全く人通りのないゴーストタウン、郊外の荒れ道……
幾度となく飛び出すためだけにかっ飛ばした道。
仕事でばかり走らされていた所を何の制約も無く走る。
馬鹿みたいに長い髪が風に靡き気持ちよく駆け抜けていく。
水冷シングルの排気音も心地よい、のんびり流すとこんなに気持ちいい。
Tシャツがバサバサと暴れるがこれもまた良い感じ。
……いつ以来だろうな、こんなにゆっくりと流せるのは。
内燃機関というのはエネルギー政策や世界情勢から縮小傾向にあった。
新規に作られたバッテリーが高性能で内燃機関並のエネルギー効率になったのが不味かった。
静かで一気にドカンとくるパワー特性を持つEV化の波にあっという間に飲まれていった。
内燃機関にしか無い楽しさというのもあったのにな。
エンジン組み立て、整備なんて必要とされなくなったんだもの。
私は職にあぶれ……電脳の莫大なローンを抱えたまま無職になった。
それまで多忙と言って良いほどにエンジンを組み立てて……不調になった物を直して。
お客様に再び送りつける、誇りあるマイスターとして仕事をしていたのに……
忙しさの合間を縫って趣味の車を走らせて楽しんでいたあの日々……
「あーあ、いけないな。センチメンタルな気分だ」
オフの日に心の底から楽しめないで弱い気持ちが出てしまうのは良くないな。
性能PRの仕事が落ち着いたら車、買いたいなぁ。
あ、そうだ……古巣の自動車メーカーどうなったんだろう?
その辺も含めて色々調べてみるのも良いな。
「さてと、そろそろ街が……おぉ見えた見えた」
小高い丘を越えてしまえば見えてきた人間の生活圏。
畑が多く高層建築物なんてものは無い、地方都市として見ても規模が小さいな。
ただ目視できる範囲でも普通に人々の往来が見て取れる。
活気はあるみたいだ、良いね……化け物や不法侵入を防ぐ防壁もあるのが良いよ。
「よーし、散財するぞー♪」
たんまりと溜まった資金は一般的な人形が稼ぐ場合10年はかかるだろうモノ。
そりゃぁもう豪遊出来るってものだよ。美味しいものも食べられる……ハズ。
検問に引っ掛からなけりゃ入るのも出るのもスムーズだろうし……
ともかく今日一日は有意義な休日にはなりそうだよ。
なお検問でボディチェックされて思いっきり胸を鷲掴みにされたりもした。
そんなジャパニーズヘンタイみたいなことしてってさぁ……
G&Kの統括地区じゃないから通報しても知らんがなって流されそうだけど……
はームカつく、クソが。平手打ちでもしてやったほうが良かったかなぁ。
そんなバカでかい胸をしている方が悪い、違法だと言われてキレなかった私を褒めて欲しいね。
隠せるものはありゃしないし危ない携行品は護身用のMk-23くらいだっつの。
戦術人形だって身分も明かしたのにそれでもボディチェックっとかまったく……イカレチンポ共。
中は最高でも3階建てくらいの建造物がある程度。
コストがかかってでも地下に広げたほうが安全だから……だろうかな?
高層ビルがあるのはそれだけ安全って事か爆風を受けても倒壊しないだけの何かがあるか。
富の象徴だよね、高層ビルって言うのは……
行き交う車両は大体がEV……って訳でもない。
EVと内燃機関車が半々って言った所、最新鋭の車両は当然ながら無い。
その殆どが使い古しのモノばかりで見るからにボロボロなのも走っている。
WW3の遺恨というべきなのか……もう少し生きていたら仕事ありつけてたかもだなぁ。
今でもマイスターの経験は活かせると思うけどさ。
「お、結構大きめのショッピングセンター……!」
宛もなくトコトコとバイクを転がしていると視界の端に大きめの商業施設が。
ここだ、と私の直感が囁いて飛び入ることに……
スグ近くにもガソリンスタンドもあって燃料のことを心配することはないかも。
インフラがそこそこ整ってる環境だから安心は出来るよね。
「駐輪場あるじゃん、ラッキー♪」
自転車が多い中に比較的大きく見える私の愛車、IMX330を突っ込ませる。
買い物に来ている人たちは結構な数居るみたいだ。
ココだけ見ているとそんなに人類が衰退しているとは思えないな。
「ふぅ……よし、行くか」
しっかりとロックをかけてからいざショッピングセンターの中へ。
……視線が痛いな、なんだそんなに目立つ?
