俺、復活!
いやぁ、長く苦しい戦いでしたね。
でも、そんな辛い思い出ともさよなら、今は温泉タイムです。
お湯気持ちいぃぃぃぃ。
なんや、まだ入っとるやろがい!チッ、仕方ねぇなぁ。
『お疲れ様でーす』
『おう、お前か』
『なんか、兄貴の馬房に井上来てましたよ』
『バボーってなんや?』
『あれっす、兄貴の部屋のことっす』
ははーん、分かったぞ。
俺は賢いからな、インタビューか何かやろうな。
まぁ、俺ってば三冠馬だから日本一だし、もう馬肉になることもないやろし。
最近、やる気出ないんだよなぁ、なんか急にダルくなったって言うか。
疲れがなかなか取れなくなってきて、昔よりしんどくなってる。
俺も遂に歳か、言うて数年も生きてないけどな!
80歳まで生きるんだ、あれ、馬の寿命ってどのくらいだろ。
まぁ、とにかく分からんがヨシ!
今まで負けてたやつらにリベンジしたし、もう軽く流してで引退でしょ。
馬房とやらに着くと、世話係共が総出で俺を整えていく。
おう、ブラッシングは朝やったやろが。
何で鬣切ったりするんですかね。
もうさっきシャワー浴びたから汚くねぇよ、拭かなくていいわ。
まぁ、インタビューやろうから我慢したるわ。
「久しぶりだなレクサス、ちょっと我慢しててな。ほら、フルーツあるから」
おっ、飯か。ウッマ、ウッマ!
井上!?お前、いつからそこにいたんや!
そして待っていると、案の定だが白い服を来た女がやってきた。
「わぁ、レクサスー!可愛い、相変わらず可愛いねー」
「今日はようこそ」
知らん女が、なんかマイク片手にやって来る。
やっぱりインタビューじゃねぇか、あっ、おい!あぁ、あぁ、撫でるの上手いやんけ。
いや、触んじゃねぇよ!俺に触って良いのは爺と子供だけって決めてんだ、テメェは……子供じゃねぇな、胸あるもん!ダメだ、ダメだ!
「いやぁ、可愛いですね。アイドルホースとして、グッズ販売も好調な売れ行きということで、ちなみに私もバッジを販売してます」
「あぁ、ねぇ、ほんとにね。やらしいですよね」
「いやいやいや、井上さんちょっと待って下さいよー」
飯を食ってると、女がやたら触ってくる。
なんだコイツ、鬱陶しいなぁ。
あっ、お前、人の目の前でイチャイチャしやがって!カァー、卑しか女ばい!
雰囲気悪くしたろ。
「もうでも――」
『おいおい、首なんか見せてエロい声出せよ!』
「――あぁ、ちょっと待って待て待って!」
話してる途中で、うなじを舐め回す。
チッ、鳴き声出しながら逃げやがったか。
まぁ、でも、なんか変な空気になってるし、よし!
「一旦止めまーす」
「すいません、普段はこんなじゃないんですけどね」
「いやぁ、大丈夫です。ちょっとメイクチェックしますね、あっ、タオルありがとうございまーす」
おい女、こっち来いよ。
インタビュー中だろ、なんかタオルの匂い嗅いでて草。
メチャ臭そうな顔、ウケる。
「再開しまーす」
「いやぁ、インタビューが嬉しいんですかね?」
「うーん、それか、何しに来たん?みたいな」
「いやいやいや、違うよねー?」
おっ、カメラだ!
再開したのか、なんか喋っとるなぁ。
おら、サービスしとこうぜ。
「それでは続いてのレース、ジャパンカップについての意気込みを――」
『井上、よく見とけよ!これがブラジャーって奴だぁぁぁ!』
「あっ」
「――キャァァ、ちょっと!?待って!止めて!」
話に夢中になってるその隙、おいおいヒラヒラした裾だな。
誘ってるからだぞ、はいぺろーん!捲ってやるでー
「レクサス、ストップ!ストップ!」
「カメラさん!?止めてって言ったよね!」
「撮れ高あるんで、後で使うかもなんで」
「ちょっと、待って待って!ほんとに待って、高いから!」
おう、おうおう、良いのか?もう良いのか?分かったよ、離しとく。
どうだ、見えたか?井上、どうだった?
