一航戦
サイレンの不気味な咆哮が市街地に響き渡り、逃げ惑う人々が防空壕へと雪崩れ込む。
特別陸戦隊第三大隊長・有馬少佐は、前線指揮所から双眼鏡を空へと向けた。
先鋒は艦娘部隊が撃退し、反攻作戦へ移行したという噂が流れていたはずだった。だが現実には、黒煙たなびく都市上空を無数の敵機が埋め尽くし始めている。
「防空壕へ走れ!」
路上を高機動車両が疾走し、車載機銃が米粒のような敵影へ対空火線を放つ。その弾着の先で、幼子二人を抱えた父親と、その背を追う母親が必死に足を動かしていた。
敵機が急降下爆撃のコースに入る。
防空壕の扉が開き、兵士が身を乗り出して手招きするが、投下された爆弾のほうが速い。その瞬間、一台の高機動車が親子の前に強引に割り込み、身代わりに爆発を呑み込んだ。
車両は猛煙を上げて転倒し、爆風で弾き飛ばされた親子を人々が壕内へと引きずり込む。炎上する車内、炭化していく部下の姿を双眼鏡越しに目撃した有馬は、奥歯を噛み砕かんばかりに悔しさを呑み込んだ。
「各中隊、ビルの屋上に散開! 火線十字網を形成、対空陣地を死守せよ!」
永遠とも思える一時間の激闘の末、敵の第一次攻撃隊はようやく引いていった。
市民救助と部隊再編の指示を飛ばしつつ、有馬は司令部へ回線を繋ぐ。友軍の艦娘部隊が出撃したと聞き、一度は安堵の息を漏らしたが、続く作戦計画に背筋が凍りついた。
空軍戦闘機の超低空・音速通過による陽動。その隙を突いたヘリボーンによる艦娘の海岸線展開。展開地点から敵艦隊までは、わずか十キロ。
『第三大隊は直ちに海岸線へ進出、降下時の対空援護を実施せよ』
有馬はすぐさま幕僚へ下令し、部隊を砂浜へと走らせた。
部隊が遮蔽物のない海岸線に滑り込んだ瞬間、二機の戦闘機が海面すれすれを音速で突っ切っていった。
大気を切り裂く衝撃波が沖合に巨大な火球を生み、敵陣を激しく混乱させる。そのわずかな時間を稼ぎ出した空へ大型ヘリが進入し、低高度から二つの影が海面へと飛び降りた。
赤と青の弓道着――我が軍が誇る最強の機動部隊、「第一航空戦隊」、赤城と加賀。
「一航戦の上空をカバーしろ! 火線を集中!」
有馬が叫ぶと同時に、無線機に凛とした声が割り込んだ。
『こちら第一機動艦隊、旗艦赤城。上空援護の必要なし。貴隊は海岸線の突破阻止に専念されたし』
階級上、指示に従うしかない。二人の艦娘は滑走しながら次々と矢を放ち、艦載機を射出して敵機を撃ち落としていく。
だが、迫る敵艦隊からの主砲弾が至近弾となり、海面に巨大な水柱を噴ち上げ始めた。
敵機を落とし続け、航空優勢を取りつつあるにもかかわらず、なぜ彼女らは敵艦隊そのものを攻撃しないのか?
有馬の脳裏に電理が走った。
――違う。背後の市街地と、砂浜にいる我々を守るため、防空に手数を縛られているのだ。
有馬は受話器を握り潰さんばかりに怒鳴った。
「我々は気にするな! 市街地への侵入は陸戦隊が命に代えても防ぐ! 思い切って敵艦隊を撃て!」
相手の返信が来る前に、背後からスッと肩に手が置かれた。
振り向くと、そこには割烹着姿の小料理屋の女将を思わせる、上品な女性が立っていた。
「無線をお借りします」
片手で提示されたのは、最高位の軍管区身分証。女性は静かに受話器を口元へ寄せた。
「――こちらは私が受け持ちます。一航戦、敵を殲滅しなさい」
静寂の底から響くような、背筋が凍りつく声だった。
女性が弓を引き絞り、大空を覆う防空傘を展開してから十五分後。
解き放たれた一航戦の猛攻により、沖合の敵艦隊は完全に殲滅された。