架空のカンピオーネS-RPG実況風作品


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【挿絵表示】


人間スタートからカンピオーネを目指すエンドコンテンツ

(淫夢要素は)ないです。


カンピオーネ! UNDEFEATED STARS 実況_称号【神殺し(ジャイアント・キリング)】√

 

#Part1 導入〜キャラメイク

 

 はい、みなさんおはこんばんちわ。ゆっくりです。

 

 今回やっていくのはこちら【カンピオーネ! UNDEFEATED STARS】略してキャンパスになります。

 

 今更語るまでもないマイナーなラノベタイトルのひとつでしかなかったカンピオーネ! に人権を与えた超名作ですね。令和のこの時代に"カンピオーネの初見実況"なんて概念があふれてまくって古参がザワついてたのはいい思い出です。

 

 カンピオーネ! は今更説明しなくてもみんな知っていますよね(澄んだ瞳)

 チーレム&現代ファンタジーの皮をかぶった、神話解釈レスバラノベのことです。

 

 なおキャンパスは配給元が近日移植されるお猿さんの立身ゲーとおなじだったりします。なのでシステムも踏襲した形になっていて、キャラを選んで自由にカンピワールドを闊歩できたりします。

 

 そんな訳でやれることもそれこそ星の数、神話の数ほどあるのですが、今回の目標は──ズバリ、称号【神殺し(ジャイアント・キリング)】を目指します。

 

 カンピオーネなんだし神殺して当たり前だろー、と思われるかもしれませんが、実はそうではないんです。

 というのもキャンパスには【神殺し】という称号が二つあって、【神殺し】と【神殺し(ジャイアント・キリング)】があるんですね。

 

 一目見てわかる通り、このルビが重要なのです。

 

【神殺し】はどのキャラでも可能です。

 それこそ同族のまつろわぬ神やカンピオーネだって、神を殺めさえすれば一発で取れます。ですので、それほど難しくはないのですが【神殺し(ジャイアント・キリング)】は違います。

 

 つまりはそう、我らが護堂御大やドニキたちが成し遂げてきた()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。その難題を達成した時のみ獲得できる称号なのです。

 

 そもそもカンピオーネの宿敵である"まつろわぬ神"とは何なのかというと、神様っていうのは"神話"という型に嵌められて「そうあれかし」と定められていますよね。

 常に神話のなかにいて、別の宗教に凸ったり、現実世界に遊びに来たりしません。

 

 でも、まつろわぬ神は違います。

 

 神話から何かの拍子で、ポン! と抜け出して自儘に世界を闊歩してしまうのです。

 

『まつろう』=従う、従わせる的なニュアンスの言葉なので、物語のなかに居なくちゃいけない神様が地上に出てきてる時点で神話にまつろうことを辞めていると言えます。

 

 そして地上に現れるので神話という枷がなく、「好き勝手やるぜ〜! ヒャッハー!」しているのがまつろわぬ神。

 

 そしてそして地上に現れたまつろわぬ神を何らかの要因で殺め、神様の権能を簒奪した人間がカンピオーネの称号を得るのです(wiki参照)

 

 

 カンピる(動詞)には必ず神を殺す必要がある訳ですから、カンピオーネは非常に誕生しにくいです。原作中にも一世紀に一人生まれれば多い方などと言及されていますし。

 

 まあ、まつろわぬ神なんて全員が全員、特性ふしぎなまもりをデフォで装備してる600族みたいなものですからね。上手いこと神話的な弱点で攻撃しても体力を削り切れないなんてこともざらにあります。

 

 だから偉業も偉業。原作でも奇跡がいくつも重ならないと無理と断言されていますし。

 

 キャンパスでもその難易度は変わりません。

 狙ってやろうと思ったらフロムゲーやマリオブラザーズ並の死亡回数を重ねながらアホみたいに周回して奇跡と奇跡が重なったときだけ達成できます。出来ました(白目)

 

 しかも最初のキャラメイクのときに人間以外の人外にしてしまったら取得は不可能になりますし、プレイ中に人間以外に種族を変えても不可能になります。

 

 そんな訳でキャンパス最初で最大のエンドコンテンツとも言われてたり。

 

 とはいえ称号は唯一無二ですが定石や√は無限大にありますからね、【神殺し(ジャイアント・キリング)】だけを開拓し続ける変た……んん、廃人様は多いです。

 

 

 キャンパスの廃人ともなれば【神殺し(ジャイアント・キリング)】を起こせる定石を一つはもっています。

 残念ながら私も持っているので今回はそれを目標にプレイします。

 

 

 では、やっていきましょう。

 

 オープニング映像、何時見ても神やんな……やっぱ今の神絵師様の絵もいいけど我々が恋したのはあの頃のシコル絵なんだよなぁ……という懐古厨の呟きは置いておいて、まずは時代別のシナリオ選択からはじまります。

 DLCやら含めると20は超えるシナリオですが代表的なシナリオはこの5つ。

 

 ローマ帝国末期。ウルディンら三人の魔王が闊歩し、たまに現代魔王勢が殴り込んでくる──

【遥かいにしえの戦い】

 

 産業革命真っ盛り。イギリス・ロンドンでヴォバン、羅濠、アイーシャら旧世代が邂逅した──

【三つ巴】

 

 近現代。アレク、スミス、ドニが未だ人間であり、やがて訪れる新世代の足音を感じ取れる──

【終末の夜明け】

 

 現代。カンピオーネになりたての護堂御大と、ゴルゴネイオンを取り戻したアテナ様が激突する──

【まつろわぬアテナ】

 

 未来。最後の王完全復活と魔王達のバトルロワイヤル

【魔王内戦】

 

 とりわけ原作開始と重なる【まつろわぬアテナ】が一番人気ですね。一番評価が高いのは護堂御大が軍神ウルスラグナを倒す【はじまりの物語】ですが。

 

 キャンパスには運命神の気まぐれ(AIランダムシステム)が採用されていまして、起きる結果は毎回変化します。

 護堂御大がアテナ様にタマ取られたり、逆に弑逆して権能簒奪√に入るときもあります。

 

 運が悪いと斉天大聖と最後の王という関東迫真の二大封印勢が同時復活&コンビ結成、そして世界滅亡へ……するので注意が必要です。どうにもなりませんが。

 

 なお滅亡√だとシナリオ終了後に時の番人にプルタルコス道場に連れ去られ、行動履歴という名の恨み言を延々と垂れ流してくるのでなるべく避けたいですね。

 

 さて原作シナリオはスルーして今回選択するのはこちら……【終末の夜明け】を選びます。

 

 このシナリオはカンピオーネの一人である黒王子(ブラックプリンス)ことアレクサンドル・ガスコインがカンピオーネになるちょっと前から開始のシナリオです。

 

 新世代組はまだカンピオーネになっておらず、人間時代の彼らと絡めるシナリオでもあります。

 

 またシナリオ初期だと、確認されているカンピオーネが侯爵、教主、夫人だけ、という悪神も真っ青な人類ナイトメア時代なので原作よりも遥かにカンピオーネの恐怖と影響力が強い時代です。

 

 

 どうして一番人気な原作シナリオをスルーしたのかというと、私の定石がこのシナリオでしか不可能だからというのもあるんですが……原作シナリオはプレイ人口が多いのも相まって掘り尽くされた感があるんですよね……。

 

 まあカンピオーネ自体刊行開始が14年前、アニメ化は10年前でそこそこ古……? うっ、頭が……! 

 カンピオーネシリーズは一応まだまだ現行作品でぇぇぇぇす! 大学生編もいつかはじまりまぁぁあぁぁす! (突然興奮する患者)

 

 はぁはぁ……いえ、なんでもないです。

 とりあえず原作シナリオだとn番煎じになってしまうので今回はこちらをシナリオ選択します。キャラ選択画面に飛び、ズダダダダーっと縦にネームドキャラが表示されます。

 横にスクロールすると[所属][種族][地位][技能]やらが。

 

 カンピオーネやまつろわぬ神など錚々たる面子が並んでいますが……まあこの中からは選びません。それどころかネームドキャラは選択肢にありません。

 理由は簡単、ネームドキャラからだとカンピオーネが誕生しにくいんです。

 

 普通に遊んでいてもネームドキャラがカンピオーネになった回なんてほとんどありません。

 これには理由があって、永遠のデバッカー『時の番人』がいるからです。

 時の番人はカンピオーネらが好き勝手暴れても笑顔で許してくれる世界という箱庭の管理人です。

 

 人類には一人一人に《運命神》の定めた役目があります。その役目を恙無くまっとうさせ、世界に綻びがあれば都度都度修正していくのが彼の仕事です。

 カンピオーネが現れるなんて彼の作るトランプピラミッドに隕石投げ込むようなものですが、笑顔で許してくるので徳の高さがうかがい知れますね。100%の確率で殺害依頼を出してきますが。

 

 もちろん時の番人もプレイ可能です。ただオススメはできないですね。

 

 開幕からプルタルコスの館に押し込められて終わらないデバック&デバッグ。運命が乱れれば東へいって猿田彦神に頭を下げ、ヘルメス神がイタズラすれば西へ行ってお小言をぶつけ、アイーシャ夫人が通廊を作れば彼女への無限の憎しみを叫びながらデバッグする修行僧プレイになりますから。

 紀元前一万二千年から原作終了までデバックしつづける虚無虚無プレイもエンドコンテンツとしては有名です。

 

 

 そんなわけで彼がいればAIランダムシステムが採用されているキャンパスでも基本的にネームドキャラは原作に沿った動きを模倣しようとします。

 甘粕さんはアマッカスにはなりませんし、最後の王はだいたい復活しますし、教主はまつろわぬ神をほぼ100%の確率で弑します。

 

 なおそんな内情なので時の番人が不慮の事故(過労死)でいなったり、管理が適当なやつに交代すると地獄と化します。

 甘粕さんはアマッカスにはなりますし、最後の王は休眠する暇もなく、教主はまつろわぬ神をほぼ100%の確率で弑します。

 

 そういう背景から、多くのプレイヤーが波乱を求めるキャンパスで時の番人を殺さなかった人はいないってくらい殺されています。たまに不慮の事故(過労死)でも死にますが。

 

 さて本題に戻りましょう。

 ネームドキャラの神殺し(ジャイアント・キリング)は難しい。ならどうするか? 

 

 まあ早い話がオリ主です。

 オリキャラは能力が固定されているネームドキャラと違ってランダムで決まるので非常に扱いが難しいのですが、【神殺し(ジャイアント・キリング)】の確率はネームドより高いです。

 

 この理由も時の番人プレイした方ならわかると思うのですが、オリキャラは時の番人の目をすり抜けるんですよね……。

 

 どうもオリキャラは《運命の担い手》さんが編んだ運命から外れているイレギュラー存在という設定らしく、役目を負っていない状態なんです。

 ですので時の番人の預かり知らぬところでオリキャラはカンピオーネ転生しやすいです。時の番人プレイ中、オリキャラが五人も同時代に現れた時は本当にどうしてくれようかと……まあいいです。

 

 

 オリ主くんを厳選していきます(n倍速)

 とは言っても私の定石でオリ主に求める能力なんてひとつだけなので後は飾りです。武林の至尊級の天稟と、禍祓いやら神懸り持ってても神様は殺せませんでしたので(白目)

 

 おっと、出ましたね。

 

 私の求めていたパッシブスキル『非魔術師体質』です。

 

 みなさんもご存知だと思いますが、原作でも度々登場する魔術を使うのに必要な魔力を身体に溜め込めない体質のことですね。早い話、常にMP0状態。

 原作だとカンピオーネ転生前のドニキや、8巻に登場する連城冬姫が挙げられます。

 

 なんでこれが必要かっていうと、バッドステータスを取得すると初期所持金にボーナスが入るっていうのもあるんですが本当の理由は別にあります。

 

 というのも魔力ないし魔術の才能持ってると、まつろわぬ神の前で()()()()()()()()()()んですよね。

 

 まつろわぬ神は例えるなら人間サイズの災害です。

 相対するだけで暴風雨や火砕流に襲われているようなもなのので、対策しないとすぐに行動不可になります。

 

 その代表的な対策スキルがこれです。

 

 当然ですが【神殺し(ジャイアント・キリング)】のためには、まつろわぬ神と接触しなきゃいけないので神性とか神威とか鈍感な方が望ましいです。

 

 ならいっそ魔術の才能がないか魔力がない方がいいんです。

 

 魔力は神様由来の力ですし、魔術は信仰を祖とします。

 魔術師であるほど幼少期からまつろわぬ神の恐ろしさを刷り込まれ、出遭えば勝手に実力差を悟って立ち向かう考えすら浮かばない……っていうのは原作でも言及されていますね。

 

 え、天才道姑のまま神を殺めた教主はなんなんだって? 

 

 ……私にも分からないことくらい……ある…………。

 

 

 教主はもう教主だからという他ありません。虎が強いことに理由がないように、そういうものなんだと諦めるしかありません。

 

 あとはどうでもヨシ! 

 前の人がヨシって言ったからヨシ! 

 前の人がヨシって言ったからヨシ! って言ったからヨシ! 

 完璧なトリプルチェックを終えて次に進みます。

 

 

 次はオリ主くんの出身地を決めます。自由度が高い、という前評判どおり地図選択では地上のあらゆる国々や幽世やら神話世界やら幅広く選べます。

 その上、Go〇gleマップもかくやというほど精巧なフィールドに、普通の人間と会話しているのかと錯覚するほど優れたAIを搭載したNPC達が出迎えてくれます。

 

 ここでは特に悩まず、欧州圏に飛んでブルガリアを選択します。

 

 ブルガリアというか東欧といえば、意外とフットワークの軽いお茶目なお爺ちゃんや原作ヒロインのリリアナ姐さんのルーツとされる場所ですね。

 

 で、なんでブルガリアかっていうと、単純に【神殺し(ジャイアント・キリング)】に必要な神具とまつろわぬ神が揃っているからです。

 

 キャンパスは無駄に凝ってるので地域別、国別に出会えるキャラや入手できるアイテムが変化します。

 神器なんかが顕著で、特定の国や地域でしか獲得するチャンスがない……なんて状況がデフォです。

 

 日本だったら天叢雲剣、プロメテウス秘笈、天の逆鉾など。

 まあ日本で手に入る神器はなにかしら原作のキーアイテムになっているので動かすのはオススメしませんが。触らぬ神に祟りなしです。

 

 原作に出てくる神器でこの時期にフリーなやつだと中国で『女媧の聖遺物』をゲットできるかもしれません。おそらく厄ネタですが。君子危うきにってやつです。

 

 話を戻しますがブルガリアには二つの神器がありまして、今回の【神殺し(ジャイアント・キリング)】ではその片方の神器が必須なんです。ここら辺は後述します。

 

 神器といっても原作には登場しない上に、かなりランクが低く、入手難易度も低いのでなんとかなるでしょう(慢心)

 

 

 そんなわけで原作の主要キャラとは残念ながらほぼ出会わないです。期待されていた方は申し訳ありません。

 

 原作開始のおおよそ十五年前くらいなので東京を選べば護堂さんの幼なじみ√も可能なのですが……諦めましょう。

 

 リリアナ姐さんが生まれるかどうかは《運命(乱数)の担い手》さん次第です。あとはお爺ちゃんとは鉢合わせするかも? 

 

 開始前の準備はこれで終わりです。

 少々長いロード画面のあとに親の顔より見たアルベルト・リガノの報告書が映ります。原作最初のあれですね。

 

 キャラ選択で種族をカンピオーネか、原作カンピオーネ勢の誰かにしていれば「〇〇はカンピオーネである!」も追加されるんですがオリ主くんは人間なのでなしです。

 

 準備OK! では、イクゾー! 

