もし最強の剣聖に弟がいたら 作:たけのこ
『誰もが自分のことを正だと思う。それは当たり前の事だよ。そう思える人間でなければ、その人は色々な意味において弱いだろう』
『でも、僕は……』
兄さんが何かを言おうとするのを僕は遮る。
『違うんだ、兄さん。世界が望んでいるから、じゃない。仮に世界の意思があるとして──兄さんは、自分がそれを成す事を望んでいるんだよ』
世界の意思は僕には見えない。
だが、きっと兄さんには見えるのだろうし、事実それは存在しているのだろう。
だが、あくまで実際に行動するのは兄さんなのだ。僕はその事を忘れて欲しくなかった。
『別に、それが間違っていると言いたいんじゃない。ただ、僕は兄さんが自分の意思で行動していて……だからこそ、世界の意思に従うも従わないも兄さん次第──つまり兄さんは自由なんだ、と言いたいんだよ』
『僕が、自由──』
兄さんは驚いたような顔をする。
まるで、そんな事考えた事も無かった、というような。
『世界の意思なんて、ただの選択肢の提示に過ぎない。全面に従う必要も、さりとて無意味に逆らう必要も無い。──そうだね、ただの1人の人間の一意見と何ら変わりないものと見做せばいい』
『…………』
『色々考えた結果、世界の意思に従うならばそれで構わないさ。ただ、あくまで選択するのは、主体となるのは兄さんの意思なんだ。それを、僕は兄さんに教えたかった』
言葉だけでは当然、兄さんには響かないだろう。
勿論、人格者たる兄さんは、仮に僕が何も出来ない人間だろうとも言葉を考慮はしてくれると思う。だが──『考慮する』という所までで終わってしまうだろう。
だからこそ、僕は──
「『風剣』シグルド・ヴァン・アストレア」
「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」
2人が名乗りを上げると同時に凄まじい剣気が周囲を押し包み、向かい合う二人の戦意が大気を震わせる。
最初に動こうとしたのは、圧倒的な剣圧を最も近くで体感していた魔獣──影獅子ギルティラウだった。
森の静かなる王──地域によってはそう呼ばれることもあるギルティラウは、その巨躯と異形に反して軽やかに荒れ地を飛び回り、音もなく獲物に接近して急所を一撃で抉り、仕留める。そういった奇襲、暗殺めいた狩りを最も得意としている。
だから、本来このように開けた場所で面と向かって戦うというのは、ギルティラウにとって愚かな運用という他ない。
だが、そんなギルティラウは、目の前の状況に歓喜していた。
目の前にいる獲物は、超級の逸品。自らが狩るに相応しい大物。
先程の森で小さく弱き小物を追うというつまらない作業の最中、その存在を感じ取ったとき、ギルティラウは昂ぶる興奮すら感じたのだ。
思う様に爪を、牙を振るい、強者の身を引き裂いて血の海に沈め、その勝利の味を啜る。彼にとってはそれこそが至高のひととき。
漆黒の暗殺者は風の如き速さで間近へ接近、主人の協力者と向かい合う獲物を、正面から爪で真っ二つにににに────
▼ ▼ ▼
両雄の激突。
火蓋を切ったのは、魔獣ギルティラウの突撃。
強大な体躯を誇る魔獣の疾風がごとき速度による突進は、単純がゆえに力弱き只人にとっては最悪の攻撃。
しかしそれを、シグルドは予想外の方法にて対処した。
それは──
投擲。
『風剣』は、自らの右手に十の剣たる命剣ゼアムを握り、空いた左手にてアストレア家に伝わり、その名を冠する聖剣アストレアを投擲。
シグルドが自らの超級の膂力と共に風魔法を剣に乗せる事により、光り輝く聖剣は凄まじい速度となり、最早目に捉えられるのは白光のみと化す。
そして、光は魔獣の頭へと飛んで行き──
ザシュ!!
