もし最強の剣聖に弟がいたら 作:たけのこ
カンッ!
大きく乾いた音を立てて、木剣が弾き飛ばされる。
『まだっ! まだよ!!』
少女は怒りと憎しみを瞳に宿し、獲物を拾って再度挑みかかる。
決して諦めないその姿は、かつての僕自身の姿と重なり──
『──ああ。何度でも、受けて立とう』
君が、挑むのをやめない限りは。
僕は言外に秘めた言葉を胸に、何度でも少女の相手をする。
そして、そんな僕たちの姿を父が眺めている事にも、僕は当然気付いていた──
「付近の村に魔獣と呪術師、ね」
スバルがメイザース邸に来てから3日目。
スバルに助けを求められたシグルドは、フィーナを呼びつけてから2人でスバルの話を聞いていた。
彼女ならば、自分とは違った目線で物事を判断出来ると見做したが故の行動である。
そして、そんな中スバルから出てきた話は驚愕の一言だった。
付近の村──アーラム村という──に謎の呪術師が襲撃して来る。更にそれだけでなく、犬のような魔獣と、獅子の頭に蛇の尻尾をした恐ろしい魔獣も来ると。
「聞く限りだと、犬のような魔獣はウルガルム、獅子の頭の魔獣はギルティラウのように思えるけれど」
話を聞いていたフィーナが自身の知識を基に発言する。
「ウルガルムにギルティラウ……? ってーと、結構メジャーな魔獣だったりすんのか? というか、俺の話、信じてくれるのか?」
「シグルドがスバル君の話を信じる事にしたみたいだから」
話す際に、スバルが自分には敬語は要らないと言い、シグルドも自分の友人であるスバルに対してならば、と素を出す事を許可したために砕いた口調になっているフィーナが発言する。
「何故知ったのかとかは聞かないのでしょう?」
「ああ。どうやらスバルには話せない事情が沢山あるみたいだからね。王都で初めて会った時もそうだったから」
シグルドとフィーナの主従のやり取りに、スバルは思わず泣きそうになってしまう。
『前回まで』といい、どうしてこの2人は──
「両方とも、それなりに厄介で有名な魔獣。群れで現れ、噛まれたらマナを吸う呪いを与えるウルガルムに、知能は劣るものの力は強いギルティラウ」
「噛まれたらマナを吸う呪い……? ──それか! けど、だとしたら一体どのタイミングで……」
一人で何やら納得したような事をぶつぶつと言うスバル。
あまりにも怪し過ぎるためにフィーナはシグルドの方を見るが、彼は気にするな、という風に首を横に振った。
「──スバル君の反応を見るに、呪術師よりもウルガルムの呪いの可能性が高そうだけれど、頭から捨てるべきではないでしょうね」
「そうだね。──それはそうと、時間的猶予はどれくらいあるんだい? スバル」
「あ、あー! そうだよ! こんなくっちゃべってる暇有ればすぐ行動した方がいいよな。とりあえず、できるなら今すぐにでも村に行って原因を取り除いておきたい」
まごまごしているスバルに対して言外に、ここでこうしている暇があるのか? と問うシグルドに慌てて答える。
そんなスバルを見てフィーナは内心で溜息を吐きながら──
「今すぐ出立するならば、まずはメイザース卿にその旨を伝えましょう。──この話、メイザース卿にはしていないのでしょう?」
「あ、ああ。だって、そりゃ──」
「普通、理由も無しでは信じてくれないでしょうから。──その辺りは合わせるから、今から行きましょう」
シグルドとスバルの2人にそう言う。
内心で思う所は多々あるが、とりあえずはスバルの言葉に従ってやる、と。
「そうだね。卿の執務室に向かおう。スバル、案内してくれるかい?」
「あ、ああ。──屋敷の道案内はこの使用人、ナツキ・スバルにお任せあれだ!」
スバルは自身の胸を叩いてそう言った。
躊躇なく自分を信じてくれたシグルドに、色々言いはするものの結局は自分を信じて案を出してくれたフィーナ。
2人とのやり取りのおかげで、部屋を訪れた時の不安は既に無くなったと言わんばかりに──
▼ ▼ ▼
「ふぅーむ。スバル君と一緒にアーラム村に行きたい、ねぇ……」
ロズワールが顎に手を当てて考える。
何せ、シグルド達に挨拶をして部屋を案内した直後に突然のこの発言だ。
はっきり言って、あまりにも不自然。
普通ならば、来た瞬間はとりあえず休息を取ったり、屋敷を回って内装や、家のルールなどを確かめたりする物だろうし──何より先程の挨拶でそんな事を考えている様子は全く見せていなかったのだから。