 

 オギャー! っと生まれて今世初登場です。

 

 

【おめでとうございます! ()()の男の子です!】

 

【メインプレイヤー:オルク・イギグ(アマルウトゥ)が誕生しました……】

 

【太陽/THE SUN:トルイ・イギグが誕生しました……】

 

【条件達成により称号『宿命のディオスクーロイ』を獲得しました……】

 

 

 ……は? 双子? なにそれ聞いてない(クソガバ)

 

 

 

一話:導くセントエルモの火

 

 俺には弟がいる。

 

 同じお腹から生まれた双子の弟だ。

 生まれた時間も、親も、何もかも一緒だったが、俺はモンゴロイドがコーカソイド化したブルガリア人らしく明るい黒髪。

 弟は何処からそんな遺伝子を持ってきたのか、お日様みたいな蜂蜜色の金髪だった。

 

 それに"運命"というやつは差別的でサディストらしい。容姿だけじゃなく才能も雲泥の差があった。

 

 俺は生まれつき魔力を貯めれない能無しで、弟は幼い頃から『神童』だの『若き太陽の御子』だの二つ名を得るほど武の才能に溢れていた。

 

 生まれは名家で当主だった父は、資質に圧倒的に差のある俺たちに事に努めて平等に愛を注いだ。

 

 弟はよく迷子になった。

 なにかと噂に事欠かない弟の唯一の欠点だった。

 

 下町に買い物に出かければ迷子になって誘拐騒ぎになりかけたし、見失わないよう手を繋いだのに別の人にすり替わっていたりもした。

 果てには鋼芯入のロープを腰に巻き付けたりもしたのだが……結局、真ん中からちぎれて迷子になっていた。

 

「なんで迷子になるんだ」と聞いても、「声が聞こえる」というだけだった。

 

 

 迷子になる弟を見つけ出すのはいつも俺の役目だった。

 弟は迷子体質だったが、俺は逆に迷ったことは一度もなかったから。

 

 泣いて(うずくま)っている迷子の弟を見つけて、手を引いてやりながら帰る。それが俺の日課だった。

 

 

 ある日の事だ。

 その日は一年に一度の国を挙げて祝われる聖人を讃える日……聖名祝日(Name day)。で、町で催されるお祭りに出かけた日だった。

 

 弟はその日もいつものように迷子になった。

 町で居なくなったのに、探しに探してなんとか見つけ出したのは、青青と茂った山のなかだった。

 

 見つけた弟は泣いていた、わんわんと。

 誰もいない森のなかでポロポロを大粒の涙を流しながら。

 

 いつも泣いているといっても瞳に(にじ)ませる程度で、大泣きしているのは見たことがなかった。だから俺は驚いて「どうしたんだ」と問いかけた。

 どこも擦りむいた様子はなく虐められた形跡もなかった。

 

 弟は言った。

 

「足りない、足りないよぉっ」

 

 足りない、足りない、とよくわからない理由で泣いていた。何が足りないんだ? と問いかけると涙を雨さながらに(こぼ)しながら言った。

 

()()()()()()()」、と。

 

 俺が「トルイって名前があるじゃないか」と涙を拭ってやりながら問い返すと、「それでも足りないんだ」とまた泣いた。

 

 手を引いて戻ろうとしても弟はテコでも動かなかったから、ほとほと困り果てて、結局、名前をあげることにした。

 

 

 今にして思えばそれが──オルク・イギグという人間の最大の間違いで、終わりの始まりだったのだ。

 

 

 その日は聖名祝日で、ブルガリアでは有名な()()()()()()の名前をつけてあげた。

「もう泣かないくらい強くて凄い男になれますように」と頭を撫でながら、願いを込めて。

 

 すると弟はさっきまで泣き喚いていたのが嘘のように涙が引っ込んで、「おにぃちゃん、ありがとう、ありがとう」と眩い笑顔を浮かべた。

 

 そうしてホっとして帰路に向かおうとすると、阻む者がいた。

 

 人ではない。手足はなく胴長で、口は大きく、人間の子供くらいなら簡単に丸呑みにできる偉容。蛇だ。それも欧州でも最大のクスシヘビだった。

 体長2mを超える蛇がとぐろを巻いていて、僕らを見ていた。

 

 俺は逃げるより先に立ちすくんで、蛇の瞳に魅入られた。

 

 命の危機が目前に迫っているというのに。

 

 非日常、というやつが突然現れて正常な判断を下せなくなったのかもしれない。

 

 ともあれ幼かった俺は、蛇に対して畏怖と好奇心を抱いた。猫を殺すような好奇心だったが。

 そうして静止したままの時間を過ごしていると、唐突に服の袖を引かれた。透徹(とうてつ)とした目を(たた)えたトルイだった。

 

「帰らないの」

「あんな凄い蛇がいたんじゃ無理だ。トルイ、お前は逃げて──」

「──あの蛇がそんなに凄いかなぁ」

 

 

 間の抜けた声が聞こえて、その日、俺は知ったのだ。

 

 弟、トルイ・イギグの異常性を。

 

 

 次の瞬間、頭のてっぺんから足の爪先まで寒気が駆け抜けて俺を凍らせた。

 眼前のクスシヘビは、絶対者だったはずだった。タルタロスからの使者のはずだった。抗えない天災のはずだった。

 

 それなのに。

 

 トルイは蛇を絞め殺していた。

 なんのことはない。

 

 まだ生まれて数年の小さな手で、俺と変わらない子供の手で、全長2mはある大蛇を絞め殺していたのだ。

 

 まるで生まれてすぐに女神ヘラの差し向けた蛇を殺した半神の英雄ヘラクレスさながらに。

 

「じゃあこれを壊したら僕の方が凄いよね」

 

 最後にそう言って弟は蛇を引き裂いた。上顎と下顎を反対向きに引っ張って、真っ二つにしてしまった。

 

 俺は弟との間に広がるどうしようもない隔絶した差を叩きつけられた。俺は思った。今度は俺の方がぽろぽろと泣き出しながら痛感した。

 

 トルイはいつか独りになる。

 弟を決して独りにしてはいけない。

 

 トルイはどんなに取り繕っても人から外れすぎている。いつか大きなしっぺ返しを喰らい、孤独になるに違いない。

 

 その確信が強烈な哀しさになって俺を一撃し、涙をこらえることが出来なかった。

 

 

 それから数日ほど考えに(ふけ)り、ひとつの決心をした。

 

 弟と対等の存在になろう、と。

 俺は弟を孤独にしたくない一心で剣を取った。隔絶した武を誇る弟に、武で並び立つことで寄り添うつもりだった。そして。

 

 その日、俺は剣を振った。

 

 その日、弟は神獣(しんじゅう)を殺した。

 

 

 神獣とは神の眷属だ。極まった人間……"英雄"と呼ばれる存在が生涯を賭けてやっと討ち果たす事ができる怪物だ。それを年端もいかない子供が殺めた。

 蛇の神獣だったらしい。

 

 弟の声望は高まるばかりだった。高まる名声とは裏腹に俺の焦燥は大きくなっていった。

 

 それだけではない。神獣を殺めた日、珍しく独りで家へ帰ってきた弟が言ったのだ。

「おにぃちゃんが名前をくれたおかげで凄くなれた」、と。

 

 弟は武の天稟に溢れていた。それは間違いない。

 でも名をあげる前はまだ人の範疇にあった。それを外れたのは、やはり俺が名をあげた日からだった。

 

 

 俺には弟を人を終わらせてしまった罪があった。初めて懺悔室を使った。罪の告白をして、壁の向こうのシスターは鼻で笑った。

 

 誰かを頼っても仕方ない。俺は悩みに悩んで結論付けた。剣を振ってもダメなら、愛で寄り添わなければならない。

 子供心にミサで聴いた教えを真に受けて、幼い俺は腹を決めた。

 

 弟の本性をしれば弟の周りには誰も居なくなる。もてはやす使用人も、友達も、きっと父すらも。だったら俺だけは弟を愛しつづけて寄り添いつづけよう。

 それが人を終わらせてしまった俺の償いで、たった一人の兄としての務めだった。

 

 現に弟の本性を知るものは、18となり青年になった今でも俺以外現れていない。

 明るい性格だがどこか人を寄せ付けない弟を、人々は孤高だともてはやす。彼らが弟の本性をしっても付き合い続けるだろう確信はなかった。

 

「おや、兄さん。こんなカビ臭い書斎でなにを黄昏ているんだ」

「ん。……ああ、少し昔のことを思い出していた」

 

 そう、もうあの聖名祝日(Name day)から十年が経つ。俺も弟のトルイも見違えるほど成長した。俺の黒髪は色素を濃くしていたし、トルイの蜂蜜色だった金髪は陽光じみたきらめきを帯びていた。

 椅子をきしませて、冷めきった珈琲に口を付けた。トルイは人好きのする笑みを浮かべ、俺の傍によると肩に手を置いた。

 

「僕が兄さんの自慢だってことをかい?」

 

 俺の持つ冷えたカップに手をかざして、残った珈琲を淹れたてとおなじ温度に変えた。手慰みの魔術。俺が一生行使できない御業でもあった。

 カップをすこし掲げて感謝を伝えつつ、肩をすくめた。

 

「そうだな。まあ今更思い出すでもなく当たり前のことだが」

「そうだそうだ、もっと誇るといい。僕は兄さんのたった一人の弟なんだ」

「はは」

 

 カップに残った珈琲を飲み干して、椅子から立ち上がった。

 

「おや、どこかに出かけるのかい?」

「散歩にな」

 

 弟はいつか人を外れるだろう。予感ではなく確信だった。

 けれど俺は俺だけの家族を愛する。それだけは心に決めているのだ。

 

 

 

 

 

 僕には兄がいる。

 

 同じお腹から生まれた双子の兄だ。

 生まれた時間も、親も、何もかも一緒だったが、兄さんは母が遺した艶やかな黒髪。

 

 僕は忌々しい天に浮かぶ光球じみた金髪だった。

 

 それに"運命"というやつは差別的でサディストらしい。容姿だけじゃなく才能も雲泥の差があった。

 

 兄さんは魔術も剣のひとつも振れず、僕はなんでも出来た。それは誇るべきことではない。ただ唆されているだけだ。

 

 声が、聞こえるのだ。

 

『たち帰れ。たち帰れ』、と。

 

 貴様を使嗾(しそう)してやろうと耳元で囁く声が。

 

 

 声は誰が発しているのか分からない。だが己が裡から脊椎を伝って、明確に、そして声高に叫ぶのだ。

 

()()()()()()()()()()()』と。

 

 何なのだそれは。知らない。(さえず)るな。僕は人だ。

 耳を澄ませば鬱陶(うっとう)しいほど鳴り響く。それを振り払うように剣と魔を振るえば、いつの間にか人々は僕を”神童の如し”と喝采した。

 

 ふざけるな、ばかにしているのか、僕はそんな存在じゃない! 

 

 幼少期の僕はよく泣く子だった。泣く理由も分からないと乳母や父には笑われてきたけど、僕はただ叫んでいただけだった。

 

 僕は、人だ。

 人の母から生まれた、"人間"なのだと。

 

 けれど分かっていた。根っこの部分では理解していたのだ。

 僕と人は違う存在だ。兄を見れば一目瞭然だ。

 

 兄さんは空を飛べない。 

 僕は空を駆けた。

 

 兄さんは剣で鉄を切れない。 

 僕は鉄も海も切れた。

 

 兄と僕はおなじ母から生まれた。

 だが母は僕らを産んですぐに亡くなった。産後の肥立ちが悪かったと聞いているが、違う。

 

 ……母は僕に生命力(オド)を喰らい尽くされたのだ。だから、快復も(ゆる)されず生き果てたのだ。僕という規格外の怪物を産み落とすには、容量が足りなかった。

 

 無能者とそしられる兄もそう同じだ。兄の才を貪り尽くしたからだ。

 

 周囲にあるものを根こそぎ奪い尽くして、僕という人面獣心の化生は地上に現れたのだ。

 

 

 それを幼心に理解していて、世話を焼いてくれる兄から逃げるように迷子になった。

 

 迷子になると裡なる声は酷くなった。怨嗟じみていた。

 

『たち帰れ! たち帰れ!!』

 

『まつろわぬ性を取り戻せ!』

 

『名を! 名を得よ!』

 

 やめろ、やめろ、うるさい。どんなに振り払っても鳴り止まない声は、やがて僕を縛り上げる縄となって深い森の何処かへと誘った。

 

 心の中では自分は自分が何者なのか識っていて、たどり着く場所も識っていた。だから、僕は迷うしかできなかった。

 僕は声の誘う方へすすむ足に、せめての抵抗として蹲って泣き喚くしかなかった。

 

 そして泣いていると決まって。

 

「やっと見つけた」

 

 兄は……オルク・イギグはいつもそうだった。

 泣きながら浮浪者みたいに彷徨い(さまよい)歩き、蹲っている僕を、必ず見つけ出す。

 そして”向こう側”へ行こうとする僕の手を引いて人の棲処へ戻してくれた。

 

 心の中では自分は自分が何者なのか識っていて、たどり着く場所も識っていた。だから、僕は迷うしかできなかった。

 引き返すことも出来ない僕を、引き戻してくれる兄は”救い”だった。

 

「なんで探してくれるの」

 

 僕が問うと、兄は決まってこう言うのだ。

 

「兄弟なんだから一緒に居るのは当たり前だろ」

 

 と。

 

 そっか。当たり前なのか。……だったら一緒に居なくちゃな。

 僕は迷子になっては、手を引かれて、最後には人の棲処へと帰還しつづけた。

 

 

 ある日の事だ。

 その日は一年に一度の国を挙げて祝われる聖人を讃える日……聖名祝日(Name day)。で、町で催されるお祭りに出かけた日だった。

 

『立ち帰れ、たち帰れ』

 

 いつものように煩わしい声が聴こえて、振り払っていると唐突に、意識を失った。

 青年へと成長し18を迎える今になら分かるが、年齢とともにまつろわぬ性というものは圧力増していく。成長は力の増大を意味し、力の増大はそのまままつろわぬ性を激化させるのだ。

 

 そうしてまつろわぬ性に呑まれて迷子になっていた僕は、人間としての理性がある時には決して口にしなかった裡なる声を代弁してしまったらしい。

 

 足りない、足りない。僕は叫んで、咽び泣いた。

 

 ──"名"が足りない、と。

 

 不運にも兄はその言葉をしっかりと聞いてしまって、優しい兄は僕のために名前をつけてくれた。

 

 その日は聖名祝日で、ブルガリアでは有名な竜殺しの聖人の名前をつけてくれた。「もう泣かないくらい強く凄い男になれますように」と頭を撫でながら愛を込めて。

 

 その日、僕は知った。兄、オルク・イギグの愛情を。

 

 名を得るとさっきまで五月蝿いほどだった裡なる声は鳴りを潜めた。

 それから兄さんはいつもみたいに手を取って、町の方へ歩き出した。

 

 でも今日だけは違った。

 立ち止まって、帰り道を凝視していた。

 

 蛇がいた。それもただの蛇ではない。

 

 天然自然から生まれたものではなく、神の”使徒”だった。

 兄さんは美々しい大蛇に魅入られていた。兄は霊感がない。魔力がないから向こう側から抜け出したものたちの気配を感じ取れないのだ。

 

 だが、それだけだ。

 美しい女神がいれば見惚れるだろうし、悪竜が現れれば立ち尽くすだろう。丸呑みにされそうなほど巨大な蛇がいれば諦観に沈むのだ。

 

 帰ろうとゆする僕に、兄は「あんな凄い蛇がいたんじゃ無理だ」と命すら差し出して当然という顔を浮かべた。

 

 

 その瞬間、僕は激怒した。

 まつろわぬ性も、人間としての理性も、同じように嚇怒に燃えたのだ。

 

 嫉妬だった。

 兄さんはたった一人の家族だった。母を喰らった僕を父は影で親殺しと恐れていた。使用人が褒めそやすばかりで貶す事はなかったのは恐怖からだ。

 

 僕と対等に、それも一人の人間として扱ってくれるのは兄さんだけだった。宝物を(かす)めとる輩を許容などできるはずがない。

 

 蛇の胴を締め上げて息の根を止め、最後に上顎と下顎を掴んで上下に引き裂いた。

 

 瞬間、絶望した。

 兄さんが泣いていたのだ。悲しそうに顔を歪めながら。僕はその瞬間、まつろわぬ性を蹴飛ばして正気に戻って兄の元に駆け寄った。

 

「ごめんな、ごめんな」

 

 こんなことをさせてごめんな、と兄は涙で濡れた手で僕の血で赤く染った手をぬぐいつづけた。

 

 兄はやはりたった一人の家族だった。普通なら忌避するのに蛇を引き裂いた僕に寄り添った。

 

 

 それから数日ぼんやりしていた兄だったが、何かを思い立ち、剣をとって、一緒になって剣の練習をはじめた。

 

 嬉しかった。兄さんは荒事が好きじゃなさそうで、いつも遠巻きに眺めるだけだったから。

 

 そうか、あの蛇を僕が殺したからだ! 

