俺はただうまぴょいしたかっただけなんだ   作:nyasu

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はえー、人間さんにはそう見えてんだね

2005年、中央競馬はシンボリルドルフ以来史上2頭目となる、無敗でのクラシック三冠制覇を達成するかもしれないディープインパクトが話題となっていた。

新馬戦を見てあとに続けといろいろな者達が血統を研究し、多くの産駒がひしめく'05年が始まろうとしていた。

 

「母体は?」

「万全です。ただ、前と違ってソワソワしてますね」

「そうなのか?」

 

後に出産に立ち会った厩務員は語る。

あんなに怒ったメジロドーベルは初めて見ましたと。

 

出産は命の危険を伴う。

人間は医療の進歩によって忘れがちだが、完全になくなった訳ではないのだ。

予後不良などで安楽死させられることが競馬にはあるが、その何十倍もの事故があるのである。

子供も親も、どちらもリスクを伴うのが出産であり、関係者一同に緊張が走る。

 

「あ、足だ!生まれるぞ!」

 

誰かの発した言葉に視線が、母体のメジロドーベルへと向けられる。

通常、馬の出産では足から子供が出てくる。

逆子の場合はそうとはいかず命の危険もあるのだが、足から出たということは少なくとも逆子ではないので一安心である。

スタッフが見守るなか、ぬるりと子供が産み落とされた。

綺麗な青鹿毛の馬であった。

 

「あっ!」

 

生まれた直後、安堵した瞬間も一瞬だった。

大人しかったと思った子馬がジタバタと藻掻き始めたのだ。

何か先天的な病気や障害か、嫌な予想が一同の頭に過る。

と、同時に体は動いていた。

 

「落ち着け、落ち着くんだドーベル」

「こっちだ、よしいくぞ」

「よく頑張ったな、大丈夫だぞ」

 

ベテランであるスタッフにより、連携して母子を引き離す作業に入ったのだ。

馬は臆病な動物、子供の様子に親が暴れだした場合、親も子供もどちらも危険だからだ。

 

「ヒヒィィィィン!」

「ど、どうした!」

 

スタッフ達が子供を移動させようとさせたところ、奪われまいと暴れたのか母馬が暴れ出す。

二本足で立ち上がり、嘶き、そして……

 

「おい、引っ張れ!」

 

先輩スタッフの声に、子供を引っ張りながら避難した若手スタッフ。

彼らのいた場所に、細い前足二本が振り落とされる。

間一髪、しかしまだ終わりではない。

 

「逃げろ、逃げろ!」

「取り押さえるんだ、落ち着け!」

「産後だ、無理をさせるな!」

 

その日は数ある出産でも記憶に残るような修羅場であった。

 

 

 

築地のマグロのようにジタバタし、痙攣したのかと勘違いされながらも生まれた青鹿毛の馬。

スタッフ達は彼のことをアオと名付けた。

まぁ、仮の名前なので安直だが、父親譲りの綺麗な青鹿毛から来ている。

アオは出産後、育児放棄されてしまいスタッフの手でミルクを飲むことで半年過ごした。

その間、倒れ込んだり嘔吐したり、担当厩務員泣かせの病弱ぶりに皆が心配な半年であった。

 

「アオが倒れて動かなくなっちまった!」

「おい、獣医呼べ!」

 

すぐさま獣医に診てもらったら、馬体は健康ですねと言われるのもよくあることと言われる程度には頻発していた。

 

「他より小さいし、本当に大丈夫なのか」

「食い意地だけはすごいよなぁ」

 

むしゃぶりつくすように哺乳瓶でミルクを飲んでいたアオは半年後は、生まれの病弱さもなかったかのように溌剌と走るようになった。

もう、その勢いと来たら追い運動する必要もないんじゃないかと思われるくらいだった。

ちなみに追い運動とは、群れでの走る体力などを付けるために人が乗った馬が子馬を追いかけ回すことである。

 

アオはとても臆病な子だった。

出産の時の記憶があるのか、親どころか他の馬も避けてる様子が見られる。

反対にスタッフにはよく懐いており、自分のことを同じ人間だと思ってるんじゃないかなんて冗談が言われるくらいだ。

馬群を嫌うようなタイプになってしまいやすいので、人が育てる馬はそういう傾向があるというのもよくある話だ。

 