「ちょっと、離れて撮影再開しましょうか」
「そうですね!えぇ、後でチェックしますからね!」
なんかカメラの後ろにいるオッサンがニヤニヤしてた。
気持ち悪っ!
ある部屋の一室でパソコンを睨み付けながら、溜息を吐く男が居た。
「入るぞ」
「石崎さん……」
部屋にやってきたのは、牧場を実質経営している石崎専務であった。
そう言えば、もう夕食の時間かと思い出す。
「それで進捗はどうだ」
「ダメですね、噴火のせいで設備がダメになってるのが一番大きいかと」
2000年、日本有数の活火山・有珠山噴火による被害は莫大な借金をもたらしていた。
「内部留保ももうすぐ3億を切るかもしれないそうです。まだ出来るかと思いますが、やはりメジロレクサスを無理をしててでも買い戻すべきだった」
「まだ勝手なことを言っているのか!そんな不義理が許されるか!」
石崎の怒声が、経理の豊田を叱責する。
この豊田、実は独断でメジロレクサスを転厩させようとしていた過去があったからだ。
後々に発覚したこの件は、未だに石崎との仲に蟠りを残している。
「ならもう、マーケットブリーダーとしてもっと馬を売るしかないですよ」
「それはしないという話になっただろ」
「なんでっ!」
分かっている。
それはメジロレクサスという馬が生まれてしまったからだ。
他の馬にも可能性があるのでは、売らなければ良かったのでは、もう少し様子を見てるべきでは。
そんな意見のせいでメジロレクサスはセレクトセールへの試金石だったにも関わらず、成績が成績だからメジロ牧場からセレクトセールで他の馬を売るという行為に、二の足を踏ませるようになってしまったのだ。
「なら、私の考えた血統で子供を作らせて欲しい。私の理論が正しければ、成績不振だって何とか出来ますよ」
「何を言ってるんだ、走ってもない牝馬と海外からやってくるかもしれんケイムホームを種付けたいなんて、生まれても勝てるわけがない」
「いいや勝てる、私には未来が見える。必ず、重賞を取ってみせる」
「そもそも噂だ、ケイムホームが日本に来るのかどうかも、それにそんな大金はうちにはない」
そもそも、時代はステイヤーを求めていない。
時代はとにかく速い馬を、レコードを狙えるようなそんな馬を求めている。
昔のように、短距離が求められた時代で空いていた長距離を狙うのはいいだろ。
だが、今は昔とは違うのだから同じやり方をしていても成績が悪いのは当たり前だ。
「方針を変える気がないなら、借金が膨れ上がる前に畳むべきだ。あと数年で内部留保は底を尽きる、今ならまだある程度の資産を残したまま――」
「くどい!お前の牧場じゃないんだ、好き勝手出来るか!そんなロマン配合など」
「――あぁ、そうか。なるほどな」
確かにそうだ。
もう自分のやりたい事をやるには、独立するしかないんだ。
どうしてそんなことに気付かったのか。
「このままでは立ち行かなくなる。その時、私の言葉が分かるはずですよ」
「おい、どういうことだ」
「もしこのまま畳むことを決断する時が来た時は、真っ先に私を切って下さい。私は私で牧場をやりますよ」
自家生産にこだわらず、長距離にこだわらず、二匹目のドジョウを狙わず、海外主流の血統を取り込まずに育成をする。
もう、これは方向性が違うから自分でやるしかない。
変えるなら環境から変えなくてはならない。
「私が正しかったと、後悔することになりますよ」