ウチは祖父の代から続く競馬好きだ。
物心ついた時には競馬を見ていた覚えがある。
その血の定めだ、諦めろとまで言われた血が私にも流れていた。
当時の私は競馬が分かってなかった。
おじいちゃんの馬がたまに走って、お父さんが騒いで、日曜にはお父さんとテレビを見て、機嫌が良くなったり悪くなったりするのを横で見てるだけだった。
今考えたら娘の前で、ギャンブルしてやがったな。
ある日のことだった、父が言った。
馬を見に行かないかと。
後から知ったのだが、当時は誰もが行かなきゃというくらい話題のセレクトセールだったらしく、腰をやってしまって動けなかったお爺ちゃんの代わりに買いに行ったらしい。
色々と手続きの書類を書いてたり、馬の見る目があるわけ無いだろなんて車内でボヤいてたのは覚えてる。
「パパ、ひとがいっぱいだね」
「あ、あぁ、思ったよりいるな。やっぱりみんなメジロが気になるのかな」
会場に人がたくさんいたのを覚えてる。
無邪気にカメラだなんだと騒いでいたが、マスコミがいるくらいだから注目されていたのだ。
それもそのはず、大手の生産牧場が初めてセリに馬を出したからだ。
私が初めて行ったその時が最初で最後のセリだったけど、牧場はもうなくなってしまったけど。
未だに、どうしてその馬だけオーナーさんが売ろうと思ったかは分かってない。
売らないと馬に殺されると思ったからとかいう理由を厩務員の一人が聞いたと、都市伝説まがいの噂としては語られてはいる。
「聞いたか1000万かららしいぞ」
「随分と弱気だな、やっぱり何かあるんじゃ」
「聞いた話じゃ病弱らしい」
「俺の聞いた話じゃ元気に走ってるって」
色んな人が話題にしており、会場はざわめきで満ちていた。
セリが始まれば、間延びした数字の音が響く。
「いっせんまーん、いっせんまーん!よろしいですか、正面のお客さん?ありがとうございます、いっせんさんびゃくまーん、さんびゃくまーん!いっせんよんひゃく!いっせんごひゃく!どうですか、ラストコール入りますよ!」
最初は楽しかった当時の私も、そのうち飽きてきた。
おじさん達が大きな声でセリをしてるだけの光景なんて数分で子供なら飽きるに決まってる。
だから手元のゲームで遊び始めてしまうのも無理もないことだ。
ふとゲームから顔を上げたのは、会場が静まり返って終わったと思ったからだった。
当時の私が終わりだと思って顔を上げれば、そこには一頭の馬が居た。
「おうまさーん、おうまさーん」
今考えたら、メチャクチャ落ち着きのない馬で飛び跳ねていたし、なんなら子離れしたのかセレクトセールに一頭で来ていた。
セレクトセールはだいたい親子同伴だ、子離れ出来てないから母馬が暴れるからだ。
パッと見は貧相な馬で、毛艶は良かった。
当時の写真を見ると、なんで買ったんだよと言いたくなるような見た目。
毛艶以外、可もなく不可もなしみたいな、そりゃ目の肥えたオーナー連中は黙ってしまうだろ。
なんか期待していたのと違う、みたいな。
しかも気性難なのかセリの会場で走りたそうに暴れまわっているのだ。
危なすぎて、厩務員の人が慌てるレベル。
よく当時の私は元気そうなんて思ってたな。
「大丈夫?できる、できるね?お待たせしました上場番号540番。父マンハッタンカフェでございます。メジロ牧場から初の良血馬、破格の1000万から」
「予想価格が1億なのに1000万から、なんで!?」
父の驚きも仕方ないことだったのだろう。
何も知らない人なら安いじゃんとなるだろうが、そういう人はそもそもセリに来ない。
よく分かってる人なら、良血馬なのに安すぎて何かあるんじゃと二の足を踏む。
