※自己解釈の限りを尽くしています。ミアレの文化について、本編と齟齬が起きている可能性があります。
※人間用の珈琲とポケモン用の珈琲は違うんじゃないかな、じゃあポケモン用の珈琲って何が違うんだろなっていう妄想の話です。
屋外でも確かに香るアロマは柔らかで、珈琲を嗜まない俺の天使ですらうっとりと目を細めるほど。口に含めば完璧にも思えるバランスで甘み・苦み・酸味が押し寄せる。喉を通った後の後味も含めてまったく雑味がない。珈琲より紅茶文化のほうが根付いているガラルではなかなか味わうことの出ない一杯が、まさかのキッチンカーでしかもワンコイン以下。
驚きに揺れる視線を正面に向ければ、お味はどうとばかりに微笑む麗しの天使。
「この一杯だけでミアレに来た甲斐があったよニンフィアたん……」
「ふぃ」
人目のある場所でその呼び方をするなという呆れの視線ありがとうございます珈琲が美味すぎて気が抜けてましたすみませんご馳走様です。
少し前にこのミアレシティを訪れたというダンデから「ミアレではポケモンも珈琲を嗜むみたいだぜ!」と土産話を聞き、好奇心でチケットをとったのだが、なかなか文化の違いとは面白いものだとしみじみ感じている。
観光都市で宿泊施設も充実しているというから特に何の予約もせずにミアレの土を踏んだのだが、着いて早々出会ってしまったのは結構に強引な客引きだった。
『そこの綺麗なニンフィア連れたお兄さん! 観光の人だよな?』
見る目は確かだったので立ち止まってやったのだが、無害そうに笑いながら「泊まるとこ決まってる? 良いホテルがあるんだ」「路地裏にある静かな隠れ家的ホテルで、清潔感と居心地の良さは保証する!」「観光で困ったら街の案内もできるぜ? ミアレは迷路みたいになってて迷うひとも多いんだ」……なかなかのマシンガントーク。
とりあえず料金や宿泊条件を加味し、実際に訪れてみれば確かに綺麗なホテルだったので宿泊を決めたのだが、あれじゃ客は普通に引くぞと言っても客引きの少年ーーいや、少年と青年の間くらいの年齢だろうかーーガイは一瞬眉を下げ、しかしすぐに誤魔化すように笑った。でもカエデさんは来てくれただろって、それは結果論だと言いたい。
まあまあと観光の目的を尋ねられ、珈琲だと答えると案内されたのがこの「ヌーヴォカフェ」だ。本人は用事があるとかで案内だけしてさっさと消えてしまったのだが、俺としてはニンフィアたんとふたりのほうが落ち着くのでまったく問題ありません。
キッチンカーの傍で静かにたたずむ炎の竜(いや客商売なのに睨みきかせてない?)が由来だろう珈琲のメニューから一番定番そうなものをひとつ選び、ニンフィアたんに一言断って口をつけた。俺が探しに来たのは「ポケモンも飲める珈琲」なのだが、店員に聞く限りこれは人間用らしい。基本的にポケモンにカフェインはよろしくないので普段は彼女の前で珈琲を嗜むことはないが、今回ばかりは特例にさせて頂いた。
改めて、プラスチックのカップに口をつける。添えられたクロワッサンもかじりマリアージュを楽しむが、こんなもの文句のつけようがない。味のバランスのいい珈琲とシンプルながらバターのきいたクロワッサン。これワンコイン以下って嘘だろとしか。
「……これポケモンと一緒に食べられたら最高だよなあ……」
自分の好きなものを、愛しい隣人と共有できたなら。
ただそれだけの深い意味のない呟きだったが、近くにいた店員には聞こえてしまったらしい。軽い足音と一緒に「悪いな、」と申し訳なさそうな声が落ちる。
「さっきも言ったけど、それは人間用のブレンドでポケモンには良くないんだ。もしポケモンがねだっても飲ませないでやってくれ」
「あ、失礼、わかってます。わざわざすみません」
顔を上げると、そこには淡いアッシュに明るいスカーレットが混ざる髪色が特徴的な彼女。注文をとってくれたときは砕けすぎた言葉遣いに少し身構えたが、彼女はミアレの珈琲事情を知らない俺の質問にも丁寧に答えてくれる非常に親切な店員だった。キッチンカーで珈琲を入れている男性も似た髪色をしているが、兄妹か何かでなのだろうか。
他に客がいない時間だったからか、彼女はそのまま俺に向けて言葉を続けた。
「ポケモン用のブレンドを探してるのか?」
「ええと、ポケモン用というと少し違うんですが……」
これ幸いと俺はかいつまんで事情を話した。地元で「ひととポケモンが同じものを食べて同じ時間を過ごす」ことをコンセプトとしたパティスリーを開いていること、ミアレシティではポケモンも珈琲を嗜むと聞いて興味をもったこと、可能なら今後の商品展開にも生かしたいと考えていること。情報をくれるなら有り難い。
うんうんと全て聞き終えた彼女は、そうだな、と少し首を傾けて視線を浮かせた。
「残念だが、少し誤解があるような気がする。……よな?」
