もし最強の剣聖に弟がいたら   作:たけのこ

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Aルート1話(1章1話):怪しすぎる少年と剣聖兄弟

 

『お前は人殺しだ』

 

 

 祖父が兄にそう言い放ち、僕たちの家から出て行った。

 

 ショックを受け、暗い表情をする兄。

 焦りと絶望を浮かべる父。

 怒りと悲しみが共存した顔をする爺やと婆や。

 

 それを見た僕は

 

 

『兄さんが、可哀想だ』

 

 

 と思った。

 

 だから、僕は────

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 特に何でもない、平凡な朝。

 

 

「今日は僕も非番だし、良ければ一緒に巡回をしないか? シグルド」

 

 

 王都にある別荘に滞在していた1人の黒髪の青年シグルドに話しかけるのは、燃え上がる炎のように赤い頭髪の青年。

 勇猛に輝く青い双眸に、一族特有の異常なまでに整った顔立ちもその凛々しさを後押しする。

 すらりと細い長身を、騎士団の服とは違った仕立てのいい黒い服に包み、その腰にシンプルな装飾──ただし、尋常でない威圧感を放つ騎士剣である『龍剣』レイド──を下げている。

 

 ラインハルト・ヴァン・アストレア。

 

 言わずと知れた当代『剣聖』であり、親龍国家ルグニカ最強──否、地上最強を欲しいがままにする青年である。

 

 

「いいよ、兄さん。──2人で巡回なんて久しぶりだね」

 

 

 そんな『剣聖』を兄と呼ぶその黒髪の青年の名は。

 

 シグルド・ヴァン・アストレア。

 

 漆黒の髪色こそ兄のそれとは異なる。だが、青く輝き、何よりも強さを感じさせる双眸と、完成されたとすら言える顔立ち、長身や、一目見ただけで只者では無いと伺える立ち姿は兄と良く似ており、『風剣』の異名を持つ彼は、アストレア家の次男──つまりは剣聖ラインハルトの弟である。

 

 

「それは仕方ない事だよ。シグルドが栄誉を与る事になってから暫く、僕たちはお互い色々忙しかったからね」

 

「まあ、そのおかげで『あの剣』を貰えた訳だし、トータルではプラスだったけど……正直な話、退屈な時間だったよ」

 

 

 シグルドは先日とある功績から、アストレア家に連なるもので一定の剣における功績と技量を認められたものに与えられる名誉であるヴァンの栄誉を与るに至った。しかし、それに際して様々な手続きや方々への挨拶回り等でひっきりなしだった。

 

 それが漸く落ち着き、自由を得てこうして王都の別荘にて過ごすに至ったのがついこの前。

 

 そして、当代『剣聖』として日々を過ごす兄の休暇が重なる今日は、かなり久しぶりの貴重な1日と言えるものだった。

 

 

「……それを言うのは僕だけにしておいて欲しいな。とはいえ確かに、僕からしても君が居ないあの時間は退屈だったけどね」

 

「ははっ、兄さんも大分言うようになったね。……これでお互い、面倒な立場になった訳だけど……これからも身内相手には楽にしていきたい所だよ」

 

 

 片目を瞑って口に人差し指を当てながらそんな事を言うラインハルトにシグルドが返す。

 彼らは人々の憧れの的で、特にラインハルトの方は騎士の中の騎士とか言われているが、こうしたユーモアさをも兼ね備えた人間なのだ。

 

 

 そうして2人は準備を終え。

 

 

「婆や。行ってくるよ」

 

「ええ、行ってらっしゃいませ」

 

 

 別荘の数少ない住人の一人である婆やに挨拶をする。

 婆やは日課の仕事を一時中断して今の兄弟の姿を眺め、とても嬉しそうにしている。

 彼女は2人が生まれる前からアストレア家に仕える最古参であるが故に、兄弟が仲良くするこの光景に対する喜びはひとしおだろう。

 

 特に婆やはラインハルトの悲惨な過去を間近で見ていた数少ない人物の1人だから。

 

 婆やのその様子を微笑みと共に見てから、2人は出発した。

 

 

 この巡回が、まさか世界の運命を変える物になるとは、流石の『剣聖』にも、ましてや『風剣』にも思いもよらぬまま──

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

「朝も言ったけど、こうして兄弟2人で巡回するのは良いものだね」

 

「そうだね、兄さん。手合わせ自体は受勲の時にしたとはいえ、最近は一緒に訓練する時間も取れてなかったし」

 

 

 ラインハルトとシグルドは、昼のルグニカの王都を巡回しながらそんな事を話す。

 王都は常に平和というわけでは無いが、少なくとも今見渡す範囲では特に揉め事があったりしない、国民の平穏な日常が繰り広げられている。

 

