久しぶりのレースだ。
見慣れたゲート、今か今かと心臓が並立つ。
後は走って勝つだけ、それだけだ。
今……ゲートが開く。
【スタートしました。ほぼ横一線揃いました。先頭はやはり予想通り逃げるのはスクリーンヒーロー!二番手は外からぐんぐんとエイシンデピュティが来ました】
『うおぉぉぉぉ!先頭は俺の物だぁぁぁぁ!』
駆け抜けていく馬が2頭。
いつものスクリーンヒーローと、知らない顔の奴が大外から走ってくる。
この序盤にスタミナを削ってでも、あの位置を狙うのには何か狙いが……いや、考えることはヌッマに任せよう。
俺は俺の走りをする、まずは中団に控え……ッ!?
【三番手はメジロレクサス好位置です。ドリームジャーニーはやや遅れて後方から、1番人気ウオッカは後方控えです】
指示が飛ぶ、鞭が前へ前へと押し上げる。
良く分からないがそれは差しではない、先行の走り。
だが、いや、きっと何か考えがあるんだろう。
俺はその鞭に合わせて駆ける速度を上げていく。
『バカが!?』
……まぁ、多少は意表を突かれたが問題ない。
アイツの本質は差し、最後の末脚勝負を自分から捨てやがった。
小賢しい作戦を労したところで、積み重ねた肉体が勝負を決める。
俺様は、ペース配分とコーナーワークを意識して中団で攻める。
問題は、あのクソアマだ。
アイツ、俺様と同じ差しって所か。
良いじゃねぇか、俺と同じ土俵で戦うつもりか。
雌が雄に勝とうとするなんざ生意気なんだよ、正々堂々正面から叩き潰してやるぜ。
【さぁこれから向正面に入ります。4番手にマツリダゴッホ、その後ろコスモバルクが5番手に控えています。ヤマニンキングリー続いて、外めからサクラメガワンダー、内4番のアドマイヤフジ、その横にシンゲンがいます。ホッコーパドシャ、内からカンパニー、カンパニーは中団グループにいます。オウケンブルースリ並びかけて、外からエアシェイディ、ウオッカはやや後方です。ドリームジャーニーとサクラオリオンが後方になります。さぁ、3コーナーカーブに向かいます】
走る、走る。
目の前には2頭しかいない。
呼吸は荒れていない、むしろ今までで一番良い。
先頭は、スクリーンヒーローじゃない!
新顔のやつか、スクリーンヒーローは垂れやがった。
だが、侮りはしない。
アイツが最後に見せた根性を俺は知っている。
だが、少し早く感じる、ハイペース気味だ。
【さぁ、1000m 59.8とミドルペースです。さぁ、その後は4番手スクリーンヒーローと並んでコスモバルク、ヤマニンキングリー、そしてサクラメガワンダー、内は4番のアドマイヤフジです。更にシンゲン続いて――】
コーナーに差し掛かる。
同時に、鞭が入る!
合図だ、走れと言っている。
俺の背中で駆けろ伝えてくる。
『分かったぜ、うおぉぉぉぉ!』
【ここに来て、ウオッカが上がってくる!ウオッカは中団から3コーナーに入って、駆け上がってきます!】
『うわぁぁぁぁぁぁ!』
『くっ!』
『速い!』
ここまで逃げていたスクリーンヒーローが後方に置いてかれていく。
長年の経験が言っている。
このレース、勝負は最後の直線。
だから、今はまだ惑わされずペースを維持する。
横に走るドリームジャーニー、若いな。
だが、若気の負けん気だけで勝てるほど勝負は甘くない。
悪いが、意地汚く勝たせて貰う。
お前が走るとき、俺が前に出る。
『悪いが、この勝負は俺が貰う』
さぁ、タイミングを伺え。
コイツは差し馬、ウオッカのお嬢ちゃんと同じ中団を狙ってるはず。
そろそろ上がってくるはず、だが先にウオッカのお嬢ちゃんを行かせて抜きにくるはず。
だから、まだだ、まだまだ……ッ!?
その時、カンパニーの目の前が真っ白に流れレースの情景が見えてくる。
ゴール板の前、自分を追いかけるウオッカ、間にはスクリーンヒーロー、だがあと一歩で先にゴールを行く自分。
勝利への道筋、完璧なイメージだ。
だが、そのイメージの背後から、何かが来る。
『ち、違う!スクリーンヒーローはここにいない!』
瞬時に、最高のイメージが塗り替わる。
それは、若手の有力候補がいないイメージだ。
『今か!?』
カンパニーの予想と違い、ドリームジャーニーが前に出る。
【おっと、ここに来て!最内インコースから、後方からドリームジャーニーがやって来た!5馬身、3馬身、すごい速さだ!ドンドン加速する、抜いていく!?】
『…………』
あのクソアマ、アホ面と同じタイミングで加速した。
やっぱりよぉ、中団から攻めるよな。
俺と同じ差しなら、同じ中団から攻めるって思考になるよなぁ。
だけどな、そんなのは誰でも考えられることだし、アイツはそれだけで勝てるほど甘くねぇ。
舐めんなよ、そんな位置で、追いつけるか!