最後はキッチンカーにいる店員に向けて言った。聞こえていたらしい彼も、ポットを片手にそうですね、と頷く。
「ここミアレシティでは確かにポケモンも珈琲を嗜みます。いえ、この場合『嗜む』という表現が適切かも微妙なところですが……」
「まず、人間用の珈琲とは豆からして違うんだよ。それに、率直に言って好んで飲むポケモンはたぶんそんなに多くない。嗜好品じゃないんだよな」
「嗜好品じゃない?」
つい聞き返すと、同時にふたりは頷いた。
いや確かに、嗜好品として存在しているならこういったカフェのメニューにないのは逆におかしいとは思っていたが、まさか。
「極論を言いますと、……ご存知でしょうか、ジョウト地方などで流通しているという、自然由来のポケモン用の薬」
「漢方薬ですか? つまり、飲み薬に近い……?」
「まあ苦いからな。平気な子は平気だが、苦手な子も多いと思う」
「ええ、つまり回復効果がある苦い飲み物、です。特徴的な味ですから、日常的に飲む子は少ないと思います。うちのリザードンのように好む子もいますけどね」
視線をキッチンカーの隣にずらすと「ぱぎゃ、」とリザードンは上機嫌に鳴く。「ぼくはこーひーがすきです」と言っているらしい。
なるほど、人間だってあの苦みは得意不得意があるのだから、ポケモンにだって好みはあって当たり前。うちの天使のように甘いものが好きな子であれば、仮にポケモンでもOKな珈琲があったとしても好んで口にしたくはないだろう。
そういうことだったかー……と言葉の足りないダンデをわずかに恨んだが、そもそも事前に調べずに来たのは俺の方だ。無駄足の可能性も当然覚悟はしていたし、しょうがないねとニンフィアたんに苦笑すれば、慰めるような優しい声が返される。はい今がっかりが帳消しになりました全然OKですありがとうございます。
よろしければ、と落ち着いた声に再び顔をキッチンカーに向ける。彼の手には珈琲豆とは少し違う形状の茶色い豆が入ったビンがあった。
「うちのリザードンが好きなポケモン用のだいもんじローストです。まかないのようなものですが、ニンフィアも試してみますか? 人間用の珈琲と比べると少し物足りないかもしれませんが、お客様が飲んでも問題ありませんよ」
「え、良いんですか」
「ええ、もちろん。少々お待ちくださいませ」
「ありがとうございます。店員さん、お会計お願いします」
「ん? まかないだろ、お代はいらないよ」
「そうはいきません」
たまたま他に客がいない時間帯だったとはいえ、業務外の質問に答えてくれたうえにメニュー外のものを提供させようというのだ。そうでなくともここの珈琲は味の割に安すぎる。
良い仕事には相応の報酬があるべき。その程度のプライドは俺にだってある。
「お会計して頂けないなら、
にこりと笑顔をつくって財布から数枚のお札を引き抜けば、彼女はおいおいと肩をすくめ、彼はじわりと眉尻を下げた。ひとつ瞬きをした彼は、それでは、と肩をすくめた。
「お会計をして差し上げてください」
「……いいのか?」
「引いてくださらないようですから」
呆れ顔の彼女に会計を済ませ、再びテーブルで俺の天使と向き合った。よくできましたと言わんばかりの微笑みに迎えられ、溶け落ちそうになる頬を必死で繋ぎ止める。人目がなかったら蹲ってもだえていた。まだ俺は理性があるので大丈夫です。
豆を挽く音が響き、ほんのわずか、先ほどまでとは異なる香りが風にのって漂ってきた。なるほど、豆からして違うと言っていただけあって香りが違う。豆の形も違っていたし、そもそもコーヒーチェリーではないということだろうか。いやそもそもこの世界の珈琲豆って
そうぐるぐると考え込んでいるうちに目の前に新しいカップが現れる。
二人に礼を言ってカップを手に取る。広がる香りは芳醇で香ばしい。ニンフィアたんの前に置かれた蓋のないカップを見るに色も変わりない珈琲色をしていて、人間用の珈琲との違いと言われてもよくわからない。
先にニンフィアたんがちょんと鼻先をカップの中に入れる。ささやかな水音とともに、ゆらゆらと揺れていた麗しいリボンがぴたりと動きを止めた。
「……ニンフィア?」
流れる沈黙。香りと共に通り過ぎる柔らかな風。うん、察した。
「……苦かったら俺が飲むよ」
「……ふぃ~~~~~!」
「うん、苦かったね。重ね重ねすみません、お水を頂けますか」
「はいはい」
「やはり慣れない子には苦いですかね」
はい予想通り。苦い~~~~~とばかりに舌を出してうるうる瞳を潤ませる俺の天使まじ天使。いえニンフィアたんが嫌がってるのに俺が喜んでるわけないだろう可哀想だと思っています心から。つぶらなひとみで俺にこうかばつぐんとか思ってません決して。
苦笑する彼女が出してくれた水をこくこくと飲み、ちょっと申し訳なさそうな顔をした天使はそっとリボンで珈琲のカップを俺の方に押し出した。喜んで頂きます大丈夫です。