と音を立て、ギルティラウの頭蓋を貫通。
──理想の騎士たる振る舞いをするシグルドによる、あまりに予想外の一撃。
まさか家宝たる聖剣を投げるなどという、まさしく理外の邪剣を使うとは──
思わず驚愕の表情を浮かべるエルザ。
しかし。
「僕を前に隙を見せたら、終わりだよ」
投擲と同時に、シグルドは既に風の如く駆けていた。
エルザが驚いたのはほんの一瞬。
しかしその刹那の一時は、世界5強と称される超級の剣士たるシグルドにとっては十分すぎる時間だった。
殺人鬼はすぐに我を取り戻し、即座にナイフを振り下ろす。
得意の獲物を振りながら、しかしエルザにはわかっていた。
決着は、既についてしまったのだと。
『腸狩り』に振り下ろされた鈍い輝きを放つ刃を、聖剣アストレアを放った腕とは逆の腕を以て『風剣』に振るわれた命剣が紙の如く切り裂く。
そして、十の剣はそのまま彼女の命を──
「──ああ、素敵」
▼ ▼ ▼
戦いにおいて、重要なのは初撃である。
シグルドはそう認識している。
何故なら──当然の話に過ぎないが、人は動き回れば疲労する生き物だからだ。それが精神を擦り減らす命のやり取りならば尚更の事。
つまりは初撃こそが、自らの最高の剣を相手に叩き込める1撃。
勿論、持久力に任せた戦いをする、あるいは毒などの何らかの手段で継続的に弱らせながら戦うというのも戦術の1つだ。シグルドとて膂力に自信はあるため、大抵の相手ならば持久力においても上回る事は容易だろう。
だが──シグルドには最も身近な位置に、持久力どころか疲労なく常に全開の力を発揮し続ける『剣聖』ラインハルト•ヴァン•アストレアが居た。
そして、人の身でそのラインハルトを越えようとするならば──1撃に全てを懸け、極限までその『風神の一太刀』を磨き上げるというのは、シグルドにとっては当然の帰結だった。
一太刀を可能な限り研磨し、そしてどのようにしてそれを当てるか──言い換えれば、不意打ちの手段を無数に模索し、研鑽し、行き着いた先が世界5強。最強たる兄を打倒する事を考えたら手段を選んでなどいられないという思考の果てに得られた最適解。
『風剣』の異名は、そのように相手の隙を決して逃さず、風の如き速度で至高の1撃を叩き込むシグルドの戦いを見て付けられた物。
つまり、そんな彼に対して初撃にて隙を晒したエルザ•グランヒルテには、最早敗北の道筋しかなかったのだ。
彼は投擲した聖剣を回収した後、両断され倒れ伏したエルザを上から見ながら
「命剣は、魂を斬り裂く剣。再生など当然許さない。そして斬られた相手は断末魔を残す事すら叶わぬ死を迎える」
シグルドはここまで早くに再戦するという、最早妙な縁を持つとすら思えるエルザとの記憶を思い返す。
彼らが闘ったのは2度。
1度目は彼にとってまさしく最悪の条件が重なる事によってまるで全力を出せなかったが、それらが無い今回は本来の実力差がそのまま現れる結果となった。
「──さらばだ。『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」
そうして、『風剣』は村の防衛を再開する。
倒れた殺人鬼に、彼がもはや目を向ける事は無かった──
──『風剣』シグルド•ヴァン•アストレアと、『腸狩り』エルザ・グランヒルテの戦い、ここに決着。
そうして、シグルドが防衛戦を再開していた所。
「シグルド様! スバル君が、スバル君が──!」
▼ ▼ ▼
「あと半日もしない内にお前は死ぬのよ」
スバルは起き掛けに自らがペトラを助けられた事実を確認し、安堵していた所にベアトリスから告げられる死の宣告。
スバルはゆっくりとその意味を噛み含めながら、目を閉じた。
「思ったより動じていないかしら。もっとピーピー泣き喚くものと思ったのよ」
ベアトリスが意外そうな声音で呟く。
普通の人間ならば、自分の死を前にここまで落ち着いては居られないのが道理。戦いを知らぬ一般人なら尚更の話だ。
無論、スバルとて死に対する恐怖はある。
しかし彼は一般人とは思えない程冷静に
「可能性は三つぐらい考えられる」
「まず、悪い冗談の類。正直、笑えねぇ話だが……ドッキリ大成功ってプラカードが出てくるなら笑ってもいい。出てくるなら今だぜ?」
「そんなわけないかしら。ベティーを馬鹿にするのも大概にするのよ」
スバルの冗談にベアトリスはそう返す。
現時点でのナツキ•スバルにはわかりようもない話ではあるのだが、彼女はこの状況で自らの恐怖を誤魔化すような冗談──いや、死を目前とした人間による生存を希望した縋り付く発言を前にこのような返しをするような性格ではない。