「……まあ、いいだろう。シグルド君たちの行動を制限する権限は私に無いからね。──とはいえ、もしシグルド君が嫌で無いならばレムを連れて行くといい」
「え?」
ロズワールの発言に疑問を呈するのは誰よりもまず、指名されたレム本人だった。
双子メイドはシグルド達がスバルに案内される途中で合流し、特に理由は聞かずにここまで付いてきた。だが、まさかシグルド達が突然スバルと共に村に行きたいと言い出し、ましてやロズワールからそれに付いていけ、なんて言われるなど全く予想だにしていなかったから。
「案内人は必要だろう? 来て早々2人に何かがあったら大変だーぁしね。その分、レムが付いて貰うと私も安心できるのだーぁけど?」
「……畏まりました。ロズワール様、シグルド様。先程の無礼、どうかお許しください」
レムは頭を深く下げて、即座に指示に頷かなかったミスをロズワールとシグルドに謝罪する。
それに手を振って許容するロズワールを見て、シグルドが
「レム嬢が来てくれるならば僕も安心だ。よろしく頼むよ」
スバルにアイコンタクトをしてからそう言う。
その意図が伝わったかはともかく──
「ああ。俺ってば村まで行った事ねえしな! 案内にラムちーかレムりんのどっちかが居てくれないと困るぜ」
「それでどーぅしてアーラム村に行きたいと言ったのか、じーぃつに謎だけど……いいだろう。好きにするといい」
余計な事を言うな、とフィーナが無言で睨め付けて来るというおまけを作ってしまったスバルであった。
▼ ▼ ▼
そうして、4人がアーラム村に近づいた所。
シグルドが村が見え次第、なるほど、と頷いてから
「疑っていたわけでは無いけど、どうやら確かに村に脅威が迫っているようだね」
「え? シグルド様、それは一体……」
レムが当然の疑問を上げる中、スバルも同じ感想を抱いていた。
何を言っている? どうしてそんな事がわかる? ──と。
だが、それをスバルは口にせず、飲み込んだ。
もし言ってしまったら、何か取り返しのつかない事が起きてしまう──そんな、虫の知らせとも言うべき予感がしたから。
スバルのその様子を見てフィーナが
「スバル君が何とか持ち堪えて良かった」
「は……?」
彼女が突然何故そんな事を言うのか、スバルはわからなかった。
だが。
「スバル君が今思ったであろう事──それを口にしていたら、私はあなたを軽蔑していた」
フィーナは続ける
「信じてくれた相手を信じられない人間を、一体誰が相手するというのか」
「あ……」
スバルはようやく自分が一体何を言いかけていたか気付いた様子だった。
自身の意味不明な言動を信じ、旅の疲れを無視してわざわざここまで来てくれたシグルドを疑うなどというあり得ない愚行──それどころか、これまで『何度も』助けてくれた彼に対して疑念を抱くなど、人道にもとる最低の考えだった、と。
「わ、悪い、シグルド……」
「大丈夫だよ。悪気があってのことじゃないと理解しているし、何よりスバルは何も言っていないからね。──フィーナも、あまり虐めないように」
「あなたはお人好し過ぎるから、私がこう言っておかないとスバル君が善意を当然の物と見做しかねない──それは私自身にも言える事だけれど」
最後の言葉は、自身に言い聞かせる為の物であるため声量が小さくなっていた。
そして、フィーナは再びスバルの方を見て
「最後に1つだけ」
「シグルドやラインハルト様のように、一見唐突によくわからない事を言って、そしてそれが正鵠を射るという人間は実際に存在している」
「だからこそ、私はシグルドが信じるあなたの発言を受け入れる事にしたのだけれど──もう、これ以上言う必要はないようね」
スバルの表情を見て、最後まで言うのをやめた。
「あの、正直私には御三方が何をお話しになっているのか全くわからないのですが……」
「後でお話しします、レム様」
「は、はい」
有無を言わさず、といったフィーナの発言にレムは頷くしか無かった。
砕けたフィーナの口調やシグルドを呼び捨てする事など、聞きたい事は他にも沢山あったが、今のフィーナにそれを問う程レムは空気を読めない人間では無かった。
▼ ▼ ▼
村に入ってからは、それまで案内されていただけのシグルドが一行を先導する。
