第50回宝塚記念(G1)
芝右2200m / 天候 : 晴 / 芝 : 良
| (人気) | (枠順) | (馬番) | (馬名) |
| 1 | 7 | 11 | ディープスカイ |
| 2 | 6 | 9 | ドリームジャーニー |
| 3 | 3 | 3 | メジロレクサス |
| 4 | 5 | 8 | サクラメガワンダー |
| 5 | 5 | 7 | アルナスライン |
| 6 | 1 | 1 | マイネルキッツ |
| 7 | 6 | 10 | スクリーンヒーロー |
| 8 | 8 | 14 | カンパニー |
| 9 | 3 | 4 | アドマイヤフジ |
| 10 | 2 | 2 | インティライミ |
| 13 | 7 | 12 | モンテクリスエス |
| 14 | 8 | 13 | 地コスモバルク |
| 15 | 4 | 6 | エリモエクスパイア |
| 16 | 4 | 5 | ヒラボクロイヤル |
揺れている。
この箱の中、次に出るときはレースだ。
俺自身は非情に落ち着いていると自覚している。
調子も悪くない、身体の痛みはなくなった。
ぶっちゃけ寝てれば治ったと思うから、あんな傷だらけにする必要はなかったと思う。
よし集中だ、こういうのは集中することが大事、目を瞑って精神統一とかなんかプロっぽい、俺ってばプロの馬だから、略してプロ馬だから、プロ彼女みたいでかっこいい。
プロ彼女って何よ?
『はにゃ?』
……で、気付いたら着いてたって訳。
おかしい、俺は数秒目を瞑っただけだ……こ、これはスタンド攻撃に違いない!
スタンドって何よ、幽波紋ってことさ!結局分からん。
「よし行くぞ、ゆっくりなー」
『イノウエ!敵だ、敵がいるぞ!敵はスタンド使いだ!』
「ブルブル言って、今日は興奮してるなぁ」
『何を笑ってるかぁぁぁ!ぬがぁぁぁ!』
意外、この助手は気が抜けてる!
コイツはぁ、チョベリバって奴だぜぇ……
『こっちだよぉ』
『うっす』
誘導馬の尻ばっか見てたらいつの間にかパドックにやってきた。
案内ご苦労なぁ、よしじゃあレースしてくか。
スッと首先から先が冷えてくる。
胸の内側からは沸々と熱を孕んだソレが湧き上がるのが分かる。
体内を脈打つようよな、それはまるで渇望というしか他ならない。
フゥー、と深く息を吐けば熱が一緒に抜けてくような気がしてくる。
「うわ!?漏らした」
『あっ、偶然偶然。すまんな』
やべっ、小便してたわ。
まぁ、我慢って良くないし無駄なものを捨てて身体を軽くしたってことでな。
『またテメェか、バカ!小便垂れてんじゃねぇかァ!』
『んだテメェ、文句あんのかって!』
『たりめぇだろ!汚ねぇだろうが、死ね!』
シンプルに悪口を言ってきたのは、ちっこい馬ドリームジャーニーだ。
コイツいつもキレてんな。
『乳酸菌摂ってるぅ?』
『何だその顔、バカにしてんのか!取ってるわ!』
『そんなもの俺らの食べるものにはない、たぶん』
『あるわ!どっかで摂ってるわ、ボケェ!』
コイツ……さてはノリで喋ってるな。
所詮は馬畜生、その程度の知能よ……いや、俺も馬か。
ちっこいアイツは当たり散らしながらパドック周回を始める。
他の馬が迷惑そうだ、引いてるヒトも焦ってるし二人体制なのウケる。
その点、俺は大人だからイノウエ一人に誘導されるって訳、勝ったな。
見知った顔も、見知らぬ顔も、たくさんの馬がいる。
実力は俺には及ばないと思っていても気迫と執念で俺に勝ってきたマイネルキッツやスクリーンヒーロー。
確かな技術と能力で戦ってくるディープスカイやちっこいドリームジャーニー。
他にも安定して先頭に躍り出てくるアルナスラインやアドマイヤフジ。
その他、未知数ながら周囲のヒトにも怯えず堂々とする自信の溢れる馬達。
いつもと違うと分かる、全身が熱く感じ沸き立つ物が身体に内包されてると理解できる。
今度は小便とかそんなんじゃない。
もっと精神的な、そういうもんな気がする。
あぁ、分かるのだ。
他の馬達の意地や覚悟が生み出す気配、気迫、そういった雰囲気的な物が分かるのだ。