──つまり、それはベアトリスには余裕があるという事を示している。
「その二、傷が酷すぎた。実際、かなりぐちゃぐちゃにされた自覚はあるからな。延命処置が効いてるだけって言われてもまあ納得はできる」
「にーちゃとベティーの治療に不備なんかあるはずないのよ。今はまだ完全に癒着し切っていなくても、時間をかければ元に戻るかしら。間に合った相手をむざむざ死なせたりしないのよ」
スバルはベアトリスが彼の死に対してあっけらかんとして、深刻そうにしていない事が不自然という事実に気付かないまま話を続ける。
死因として最後に考えられる可能性。それは
「そうなると──呪いのリベンジか」
▼ ▼ ▼
「つまり、呪いが重なり過ぎて、解こうにも解けなくなっている、と」
「時間があれば、可能かしら。けれど、お前にはその時間が残されていない」
ベアトリスから受けた説明をスバルは簡単にまとめる。
──彼があまりにも沢山の個体のウルガルムに噛まれたが故の現状なのだと。
「そういや、半日以内って条件付けてたな。あれはどういう予想だ?」
一見して状況は絶望的。
最早どうしようもないとみなされるであろうスバルの状態を、それでも彼は可能な限り情報を聞き出す。
それは、生き残りたいが故なのか、いや、既に諦めて『次回』の糧にするためか──
「単純に、半日も経てばウルガルムが腹を空かすってだけなのよ──本来なら」
「え?」
ベアトリスが、自身の余裕の原因を口にする。
そう。ナツキ•スバルの命は確かに危険に晒されている。
しかし──
「お前は自分の幸運に感謝するといいのよ。あの騎士──相当なんていう言葉じゃ言い表せない腕前かしら」
ベアトリスが言った瞬間。
「少なくない数を逃したけれど──スバルに呪いを掛けた魔獣は全て、討伐したよ」
話を聞いていたのかと言いたくなるようなタイミングでスバルとベアトリスの前に現れたのは、黒髪の美丈夫──シグルド•ヴァン•アストレアだった。
「シグルド! そうか、もしかして、術者をやれば──」
「ああ。これで、君はもう大丈夫だ」
スバルに呪いを掛けた魔獣を全て討伐し、それによって命はもう大丈夫だと語るシグルド。
──防衛戦を完璧にこなした直後にこの奮迅の働き。
スバルは驚愕の一言ではあったが、同時にとある疑問も発生した
「俺をガブッとした犬っころって、メチャクチャ多かった気がするが──どうやって、って聞いていいか?」
ベアトリスの説明にもあったように、スバルに呪いを掛けた魔獣は多数存在した。とはいえ、森に居た全ての魔獣がというわけでは当然ない。
つまり──シグルドは、どの魔獣がスバルを呪ったのかをどうやって判別したというのか。
「ゆっくり話す機会が無かったからスバルにはまだ教えてなかったんだけど、僕には『死』の匂いや雰囲気がわかると言ったらいいかな──とにかく、君からするそれを辿っていけば、わかったんだ」
なんて語るシグルド。
「なんつうか……いや、疑う訳じゃねえんだけどよ、俺の命がかかってるってなると、もうちょい確たる証拠が欲しいというか何というか。ああ、いや! 助けてくれてありがとうが先だな、悪い!」
色々あって感情や言うことがごちゃごちゃになるスバル。
そんな彼を見て、シグルドは安心させるように微笑んでから
「君の懸念は実に妥当な物だ。けれど、心配はいらないよ」
シグルドは、彼が現れてから何やらスバルに手を翳していたベアトリスを見て言う。
「ベティーも今確認したかしら。お前にかけられた呪いは既に発動の気配がない──心配ならにーちゃとロズワールにも聞いてみるといいのよ」
「お、おお……! いや、大丈夫だ! ありがとう、シグルド!! 毎回毎回実感するが、お前にはもう救われっぱなしだよ」
自らの安全を知り、それを齎したシグルドに喜びと感謝を示すスバル。
そんな彼に対して
「どういたしまして。とはいえ、今回の件における1番の功労者は間違いなく君だ──スバル」
シグルドは、本心からそう言った。
「いやいやいや。そんなことねえよ。さっき聞いたぞ。大量の犬魔獣だけじゃなくて獅子の魔獣とエルザの奴までみんな倒したんだろ? どう考えてもシグルドが一番手柄だろ」
「そもそも魔獣による襲撃を君が知らせてくれなければ村は壊滅していた。僕は君の手助けをしたに過ぎないよ」
あくまで今回の件はスバルの功績であり、自分はおまけに過ぎない──シグルドは本気でそう認識していた。
