えぇ、後方からほんとに直線外に出してそれからっていう競馬になりましたけど、よく伸びましたね】

【そうですね、猛然と来ましたね】

 

速度を落として、息を整える。

そして、周りを駆ける奴らを待つ。

だが、誰も来ない。

背後を振り返れば、遥か遠くで周回する他の馬の姿、そしてゴールが見える。

ゴールは遥か後方だ。

 

『なんで……』

 

紙吹雪のように馬券が飛んでる、罵声が聞こえる。

俺を責めるような声が聞こえる。

観客が全員、睨みつけている。

皆が悪口を言っている、俺を殺そうとナイフを持って潜んでやがる。

あの中に銃を持ったやつがいて、今にも殺そうとしている。

 

『ふざけんなぁぁぁ!』

 

負けた馬に価値なんかない、負けたら馬肉だ。

殺されてたまるか!邪魔だ、どけ!

人間の言葉が分かるわけ無いだろ、俺は馬だぞ!

殺そうとするわけ無いだろ、妄想だ!銃なんか日本で気軽に持てるか!

 

「お、落ち着けレクサス!」

『うるさい!うるさい!お前のせいだ!』

「うわっ!?」

 

なんで邪魔した!勝てるレースだった!俺一人なら、勝てた!

お前さえ居なければ、俺の勝ちだったんだ!

負けていいやつは、気が楽だよな!

こっちは命賭けなんだよ、崖っぷちなんだよ!

負けて良いレースなんかない、1着じゃない馬に価値なんかない!

なんで、邪魔した!

 

「待ってくれ、レクサス!俺は」

『黙れ!寄るんじゃねぇ!』

「ち、違うんだ、俺は……」

『お前に俺の気持ちがわかるか!いきなり訳解んない状況で、頭がおかしくなりそうなのに!自分が自分じゃなくなるのに!脳天気なフリしないとしんどいのに!』

「待ってくれ!俺を、俺を置いてかないでくれ!」

 

スミを落としてレース場を走る。

もう、うんざりだ。

レースなんか本当はしんどくてしたくない、楽しいフリをしてないと気が狂いそうだ。

どうせなら狂ってしまえばよかった、そうしたら不安にも怯えもしないで済むのに。

何よりも、本気で走ろうとしない奴を信じた俺が許せない。

なんで、商売でやってる人間なんか信じた!

上に乗ってるだけの肉の塊だ、勝っても負けてどうでもいい奴らだ。

なんで……なんで……

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