第一作戦室。
最前線の金剛からの報告と、ゴーヤが送ってきたポイントCの偽装飛行場の映像データがモニターに映し出されると、室内の空気は極限まで張り詰めた。
長門は海図を睨みつけながら、淀みない声で次々と作戦を立案していく。
「敵の航空拠点が稼働する前に叩き潰す。これより、金剛たち第一遊撃部隊に比叡、榛名、霧島、そして鳥海を前線へ急行させ合流。金剛型四隻と鳥海、摩耶の重巡部隊で夜闇に紛れてポイントCへ肉薄し、三式弾による飛行場への夜間砲撃を敢行する」
周囲の艦娘たちが息を呑む中、長門の視線は市ヶ谷との連絡回線を繋ぐ高雄へと向けられた。
「高雄、市ヶ谷へ伝えろ。夜襲のタイミングに合わせて、伊号たちを回収した海自の潜水艦から、ポイントBの敵主力に向けてハープーン(対艦ミサイル)を全弾撃ち込ませろ。連中の目を強引にBへと向けさせ、混乱した隙を突いて金剛たちがCへ突入する」
「了解しました!」
「それと、もう一つだ」
長門の目が、さらに鋭く細められた。
「自衛隊のイージス艦、あるいは護衛艦団の中に、トマホーク(巡航ミサイル)を積んでいる艦がいるはずだ。金剛たちが砲撃を開始する『10分から15分前』にポイントCへ着弾するように、遠距離から撃ち込めるか確認しろ。飛行場の滑走路に穴を開け、たこ焼き(敵艦載機)が飛び立てない状態にしてから、金剛たちの三式弾で更地にする」
「……っ、すぐに海幕へ打診します!」
現代兵器による長距離の飽和攻撃と、艦娘による近接夜戦のリンク。あまりにも苛烈で合理的な戦術に、作戦室は水を打ったように静まり返った。
長門は視線を海図から外し、補給担当の大淀へと向けた。
「大淀。全艦が補給と整備を受けられる拠点となる輸送船団が前線へ到着するのはいつだ?」
「現在のピストン輸送のペースを維持して……最短でも、あと四十四時間後になります」
「間に合わんな」
長門は短く吐き捨てると、自らの軍刀を手に取った。
「私が自ら主力艦隊を率いて現場に出る」
その一言で、作戦室の空気が一気に沸騰し、そして即座に氷のように冷たく研ぎ澄まされた。出撃の準備が、音もなく一斉に動き始める。
「大淀、お前はこの後方に残り、総数管理をして前線へのボトルネックを防げ。前線の現場管理は夕張と明石に行かせる。あちらの海自や自衛隊の後方支援部隊と直接連携させれば、最前線での補給は回るはずだ」
「了解しました」
長門は軍刀を帯びると、鋭い視線で作戦室の全艦を見渡した。
「これより出撃編成を下達する。戦艦は私と陸奥、大和、武蔵。空母は正規空母を全隻投入する。重巡は、そこにいる那智を含めた妙高型四隻だ」
大和や武蔵という最大戦力の投入宣言に、室内の空気がさらに一段と重くなる。長門は構わず言葉を継いだ。
「軽巡は神通、那珂、阿武隈、矢矧。第二水雷戦隊の能代はすでに前線に出ているからな。選ばれた軽巡は、それぞれ責任を持って駆逐艦を五、六隻ずつ引き抜いて連れて行け。水雷戦隊として、適時に敵の懐へ突っ込ませる」
長門は一度言葉を切り、壁際で腕を組んでいた天龍を真っ直ぐに睨み据えた。
「それ以外の軽巡は留守番だ。……天龍。私が出撃すれば、居残りを命じられた駆逐艦たちが必ず暴走しそうになる。お前はここに残って、あいつらを押さえつけろ。力ずくでもだ」
「ちっ……俺に大所帯の子守りをしろってのか? まあいい、誰もここから一歩も出さねぇよ」
長門は小さく頷き、軍帽を深く被り直した。
「山城、私が留守の間はこの第一作戦室を頼む。高雄は、現地の金剛たちと連携して夜襲の決行時刻を詰めろ。確定次第、こちらと大本営へ速やかに共有するんだ」
「はっ!」
指示を終えた長門は、踵を返して作戦室の扉へと向かいながら、最後に肩越しに命じた。
「あと、輸送機を準備させておけ。全艦、可及的速やかに出撃準備にかかれ。準備できた者は輸送機のところで待機しておけ。……私は、提督に作戦開始の挨拶をしてくる」
長門の軍靴の音が、重々しい出撃の足音として廊下に響き渡っていった。
夜の滑走路には、自衛隊が手配した数機のC-2輸送機が、アイドリングの重低音を腹の底に響かせながら待機していた。
強烈な投光器の光が交差する駐機場に、出撃を命じられた艦娘たちが続々と集結していく。
大和、武蔵をはじめとする超弩級戦艦。飛行甲板を背負った正規空母たち。そして夜戦を渇望する重巡と、殺気を研ぎ澄ませた水雷戦隊の面々。
日本が誇る最大戦力が、誰一人として無駄口を叩くことなく、輸送機の前に一列の長大な陣形を組んで整列していた。
やがて、その張り詰めた静寂の中を、三つの足音が近づいてくる。
後方での兵站管理を一時的に大淀たちに預けた提督が、長門、そして護衛の吹雪を引き連れて姿を現したのだ。
提督は、並み居る艦娘たちの前に立つと、長々とした訓示を垂れることはしなかった。
ただ静かに右手を額に当て、敬礼の姿勢をとる。
そしてそのまま、一列に並んだ彼女たちの前を、一人一人の顔に刻まれた覚悟を確かめるように、ゆっくりと歩いて査閲していく。
艦娘たちもまた、無言のまま真っ直ぐに前を見据え、総司令官からの敬礼を全身で受け止めていた。
列の端から端まで歩き終え、再び中央へと戻ってきた提督は、傍らに控える吹雪に短く命じた。
「Z旗を上げろ」
「はっ!」
吹雪が力強く頷き、滑走路の脇に設営された仮設のポールへと走る。
『皇国ノ興廃コノ一戦ニ在リ』――総力戦の決意を示すその特別な旗が、滑車を鳴らしながらするすると夜空へ昇っていき、冷たい夜風を受けて大きくはためいた。
Z旗を見上げた提督は、再び艦娘たちへと視線を戻し、ただ一言、短く放った。
「暴れてこい」
その瞬間、整列していたすべての艦娘たちの瞳に、どう猛で熱い戦意の火が灯る。
総旗艦たる長門が一歩前に進み出ると、夜気を切り裂くような大音声で号令をかけた。
「全艦、搭乗ッ!!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
静寂は爆発的な鬨の声によって破られた。
艦娘たちが一斉に陣形を解き、地響きのような足音を立てて、巨大な口を開けた輸送機のタラップへと駆け上がっていく。