 

 当時の僕はものの見事にまつろわぬ性に呑まれていた。

 蛇を殺めた快感と兄が愛してくれるのが楽しくて嬉しくて、僕はもっと凄いことをしようと喜び勇んだ。

 

 まつろわぬ性も理性も一緒になって僕は屋敷から駆け出して、隣町の奥にあるブナの原生林に入っていった。

 原生林に足を踏み入れた途端、獣があらわれた。

 

 呪われよ、呪われよ、と叫びながら鉄塔にも比肩できるほど巨大な蛇が眼前に現れたのだ。

 神の眷属。『神獣』と呼ばれる獣だった。

 

「可哀想だなぁ。可哀想だなぁ」

 

 僕がその偉容を見上げながら呟いた。

 

「君は僕みたいに4つの手足がなくて不自由だろう。君は僕みたいに毛もなくて寒いだろう。君は大地に這い蹲って苦しいだろう。だから僕が救けてあげるよぉ」

 

「貴様の救済など望まぬ。母殺しの『鋼』め!」

 

 蛇は叫声をあげた。その余波で麓の公園を訪れていた家族が破裂した。

 それを何の感慨もなくながめながら、この蛇は人間よりも強いのだと知見を得た。

 

「君でも人より凄いんだねぇ……なら君を殺したら僕の方がもっと凄くなれるねぇぇ」

 

 その日、僕は神獣を殺した。

 

 その日、兄さんは剣を捨てた。

 

 神獣を打倒して以来、僕は多くの称号と賛美を贈られてきた。赤獅子だの、守護聖人の再来だの。なんの価値も見出せなかったが裡なる声は小さくなるので好きにさせた。

 

 年齢を重ねるほど大人たちは僕をはやし立てた。

 魔術師たちのクラブやパーティーに呼ばれる機会も増し、タロットカードを引く機会があった。タロットは魔術師たちにとって大きな意味を持つ。

 西洋魔術の根幹と信仰、思想……キリスト教やカバラ思想などと関わりが深く、魔術と切っても切り離せないのがタロットというものだった。

 

 タロットは嫌いだった。カードを引けば"太陽"の正位置しか出なかったから。

 

 そして"太陽"のアルカナが嫌いだった。

 

 タロットの"太陽"は達成を意味するカードだけど、達成は僕に幸福を運んできはしないだろう。達成とは、僕ではない……『僕』に向けて贈られていると思ったから。

 

 つまる所、まつろわぬ己。宿星たる"不滅の太陽"の復活にしか思えなかったのだ。

 

 

 数多くの名を得て、僕は宿星たる太陽へと立ち返っていく。けれど太陽は近づくものを焼却する。膨大な重力で握り潰す。

 

 人は一定の距離から近づけない。その距離は太陽と地球ほどに離れている。

 

 その境界を突き破ってそばに居てくれるのは兄さんだけだった。

 そしていつまで経っても兄さんのような人間は現れなかった。

 

 

 太陽は何億年と変わらず世に光をもたらし、あらゆるものを詳らかにする。そして、天に昇らぬ日はない絶対不変の昼の北極星だ。

 

 でも宇宙を彷徨う太陽自身が何処にいるのか。いるべきなのか。

 教えてくれる星はない。

 名がどれだけあっても人でいるべきなのか、たち帰るべきなのか、分かるはずもないのだ。

 

 

 現に18となり青年になった今でも僕はどこに向かうべきなのか分かっていない。

 

 散歩に出掛ける兄を見送りながら、時が動いたのを悟った。何処から手に入れたのか兄は神器を首から下げていたから。

 それほど格のあるののではない。しかし原初に在ったとされる神々の一柱、愛の神エロースの面影を残す伽羅さながらに魅惑の香りを撒き散らす神器だ。

 

「全く仕方がないな長兄は」

 

 魔力がないから()()()()気配には疎い。当人は気づいていない様子だが、あの神器はきっと兄に波乱を呼び込むだろう。

 そのさざ波はきっと海嘯となり僕も呑み込んでいくだろう。

 

 兄さんがさっきまで座っていた窓際の椅子に座りながら陽の光を浴びる。

 内なる声は年々酷くなっていく。讃えられる名も45を超えた。ふとした時に意識を落とす場面が増えてきて、兄さんが見つけくれるまで自我を失ったままなんてのも珍しくない。

 

 均衡が取れていた人の理性と、まつろわぬ性は崩れつつある。おそらくあと一年も持たないだろう。

 

 ああ、今日も微睡みが降りてきた。今度こそまつろわぬ性がまた狂奔に走るかもしれない。

 

『時は近こうございます。どうか御覚悟を、我らが救済の王よ……』

 

 声はもう叫ぶだけには飽き足らず、形を得るようになった。神獣を殺めたあの日からまとわりついて来た蛇は、今では四足の蛇となって、椅子に微睡む僕に語りかけてくる。

 

 僕は声に答えることなく、たった一人の兄に思いを馳せた。

 

「兄さん……。後は任せる……」

 

 僕はいつか人を外れるだろう。予感ではなく確信だった。

 けれど僕は僕だけの家族が愛して(殺して)くれる。それだけは心から信じているのだ。

 

 

#Part2 現状確認〜《月の洞》突入まで

 

 おはこんばんにちは、ゆっくりです。

 

 前回はキャラメイクを終えてオリ主くんが双子だったというガバを晒したとこまででしたね。双子というハプニングはありましたがチャートには特に影響ないので続行します。

 

 さっきのアナウンスでも言われていた通り、オリ主くんの名前はオルクです。

 ブルガリアの魔術名家の生まれで、そこそこ金持ちっていう【神殺し(ジャイアント・キリング)】に必要なポジションにいるのでオリ主がオルクんなのは固定です。

 

 

 で、なんで双子なのに気づかなかったかっていうと、まあ運命神の気まぐれ(AIランダムシステム)のせいです。

 

 キャンパスに採用されているまつろわぬビル・ゲイツも吃驚な超高性能AIちゃんが、毎回先史時代の約12000年前からバックストーリーを一秒一秒自作していくのでちょっとしたバタフライ・エフェクトが今回みたいな変化を呼ぶんですね。

 

 オリ主くんのステータスやスキルはある程度指定できますが、家族構成や経歴やらはスタートしてからのお楽しみになる訳です。

 100%私のガバという訳ではないんですね。ないったらない。

 

 

 そんで双子くんのステは──っと? 

 

 なんだコイツ!? 『屠竜人:聖ゲオルギオス(phenomenon)』持ってるやんけ! 

 

 思わず声を上げましたが驚くのも無理はありません。

 彼は"2つ名持ち"。

紅い悪魔(ディアブロ・ロッソ)』や『剣の妖精』みたいな早い話が、人間やめてますの証なんですね。

 

 なん……ですが…………私もそこそこ廃プレイヤー気取ってますが、原作勢以外で殆ど見掛けないですね……。

 

 これを持っていれば通常の約10倍近い補正が付きますので、エリカ姐さんやリリアナ姐さん御用達のゴルゴタの言霊みたいな高等魔術の習得にも容易になります。

 

 字面的に竜蛇への攻撃に補正が入るっぽいですね(攻略本(神話事典)見つつ)

 

 ま、まぁびっくりしましたけど、こういうのって他のステータスが絶望的でバランスを取っているものなんです。

 佳人薄命、神は二物を与えないって言いますよね。

 ほら、双子くんのステータスを確認すればそれほど羨ましいものでも…………あ、あれ? 

 

 ないですね……。至って健康な化け物です……。

 

 は? そのスキルわしのじゃないか? ゲフン……と言いたくなるくらい羨ましいですが、今回のチャートには関係ないので涙を呑んでスルーします。

 

 前述の通り、オルクんには『非魔術師体質』だけあればいいので。

 スキルなんて飾りです! 偉い人にはそれがわからんのです! (血涙)

 

 ……しかし魔術師の家柄で『非魔術師体質』と『屠竜人:聖ゲオルギオス(phenomenon)』の双子って……。

 

 オルクんの性格がだいぶ歪みそうですね。

 いつもなら一人っ子なのでそんなに気にしませんが……うぅむ。

 

 原作8巻でも言及されていたように、魔術が使えないなら経営の道へ進むよう教育されるので、社交性やINTに補正掛かってトントンくらいで収まるんですよね。

 

 社交性に✕が付くと面倒に……お、どうやらオルクんは真っ直ぐに育ったみたいです。特にこれといったバッドステータスはありません。優秀。

 しかし再三言いますが、2つ名持ちは珍しいですね。ここまで恵まれているなら将来的にカンピオーネの介添人に収まるかもしれません。地理的に侯爵かな? 

 

 介添人というのはあれです。

 護堂さんでいうエリカ姐さんだったり、ドニキのアンドレアだったり、教主の陸くんだったり、カンピオーネを慕って忠誠やら愛情やらを注ぐ魔王の騎士ポジションです。

 

【終末の夜明け】シナリオだと侯爵の介添人ポジは、若かりし頃のクラニチャール翁です。

 ひねくれ者も剣バカもいない欧州だと、ほぼ全ての魔術組織は侯爵の支配下にありますからね。《青銅黒十字》もその中に入ってます。

 ほんま人類ナイトメア。

 

 原作でも言及されていた通り、熱心な侯爵信者なのが今のクラニ翁です。なので《青銅黒十字》の本拠があるミラノを離れ、現在は侯爵のいる東欧に居を移しているはずです。

 

 

 さてさてハプニングもありましたが、次の確認に参りましょう。

 今回の【神殺し(ジャイアント・キリング)】の最重要事項は──ズバリ、クラニチャール家との関係です。

 

 クラニチャール家が今回の神殺し(ジャイアント・キリング)の上でとても重要になるので外せません。

 なんていったって【終末の夜明け】シナリオのクラニチャールはまつろわぬ神を()()していますからね。

 

 クラニチャール=弑逆予定のまつろわぬ神と置き換えても良いくらい本筋にくい込んできます。

 

 

 一旦停止し、マップ確認でクラニチャールの領地に凸ります。たまに運命神の気まぐれでクラニ翁がミラノから動いてない時がありますが、その時は再走案件です。

 

 見つけました、ここがあの爺のハウスね! 

 

 ひゃっほい! どうやらお隣さんに収まったみたいです。クラニ翁もちゃんと居ます! 

 隣といっても領地がクッソ広いので県を跨ぐくらい離れてますが。

 

 確認ヨシ! あとは強く当たって流れで行きます。

 

 

 ではでは張り切って初の自由行動です。

 まあ最初は出来ることなんて【コミュ】と【散策】くらいですが。

 

【散策】を選択するとイベントがランダムで起きるのでグッドイベントを引ければスキルやステ上昇を望めます。

【コミュ】はそのままキャラとのコミュニケーションを指します。

 

 キャラ毎に親愛度が0/100設定してあってコミュを取れば取るほど上昇します。この数値が高いとスキルをくれたり贈り物を貰えたりするので暇があればコミュを取りましょう。

 

 この時点でコミュを取れるのなんて親兄弟くらいなので気になってるトルイ氏とコミュります。

 おーい、トルイやーい! 屋敷のなかをぶ〜らぶらと散策しながらトルイ氏を探します。てか広い、ダッシュ常時ONにしよ。

 

【トルイは庭先で剣術に励んでいるようだ……】

【寒光一閃。剣風が舞った……】

 

 いましたね。金髪巻き毛紅顔の美少年が剣を振ってます。

 魔術師の家系なのに剣振ってる……? となるかもしれませんがカンピ世界の魔術師は剣術も魔術もどっちもいける派が多いです。

 

 純魔はいるにはいるんですが、原作ヒロインの万里谷さんにルクレチア・ゾラ、プリンセス・アリスがいますが、神祖の血を引く世界最高峰の女傑達なのであまり参考になりません。

 

 それ以外で言ったら……地相術士のダヴィド・ビアンキくんがいます。

 世にも珍しいカンピオーネを激怒させながら生き残った稀有な男ですね。

 

 カンピオーネプレイ中、遭遇すると七割くらいの確率で喧嘩を売ってくれるのでその愚可愛さから意外な人気があります。

 ビアンキくん虐待……ビ虐こそカンピオーネプレイの醍醐味などとのたまうプレイヤーも度々見かけます。気持ちは分かります。

 

 

 おっと話が逸れました。トルイ氏に思考を戻しましょう。

 画面越しですが抜刀と予備動作がさっぱり分かりません。こやつ……やりおる……。

 後方頷き老師顔をしながらステータス画面をチラリ。

 双子なのでオルクんとトルイ氏は同じ18歳のはずですがステータス差が酷いですね。

 

 オルクんは一般人レベル、それこそ人間時代の護堂御大より低いステータスなんです。

 ですがトルイ氏はエリカ姐さん並。化け物ですね。これが格差社会か……。

 

 まあ私がそうしたんですが。

 

 

 早速コミュを取りましょう。カーソルをトルイ氏の美貌に合わせてクリック! あーそーぼー! 

 

 すると驚いたように錆色の瞳をぱちぱちと瞬かせて、イケメンがこちらを振り向きました。剣を収めてこちらに気が付いて歩み寄ってきます。

 うーむ。190cm超の八頭身だと威圧感がありますがイケメンだと様になって見えますね。

 

 コミュ()ならないか。

 

 

『出掛けるのかい? 兄さんに誘われるなんていつ以来かな』

 

 おおう、見事なアルカイックスマイル。錆色の目がゆるく弧を描いただけの笑みが弥勒菩薩のよう。

 

 ・【太陽/THE SUN:トルイ・イギグとのコミュを始めますか?】


【Yes】

【No】


 

 

 迷いなく「Yes」を押します。

 

 あ、言い忘れてましたが名前の前にある【太陽/THE SUN】はメインプレイヤーから見たNPCを表わす象徴……もといアルカナです。

 早い話、ペルソナのアルカナと思っていただければ大丈夫です。

 

 スキルのせいで吹っ飛んでいましたがアルカナ持ちも希少です。

 先史時代ですら最低でも万単位で活動しているNPCから22のアルカナ持ちを探し出すのは容易ではありませんから。

 

 アルカナは親愛度みたいに数値の表示がなく、隠しパラメーターになっています。

 それに考察班曰く、コミュを取ってもパラメーターが上昇する訳ではなく、いずれ出てくるアルカナ持ちNPC専用のイベントをこなさなければならないそうです。

 手探りな上、難易度が高く、その分手に入るボーナスが美味しいのが特徴です。

 

 親愛度はローリスクローリターン。

 アルカナはハイリスクハイリターンが望めます。

 

 

 ではコミュを進めます。

 

 ・SELECT↑↓


【買い物】

【鍛錬】

【雑談】


 

 

 コミュでは主にこの3つの選択肢からひとつを行います。

 

【買い物】だと親愛度上昇と所持金を対価にアイテムが。

【鍛錬】だとステ上昇かスキルが。

【雑談】だと親愛度上昇と上手くやればスキルがもらえます。

 

 神殺し(ジャイアント・キリング)のためにも目的を果たすため、【買い物】連打します。

 

 今回の神殺し(ジャイアント・キリング)に必要な2大要素はまつろわぬ神と神器です。

 まつろわぬ神はクラニチャール家が保有しているので、お隣さんであると確認できたいま放置して構いません。

 

 ですが神器の方はまつろわぬ神と出会う前に確保&使用しておかなければなりませんので、確保は必須です。

 

 前回も言ったようにブルガリアには神器が二つ用意されており、特に必要のない片方の神器は発掘しなければプレイには関係ないのでスルー。

 

 重要なのはもう片方の神器なんですが、普通に市場に出回っているので町へ買い物に繰り出しながら地道に探すしかありません。

 

 私のプランは【買い物】で神器を探しつつアルカナ持ちの親愛度を上げる! 

 一石二鳥の策です、勝ったなガハハ! 

 

 

 ──それが果てしない戦いの始まりだったとは、この時の私は欠片も理解していなかったのです……。

 

 

【速報 】トルイ氏、秒で迷子になる【さっきまでそこにいた】

 

 

 あ、ありのまま今起こった事を話すぜ! 

 

「おれはトルイ氏と一緒に買い物に出掛けたと思ったら、トルイ氏がいつのまにか消えていた」

 

 な、何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……。

 頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ……断じてねえ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 

 

 どうやらトルイ氏は方向音痴だったようです。

 周囲を調べてもヒントらしいものもないので仕方ありません。先に神器を探しましょう(クズ)

 

 座の親父ぃ! 今日の品揃えはどうだい! 

 

【へい、いらっしゃい! いいのが揃ってるよ!】

 

 神器ナシ、確認ヨシ! 

 

 座の親父に手を振って場を去ります。一回目で見つかるとは思ってないので次回に期待して持ち越します。

 今は4月なので、とりあえず7月に発生するイベントまで手に入れば大丈夫。その間、ずっと通いつめる事になりますが。

 

 

 さて……次の問題は迷子か……。

 

 おそらくこれは護堂御大専用イベント【謎の魔王カンピオーネ求めて】の類型シナリオと見ました。

 護堂御大のはとこさくらちゃんが乱行を続けるカンピオーネを一緒に探してと護堂御大にお願いする短編を元にしたイベントです。

 

 イベントは分かりやすい表示はなくいつの間にか始まっているので状況把握と見極めは必須スキルです。

 

 鑑みるに正攻法はNPCからヒントを集めて本人に辿り着くんでしょうが……めんどくさいのでスパッと終わらせます。

 

 というのもこのキャンパス、走りが同人ゲーで温故知新と言いますか、そのころの名残が残されてたりします。

 それはRPGツクールっぽいUIだったり、有名なバグ技だったりします。

 

 なのでそれを流用した、コマンド入力からの目的地にワープが可能なのです。

 

 では参ります。右、下、左、左、グルッと回ってWow! 

 

 これでOK! 

