もし最強の剣聖に弟がいたら 作:たけのこ
『では卿は、私に手を貸す積りは無いと?』
『はい。申し訳ありません──クルシュ様』
僕は緑髪の男装の令嬢、クルシュ様にそう答える。
『構わない……とはとても言えないが、仕方あるまい。卿が自らの魂に従った結果なのだから』
現状、王になるのに相応しいのはどう見てもこの方だ。
それでも、僕にはこの方の全面的な下には付けない理由があった。
『……ありがとうございます。下には付けませんが、個人的な要請などがあればその際には力をお貸ししますよ』
『ああ、こちらこそ感謝する。その際には是非とも卿の力を頼りにさせて貰うよ』
僕がこの方の下に付かない理由。
それは──
「……ラインハルト、か?」
「そうだよ、スバル。さっきぶりだね。遅れてすまない」
「その言葉さっきも聞いた気がする……」
スバルは先程のシグルドとのやり取りを思い出して、そう呟く。
「『風剣』に加えて『剣聖』まで──! 今日はどこまで幸運なのかしら」
「血に塗れながら喜ぶなよ。怖えよ」
シグルドによって切り刻まれて溢れ出た自分の血で全身を濡らしながらも、狂気的な笑みを浮かべるエルザを見ながら、それでもそんな発言が出来るくらいには余裕が生まれた事をスバルは自覚する。
何故なら、仮にシグルドの兄であるラインハルトが弟と同じ実力者ならば──最早勝ったも同然なのだから。
そして、彼ら兄弟やエルザの反応を見る限りはその予想は──
「とりあえず状況説明。敵は『腸狩り』。腕は僕に及ばないものの再生能力持ちの手練れ。僕1人で4人を守って戦うのは時間がかかる」
それだけ言って、一瞬息を吸ってから。
「そして兄さんとの2人がかりならば対処は容易。以上だね」
「──ああ。理解したよ。なら、僕の役割は──」
そう言ってラインハルトは盗品蔵の中を見渡す。
彼は壁際に立てかけてあった盗品の中から、聖剣やら龍剣やらとは比べるのも烏滸がましいボロボロの両手剣を発掘。
手応えを確かめるように軽く振り、
「シグルド、君は4人を。僕は彼女を相手するよ」
「わかった」
なんてやり取りを2人は交わす。
「随分と甘く見られたものね」
「それは仕方ないだろう? 兄さんが来た以上、既に君には万が一もない──兄さん、お願い」
「承ったよ。ならば、お見せしよう。アストレア家の剣撃を──」
ラインハルトが短く厳かに応じた。
──直後、盗品蔵の中の空間が歪むような感覚をスバルは覚えた。
「は?」
視界に入る大気が歪み、心なしか部屋の明るさが一段階失われたように思える。
そして、
「え、あれ、おい」
「ごめんなさい……ちょっと、肩を貸して」
突然寄りかかってくる銀髪の少女を、スバルは慌てながら支える。
「どうした、急に体調でも悪く……」
「違うの。マナが……わかるでしょ?」
スバルは何一つわかっていない。
そんな少年少女のやり取りを横に、部屋の中央で『剣聖』ラインハルトがその剣を構える。
「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」
「──『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア」
すさまじい剣気が室内を押し包み、戦意が大気を震わせる。
この世界の礼儀である名乗り上げを行うエルザに、ラインハルトもまた彼女を敵と認めてそれに応じた。
そうして、『剣聖』は剣を振り──
放たれた極光が盗品蔵を空間ごと真っ二つに切り裂いた。
極光は一瞬の間、室内を白く塗り潰していたが、光が晴れた直後に世界が激変する。
ずれた空間が元に戻ろうと収束を始め、大気が歪曲するほどの威力の余波が部屋の中を暴風となって荒れ狂う。
逆巻く風が盗品を、家財を、廃材を巻き込んで暴れ回る。
そして、その圧倒的な暴力はシグルドが守る事によってスバルたちには一切届いていないのだから驚きだ。
「なんじゃ、こらぁぁぁぁ!?」
