俺の名前は小田島治郎、しがない中間管理職だ。
趣味は競馬、今日は近くにある競馬場に足を運んだ。
馬券は勿論、単勝1番人気……などではない。
ひっそりと人気薄となっている、4番人気10番メジロレクサス単勝一万円。
これが最適解、分かっている馬券の選び方だ。
「わー、すごーい」
おやおや、可愛いお嬢さんだ。
遊園地と間違えて入ったんじゃないか?
「パパ、お馬さんだよ」
「すごいだろ、メインレース前にパドックに来たからいい場所取れたな。うーん、どれがいいかな」
「えーっと、あれ!緑色!」
「えっと、ショウナンアルバか。5番人気か」
ッ!?馬鹿な!このレースにおける最適解をこの小娘が弾き出しただと!?
偶然か?いやしかし、考えてみれば普通の子供が親と同伴とはいえ競馬場に来るわけがない。
まさかこの餓鬼――こっち側の人間なのか?
「馬券の種類は?」
「えーっと、複勝!」
ププッ、複勝。
そんな誰でも知っているようなお遊戯の馬券を選ぶとは、やはり只の子供。
とんだ杞憂……!買いかぶりだったか。
さっきの選択もビギナーズラック。少女に向けられた女神の気まぐれな微笑み。
仕方ねぇ、お嬢ちゃんに本当の競馬ってのを教えてやる。
まずは競馬新聞、調教のコメントや予想をチェック、競馬は事前情報を多く得たやつが勝つ。
競馬場前では売ってるのに、コンビニで買うのはナンセンス。
欲しい新聞がないからと妥協するハメになる、ワンコインで新聞を取得。
次にパドック、トモの張り、発汗、股や背中に白い泡のような物がないか、リズミカルに歩いているか、厩務員は二人がかりなどいつもと違った様子で歩かされてないかをチェック、そしてラジオも聞きながらがポイント。直前まで色々コメントがあるからだ。
マークシートを書きながら数字をチェック、最後に確認を忘れないように購入。
そして、入金だ。順番は守り、自分の番が来たらすぐに購入。
もしミスったら一からやり直す、その場で修正や書き始めるのは周りのお客さんの迷惑になるからだ。
最後に、馬券を右手にレース場に向かう。
レース場に向かう際は走らず、最前列狙いかもしくは椅子に座って後方から見るもよし。
これが一通りの遊び方、これを繰り返すことを勝負師の道と我々競馬界では呼んでいる。
さて、どうやってお嬢ちゃんは……
「できた!」
100円!あのマークシートの位置は、単勝と100円だ。
やはり、只の子供、ちまちました金額は恥ずかしくて大人には出来ない。
子供の特権だな、自分の少ない小遣いを親に渡して買ったのか。
本当はよろしくないが、買ったのはパパだから良いだろう。
「よし、買ってくるか」
「わーい」
まぁ、一概には馬鹿にできないか。
穴馬を買うという概念上、オッズは当然だが高い。
一口で利益を出せる、一であり全。
究極の形でもある。
だが前提が間違っている、そんなちまちま買っていても利益は小さい。
単勝は外しやすくもある、1位にならなかったら掲示板内でもハズレ馬券。
ハッ!?さっき複勝と言ってなかったか!
だからこその複勝!!
予め複勝で買う馬を決め、そこから単勝も一緒に買う。
1位なら穴馬で利益が出て、複勝でも元は取れる可能性がある。
この餓鬼、そこまで計算して……!
思えば、馬券の回収率1位は単勝と複勝を両方買う応援馬券と言われている。(諸説あり)
最も当てやすい馬券、応援馬券である。
馬鹿な……これがすべて計算だとしたら、府中のミラクル加藤並の購入センスの持ち主ということになる。
だが、まだだ。
彼女にはまだ競馬ユーザーである、こちら側の最大の壁が待っている。
悲しいかな、それは経験。
彼女が子供であるがゆえに越えられない壁。
『オッズ変動!』
穴馬を買うやつは馬鹿だと言う者も多い。
だが、それは穴馬を買ったことのないやつの哀れな言い分。
本物の勝負師はオッズ変動のリスクを背負って穴馬を選ぶ。
競馬を語る上でパドック診断は切っても切れない関係。
だが当日以外でも買える性質上、オッズが乱れるのは必然!
