もし最強の剣聖に弟がいたら   作:たけのこ

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Aルート4話(1章完):世の中全てが上手く行く訳じゃない

『あ、ああ……あ……』

 

 

 少女に突然襲いかかってきた『死』。

 母と弟と、そして直前まで自分にも降り掛かろうとしていた『死』に直面し、呆けたような声を上げるだけだった。

 

 目の前に広がるのは赤。赤。赤。

 鼻に入ってくるのは──厳しいけど優しかった父と母、わがままで生意気だけど本当はとても良い子の弟、そして襲撃者の──血肉の匂い。

 

 あまりの惨劇を前にして、これは夢なのだと現実逃避することすら彼女には出来ていなかった。

 

 

『…………』

 

 

 僕はそんな彼女に何も言う事が出来ない。

 駆けつけるのが遅れてしまった、僕には。

 

 

『どうして……どうしてお父さんとお母さんとエルクは……』

 

『………………』

 

 

 ようやく状況を理解したか、少女が絞り出すような声を出す。

 

 ──何も、言えるはずが無い。

 すると、

 

 

『どうして……どうしてっ!!』

 

 

 それまではただ状況に対応出来ずに、呆けたり嘆くばかりだった少女の目に怒りの炎が宿り、激昂し始めた。

 

 その姿に僕は驚いた。

 

 これでも剣を振るい戦場に出る身である以上、こうした悲劇はそれなりに見てきた。

 その中で、少女のような状況に陥る者も数多く存在していた。

 しかしその全員が先程の彼女のように意味もなく蹲るだけで、こうまで早くに状況を理解──いや受け入れて、憎しみの炎を宿したりなどしなかったから。

 

 だから、そんな彼女に僕は──

 

 

 


 

 

 

「待って、シグルド。お願い。私が話すから、あの子に酷い事しないで」

 

 

 シグルドがフェルトに剣呑な雰囲気を出したのを察して、エミリアが止める。

 

 

「……まあ、いいでしょう。ですが、後であなたにもお話がありますからね、エミリア様」

 

「……わかった。ありがとう」

 

 

 シグルドの同意を得たエミリアは金髪の少女の下へ。

 少女もまた、その歩みに対して覚悟を決めたように向き直る。

 巨人族の翁はこの状況をどう切り抜けるべきか頭をフル回転させていた。

 

 

「ねえ、あなた。フェルトちゃんっていうのよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「盗んだ物、返してくれる? それさえしてくれたら、私はもう何も言わないから」

 

 

 エミリアはフェルトにそう語りかける。

 その言葉にロム爺が驚きを示す。

 

 確かに、ともすればエミリアならば寛大に済ますのでは無いかと思っていたが、まさかお咎め無しとは──お人好しと言うべきなのだが、今は彼女のそれに感謝すべきとロム爺は考えた。

 

 そんな中、渦中のフェルトはエミリアを見上げ、その赤い双眸に弱々しい光を灯し、

 

 

「もっと、すげーきつくくるかと思ってた」

 

「そう、ね。さっきまでのままなら、そうだったかもしれないけど。毒気抜かれちゃったのかもね。だから少しだけど、あの子の顔に免じてあげる」

 

 

 仕方ない、と苦笑してエミリアは肩をすくめる。

 そんな彼女の仕草と、眠るスバルを指差されて金髪の少女はしばし顔を伏せ、それから「ごめん」と小さく謝罪を口にした。

 

 

「命を助けてもらったんだ。恩知らずな真似はできねー。盗ったもんは返す」

 

 

 そう言ってからフェルトは懐から徽章を取り出し

 

 

「んじゃ、返す。──大事なもんなら、今度から盗られねーように隠せよ」

 

「あなたにその忠告されるのって変な気分ね。……できれば、私だけじゃなくもうこんなことはやめてほしいけど」

 

「そりゃ無理な話だ。言っとくが、アタシは今回だってアンタが命の恩人だから返すって考えてるだけ。悪いことしたとは思ってねーし、やめる気もねーよ」

 

 

 エミリアの願いをすげなく断って、少女はその表情に強かな笑みを浮かべる。

 彼女の年齢でするには痛ましさすら感じる横顔だ。

 とはいえ。

 

 

「窃盗は歴とした犯罪。エミリア様が言うから今は見逃すけど、次に発見したら普通に捕えるからね」

 

