艦隊コレクション戦記   作:クギヌキ

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咆哮

仮設プラットフォームでの急速補給を終えた艦娘たちは、再び濃霧の立ち込めるポイントBへと進出し、深海棲艦の主力部隊と対峙していた。

艦隊はすでに反撃のための戦闘陣形を敷いている。

左翼には、敵の側面を抉り背後へ回り込むべく展開した金剛型四隻と妙高型四隻、第一、第三水雷戦隊

右翼には、赤城、加賀、蒼龍、飛龍の四空母を擁する第一機動部隊と、それを護衛する阿武隈の水雷戦隊。

そして中央最前線には、出撃直前に飛行甲板を「装甲甲板」へと換装した翔鶴と瑞鶴を中核とする第二機動部隊が、防空の摩耶を伴って先鋒の任に就いていた。

その後方に、総旗艦・長門をはじめとする陸奥、大和、武蔵の主力戦艦部隊が、予備兵力の水雷戦隊および軽空母群を従えて静かに控えている。

張り詰めた空気の中、全艦の視線が霧の向こうの敵陣へと注がれていた。

「……突撃」

長門が静かに号令を下した、その直後――。

濃霧を切り裂き、第二機動部隊が敵主力艦隊の懐へと猛烈な勢いで突進する。

「全機、発艦急げ! 敵の前衛を叩き潰すわよ!」

瑞鶴の檄とともに、翔鶴、大鳳、雲龍、葛城から放たれた艦載機群が空を埋め尽くした。敵の前衛の不空母群と先日同様航空戦を繰り広げる。敵航空隊が迫るが前衛に組み込まれた摩耶が一歩前に出て、激烈な対空弾幕で敵機と砲火を薙ぎ払う。

「いいぞ、押している! このまま中央の制空権を奪い取る!」

先行する部隊が敵前衛を圧倒し始めた、その時だった。

右翼を展開していた第一機動部隊の赤城から、旗艦・長門へ緊迫した通信が飛び込む。

『長門、南東のポイントCより敵の大編隊が接近中! 偵察機からの報告によれば、叩いたはずの飛行場が機能を回復しています!』

「なんだと……!」

『このままでは横合いから全軍が叩かれます! 第一機動部隊と阿武隈の水雷戦隊は、これより戦線を一時離脱。ポイントCを再空襲し、基地機能を完全に沈黙させてから戻ります!』

