時刻はマルヒトヨンマルマル(14:00)。
指定海域へ到達した海上自衛隊のヘリ搭載護衛艦(DDH)の戦闘指揮所(CIC)は、青白いレーダーモニターの光と、絶え間なく響く無機質な電子音に包まれていた。
巨大な戦術モニターの中央に鎮座するDDHのシンボル。その周囲には、午前中の過酷な対潜掃討を生き抜いた駆逐艦と海防艦たちが、今はDDHの強力な哨戒網の下で、幾分かの安堵とともに直衛の輪形陣(りんけいじん)を回している。
「――第5セクター、クリア。ソノブイの反応ロスト。本海域における敵潜水艦の撃沈および沈黙判定、計17隻に達しました」
ヘッドセットを押さえたDDHの飛行長(航空管制幹部)が、手元のコンソールから顔を上げて報告した。
「上出来すぎるな」
腕を組んで海図モニターを睨みつけていたDDHの艦長が、低く唸った。
その傍らで状況を見守っていた前衛部隊指揮官たる軽巡・五十鈴も、険しい表情で同意する。
この統合任務部隊(タスクフォース)において、DDH艦長と五十鈴の階級は共に「二佐」に相当する。だが、長年にわたり深海棲艦との死闘を潜り抜けてきた実戦経験の重みから、同階級であっても自衛隊側が艦娘へ指揮権を譲り、「先任」として扱う暗黙の了解があった。
現代海戦のプロフェッショナルである艦長もまた、五十鈴の歴戦の直感には多大な敬意を払っている。
「ええ。私たちの対潜網が機能したとはいえ、あまりにも順調すぎます」
五十鈴は腕を組み、冷たいモニターの光に目を細めた。
「我々DDHが到着する前の三時間……対潜哨戒の負担が最大に達していたあの時間帯に、なぜ敵は機動部隊による空襲をかけてこなかったのか」
艦長が、不可解そうに顎を撫でる。
「いや、上空には千歳たちの軽空母部隊が完璧な防空傘(エアカバー)を張っていた。無駄な航空戦力の消耗を嫌ったとも考えられますが……それにしても、潜水艦17隻を一方的にすり潰されるまで、敵の主力が一切のリアクションを見せないのは不気味すぎます」
五十鈴の言葉に、コンソールに向かっていた飛行長が口を開いた。
「五十鈴司令。いっそ当艦の哨戒ヘリを、さらに奥の海域まで進出させて敵の出方を探ってみますか?」
「却下します」
五十鈴は即座に首を横に振った。
「飛行長、あなたの所のヘリは優秀ですが、あくまで対潜(ASW)特化でしょう? 先ほどまで私たちの上空の盾(エアカバー)となっていた千歳たちの部隊は、すでに強行偵察部隊として前衛から切り離され、奥へ突っ込んでいます。今の私たちが、戦闘機を持たない哨戒ヘリだけを前衛より奥へ飛ばせば――待ち構えている敵の戦闘機群に、ただの的として狩り落とされるだけです」
「……司令の言う通りだ。これ以上の不用意な航空戦力の前進は危険すぎる」
艦長が重い声で同意し、レーダーモニターの深部へ鋭い視線を向けた。
「しかし、敵はなぜ沈黙している? 味方の潜水艦を17隻も犠牲にしてまで、我々に防衛線を突破させた理由は何だ?」
艦長はしばし沈黙し、海図上の「撃沈された敵潜水艦」の分布図と、現在の自軍の配置を見下ろした。
「……これは私の推測に過ぎないが」
艦長がポツリと漏らした言葉に、五十鈴と飛行長の視線が集まる。
「敵は我々が戦線を間延びさせて奥へ奥へと踏み込んでくるのを待っている。……我々の目が届かないその奥に、巨大なキルゾーン(殺戮地帯)を敷いて口を開けて待っている可能性が高い。そして今、その網のど真ん中に向かっている部隊がいる」
