艦隊コレクション戦記   作:クギヌキ

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霧中

「――これで前線の継戦リスクはクリアされました。ここからが本題です。南方海域ポイントBに巣くう敵六二隻の多重輪形陣に対し、我々が取るべき編成と突入戦術の図演に入ります」

大和の言葉を受け、長門が戦術テーブルを囲む面々を見渡した。

「まずは『パターンA(積極迎撃型)』の検証から入る。ただし、時間が惜しい。図演の進行は時間経過を圧縮した早巻き(倍速)で回す」

長門はそこで一度言葉を区切り、武蔵と翔鶴へ視線を向けた。

「今回の図演は、全員で同じ盤面を眺める予定調和の検討はしない。互いの思考が漏れないよう、指揮官を別室へ隔離した実戦形式の対抗演習(ウォーゲーム)で行う」

「艦娘側――攻撃部隊の指揮官は武蔵。お前には別室へ入ってもらい、こちらの情報は完全に遮断する。手元に渡すのは海図と、先ほど摩耶と衛星が掴んだ『敵六二隻の初期配置データ』だけだ。敵がいつ、どう動くか分からない手探りの状態で編成を組み、どうやってあの六二隻を削り切るか、お前の判断で突っ込め」

「了解した」

武蔵が短く頷く。

「対する深海棲艦側――迎撃部隊の指揮官は翔鶴だ」

長門の指名に、翔鶴が静かに姿勢を正した。

「翔鶴も別の部屋へ入れ。お前はパターンAの前提に基づき、六二隻の深海棲艦を指揮して、突っ込んでくる武蔵の艦隊をどう迎え撃ち、どうやって叩き潰すか、その一点だけを考えて駒を動かせ」

「承知しました」

「ここ第一作戦室は統裁部(審判)とする。大和がシミュレーターの演算と損害判定を管理し、私と残りの者で双方の戦術と盤面の推移を検証する。――武蔵、翔鶴、ただちに別室へ移動しろ。大淀は双方の端末の回線と情報制限をセットしろ」

「はっ! 第二作戦室および第三ブリーフィングルームの端末、視界制限(フォグ・オブ・ウォー)を設定してオンラインにします」

武蔵と翔鶴が作戦室を退出し、それぞれの別室へと向かう。

数分後、大淀のコンソールに双方の準備完了を示すランプが灯った。

「武蔵さん、翔鶴さん、ともに別室の端末へ接続完了しました。互いの通信および相手側の盤面データは完全に遮断されています」

「よし。大和、シミュレーターの時計を早巻きに設定しろ」

「了解。時間経過を実時間の十倍速に設定。――パターンA、対抗図演を開始します」

メインスクリーンが三分割される。

中央には統裁部用の「全貌の海図」。左のウィンドウには武蔵の端末と同じ「索敵範囲しか見えない艦娘側の海図」、右のウィンドウには翔鶴が操作する「深海棲艦六二隻の海図」が映し出された。

『こちら武蔵。主力部隊および前衛の編成を端末に入力した。――これよりポイントBへ向け、侵攻を開始する』

武蔵の艦隊を示す青いアイコン群が、先ほど摩耶たちが強行偵察で切り開いた進入軸をなぞるように、ポイントBへ向けて前進を開始した。

それとほぼ同時に、中央の全体海図および右側のウィンドウで、翔鶴が指揮する深海棲艦六二隻の赤いアイコン群が動き始めた。

十倍速で進む時間軸の中、武蔵の艦隊が摩耶たちの侵入点を通過し、ポイントBへ至る中間海域へ差し掛かった瞬間――静止していた六二隻の多重輪形陣が大きく形を変え、外周の重巡と水雷戦隊、さらに後方の空母群が一斉に迎撃機動を開始した。

武蔵の端末には、まだその動きの全貌は見えていない。

第一作戦室の中央で海図を見下ろしていた長門は、双方の動きを睨みつけたまま深く考え込み、腰の軍刀の鍔を親指で弾いて、チャカ、チャカ、と小さな金属音を鳴らし始めた。

隣に立つ大和や、テーブルを囲む赤城、加賀、妙高たちもその音に視線を向けた。だが、長門が深く思考しているのを見て、誰一人として声をかけない。

作戦室には、シミュレーターが刻む無機質な電子音と、長門が鳴らす軍刀の乾いた音だけが響いていた。

長門はチャカ、チャカと軍刀を鳴らしながら、戦術テーブルの海図の周りをゆっくりとぐるり一周歩き回った。正面から、側面から、そして敵側となる裏側の角度から盤面を見つめ、何か見落としがないか深く考察を続けていた。