スバルにこの暴波の意味はわからない。わからないが原因はわかる。
たったひと振り、全力で剣を振るった──それだけでこの有様だ。
「あいつよりお前のがよっぽど、化け物じゃねぇか!」
「そう言われると、さすがに僕も傷付くよ、スバル」
苦笑しながらラインハルトが振り返って言った。
暴風に燃えるような赤い頭髪は乱れ、彼の涼しい顔にも汗が浮かんでいる。そして手の中の両手剣は──
「無理をさせてしまったね。ゆっくり、おやすみ」
手の中で崩壊していく両手剣。その粗末な作りではラインハルトの一撃に耐えることができなかったのだ。
そしてそれをまともに受けたエルザは
「肉片ひとつも残ってねぇな……スプラッタ感が失せて逆にいいのか。さっきまで酷えもんだったからな」
「酷いな、スバル。兄さんと同じく僕も傷付くよ」
シグルドの冗談はさておき。
ラインハルトの世界ごと切り裂くような斬撃の後には、本当の意味で何も残っていない。そこに居たエルザも同様に。
斬撃は盗品蔵の入口付近をカウンター席ごと吹き飛ばし、盗品蔵は今にも崩れそうだ。
「ワ、ワシの盗品蔵が……」
「諦めな、ロム爺。命あっての物種だろ?」
後ろの方で慟哭するロム爺をフェルトが慰める。
そんなロム爺に少し憐れみのような物を覚えるスバルではあるが、2人の死体を何度も見てきた彼からすれば、フェルトの意見にこそ全面的に賛成だ。
「でもこれで……」
緊張で固まった体を伸ばし、スバルは大きく息を吐いた。
そしてどうにも実感を得ていなかった事実を確かめるように、隣の存在を思う。
スバルに肩を預ける銀色の少女──彼女はまだ少し浅い呼吸を繰り返しながらも、スバルの視線に気付くと紫紺の瞳を彼に合わせた。
「無事に、終わったの?」
「ああ、ホントの意味でどうにかな」
弱々しい問いかけに答えて、スバルは立ち上がろうとする彼女を支える。
立ち上がった彼女は己の銀髪を梳き、まだ頼りなげな足でスバルの庇護を離れる。
自分の手を離れる少女。スバルはそんな彼女をしげしげと眺めて、
「じろじろと、どうしたの? すごーく失礼だと思うけど」
「手足はもちろん、首もちゃんとついてるよな」
「……当たり前でしょ? 恐いこと言わないでくれる?」
スバルの感想は彼女には意味がわからなかったのだろう。
じと目でこちらを睨んでくる彼女にスバルは親指を立てて歯を光らせ、
「そうだな、当たり前だよな。もちろん、俺の手足もついてるし、背中にナイフが生えてもいなけりゃ、腹にでかい風穴が開いてたりもしないぜ!」
「生えてたり開いてたりした時期があるみたいな言い方するわね」
そんな2人のやり取りを黙って眺めていたシグルドとラインハルトにスバルは声をかける。
「そういや、シグルド、ラインハルト。まだ礼を言ってなかった。マジ助かった。さっきの路地のことといい、俺の心の叫びが聞こえたのかよ、友よ」
「そうだね、友達くん」
「シグルドはともかく僕は少し遅れてしまったけど、感謝は受け取っておくよ、友達くん」
「ほんと、お前ら髪の色以外そっくりだな……」
似たような反応をするイケメン2人にスバルは溜息と共に呟く。
すると
「あの子は……」
銀髪の少女がおぼつかない足取りの中でフェルトの姿に気付いた。
スバルはそんな彼女の視界からフェルトを守るように回り込み、
「タンマタンマ。せっかくみんな無事だったんだ。ここは俺の顔に免じて、氷の彫像の刑は見送ってくれよ」
「そんな乱暴しないわよっ。というか、あなたの顔に免じてって……」
疲れたように眉間をもむ銀髪少女。
2人のやり取りをアストレア兄弟は興味深そうにして観察する。
「あとは俺のネゴシエーション次第か……そこが一番、信用できねぇ!」
「さっきからどうしたの? わたわたして、すごーくみっともないけど」
ぐさりとくる一言、スバルは胸を押さえてリアクションを取る。
そんな会話を見て、ラインハルトは小さく笑う。それから彼は黙して様子を伺うフェルトの方へ、片手を挙げて近づいて行く。