 仮に彼らが直接的に犯罪を取り締まらなかろうと、2人が定期的に巡回するという行為そのものが平和に貢献しているが故の平穏ではあるが、何にせよ兄弟がこうして仲良く雑談に興じる事が出来るくらいには、この日の王都は平和であった。

 

 

 まあ、それでも軽い盗難騒ぎくらいは起きるのが世の常というものだが、たまたま現時点では何の騒ぎもなかったため、2人はこうして雑談しながら王都を散策していた。

 

 

 そんな平穏を噛み締めながら、シグルドはラインハルトに、

 

 

「そうだ。もし今日このまま何もなければ夕方に……「衛兵さ────────ん!!!」

 

 

 平和を噛み締める発言をしようとした最中に突如として聞こえた救命信号に、2人は思わず目を合わせる。

 あまりにもタイミングが良過ぎてコントのようだったのだから。

 

 それはともかく、発生源は恐らく路地裏で、大通りの喧騒にまで割り込んだ声量。

 

 

「行こう、兄さん!」

 

 

 シグルドがそれを口に出し、まるで風のように動き始めるまでにかかった時間は刹那。

 

 

 何故なら──助けを求める声が聞こえてきた。

 

 

『風剣』が動く理由は、それで十分なのだから。

 

 そして、『剣聖』は、弟のその精神を非常に好ましく思うと共に、何か羨むような、憧れるような表情を向けながら──

 

 

「ああ、そうだね──!」

 

 

 同じく疾風の如く駆け出した。

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

「「──そこまでだ」」

 

 アストレア家の兄弟の声が路地裏に響き渡る。

 

 その声に反応する3人のチンピラと、1人の妙な格好をした目つきの悪い少年──

 

 誰にも、本人たちですらわかっていなかっただろうこれが、世界の命運を左右する運命の邂逅だった。

 

 

「たとえどんな事情があろうと、それ以上、彼への狼藉は認めない」

 

 

 ラインハルトの言葉と同時に、兄弟2人は悠々とチンピラ3人の隣を抜けて彼らと少年の間に割って入る。そのあまりに堂々とした行為に、4人は声を上げられない。

 だが、チンピラと少年では沈黙を選んだ理由が違っていた。

 少年が黙ったのは驚きと、『初めて見る展開』を固唾を呑んで見守っていたというのが理由だが、その顔から血の気を失い始めるチンピラ3人は違う。

 

 

「ま、まさか……」

 

 紫色になりつつある唇を震わせて、1人が兄弟を交互に指差した。

 

「燃える赤髪に空色の瞳……それと、鞘に竜爪の刻まれた騎士剣」

 

「漆黒の黒髪に同じ瞳……それと、金の羽のような柄をした片手剣」

 

 

 確認するように各所を指差し、最後に息を呑んで、

 

 

「『剣聖』ラインハルトと『風剣』シグルドか!?」

 

「自己紹介の必要はなさそうだ。……もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎる」

 

「それは謙遜が過ぎるよ、兄さん──それはさておき、君たちの言う通りだ。……逃げるなら、この場は追わないけど」

 

 

 ラインハルトと自嘲げに呟き、それにシグルドが突っ込みを入れながらも、3人に撤退を促す。

 

 視線に射抜かれた男たちは気圧されるように後ろへ一歩。逃げるタイミングを見計らうようにそれぞれが顔を見合わせる。

 

 

 それを見てシグルドが

 

 

「三対三だ。数の上では互角だけど……僕は君たちに勝ち目があるとは思わないな」

 

「じょ、冗談っ! わりに合わねーよ!」

 

 

 シグルドのセリフに3人は慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように大通りへと逃げ去っていく。

 

 

「お互い無事でよかった。ケガはないかい?」

 

 

 男たちが完全に消えたのを見計らって、ラインハルトが微笑を浮かべて少年に振り返った。シグルドも同様に振り返る。こちらは特に微笑を浮かべては居なかったが、雰囲気は兄と同様の柔らかい物になっていた。

 

 

「あんだけのことしてこの爽やかさ……2人ともイケメンってレベルじゃねぇぞ」

 

 

 そんな事を言ってから少年はその場に膝をつき、「へへー」と平伏して、

 

 

「このたびは命を救っていただき、心からお礼申し上げる。このナツキ・スバル、その御心の清廉さに感服いたしますれば……」

 

「そんなに堅く考えなくても構わないよ。向こうも三対三になって、優位性を確保できなくなってのことだ。僕が一人ならこうはいかなかった」

 

「兄さん、その冗談はわかりにくい」

 

 