まぁ、溝に捨ててもいいやと流石に金持ちの馬主連中でも1000万を捨てれるかと言われれば疑問が出てくる。
だが、まぁ、メジロの馬だと思えば割安なのかもしれない。
「おっきーい、かわいいー」
「いっせんにひゃくまーん、にひゃくまーん、いかがですか?よろしいですか?1300万!こちらのお客様から、こちらのお客様から頂戴しております。いっせんさんびゃくまーん、さんびゃくまーん!」
私の声を聞いたらあの子は気づいたのかじっとコチラを見ていた。
なんなら舌を出して首を振ったり、変顔してたのを覚えてる。
無邪気にも笑ってしまったから、その笑い声にお父さんが気付いて聞いてきた。
「よ、良さそうかな?良さそうなら買ってこいって言われてんだけど、お父さん分かんなくて」
「うん?」
「お馬さん、欲しいか?」
「欲しい!」
今考えたら、あの親父、決断の責任を娘に擦り付ける気満々だった。
今じゃ私の功績だが、失敗してたらロクでもない所業である。
そもそも赤字経営でお爺ちゃんが死んだらやめるつもりだったらしいし、遺産になる予定の5000万が予算だから無理して買わんでもいいとも言われてたらしい。
「まぁ、血統はいいしなぁ。だが1000万かぁ、いや、もうこれで牧場も最後だ。最後に夢を見させてくれよ」
「いっせんよんひゃくまーん!ラストコール、ありませんか!」
「は、はい!」
「1500万!どうですか、よろしいですか?父親譲りの青鹿毛、お声がなければこれがラストコールですが、いいですか!ハンマーが落ちますが、ハンマーが落ちました!59番のお客様、ありがとうございます!」
ヘナヘナと小市民の父が購入と同時に座り込んで、それを不思議そうに思ったのだった。
「ねぇねぇ、うちの子になったの?」
「そ、そうだよ。すげぇ、大金が一瞬で」
「そっかー、わたしのおうまさん」
その子との別れ際、自分が買ってもらったと思ってた私は取られると思って泣いてしまった。
普通に考えたら次があるから移動しただけなんだけど、子供に分かるわけがないのだ。
「ヒヒィィィィン!」
そんな私も知らずに、あの子は変な動きで笑わせに来る。
今じゃなんでお前、その動き知ってんだよと思うが、たぶん偶然だ。
偶然だと思うんだよな、血筋とか関係ないし。
「おい!?どういうことだ!」
「あの馬!あの馬はなんだ!」
「ちょっと待て、やり直そう!」
ただ、お父さんが知らない人達に詰め寄られていたのは覚えてる。
だって、テイオーステップなんてされたら、何かヤバそうって思うわな普通。
逃げるようにして会場を出ていって、後日セレクトセールの人に怒られたって話も聞いた。
手続きとかあったんだろうに、すっぽかしたんかな。
『後に、誰もが口を揃えて言った。
余りの安さに買ってはいけないと思ったが、どうしてそんなことを思ったのか。
今やり直せるなら迷わず買っていた、と。
オーナーが唯一手放したのは何故なのか、誰もがセリで手を上げなかったのは何故なのか、赤字で経営を辞めるかもしれなかった牧場主が買えたのは何故か、おじいちゃんがぎっくり腰になったのは何故か、それはあのゲームで暗示されてるんだよね。
そう、マンハッタンカフェのお友達と噂されてるサンデーサイレンス。
サンデーサイレンスの呪いだったかもしれない訳、信じるか信じないかは君次第!』
「遥ー、お風呂入っちゃいなさい」
「んー」
「もう、テレビばっか見て」
「嘘ばっかだね、昔思い出すと他にも買おうとしてた人いたし」
「都市伝説なんてそんなもんよ、早く入らないと冷めるわよ」
「おけまる水産、とりまフロリダすんわー」
「日本語で喋ってくれないかなー、この子はもう」