異世界はブリッツボールとともに。 ~異世界ワッカ~ 作:3S曹長
海底にある遺跡の探索を諦め、砂浜に戻ったワッカの目の前に、1人の男が露天商を営んでいた。車輪が付いているリヤカータイプの屋台の上では、茶色い麺類のような食べ物が鉄板の上で焼かれていた。
「どうしたい兄ちゃん!ずいぶん悔しがってたじゃないか?」
露天商の男がワッカに声をかけてきた。黒い半袖シャツの上に黄色いアロハシャツを羽織っていて、下には白い半ズボンを
「見てたのか!?」
「いきなり海中から出てきたモンだからなぁ。そりゃ目にも付くさ」
「んまあ、そうだよなぁ…」
見られていた事に関しては怒りと言うより恥ずかしさを感じていた。海面を叩いて悔しがっていたワッカの姿は、
「何があったんだい?」
「色々だよ、色々」
「さては、『ニルヤの遺跡』を探そうとしてたんじゃねえのかい?」
露天商の中年男にズバリ当てられ、ワッカはドキリとする。
「…知ってたのか」
「ココに遺跡があるってのは知ってたさ。んで、海から上がるなり悔しそうな仕草をしてりゃぁ大体の見当は付くってモンよ。まあ、魚を逃したとか他にも色々思いつかねえワケじゃねえけど、後は
「ハァー、人をコケにしやがって…」
「ああいや、ゴメンよ兄ちゃん。別に怒らす気は無かったんだ」
男は詫びの言葉を口にしつつ、自分が焼いている食べ物に目を向ける。
「どうだい兄ちゃん。水に潜るのは疲れるだろ?しょっぱいモンとか欲しいんじゃねえかい?」
「ソレを買えってのか?」
「まあ一応、私も商売人だからね」
「何なんだそりゃ?」
「麺に
男のセールトークに心を惹かれたワッカだったが、すぐにドラゴン肉のバーベキューを思い出した。
「あー、わりいな。これから別のモン食う予定があるからよ」
「そうかい。そりゃ残念」
「つーか、今金もってねえんだ」
実際泳ぐのにジャマだったので、ワッカは現金を屋敷に預けて海に来たのだった。
「ありゃりゃ、無い袖は振れねえわな」
「そーだな、ハッハッハ」
男の聞き心地の良いトーク術により、ワッカの抱えていた悔しさはいつの間にか消し飛んでいた。
「しっかし兄ちゃん、良い体してんねえ!冒険者かい?」
「おお、正解だ!」
「ひょっとして、誰かを助けた後だったりして?」
「またまた正解だ!…って、何で分かるんだ?」
「イヤイヤ、単なる勘だよ。カ・ン」
男はカラカラと笑う。
「中々鋭いな、アンタ。ま、オレの仲間の家族がちょっくらピンチだったモンでな。色々大変だったけど、無事終わって良かったよ」
「ひょっとして、武田と徳川の
男がもう何度目かも分からない的中をしてきたので、流石のワッカも少し不気味に感じてきた。
「な、なあアンタ…。勘だけでそこまで分かるモンなのか?まさか、オレをストーキングしていたワケじゃ無いだろうな?」
ワッカは
「おいおい、そう怖がんねえでくれよ…。確かに勘ってのもあるが、武田と徳川の戦が終わったって話は、最近のイーシェンで最も大きな話題さ。『知り合いがピンチ』なんてワードを聞きゃあ、自然と頭に浮かぶってモンよ」
「ああ、なあんだ。そう言うことかい!」
男の種明かしを聞き、ワッカはホッとする。
「商売人にとって、情報ってのは武器だぜ?武田と徳川が戦してるなんて情報を聞いたなら、そこで店出すワケにはいかねえ。だから
「ナルホドなあ。商売人ってのも色々考えなきゃなんだな」
ブリッツボール選手→ユウナのガード→ギルド所属の冒険者という職歴のワッカにとって、商売人の苦労というのはイマイチ想像しにくかった。
「私みたいな
「へえ~」
男の言う「黒いウワサ」の正体をワッカは全て知っていたが、あえて口には出さない。もう終わった事だったし、新しい領主を迎えて再起を図る武田のジャマをするのはナンセンスだと思ったからだ。
