新しい、朝が来た。
よく寝たぜ……ふぅ。
「おはよう、レクサス」
『ファ!?井上ェ!お前、いっつもすぐ来るな、いつ寝てんだ!』
わーい、朝ごはんだぜ。
うーん、なんか味変えた?まぁ、美味いから良いけど。
それにしても、なんか元気ねぇな。
「おーし、放牧行くぞ」
『何だお前、シャキっとしろよ!』
井上に連れられて、馬が放し飼いされてる場所に移動する。
ここにいるってことは今日は一日中、自由にして良い日ってことだ。
うはぁ、草原の草は鮮度が違うな!うっま!うっま!
『あれ、車ねぇじゃん?なんだ、みんなで旅行か?』
テキの野郎、またジッジと遊びに行ってるんだろう。
オッチャン達の車もないし、家族旅行かもしれない。
井上と他の佐藤がたくさんいるけど、なんかたくさん放し飼いされてんな。
『チャ、チャース!』
『兄貴も放牧っすか?』
『あぁ、放し飼いじゃなくて放牧か……何かあったん?』
『いやぁ、分かんねぇっす』
『何か人間、元気ないっすね』
何かあったんじゃん!さては上司が家族旅行に行ったからしょぼくれてんだな。
馬に乗らんでいいし、放牧させてるのはサボりって訳ね。
『それより聞いたっすよ、兄貴なんかすげぇことしたって』
『よく分かんねぇけど、速かったんスよね!群れのボス的な』
『お前らまだそのレベルかよ、いいかレースって言う……群れのボスを決める戦いがあんだよ』
『そ、そうなんだ!すげぇ!』
『あっ、俺もやったことあるっす!置いてかれたけど』
フッ、所詮は馬畜生。
レースが何かも知らないんだな。
『てか、兄貴って雰囲気変わりました?』
『そうか?』
『なんか、前は俺らのこと嫌ってたような』
『おい、馬鹿やめろ。俺らと住む世界が違うんだよ、だって個室持ちだぞ』
『まぁ、俺も馬としての余裕ってのが出たっていうか?トゲトゲしてた時期は卒業した、みたいなぁ』
『よく分かんねぇけど、すげー!』
『よく分かんねぇけど、流石っす!』
そう言えば、同じ馬なのにこうしてコイツらと話したこともなかったな。
あれ、何で俺ってばコイツらのことを仲間として見てられなかったんだっけ?
……同じ馬?いや、俺は特別だ。
どう、特別なんだっけ……。
『なんか忘れてるような』
『どうしたんすか?』
『まぁいいや、走ってくるわ』
『あっ、お供するっす!』
『お、俺も俺も!』
とにかく走れば解決ってサイレンススズカも言ってた……サイレンススズカって誰だっけ?
走る、走る、走る。
何処かで見た馬の走る姿を想像しながら走っていく。
なんか俺の走りは、微妙に違う気がするんだよな。
足運びとか、リズム的なのだろうか。
息が切れたら休憩して、整ったらまた走る。
たまにそこらの草を食べて、水たまりの水で水分補給もする。
そして、走ってたらいつの間にか日が沈んでた。
早いな、馬の感覚だと一日の流れが……馬の感覚?
『まただ、なんだこの違和感』
継承してからだろうか、なんか違和感がすごい。
何かがなくなってる気がする、何をなくしたのか分からないけど。
身体はスッキリしてるし肉体面は問題ない、問題なのは精神面だ。
胸の奥が、なんだかザワつく気がする。
『あっ』
遠く離れたところから帰ってくる車が見える。
オッサンとレクサスだ、俺と同じ名前の車。
俺が勝ったからついに手に入れたけど、めったに乗らない奴だ。
軽トラじゃないということは、どっかちゃんとした道路のある都心にでも行ってたのか。
『おかえり、おみやげ』
俺の予想通り、家族旅行に行ってたのか車からオッチャンとマッマと遥と赤たんがおった。
そうだった、マッマってば子供産んでたんだった。
はえー、でっかくなったな。人間の成長って早いぜ。
柵の上に……クソ、頭しか出せねぇ!壊そうかな?
「レクサス……柵壊そうとしちゃダメじゃん……」
『おみやげくれ』
「…………」
『はうあ!?つ、捕まった!』
なんか遥に捕まった。
ええい、振り払ったら怪我するし、下手に動けんぞ。
「……グスッ」
『ファ!?なんで泣いてんだよ!』
「遥、離しなさい。首を痛めたら可哀想だからね」
『おっ、離した。なんなんだよぉ、それよりおみやげないのか?』
オッチャンの方を見ると、オッチャンが苦笑いしてた。
何わろてんねん。
うわ、こら、やめろ!俺を撫でるんじゃねぇ!
俺を撫でて良いのは、年寄りと子供だけって決めてんだよ!
なんたって、年寄りと子供は大事にせんといかんからなぁ。
あれ、そう言えばジッジはおらんの?家族旅行は留守番的な?