「へっ。もうそんなヘマしねーよ!」

 

 

 フェルトが自身に忠告して来たシグルドに悪態をつく。

 

 

 もしシグルドが居なければ。

 フェルトの主義主張を聞きながら、ラインハルトは無言でこれを受け入れたかもしれない。

 職務上決して見逃すべき状況でないが、他に彼女たちにどんな生き方ができるというのか、などと考えて、エミリアの言葉が無くても見逃したのかもしれない。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 罪は罪。

 今のラインハルトならば、少女の置かれた環境の悲惨さとそれを分けて考える事が出来る。

 そして、無闇矢鱈に慈悲を与えるよりもそちらの方が余程人間的であり、更には良い結果を齎らすのだと──ラインハルトは理解しているのだ。

 

 だから。

 

 

「もう。シグルドったら」

 

「僕はシグルドに賛成ですよ、エミリア様」

 

「ラインハルトまで……」

 

 

『剣聖』は、理解者である弟を得た事により人間的な道を進む。

 

 

「なにもしねーで食い物がわいてくるならやらねーかもな。そんじゃ、ほらよ」

 

 

 取り出したそれを掌に乗せ、少女はエミリアに盗品を返す。

 

 一瞬、赤いきらめきがラインハルトの瞳を過った。その眩い光は見覚えのあるもので、刹那の間だけ目を細めるラインハルトは記憶の海を探る。

 そして思い当たる記憶を見つけ出し、

 

 

「──え」

 

「ラインハルト……?」

 

「兄さん?」

 

「『剣聖』?」

 

 

 徽章を握る少女の手を、横合いから掴み取っていた。

 

 周囲の4人全員、驚きを目に浮かべていた。揃ってラインハルトを見て、そして彼の表情に浮かぶ真剣な眼差しを前に口ごもる。

 

 

「い、痛いっつの……放して……」

 

「お、おい。やめんか」

 

 

 いやいやと、首を振るような弱々しい仕草で抵抗するフェルトと、それを見て静止をかけるロム爺。

 だが、彼女の手を握るラインハルトの握力は弱まる気配がない。加減がされているとはいえ、華奢な少女が振り解けるような拘束では決してない。

 

 

「なんてことだ……」

 

 

 震える呟き。それはラインハルトの口から紡がれたものだ。

 その言葉に反応したのはエミリアだった。彼女はその紫紺の瞳に動揺を浮かべ、

 

 

「ラインハルト、待って。確かにおとがめなしで済ませるには難しい話なのはわかってる。でも、この子は徽章の価値は知らなかったのよ。そして盗られた私自身はそれを問題にはしてない。──盗られた私にも落ち度があることだから。だから」

 

「違います、エミリア様。僕が問題にしているのは、そんな事じゃない」

 

「徽章を盗んだというのは明らかに見逃せるレベルを超えていると思うけれども。──それにしても、兄さん。少し落ち着いて」

 

 

 ラインハルトから強い口調で上から言われ、エミリアは困惑した顔で押し黙る。

 とはいえそんな焦る兄をシグルドが宥める事でラインハルトはどうにか正気を取り戻し、手の力を少しだけ緩める。

 

 

(徽章が輝いた以上、彼女は王候補という事になる。それに、金髪に紅の瞳……そういう事か)

 

 

 シグルドが兄の突然の暴走の理由を判断するための思考に耽る中、ラインハルトは落ち着いて自分が腕を掴む少女を見た。その紅の双眸と同じ頭髪の色を持つ青年を見上げ、少女の瞳が不安に揺れる。

 

 

「……君の名前はフェルトと言ったね。家名は? 年齢はいくつだい?」

 

「こ、孤児だぜ? 家名なんて大層なもんは持っちゃいねーよ。年は……たぶん、十五ぐらいって話だ。誕生日がわかんねーから。っつか、放せよ!」

 

 

 話している間にいくらか調子を取り戻し、乱暴な口調で少女は暴れる。が、巧みな力加減で少女を抑制し、ラインハルトはエミリアを見つめると、

 

 

「エミリア様。──彼女の身柄は自分が預からせていただきます」

 

「……理由を聞いても? 徽章盗難での罰というなら」

 

「それも決して小さくない罪ですが……今、こうして目の前の光景を見過ごすことの罪深さと比べれば些細なことに過ぎません」

 

「些細な事なんかじゃないと思うけど。重大すぎる罪だと思うけど」

 