青白いモニターの光に照らされたCICに、重く息苦しい空気が漂う。
敵の懐深くへと単独で突入している、6つの小さな光点。敵の目をこじ開けるためだけに奥へ突っ込んでいった強行偵察部隊のマーカーだ。
罠だと知りながら送り出したのかと、飛行長が息を呑んだ――その時だった。
「ええ。作戦本部も、もちろんその程度のことは承知の上でしょう」
五十鈴がモニターから視線を外し、自衛隊の幹部たちへ向けて口元に微かな笑みを浮かべた。そこにあるのは焦りではなく、歴戦の艦娘としての静かな覚悟と、死地に向かった戦友への絶対的な信頼だった。
「承知の上で、あの6隻をキルゾーンの死地へ?」
艦長が鋭い視線を向ける。
「だからこその、あの部隊編成なんですよ。艦長」
五十鈴は腕を組み、冷徹な声で事実を並べた。
「強行偵察の指揮を執るのは、あの対空番長こと摩耶一佐と鳥海。そして随伴には防空駆逐艦の秋月をつけています」
その名を聞いた瞬間、艦長と飛行長の目の色が変わった。
現代海戦を学ぶ彼らも、彼女たちのスペック――その常軌を逸した「艦隊防空能力」の高さは熟知している。
「雷撃機や爆撃機をすべて降ろし、戦闘機と偵察機に特化させた軽空母三隻……そこに、摩耶一佐と秋月の防空網の傘を被せる……?」
飛行長が、その編成の意図に気づいて戦慄したように呟く。
「ええ。絶対に沈められず、空からも落とされない『ハリネズミ』です。敵を倒す力はありませんが、敵の罠を踏み抜いて、情報を引っこ抜いて逃げ帰ってくることにかけては、あの編成以上の最適解はありません」
五十鈴は再びモニターの最奥で瞬く光点へと視線を戻した。
「キルゾーンが待ち構えているなら、上等です。……そろそろ、摩耶たちが派手に動き出す頃合いじゃないですかね」
五十鈴のその言葉は、冷徹な軍事ロジックに裏打ちされた、本物のプロフェッショナルだけが持つ凄みだった。
一方、前線から遥か後方に位置する鎮守府。
第一作戦室で大本営からの承認が下りた直後、執務室の武蔵を通じて、鎮守府全域に司令部通達が響き渡っていた。
『――全艦娘に通達。これより当鎮守府は第一種警戒態勢へと移行する。全艦娘は一切の外出を禁止。直ちに各々の艤装の最終確認を行い、いかなる時間、いかなる海域への出撃命令にも即応できる状態を維持せよ。繰り返す――』
その冷徹な放送を聞くまでもなく、鋭敏な艦娘たちはすでに「空気」で察知していた。
廊下を走る連絡要員のただならぬ気配。弾薬庫と工廠から漂い始めた、重油と火薬の濃密な匂い。
命令で名指しされていない者たちでさえ、私語を止め、ただ静かに自身の砲塔を磨き、機関の慣らし運転を始めていた。鎮守府という巨大な有機体が、一つの明確な「殺意」に向けて完全に毛羽立っていた。
「……あー、くそっ。腹減ったぜ」
作戦室と執務室、そして各待機所への伝令を嵐のように駆け回り、ようやく一息ついた天龍は、肩を回しながら鎮守府の大食堂へと足を踏み入れた。
極度の緊張状態から解放され、とりあえずカレーでも腹に詰め込もうと食券機に向かった、その時だった。
「あっ! 天龍さんだ!」
「天龍さーん!!」
背後からワッと声が上がり、あっという間に十数人の駆逐艦たちに取り囲まれた。
夕立、白露、暁や響といった顔ぶれが、目をキラキラと輝かせながら天龍の軍服の裾を引っ張る。
「敵はどこにいるんですか!? どこの海域ですか!」
「誰が先発してるの? 私たちの出番はいつ!?」
「いつでも出撃できるように、魚雷の信管も主砲もバッチリ磨いてあるっぽい!」