「徳川との戦が終わったと思ったら、今度は
「……は?え?」
ワッカは言葉を失った。「ツツジガサキの館が全焼」なんてビッグニュースは、今朝会ったばかりの武田四天王からも聞いていない。知っていたならば、彼らはワッカに伝えたハズである。
「ああ、驚くのも無理はねえよ。今日入ったばかりのホヤホヤな情報だからな。幸い、死者は出なかったそうだ」
ワッカの心情を察したかのように、男は付け加えた。
「あ、ああ、そうだったのか…」
一応の納得は得られたワッカだったが、衝撃的な情報に体の力が抜けてしまい、言葉に覇気が入らなかった。
「どうしたい兄ちゃん?ずいぶん驚いてんじゃねえか。ツツジガサキの館に何か思い出でもあったかい?」
「え?いや、まあ以前行ったことがあったからな。ちょっとショックでよ」
「そうだったのか」
「しかしスゲえな、アンタの情報収集はよ」
「情報は新鮮なものに限る!古い情報なんざ、出汁を取った後のにぼしみたいなモンよ」
そう言って男は再びカラカラと笑うのだった。
「あ、いたいた!ワッカさ~ん!」
その時、ワッカの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ、ユミナ!」
声がした方向を向いて、ワッカは大きく手を振る。彼の言うとおり、声の主はユミナだった。
「探したんですよ!私との約束、ちゃんと覚えてますか?」
ワッカの元まで走ってきたユミナは、少し機嫌が悪そうだった。
「わりいわりい。遺跡は見つけたんだけどよ、中を調べんのは無理があってな。で、海から上がったら露天商のおっさんを見つけたんで、色々話してたってワケなんだ」
「ハッハッハ、中々元気そうなお嬢ちゃんだ」
2人の様子を見ていた露天商の男が軽快に笑う。
「あ、こんにち…わ……」
挨拶をしようと男の方を振り向いたユミナの顔が青ざめた。
「お、おい?どうしたんだユミナ?」
後ろに隠れたユミナに服をギュッと握られたので、ワッカは驚いた。
「べ、別に何でも無い…です…」
「いや、お前がそんな反応するなんて初めて見たぜ?まさか、おっさんと知り合いか?」
「いえ!知りません!初対面です!!」
どういう訳か、必死に否定するユミナ。
「嬢ちゃんの言うとおりだよ、兄ちゃん。私と嬢ちゃんは初対面だ」
彼女の言葉に、露天商の男も同意する。
「もしも会ったことがあるなら覚えているハズだよ…。こんなに綺麗なオッドアイを目にしていたのならね…」
屋台の火を止めながら言葉を続ける男の様子が少し変わったように感じ、ワッカは慌てて言葉を返した。
「ああ、わりいわりい!怒らなねえでくれ。
「いやいや気にせんでくれよ、兄ちゃん!商売上、嫌われることには慣れてんでね。こりゃまたズイブン嫌われちまったみてえだな?兄ちゃんを取っちまったってよ!」
男は元の口調でカラカラと笑いだす。
「さ、嫌われちまったら即退散。これ、商売の基本ってモンよ!じゃあな、兄ちゃん、お嬢ちゃん!」
店をたたみ終わった男は、屋台のリヤカーを引いて去って行った。
「おう!商売、頑張れよ~!」
「あんがとよ~」
「早く行きましょう、ワッカさん」
「うお、ちょ、ちょっちょ」
ユミナに服を引っ張られ、ワッカは露天商が去って行く方向と反対に歩き始める。
「な、なあ、どうしたんだよユミナ?悪かったって!別に約束破ろうとしたわけじゃ…」
「違うんです、ワッカさん。本当に…」
しばらく歩いて、ユミナは後ろを振り返る。露天商がいないことを確認した彼女は小声でワッカに話し始めた。
「ワッカさん。私の目のこと、知ってますよね?」
「あ、ああ。確か人の質を見抜くって…、え?まさか…」
「はい。あの男は悪人です」
彼女の言葉がそれだけで終わりじゃない事がワッカには分かった。