 スバルのやたらへりくだった感謝に対してラインハルトが返事をし、それにシグルドが突っ込みを入れる。

 ラインハルトはこうして会話にジョークを交えるユーモアも持った人間なのだが、いかんせんそれは常人にはわかりにくい──どころか嫌味のように聞こえてしまう。

 

 

「いや、弟さんの言う通り、あのビビりようからしたら三対一どころか十対一でも逃げてそうだったけど……なんだ、このイケメン。本気で身も心もイケメンか。俺ルートのフラグが立つわ!」

 

 

 そんな戯言を口にしつつ、スバルは改めて2人の姿を観察し、言葉を発する。

 

 

「えーっと、ラインハルトさんとシグルドさん……でいいんスか?」

 

「呼び捨てで構わないよ、スバル」

 

「僕も同じだ、スバル」

 

「2人ともさらっと距離縮めてくるな……えっと、改めてありがとう、ラインハルト、シグルド。俺の叫びを聞きつけてくれたのはお前たちだけだぜ、マジ寂しい」

 

 

 あれだけ人の数がいて、聞こえたのが彼ら2人だけということはないだろう。異世界の人心の寂れっぷりを嘆くスバルに、ラインハルトはかすかに目を伏せ、

 

 

「あまり言いたくはないけど、仕方のない面もある。多くの人にとって、連中のような輩と反目するのはリスクが大きい。その点、衛兵を呼んだ君の判断は正しかったよ」

 

「そうだね。あれだけ大きな声を出してくれたおかげで僕たちが間に合ったのだから、君の行動はまさしく最善だった」

 

 

 2人はそれぞれスバルの行動を称賛する。

 

 

「その言い方だと、2人は衛兵なの? そうは見えないけど」

 

「よく言われるよ。まあ、今日は非番だから制服を着ていないのも理由だろうけど」

 

「僕も同じだ。まあ、治安を維持する仕事なのは事実だから衛兵みたいな物だよ」

 

 

 苦笑いしながら答える2人に、スバルは内心で反論。

 彼らが衛兵に見えない最大の要因は、そんな泥臭い感じのイメージとかけ離れた雰囲気だ。それに衛兵みたいな物という時点で衛兵では無いではないか。更に言えば

 

 

「『剣聖』とか『風剣』とか呼ばれてた気がするが……」

 

「家が少しだけ特殊でね。かけられた期待の重さに潰れそうな日々だよ」

 

「兄さんの冗談はともかく、僕はそう呼ばれるのは少し面倒なんだよね。自由に動きづらくなってしまうから」

 

 

 ユーモア混じりにそんな事を言う2人に対し、兄弟だけあって似た者同士だな……とスバルは思った。

 2人はそんなスバルをジッと見下ろし、

 

 

「珍しい髪と服装、それに名前だと思ったけど……スバルはどこから? 王都ルグニカにはどんな理由できたんだい?」

 

「どこからかって言われると答えづらいんだよな。東の小国って設定はダメ出し食らったから……も、もっと東とかってのはどうだー」

 

 

 スバルは我ながら安直な答えだと自省の限りだ。が、それに対する2人の反応は意外にも顕著なものだった。

 

 

「ルグニカより東……まさか、大瀑布の向こうって冗談かい?」

 

「なにせ、王都は王国の中でも東端……ここより更に東となると必然的にそうなるからね」

 

「大瀑布? 」

 

 

 2人から言われた聞き慣れない単語に驚くスバル。

 

 スバルの知識では瀑布、というと滝か何かだったと思うが、このあたりの地理情報にはかなり疎い。

 スバルにとってこの世界における活動範囲は、商い通りと路地裏と貧民街で完結している。

 自宅、自室、コンビニで完結していた元の世界と変わらないレベルだ。

 

 

「そう考えると異世界でも同じ場所でばっかひきこもってんのか、もはや天性のもんだぞこれは……持ってるな、俺」

 

「誤魔化してるってわけでもなさそうだけど、そこはいいか。とにかく。王都の人間じゃないのは確かみたいだけど、何か理由があって来たんだろう? 今のルグニカは平時よりややこしい状態にある。僕たちでよければ手伝うけど」

 

「いやいや、休日なんだろ? それ返上してまで俺の手伝いなんてすることねぇよ。さっきので十分……だけど、ついでに聞きたいことはある」

 

 

 ラインハルトの申し出に首を振ってから、スバルはふと思い出したように指を立てる。2人は「なんでも聞いて」と気軽に頷いた。

 

 

「世情には疎い方だから答えられるかはわからないけどね」

 

「僕たちは基本的に剣を振ってるだけだからね。あまり期待はせずに」

 