 路地裏に入って画面が切り替わると……居ました。トルイ氏です。

 

 ブナの木々が青々と繁る森で、片膝をついて空から差し込む陽の光を浴びています。

 

 カーソルを合わせてクリックすると、振り向いてアルカイックスマイルなんか目じゃない嬉しそうな笑みを向けてきました。何だこのイケメン……。

 

『あはは。おっかしいなぁ……兄さんはなんでここに居るの?』

 

 なんで居るんでしょうね(哲学)

 神器探しのついでです、とは言えないので普通に探しに来たと返します。

 

『そっか。不思議なこともあるんだなぁ』

 

 のほほんとしたトルイ氏にイラッとしつつ手を引いて帰ります。

 というか何処だここ。まあ、バグ技使って追ってきたので帰り道分からないのは当然ですね。マップを見ますが現在地不明の一点張りで役に立ちません。

 妙ですね、基本的に現在地は()()()()()()()()()()()でもない限り表示されますから。

 

 するとトルイ氏が前に出て歩き出しました。

 

『君は僕を探すのが上手いなあ』

 

 ……ん? なんか目が合ったような気がしますが……流石に気の所為ですかね……。

 トルイ氏に引っ張られて帰り着き、これでコミュ終了です。あとはリザルト画面から報酬をもらいます。

 

 この一連の流れを延々とやっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて早3ヶ月。

 開始がゲーム時間で4月。神器は7月のイベントまでに見つければいいとも言っていました。

 

 そして現在6月後半。

 トルイ氏と買い物に繰り出し幾星霜、迷子を探して三千里、期限が迫って再走は嫌だとのたうち回り果てなきモノローグのイントロが流れてきた頃……ついに神器をゲットしました! 

 

 所持金をすっからかんにして購入した神器──『パックの媚薬』です!!! 

 

 

 ………………。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 

 ──『パックの媚薬』です!!! 

 

 

 ま、待ってブラバしようとしないで! 話を聞いてください! 

 これが【神殺し(ジャイアント・キリング)】には必須な神器なんです! 

 

 説明をいたしますとパックはあれです、シェイクスピア不朽の名作『真夏の夜の夢』に出てくる妖精ですね。

(淫夢とは関係)ないです。

 

 真夏の夜の夢は妖精パックが、キューピットの矢を材料にした惚れ薬をまいて、その匂いを吸ってしまったティターニアや貴族、職人がいっせいに一目惚れしてしまうというのがあらすじです。

 

 そしてその逸話こそ『パックの媚薬』の元となった話です。

 

 ブルガリアの市場を転々としているのも、真夏の夜の夢の舞台はアテネの森ですから時代の変遷で隣国まで流れてきたという設定のようです。

 

『パックの媚薬』は低位の神具ですし、天叢雲剣らのようにまつろわぬ神を傷をつけるなどの殺傷性はありません。

 

 しかし、ランクが低い神具だからといって──ぶっ壊れでないと何時から錯覚していた? 

 なん……だと……。

 

 腐っても神具ですからね、破格なのは変わりないです。

 これを所持しているだけで初期親愛度+25というぶっ飛んだ性能をしているんです。

 

 それだけではありません。

 神具は神話の忘れ形見、神様にも通用する人知を超えた代物……なので有効なんです。()()()()()()()()()()()

 

 これさえあれば不意にまつろわぬ神orカンピオーネと遭遇しても、即死する可能性はグッと減ります。

 まあ誰とは言いませんがどれだけ親愛度稼いでもブチコロしてくるキチガイもいますが。侯爵とか教主とか剣バカとかetc……該当者多すぎ問題。

 

 人類普遍の敵であるまつろわぬ神にも好感を抱かれるという壊れアイテムですが、こうでもしなければ成功しないし成功する保証もないエンドコンテンツ【神殺し(ジャイアント・キリング)】の恐ろしいところ。

 

 ですが『パックの媚薬』は所持金をカラにしてもお釣りがくるほど有用ですし、キーアイテムを手に入れたので先に進めます。再走の危機からも脱出しましたしね。

 

 

 うん。

 

 

 そろそろ狩るか……♤

 

 

 それでは条件も揃ったことですし早速クラニチャール領に凸しに行きましょう。といっても本邸にカチコミする訳ではありません。

 

 クラニチャール家が現在保有しているまつろわぬ神であり、殺害予定のまつろわぬ神へ会いに行きます。

 

【散策】を選択してそのまま徒歩でクラニチャールの敷地に向かいます。

 本邸を訪ねてもそもそも目的であるまつろわぬ神はいないので、クラニチャールの領地に入ったらすぐにバーに向かいます。

 

 別にバーに入っても絡んでくるヤンキーはいないのでカウンターに座ってミルクを頼みます。

 所持金も神器のおかげで払底していますので安いミルクをちびちび飲みます。

 

「おい、聞いたか。あの噂話?」

 

「《月の乙女》の話だろ? 聞いた聞いた」

 

 やりました、噂話から【ヒント:銀月の水面】をゲットです。条件は整っていますしイベントが早々に起きたようです。

 

【ヒント】は隠し要素を探り当てるのに必須といってもいいです。まつろわぬ神が潜む神殿や未発掘の神具を探り出すのに【ヒント】がなければ詰みます。

 原作3巻でも護堂さんがメルカルトの神殿を発見した折、司祭の才能があるかもと示唆されていましたよね。あんな感じです。

 

【ヒント】なしでも正確に座標を探し当てれるなら必要ないんですが、上手くいく保証もないので手堅く行きましょう。

 

 

 イベントの発生が夜限定なのでそのままミルク一杯でバーに居座ります。カウンター越しに見てくる店主の視線が痛いですが、セルフスキル鋼の意思で耐えきり現在20:00時。

 

 人里を離れて森に入り、枝をかき分け祠に足を踏み入れます。ここら辺の道順は死ぬほど通ったので今では目を瞑ってでも走破可能です。

 

 中は空洞になっていて、穴のあいた天井から月光が内部を照らすなかなか風情のある場所。

 ケファロニア島にあるメリッサー二洞窟を思わせる幻想的な空間が広がります。

 

 さてここからが本番です。私渾身のPSを魅せる時が来ました。

 

 

 その前にひとつネタバレをば。

 

 いかに魔術の名門であるクラニチャール家といえど、所詮は人間の範疇にあるのでまつろわぬ神を支配下に置くなどという離れ業は不可能です。

 

 ではどうやって支配下に置いたか? と問われると実は簡単な話で、まつろわぬ神、といっても今現在はまつろわぬ神ではないのです。

 

 嘗てはまつろわぬ神であり、今は零落してしまった姿……つまり"神祖"をクラニチャール家は保有し支配下に置いているんですね。

 

 まつろわぬ神は基本的に死にません。

 膨大な力を持っているのもそうですが、神様御用達の不死性や不滅性を持っているからです。

 

 ですのでまつろわぬ神は何らかの要因で死んでしまっても完全には()()()()んですね。

 

 そして残ってしまった不死性や不滅性は『神祖』という形で"人格"と"命"を得るわけです。早い話、まつろわぬ神が有していた不死性の残り滓が『神祖』なんです。

 カンピオーネの簒奪する権能も、そういう意味では神の不死性の発露とも言えるかもしれません。

 

 まつろわぬ神の残滓とはいえ人間は及びもつかない格の違いがありますし、命を対価にしますが一時的にまつろわぬ神へと回帰し権能クラスの力だって振るえます。

 

 

 では何故、神祖をクラニチャール家が支配できているかと言うと人格がないんですよね。空っぽの状態。

 

 人格は言い換えれば自我です。

 自我がなければ意思や感情も生まれないので、それこそ操り人形なわけです。

 

 ここで利いて来るのが『パックの媚薬』です。

 媚薬をオルクんにサッー! (迫真)と混ぜれば、神祖ちゃんの親愛度が+され目覚める……という寸法です。

 

 かなり博奕イベントですし、此処を落としたら再走案件ですが何とかなるでしょう(109敗)

 できれば初邂逅で件の神祖ちゃんから信頼を勝ち取り、アルカナ発現イベントまで持っていきたいですね。

 

 ミス・エリクソンを百回堕とした我が悩殺術の秘奥、見せちゃらあー! 

 

 

二話:降り注ぐアルテミスの鏃

 

 白だった。

 

 天井を覆う石くれの間隙からそそぐ月光をしっとりと浴び、薄衣を腰へ当てただけの彼女は──白だった。

 

 造形美を極めた白面と振りかえる仕草から覗くうなじ。ほっそりとしたなで肩を下れば、桜色の突起すら惜しげも無くさらけ出した乳房と、見事な曲線を描く臍が目を灼く。

 

 鼠径部より下を薄い布切れで隠す乙女は一枚の名画さながらで。

 

 なんだか、裸婦画みたいだな。

 

 反射的に彼女をあらわす単語があらわれて、でも、乙女の無機的な雰囲気にすぐに翻すことになった。

 

 だって裸婦画もっと生々しい。絵であれど生命の躍動を仄かにでも感じ取れる。けれど彼女は……あの女を象った()()()は無味乾燥としている。

 

 彼女には色があるはずだ

 しかし彼女へピントを合わせると、途端に女の形をした真っ白な空白だけが写った。

 まるで光が彼女に反射した途端、色を伝達する機能を停止したかのように。

 

 きっと石膏でできているのだ。俺たちのように炭素由来の生命ではなく、珪素から生まれた大地の申し子なのだ。

 

 だったら彼女はきっとガラテアだ。

 

 そうして俺は物言わぬ乙女に心奪われたピグマリオンさながらに、見惚れて立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 めちゃくちゃ綺麗なんだって、と誰かが言った。

 だから会ってみようと決めた。

 婚約を言い渡された18の夏。俺は《月の乙女》に会ってみようと決心した。

 

 バーの丸窓から夕日が左頬に注ぐのを合図にして、やっとカウンター席から立ち上がった。

 

 門限はとうの昔に過ぎ去っているが、構わない。

 

 それに辺りはまだ明るい。一年で一番日が長いのは夏至だ、それは世界中どこでも変わらない。

 

 ブルガリアでは一週間ほど前に夏至を終えて、6月31日夜に差し掛かるころ。

 そう、6月31日。

 それもそんじょそこらの6月31日ではない。

 

『イギグ家はトルイが継ぐことになった。オルク、お前は婿に入れる』

 

 イギグ家のオルクとして送る最後の夏休みだ。

 

 死ぬわけじゃない。でも婿に入るとなれば名も変わるだろう。名が変われば……オルク・イギグとしての人生は終わる。

 

 生まれ変わると言った方がやわらかく的確な表現かもしれないが、俺はこちらの表現を好んだ。

 

「だって、名前は魂なんだから」

 

 人が死んだ時、最後に残るのが名前であるように……人が名前を失えば、それはそれで一つの死なのだ。

 

 だから、()()()()()()()()()()()()

 なんて気持ちであやしげな噂話に首を突っ込むことにした。

 断じて深い考えがあったわけじゃない。が、それでも決して軽い気持ちでもない。

 

 ……恋も知らないうちから婿に入る。それも家の都合で。

 

 それは、いやだ。

 

 背骨から吹きあがる一念が心身を駆り立てた。

 生まれてから今まで、父に反抗など考えたこともなかったし文句もなかった。

 

 だけど今、帰路とは逆の道を歩いていた。

 魔が差したとでも言うべきか。生まれて初めて、自ら愚かな行為に手を染めたかった。

 

 婚約から結婚まで一年もないという。

 だったらモラトリアムを自由に使ってもいいじゃないか。

 ……死刑囚でさえ死の直前には喫煙を許されるものだ。

 

 

 バーを出てからどれほど歩いただろうか。森に繋がる公園に入り、空を見上げれば叢雲に翳る満月が浮かんでいた。

 

「早いな」

 

 こんな夜遅くまで外出ているのは初めてだった。ちょっとしたスリルを楽しみつつ、先ほど聞いた噂を反芻した。

 

 噂に聞く乙女は、夜の《月の洞》に()()という。

《月の洞》は天井にぽっかりと穴が開いた洞窟で、満月なら穴を台座としたように綺麗に収まってしまうから、そんな名が付いたらしい。

 

 公園のやたらめったらに伸び切った芝生を横切ると、ブナの雑木林が現れた。高らかに自然賛歌を謳う文明の禁足地だ。

 

「……いくぞ」

 

 それでも決意を込めてブナの楽園へ踏み込んだ。

 

 辺りは真っ暗になった。

 夏場の森なんて、生命力旺盛な木々が枝葉を伸ばして日光を奪い合う戦場だ。人間ひとりが訪ねてきても考慮は一切してくれない。

 

 土地勘や道順だって知ってるわけじゃないし、散歩中に思いつきでやってきたから、普段着のままだった。それに懐中電灯もない。地図のなければ方位磁石も持っていなかった。

 

 夜の森なんて迷いの森だ。明らかに遭難志願者でしかなかったが、でも不思議なにかに導かれるように進みつづけた。

 

 

「嘘だろう?」

 

 思わず眉間に熱が籠るのを感じた。

 俺には魔力がない。魔力がないから、霊感や、いわゆる第六感というものが死滅しているのがオルク・イギグという人間だったはず。

 "ピンと来る"だとかインスピレーションというものにも生来見放されて続けていた。

 

 だから簡単に見つけられた事実に素直に驚いた。

 

 ──(ほら)の入口があった。

 夜闇と草の背におおわれているはずの入り口はすぐに発見した。

 

 直感やスピリチュアルな感覚が豊かじゃないと発見不可能だろうと混乱したが、でも理由はすぐに見つかった。

 

 簡単な事だった。

 くしゃくしゃに脱ぎ散らかされた服があたりに転がっていたからだ。

 

 よく見れば女もの。その上、長い頭髪まで見つけてしまって、より厳しい表情を作った。

 

 手に取って見るとほんのり温度が残っていて、大口を開けている洞に胡乱な目を送った。

 誰か居るのだろうか。それとも噂目当ての野次馬だろうか。

 ……覚悟を決めて中に入った。

 

 

 深い闇を歩くようだった。

 森にはびこる暗闇の根源と言われれば信じてしまえそうなほどその闇は深く、身をかがめて苔むした岩壁に手をつきながら、そろりそろりと進む。

 

 光源がないわけじゃない。でも遠い。

 ずっと先に数十光年と離れた星光さながらに微かにまたたく光が揺らめいていた。

 

 ふと思った。

 これまでの一幕はまるでタロットカードみたいだ、と。

 

 タロットカードとは占いグッズで有名だが、人の成長と人生を描く寓意画集という側面もある。

 

 今の自分はタロットに当てはめるなら"悪魔"から"月"を渡り歩いている場面だろうか。

 噂話という甘言にそそのかされ、何も見えない暗闇のなかで、一筋の光を見つけて、そろりそろりと光を目指して歩いていく。

 

 そして"月"の次のアルカナは"太陽"だ。達成や成功を意味するカード。

 

 魔術師の家系だったこともありタロット占いなんて何百回とやってきたが、"太陽"のカードだけは引いたことがなかった。

 逆に弟のトルイが太陽ばかりを引いてしまうから、二人して困ったように笑っていた。

 

 "太陽憑き"のトルイを思い出しながら、少しだけわくわくした。いるのだろか、この先に。件の《月の乙女》とやらが。

 

 

 自然と歩みも足早になる。転ばなかったのが不思議だった。足元も見えない暗闇のなかを、もはや駆けるように歩き去った。

 

 光へ向かって駆け抜け──突如、地面が無くなった。

 

「は?」

 

 間の抜けた声を虚空に残して、真っ逆さまに落下した。

 落下しつつフラッシュバックする海馬のメモリの中に答えがあった。

 

《月の洞》には地底湖があって、毎年飛び込むバカがいるらしい。

 

 まさか自分がそのバカになるとは思わなかった。

 

 ざぶんっ! 