彼の周りには悪人はいないものの、世の中に悪人は数多く存在する。彼女と初めて会ったときの事件の張本人であるバルサ伯爵も、彼女の目には悪人として映っていたに違いない。言ってしまえば、彼女は
「でも単なる悪人じゃありません。あんなにドス黒い悪は初めて見ました。初めて…」
ワッカの思考に答えるかのように、ユミナが声を震わせながら言葉を続けた。
「大体、ココは孤島なんですよね?そんな場所で露店を開いていること自体、変です」
「あ!確かに…」
ユミナの意見を聞き、ワッカは言葉を失った。どうしてこの異変に気付けなかったのだろう。
「…とにかく、早く皆と合流しよう」
ワッカはそう決断し、彼女の手を引いてテントのある方へと急いだ。
皆が遊んでいる砂浜に戻った2人は、急いで皆を集合させる。そして先程までの話を全員に聞かせた。
露天商の男が近くにいる様子は感じられなかったものの、王族達が集まるこの場でもしもの事があっては一大事だ。慌てて帰る支度を済ませ、ワッカの「ゲート」で王城へと帰参する。
しかし、そんなことで
「さあ皆の者。色々と大変だったが、安全性は確認できた。安心してバーベキューを楽しんでくれ!」
国王の言葉で、バーベキューが始まった。
「う、うんめえ~!!」
コンガリ焼けたドラゴン肉の串を口にしたワッカが、美食屋のような声をあげる。
「何だこの肉は!?噛んでも噛んでも、後からうま味が溢れて来やがるっ!!」
「美味しいですね、ワッカさん!」
先程まで怖がっていたのが嘘のように、ユミナも顔をほころばせる。
「美味しいでござるぅ~、幸せ~」
「あ、おい!あんまガツガツ食うんじゃねえぞ、八重!!」
「お代わりは沢山ご用意しておりますので、皆様遠慮無くどうぞ」
クレアが言葉をかけた。
「良いのか国王?
「わ、ワッカ殿!?恥ずかしいでござるよ!」
「はっはっは。遠慮はいらん。
「まあ兄上、そう言わず。こうして大勢で食べるのも楽しいじゃないですか」
「そうだな、アルよ」
少し残念そうな様子を見せていた国王だったが、「皆で食べるのは楽しい」という言葉にウソは無いようだ。
「うま~なのじゃ~」
「美味しいね!スゥ姉ちゃん!セシル姉ちゃん!」
「はい~、美味しいです~」
笑顔のスゥシィとレネを見ながら、セシルも笑顔で食事を進める。そんな彼女の横で食べているラピスの様子があまり楽しそうでは無かったので、ワッカは詫びの言葉を入れる。
「悪かったな、ラピス。こんなことになっちまってよ…」
「ああ、いえ。気になさらないで下さい、旦那様。私もセシルと交代で楽しんでましたので」
どうやら余計な心配だったらしい。
「そうだったのか?うかねー顔してたからよ」
「王女様があれほど恐れる男が現われた、となれば心配にもなりますので」
「あー、ナルホドな」
ワッカは納得する。
じゃあセシルの方は気にしていないのかと言うと、そんな訳でも無いのだろうと彼は考える。彼女は仕事と遊びを両立出来るタイプだからだ。
反対に両立出来てないのはレオン将軍である。ドラゴンの肉をほおばる彼の
「それで、遺跡の方はどうだったの?」
要らない観察をしていたワッカにリーンが話しかけてきた。
「ああ、見つけることは出来たんだが、潜っての探索は無理みてえだ。潜水には自身があったんだけどなぁ」
「そう…。どうしましょうかね……。マリオンでも連れてくるしか無いのかしら」
「マリオンって誰スか?妖精族か?」
「いいえ、水棲族の長よ。私の友達なのだけど、あの子、人前に出たがらないのよね」
『主よ』
ビャクティスがワッカに
『私に心当たりがあります。あらゆる水を操り、主達の悩みを解決できる
次回、神国イーシェン編の締めくくりに新たな契約獣が登場!ビャクティスの紹介する契約獣に対し、ワッカが付けた名前とは…?お楽しみに!