『見えてんだよォ!』
薄暗くなる世界の中で、ドリームジャーニーには内ラチ沿いに白く光るように道が見えていた。
馬群のない、一本道、誰も邪魔されない勝利への最適解だ。
【4コーナーから直線に入ってきます!外マチルダゴッホ、内はエイシンデピュティ!先頭はメジロレクサス!ウオッカは内を狙って今、5、6番手!外からは内を突いてウオッカだ!内からはドリームジャーニー!ドリームジャーニー!3頭並んだ!】
『うおぉぉぉぉ!』
『らぁあああああああ!』
『舐めんなァァァ!』
テメェは、何を考えてやがる。
自分のスタイルを捨ててまで、勝負を捨てに来るような奴じゃねぇ。
何を狙ってやがるってんだ。
いつ、仕掛けてくる。
『……っだぁぁぁぁ!』
『ハァハァ……』
まさか。
まさか、まさか!
クソアマの、違う!全員だ、全員のスタミナが削られてやがる!
まさか、コイツの狙いは……そんな賢いはずがねぇ!
ならこの作戦は、アイツの狙いは……消耗戦!
【さぁ、この3頭の闘いになった!ウオッカか!メジロレクサスか!ドリームジャーニーか!メジロレクサスか!ドリームジャーニーか!】
……やはり、ウオッカもドリームジャーニーも差しで来た。
レクサスを活かせるのは差しだって分かっていた。
だが、全員が差し、最後の直線の末脚勝負になるのは必須だった。
どの陣営も仕上げてくるのは分かっていた、そして最後にすべてを振り絞ってくる。
レクサスの長所はステイヤーの血筋、コイツは長距離向け。
だが、距離は2000m、活かすには短い。
だったら同じ土俵で戦わせる。
俺は、差しを捨てる!
俺達の狙いは……消耗戦!
【ドリームジャーニーが加速する!ウオッカを抜いて、メジロレクサスに迫る!】
『な、めんじゃねぇぇぇぇ!』
『来たか、ドリームジャーニー!』
背後から、突き刺すような視線を感じる。
見なくても、ここいるぞと足音を響かせるアイツがいる。
世界が塗り替わる、悍ましい気配が俺を包む。
そうだよな、来ると思ってぜ。
『勝負と行こうじゃねぇか』
俺達の作戦と、お前の末脚、どっちが最強か勝負だ!
【現在メジロレクサスが先頭!だが、外からドリームジャーニーがここに来ての加速!驚異の末脚!ウオッカをかわして、メジロレクサスに迫る!残り2ハロン、ゴールは目前!並んで来る!】
寒空の下、気に食わないやつとのレースを思い出す。
「なんで!動け、動けよこのポンコツが!」
何度も鞭で叩かれたが、それでも後悔はしてない。
「待ってくれ!俺を、俺を置いてかないでくれ!」
今日みたいな、先行で走り抜けたレースを思い出す。
今考えれば、もっと指示を聞いてやれば勝てたかもしれない。
俺が差しに固執していたから負けたとも思える。
「よくやったレクサス、よくやった」
急な作戦変更、俺が出遅れたレースを思い出す。
思えばあの時から、俺は勝てる勝負を台無しにしていた。
気の緩みで、抜かれたのもあったけ。
そんで、転がる沼添。
「勝つぞ!」
今度は出鞭の入ったレースを思い出す。
スタートにいきなり痛くてビックリした奴だ。
振り落とされないように抵抗する沼添。
「落とすなよ……」
最初の三冠レース。
滑り落ちていく沼添。
「うおっとと、セーフ」
二冠目のレース。
着地する沼添。
「 」
三冠目のレース。
気付いたら落ちてる沼添。
落ちないタッケ。
落とせないタッケ。
落ちろタッケ。
降りようとするタッケ。
降りてたタッケ。
『いろんなことがあったな……』
「俺、お前ともっと走りたかったよ。でも、ごめん」
『今更なに言ってんだよ』
【ドリームジャーニーか!メジロレクサスか!ドリームジャーニーか!先頭は8番メジロレクサス!】
「俺ともう一度走ってくれて、ありがとう」
『あぁ、気にすんな』
【メジロレクサスだぁ!ゴールイン!メジロレクサス、メジロレクサスです!2着ドリームジャーニー!3着ウオッカ!最も新しき三冠馬が、天皇賞秋を征しましたぁ!】