本来、輪廻転生は時を選ばないという。貴方の目の前にいるその人が、前世の自分だったりするかもしれない。
「降谷零」の記録をもって生まれてしまった彼の話。多くを守り抜き、けれど救われなかった彼の話。

1 / 1
にばんめのぜろのいち

 物心ついたときから、俺の中には「降谷零」がいた。何を言っているのかわからないと思う。俺もよくわからない。

 俺には俺でない人生を生きた記録があって、それは「降谷零」が物心ついた時からその心臓が止まるまでの全てだった。誰と出逢い、何を感じ、どんな理念を掲げていたのか、俺は知っている。俺のことではないのに、ひどく鮮明に。俗に言う「前世」というものなのかと、忌々しくさえ思っていた。思うだけで済んでいた。とにかく見ないふりをしていれば、俺はそんなものを気にせず「俺」として生きていられたのだ。

 しかし、見つけてしまった。「降谷零」そのひとを。

 仏教の言う輪廻転生では、転生する先は未来とは限らないという。いま目の前にいる誰かが、過去に出逢った誰かが、この先出逢う誰かが自分かもしれない。それが輪廻転生というものらしいが、ひょっとしてこれがそういうことだろうか。

 彼は俺の中の記録通りの「降谷零」だった。隣にいるのは彼の大切な幼馴染みだろう。記録を辿る限り、あのコートを着ていたのは「降谷零」が高校三年生のとき。なんてこった、同い年か。別に悪いということはないが、何となく気味が悪い。「降谷零」とその幼馴染は、笑いながら俺の前を通り過ぎて行った。

 俺はただその場に立ちすくみ、脳だけがぐるぐると暴れ出す。

 あれは誰だ。知っている、「降谷零」だ。

 あれは俺か。違う、俺は「降谷零」じゃない。

 どうして見つけてしまったんだ。…俺が知るわけないだろう!

 人間というのは、出来事に対して意味を見いだしたがる生き物だ。自然災害を天からの罰だといい、ハンカチを拾った相手を運命だと思い込む。そして俺もまた例外でなく、人間という生き物だった。

 この状況を、何故、と考える。

 俺は何故、「降谷零」の記録を持っている。

 俺は何故、「降谷零」を見つけてしまった。

 もしそこに、意味を見いだすとするならば。

 記録が瞼の裏に流れ出す。「降谷零」は、端的にすごいひとだった。頭もよく、スポーツも出来て腕っ節も強いのに、努力というものを怠らない。いい幼馴染みにも恵まれ、その心根はひたすらまっすぐ。そして正義を志して警察官となり、また良き仲間を得た。そして彼らを次々と喪いつつも、日本のために手を汚すことも迷わなかった。

 すごい、ひとだと思った。そして、かなしいと思った。

 どうして、こんなにも頑張ったひとの最期がああだったのだろう。

 いや、「降谷零」は笑って死んでいった。その死を満足こそすれ、決して嘆いてはいなかった。それは記録として、俺の中にちゃんと残っている。

 だが、傍観者として俺は思う。そんなの、かなしすぎるじゃないか。「降谷零」は、あれだけ尽くしたんだ。私心を捨て、公のために奔走した。だったらもっと、報われるべきだろう。

 我ながら思い上がった発想だ。しかし、「降谷零」の笑顔を目の当たりにして、俺の中の「記録」が「現実」であり「未来」になったら、そりゃあ俺だって、思うところくらいある。

 頑張ったから、報われるとは限らない。だからといって、俺が動くことで報われる可能性があるのに動かないというのも、違うと思うのだ。「過去」は変えるべきではない? 残念、どうやらそれはたった今「未来」になったのだ。

 まだ起きていない「未来」、それを変えることに俺は些かの躊躇いもなかった。それを罪として罰するなら罰してくれ、俺はここで何もしないことの方が苦痛なのだ。ただし罰するというなら、俺に「記録」を残した犯人も一緒に罰するようよろしく頼む。

 「降谷零」に報われてほしいと言うからには、彼の尽力を邪魔する気はない。「降谷零」が頑張った結果、そこに「降谷零」個人としての幸福と笑顔があればいい。その方法が、俺にはひとつしか思い浮かばない。

 彼らを、生かそう。

 

 

 *

 

 

 まずは自由に動ける足場をつくりたい。幸いにも「降谷零」というとんでもなく有能な人間の記録が、俺の中にはある。知識はもちろん立ち回り方や話術まで、俺はその記録をもとに身につけることができた。経験値を借りたショートカット、まるでゲームのような使い方は好みではないが、背に腹は変えられない。所詮凡人にすぎない俺が「未来」を変えようなどというのだ、使えるものは使わなくては。