「私だって、レディとしていつでも最前線に行けるわ!」
次々と飛び交う駆逐艦たちの甲高い声。
外出禁止という重苦しい命令が下されたにもかかわらず、彼女たちの顔に恐怖や不安は微塵もなかった。あるのは、仲間と共に戦場へ立ちたいという純粋で強烈な戦意と、自分たちの司令部に対する絶対的な信頼だけだ。
「おいおいおい、落ち着けお前ら! 近えよ、押すな!」
天龍は苦笑交じりに彼女たちを押し留めながら、ガシガシと自分の頭を掻いた。
(……まったく。大和や長門が顔を青くして盤面回してるってのに、現場の連中はこれだからな)
だが、その無邪気なまでの士気の高さが、張り詰めていた天龍の心を幾分か軽くしたのは事実だった。
天龍は一つ咳払いをし、年長者としての顔つきを作って駆逐艦たちを見下ろした。
「いいか、お前ら。今は作戦の全貌は言えねえ。だが……上層部が今、とんでもなくでかい『獲物』を盤面に引きずり出そうとしてるのは確かだ」
その言葉に、駆逐艦たちがごくりと息を呑む。
「お前らのその磨き上げた砲と魚雷が、確実に必要になる時が来る。だから今は、しっかり飯食って、いつでも出撃(や)れるように牙を研いでおけ。分かったな!」
「「「はいっ!!」」」
駆逐艦たちの元気な返事が食堂に響き渡る。
満足そうに散っていく小さな背中を見送りながら、天龍は小さく息を吐いた。
彼女たちの真っ直ぐな戦意が向かう先。その遥か南方の暗い海では今、五十鈴や摩耶たちが、文字通り命を懸けてその「でかい獲物」の喉首を探り当てようとしているのだ。
天龍は食堂の窓から、遠く広がる南の空へと鋭い視線を向けた。
目標海域【ポイントB】まで残り三十海里。
灰色の海原を、矢のような猛スピードで切り裂いて進む六つの影があった。
防空巡洋艦の摩耶と重巡の鳥海、防空駆逐艦の秋月。そして彼女たちに守られるように単縦陣の中央を進む、千歳、千代田、瑞鳳の三隻の軽空母たち。
一切の攻撃機(雷爆撃機)を捨て、制空戦闘機と偵察機だけを満載した、極端すぎる『強行偵察部隊』だ。
その張り詰めた沈黙を、千歳の鋭い報告が破った。
「――ポイントBの奥へ先行させていた偵察機一機、ロスト(通信途絶)! 撃墜されました!」
「来たか」
摩耶が目を細めた直後、対空レーダーを睨んでいた瑞鳳が悲痛な声を上げた。
「前方より敵機の大編隊接近! 数はおよそ……二百機以上です!」
二百機。完全な殺意を持った機動部隊の全力投射だ。
罠を張っていた敵が、網の奥まで踏み込んできた摩耶たちを確実にすり潰すために牙を剥いたのだ。同時に鳥海からも、敵の水上打撃部隊がこちらへ向かって急速接近中であるというアラートが響く。
「千歳! 直掩の戦闘機隊はどうなってる!」
「すでに全機、迎撃コースに乗せています! ……ですが、こちらの戦闘機は百機未満。多勢に無勢です、空戦の網を抜けて数十機は確実にそちらへ到達します!」
千歳の切羽詰まった報告に、摩耶は獰猛な笑みを浮かべた。
抜けてくるなら、好都合だ。
「上等だ! 抜けてきた分はアタシと秋月で全部叩き落とす! ――全艦、防空戦闘用意!」
摩耶は即座に右腕を振り下ろし、部隊へ号令を叩きつけた。
「敵の水上部隊の砲撃圏内(レンジ)に入る前にズラかるぞ! 全艦一八〇度反転(ターン)! 撤退しながらの迎撃戦に移行しろ!」
「千歳! 残ってる偵察機は全部、さっき一機ロストしたポイントBの奥へ一気に突っ込ませろ! 敵の親玉は間違いなくそこにいる!」
「了解しました! 彩雲、全機発艦! 目標、ポイントB深部!」