やがて、軍刀の音がピタリと止まる。

長門は静かに息を吐き出すと、コンソールに向かう大淀へ視線を飛ばした。

「大淀。ポイントAとポイントCの海図を出せ」

「ポイントAとCの海図、ですか?」

「そうだ。敵主力は今ポイントBに集まっているが、当初はポイントAやCにも敵主力が潜んでいる可能性があった。その二箇所の地形状況がどうなっているか詳細を知りたい。……摩耶たちの偵察では、ポイントAとCの島や海域に敵の影はなしという報告だったが、見落としがないかもう一度情報を照らし合わせて検討したい。データを出せ」

「了解しました。ポイントAおよびポイントCの地形データと、摩耶隊の偵察報告をメインスクリーンに展開します」

大淀がコンソールを叩き、中央のメインスクリーンにポイントAとCの詳細な海図と、偵察時の報告データが並べて映し出された。

だが、どれほど照らし合わせても、ポイントAとポイントCの島影や周辺海域には「敵影なし」という結果が示されるばかりだった。それでも、長門の胸中には何か見落としがあるという胸騒ぎがして止まらなかった。

長門は腕を組み、スクリーンを見据えたまま背後の赤城と加賀に問いかける。

「赤城、加賀。翔鶴の動きをどう見る?」

「……普通に理にかなっていますね」

赤城が盤面を見て頷き、加賀も静かに言葉を継いだ。

「オーソドックスだからこそ隙がないわ。輪形陣の厚みを活かした、極めて確実な戦法よ」

長門は小さく頷き、今度は隣に立つ妙高へと視線を向けた。

「妙高。武蔵の方は、ポイントAとポイントCに対する手当てをどうしている?」

「はい」

妙高は艦娘側の進軍データを確認して答える。

「ポイントAに関しては、伊勢と日向が瑞雲で偵察を飛ばし、何かあればその二人の部隊が直ちに対応する形になっています。ポイントCに関しては、外側の巡洋艦部隊が一応索敵機を飛ばしてポイントCに敵がいないことを確認しながら、そのままポイントC側から敵に対して雷撃運動をかけて攻撃しようとしています」

「……理にかなった動きだな。一応、AとCの双方にも何かあれば対応できる態勢は取っているわけか」

長門は盤面を睨んだまま、さらに妙高へ問いを重ねた。

「妙高。もしお前が深海棲艦側としてポイントAかポイントCに部隊を置いて、この状態で武蔵の艦隊に突っ込むとしたらどう思う?」

問われた妙高は、盤面上の武蔵の配置を見て首を横に振った。

「ポイントA、ポイントCのどちらに部隊を置いて私の重巡部隊が突っ込んだとしても、今の武蔵の警戒態勢ならすぐに対応されます。混乱を与えるどころか、逆にこちらの重巡部隊が撃沈されて、私の突撃は成功しませんね」

作戦室にいる誰もが、武蔵の動きは盤石であり、AとCへの備えにも抜かりはないと見ていた。

だが、長門だけはなぜかポイントAとポイントCに強い引っかかりを感じ続けていた。

「……大和」

長門は戦術テーブルから離れ、大和へ指示を飛ばした。

「このままパターンAの図演を続けてくれ。終わり次第、パターンB、パターンCもそのまま続けて図演をやらせてくれ。それと【パターンD】も追加だ。敵六二隻が一気に戦線突破して大攻勢をかけてきた時の対応と、被害状況の確認がしたい。時間はこのまま早巻きの状態でいい」

「承知しました。パターンAからDまで、このまま連続で演習を回します」

「私は旗艦執務室に戻る。すべてのパターンが終わった時に、伝令でそっちに結果報告を上げて見させてくれ」

長門はそれだけを言い残すと、防音扉を開けて作戦室の廊下へと出ていった。

静まり返った廊下を歩き、長門が旗艦執務室へ戻ると、室内には陸奥が一人控えていた。

「あら、早かったわね。図演の方はもう終わったの?」

「いや、パターンAからDまで、大和たちにそのまま早巻きで回させている。すべて終わったら伝令が来る手はずだ」

長門はテーブルの皿に置かれていた赤い大福に手を伸ばして一気に食べ終えると、部屋の冷蔵庫からチョコレートパフェアイスを取り出し、軍刀を佩いたままソファへ深く腰を下ろして食べ始めた。向かいに座った陸奥が、淹れたての緑茶を長門の前に置く。