『あれ、朝から見てない気がするから家にいないんじゃ……いや、見たのか?』
あれ、なんか会ったような会わなかったような。
あぁ、そうだ、何か俺に向かって夜に喋ってた気がする。
おかしいな、思い出せない。
何か大事なことだったと思うんだけどな。
『うぅぅぅ、うわぁぁぁ!もう走れば解決だ!』
なんだろう、なんで俺はこんなにモヤモヤしてんだろ。
多分、会ったはずなんだけど思い出せない。
何か忘れちゃいけないはずだったのに、何でか覚えてない。
息が苦しい、身体が熱い、頭は妙に覚めてくるが、全然それでも思い出せない。
何か約束したんだけど……そうだ、約束だ。
『誰と……俺は、ジッジと何か約束したのか?』
どうやって、馬と人が話せる訳が……いや、俺は人じゃなかったか?
あぁ、畜生、まただ、また違和感がある。
なんだよ、なんだこの違和感。
そうだよ、俺は人間だったはずだ……馬じゃねぇ!
人間だった頃は……人間だった頃は……。
『か、彼女がいて……ヒトのメス?ア、アプリで遊んで……遊んで、それで、えっと、俺はヒトのオスで……』
俺が人間だったのか?
生まれた時から馬だったのに、いや、前までもっとハッキリ自覚していた。
『継承すると、馬に近付いてくのか?』
この違和感はステータスが変わってから感じている。
俺は馬として完成するに連れて、人じゃなくなってくのか?
じゃぁ、最終的に俺は馬になるってことなのか?
「おーい、レクサス帰るぞ」
『井上ェ……』
井上に連れられて馬房に帰った俺は、そのまま不貞寝した。
夜、妙に目が覚めた。
いつも熟睡している俺にしては珍しい。
「起こしちまったか」
『爺、お前……』
あっ、これは夢なのかと自覚する。
同時に、昨日の晩にあったことを思い出す。
昨日の時点で死んでたのか?
夢枕ってやつか?
『お前、死んでたのか?』
「さてね……気付いたら、ここにいた」
『さっさと成仏しろよ』
ハハハと笑う爺に舌打ちしながら座り込む。
アホで馬鹿で情けない馬の記憶を思い出したからだ。
どうにも、現実の俺はそうとう出来損ないらしい。
八つ当たりだというのは分かるんだが、どうにも態度に出てしまう。
「よぉ、ひとつ聞きてぇんだが、人は死んだらどうなるんだ」
『馬になんだよ』
「そいつは傑作だな」
『何が傑作なもんか、自分が自分じゃなくて畜生並みになるんだ。苦痛だよ』
「だが、ずっと競馬が出来るじゃねぇか」
あぁ、コイツと俺の価値観は違うんだなと思った。
死んでも競馬が好きなのか、物好きな奴だ。
「ところでよぉ」
『なんだよ』
「お前はどっちだ?今は馬なのか、人なのか?」
『どっちって……』
そう言って自分の手を見る。
五本の指がある、人の手だ。
俺は、人間だった。
『俺は……なんで馬じゃない』
「馬が良かったのかよ」
『当たり前だろ、こんな身体じゃ……』
何言ってるんだ、あんなに嫌だったじゃねぇか。
馬の身体なんて、なりたくてなった訳じゃなかったじゃねぇか。
『なのに、畜生……なんで……』
「どうする、一緒に行くか?」
『行かねぇよ、まだ勝ててない奴らがいんだ』
「そうか……まだ続けるのか」
『当たり前だろ、負けっぱなしは嫌だからな』
「どうせ忘れるのに」
『忘れてたって勝ってやるよ』
どうせ忘れてしまったとしても、たぶんこの悔しさは馬の俺も同じ気持ちのはずだ。
何が未練で残ってるのか知らねぇが、今に見てろよ。
「ったく、もう忘れんじゃねぇぞ……忘れたら、また出てきてやるからな」
『さっさと成仏しろよ』
「言われなくても葬式終わったら、馬にでもなってくるわ」
『畜生道に落ちてんじゃねぇーか』
「うるせぇよ……勝てよ、お前はメジロレクサスなんだからな」
意識が微睡んでいく。
なんで、夢の中で眠気がくんだよ。
わざわざ、それだけのために俺を呼びつけたのか。
とんだ爺さんだな、家族が悲しんでるってのに競馬のことしか考えてねぇロクデナシめ。
『見てろよ、俺は……いや、俺がメジロレクサスだ』
俺の、メジロレクサスの、皐月賞が始まる。
第68回皐月賞(G1) 出馬表
芝右2000m / 天候 : 曇 / 芝 : 良
| (人気) | (枠順) | (馬番) | (馬名) |
| 1 | 5 | 9 | マイネルチャールズ |
| 2 | 5 | 10 | ブラックシェル |
| 3 | 7 | 14 | メジロレクサス |
| 4 | 8 | 18 | ショウナンアルバ |
| 5 | 1 | 2 | スマイルジャック |
| 6 | 3 | 5 | レインボーペガサス |
| 7 | 1 | 1 | タケミカヅチ |
| 8 | 3 | 6 | キャプテントゥーレ |
| 9 | 2 | 3 | フサイチアソート |
| 10 | 4 | 8 | ダンツウィニング |
| 11 | 8 | 17 | フローテーション |
| 12 | 2 | 4 | スズジュピター |
| 13 | 7 | 13 | ドリームシグナル |
| 14 | 7 | 15 | サブジェクト |
| 15 | 8 | 16 | レッツゴーキリシマ |
| 16 | 6 | 12 | ベンチャーナイン |
| 17 | 6 | 11 | スマートファルコン |
| 18 | 4 | 7 | オリエンタルロック |