彼は村の事など何一つ知らないはずなのだが、先程のやり取りを踏まえた上でそれに口を出す人間は流石に居なかった。
そうして、村の奥まで進むと──
おさげの女の子がそこに居た。
「あ、あの子は、村の……! おい、こんなところでなにやっ──」
シグルドがスバルの言葉を遮って言う。
「君、少しいいかな。抱えてるそれ──魔獣だから、今すぐ離すべきだ」
「!? ひぃっ!」
おさげの少女はシグルドに声をかけられた瞬間、恐怖を顔に宿して即座に森の奥へと走り去って行った。
──その腕に魔獣を抱いたまま。
「めちゃくちゃ怯えて逃げていったな……それにしても、魔獣って」
スバルの言葉を再びシグルドは遮る。
今の状況、時間の猶予は全く無いのだから。
「スバル。選択だ。あの子を追いかける、村の防衛を固める。どちらにする?」
「は……ちょ、ちょっと待ってくれ。一体何を言って──」
ナツキ・スバルは初見のこの状況で即座に判断を下せる程優秀ではない。小型魔獣。身体的接触による呪い。魔獣を抱えて逃げた少女──
状況的にヒント、いや答えは既に出ているというのに。
レムもまた、困惑した表情をしている。
唯一フィーナだけが、即座に少女を追うべきだと判断していた。
しかし、フィーナの主たるシグルドは今、他ならぬナツキ・スバルに問うている。
だからこそ──
「──どうやら時間切れのようだ。思っていたよりも彼女は優秀で狡猾らしい」
そう言ってシグルドが剣を抜き放つ。
「屋敷でのスバル君の言葉は正しかったと証明されたけれど……この状況下での判断は遅かった」
続いてフィーナも剣を抜く。
「……っ!? 大量の、魔獣の気配っ……!」
レムが2人に遅れて、周囲の異変に気付く。
唯一、状況を理解していなかったスバルだが──
「「「ガルルル……」」」
目の前に魔獣の群れが出現してようやく、今何が起きているのかを理解した。
だが
「おい、じょ、冗談だろ? あの子が魔獣抱えてて、逃げたあの子を守るみたいに別の魔獣が沢山出てきたって事は……」
「更に言えば、魔獣だけじゃなくて、あの子自身からも濃厚な──『死』の臭いがした。恐らく、害した人間の数は10や20では効かないだろうね」
シグルドは続ける。
「そして今また、村を滅ぼそうとしている──子供とはいえ、容赦の対象では最早無くなった」
シグルドが守るべき相手はあくまで『善良』な人間──つまり、いくら子供とはいえ『悪』は庇護対象を外れ、敵対対象となる。
温厚で優しいヒーローだと思っていたシグルドから初めて出てきた剣呑な発言と、彼から発せられる圧倒的な剣気にスバルは気圧される。
「お、おい。シグルド……」
「まずは目の前の魔獣だ。──フィーナ、2人を頼んだよ」
「わかった」
何か言おうとしたスバルを遮る。
スバルがいわんとした内容は想像出来たし、そしてそれについて今ここで議論する積もりはシグルドには無かったから。
そうして『風剣』は魔獣の群れと対峙する。
▼ ▼ ▼
(これからを考えると、こちらの剣がいいだろう)
シグルドはエルザ戦でも使った、家宝の剣である聖剣アストレアを抜いて、魔獣と向き合う。
獣の本能か、連中はシグルドの様子を伺うのみで襲いかかって来ない。
だが、シグルドはそんな魔獣の行動を待つ積もりなど全く無かった。
彼は風の様に接敵し──
「──ふっ」
一閃。
『風剣』の一太刀はあっさりと魔獣の首を刎ねる。
その剣筋は、見る物が見ればその美しさに恍惚に似た感情を抱く様な物であった。
彼は返す刃にて即座に次の魔獣を斬り、そして──
ものの数秒で、『風剣』は10匹のウルガルムを切り捨てた。
▼ ▼ ▼
「すっげえ……足手纏いが居ないシグルドってこんなに強えのか」
シグルドが、自身が1匹倒すのにあそこまで苦戦した魔獣の群れを一瞬で斬り伏せる姿に感嘆した様子を見せるスバル。
そんな彼に対し、一体何を言っているんだ? とフィーナは疑念を抱く。
「──まさか、スバル君。シグルドが世界5強だという事も知らない?」
「は? 世界5強? いやいや、いくら強いからってまさか……って冗談じゃねえのかよ……」
フィーナの、冗談を言っている様には一切見えない無表情を鑑みて、スバルは自分の無知を悟る。