颯爽とした後ろ姿には嫉妬心すら浮かばず、スバルは肩を落とすしかない。これが持てるものと持たざるものの違いか。
警戒しつつも、助けに応じてくれたことへの恩義を感じているのか、歩み寄ってくるラインハルトからフェルトは逃げようとはしない。
そんな二人を若干、微笑ましいような感じでスバルは見守り、
「──シグルド!」
「──まだ生きてるのか」
ふいにこちらを振り向いたラインハルトの叫びとシグルドの呟きに、スバルは窮地を脱していなかったことを悟る。
廃材が跳ね上げられ、その下から黒い影が出現する。
影は黒髪を躍らせて、血を滴らせながらも力強く足を踏み出し、加速を得る。
ひしゃげたナイフを握りしめ、無言で疾走するのエルザ──
だが。
「それは通さないよ」
スバルが銀髪少女を突き飛ばすように庇い、腕の中に残っていた棍棒を引き上げ、とっさに腹の上をガードしようとするが──その前にシグルドがスバルの目の前であっさりエルザの攻撃を防ぐ。
「くっ、邪魔を──」
斬られたナイフを見ながら、エルザが悔しげに舌を鳴らす。
それから彼女は即座にその場を飛び退き──
「いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて」
廃材を足場にエルザが跳躍し、この場から逃げていった。
「しぶといな、彼女。追ってもいいけど──この場ではやめておく方が無難か」
屋根を踏み、身軽に建物を飛び越える細身を追うのは骨が折れる。この場において、これ以上の戦闘を望まないアストレア兄弟はあえて、その背を追うことをしなかった。それに、街中で大立ち回りするのは人質のリスクを考慮すると避けたい事だから。
加えて、シグルドには色々と気になる事があった。
「それよりスバル、あの状況で良く動けたね」
「お前のおかげで無意味だったけどな。とはいえ何事もなく終わるに越した事はねえよ。──また助けられちまったな。ありがとう」
聞きたい事はとりあえず置いておいて、端正な顔に感心の表情を浮かべて言うシグルド。
彼の言に応じてスバルは軽口を言いながらも感謝を述べる。
「ちょっと大丈夫!? あなた無茶しすぎよっ」
「楽勝楽勝。結局シグルドが庇ってくれたからな」
心配そうに顔を寄せてくる銀髪少女に手を掲げ、スバルは答える。
「もしシグルドがいなかったらあなたは私を庇って死んじゃってたのよ!? どうしてそんな──」
「今度はもう、完璧にいなくなったよな?」
スバルは少女の言葉を遮ってシグルドに聞く。
「ああ。君のおかけでね」
「え? 俺ってば特に何もしてなかったと思うんだけど……」
シグルドの言葉にスバルは驚く。
このイケメンは一体何を言っているのだろうか。
自分たち4人を守ったのはシグルドで、エルザを吹き飛ばしたのはラインハルト。更には最後っ屁までもスバルの手など必要とせずにシグルドが完璧に防いだのだから。
改めて考えてみると、スバルは終始このイケメン兄弟に頼りっぱなしだった。
「そんな事は無い。君が路地裏で即座に助けを呼んだ行動。そして、貧民街での行動に盗品蔵での判断──後ろからある程度見させて貰ったけど、君の行いは全てが最善だった」
「やっぱお前、俺の後ろについて来てたのか……おかしいとは思ったんだよ」
「すまないね、少しスバルが気になってしまって」
シグルドは眼を伏せて謝罪する。
「そりゃ俺ってば怪しさ満点だろ? 自分で言ってて悲しくなるけど、お前の行動は間違っちゃいねえよ。実際それで助けられたわけだし」
「ありがとう、スバル。おかげで皆を守り切れた。重ね重ね君に感謝を」
謝罪を口にしたシグルドを制止して、スバルは彼に笑みを向けてから謝意を示す。シグルドはスバルのその行動に感銘を受けた様子を見せていた。
そう。
シグルドから見てスバルの行動は、まるで今日1日において、どこで何が起きるのか最初からわかっていたかのように最善の──