さて、と改めて自分のカップに口をつけた。ふむ、確かに舌に広がる苦みは珈琲独特のもの。しかし、彼が言っていたように確かに少し物足りない。苦みもそうだが、酸味が少なすぎるような気がする。それと、ーー何だろうか、この感じ。鼻を抜けた香りは確かに珈琲に似ているのにどこか違っていて、なのにこの「違い」を俺は知っているような気がする。
この香りはーーと脳が思考を言語にするより先に、俺の口は動いていた。
「……オボン?」
よくわかりましたね、と驚いた声が背後で響いた。
振り返った先で彼がほんの少しだけ細い目を見開いている。
「仰るとおり、焙煎したオボンの種をメインに使っています。ポケモン用の珈琲は、焙煎したきのみの種を使うんですよ」
ーーそれを聞いたときの衝撃と言ったら。
心臓の鼓動が早くなり全身に血が巡る。じわじわと頬が熱くなり、ぎりりと奥歯が鈍い音を立てる。思わず片手が目元を覆った。
「その発想はなかった……!」
珈琲なんだからコーヒーチェリーを使って当然とかその発想がまず貧困すぎた。「外」でさえタンポポやトウモロコシ、大豆を使った代用コーヒーというものがあったはずだ。その知識もあったのだからノンカフェインのコーヒーを考えるなら「代用」という発想はあってしかるべきだし、何よりポケモンが常日頃から口にしているものから考えていくのは当然だろう。というかそれなりにきのみの味や栄養素を研究してきたくせに種の存在はノーマークとか何やってんだ俺。
うああああああと口から呻きがこぼれ落ちる。少し離れたところから「お、おい……?」と戸惑った声が聞こえると同時に、ばちこんと顎に衝撃。ニンフィアたんのリボンが正気に戻れレディを戸惑わせるなとはたきあげてくれましたありがとうございます。
ひりひりと痛む顎をさすりながら失礼しましたと再びカップに口を付けた。確かに通常の珈琲ほどのコクと酸味はない。物足りないと言えないと言えばそうだが、そのぶん優しい味でもあるし、薬のような効能もあるなら栄養価も高いということだ。
ひともポケモンも口に出来る。深みのある優しい苦みがある。栄養価も高い。焙煎というハードルはあるが、温度によってはポケモンの協力も得れば自家製だって不可能ではない。
試してみる価値はある。ばっと俺の女神に顔を向ければ、にぱっと輝く太陽のような可愛い笑顔。あああああああ可愛い綺麗ありがとうニンフィアたんこれを生かして俺はさらなるスイーツを開発してみます何ならきのみコーヒーも美味しく頂けるコーヒーレシピも生み出しますモーモーミルクやあまいミツを使えば絶対イケる俺はできる。
調べることはまだまだあるが希望は見えた。一気にオボンコーヒーを飲み干し、続けてニンフィアたんのぶんのカップも空にした。人間用のブレンドと比べると物足りないとは言ったが、もちろんこれはこれで十分に美味しい。
カップをテーブルに置き、立ち上がって親切が過ぎるふたりに向き直る。
「大変興味深いお話をありがとうございました」
彼らのおかげでこの旅行の目的が初日にしてほぼ達成できてしまった。叶うならさらにチップを添えたいところだが、先ほどそれで困らせてしまったばかりだ。また滞在中に寄らせてもらうことで御礼とさせて頂こう。
緩やかに俺の礼を受け止めた彼は、変わらぬ笑みを口元に浮かべて小さく頷いた。
「お力になれたなら何よりです。よければオボンブレンドのレシピもお教えしましょうか?」
「いえ、いくら商品でないとはいえ、それはリザードンのためのオリジナルでしょう。俺は俺で、これからレシピを研究していきます」
「そうですか。ニンフィアも楽しめるレシピに巡り会えるといいですね」
「ありがとうございます。珈琲ご馳走様でした」
「ああ、また来いよ。ミアレの夜は危ないからな、早めにホテルに戻った方がいい。バトルゾーンに迷い込むなよ」
「バトルゾーン?」
その辺はあいつに聞きなと指された先には、用事を済ませてきたらしいガイの姿。
暗くなる前にホテルに戻ろうぜって、待ってこの街夜に何があるの観光地のくせに治安悪いの? 嘘だろ頑張れよ行政。
俺はともかく、ニンフィアたんに怖い想いをさせるわけにはいかない。帰ろうかと声を掛けると、愛らしいリボンを纏ったレディは軽やかに椅子から舞い降りた。
それじゃあ、と改めて親切なふたりに顔を向けると、返されたのはにっこりとした店員らしい笑顔。
「またのご来店をお待ちしております」
そう声を揃えた彼らに片手で応え、朱く染まりつつある石畳を蹴る。これがあまりに幸先の良い、ミアレ旅行の始まりだった。
ちなみにこの旅行を終えた後「初日が一番平和だったな」と呟くと、俺の女神で天使なパートナーは本当にねえと大きく頷いてくれました。つまりはそういうことです。
思いついたら続きがあるかもしれませんが、とりあえずこれで。
きのみ珈琲は本当に妄想なので深く突っ込まないでください。