 次の瞬間、盛大に水飛沫をあげて顔から地底湖に突っ込んだ。

 

 苦しい。

 予想していたような全身が砕けるような衝撃はなくて、底なし沼に突き飛ばされた現実だった。

 

 でも底なし沼はこんなにも透明じゃないし、一気に引きずり込んで来ないから違うのだろうけど、底に足が付かないほど深いのだから似たようなものだ。

 

 かすかに見えた光へ、手を伸ばす……まぶたを見開いて一個の光子だって逃すものかと光を求めた。

 

 水中に没した浮遊感と、無明の世界でまたたく一欠片の光。

 

「Amar……Utu……ッ」

 

 刹那の既視感はあっという間に消える。

 

 光をかすめた魚影らしきものを反射的につかみとった。そこから更にもがきにもがいた。

 

 まるでタランチュラに噛まれたおかしな踊りを起源とするタランテラのように豪快に手足を振る。

 

 真実、水中のタランテラだった。

 命を懸けて生にしがみつくという本質は変わらない。感覚を鋭敏にして陸という活路を探した。

 

 指先が岩に触れた。皮が破けたが知ったことか、手を叩きつけて体制を立て直すと、足で蹴りあげ一気に浮上した。

 

 顔に乗っかった水の膜を破いて、大きく息を吸う。生きている。呼吸は生の実感だった。肺にまで及んだ水を吐き出しながら陸地を目指す。

 

 夜闇によって黒く燻された水面を泳いで、やっとの思いで陸地にたどり着いた。全身濡れ鼠になりながら、岸に這い上がる。

 

 ゲホッゲホッ! と咳き込みつつ岩肌に身を投げて、何度か深呼吸に成功する。

 

「生きてる……なぁ俺…………」

 

 ひとしきり生きる喜びを実感しつつ、そういえば、と無我夢中で掴んだなにかを月光にかざしてみる。

 

「…………水着……?」

 

 それも胸を隠す方の。

 オワッ!? と奇声をあげて思わず地底湖のほうへ投げ捨てようとして、慌ててつかみ直す。手のなかから飛び出そうとした水着を胸元にかき抱いた。

 

 誰かに見られたら終わりだな、と自分の醜態に笑って

 

 

()()()()()()

 

 

 月を背負う姿と相まって、すぐに悟った。彼女こそ《月の乙女》なのだと。

 

 乙女は地面に届きそうなほど長い髪を結いもせず、ただただ降りそそぐ光を飼い慣らして月光浴をしていた。光は平等に天下るものなのに、彼女の周囲だけ一際光が満ちていた。

 

 ──アルテミス。

 あれはもしかするとオリンポスの月女神かも知れない、と安直に想起した。

 月の女神は兄とともに、地中の闇のなかで生まれた伝承を持つ。

 

 月が見える地中で月光浴をする乙女なんて、アルテミスに繋がって仕方なかった。

 

 でも自分の目は潰されてもいないし、動物に変えられてもいない。

 だから彼女は月の女神ではなく《月の乙女》なのだ。

 

 首だけを振り向かせ、自然と視線がつながった。彼女の瞳は透徹としていて硝子じみていた。景色を透過して何も映してはいなかった。眼前にいるはずの俺さえも。

 

 どちらともなく唇が少しだけわなないて、静止しきっていた時が動き出した。

 先んじたのは乙女だった。

 長い銀髪を鱗のように石膏の肌に侍らせて、細い指がゆっくりと胸元の十字のペンダントへ伸びる。

 

 いけない。

 

 咄嗟に動いたのは脊椎から迸った直感だった。

 獣が獲物に飛びかかる動作とまったく変わらない獰猛さで乙女の前に立つと、十字のペンダントを弾き飛ばした。

 

 からん、からん、とどこか滑稽な音を響かせてペンダントは洞の闇へ消えた。

 何故? と問われれば、あのペンダントからは死臭を嗅ぎとったから、としか答えようがなかった。

 

 第六感はないが、その分、死の予兆や危機感知能力は人並み以上にあるらしかった。

 これまでの人生で大過なく歩んでこれたのも、嗅覚による所が大きい。

 

 さて、閑話休題だ。現実に思考を戻そう。

 咄嗟だったから手を振り切ったあとの動作なんて、頭になかった。

 

 獣のように前のめりに飛び出して、腕を振り切ったら二足歩行の人間はどうなるだろうか。

 バランスが地すべりを起こしたハゲ山のように木っ端微塵に崩れ去るに決まってる。

 

《月の洞》に地底湖があって良かった。

 さっきまで命を取られそうになったのも忘れて、感謝を捧げながら、また水中へ帰還する羽目になった。それも彼女ごと。

 

 ざぶん、と見てる分には痛快なくらい水しぶきを上げて水中へ没した。

 浅瀬だったから意外と近い水底が見えて、すっ転ぶ瞬間、なんとか彼女の下に自分の体を滑りこませる事に成功した。

 

 あは。

 

 聞き間違いだったかもしれない。笑い声が聞こえた気がした。

 

 水のなかで揉みくちゃにされつつ「溺れるのはもう結構だ」と、ひっくり返った重心を戻した。頭をふって顔にしたたる水滴を拭う。

 

 同じ場所に二度も溺れかけるとは。

 人生で初めて馬鹿なことをしたが本当に馬鹿だった。後悔の念とともに顔をあげると──透き通った瞳があった。

 

 時がふたたび静止した思いだった。

 稼働し続けるオルク・イギグの時間が、瞳孔の開き切った虚ろな一睨みで止まりきってしまった。

 

 乙女の瞳は綺麗で、無機質で、無感情で。

 

 爬虫類の目だった。

 

 古来より東西問わず人は蛇の視線には恐ろしい霊力が宿ると考えていた。ゴルゴンがそうだし、蛇睨みという言葉にも顕著に現れている。

 

 俺は見事にその視線に当てられて、そして乙女は微動だもせず。

 でも爪一枚の隙間だってないくらい近づいた鼻先が、二人の呼吸を伝えあって……俺は人形じみた乙女からこの上ない生の主張を受け取った。

 

 体感時間では1年は過ぎたように感じたのだが、きっと1分も経っていなかったのだろう。

 

 頭に乗っかっていた蛙がしびれを切らして、髪を踏み台に水のなかへジャンプした。ぽちゃり、と波紋を作るとすいすいと夜の地底湖を泳いでいった。

 

 なんとなく幻術を解かれたような心持ちで見送っていると、

 

「あははっ」

 

 すぐ近くから耳覚えのある笑い声が鼓膜をたたいた。

 

「あはははっ」

 

 笑い声は1度に収まらず、幾度も幾度もくりかえしては反響した。

 

 驚いて振り向くと、依然として膝の上に乗っかったままの乙女が、何がおかしいのか、お腹を抱えて笑っていた。

 

「っぷ、くく……」

 

 次に笑い声がもれたのは、自分の喉からだった。

 何がおかしいのかなんて大真面目に考えるほどでもない。1度、緊張のダムが決壊するとあとはなし崩しだった。

 

 だって、わけのわからない噂を辿って門限を破って、地底湖に真っ逆さま。挙句、溺れては全身ずぶ濡れになり、目的の《月の乙女》らしき人物に会えたはいいが、今度は蛙のせいで笑われる羽目になった。まるでいい所がない。

 

「あはははっ」

「ふ、くくくっ」

 

 二人の鼓動が水面で波紋となって緩やかに交わって消えた。笑いすぎて再び水中へ引っ張り込まれそうになって、慌てて膝を立てて踏ん張る。そこに彼女が手をおいて揺らすものだから三度水中へ没するところだった。

 

 ひとしきり笑い合い、その頃にはさっきまでの爬虫類じみた目は姿を消し、理性の光を宿したルビーの瞳があった。

 

 色がないと評した彼女から見つけた紅一点。

 それは瞳を起点として血液が巡るように彼女に及んだ。石膏じみた白と朱が交じり合い、体表にほのかな温かみが生まれた。

 鼓動と呼吸という命の息吹を、誰かに認識されることで人として息を吹き返すようだった。

 

「笑えたのか」

「……ん。笑ったのは久しぶりだったけれど上手く笑えたかしら?」

 

 彼女は膝頭に置いていた手に頬を当てると、首を傾げて問いかけた。

 

「俺が笑いだしたいくらいには」

 

 と答えてひとつの事実に行き当たった。今更だが彼女はほぼ全裸だ。

 次いで感じたのは気恥しさだった。おぼこい童貞と笑ってもらって構わないが、彼女を美々しい"無性"の人形ではなく、魅了的で"女性"として認識していた証左だった。

 

 何が言いたいかというと彼女が動けば動くほど、胸元にぶら下がる至宝が揺れて仕方ないので目に毒だった。

 

 

 ふと()()()ものの存在を思い出す。指先を見てみればやはりあった。最初に溺れた時から握っていた水着は、しぶとく掌に収まっていた。

 

 溺れる間も、笑っている間も、ずっと女子の水着を握っていたとなれば問答無用で変態の烙印を押されそうだ。

 ならばサッサと持ち主に返すとしよう。

 

 膝の乙女を裏返すと、するりと布を渡して背中で紐と紐とを結んだ。瞠目して身動きしなかった彼女が、細い指をおとがいに当てて少しだけ頭を傾けた。

 

「随分手馴れているのね?」

「いや……」

 

 そういう訳ではないのだが。

 

 ちょっと前にトルイから教えられたのだ。というのも何処から情報を仕入れたのか『遥か東のイポーニヤじゃ、ブラジャーの脱がし方を知らないだけで童貞は死ぬって言い伝えがあるらしい』とのたまって、半強制的に勉強会に付き合わされた過去があった。

 トルイはあれでスケコマシの才能があるから、鬼に金棒を与えた気がしてならない。

 

 きっと目の間の乙女なんてすぐに食べられてしまうだろう。

 そう思うとちょっと不安になった。

 水着の紐へもう一度手をかけ、ッキュ、と少し強めに引き結んだ。

 

「──!?」

「こんな大事なもの、失くしちゃいけない」

 

 きっと弟だったら襲ってしまうからな、という言葉は舌根に隠しておく。

 すると膝の上からさっと飛び退った彼女が、今度は猛然と詰め寄ってきて頬をつねられた。

 

「ご忠告はありがたいのだけれど淑女への振る舞いとしてはどうかと思うわ?」

「痛い」

「痛くしてるの」

 

 月明かりに反照した彼女の白い手は不自然なほど赤らんでいる気がした。そっぽを向いてしまった乙女から気を反らすように話題の方向転換をはかった。

 

「そういえば名乗ってなかった。俺はオルク。オルク・イギグだ」

 

 でも失敗だったのと気付いたのは、名を伝えた直後のことだった。

 

「オルク……イギグ……。そう、あなたが……」

 

 彼女は何度か噛み締めるように名を呟いた。

 

 ああ、知っているのか。心が凪いだ。

 

 オルク・イギグという名はブルガリア南西部……トラキア周辺では有名だ。悪い意味で、だが。

 

 イギグ家はそこそこ歴史が古く、それでいて程々に力のある魔術師の一家だ。だからそこの長男が魔力を貯めれない無能者なら噂にならないはずがない。

 人の口に戸は立てられないと言うし、狭い界隈だからすぐに広まった。

 

 別に実害があったわけじゃない。差別も排斥もされた記憶はないが、なにか痛ましい物を見るような視線が苦手だった。

 

 彼女が魔術師なのかどうか判断に迷うが、魔道を嗜むもの特有の浮世離れした雰囲気があったから関係者なのだろう。

 だから悪い噂を知られている、と思うと少しだけげんなりするものがあった。

 

 振り切るように、今度はこちらが問いかけた。

 

「君は?」

 

 小さく頷いた。それが返事だった。

 

 名乗りたくないのか、それとも名前がないのか。それとも別の理由か。なんにせよ《月の乙女》らしき彼女は否定を示した。

 

「──ティア」

 

 まぶたを伏せ、うつむき気味だった彼女が、弾かれるように顔をあげた。洞の闇が隠していた容貌のうち左頬から内耳まで、銀の月光が照らしだした。

 

「……なんて名前はどうだろう」

「え?」

 

 そっと手を伸ばして頬に触れると、照らされた箇所を親指でなぞった。指の腹がなめらかな肌を滑べる。

 

 

「昔、子供のころ。弟が名前がないって泣いた事がある」

「……もしかして名前を与えられなかったの? ご両親から?」

「いいや。ちゃんとトルイっていう名前があった

 でも……あいつは泣いたんだ。足りない足りないって」

「トルイ? もしかして赤獅子のトルイ?」

「そんな二つ名もあったな。ああ、そのトルイだ。俺は泣き止んでくれないトルイに困り果てて名前をあげた。あの日は聖人を祝うゲルギョヴデンだったから守護聖人の名前をあげたんだ」

「守護聖人……」

「するとあいつは泣き止んでな。それからだ。あいつが嘘のように強くなったのは」

 

 それからだ。弟が名前に固執しはじめたのは。

 でも幼少の原体験から名に固執しているのは自分もかもしれない。改名を死とさえ捉えているのだから。

 

 名無しの彼女に名前を与えなければと、多少の強迫観念があったのもそれが理由かもしれない。

 

「君に名前があるのかないのか俺は知らない。でも名前がないのは辛いことだ」

 

 彫刻じみた彼女の目じりには小さな黒子が一つだけあった。それが涙に似ていた。名前の由来は馬鹿みたいに安直だった。

 

「……だから、俺は勝手に名前をつける。俺と君しか知らなくても」

「本当に、勝手ね」

「性分なんだ」

 

 唇だけで笑って、脳裏をよぎった記憶を悟られないように見送った。実の所、俺は彼女……ティアの名前知っているかも知れなかった。

 

 洞の入口で脱ぎ捨てられた服に簡素な金属タグがあったのだ。【Rlumia・Asar・iseth】と彫られたタグが。

 問い掛けることも、確認もできた。でも敢えてその選択肢には横線を引いた。

 彼女が求めなかった、ならそれが正しい。名とは聖も俗も邪も善もなく、絶対不可侵なのだから。

 

「ありがとうオルク」

 

 肩にあたたかみを感じた。額をあてたティアがいた。

 

「ティア」

 

 そう呼びかけた途端、()()は視界を横切った。

 

 洞窟という大地の落とす影によって黒ずんだ地底湖の、一部分だけ月光に照らされた場所。月が水面でまたたくその下で、水底を這う龍の影を確かに垣間見た。

 

 自分には第六感がない。魔力がないから。

 霊的なものはとんと無頓着だし鈍感だ。だから現実に存在する見たもの、聞いたものしか認識できない。

 必然、実物しか信じられないし他人にあると保証されても信じられなかった。

 

 ならさっき垣間見た竜は本物なのだ。南スラヴは竜殺しの逸話には事欠かない地域で、ズメイや聖ゲオルギオスの起源も南スラヴとされている。

 

 けれどどうでも良かった。眼窩に収まる二つの目は、隣の彼女ばかりを見据えていた。

 

 石膏の処女のなかにある降りしきる命のぬくもりを確かめたくて丸めた小さな肩を抱いて……ああ、生きてゐる。

 

 初めてティアという誰かを()()()()気がした。

 

 

三話:指し示すセフィロトへの道

 

 大地は生命を育む胎盤だ、と昔読んだ本に書いてあった。なら地中そのものに穴が開いた洞窟は大地の子宮なのだろう。

 

 洞窟のなかで《月の乙女》と呼ばれた人形は、名を授かる儀式によって個へと転訛した。神話の女神アルテミスが暗い地中で生まれた神話を模倣するように。

 

 なら個が生へと変わるのは、何を与えればいいのだろうか。

 

 

「あなたはどうして此処にきたの?」

 

 途切れた会話が再びつながったのは、ティアからの脈絡のない質問だった。

 即答は出来なかった。しなかったのではなく。

 答えるなら「婚約が決まってヤケになった」なのだろうが……情けないことこの上ない。口に出すのはどうにも気恥ずかしかった。

 

「答えたくないのなら、いいけれど」

「人生で2番目くらいの恥部だ。口にしたくないかな」

「1番じゃないのね」

 

 困ったようにクスリと笑って、ティアは思案するように虚空をながめた。

 

「じゃあもう一つ。あなたはどうやって此処に来たの?」

 

 今度の質問は拒否や言い逃れを許さないという意思を孕んだ声音だった。さっきの質問と似たような質問だったが、内容は少し奇妙に思えた。

 

「歩いて、だが」

「そんなはずないわ」

 

 戸惑いを隠せず簡素に答えると、断定的な否定で戸惑いごと断ち切られた。

 

「……どうしてそこまで言い切れるんだ……?」

 

 ティアは答えず指を横滑りさせた。

 それだけで湖沼の浅瀬がざわめき、水の一部が蛇腹を這わせてのたくる蛇さながらに蠢いて彼女に侍った。

 

 生まれてから身近にあり、オルク・イギグが永劫行使できない埒外の法。

 魔術だった。

 

「だって此処は、神の胎内とも言うべき聖域よ。アストラル界でいうなら"禁足地"に近しい場所。只人が辿り着くなんてありえない」

 

 アストラル界。

 その単語には聞き覚えがあった。神話と地上の狭間にある、広大無比な聖域がそれだ。欧州だけでなくイランではメーノーグ、東洋なら幽冥界や幽世など、呼称を変えながらも世界中のあらゆる神話に影を落とす。

 

 それほど格のある土地だ。まつろわぬ神や、人の範疇から大きく外れた超越者たちが隠遁するとも囁かれる。

 そして、それら力のあるものたちはアストラル界を思いのまま己が領域と変え、外部からの侵入を阻むという。

 マレビトの存在を許さぬ地を──禁足地と呼ぶ。

 

 ……と何処から知識を仕入れたのかトルイが言っていた。

 

「辿り着けないと言われてもな。俺は噂を聞いたんだ、だったら訪れた人も居るはずだろう」

「いいえ、此処を訪れた人間はいない。あなた以外は。この聖域は、存在はしていても地上からは踏み入れられない。見えても近寄れない。在っても触れられない。人々は言葉でしか此処を観測出来ない。そんな場所なのよ」

 

 どういうことだ。疑問で顔を曇らせていると付け加えるようにティアは言葉を続けた。

 

「あなたの言うとおり《月の洞》は現実にあるわ。いくら禁足地に近しいと言っても此処は地上。アストラル界ではないもの」

「…………」

「けれど、此処は()()()()()()()()()()()場所。醒めてはならず死に留めておかなければならない災厄神の大墳墓。だから《月の洞》は人の前には決して現れず、噂だけが人々の口の端に宿るよう設えられた……」

 

 ティアは《月の洞》が見えるけど見えないものだと言っているらしい。霊感を持たない人間が幽霊の気配を察知できないように。

 しかし《月の洞》の実在性より、別の話題への興味が勝った。

 

「まつろわぬ神がいるのか? 此処に?」

「ええ。……死んでは、いるけれど」

 

 正直、反応に困った。

 

 この世に神が現れるらしい事は知っていた。

 魔力はないとはいえ魔術師の家系に生まれた宿業で、妖精や魔物の類などを目にしない日はなかった。だから、薄ぼんやりと神なんて出鱈目もいるのだろうと思っていた。

 