 

 戸惑いと無理解に眉をひそめるエミリア。

 そんな彼女の困惑を、ラインハルトは仕方のないことと受け止める。なにせ彼女には見慣れた状況でしかないのだ。気付け、という方が酷なのだろう。

 

 だがロム爺は、そんな2人よりも兄の暴走に対してジト目で突っ込み役に回っているシグルドの発言の方に注目していた。

 

 

「『風剣』。フェルトが盗んだあれは一体何じゃ?」

 

「あれは……」

 

 

 話しかけてきたロム爺の質問に答えようとしたシグルドだったが、

 

 

「ついてきてもらいたい。すまないが、拒否権は与えられない」

 

「ふざけ……助けたからってあんまり調子に……」

 

 

 暴れるフェルトを抑えようとするラインハルトを見て、対応を変える事にした。

 

 

(ふぅ……こうして兄さんのフォローに回るのも久しぶりだな)

 

 なんて思いながら。

 

 

「──フェルト。君が犯した罪は、本来なら処刑が妥当な物だ」

 

「は? いくらなんでもそりゃねえだろ? 確かに盗みは悪い事かもしれねーけどよ。なんだってそんな──これってそんなに重要な物なのか?」

 

 

 言葉の途中、フェルトは先程まで見逃す流れだった筈のシグルドの発言の変化と、その目線の先にある輝く徽章を見てそう漏らす。

 その表情からは既に怒りは消え、恐怖の色が混じっている。

 

 

「国の将来を左右し得る物、と言ったら理解してくれるかな?」

 

「んなっ……」

「なっ……」

 

 

 フェルトとロム爺は絶句。

 確かに盗みの難易度と比較して報酬は破格な仕事だったし、依頼主があのエルザである以上、これが並の装飾品ではないのだろうとはフェルト自身思っていた。

 だが、まさか、そこまでの代物とは──

 

 

「このレベルの話となると、無知は免罪符にはなり得ないよ。エミリア様はお許しになったけど、勿論そう簡単に行く話でも無い。──あまりこういう事は言いたく無いのだけど、今ここで逆らうべきではないだろうね」

 

「……チッ! わーったよ。ついていけばいいんだろ?」

 

 

 フェルトが観念した様子でそう言う。

 

 

「な、ならワシも……」

 

「ロム爺は関係ねーだろ。依頼を見誤ったアタシのミスだ。──アタシだけ連れていけ」

 

 

 少女は自分の犯した罪の全貌こそは理解していないものの、自分が盛大なやらかしを犯してしまった事実を理解して、ロム爺を巻き込むまいとする。

 

 

「良い判断だ。なら、君も暫く眠ってくれ」

 

 

 シグルドはそう言ってフェルトにも魔法をかけて、眠らせる。

 

 意識を失った少女の体を支え、自然な流れで横抱きにして持ち上げるラインハルト。アストレア兄弟の手慣れたやり口にエミリアは

 

 

「シグルド、また騎士様らしくないやり方……いつもこんな事ばっかりやってると、その内痛い目に遭うんだから」

 

「幸い、幼い頃からこうして来たので加減は心得ております。──兄さん、ひとまずエミリア様に徽章を」

 

 

 ラインハルトは意識のないフェルトの手から徽章を取り出し、エミリアに返却する。

 

 それを確認したシグルドは、スバルを担ぎながら

 

 

「では少し場所を移動しましょうか。──先程言ったように、エミリア様にもお話がありますので」

 

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 誰にも話を聞かれないような場所を見定める。

 その場に居るのは眠りについたスバル、フェルトと起きているラインハルト、エミリア、シグルドの計5名。

 

 その他の人間には決して聞かせられない話だと前置きしてからシグルドは語る。

 

 

「エミリア様。無礼を承知で申し上げますが、スバルと僕たち兄弟が居なければ、徽章を盗まれて王候補の資格を失うどころか──あの2人を含め、あなたは間違いなくあの場所で死んでいた。その自覚はおありですね?」

 

「……そうね」

 

 

 エミリアは改めて状況を考える。

 シグルドの言う通り、もしスバルがアストレア兄弟を呼んでくれて居なかったら、エミリアはこの盗品蔵にてエルザに殺されていただろうという事実を。

 

 

「以前、僕は言った筈です。『王選に出馬するならば、あなたには間違いなく苦難が訪れるでしょう』と。それにあなたはこう返しました。『乗り越えて見せる』と」

 