いや、もっと言うならば、仮に自分が居なくても、スバルならば見事やり遂げただろうと彼は思っていて。
「謙虚すぎる奴って、実際に目の当たりにしてみるとこんな感じなんだな……」
「それはそのまま君に言いたい所だけれども」
シグルドは何かを思い出すようにしながら
「──英雄とは、基本的に被害が出てから活躍する物。しかし、本来ならば未然に防ぐのが一番だ。何より──たった1人の少女にとっては、君こそが英雄だったのだから」
そんな風に褒め合う男二人に対して
「お前たち、ベティーを置いて話を進めるなんて、とんだ失礼な奴らなのかしら。──特にお前。お前はベティーが居なければとっくに死んでいたのよ」
「ああ、悪いベア子。そうだよな、お前のおかげだ。ありがとう!」
両手を当てて感謝のポーズを取り、ベアトリスに擦り寄るスバル。
「ああ、もう! こうなるとそれはそれで鬱陶しいかしら!」
シグルドは、そんな風にギャーギャー喚く二人のやり取りをひとしきり眺めてから
「スバル。楽しんでいる所申し訳ないが、君にはもう一仕事だけ、残っている」
「あ? もう全部解決したんじゃ……」
そのように質問しようとしたスバル。
しかし向こうを見ろとばかりのシグルドの目線を追ってみると、そこには1人の青髪の──陰鬱な雰囲気を出す少女。
「──ああ、そういう事ね。わかった」
「病み上がりの君を働かせるのは心苦しいが、これはスバルにしか出来ない仕事だろうから」
レムに何やら思い詰めるに足る理由があるという事は、森での闘いにてわかっている事。
それは確かに、スバル自身がどうにかすべき仕事なのだと理解した。
「いんや。あぶない犬退治じゃなくてこういうのならバッチ来い! ……とはとても言えねえけどよ。今はまあ、俺がお前に救われたくらいはやってやろうって思ってるよ」
「……そうか」
そうして、ナツキ•スバルは1人の鬼族の少女の元へと向かっていく。
▼ ▼ ▼
「……それで、お前はあれの事をどう思っているのかしら?」
スバルが去った後。
残された二人──シグルドとベアトリスは、本来ありえないであろう現状を作り出した、あまりにも異常な存在であるナツキ•スバルについての話をする。
「彼は、種類は違えど兄と同じ──世界に選ばれてしまった存在だと考えています、ベアトリス様」
「お前の兄……今代の『剣聖』かしら。その力は耳にしているのよ。つまりあれもまた、埒外の存在であると?」
「ええ。僕は兄を最も近くで見てきました。だからわかります。──スバルもまた、僕の常識で測る事は出来ない存在であると」
常人ならざるという意味であるならば、シグルドもベアトリスもそうである。
なにせ世界5強の剣士と強大な力を持つ精霊だ。この2人を只人とする者はそうそう存在しないと断定できる。
しかし、ナツキ•スバルと『剣聖』ラインハルト•ヴァン•アストレアは、そんな自分たち2人よりも更に──いや、他の者とは根本的に存在そのものが異なるとシグルドは認識していた。
「……」
「望むにしろ望まないにしろ、これからスバルを中心に多くの物事が起きるのでしょう。──しかし、仮に常識では測れない2人であろうとも──わかる事は、ある」
「何かしら?」
『風剣』は一瞬目を閉じてから
「スバルは、兄と同等の『何か』を除けば一般的な善性を持つ──いえ、少し特殊な在り方ではありますが──それでも善なる民であり、つまりは僕にとって好ましい性質を持った人間です。そこも、種類は異なれど兄と同様の事」
2人とも、良くも悪くも『選ばれてしまった』存在。
しかし、それでも彼らは人格を──シグルドにとって好ましいそれを持つ『人間』であるのだと『風剣』は主張する。
「だからこそ、僕はこれからもスバルに協力します。彼が僕の力を必要とする限りは」
「そう……わかったわ。下がるといいのよ」
強大なる精霊は、ナツキ•スバルに一体何を思っているのか。
それが語られる事はなく、2人の会話は終わった。
2章におけるシグルドの影響
──ナツキ・スバルのメイリィに対する印象悪化
──エルザ•グランヒルテ撃破
──シグルドが早々に討伐し、再度の突入が無くなったが故のナツキ・スバルに対するレムの好感度上昇の低減
──ナツキ•スバルの精神の良化+シグルドへの依存度増加
実質ここまでがプロローグで、3章から大幅に変える予定ですが、構想に時間がかかっています。申し訳ありません。
最近の原作が神すぎてモチベはかなりあるので頑張ります。