 だがまつろわぬ神は、単なる化生どもとは一線を画す。

 

 魔術師たちが口を揃えて"抗ってはいけない"と恐れを滲ませる人間サイズの災害。一度現れれば生を諦めなければならない絶望の化身だ。

 

 しかし強大だからこそ、世には秘されているし邂逅する機会も早々無い。自分自身、神様とやらには一度だって出会ったことはない。

 ティアの言うとおり、此処にまつろわぬ神が眠っているのなら一大事だし、柳眉をひそめる彼女の危惧も分かった。

 

「だから、神の墓地で聖域でもある此処へ苦もなく訪れたあなたは何者? 私はそう問い掛けているのよ」

「そう言われてもな。心当たりがあるとすれば体質か」

「あなたが魔力がない体質なのは、一目見て気付いたけれど……それだけで聖域の結界をすり抜けて踏破できた理由にはならないわ」

「体質以外と言われたらもう偶然以外の答えは見つからないな。それに……」

 

 それに。人が決して辿り着けないのが本当だったら、ティア自身も人ではないと言外に述べているようなものではないか。

 

《月の洞》が聖域だとするのなら、のんきに月光に浴していたティアこそ何者なのだ? そう疑問が顔に書いてあったのだろう。

 口にするより早く、ティアが先んじて答えを口にした。

 

「私は人から生まれたわ」

「だったら君こそどうして」

「人から生まれても人とは限らないものよ。……私が死に損ないの副葬品であることに変わりはないわ」

 

 それで終わりだった。

 

 

「オルク。あなたはもしかして……()()()()()を知らなかったりするのかしら」

 

 二人で水面に反照する月光に照らされながら、ぽつりと問いかけられた。

 

「唐突な質問だな。それに居場所というのは? 一応このトラキアに生家はあるんだが」

「位置と言い換えてもいいわ」

 

 位置? イマイチ理解の及んでいない俺をながめ、ティア手の甲を口元に当ててコロコロと愉快げに笑った。

 少しムッとして、そっぽを向いた。

 

「位置を知らない、なんて事はないと思うが。生憎、俺は迷子になったことがない。方向音痴の弟がいて迷う暇がなかった」

「ふふふ。そうではないのよ」

 

 ティアの微笑みは途切れなかった。でもまあそれでもいいかと思った。

 出会ってからというもの彼女は、何かをするのも、誰かと話をするのも、楽しくて仕方ないと笑みによって発露していたから。

 

「私が言っているのはもっと観念的な意味なの。自分が何者なのか知らなければ、自分が何処に居て、何処へ行きたいかも分からない。

 自分が何処に居るのか知らなければ、迷いようがない。自分は何処にもいないのだから。

 辿り着きたい場所を知らなければ、迷うこともない。歩く以前に立ち上がってもいないのだから」

 

 ティアが言うにはオルク・イギグは己は何者か知らない人間なのだという。だからどうしようもなく"迷う"という概念が欠落しているらしい。

 

 それは美徳で長所だ。でも根っこのところで不健全で短所だった。

 

 近寄る人を迷わせ侵入を許さない聖域に入れたのも、オルク・イギグが観念的に"自分が何者なのか知らない"から……ということらしい。

 

「だが自分が何者か、なんて誰でも分からないものだろう。俺だけじゃ無いはずだ」

「そうね……でもあなたはイレギュラー。あまねく万民は、須らく《運命》の紡ぐ糸に絡まっていなければならない。なのにその繰糸から逃れている稀有な人。だから役割を与えられず、自分が何者なのかすら定まっていない」

「俺が操り人形でもない木偶だと?」

「今は、ね」

 

 怪しげな占師に言葉巧みに誘導されている気分だった。不審を色濃くする自分に構わず、水を操って虚空に器のない水盤を作り出した。

 

 彼女は水盆の中心へ手を置くと、『投函』の魔術でなにかを呼び出した。22枚の寓意画が描かれたカード……タロットカードだっだ。

 

「あなたがもう此処へ訪れることのないように、一つの儀式を執り行うわ」

 

 ティアはカードを水盤の上に置いてシャッフルし、半円状に並べはじめた。

 手並みはそれこそ一流のマジシャンのそれだったが、仕草や雰囲気にはこちらを呑まんばかりの風格がある。

 

 幼い頃、父に引き合わされた高名な魔女……地の位を極めたというルクレチア・ゾラと相対している気分に陥った。

 

「訪れないように儀式を?」

「あなたが何者か知らないから"迷う"というのなら、何者か知ってしまえばいい。自分が"何処に居るのか分からない"というのなら、教えてしまえばいい。簡単な話よ」

「それをタロットで、か」

「ええ。タロットは旅人という"始まり"から、宇宙という"辿り着く場所"を示す。ひとつの人生を説いた22枚のカード、というのは知っているでしょう?」

「なるほど。それで俺自身がどの位置にあるのか丸わかりになる、か」

 

 そこまで言って、目を細めながら渋い顔を浮かべた。

 

「……だが、どうだろうな。俺はこれでもヘルメスの弟子の血統だ。タロット占いなんて飽きるほどやってきた。今更やっても……」

「確かにあなたは魔術クラブにいてヘルメスの弟子に囲まれていたかもしれない。でも相手が──《神祖》となれば話は別でしょう?」

 

 瞠目した両目が、ルビーの瞳と繋がった。

 人ではないのだろうと思っていはいた。神でもないのだろうと思っていた。そう考えれば、なるほど神祖と言われれば頷けるものがあった。

 

 しかし、いざ回答を出されると反応に困った。なにせ神祖とは神未満とはいえ『神に連なるもの』だ。

 

 蝿の王の頭目 アーシェラ。

 

 魔女王 グィネヴィア。

 

 後年にはなるが、まつろわぬ神と同格のカンピオーネと鎬を削った妖人たちは皆神祖だ。人をはるかに超越した彼女らが、人から生まれるなどを有り得るのだろうか。

 

「私を畏れないのね?」

「と、いわれてもな」

「?」

「俺を害するならとっくに()()()()。《月の洞》がどうこうって話もそうだ。タロットなんてやらず、自分の正体も秘密にして、口封じしてしまえば済む話だ」

 

 何となく、弾き飛ばしてしまった彼女のペンダントをみやる。

 

「それをせず、わざわざ迂遠な方法で俺を来させない努力をしている。なら……その気はないんだろう?」

「ふふ。聖域を血で穢そうとは思わないわね。……それも陽だまりが染み込んだあなたを殺めようとも思わないわ」

「陽だまり?」

「ごめんなさい。これはあなたが知らなくていいことだったわ──さあ、始ましょうか」

 

 タロットカードをシャッフルし半円状に並びおえ、ティアは宣告した。方法は一番簡単な、直感で一枚のカードを選び取るワンオラクルのようだ。

 

 香を焚くわけでもなく、カードも使い古された平凡なものなのに、腐るほどやってきたタロット占いが神域に迫る儀式に思えて仕方なかった。

 

 ティアに目線で催促されても、口は縫われたように開かず、手は地面と癒着したようにびくともしなかった。

 それから幾らか時が流れ、でも手足は脳の伝達を無視しつづけた。

 

「不躾だったわね。いいわ、私から最初に引く」

「君が?」

「ええ。私自身、自分が何者かなんて知らなもの」

 

 まさか。まぶたを瞬かせてティアを見やった。

 イタズラっぽくウィンクを飛ばして生き生きとする乙女が、俺と同じように何者かを知らない? 馬鹿な、と首を振るがこちらの疑問なぞおかまいなしにティアは言葉を続けた。

 

「それにね、このままじゃタロット占いはただの占いよ。占いから魔術に変えないといけないの。それは独りではダメ。誰かと一緒にやらなければいけないの」

「俺は何をすればいい」

「問いかけて」

 

 言霊か。なんとなく意図を読み取った。

 

「質問はなんでもいいわ。名前は何? 生まれは何処? 昨日は何を食べた? ……そうして自分の答えを言霊にしてカードに固定化すれば、私という一生をカードに書き写せる」

 

 言霊はあらゆるものを"句"切る概念だ。自分の過去と現在、そして未来を言霊にしてタロットに置き換えればタロットは言霊を発した人間の縮図と変わる。

 ある意味タロットを小世界とし、引いたカードを自身の分身にする魔術だった。

 

 思案に耽っているのもつかの間だった。気付けばトランス状態に入ったティアがいた。

 俺も始めるか、と独り言ちて集中を深めた。

 

 魔術を行使したことは一度ない。けれど補助ならば飽きるほどやらされた。

 

 結局、魔術は雰囲気だ。雰囲気作りで集中しやすい空間を作って、如何に上手くトランス状態に入れるかという側面がある。ティアには必要なさそうだが、いつものように厳かな雰囲気を壊さないよう細心の注意を払った。

 

「君の名前は?」

「ティア」

 

 いきなり言葉に詰まった。

 ティア、という名はさっき俺自身が名付けたものだ。彼女の本命があるはずなのに。暫しの沈黙のあと、ティア自身が言った「問いかけて」の言葉を免罪符に質問を続けた。

 

「Rlumia・Asar・isethは君じゃないのか?」

Rlumia・Asar・iseth(ルルミア・アーサー・イセス)は私の名前。でも私のものではない」

 

 ますます分からなくなった。彼女の言葉は真実だとしても、真意が薄いベールによって覆い隠されている錯覚を覚えた。

 もう手当り次第やるしかないか。腹を括った。

 

「じゃあ一体、誰のものなんだ」

「大いなる神のもの」

「アルテミスか」

「ええ……。そうね……」

「なぜ君がアルテミスの名をつけられたんだ?」

「大地母神の神祖である私が、まつろわぬ神へ回帰しないため」

「……分からないな。大地母神とアルテミスの名に関係があるのか?」

「地母神は総じて豊穣と多産を司る。ゆえに子を宿す行為は、まつろわぬ神へと立ち返る儀式に他ならない。だから処女性を保つため処女神の名が必要だった」

 

 息が不自然なほど荒くなっていた。

 これは沼だ。深淵へと続く。いつの間にか二度と出られない沼に嵌り、今もズブズブと沈み込んでいっている。

 額を流れた汗がまぶたを伝って目に入る。気持ち悪い酸味をおぼえても、拭いさえせずティアに問いかけた。

 

「なんの、ために。……君はそこまでして回帰を拒むんだ」

「──『鋼』の救済神を蘇らせないため」

 

 それ以上の言葉をティアは続けなかった。きっとこれ以上この質問を追求しても答えない。頑とした意志を言葉尻から感じ取り、流れを変えた。

 

「君は何処で産まれたんだ」

「人から。人の母から」

「神祖は人から生まれるのか?」

「いいえ。私は人の手によって魂を掬われ、赤子に挿れられた」

 

 反吐が出そうだった。

 

「君の、君の……御母堂は生きているのか?」

 

 喘ぐように問いかけた。

 

「生きている、と聞いたわ。宿って直ぐに胎内から引きずり出せば問題はない」

「…………君は」

「──ここ迄にしましょう」

 

 もう十分よ、と小さく微笑してティアは重力さえ忘れ去ってしまえる軽快な所作で、一枚カードを抜き取った。そして水盆の真ん中に置き、開示した。

 

「納得ね」

 

 ティアが小さく肩をすくめて息を吐いた。

 カードに描かれたイラストは大自然のなかで一人の女性がライオンの口を押さている絵だった。

 

 獅子にとって口は敏感な箇所で、龍の逆鱗と例えてもいい場所だ。そこをか細い腕で抑えつける女は、超越的な存在なのだ。

 女性の頭上には「∞」のマークがあり、人をはるかに凌駕するのだと追認していた。

 

 ──ティアが引いたアルカナは【力】

 力そのものや、潜在能力、不屈の精神などを示すアルカナだった。

 

「ティア。それだけで君は見出せたのか? 自分が何者なのかを?」

「ええ。この上なくね」

 

 彼女には隠しきれない諦観と憂いがあった。白面の容貌から、壮絶な使命に燃えながら辟易とした倦みを覗き見た気がした。

 

「ティア」

「なにかしら。もう質問は締切ったわよ。それにさっきの問答で私に同情なら……」

「……君は今、幸せか?」

「───」

 

 俺はもっと彼女を知るための質問をすべきだった。

 家族は何人いるの? 友人は? どんな景色が好き? ……そして好きな人はいるのか、と。

 

「『鋼』の救済神の死は、祖たる地母が私の魂に刻んだ遺志でもあり私の悲願でもある。そのためなら人に弄ばれようとも構わないわ」

「だが……」

「さあ、あなたの番よ。やらない、とは言わせないわ」

 

 明確な拒絶だった。そして脅迫でもあった。

 不自然なまでの彼女自身の開示は逃げ道を塞ぎ、そして、退路以外を潰すという意味があったのだ。

 

 どれだけティアから情報を抜き出してしまっても、これから先、此処へたどり着くことはない。ここに訪れなければティアとの接点も消える。タロットを捲ってしまえば詰みだった。

 

「それでも。やるしか、ないか」

 

 何者かすら定まっていない。断じられた言葉に妙な納得があったのも事実だ。興味もあった。こんな状況でさえなければ躊躇なくカードを引いていたはずだ。

 

 昔から自分は情が薄いほうだと常々考えていた。

 

 母はいない。声も覚えていない。

 それでも寂しいとは思わなかった。

 

 父はいる。愛情を注いでくれたが、婚約を言い渡された。

 それでも悲しみは生まれなかった。

 

 弟はいる。才気縦横で比較されて生きてきた。

 それでも妬んだ事は一度もなかった。

 

 他人に聞けばそれなりの人間が不幸と括るはずだ。不幸な境遇は荒れた人格を形成する土壌となるはず。

 

 でも俺の心はいつみ凪いだままだった。

 自我が希薄だからだ、と決めつけていた。でもそれが自分が何者か知らないだけだったなら? 

 

 自分を誤魔化すのは今日が最後らしい。

 そうしてティアの口唇から問いが紡がれた。

 

「あなたは誰?」

「オルク・イギグ」

「ではオルク・イギグ。あなたは何処で生まれたの?」

「トラキア」

「男? それとも女?」

「性自認は男だ」

「家族はいるのかしら」

「父と双子の弟が。……でも母は俺たちを産んで直ぐに亡くなったと聞いた」

「母を求めたことは?」

「ないな。父も弟もいたし、乳母のジェーンもいた」

「代わりになにか欲しがった?」

「ないな。最初っからなかったから、そういうものだと受け止めていた」

「なるほど」

 

 ティアはそこで一旦、問いかけるのを止めて細い指を唇に当てた。その仕草がどうにも淫靡で、目を逸らしてしまった。

 

「どうかして?」

「い、いや……。それで続きは」

「……そうね。じゃあ──生涯で一番欲しかったものはある?」

「思いつかない、な。元々物欲も薄かったし、実家が太かったから手に入らない物はあまりなかった」

「本当に?」

「ああ、本当……」

 

 ──本当に? 