摩耶の指示で、六隻の艦娘が一斉に海を蹴り、反転する。
背後へ向かって猛スピードで退避行動を取りながら、千歳たちの甲板から放たれた高速偵察機『彩雲』が、敵の大群とすれ違うようにしてポイントBの奥深くへ向かって飛んでいく。
直後、厚い雲を突き破り、千歳たちの戦闘機の網をすり抜けた数十機の深海棲艦の攻撃隊が、摩耶たちの頭上へと殺到してきた。
「秋月、アタシに合わせろ! 対空弾幕(ハリネズミ)を展開! 空母に指一本触れさせんじゃねえぞ!」
「了解! 防空駆逐艦秋月、対空戦闘、始めますッ!」
摩耶と秋月の艤装が、天を仰ぐ。
次の瞬間、両者の長角砲と高角機銃が凄まじい咆哮を上げ、空に向けて分厚い「弾幕の壁」を形成した。特殊な対空カットインの火線が空を切り裂き、逃げる艦隊の頭上から襲い掛かろうとした敵機が次々と空中で爆散し、黒い破片となって海へバラまかれていく。
敵も逃がすまいと執拗に急降下を仕掛けてくる。
摩耶と秋月は逃げる背中越しに砲身を向け、弾薬が空になる勢いで空へ向けて濃密な弾幕を張り続けた。打撃力(攻撃機)を捨てて手に入れた、絶対に落とされないための防空のハリネズミ。五十鈴の予言した通りの、最も厄介な撤退戦術だ。
息詰まる退避と防空戦闘の最中。
千歳の通信機に、ノイズ混じりの甲高い電子音が響いた。敵の奥深くに突っ込ませた偵察機からの、データ受信の合図だ。
「……ッ! 摩耶さん、偵察機より敵中枢の光学データを受信!」
「でかした! 敵の親玉のツラは拝めたか!」
対空機銃を撃ち放ちながら摩耶が叫ぶ。
千歳は送られてきた暗号化データをモニターに展開し――その「規模」と「艦影」に、思わず息を呑んだ。
「……敵中枢の規模、空母群を含めた大規模タスクフォース。そして、その中心に座乗している敵旗艦は……」
千歳の声が、一瞬だけ恐怖に震えた。
弾幕の音すら遠ざかるような絶望的な報告が、通信回路に響く。
「――『戦艦レ級』。間違いありません、深海棲艦の戦艦レ級を確認しました!」
その名前に、鳥海や秋月すらも一瞬顔を強張らせた。
規格外の装甲、狂ったような航空攻撃能力、そして圧倒的な砲雷撃戦能力を併せ持つ、深海のバケモノ。アレがポイントBに居座っているという事実。
だが、摩耶だけは違った。
防空の弾幕を張り続けながら、口元の血を拭い、ニヤリと悪びれた笑みを浮かべる。
「上等だ。アレがこの海域のボス(親玉)ってことかよ。……だったらアタシらの役目はここまでだ!」
摩耶は無線を最大出力に切り替え、後方の鎮守府へ向けて怒鳴った。
「摩耶より第一作戦室! 敵中枢の座標、および『戦艦レ級』の存在を確認した! ――これより全データを送信する! 長門さん、大和! あとは任せたぜッ!」
血みどろの対空戦闘の中で引っこ抜かれた極秘データが、暗号電文となって、長門たちの待つ作戦室へと放たれる。
「全艦、被害ゼロ! このまま一気にキルゾーンを離脱する! ぶっちぎるぞ!」
摩耶の号令のもと、強行偵察部隊の六隻は、背後に落ちる敵の砲弾と対空の火線を置き去りにし、ただ「情報を持ち帰る」という最大の勝利を手に、高速で海域を離脱していった。
強行偵察部隊の決死の撤退戦が繰り広げられている頃、後方のDDH戦闘指揮所(CIC)にも極度の緊張が走っていた。
戦術モニターには、敵の航空機群と水上部隊を背後に引き連れながら、最大戦速で海域を離脱してくる摩耶たち六つの光点が映し出されている。