「…………」

 

 

 確かに、かつてシグルドに聞かれた時にエミリアはそう言った。

 だが──

 

 

「それにも関わらず、未だ出場表明すらしていないのにこの惨状。──これでもまだ、王選に出ると?」

 

「──ええ。それでも、私にはやらなくちゃいけない事があるから」

 

「……そうですか。前にも言いましたが、別に僕はあなたの生まれを問題視している訳ではありません。ですが、残念ながら世間はそうはいかない。その苦難をあなたが越えられるとは思えませんし、それは目の前の事態が明確に示しています。つまり僕は純粋に、あなたの命を心配してこれを言っているのです」

 

 

 お前は実力不足の半魔でしか無いのだという厳然たる事実を正面から突きつけられて、エミリアは悲しげに瞳を揺らす。

 

 

「……それでも、よ」

 

「自分でも、本当は無理だとわかっているのに?」

 

 

『風剣』の異名を持つシグルド・ヴァン・アストレアという、国家、いや世界最高クラスの実力者に本心を言い当てられたエミリアの顔は痛みを堪えるかのように痛切。

 

 エミリア自身、わかっている。

 

 恐らく、自分が王選を勝ち抜く事は不可能であろうという事実を。

 エミリアはロズワールという権力者に担ぎ上げられただけの無力な小娘に過ぎないのだという現実を。

 

 

「…………ええ」

 

 

 終始悲痛な表情をするエミリアを見てシグルドは思う。

 

 

 ──ああ、なんて善良で、今にも消えてしまいそうな弱い人なんだろうか。まともに信頼できる人間も居らず、自身の力も意思も足りない。このままでは、彼女は間違いなく誰の目にも留まらないままにあっさりと倒れるのだろう。

 それならば、僕は──

 

 

「──わかりました。ではあの時の回答をします。例えその決意が弱かろうと──不可能に挑戦するエミリア様に、僕は協力しましょう」

 

「え?」

 

「シグルド?」

 

 

 何の脈絡も無いその言葉に驚いたのはエミリアと、何よりそれまで黙って会話を聞いていた兄ラインハルトだった。

 

 

「シグルド、一体何を言ってるの? 私に協力してくれるなんて、そんなこと……」

 

「もちろん、エミリア様に騎士として忠誠を誓うという訳ではありませんよ。ただ、協力するだけです。──僕に、エミリア様を認めさせてみてください。あなたが王になろうと言うのならば」

 

 

 こうして唐突に、エミリア陣営に規格外の力を持った人物であるシグルド・ヴァン・アストレアが入る事になった。

 

 無論、それが自分に何かを感じてくれたから、などという前向きな理由などでは無い事はエミリアにはわかっていて──

 

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 

 エミリアと離れてラインハルトとシグルドが会話する。

 

 

「それで、どういう事だい? 君は王選には関わる気が無いものと思っていたが」

 

「人聞きが悪いな、不可能の挑戦への後押しというのも建前としては悪くないだろう? 僕はそうして剣を修行して来た事だし」

 

「確かに、それはそうかもしれないけど」

 

 

 ラインハルトは彼には珍しく少しだけ不満げにそう漏らす。

 かの『剣聖』がここまで人間味を持って接するのはシグルドを相手にした時だけであり、その事実に弟は喜びを感じる。

 

 

「とはいえまあ、兄さんには本音を話すよ。僕がエミリア様に手を貸す理由──それはエミリア様はとても善良で──あまりにも弱いから」

 

「善良で、弱い──」

 

 

 その言葉を、それこそを、シグルドが重視している事をラインハルトはとうの昔から理解していた。

 

 

「僕は先日他のお三方にも会ったけど、その全員が強い意志と力を持っていた。クルシュ様については言うまでもない。アナスタシア様は……カララギの人間だという事実は決して無視出来ないけれども、実績と野心は大した物だ」

 

 

 シグルドは、エミリア以外の王候補に対する自身の講評を述べる。

 

 

「プリシラ様は……兄さんだから言うけど、僕と決して相容れないし、彼女が王になる事には絶対に反対だ。けれども、意思と能力は本物だし、そこは王器であると認めざるを得ない」

 

 

 だけど、と前置きしてシグルドが本題に入る。

 

 