 悩んだ結果、俺はライターという仕事を選んだ。相手の情報を聞き出す技術も、文章構成能力も、ついでに尾行の技術なんかも、全て「降谷零」から学んだものだ。さすが教師が良いと、それなりの技能が身につく。おかげで食うには困らず、それなりに情報を入手するルートも得た。「降谷零」から得た情報と俺が独自に得た情報。それらを繋ぎ合わせて策を練れば、きっと出来る。

 爆弾をしかける危ない犯人など、ふたりともさっさと捕まれば良いのだ。爆発物を作るからには材料が必要で、それをどこかから入手する必要がある。ネットがまだまだ浸透していないこの時代にそういったものを手に入れるには、だいたいやり方が決まっている。俺は「例の事件」より先に起きていた無関係な爆弾事件を調べるふりをしながら、そういったものを取り扱う業者に片端から話を聞きに行った。

 別に危ないものを扱っている業者ではない。金属部品やプラスチック、そして、火薬。個別に見れば購入することにさほど疑問を抱かないもの。しかし、それらの業者に同じ客が出入りしていれば、まあ目的も見当がつくと言うものだ。

 まだ個人情報の取り扱いにうるさくない時代であったことが功を奏した。警察に連行されていく彼らを物陰から見つめながら、そう思う。

 事件は起きなかった。萩原研二と松田陣平の死の原因はこれでなくなっただろう。ほかの要因で死なれても困るので身辺の情報はなるべく得ておく必要はあるが、とりあえずこれで第一段階は突破だ。萩原研二の悪癖については、きっと松田陣平が何とかしてくれるだろう。

 もはや彼らの死は「未来」ではなくなり、俺の中の「記録」にのみ刻まれている。少しも薄れないその「記録」に舌打ちをしつつ、俺は頭を切り替えた。

 さて「次」まで少し時間がある。滞りなく彼を生かすために、あの組織についても少し情報を集めるとしよう。

 

 

 *

 

 

 彼をどう生かすか、少々頭の痛いところである。死を防ぐだけならどうとでもない。俺の中の「降谷零」が彼の死については特に鮮明に記憶している。問題は、彼が組織に残れるよう身分がバレること自体を防ぐか、組織の手から逃がすことのみを考えるかだ。しばらく考えて、組織の手から逃がすことのみを考えることにした。「記録」の流れを変えすぎては今後に支障が出るかもしれないし、そもそも組織に残っていれば身分がバレる確率も殺される確率も消えはしないのだ。「降谷零」にとっては大事な幼馴染みだ、彼を死なせる訳にはいかない。ならば無事に潜入から離脱させた方がいいだろう。

 そうと決まれば、話は簡単だ。あのとき彼の手に拳銃を持たせてしまったあの男を、足止めすればいい。

 見つけるのは容易かった。何だあの派手な車。あの組織にはやけに高くて古い車に乗っているやつが多いのだが、そんな規則でもあるのだろうか。閑話休題。何、そんなに難しいことはしていない。現場になる廃ビル群の傍で見つけたあの車に、少しばかり車をぶつけて道を塞いでやっただけだ。「うっかり」事故を起こした俺は、謝罪を繰り返しながら長髪で目付きの悪い男を足止めする。殺気を出して先を急ごうとする彼に「ひき逃げと言われたら困る!」と警察を呼ぶ振りをしては止められ、保険がどうの、修理代がどうのという話を続けてはその場を引き伸ばした。

 彼と「降谷零」が合流する時間さえ稼げればいい。そうすれば「降谷零」は何としても幼馴染みを生かす手段を整えるだろう。それくらいのことはやってのけるひとだと、俺は誰よりも知っている。

 さてそろそろいいか、と思ったところで長髪の男のスマホが鳴った。電話口で舌打ちをしたところを見ると、どうやら上手くいったらしい。今度こそ本当に殺しそうな眼で威圧された俺は、腰を抜かしたふりをして座り込んだ。そんな俺を一瞥して、わずかに悔しげな顔を見せた彼は俺に背を向けて去って行く。車の修理代は払わなくていいようだ。正直少しほっとした。

 胸から血を流して眠る彼の姿は、「記録」に未だ残っている。訪れなかった「未来」のはずなのに、その光景と「降谷零」の慟哭が、頭から離れなかった。

 

 

 *

 

 

 時が流れても、今まで生かした三人が死んだ様子はない。それに少し安心しながら、彼の張り込み場所の付近を通る。俺の右手には度数の高い酒の瓶があった。いい感じに身体も温まっている。この程度で酔うほど強くはないのだが、千鳥足を演出してふらふらと歩いてみせた。

