艦隊コレクション戦記   作:クギヌキ

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黒煙と炎が渦巻く海面を割り、大和と武蔵の巨体が、大破して沈黙しかけた長門と陸奥の傍らへと滑り込んだ。

ボロボロに砕けた艤装から火花を散らしながらも、長門はかろうじて身を起こし、近づいてきた大和を鋭い眼光で睨みつけた。

「……なぜ、お前がここにいるんだ」

血の滲む唇から漏れたのは、労いではなく、氷のように冷たい叱責だった。

「私は、空母棲姫を叩けと言ったはずだぞ、大和」

大和が言葉に詰まり、わずかに視線を揺らす。

その一瞬の躊躇を見透かしたように、長門は深く息を吐き、吐き捨てるように呟いた。

「……赤城の殺気に当てられて、逃げ帰ってきたのか。愚かな者めが」

その一言が、砲撃の轟音よりも重く大和と武蔵の胸を撃った。

長門は痛みに歪む顔を強引に引き締め、目の前に並ぶ大和型二隻を真っ直ぐに見据えた。

「いいか、大和。武蔵もだ。よく聞け。……連合艦隊旗艦というのはな、あの赤城たちのような『狂った艦娘』どもを指揮しなければならない。その狂った艦娘たちを適切な場所に配置し、適切な行動をとらせるのが、我々旗艦の役割だ」

長門の双眸に、かつて幾多の死線を統べてきた絶対者の凄みが宿る。

「そして、あいつらと同じくらい狂っていなければ、ああいう連中を従わせることはできない。……だがな、同じくらい狂っていながら、連合艦隊旗艦は、誰よりも同じくらい冷静でなければならないのだ」

燃え盛る炎が長門の横顔を照らし出す。

「それができるか、大和。……できないなら、私はこの大破した体を引きずってでも、このまま継続して指揮を執る。どうだ!」

逃げ場のない、究極の問いだった。

大和は一瞬だけ唇を噛み締めたが、迷いはすぐさま消え去った。長門の瞳を見返し、間髪入れずに短く、強く言い放つ。

「――できます! やらせてください!」

「……ならば、証明してみせろ」

長門が静かに顎を引いた瞬間、大和はすぐさま全艦共通の通信回線を開き、戦場全体に凛とした声を響かせた。

「全艦に通達します! これより連合艦隊旗艦の指揮権は、長門さんより私、大和が引き継ぎます! 各隊、現在の状況と応答を!」

『こちら第三戦隊、了解した!』

『第二水雷戦隊、了解! 大和の指示に従う!』

『五航戦、瑞鶴、翔鶴ともに了解しました!』

各部隊から次々と即座に復唱が返ってくる。

だが――最前線で深海棲艦の群れを蹂躙し続けているはずの一航戦、赤城と加賀からの通信だけが、不気味なほどに沈黙していた。

大和は眉をひそめ、一航戦への直通回線を呼び出した。

「赤城さん、加賀さん、通信を確認してください。これより私が全軍の指揮を執ります。お返事は?」

ノイズの向こうから聞こえてくるのは、敵艦を焼き尽くす爆音と、荒い息遣いだけだった。

大和はなおも丁寧な口調を崩さず、再編の指示を送る。

「赤城さん、聞こえていますね。これより空母棲姫を討つため部隊を再編します。一航戦は突出しています、少し後退してください」

その直後だった。通信機が割れんばかりの激しい怒声が、回線越しに叩きつけられた。

『――意見具申だッ!!』

赤城の声だった。血の匂いに酔いしれたような、獰猛で荒々しい響きが通信機を震わせる。

『退くことならん! 敵の陣形は今まさに崩れかけている! 一航戦はこのまま反撃を続行し、空母棲姫の首を食い破る!』

「いけません、今のままでは孤立します! 下がってください、私が今、総指揮官です!」

大和が制止しようとした、まさにその時。

通信の向こうで、赤城が完全にブチ切れた。

『総指揮官だと!? 笑わせるなッ!!』

氷の刃を思わせる殺気が、通信回線を通じて大和の喉元へと突きつけられる。

『今までずっと長門の背中に隠れ、おんぶに抱っこで甘えて守られてきただけのお前たちが……ッ! この戦場の血の匂いも知らぬまま、私の指揮を執るなどおこがましいわッ!! 邪魔をするな、大和ォッ!!』

吐き捨てられた罵倒に、隣にいた武蔵の顔色がサッと変わり、怒りで一歩踏み出そうとする。

だが、それを止めたのは他ならぬ大和の右腕だった。

大和の顔から、それまでの丁寧な表情がスッと消え失せていた。

長門が言った言葉が、脳裏に閃く。

――同じくらい狂っていなければ、ああいう連中を従わせることはできない。そして、同じくらい冷静でなければならない。

大和の瞳の奥で、何かが決定的に弾けた。

それまで纏っていた優等生のような空気は霧散し、周囲の海面がビリビリと震え上がるほどの、重く、冷たく、底知れぬ『覇気』が大和の全身から噴き上がった。

隣にいる武蔵ですら、思わず息を呑んで半歩退くほどの圧倒的な威圧感。

大和は通信機を握り潰さんばかりに引き寄せると、戦場のすべての爆音をねじ伏せるような、絶対者の声で吼えた。

「――黙れ、赤城ッ!!」

通信機を震わせた大和の一喝に、戦場の空気が一瞬にして凍りついた。

大和の瞳には、かつての温和な光など微塵も残っていない。長門が語った『狂気と冷徹』――その両方を極限まで宿した絶対者の眼光が、通信回線の向こうにいる赤城を射抜いていた。