 

「………………」

 

 胸の片隅でざわめく音を聞いた。断言出来なかった。

 音の出処は一体なんだ。思案に耽っていると、唐突に辺りに暗がりが広がった。

 

 天井を見れば月に叢雲が掛かっている。

 月光が遮られ、光源の無くなった洞窟が闇に染まる。ティアの顔に闇がゆっくりと掛かる。

 

 彼女はやはり人から外れていた。瞳のなかに人には存在しない輝板が暗闇に浮かびあがった。赤い双眸が、鬼火のごとく虚空に揺らめく。

 

 ふと既視感を覚えた。

 

 闇に中に輝く光球。血流さながらにさざめく波音。寒くも暑くもなく、温かさだけに包まれていた。

 

「そうだ。俺は昔……ひどく昔に、こんな場所にいた。身体に自由は効かなくて、上に下も、右も左もない。まぶたを開いているのに真っ暗で、意識も曖昧だった」

「宇宙か、深海のようね。イメージはどちらが近いかしら」

「深海。宇宙なら星があるけど、なにもなかったはずだ。……そして水底にある晦冥のなかで光を見つけた」

「どんな光?」

「大きくて、眩しくて、温かい光だった。いつの間にか手を伸ばしてた。近づいて触れてみたくて堪らなくて」

「触れられた?」

「いや。どんなに手を伸ばしても伸ばしても、近づけなかったんだ。あんなにも大きかったのに」

「諦めてしまったのかしら」

「諦めたことになるんだろうか。俺はずっと求めて、求め続けている内に、ある事に気付いた。夢、みたいなものだったから光の珠にも影があったんだ」

「それでどうしたの?」

「影はどんなに離れても、光の傍に必ずあった。だから俺も影になれたらいいと思った。あの光を見続けられて、離れることの無い──影に」

 

 ティアからの質問はもうなかった。

 気がつけば地面と癒着していたはずの手が自由に動かせるようになっていた。

 

 生唾を嚥下する。いつの間にか宣告の時間がやってきた。

 腕を持ち上げ、そろりそろりとカードへ手を伸ばした。

 1枚のカードを捲ればなにかが変わるのだろうか。死神や塔という救いのないアルカナを引けば俺はどうなる。恐怖で眉間から頭が割れそうだった。それでもなけなしの理性と虚栄心で震えを抑え、カードを選んだ。

 

 現れたのはたわわと実のなった樹と、二人の男女、そしてその間に矢を構えた天使が描かれた可愛らしいイラスト──【恋愛】のアルカナだった。

 

「ぷ、っくっく……」

 

 カードを見た途端、堪えきれずに笑いだしてしまった。自分の正体を知るのが怖かった過去がおかしくてたまらない。

 結局、なんだ。お前は色ボケ野郎だ、と指弾されている錯覚に陥った。

 呆気に取られるティアに、何とか笑いを堪えた俺は視線を合わせた。示されたアルカナは【恋愛】。運命とやらがそうだと言うなら、そうなのだろう。ならもう突き進んでやる。

 

「出よう。己が何者か知ったら此処にはいられないのなら君だって一緒だ」

「あなたは自分が分かった?」

「ああ」

 

 晴れ晴れと答えた。もう心の澱はなくなっていた。微塵もなくなった。

 

 

 

「ティア、そんなに急がないでくれ」

「早く。置いてっちゃうわよ?」

 

 深い闇のはびこる隧道をティアは軽やかに歩いていく。まるで辺りが日に照らされてるかと錯覚するほど迷いがない。

 実際、その通りなのだろう。輝板もあるし神祖を自称していた。なら夜目の三つや四つ持っていてもおかしくはない。目は二つしかないが。

 

 おぼつかない足取りでは到底追いつけない。ティアはとっくに洞を出てしまい、追いついたのは数分後だった。

 

 彼女は服の散乱したあたりで蹲っていた。

 

「足を痛めたのか?」

 

 駆け寄るときに足先に手を添えているのを見逃さなかった。

 

「…………。立てない……」

 

 彼女は短く答えて、どこか所在なさげに俺を見上げた。その様子は幼い子供のようで、呆れよりおかしさが先だった。

 

「なに?」

「なんでもないよ」

 

 鋭い言葉を受け流しつつ微苦笑しながら服をかき集める。彼女が着替えるのを手伝って、動けないティアを背負った。

 

「いいの?」

「いい。軽いしな」

「そ」

「……魔術は使わないのか」

「嫌がると思ったわ」

「気にしないさ」

「本当かしら?」

「ああ。それに可愛い子が怪我したままの方が嫌だ」

 

 頬をつねられた。

 

「なんだ」

「変なことを言うからよ……」

「変なことって、だから一体なんなんだ……」

 

 さく、さく、と大地を踏みしめる音が静謐な森に響いた。木々や獣も押し黙る丑三つ時だ。足音はよく耳に届いた。

 

「これから()()()()()話したら」

「どうやって」

「足と、大地で」

 

 そういえば彼女は神祖だった。神祖はおおよそ地母神の末裔だから、大地から鳴る音は大地の声に等しいのだろう。

 

 大地の声に耳を傾けていると、なにか甲高い音が聞こえた。

 

 ……aa……aaa…………。

 

 耳覚えのある音だった。はるか昔、こことよく似た場所で、似た声を聴いた気がした。

 そう……絶叫という声を。

 

「──()()

 

 幽鬼が立っていた。

 

 いや、幽鬼は東洋の魔物。欧州に現れる鬼ならばクランプスが相応しい。畏怖が形を得たようにクランプスのまわりを()()()()のごとく揺らめかせる。

 クランプスに降りそそぐ月光は鬼火じみていて。

 照らし出す美々しい紅顔は上気したように赤く染め上がっていて。

 

 その鬼の名はきっと……

 

「……トルイ。……お前なぜここに」

 

 問いに答えはなかった。

 俺の存在を無視して、背負われたティアを凝視していた。

 

「初めましてRlumia・Asar・iseth。壮健でなによりだ」

「初めましてトルイ・イギグ。あなたも万事順調そうでなによりだわ」

 

 妙な会話だった。視線ひとつが弾丸さながらの鋭さを秘めているのに、どこか親しげで久闊をを叙する風情があった。

 

「ひとつ訂正させていただくわトルイ・イギグ。私の名はティア。Artemisでも、Asarluhiでもない、私だけの名よ」

「ハッ」

 

 ティアの言葉に居丈高なまでに胸を逸らして鼻で笑った。長いこと兄をやっているが、トルイのこんな態度は一度だってなかった。

 

「知り合いなのか……?」

「いや。縁があるだけだよ、ちょっとしたね」

「そうね。ちょっとした、ね」

 

 それから会話はパッタリと生まれなくなり、別れる理由もなかったから三人で一緒に下山した。麓におりるまで無言だったが。

 再び口を開いたのは麓の公園を抜けた頃で、口火を切ったのはトルイだった。

 

「しかし数奇とはこのことだね。まさか僕の義姉になるのが……」

 

「──それをこちらに渡してもらおう」

 

 とんでもない爆弾を落とされた気がしたが、それは中断になった。黒塗りの車から、銀髪の紳士と背広を着た身なりの良い二人の男が降りてきた。

 身のこなしが尋常ではない。おそらく名のある騎士だろうか、魔術師の界隈に揉まれそれなりに目の肥えている俺は推察した。

 二人は動く気配がない。仕方なく銀髪の紳士へ向けて誰何した。

 

「誰です?」

「そう警戒しないでくれたまえ。君が担いでいるものの持ち主だ」

 

 わからない。だから背の彼女に聴くことにした。

 

「ティア。そうなのか? 」

 

 答えはなく、唇から滑り落ちた言葉は紳士へ向けてのものだった。

 

「お父、様……」

 

「おい。……なぜ、それが、喋っている?」

 

 父、と呼ばれた銀髪の紳士はぽかんと口を開けてティアを凝視した。驚愕は、すぐに憤怒に変わるとその矛先は俺とトルイに向かってきた。

 銀髪の紳士はそれまでの余裕の構えをかなぐり捨てて詰め寄ると、胸ぐらを掴んで口角泡を飛ばして叫んだ。

 

「貴様ぁ……一体何をしたッ!? なぜそれが喋っている!?」

「な、何を……」

「いや待て。貴様の首から下げるこれは神具かっ! ……それもエロースの残り香が燻るおぞましき……。馬鹿な……時は動き出したというのか……!」

 

 銀髪の紳士は俺の胸元のペンダントを見咎めると、身も世もなく嘆いた。そして窮鼠のごとき眼光で俺を睨みつけると、逆に誰何してきた。

 

「何者だ……。貴様の名は……なんという……!」

「オ、オルク。イギグ家のオルク」

「──オルク・イギグ!」

 

 こちらの鼓膜が破れんばかりに声を張り上げると、どこにそんな膂力があるのか、ティアを引ったくった。

 

「オルク・イギグ。これも何かしらの運命という事だろう……7月に私が主催するパーティーがある。貴様は必ず我が屋敷へ訪ねて来い。……ふん、そもそも拒否など選択肢にない身の上だろうが、頭に刻んでおけ……」

 

 嵐のように銀髪の紳士はティアを連れ去ってしまった。呆然とその影を見送り、ぽつりと呟いた。

 

「あれは一体誰だったんだ?」

「ふふ……。クラニチャールの当主だよ。兄さんがティアって名付けたアレはクラニチャールの娘。つまり兄さんの許嫁ってことさ」

「────」

 

 現実という名の大海嘯が俺を瞬く間に呑み込んだ。

 

 

#Part3:アルカナ発現〜侯爵襲来まで

 

 東欧版弼馬温こと《月の洞》からおはこんばんにちは、ゆっくりです。

 

 前回は神祖ちゃんのいる《月の洞》凸まででしたね。

《月の洞》に入ったが最後、二度と入れない=再走を意味するので成功して良かったです。

 

 そもそも《月の洞》って何? と言われたら早い話、原作6,7巻にお出しされる弼馬温の親戚です。

『弼馬温』とは呪いの呼称で、まつろわぬ神を使った豪快な竜蛇除けの呪法です。日本に地母神やら竜蛇の類が近づいたときに、封印された神が目覚めて、ぶん殴りに行くのが目的です(wiki見つつ)

 

 オリジナルの弼馬温がある日光は東照宮には『鋼』の混淆神 斉天大聖・孫悟空が封印されてましたよね。

 

 日本は極東という立地的や、原作の聖地というのも手伝ってか、最後の王やら原作のキーアイテムとなる神具が盛りだくさんの地雷原です。

 

 そこに『鋼』の餌になる竜やら、母なる地母神やらがカーリーめいてタップダンスしたら滅亡√一直線なので、対策が必要だったわけです。

 

 仕置人として孫悟空とかいうビックネームをぶち込むなかなかロックな設定ですが、ランスロットをアマゾネスと紐づける作品ですし今更です。

 

 ちなみにこれを日本だけではなく全世界に広げたのが外伝(EX)に登場するミスラ王です。しかも竜蛇の類のみならずまつろわぬ神もターゲットなので狂ってますね。

 ミスラ鬼つえぇ! このまま逆らう神々全部ぶっ殺していこうぜ!!! 

 

 

 話を戻しますが、キャンパスでもその設定は存在します。そしてそんな美味しい設定が日本だけなわけねぇよなぁ! 

 

 弼馬温に似た場所は世界各地に点在しており、イランやインドネシア、そして東欧のブルガリアにあるのが《月の洞》です。

 

 弼馬温をモデルにしていると言っても、それら総てが弼馬温のように竜蛇除けになっている訳ではありません。

 普通に封印されていたり、自ら棺に入ってたり、とある神のカウンターだったり、理由は様々です。

 

 しかし弼馬温をモデルにした呪法には、共通する事項は三つある! (遊作)

 

 一つ。『鋼』のまつろわぬ神が封印されていること。

 

 二つ。東照宮やその中にある西天宮のような"聖域"があり、聖域には名を奪われたまつろわぬ神がいること。

 

 三つ。封印されている神は悉く『鋼』なので竜蛇の類が復活の鍵になること。

 

 で、《月の洞》は一応条件を満たして居ます。

 とはいえ《月の洞》をどんなに探しても、名を奪われていた孫悟空……猿猴神君みたいな存在は確認できませんでした。

 居たとしても七つ首の大蛇神獣と神祖ちゃんくらい。魔境かな? 

 

 ここら辺がちょっと不安要素ではありますけど、何万回か走ってる今でも封印が解かれた事はないのでスルーします。

 

 なので舞台装置と考えてもらって結構です。

 

 

 眠っている『鋼』を探ろうと思ったら、別ゲーではあるんですがMMORPG カンピオーネ! online にならヒントが転がっているかも知れません。

 媒体は違いますが、据え置き型とオンラインというだけで中身は一緒ですからね。

 

 しかし、わざわざあの魔境へ行くのは……いやーきついっす(素)私も遊んではいたんですが、結構クソゲー寄りなので……。

 

 というのもonlineの方はキャンパスと仕様はだいたい同じなんですが、一つだけ大きな相違点として、種族選択の自由がなく人間固定で始まるんですよね。

 

 その上、カンピオーネになるためには【神殺し(ジャイアント・キリング)】しなければならず、難易度も据え置きなのでカンピオーネ! とタイトルで高らかに謳いながら、サービス開始からながらくカンピオーネがいないという意味不明な時代がありました。

 

 そして時が流れてチラホラとカンピオーネに新生するプレイヤーが出てきたんですが──ここでカンピオーネonlineの一番糞な部分が発覚します。

 

 実はこのキャンパス、カンピオーネが一定数を超えると問答無用で()()()()()()()()()仕様なんですよね。

 だいたい二桁を超えると九分九厘復活します。

 

 もうお察しだと思いますが、何を思ったかonlineの方もその仕様を流用しちゃったんですね。

 なので、最後の王復活→魔王勢為す術なく消滅→そして、滅亡へ……と相成ったわけです。

 しかも滅亡するとデータがリセットする仕様も相まって、空前絶後の大炎上しちゃったんですよね。

 もうね……阿呆かと……(遠い目)

 

 騒ぎが鎮静化した今では、【神殺し(ジャイアント・キリング)】に成功した魔王組が現れたまつろわぬ神を片っ端からすり潰しにいくセルフ最後の王と化してますし、一般プレイヤーは魔王組をいかに出し抜いてカンピオーネに転生するかに余念がありません。

 某クソゲーハンターがうろついてるっていう情報が出てくるくらいですから相当ですよ……。

 

 そんな世紀末(迫真)なゲームなので約一週間周期で、最後の王復活→世界リセットが行われてたり。ですのでお手軽に「火の七日間」を体験できるゲームとかレビューが付いてたりします。どうしてこうなった。

 

 世界リセットされると毎回最後の王を担当する神は変更になりますからね、なので『鋼』のまつろわぬ神や最後の王関連を調べるのには最適なんです。

 絶対に行きませんが。

 

 

 んん、余談でしたね。

 話を戻しましょう。それで封印された『鋼』が孫悟空なら、竜蛇枠は神祖ちゃんになります。

 神祖ちゃんはこの時期には確定で洞窟の奥地にいるので、溺れかけつつその場に向かいます。

 

 神祖ちゃんに出会う前に、二つのミッションをしておきましょう。

 

 一つは洞窟前に散乱している服を漁って【Rlumia・Asar・iseth】の名前を確認しましょう。後半のイベントで選択肢が増えます。

 後は溺れている間にぷかぷか浮かんでいる神祖ちゃんの水着を回収します。親愛度のダメ押しができます。

 

 さて、やっと接触です。長かった。彼女こそオルクんの非日常の誘い手です。

 

 感慨に耽っている余裕はありません。出会ったら真っ先に胸元のペンダントを叩き落とします。

 

 オルク は はたきおとす を 使った! 

 

 オルク は 相手の神祖から 『鋼』の錆毒 を はたきおとした! 

 

 クラニチャール家所有の神祖ちゃんは恥ずかしがり屋なので人に見つかると自害に走ります。恥ずかしがり屋云々は冗談ですが、そういう暗示を掛けられているらしく服毒死しようとするので止めましょう。

 

 神祖を死に至らしめるほどの毒ですから人も即死します。下手に触れたら死にますし、中身が飛散しても死にますし、神祖ちゃんに触れても再走です。体感ですが死亡率七割はあるので、このイベント一番の難所ですね(72敗)

 

 完全なお祈りゲーですが今回は勝てたみたいです。

 

 バランスを崩して地底湖にダイブしながら青春する二人を見届け(Shiftキーでセリフを飛ばし)、蛙が飛んで神祖ちゃんが笑い出せば、親愛度20以上で発生する神祖ちゃん専属イベント【彫刻する愛の打ち手】が発生したと見ていいでしょう。

『パックの媚薬』のおかげで初期親愛度が+25加算されているので確定イベントですが。

 

 オルクんは最初、神祖ちゃんをガラテアと評しましたが間違ってはいません。

 神祖ちゃんはこのイベントを起こすまで魂の抜けた抜け殻状態。なので、アイテムでもなんでも使って親愛度を上げイベントを発生させないと行けません。

 

 オルクんと神祖ちゃんのおずおずとした会話を早送りしつつ、名前を聞いたところで選択肢。

 

【問い掛けに神祖はうなづいた……】

 

 ・【名も無き神祖の名前を決めますか?】


【Yes】

【No】


 

 これ、謎なんですけど「名前はあるのか」ってこっちが聞いて神祖ちゃんはうなづいてるのに、名前入力フォームになっちゃうんですよね。もしかしてバグだったりするんですかね。

 

【ジェスチャー逆じゃなかったっけ】

【ブルガリアはうなづいたら否定、首振ったら肯定ゾ】

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……たまにあるんですよね、このゲーム。無駄に凝ってるのでカルチャーパンチ喰らう現象。

 初見さんがアメリカでプレイしていて○×逆なの知らずに選択し悲鳴をあげているのは今でもよく見ます。

 

 ま、まあいいでしょう。クソガバを晒してしまったのでコメント欄を見たくないですが【何万回も走ってる実況者の姿か? これが……】【草生える】えぇい、先に進みます! 

 

 名前は基本なんでもいいです。自動入力されるティアでも特に問題はありません、神祖ちゃん改めティアちゃんはまつろわぬ神が復活する時点で死んじゃうので。

 

 名前をつけてあげるとゲーム的な判定でアイテムからキャラに変更されます。オルクんは「見つけた」って表現を使っていますが間違いないです。

 

 この一連の名付けイベントでティアちゃんを見つけたことによって【The abyss gazes also into you】が発生します。

 

 これはまつろわぬ神関連の√に入りましたよ〜っていうお知らせみたいなものです。「テメー目付けたからな」っていうまつろわぬ神からの宣告とも言います。

 関わる気がないのにこのイベント起こして、ビビって逃げても大抵、因果は収束する(死ぬ)のであきらめましょう。

 

 ただ今回はカンピオーネになる予定なので、ただの匂わせエフェクトです。

 

 

 セリフを進めていくと「どうやってきたの」と訊ねられます。

 

 ・SELECT↑↓


【君に会いに】

【チャリで来た】

【歩いて】


 

【君に会いに】を選ぶと親愛度降下とバッドステータス「不信感」の取得。

【チャリで来た】を選ぶと再走案件。

【歩いて】だと詰問が始まります。

 

 正直に【歩いて】を選びます。

 そんなはずないとティアちゃんが否定しますが真実です。《月の洞》は準アストラル界的な扱いですし、容易には入れない仕様になってますから不思議がっても仕方ないです。

 

 弼馬温でいう西天宮みたいな場所です。

 あっちは西天宮に入るため禍祓いが必要でしたが、こっちは非魔術師体質でないと入れないです。

 それを加味しても最短ルートで《月の洞》に逃げ込まないと七つ首蛇神獣に乙されます。

 

 まあ、ね。此処を見つけ出して侵入方法を発見するまでどれだけ走ったか分かりませんからね、多少はね? 