「僕には、エミリア様が自らの意思によって王を望んでいるようには到底見えない。彼女の望みは後ろ向きで吹けば飛ぶような儚い物にしか見えない」

 

 

 そうなのだ。

 シグルドから、いや誰から見ても、エミリアが心から王を望み、強い意志を持って行動しているようにはとてもではないが思えない。

 

 

「更に言えば、以前言った様にエミリア様が王選に立候補する場合、他の方々よりも苦労するだろう。見た目や生まれの差別に、そして何より──魔女教」

 

「……そう、だね。きっと、エミリア様にはこれから数々の苦難が襲いかかるだろう」

 

 

 はっきり言ってしまうと、シグルドだけでなくラインハルトから見ても、エミリアの現状は厳しい……どころか問題外にしか見えなかった。

 

 このままでは王になるどころか、自らの命を守る事すら不可能であろうと。

 

 

「僕には、意思も力も弱く今にも消えてしまいそうなエミリア様が脅威を全て乗り越えられるとは到底思えない。きっとすぐに死んでしまう。今日の件でそれを再度確信したよ」

 

 

 まだ所信表明すらしていないのに、1人では絶対に越えられなかった今日の事件がエミリアの力不足を残酷なまでに示している。

 だが──

 

 

「ただ、エミリア様には明確に良い点もある。それは──他の方よりも遥かに善良であるという点だ。正体不明の少年に気を遣い、徽章を盗むという大罪を犯し、命の危機さえ招き入れた相手を庇う程に」

 

 

 シグルドは一瞬目を瞑ってこれまでのエミリアの言動を思い出す。

 

 自分が一番迫害されているにも関わらず、余裕なんて全く無いにも関わらず、スバルを思いやり、フェルトを思いやり、他の被差別対象を思いやる。

 

 彼女はとても優しく、慈悲に溢れた人間だ。

 それは決して、誰にでも出来る事では無い。

 

 彼女の生まれを考えると、ここまで良好な人格となったのは奇跡だと断言出来てしまう程。

 

 

「だからこそ──僕は、僕の道に従って彼女に協力するよ。先王陛下もまた、エミリア様のように善良な方だったし──何より僕は、善良で弱い人間の味方をするのだと誓ったのだから」

 

「そうか……確かに君の誓いはそうだね。ならば、思うがままに進むといい。僕もまた、自身の忠誠のままに行動しよう」

 

 

 シグルドの意志を確認したラインハルトは、弟による、かつて自分を救ってくれた時と同じようなその行動に感服の意を示すと同時に、自身の忠義を示す事を再度決意した。

 

 

「兄さんは、彼女に?」

 

「ああ。恐らく──王弟様のご息女だ。年齢、顔立ち、金色の髪に紅の双眸、徽章の輝き──これだけの符号がある以上、間違いないだろう」

 

「なるほど、そういう事か。なら、僕と兄さんはこれから立場上は敵同士となる訳だけど──」

 

 

 シグルドが兄の言葉を聞き、微笑を浮かべながらユーモア混じりに発言すると

 

 

「シグルドも人が悪いな。僕たち兄弟の親交には関係ないだろう?」

 

「ふふ、そうだね。それに僕は忠誠を誓う訳では無いし、あくまで個人として手を貸すだけだから──アストレア家に何かあれば引き続き協力はさせて貰うよ」

 

「ありがとう。その言葉を聞けただけでも僕は満足だよ」

 

 

 アストレア兄弟は、互いが進むべき道を定めた事を祝福し合う。

 立場上敵対する形になるかもしれないが、それでも兄弟の親愛が変わる事などあり得ないのだ。

 

 

 そんな2人が空を見上げると、既に夕闇に沈んだ王都の上空──月が浮かんでいる。

 

 うっすらと青白く輝く満月、その美しさはどこか妖しげな魅力をはらんでおり、

 

 

「落ち着いて月を見れるのは、今日が最後かもしれないな──」

 

 

 ラインハルトの囁きは、兄弟の、いや世界の行く末を暗示するようだった──。

 

 

 

 

 1章におけるシグルドの影響

 ──ナツキ・スバルの腹が裂かれない

 ──剣聖ラインハルトの自己肯定感の向上

 ──フェルトの罪の自覚による心境の変化

 ──駆けつけるのが早いが故のナツキ・スバルに対するエミリアとフェルトの好感度上昇の低減

 ──エミリアの自己肯定感の減少

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