「栄光の一航戦だと? 笑わせるな、赤城ッ! かつてミッドウェーで慢心し、敵の奇襲一つで真っ先に炎上して沈んでいったのはどこの誰だ!」

『なっ……貴様……ッ!』

息を呑む赤城に構わず、大和は氷の刃のような言葉を容赦なく叩きつけた。

「お前たちが慢心して勝手に退場した後、残された私たちが、瑞鶴たちが、どれほどの地獄を這いずり回り、どれほどの血を流してこの海を繋いできたと思っているッ! 残った者にすべての苦労を押し付けておいて、血の匂いを知らぬだと? 寝言を言うな! お前たちが今そこで暴れ回っていられるのは、長門さんが全軍の手綱を握り、みんなが盾となってお前たちを守り続けてきたからだ!」

大和は叫ぶと同時に、機関出力を最大へと一気に引き上げた。

巨大な艦体が海面を蹴り飛ばし、凄まじい白波を巻き上げながら赤城たちのいる前線へ向けて猛然と加速を開始する。

さらに大和は、三基九門の四十六センチ主砲を赤城たちのいる方角へと強引に旋回させた。

「大和、まさか……ッ!?」

隣を走る武蔵が目を見開くよりも早く、大和は躊躇なく引き金を引いた。

――ドゴォォォォンッ!!

天と地が裂けるような轟音とともに、九発の巨大な徹甲弾が赤城たちの頭上を猛烈な咆哮を上げて飛び越え、一航戦のすぐ鼻先の海面へと着弾した。

空母棲姫の前衛部隊ごと海面が吹き飛び、天を衝くような巨大水柱と暴風が赤城と加賀の頬を激しく叩きつける。

『ッ!? あいつ、味方のいる方向へ主砲を……ッ!』

爆風の中で目を見開く赤城の耳元へ、全速力で迫りくる大和の冷徹な声が響き渡った。

「聞こえなかったのか、赤城。私は『下がれ』と言ったはずだ! 私の狂気と四十六センチ砲の前では、お前の狂気など児戯に等しいと思い知れ!」

大和の覇気が、通信機越しに赤城と加賀の肌をビリビリと焼き焦がす。

「これ以上私の命令を無視して勝手な真似をするなら、一航戦は今この場で戦力外とみなす! 全空母の指揮権はただちに翔鶴と瑞鶴に渡し、空母棲姫の首も五航戦に獲らせる! ……どうする、赤城! 後ろで指をくわえて後輩たちの背中を眺めているか、それとも私の下で空母棲姫の喉笛を喰い千切るか、今すぐ選べッ!!」

ミッドウェーの痛恨の記憶を抉られ、物理的な四十六センチ砲の暴力でねじ伏せられ、さらには五航戦にすべてを譲るという逃げ場のない最後通牒。

通信の向こうで、赤城がギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえた。

『……ッ、くそ……! 言ってくれるじゃない、大和……ッ!』

赤城の激しい怒声が通信機を震わせる。

『その言葉、撤回しなさい! 一航戦の指揮権は誰にも渡さないわ! ……第一航空戦隊、これより総旗艦・大和の指揮下に入り、一時後退して陣形を再編する! だが覚えておきなさい、空母棲姫の首を獲るのは私たちよッ!』

「――よし。それでいい、赤城、加賀」

一航戦が初めて己の軍門に下ったのを確認し、大和は静かに息を吐いた。

一方その頃、水柱が降り注ぐ最前線の海面で、通信を切った赤城は荒い息をつきながら立ち尽くしていた。

隣に並んだ加賀が、硝煙を払いながら赤城の横顔を見やる。

「……赤城。随分と派手に煽ったわね。ミッドウェーのことまで言わせて、本当に良かったの?」

すると、それまで憤怒に歪んでいたはずの赤城の口元から、ふっと険しさが消えた。

煤に汚れたその顔に浮かんだのは、すべてを見透かしたような、どこか母親や姉を思わせる穏やかな笑みだった。

「……ふふっ。やっと殻を破ったわね」

赤城は遠くから猛然と迫りくる大和の威容に目を細め、誰に聞かせるでもなく、深い慈しみを込めた優しい声で呟いた。

「翔鶴たちといい、大和たちといい……本当に、手の掛かる子たちね」

そして赤城は、さらにその後方――黒煙を上げながら静かに海面に佇む長門の方角へと視線を向け、呆れたように、けれど嬉しそうに肩をすくめた。

「それに長門も、こんな戦場のど真ん中で教育なんてしなくてもいいのにね。……あいつも本当、最後まで世話焼きなんだから」

その言葉を聞いた加賀は、小さく息を吐くと、呆れと微笑ましさが入り混じった目で赤城の横顔を突いた。

「……人のことは言えないわよ。さっきまで散々吠えさせていたけれど、前の戦いでその大和たちの尻拭いをしたのは赤城、あなたもでしょう」

「……さあ、なんのことかしらね」

図星を突かれた赤城は、わざとらしく視線を逸らして口の端を上げた。

憎まれ役を買って出てでも次代を育て上げた二人の歴戦の空母は、自らの手で眠れる獅子の首輪を外したことを確信しながら、新たな総旗艦の号令に合わせて鮮やかに踵を返した。

後方からその一部始終を見つめていた長門もまた、二人の軽口が聞こえたかのように満足げに目を細め、静かに主砲の力を抜いていた。

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