後顧の憂いを断つにはそれしかない。だが、赤城たちが抜けたことで、艦隊の右翼に巨大な空白が生まれた。

深海棲艦は、その一瞬の隙を見逃すほど甘くはなかった。

『長門さん! 手薄になった右翼に、敵の重巡・軽巡部隊が高速で突っ込んできます!』

夕張の悲鳴にも似た報告が響く。

「予備の五十鈴と矢矧を急行させろ! ……いや、重巡相手では荷が重い。左翼の金剛たちから、妙高型四隻を引っ剥がして右翼の穴埋めに回せ!」

『りょ、了解!』

あちらを立てればこちらが立たず。長門の苦渋の決断は、さらなる悪夢を連鎖させた。

妙高型を引き抜かれ、突破力の落ちた左翼の金剛から、焦燥の滲む通信が入る。

『長門! こっちの正面に、敵の主力戦艦部隊が出てきたデース! 外郭を削って裏に回るどころじゃないヨ、完全に足止めされてマース!』

右翼は防戦一方、左翼は敵戦艦と正面衝突。

そして、すべての支援が分断されたその瞬間を待っていたかのように、敵陣の中央が動いた。

おびただしい数の黒い艦載機が、霧の奥から津波のように押し寄せてくる。空母棲姫の直掩部隊だ。

「っ、来るわよ! 対空戦闘!」

翔鶴の叫びと同時に、第二機動部隊の頭上に地獄の火雨が降り注いだ。

摩耶と秋月型が必死に防空の壁を張るが、数が違いすぎる。至近弾の嵐に雲龍と葛城が相次いで被弾し、黒煙を噴き上げて後退を余儀なくされた。

直撃弾が翔鶴と瑞鶴の飛行甲板を捉える。

凄まじい轟音と衝撃。だが、二人の甲板は砕け散らなかった。出撃直前、明石に換装させた「装甲甲板」が、致命傷をギリギリで弾き返したのだ。

「ぐっ……! 装甲甲板に換装しておいて正解だったわね……!」

血反吐を吐くような消耗戦。だが、このままでは前衛が押し潰される。

中央後方で戦況を睨みつけていた長門は、通信機を握り潰さんばかりに強く掴み、怒号を飛ばした。

「直衛の千歳、千代田、瑞鳳! お前たちも前に出ろ! 第二機動部隊と合流して、何としても敵機を押し戻せ!」

自らの防空の傘をすべて前線へ放り投げる決断。長門はさらに、翔鶴へと回線を繋いだ。

「翔鶴! どんな手を使ってもいい、意地でも敵前衛に穴を開けろ! 絶対にそこをこじ開けるんだ!!」

『……了解! 瑞鶴、大鳳、聞いたわね! 死んでも開けるわよ!』

長門の口の中に、出撃前に『おおすみ』から差し入れられた大福の甘みが微かに残っている。二水戦の中破艦二隻はすでに後送させた。今ここにいるのは、最後まで戦い抜ける精鋭だけだ。

(こちらの意図は完全に潰された。だが……左翼に敵の戦艦部隊が釣られたのなら、敵中央もまた薄くなっているはず。……今が勝負時だ)

長門が隣に視線をやると、戦場にあっても悠然と煙管をくゆらせていた陸奥が、ふっと息を吐いて煙管を海面へと投げ捨てた。

次の瞬間、陸奥の艤装から重低音が響き、煙突からドス黒い排煙が猛然と噴き上がる。缶に極限まで火を入れたのだ。

言葉など必要なかった。

陸奥の動きに呼応するように、並走する大和と武蔵の巨体からも、大気を震わせる凄まじい機関の咆哮が立ち昇る。いつでも最大戦速へ移行できるよう、三隻の戦艦が同時にボイラーを限界まで焚き上げたのだ。

前線では、合流した千歳たち軽空母と装甲空母三隻がボロボロになりながら盾となり、敵中央の防衛線に、針の穴ほどの突破口をこじ開けていた。

「――全艦、突撃だ!! 第二水雷戦隊も続け!」

長門の号令とともに、長門、陸奥、大和、武蔵――人類が持ち得る最高火力の鋼鉄の群れが、凄まじい白波を蹴立てて前線へと躍り出た。

傷ついた翔鶴たちの脇を猛スピードで追い抜き、こじ開けられた戦線の隙間へと雪崩れ込む。

濃霧の向こうに、禍々しい威容を誇る『空母棲姫』の姿が肉眼で捉えられた。

周囲には、攻撃を終えて帰還しつつある敵艦載機の群れ。奴は再び艦載機を収容し、こちらにトドメの総攻撃を仕掛けるつもりだ。

「させん! 全主砲、目標、空母棲姫――!」

長門たちが主砲の照準を合わせた、まさにその時だった。

海面が異常な盛り上がりをみせ、横合いの濃霧から、異形の影が猛烈な速度で突っ込んできた。

巨大な白い尻尾を思わせる艤装。戦艦でありながら魚雷と艦載機をも操り、異常なまでの装甲と火力を誇る深海の怪物。

――戦艦レ級。

レ級は空母棲姫の盾となるように長門たちの眼前に立ち塞がると、不気味な笑みを浮かべ、大口径の主砲をギロリとこちらへ向けた。

背後では、空母棲姫が次なる総攻撃の準備を着々と進めている。

ここで足止めを食らえば、待っているのは全滅。

長門たちの主砲が咆哮を上げる寸前、極限の距離での戦艦同士の殴り合いが、今まさに始まろうとしていた。

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