「アオー、餌だぞ」

「おっ、すぐ反応した。やっぱ頭いいな」

「呼んだ?みたいな反応するんで、笑っちゃいますよね」

 

飯の時間になるとアオはすぐに寄ってくる。

少しでも食べようとしてるのか、食事を溢したりしない徹底ぶりである。

やっぱ食い意地だけはあるな。

 

「おい、それより噂聞いたか?」

「噂って?」

「アオ、セレクトセールに出すかもって話だ」

「えぇ!?」

 

それは寝耳に水であった。

というのも、この牧場は一度もセリに出したことがないのだ。

完全オーナーブリーダーは?と聞かれたら必ず名前が出るような大手の生産牧場だからだ。

 

「最近、確かに成績不振は噂されてますけど、そこまでじゃないじゃないですか」

「そういうのもあるけどな、アオがな……他の馬とうまく行ってないのが不憫だって」

「他所に行ったって変わらないかもしれないじゃないですか」

「もしかしたら、方針転換する試金石にするつもりかもしれない。今までにないから、俺達も困惑してる」

 

後に分かったことだが、アオをセレクトセールに出すのは噂ではなく本当であった。

納得がいかなかった厩務員の一人がオーナーの意向だからよせばいいのに直談判したなんて事もあった。

ただ、戻ってきた厩務員は顔色を青くして尋常な様子ではなかったと言っていたので逆鱗にでも触れたのかもしれない。

 

 

 

セリに向けて、アオは万全なケアをされながら過ごしていた。

他の馬より病弱なのか、朝が遅いアオをなんとか起こすと綺麗好きなのか走る前にいつも窓に写った自分を見ている。

ははーん、こいつナルシストだなと思ったのはここだけの話であった。

 

アオは他の馬に比べて手の掛からない優等生だった。

自分の寝床は汚さないし、トイレも同じ場所でしている。

なんなら、少しでも気に食わないとクレームを入れてくるくらいには綺麗好きだ。

名前に反応するくらいには頭もいいため、いつしかいい人に買われるといいなと思われていた。

 

「どう思います」

「うーん、繋ぎが寝てるし、中距離か長距離かもな」

 

繋ぎとは、蹄から球節の間の部分であり、人間だと足首に見えなくもない場所のことだ。

これがクッションの役割をしており、角度によって向き不向きが分かるのだ。

 

「やっぱり、メジロの血ですね」

「だが、ちょっと真っ直ぐなんだよなぁ。可もなく不可もなく、長距離向きかって言うと微妙だな」

「ウチ、長距離のイメージありますもんね」

 

どこから漏れたのか、マスコミ関係者からセリの情報はすっぱ抜かれていた。

あのメジロ牧場が初めてのセリ、と題した記事は飽きるほど見た。

好き勝手色々な憶測が飛び、経営不振でとか不謹慎な物もあった。

話を勝手に捏造するあたりマスコミは想像力が豊かだ、少なくともそれくらい驚天動地な出来事なのである。

 

様々な憶測から最初の価格は1億は下らないという評価もあったり、逆に要らない馬なんだから1000万くらいじゃないか等と腹立たしい予想も載ってたりする。

オーナーは何故か売りたがっているが、決してアオは要らない子ではないのだ。

 

「毛艶はいい、内臓は丈夫だ。胴の長さは長くも短くもないからやっぱり微妙だけど」

「毛艶はいいから、うん。スタイルは普通だけど、毛艶はいいから」

 

ちなみに胴が短いとパワーがあってトップスピードまでが早かったりするので短距離向けなのである。

毛艶は内臓の良さ、つまり健康状態の指標になっている。

 

「皿のように薄くて平べったい蹄は親父譲りだな、病気にならなきゃいいが」

「心身共に弱いのまで親父に似なくても」

「いや、ここまで似てるなら走るかもしれないぞ」

「まぁ、そうですね。もし競走馬になれたら、馬券買いますよ」

「そうだな、どこに行ってもメジロの馬だ」

 

なんて、先輩スタッフと話をしていて暫くして、アオのセリの日がやってきた。

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