「そういう食べ方をする時は、だいたい頭の中が煮詰まってる時よね。……盤面、うまくいかなかったの?」

「逆だ。うまくいきすぎている」

長門はスプーンを止め、ふうと息を吐いた。作戦室での険しい顔ではなく、妹の前でだけ見せる素の表情だった。

「翔鶴の迎撃も、武蔵の進軍も、すべて正しい方向を向いている。伊勢と日向の瑞雲でポイントAを押さえ、外側の巡洋艦部隊でポイントCを警戒しながら突っ込む。赤城も加賀も、妙高でさえも、AやCに部隊を置いて突っ込んでも武蔵にすぐ対応されて返り討ちに遭うと断言した」

「なら、何も問題ないじゃない」

「ああ。摩耶たちの偵察でも、ポイントAとCの島や海域に敵の影はなかった。……だが、どうしても何か見落としがある気がしてならない。この違和感に気づけないまま進んだら、また本土が空襲された時のような、取り返しのつかないことになるんじゃないかと胸騒ぎがして止まらないんだ。……私のただの取り越し苦労かもしれないがな」

ぽつりとこぼして再びチョコレートパフェアイスを口に運ぶ長門を見て、陸奥は背もたれに体を預け、あっさりと言った。

「取り越し苦労なら、それでいいじゃない。そんなに引っかかるなら、ポイントAとCにもう一度確認を出してみたら?」

長門が視線を上げる。陸奥は茶碗を手に取りながら続けた。

「時間がないのはわかるけど、輸送船が到着してこっちの攻勢準備が整うまで、まだ五日くらいは時間かかるでしょう。だったら、今のうちに直接確かめさせればいいわ」

「……まだ五日ある、か」

長門は手元のアイスとスプーンをテーブルに置き、執務室の壁に掛けられた南方海域の海図を見据えた。

その瞳に、すっと鋭い光が戻る。

その時、執務室のインターホンが鳴り、第一作戦室からの伝令が全パターンの図演終了を告げた。

長門は立ち上がり、軍刀を手にして扉へと向かう。

「ありがとう、陸奥。やるべきことが見えた」

第一作戦室へ戻った長門は、大和からパターンAからDまでの集計データを受け取り、黙って数値に目を通した。別室から戻っていた武蔵と翔鶴も、戦術テーブルの脇に控えている。

一通り結果を確認した長門は、端末をテーブルに置いた。

「皆、聞いてくれ。図演の結果、特にパターンD――敵六二隻が一気に戦線突破して大攻勢をかけてきた場合、現状の前線戦力では初動を抑えきれず、大きな被害が出ることが確認された」

長門は海図上のポイントBと、その手前に位置する摩耶たちの現在地を指し示した。

「輸送船が到着し、物資が集まってこちらの攻勢準備が整うまで、まだ五日ほど時間がかかる。今はまだ攻勢をかけきれないが、敵が出てきた時の初動を防ぐため、これより前線へ増援を出す。――金剛型四隻、雲龍型三隻、および第一水雷戦隊を緊急展開させる」

作戦室の面々の視線が海図に集まる。

「前線の摩耶たちと合流させ、現地指揮は金剛に引き継がせる。敵の初動を抑えつつ、前線の警戒を厳に高めてくれ。戦力の逐次投入になるかもしれないが、今は構わん。追加でどんどん増援は出していくぞ。主力も、いつでも出られるように準備だけはしておいてくれ」

「了解しました。直ちに金剛たちと第一水雷戦隊へ出撃準備を通達します」

大和が頷くのを見て、長門はさらに言葉を継いだ。

「それと、金剛たちの展開にあわせて潜水艦部隊を全員連れていかせる。目標はポイントAとポイントCだ。海中から接近し、あの二箇所に強行偵察をかける」

「ポイントAとCに、海中からですか?」

妙高がわずかに眉を動かした。

「ああ。潜水艦を潜り込ませる陽動として、摩耶たちには前回と同じように、再びポイントBへ向かって突入するふりだけをさせる。あわせて周辺海域の対潜行動を高め、敵潜水艦に邪魔されないよう、こちらの主力部隊が通る枠を確保する動きを見せろ」

「なるほど……。こちらが正面から攻勢をかける準備に入ったと思わせるわけですね」

赤城が盤面を見つめて頷いた。

「そうだ。こちらが攻勢の準備を進めていると見せかければ、向こうもうかつには動きづらくなる。まるで将棋の読み合いみたいなものだが……戦争なのだから読み合いなのは当然か。主力同士がぶつかる前の、静かな主導権争いだな。――大和、大淀、直ちに各部隊へ命令を出してくれ」

「はっ!」

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