 よろり、よろり。覚束無い足取りを見逃すほど、冷たい男ではないはずだ。案の定、おいおい大丈夫か、と楊枝をくわえた男に話しかけられる。その後ろであちゃー飲んでますねぇなんて苦笑する若い男もいた。さあ、かかった。善良なる刑事さんたち、その良心に従って深酒した馬鹿を介抱してやってくれ。

 俺は肩を借りながらゆったりと歩く。その「時間」は、もう間もなくだ。

 横目で腕時計を見たとき、目の前を大きな何かがすごいスピードで通り過ぎる。大型トラックが道を外れて電柱に飛び込み、辺りに派手な音が響いた。覚悟していても俺にはなかなかの衝撃だったのだが、さすが現役刑事、彼はすぐに部下へと指示を飛ばし、運転手の救出に向かう。早朝だというのに徐々に野次馬も集まりだし、俺はそれに紛れてそっとその場を離れた。

 

 

 *

 

 

 同期を生かすことは出来た。萩原研二や松田陣平は爆殺されず、諸伏景光は自らの心臓を撃ち抜くこともなく、伊達航はトラックに轢かれてなどいない。死を回避したあとも情報収集は怠らず、今も生存していることが確認されている。

 そして最後のひとりも何とか生かさねば、と考えていたのだが、どうも「記録」とは違う「未来」が訪れているらしい。

 公安警察とFBIは真っ当に協力関係を結んでおり、「降谷零」の「赤井を見たら奇声を発して飛びかからずにはいられない病」も発症していない。小さな探偵がいるのは相変わらずだが、「降谷零」の傍にいるのは彼だけではなかった。萩原研二が、松田陣平が、諸伏景光が、伊達航が、それぞれの立場から「降谷零」に手を貸していた。組織が関わった可能性がある事件はすぐさま伊達航から公安へと流され、「降谷零」の潜入は諸伏景光が全面的にバックアップし、組織の壊滅作戦に際して仕掛けられた爆弾は萩原研二と松田陣平の手によって跡形もなく解体された。

 そして組織は、あまりにも呆気なく終焉を迎える。その作戦の様子を、俺は離れた物陰からただ見つめていた。「記録」とは違う「未来」、そして俺が手を出さずとも訪れなかった「降谷零」の死。俺の「記録」の中の「降谷零」は、この作戦の最後に、ジンの放った凶弾によって倒れたのだ。しかし、ジンの両腕にはすでに手錠がかかっている。

 終わった、のか。俺は全員を生かしたのか。「未来」を変えられることが出来たのか。思わず叫び出したい気持ちになるのを必死で抑えて、そっと自分の頭に手をやる。そして、気づいた。

 俺の中には、まだ「降谷零」がいた。

 今度は違う意味で、叫びだしそうになる。何故だ、俺は達成した、彼ら全員を生かしたじゃないか。「記録」をもって生まれた「意味」を、果たしたはずだろう! 何故まだ俺の中に「降谷零」がいる! 同期たちの死がある! どうして、もうこれは俺には必要はないだろう!?

 ふらりとよろけて、近くのブロック塀に肩をついた。その衝撃でようやく我に返り、気づく。俺の中にいる「記録」と同じ顔をした「それ」が、俺を凝視していた。その蒼と、目が合った。

 一目散にその場から駆け出す。もう何も考えていなかった。考えたくなかった。ただ、その顔を見ていたくなかった。しかし、俺の身体能力など彼には遠く及ばない。

 

「待ってくれ!」

 

 掴まれた腕が熱くて、その人肌が気持ち悪い。「降谷零」の手のひらの温度を、自分の手首で理解する。その事実に、全身が怖気だった。

 

「爆弾魔の逮捕、赤井の足止め、トラック事故、そして今! お前はいつも隠れて俺たちを探っていた。そして…守っていたんじゃないのか!?」

 

 ぐっと腕を引っ張られて向かい合わされる。「降谷零」の声はただ必死で、真摯だった。まっすぐに俺の目を見て、震える口でまた叫ぶ。

 

「いったいお前は、何者なんだ!」

 

 それを聞いた瞬間に、俺の全身が震え出す。視界が歪み、物心ついたときから知らなかった感覚が頬をなでていった。

 俺が、何者かだと? 俺は、俺はイチだ。俺は、「降谷零」のにばんめの。

 

「…おれ、は、イチ、だ」

 

 違う。違う違う違う違う! 俺はイチじゃない、俺は、俺はイチじゃなくなるためにお前たちを生かしたんだ!

 俺は、二番目の零のイチじゃない!

 

「俺は、ただの柏田壱だ!」

 

 いったい俺は、どうすれば良かったのだろう。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。