そしてその先頭を走る摩耶から、後方の鎮守府へ向けた暗号データ通信が放たれたのを、CICの電探員が傍受した。
「強行偵察部隊よりデータ送信の兆候! 奴ら、敵のど真ん中で情報を引っこ抜きやがりました!」
「あの弾幕の中を逃げ切りながらか……大した連中だ」
DDHの艦長が、信じられないものを見るように低く唸る。
だが、歴戦の海の男たる彼の戦術眼は、モニターに映る「逃走ルート」の先――キルゾーンの出口にあたる海域の異変を即座に察知していた。
「……いや、まだだ。敵はあいつらをタダで帰す気はないぞ」
艦長の鋭い声に、CICの空気が再び凍りつく。
彼は海図モニターの「出口付近」を指差した。
「水上艦隊で追いつけないなら、退路を塞ぐのが定石だ。キルゾーンの出口付近――第4セクターの海中に、敵の潜水艦部隊が集結して待ち伏せしている可能性が高い。水上で防空戦闘に掛かりきりの摩耶たちに、下から魚雷を撃ち込まれたらひとたまりもないぞ!」
艦長は即座に飛行長へと振り返り、矢継ぎ早に命令を飛ばした。
「飛行長! 展開中の対潜哨戒ヘリ全機を、直ちに第4セクターへ急行させろ! ソノブイを全弾投下し、待ち伏せしている敵潜水艦を片っ端から沈めて、摩耶たちの退路(ドア)をこじ開けろ!」
「了解! 哨戒ヘリ全機へ目標変更(ターゲット・アップデート)! 撤退ルート上の掃討に入ります!」
DDHの飛行長が鋭く復唱し、上空のヘリ部隊が即座に機首を翻す。
その流れるような一連の指揮を見て、通信機に手を掛けていた五十鈴が、ふっと口元を緩めて動きを止めた。
「どうした、五十鈴司令」
「……いえ。今まったく同じ海域の掃討を、前衛に控えている能代(のしろ)たち水雷戦隊に命じようとしていたところです」
五十鈴はヘッドセットから手を離し、自衛隊の艦長へ向けて感服したように微笑んだ。
「キルゾーンの出口(チョークポイント)に潜水艦が蓋をしに来るという予測、そして即座にヘリを向かわせる判断の速さ。……さすがはDDHの艦長ですね。完敗です」
「よしてくれ。命懸けでバケモノの巣に突っ込んでいった彼女たちに比べれば、我々など安全な後方からヘリを飛ばしているだけだ」
艦長は謙遜しながらも、歴戦の艦娘からの惜しみない賛辞に、微かに誇らしげな表情を浮かべた。
「せめて、彼女たちが帰ってくるための『ドア』くらいは、我々の手でしっかり開けておかねばならんからな」
「ええ、頼もしい限りです」
五十鈴は深く頷き、再び通信機のスイッチを入れた。
「能代、聞こえるわね。出口の対潜掃討は、自衛隊のヘリ部隊が引き受けてくれたわ。あなたたちは摩耶たちが合流次第、自衛隊の『打ち漏らし』をお掃除しつつ、直衛に入って後退を援護しなさい」
『了解しました、五十鈴さん! ――と言いたいところですが』
通信の向こうで、前衛を走る軽巡・能代が、苦笑交じりの弾んだ声を上げた。
『たった今、こちらのソナーから出口付近の敵潜水艦の反応がすべて消滅しました。……自衛隊のヘリ部隊、打ち漏らしゼロ(パーフェクト)です。私たちのお掃除の出番、ありませんよ』
通信越しの能代の弾んだ声に、五十鈴は思わず目を丸くした。
次いで、隣に立つDDHの艦長へ向け、心底からの敬意を込めて小さく息を吐く。
「……お見事です、艦長」
「お互い様だ、五十鈴司令。これでようやく、彼女たちを無事に迎え入れられる」
言葉はそれだけで十分だった。
青白いモニターの中の六つの光点は、自衛隊が完璧にこじ開けた安全な退路を真っ直ぐに通り抜け、五十鈴たちの待つ本隊陣形へと帰投しつつあった。