男も女も私の胸を見て顔を見て……ジロジロと見やがって。
「うわぁ、なんて胸のデカさ……凶器だろ」
「顔は可愛いのに……」
通行人のつぶやきが聞こえてくる。まぁ凶器、間違っちゃいないな。
何キロもある塊な訳だし全力でぶつけりゃ怪我負わせられるよ?
でもそれを口にするのはどうなんだよ、えぇ?
睨めばスグどっか行くし……ヘタレかよ、そんななら見るなっつの。
ともかく、衣料品店に行ってみようかな。その後は本やら食事かな。
「お、このブランドは……」
ブランドのテナントが出ていた。
特徴的な2色のロゴが目を引く……フラフラと入ってみれば中々洒落た感じのカジュアルウェアが並ぶ。
ただこれ男物が多いな……奥に行けば女性モノあるのかな?
……げ、値札を見てみるとすごい値段してる。
買うにしても数を絞らないとな……あれもこれもって買ったら残高が消し飛びそうだ。
そんなにハイブランドじゃなかったと思うが……
安いの3着で一回の依頼料の1割持っていくとは思わないじゃん。
男物でコレだから単価高くなりがちな女性モノだと……って戦々恐々とする。
奥の方に行けば……おぉキレイ系の洒落た衣服がズラリ。
もうちょっと身長があって顔もこんなロリ顔じゃなかったら似合っていると思うが……
私の外観で着ていたら背伸びしてる感がでるかもしれないな。
「あー……お客様?」
「ん?店員居たんだ……何?」
「申し訳ございませんが……お客様にフィットする服は無いかと」
「……あぁ、うん。オーダーは出来る?」
「オーダーは承っていませんので……」
はい、私の胸のサイズを思い出してみようか。118だ。
アホみたいにデカい胸をかかえていて入る服が普通扱われてるか?
……無いよね、うん。そりゃそうだ。
「ボトムだけでも……ウェストが57でヒップが92なんだけど」
「では股下を測りますね……あ、結構長い」
「店員さんが思う私に似合いそうなボトム、探してきてくれる?」
「かしこまりました」
まぁ上下合わせたらアホみたいな金額が飛んでいくと思うけれども……
下だけだったらそうでもないでしょ。
店員さんもウッキウキでピックしてきてるし……ふふ、こりゃ楽しみだ。
女の子の身体になった以上楽しむ物は楽しまなきゃね。
自他とも認める美少女な訳だし、ふふふ。
「ん?」
店員がアレコレとパンツやスカートを持ってきている最中に厳つい男が数人……
うーん、なにか怪しいな。不必要にでっかいバック持ってない?
2人が入り口に立ったと思ったら……残りの4人が店内に入ってくる。
「強盗だ、金を出しな」
「通報しようなんて思うなよ」
oh……これは不運、なんてこった強盗が押し入るタイミングで買い物してるとはなぁ……
どうしたものか、戦術人形として動いてもいいけど面倒だしなぁ。
大人しく伏せて強盗が終わるまで黙っておくか。
「おい、そこの……お前は人質だ」
私ご指定ですかー、クソがー……店員さんもケーブルで縛り上げられてるし……
店の中に居る女性がそのまま人質ってか……
監視カメラとかからも犯行は割れてるだろうしすぐにPMCが来るだろうさ。
それから逃れるための交換材料として私を使おうと……ほうほう。
「へ、良いモン持ってるな……お前」
「……」
「そんなに睨んでも助けは早々来てくれないぜ……ここの警備員は買収済みだからな」
当然のように胸を掴むの止めてくれないかな。
……まぁ油断を誘って視線が外れた際にぶっ潰すか。
方針変更、私一人でコイツら潰して突き出してやる。
あと警備員も顔面にドロップキック食らわせてやる、覚悟しておけよ。
無事にお買い物?出来るわけないじゃないですか。