「お前たち絶対ただの衛兵じゃないだろ……まあ、聞きたいってのは人探しだから平気平気。ってなわけで聞きたいんだけど、このあたりで白いローブ着た銀髪の女の子って見てない?」

 

「「白いローブに、銀髪……」」

 

「付け加えると超絶美少女。で、猫……は別に見せびらかしてるわけじゃないか。情報的にはそんなもんなんだけど、心当たりとかってない?」

 

 

 美少女で白いローブに銀髪で猫を連れている。

 ラインハルトにもシグルドにもその人物の心当たりはあったのだが、それはあまりにも重要人物過ぎた。

 

 

「……その子を見つけて、どうするんだい?」

 

「兄さん」

 

 

 だから、思わずほんの少しだけ警戒気味に聞いてしまうラインハルトをシグルドが嗜める。

 とはいえ、どうやらスバルはその警戒に気が付いていないようだ。

 

 

「落し物、この場合は探し物か? それを届けてあげたいだけだよ」

 

 

 スバルの答えにラインハルトはその空色の瞳を細め、しばし黙考してから、

 

 

「ううん、すまない。ちょっと心当たりはないな。もしよければ探すのを手伝うけど」

 

「…………」

 

「そこまで面倒はかけられねぇよ。大丈夫、あとはどうとでも探すさ」

 

 

 手伝いを申し出るラインハルトに手を挙げ、スバルは考え込む。

 シグルドは、ラインハルトが嘘をついた事に思う所がある様子だったが、スバルはそれに気付かない。

 

 

 そうして雑談を交わした後。

 

 

「行くの?」

 

「ああ、行く。2人には世話になった。この礼はいずれ。……衛兵の詰所とか行けば会えるのかな?」

 

「そうだね、名前を出してもらえればわかると思う。もしくは今日みたいな非番の日は、王都をうろうろしてるから」

 

「兄さんはともかく、僕は割と暇だからね。適当に歩けば見つかるかもよ」

 

「わざわざ男を探して町をうろつき回る趣味はねぇなぁ……乙女ゲーじゃあるまいし」

 

 軽口で応じてシュタッと手を掲げると、ラインハルトは「気をつけて」と見送りの言葉をかける。

 その言葉に背中を押されるように、スバルは無傷の損害ゼロで路地裏からの脱出を果たしたのだった。

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 スバルが去った後。

 

 

「……それで、兄さん。わざわざスバルを警戒して、嘘までついた成果はあった?」

 

 

 シグルドがスバルにエミリアの事を知っていながら話さなかったラインハルトを少し責める。理由はわかるが、そうだとしても嘘までつく必要があったのか? と。知り合いだが居場所はわからない、程度は言って良い筈だから。

 

 

 何故ならスバルはどう見ても戦いを知らない、ただ助けを求める弱い人間であり、あまりにも不自然な発言が多いし、何よりも異常な程に常識が無さすぎる──

 ──それはつまり、シグルドが守るべき人間だ。

 

 

「……そうだね。嘘をついたのは僕も心苦しい。でも、エミリア様の事を話す訳にもいかないだろう?」

 

「……兄さん。スバルは確かに怪しい言動だったけど少なくとも話していて悪い人間ではなかったでしょ? ましてやエミリア様を害する気があるようにはとても見えなかった」

 

 

 落とし物がどうとか言ってたしね、とシグルドは前置きした上で。

 

 

「それに……理由はわからないけど、スバルからは死臭がする」

 

 

 死の臭い──シグルドがスバルに構う理由は、スバルから濃厚に漂うその香りが原因でもあった。

 

 

「死臭……それはつまり」

 

「うん。もちろん、スバルが誰かを殺したという訳では無いと思うよ。それが出来る人間には思えなかったから。つまり──多分だけど、このまま放っておけばスバルは死ぬ。だから、僕はスバルを追いかけるつもりだけど……兄さんはどうする?」

 

 

 それは、シグルドが過去にあまりにも多くの死が発生した現場を見た経験から感じ取れるようになった『臭い』である。スバルからその臭いがするという事は恐らく──理由はわからないが彼に死が近づいているのではないのか、と思ったのだ。

 

 

 そんな事を聞いては、当然ラインハルトも黙っては居られない。

 

 

「僕も行こう」

 

「わかった。なら、僕が先行するから、兄さんはエミリア様が来るのかどうか探りながら後ろをお願い」

 

 

 こうして、シグルドがスバルを尾行し、ラインハルトが後詰めと周囲の警戒を担う事になった。

 

 

 

 

 2人にその気は全く無かったのだが、それは、運命の分岐点。

 

 これから、未来がどう変わっていくのか──

 それはまだ、誰にもわからない。

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