例えば視線、例えば仕草、その一つ一つから何を考えてるのか分かるのだ。
全員が、他の馬を蹴落としてでも勝とうとしている。
口にしてるのは、まぁ、あそこのアホみたいにキレ散らかしてるドリームジャーニーくらいだ。
『何見てんだ!ブッ殺すぞ!』
『見てねぇよー、ほら立ち止まるなよー』
『うっせぇわ!今に見てろよ、ボケがァ!』
アイツ、敵意バリバリ過ぎるだろう。
その視線の先は俺とマイネルキッツ……前回の首位争いをした俺らか。
それ以外は眼中にないとばかりに睨みつけてやがる。
パドックじゃ、こんな感じで過ごしてたのか。
今更だが、今になってだが、ようやく気づいた。
どうにも今までレースで走ることしか気にしてなかったみたいで、他というか周囲を見てなかったみたいだ。
指示を出すのは騎手だろう。
だが、従うかどうかを決めるのは他ならぬ馬だ。
もうパドックにいる時点でレースは始まってる、そう考えたほうが良いだろう。
本当に今更だ、そんなこと考えなくても走れば勝てると思っていたのだから驕っていたのだろう。
騎手であるタケが来た。
ここ何日か、何回か太陽が昇ったり沈んだりする期間、俺はタケと走ってきた。
タケの走りと俺の走りのすり合わせは出来たと思う。
悪くはない、悪くはないんだが今一つ何かが足りないとは思う。
まぁ、恐らくは本番特有の馬同士のやり取りとかそういうものだろうとは想定している。
やはり、練習と本番は違うからだ。
「今日こそ、勝つぞ」
『今日は、勝つぞ!』
タケが俺の背に乗って、首を軽く叩いてくる。
たぶん、労ってると思う。
俺もお前の期待に応えるつもりだ。
勝ちたいという気持ちと戦う理由はある、こないだみたいに油断する気もない。
俺の気持ちも俺に期待する奴らの気持ちも、背負って今日は走る。
俺が……俺達が……今日こそ勝つのだ。
絶対に……何もかも使って……何が何でも勝つんだ。
返し馬、本馬場へ入場する。
日に照らされて淡く反射する芝の上に足を踏み入れれば、軽い弾力としっかりとした土の踏みごたえが足に返ってくる。
それほど力を入れなくても程よく返ってくる、軽いと感じる馬場だ。
ゆっくりと歩みながら、芝を注視すれば細かい違いが見えてくる。
内側は少し薄くなってる箇所があったり、色が濃く踏み潰された芝が見て取れる。
足を踏み入れれば絶妙に感覚は違っていて、歩くのに抵抗を感じる。
所謂、荒れているとでも言えばいいだろうか。
逆に、外に向かうに連れてそういう場所は少なく感じ、実際に軽い感覚だ。
ゴールまではすごく遠い、スタートの位置からゴールまでは直線だ。
よいドンと言ってから直線でハイ終わり、とはいかんだろうから通り過ぎることは前提としてそこからコーナーへと入るだろう。
スタートから下ってコーナー手前で登り坂、それほど急ではないからスピードが乗ったまま入っていきそうだ。
アルナスラインやアドマイヤフジ、他の馬が最初だろうか。
きっとディープスカイか俺にドリームジャーニーはピタッと張り付いて中団から走るだろう。
最初のコーナーはだいぶ短いから順位の変動はなく、そのままの勢いを維持して序盤の位置を維持するか。
そんで直線で位置調整、最後のコーナーは長いし直線みたいなもんだから回りながらも考えられるか。
俺みたいな先行の馬が位置取り争いを始めるべく加速、そこに来てようやくディープスカイやドリームジャーニーが前に出てくる。
アイツらの加速は馬鹿にできないからな、そんで最後の直線に入るまで加速して、直線で勝負ってところか。
序盤中盤で良い位置を確保して、終盤に全力で走り切る、そう考えるとバテないように抑えて走る必要がありそうか……まぁ、そのとおりになるとは限らないけどな。
『コンディションもいい、レース場も調べた、相手になる有力馬も少ない、油断もしてないし調教も良い感じに終えてきた』
だが、何かが……ズレている気がする。
こう、しっくりこない違和感がある。
何を見逃しているのか、それは分からない。
だが、それのせいで絶対に勝つという自信が揺らぐ。
それでも……
「時間だ、行くぞ」
『レースは待ってくれないか』
返し馬が終わる。
そして、レースが始まろうとしていた。