僕は小さなサーカスの名もなきピエロ。
雨が、轟々降る。激しい音を立てて。この音が、君には聞こえているだろうか? 君は今どこにいるのだろう。僕は一人だ。一人でここに立っている。向こうには、さまざまな煌びやかな服を着た人たちが、僕を見てニタニタ笑っている。僕だけが取り残されたようにそこに立っている。そんな気がするんだ。
ふと気がつくと、周りは真っ暗で何も見えない。ただ空から落ちてくる水滴の音だけしか響いてこない。とても静かだった。でも、その闇に紛れて何かがいるような気配を感じた。それは僕の錯覚かもしれないけど……少なくとも誰かに見られている視線だけは感じるのだ。何なんだろうって思った時に、僕は唐突に思い立った。ああ、これが後悔というものなのかなって
僕は、降りしきる雨の中に茫然と一人、立ち尽くしていた。
僕の楽しい日々は、突然終わりを告げた。
これからどうすればいいのかなんて僕には分からなかった。
ただ一つ分かることは、もう二度と家族に会えないということだけだった。そのことを思うと、突然頬から涙が伝った。それは止まることなく流れ続けた。僕はその場に泣き崩れた。声を上げて泣いた。しかし雨の音が強く僕を打ち続けるだけだった。
それからしばらく経って、僕は泣き止んだ。いつまでも泣いているわけにはいかないと思ったからだ。僕は立ち上がり、服についた泥や砂ぼこりを払った。そして周りを見渡した。
そこには死体の山があった。
血の海が広がっていた。
よく見知った顔が、僕の知らないような恐怖の表情を浮かべて生き絶えていた。
僕はその光景を見て吐き気を覚えた。だが必死で堪えて、目を背けた。雨が、無力な僕を責めさいなむように一層強く僕を打ちつけた。
(とにかく、この村から出ないと)
僕は、何かに背中を押されるように村の出口に向かった。しかし、そこに至るまでの道中、いくつもの死体が転がっている。よく遊んでいた友達のケリー、お肉屋さんの主人、家は壊され、人々は死に、この世界で生き残っているのは僕だけのように思えた。
そんなことを考えているうちに、またもや涙が出てきた。今度は悲しくて出たのではなく、悔しくて出てきたものだった。
(どうして僕がこんな目に……)
僕はそう思いながら歩いた。すると前方に大きな影が現れた。人間の身長を優に越すその影は、この世にあってはならないものであった。僕は恐ろしくなりその場に立ち止まった。そいつは、地面を揺らし、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。心臓の音が、地面のそれと呼応し、視界はどんどん朦朧としてくる。僕は恐怖で足を動かすことができなかった。
そしてついにそいつの姿が見えてきた。そいつはとても大きく、全身黒い毛で覆われていた。目は赤く光っており、口元からは鋭い牙のようなものが生えていて、腕が四本あった。その姿を見た瞬間、僕は死を悟った。
こいつは人間じゃない。化け物だ!
次の瞬間、奴はその巨大な手で僕の頭を鷲掴みにした。ものすごい力だった。僕は抵抗することもできず、そのまま持ち上げられた。そして地面に叩きつけられた。激しい痛みとともに意識を失いそうになったその時、奴の顔が迫ってくるのを感じた。奴は口を開けて、僕を食べようとしているのだ。僕は死を覚悟して目を閉じた。
……あれ?
不思議に思い目を開けると、目の前にあったはずの顔がなかった。視線を雨の向こうに霞むその先に向けると、そこにはさっきまでいなかった男がいた。彼は両手を前に突き出しており、そこから煙が出ていた。
僕は何が起こったか理解できなかった。ただ、僕は強烈な頭痛を覚え、意識が遠のいていくのを感じた。僕は、霞がかった視界の中、男の必死そうな声と、あの化け物が右肩を抑えて霧の向こうに消えていくのをぼんやりと見つめながら、深海に沈むように意識が消えていった。
振り盛る雨の中、再び世界は静寂に満たされた。
目が覚めると、そこはテントの中のようであった。あたりには誰もいないようで、白い布団と、紅白の色鮮やかな天井、そして鼻をツンと刺す匂いが僕の世界の全てだった。
(ここはどこだろう?)
起き上がろうとすると、頭の中をズキンとした痛みが襲った。その痛みに思わず頭を押さえようとすると、自分の手には、なぜか包帯が巻かれていた。しかも丁寧に治療されているようだ。
(あの人が助けてくれたのかな)
少し安心したが、まだ不安な気持ちもあった。なぜなら、どうしてここにいるのか分からなかったからだ。ただ一つ、あの時見た恐ろしい怪物のニタリと笑った顔だけを覚えていた。
(あいつは何者なんだろうか)
考えているうちにだんだん頭が痛くなってきた。まるで、それ以上のことは思い出すなと頭が警告を出しているようだった。
(とりあえず今は寝ておこう)
僕は逃げるように、眠りについた。
***
次に目覚めた時は夕方頃で、ちょうど夕日が差し込んでいた。その夕日の色はいつもと同じように見えるのだが、どこか違和感があるような気がした。しかしその理由はわからなかった。
しばらくボーッとしていると、テントの向こうから女の子が顔をのぞいているのを見つけた。歳は同じくらいだろうか? その子はじっとこちらを見つめて何か伝えようとしているようだった。艶やかな長い黒髪と白い肌、そして宝石のような青い瞳を持った女の子だった。
しばらくすると僕が彼女を見つめていることに少女は気づいたようで、サッと奥に隠れてしまった。しかしそれも一瞬だけで、また顔を現すとおそるおそるこちらに近づいてきた。
「ねえ、お腹は減ってない?」
彼女は遠慮がちにそう呟いた。そのとき、僕のお腹は盛大に鳴り出した。僕ははじめてとてもお腹が空いていることに気づいた。どうやら、丸一日寝ていたようで、僕のお腹は限界に近いようだった。
「お腹空いてるかなと思って……よければこれ、食べて」
彼女は、ポケットの中から小さな丸いお菓子を取り出した。それは、小石のように小さいチョコレートがいくつかあった。それを見ているとおなかが鳴り始めた。僕は恥ずかしくなり、うつむきながら言った。
「ありがとう。でも僕お金持ってなくて……」
すると、彼女は首を横に振った。
「いいの。私からのプレゼントだから」
そう言うと、彼女は花のような笑顔を見せた。
その瞬間、彼女のお腹も鳴り出した。僕たちは顔を見合わせると、笑い合った。
「一緒に食べようよ」
そして、僕たちはチョコレートを分け合うと、血のように赤い夕日の中、顔を合わせて二人だけの小さな食事会を楽しんだ。