それを受け入れることが出来ないのが子供という生き物!
そのオッズ変動のリスクを許容出来ないようでは、残念ながらまだ時期早々というもの。
素人なのだよ……。
オッズがどうやら変わるな。みんなそろそろ購入だ、さて変動してもプラス・マイナス1くらいだろう。
「わー、変な歩き方」
テ、テイオーステップ!?
馬鹿な、メジロレクサスのあの噂は本当だったのか!
待て、待て待て待て!おい、何してる!そんな事したら!
「一番人気だと!?」
この餓鬼、これを見越して4番人気でなく5番人気を買ったというのか。
こうなれば認めざるを得ないな、敬意を払おう。
こいつを子供として見ることはない、コイツは一人のこちら側。
穴馬党の勝負師だ!!
振り返った!
まさか、変動したのに買い直さない!?
馬鹿野郎!オッズの大幅な乱れ!利益が変わるんだぞ!
順位が1しか変わってなくても、大きく違うんだぞ!
あああ……だが、俺にもあったな。
……そんな時代が。
高いからって競馬新聞は買わないで、少なくても欲しいやつを買い、オッズも気にせず、ただ応援する。
今ではトリガミという当たっても利益がマイナスになることを気にして出来やしない。
俺は……どうして金に目が眩んだおっさんになっちまったんだ……。
そうだ応援しろ!振り向かなくて良い!その若さは俺が失った輝き!
一番人気、だからなんだ。メジロレクサスが一番人気のときは負ける、そんなオカルトがなんだ!
一度は買ったんだろ、だったら最後まで応援するんだ。
「おうまさん、見つめ合ってるよー」
あれは……レ、レクサスの悟り!
競馬界隈で言われているもう一つのオカルト、レクサスが見つめた馬は馬券内に入るという!
まさか、そんな、ショウナンアルバが勝つというのか。
荒れるぞ、このレース!5番人気が入ってくるなんて……!?
「お嬢ちゃん」
「えっ?」
いい目をしているぜ。
「えっ?えっ?ぐっじょぶ?」
「な、何なんですか!?行くぞ」
フッ……最近は子供に近付く大人に厳しいな。
返し馬が始まる。
先についていたミラクル加藤と合流する。
「遅かったじゃないか」
「最後まで買い直すか迷っていたんだ」
「なかなか面白いレースになりそうだな」
「ああ、特にあの11番」
「俺が買ったショウナンアルバか。どうだ?お前は勝てそうか?」
「さあな……」
「おいおい、メジロレクサスが1番人気になったからって弱気だな」
ミラクル加藤が馬券を見せてくる。
コイツ!ショウナンアルバ、単勝に10万だと!?
「いいか忘れるな、お前を信じろ。俺が信じるメジロレクサスでもない!メジロレクサスが信じる馬でもない!お前が信じる、お前を信じろ」
「だからって、お前10万も……いや、そうだな。俺は俺の買った馬券を信じるよ」
「馬連で稼いだ全額投入さ、新馬戦の100円が思えばこんなとこまで来ちまった」
「ところで、さっきのアニメだよな?」
「……チガウヨー」
ゲートインが始まる。
俺達のショウナンアルバとメジロレクサスもゲートへ向かう。
メジロレクサスは一度立ち止まり、ゲートインを躊躇う。
「あ、あれは!?」
「どうした急に」
「新馬戦、誰もが見もしなかった最下位人気。その際、メジロレクサスは立ち止まった」
「確かに、あのあと大逃げして何馬身もリードしての圧勝だった、ショウナンアルバが負けるかもしれない」
「ショウナンアルバは負けないもん!」
「す、すいません」
なんか知らん子供に怒られた。
って、あの時のパドックの餓鬼!あぁ、違うんですお父さん!私達は、怪しいものじゃ!
「だが、一番人気。嫌な予感がする、勝つんだろうか」
「嫌な予感なんてしなーい!」
「「ご、ごめん」」