それはともかく、スバルはゆっくりとした動きで振り向き、自分を見上げる銀髪の少女と視線を合わせた。
二人の間の距離は手を伸ばせば届く程に近い。
突如スバルは左手を腰に当て、右手を天に向けて伸ばし、驚く周りの視線を完全に意識から除外して、高らかに声を上げる。
「俺の名前はナツキ・スバル! 色々と言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのはわかっちゃいるが、それらはとりあえずうっちゃってまず聞こう!」
「な、なによ……」
「俺ってば、君を凶刃から守り抜いた命の恩人……かどうかは微妙だけど、とりあえず俺は君を助けた! ここまでオーケー!?」
「おーけー?」
「よろしいですかの意。ってなわけで、オーケー!?」
OとKを上半身の動きで表現するスバルに、銀髪の少女はひきつりながらも、「お、おーけー」と応じる。
そんな彼女の態度にスバルはうんうんと頷き、畳みかけるように続ける。
「レスキュー俺。そしてそれに助けられたヒロインお前、そんなら相応の礼があってもいいんじゃないか? ないか!?」
「……わかってるわよ。私にできることなら、って条件付きだけど」
「なぁらぁ、俺の願いはオンリーワン、ただ一個だけだ」
指を一本だけ立てて突きつけ、くどいくらいにそれを強調。そのあとに指をわきわきと動かすアクションを付け加えて少女の不安を誘い、喉を鳴らして悲愴な顔で頷く彼女にスバルは好色な笑みを向ける。
「そう、俺の願いは──」
「うん」
歯を光らせて、指を鳴らして、親指を立てて決め顔を作り、
「君の名前を教えてほしい」
▼ ▼ ▼
「はあーそれにしても、ちょっち疲れちまったぜ」
「ふふ、当然だね。スバルは命のやり取りを複数潜り抜けたのだから」
スバルの疲れを込めた言葉にシグルドが返す。
再確認になるが、シグルド目線でスバルが今日生き残り、エミリアまで守れたのはまさしく奇跡と言えるような偉業なのだから、疲労は当然といった所。
「シグルドの言う通りだ。存分に休むといいよ、スバル──そこでだけど、今日これからどうするつもりだい?」
「え? そりゃあ……って考えてみると俺ってば、一文なしの現状が何も変わってない!? どうすりゃいいんだ!?」
ラインハルトの質問にスバルは慟哭する。
エルザによって齎される死の螺旋は越えたとはいえ、自身の絶望的な状況自体は何も変わっていないのだと気付いてしまったから。
「それなら、私の所に来ない? 名前だけじゃちっとも恩を返し切れてないし」
「え、いいのか!? エミリアたん」
「「「たん?」」」
スバルのエミリアに対する呼び方に疑問を呈する3人。
それはともかく。
「あ、なんか心配事が全部どうにかなって安心したからか意識が……」
スバルは心身共に疲労し尽くしてしまい、そのためか自身に襲い掛かる凄まじい眠気に抗えなくなっていた。
このままここで眠るのはどう考えてもよろしく無いと思うのだが。
それに、こんな経験は初めてだった。今までの人生17年間、いくら疲労したからといってこんな事には──
「いいよ、後は僕と兄さんがどうにかするから。お休み、スバル」
「何から何まで世話になりっぱなし……な……」
そう言って、スバルは眠りについた。
▼ ▼ ▼
「シグルド。いくら疲れてそうだからといって、スバルに魔法までかけちゃうなんて」
「僕からの餞別ですよ。彼は明らかに限界を迎えていましたから」
「それはわかるけど……」
エミリアが、スバルを眠らせるために魔法を使ったシグルドに対して少し不満げに意見を述べる。
「それに、ここからは功労者たる彼に見せるべきでは無いやり取りが必要ですしね」
シグルドはフェルトの方を向いてそう言い放つ。
あくまでこれは、アストレア家の次男シグルド視点の物語。
スバルが眠っても話は続く──いや、むしろ彼にとっては、ここからの話こそが重要なのだとも言えるのである。