この世界に来て間もない彼目線では知らなくても仕方ない事なのだが、フィーナやレムの目線からはあまりにも常識知らず──というか、問題外過ぎて怪しさしか覚えないレベルの無知さであった。
いや、待て。
そうだとすると、シグルドがいつも兄の方が凄いと言っているという事は──
「じ、じゃあラインハルトも?」
「……スバル君は、逆に何を知っているのかを私は知りたくなってきた」
「スバル君はそれを知らないでどうしてシグルド様と……」
美少女2人からダメ出しを喰らうスバル。
罵倒にはもう大分慣れてきた彼であっても、その容赦の無さに内心さめざめ泣いていた。
それはそうと。
「兄弟揃って世界トップレベルってどういう事だよ……」
「だからこそ、アストレア家の動向には国が、世界が注目している。──私もスバル君も、スバル君が思っているより遥かに恵まれているという事」
「──だな。もう、恩があり過ぎて返せる気がしねえよ。一生かけてでもどうにか返したい所だが」
フィーナの言葉を聞き、スバルは改めてシグルドに感謝する。
彼は一体どれほどスバルを救ってくれているのか──
「っていうか、俺ってばまさかいきなり世界5強の内2人に助けられたって事か? 一体どんな運してんだ。宝くじ1等ってレベルじゃねぇだろ、そんなん」
一人で誰にも聞こえないような声量でスバルは呟く。
そう。それは正しく奇跡としか言いようが無い話で。
だが、それこそが、スバルをシグルドが評価する理由の一つであるとまでは気付かないままに。
▼ ▼ ▼
「それで、これからどうする? スバル。彼女がこのまま遠くに逃げ去って終わり──だと嬉しいけど、そんな事にはならないのだろう?」
「あ、ああ。多分、そうだ。魔獣はもっと沢山居るだろうし、何よりあいつがまだ出てきてない」
あえて、2人はあの少女には触れない。
あの場で逃してしまった以上、これから彼女を森に捕らえに、あるいは──いずれにせよ、追いかけに行くのはリスクが高過ぎるためしないが、逆を言えば、もしあの時──それをスバルは理解していたし、そんなスバルの気持ちをシグルドは察していたから。
「──ギルティラウ、か。僕やフィーナなら問題無く倒せるけど、君やレムさんや村人たちが相手するのは少し厳しいだろうね」
「そう、ですね。1人で戦うならばともかく、村人を守りながらとなると、私では力不足だと思います」
シグルドはスバルを見て冷静にそう評し、魔獣を見て状況への疑問やスバルへの疑惑等を一先ず棚上げする事にしたレムが同意する。
あらかじめ魔獣対策の罠でも貼っているならば、レムでもいけるかもしれないが──その時間は恐らく存在しないだろう。
そうして3人が策を考えていると
「魔獣が村に普通に入り込んでいたから確認したけれど、やっぱり魔獣避けの結界は破壊されていた」
現れたフィーナが今後の策を話し始める3人にそう語る。
スバルにわかりやすいように噛み砕いた説明をする彼女の気遣いに感謝しながらも、その言葉を受けてスバルが頭の中でまとめた策を3人に話す。
「必要なのは、まず俺とレムりんによる、村人を守るために1箇所に集めるための指示。次に、多数の犬魔獣と、加えて獅子の魔獣も居るならシグルドによる防衛は必須。後は、フィーナが屋敷のロズっちに現状を知らせに行く。この3つだ」
スバルの立てた策は、戦力の分け方的にも、村や屋敷の防衛のためにも、実に妥当なものだった。
何も出来ないように見えて実は、スバルはこういう時の機転が効く人間なのである。
だからこそ、王都で彼は見事エミリアを守り切ったのだから。
「正直、どこまで行ってもシグルドの戦力頼みになっちまうけど──」
「構わないよ。君が望むのなら、果たして見せよう」
「お、おお……頼もしすきる発言に俺のハートはドキドキだ。やっぱお前、俺を攻略してるだろ!」
屋敷では憔悴し切っていたスバルが、いつもの軽口を言えるくらいに余裕が出来たことを理解したシグルドは微笑みを浮かべてから──
「すぐに村の中央に向かおう──」
スバルはシグルドの言葉に、その背中に、希望を見ていた。
このまま行けば、全員揃って屋敷関連の繰り返しを抜ける事が出来ると──
しかし。
「ペトラが、いない──?」
低評価爆撃食らって正直辛いです(メンヘラ)
爆撃者による被害だと加重平均には影響ないのですが、色に反映されないので……
作者のモチベのために高評価して頂けると嬉しいです(懇願)