 

 会話のなかで封印されているまつろわぬ神の存在を仄めかされますが、前述の通り、特に影響はないのでスキップ。

 

 

 さて問題は次です。

 

 オリ主がこの時点でアルカナ持ちじゃなかった場合、神祖ちゃんのは迷い込んでしまったのは《運命》から外れているのでは〜って考察します。

 

 役割も何もないから目指すべき場所もない、だから迷うことも出来ない……ってことを言ってます。

 

 実際その通りで、前々回も言いましたがオリ主は《運命》の担い手から離れてしまうので、間違ってはいないです。

 まあゲーム的には非魔術師体質だけでも、後は侵入経路を抑えておけば入れるんですが。

 

 

 そこでここへ来た第二の目的──特殊イベント【払拭せよ未知未解。示せ、22の天の道】が発生します。

 

 タロットカードでアルカナを定めるイベントですね。このイベントが1回限りのチャンスだと前述した理由がこれです。

 このイベントが起きるともう《月の洞》へは二度と入れなくなるので、しっかりティアちゃんとフラグ立てしておかなければなりません。

 

 ですがオリ主がアルカナ持ちじゃなかった場合、アルカナを得られるのでかなり美味しいイベントでもあります。

 

 キャンパスは主人公が必ず"愚者"のアルカナってわけじゃないので此処からは完全にギャンブルです。

 

 アルカナで得られるボーナスなんですが、おおよそ2種類あって、"愚者"〜"剛毅"まではステータスやスキルに補正が入り、たまに神具とかも入手できるという、目に見えるわかり易い効果を得られます。

 

 "隠者"〜"世界"までは、出会えるキャラに『神に連なる者』が加わったり、隠しステータスへの補正や隠しパラメーターの発生といった目に見えない効果が主です。

 

 どっちがいいとも言えませんし、どのアルカナがいいとも言えませんが、【神殺し(ジャイアント・キリング)】を目指すなら、"審判"か"愚者"を引ければ御の字です。

 

 "愚者"は『非魔術師体質』のデメリットを省いたまつりわぬ神に対する耐性で、"審判"は一度死んでも強くてコンテニューできる効果があります。

 

 先に神祖ちゃんが引くみたいです。出自の開示! 本気だね(ペロッ)

 

 最初にやった問答は、出自を言霊にしてタロットに固定化することで、タロットカードを写し身にできるという魔術儀式ですね。

 

 ここではついに【神殺し(ジャイアント・キリング)】で弑逆予定のまつろわぬ神が明かされます。

 

 気づいてる方も多かったと思いますが、月の処女神アルテミスです。

 

 このアルテミス、放っておくと巡り巡ってアメリカに渡りロサンゼルスの守護聖人に討たれる運命にあるんですが、今回はこのアルテミスを掠めとります。

 

 ですが、まだ完全に顕現しきれてないというか……名前しか地上に現れていない状態です。

 なのでそもそも自我がなく、自我がないので、まつろわぬ神の強さの本質である自尊心もないです。

 

 しかし、だからこそクラニチャール家や神祖ちゃんはまつろわぬ神という破格の存在を制御出来ました。

 

 どうやって制御下においているかと言うと、オルクんは神祖ちゃんに「ティア」と名を与え、彼女は問われるとそのまま「ティア」と答えましたよね。

 

 しかし一方、彼女には【Rlumia・Asar・iseth】っていう名前を持ってる訳です。

 スペルを見てもらったら分かるようにアルテミス(Artemis)の名が含まれています。これで名を縛っているんですね。

 

 自我がなく名前しかないアルテミスと、自我がなく肉体しかない神祖ちゃんが組み合わさって初めてクラニチャール家は御せたのです。

 

 あと、処女神アルテミスだったのもティアちゃんが元々ガチガチの地母神だったことにも由来します。

 

 ティアちゃんの名前でバレバレな気もしますが、件の地母神さんは多くの怪物を産み落とした女神です。

 

 また、まつろわぬ神といった『神に連なる者』は神話をなぞることで力を獲ます。

 

 ティアちゃんにとって子を成す行為そのものが、地母神という神格を取り戻す儀式になるんです。

 

 それは困るので、ティアちゃんなのかクラニチャールなのか経緯は不明ですが、純潔に縛る処女神アルテミスの名をどこからか得たらしいのです。

 

 

 とまあ……改めて見ても酷い惨状ですが、なんでこんなグロテスクな状況が生まれたかというと、ヴォバンおじいちゃんとクラニ翁の献身です。

 

 侯爵の理由は語るに及ばずなんですが、クラニ翁は『剣の妖精』と声望を集めた孫娘すらヴォバン侯爵に差し出すガンギマリ信奉者なわけで。

 

 ですのでバトルジャンキーな侯爵のためにまつろわぬ神の招聘を手伝うZOY! とかなりドン引きな企画を企てたみたいです。原作でもこの流れみたな……。

 

 話を戻してアルカナ発現イベントに戻しましょう。

 

【ティアはタロットを引いた……】

 

【運命の輪が廻り、号と業を指し示す……】

 

【ティアは力/POWERのアルカナを獲た……】

 

 ティアちゃんは確定で"力"のアルカナを引くので特に驚きはないですね。アルカナの恩恵といってもステータス補正くらいなので、オルクんには直接関係しませんので軽く流します。

 

 ここからが本番、オルクんのターンです。

 

 

 WRYYYYYYYYYYYYYYY! 

 "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! "審判"来い! 

 運命のダイス・ロール!!! バッ☆ 

 

 

 引いたカードは──【恋愛】でした! 

 

 

 お、おぉお〜〜〜〜ん??? 

 …………"恋愛"……"恋愛"かぁ……? 悪くはないんですが、ちょっと判断に困りますね……。

 

 "恋愛"のアルカナにももちろん前述の通り恩恵があるんですが、前半枠のくせにステ補正やスキル入手のような補正じゃないんですよね……。

 

 うぅん……。まあ長期的には不透明ですが、短期的には成功です。

【恋愛】を引いたことでもうちょっとフラグ立てが必要だったんですが、それを省いてイベントに決着が付きました。省いたイベントは告白シチュですが、純愛描写は私にダメージ入るので素直に助かります。

 

 任務完了、ヨシ! 時刻はそろそろ夜が明ける頃なので下山します。

 

『──へぇ』

 

 ひぇっ。

 

 え、なんでここにコイツが居るんですか? 一応まだ《月の洞》の聖域内で、普通入れないんですが……。

 

 理由は不明ですが《月の洞》は未知な部分がありますし、他にも侵入条件があるのかもしれません。とりあえず距離を取りながら、麓の公園まで突っ切ります。

 

「──それをこちらに渡してもらおう」

 

 ここでクラニ翁とかち合うのでメンチを切っておきましょう。ここに至って、初期設定でイギグ家のオルクにしたことが効いてきます。

 

 このポジションだとオルクんは許嫁っていう設定になっていますからね、7月に催される婚約パーティー(サバト)の招待状が貰えます。

 

 オルクんは呆然としていますが許嫁が誰か情報を与えていなかったので当然です。

 

「ふふ……。クラニチャールの当主だよ。兄さんがティアって名付けたアレはクラニチャールの娘。つまり兄さんの許嫁ってことさ」

 

 今明かされる衝撃の真実ぅ~! をトルイ氏がやってくれました。人の心とかないんか? 

 オルクんの体調が一気に下降しているので大分ショックを受けてますね。

 

 てな訳でこれ以降、特筆するところもないので婚約ぱーちぃー☆まですっ飛ばします。

 

 

 ──ゲェ! ヴォバン侯爵! (ジャーンジャーン!)

 婚約パーティーという名のサバトでは、確定演出でヴォバン侯爵が現れます。覚悟はしていましたが何度やって慣れませんね。

 

 機嫌ひとつで次の瞬間、乙ったりするので気は抜けません。狼来来に戦々恐々としつつトルイ氏の背中に隠れます()

 

 いつもなら威圧感を撒き散らすだけで、時が来るまで奥の椅子に座っているんですが……なんでですかね。ヴォバンが近づいて来ます……。

 

 いや、意味わからん。

 

 あっ。此処には"二つ名持ち"のトルイ氏がいました。なるほど、どうやらトルイ氏に話し掛けようと──

 

「ほぅ、貴様……臭うな。私の好みの香ばしい騒擾の匂いがするぞ」

 

 

 ───な ん で こ っ ち に 来 る ん で す か ? 

 

 

四話:刻むトラキアの騎士

 

「ほぅ、貴様……臭うな。私の好みの香ばしい騒擾の匂いがするぞ」

 

 口を開いたのは白面の老人だった。その声には嗄れた色は一切なく、明晰で、知的で、秘密があり……そして歴史があった。

 

 なるほど、と感じ入る。

 獣だ。彼は獣だ。老獪にして暴虐な狼だ。ただの老人というにはあまりに語弊があり的外れがすぎるだろう。

 広い額と、深く窪んだ眼窩を持ち、顔色はひどく青白い。知的な風貌に違わず、銀色の髪は綺麗になでつけられ、ひげも丁寧に剃り上げられている。

 どこぞの大学の老教授、と言われれば納得する容姿だが……違う。

 

 彼の名はサーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。 齢300を越えると噂される最古の魔王。神の権能を振りかざし、地上の何人にも縛られぬカンピオーネの一人なのだから。 

 

 魔神バロールから簒奪したとされ、一度直視するだけで生殺与奪権を奪い取る──『ソドムの瞳』

 

 魔狼フェンリルから簒奪したとされ、万軍の魔狼を使役し、己自身も巨大な人狼へと変貌させる──『貪る群狼』

 

 道教の風伯・雨師・雷公らから簒奪した、侯爵の昂り一つで嵐を呼び起こす──『疾風怒濤』

 

 冥府の神オシリスから簒奪した、殺めたものを生きた屍と変え下僕とする──『死せる従僕の檻』

 

 数世紀に渡って恐れられてきた侯爵の権能の数々。強大な力は恐怖を呼び、恐怖はいつしか崇拝へと変わっていった。

 

 ゆえに世に三人しかいない超越者の特権は凄まじい。

 

 今日のパーティーも表向きは己の婚約パーティーとなっているが侯爵来臨の報はあらゆる行事を些事と変え、魔王を礼賛する暗黒の宴へと早変わりさせた。

 

 

 だから俺は困惑した。

 

 その天上人が弟のトルイにすら目もくれず、木っ端の俺に声を掛けてきた現実に。

 さっきまで鬱陶しい程だった口さがないもの達のさえずりはぱったりと消え、無音の凪が訪れていた。

 

 いや、今はそんなことどうでもいい。

 口が乾いて仕方がない。だが、機嫌を損ねれば殺されるだろう。直感でもなくただの事実だった。

 エメラルドの眼光を振り切るように視線を切り、挨拶を口にした。

 

「お初にお目にかかります侯爵。この度は拝謁の栄に浴し……」

「挨拶などよい」

 

 侯爵が切り捨て、首から下がるペンダントを手に取った。

 

 瞬間、ゾッとした。

 

 気配を感じ取れなかったのだ。

 侯爵の手は、意識の隙間を縫って皮と肉で隔てただけの心臓の前にあった。武の達人が研鑽の果てにいたる妙手を眼前の魔王は軽くやってのけたのだ。

 

 武道を嗜んでいる訳ではないらしい。魔道の心得もないという。浮浪児として生まれ、上等な教育を積んだわけでもないと噂を聴いた。

 

 しかし人間でありながらまつろわぬ神を殺した化物。

 只人が測れる存在ではない。脈絡も気配もなくオルク・イギグの殺害圏内へと侵入してきた。

 

「これは神具だな? さほど力を持っているようには見えないが、人が手元に置いて良い代物でもない」

 

 訝しげな様子を隠すことなくヴォバンは視線を合わせて来た。一度見られてしまえば忽ち塩の柱に変えてしまう恐ろしい魔眼で。

 

「私はぜひ問いたい。君はこれを一体どこで手に入れたのだ?」

「市場の露天商が押し付けて、手に入れた……だけです」

「ほう! ()()を、かね!」

 

 喉奥から鉄錆びた味がせり上がってきた。

 臍下丹田が圧壊してしまいそうだ。肝を潰す、と言う表現があるが比喩ではなく物理的に潰されている。

 眼前のヴォバンではなく横に佇む──トルイの威圧によって。

 

「失礼」

「ほう、心地よい殺気だ」

 

 肌が妬けつくほどの圧を感じようともヴォバンは楽しげに笑うだけだった。

 

「なかなか見所のある若者だ……私を殺すつもりか? しかし見覚えがないな。私に反骨心を隠さない者がいれば忘れないのだがな。……ああ、物覚えの悪い老いぼれと思わないでくれ。君たちの世代は成長が早すぎるからな」

「…………」

「名乗りたまえ。私が訊ねているのだ、答えぬ事は許さん」

 

 トルイは頭を下げるでもなく、真っ向からエメラルド色の双眸と対峙した。

 

「イギグ家のトルイと申します。そして、こちらは我が兄のオルク。……失礼ながら侯爵、我が兄に何用でしょうか」

「ほう、イギグ? ……ああ、いや、待て待て……この臭いには覚えがあるな」

 

 俺とトルイを交互に見やり、やがて得心がいったようにうなづいた。しかしその後に出てきた言葉は少し要領が得なかった。

 

「ジグラッドだな……。遊興の旅へ出た折に訪れた、天と地を結ぶジグラッド。あれと同じ臭いだ。大地をくり抜き、陽で焼き固めた煉瓦と同じだ」

「……………………」

「やっと思い出したぞ。なるほど、数奇とはこのことか。ククッ、ここで一息に狩ってもいいが……」

 

 愉悦を隠さないヴォバン。殺気を隠さないトルイ。

 その狭間で人でしかない俺は潰されそうだった。右と左から降りかかる重圧に、脂汗が噴き出す。

 

 終わってくれ、そう願い出したころ果たして、救世主は現れた。

 

「候! どうかお戯れはおやめ下さい!」

 

 見覚えのある銀髪の紳士……クラニチャール家の当主が焦った様子で現れた。

 

「ふむ、気づかれたか。まあいい」

 

 ヴォバンの登場は主催者であるクラニチャールの仕込みかと思ったが違うらしい。侯爵の突飛な行動に、うろたえた様子で駆け寄ってきた。

 ヴォバンはそれを待たず俺たちに背をむけ、エントランスホールの窓辺に設えられたソファへ歩き出した。

 

「オルクと言ったな。君も掛けたまえ。少し話をしようではないか」

 

 トルイとの睨み合いを打ち切った侯爵は家主でもないのに傲岸不遜にソファを勧め、彼自身もどっかと深く腰を落とした。

 

「外してくれ」

 

 そして小さく囁いた。

 しかし変化は劇的だった。雪崩を打ったように人垣がホールの入口から吐き出されていく。

 

「君もだ」

 

 エメラルドの眼光が青年を捉える。目線の先にはトルイがいた。

 トルイは動かなかった。

 服の至る所が塩と変わり、剥がれるように風に攫われようと、目玉を透徹としたガラス玉のようにしてヴォバンを凝視していた。

 

「君とは後で話そう。今は出て行きたまえ」

「…………サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。一つだけ忠告しておく」

「何かね」

「長兄に触れれば殺す。長兄に権能を行使したら殺す。長兄を不快にすれば殺す。長兄を殺しても殺す。よく覚えておけ」

「それは楽しみだ。トルイ・イギグ……()()()()()()よ」

 

 捨て台詞を残して踵を返すと、トルイは憤懣やるかたなしと背で語りながら去っていった。

 入れ替わるようにクラニチャールがやってきて、ヴォバンのもとに侍った。

 

 カンピオーネと比べるのは馬鹿らしいとは申せ、クラニチャールも一秒で10回は俺を殺せる実力者だ。

 俺は完全に死地にいた。

 

「さて、話の続きをしようではないか。オルクよ」

「…………。続き、とは」

「理解が遅いな。愚鈍な者は好きではない」

 

 といいながらもヴォバンは上機嫌な笑みを崩さない。

 東欧にいるとヴォバンの悪い噂はよく耳にする。冷酷、残酷、暴君。今まで培われたカンピオーネの悪評の多くは彼に拠るものが多い。

 

 しかし、だからこそ前評判とは違う笑みに総毛立つ。

 ヴォバンは俺から奪ったペンダントを弄ぶようにひらひらと振って、これ見よがしに強調した。

 

「この魅了を効能とする神具を、何故、君程度の人間が持っていたのかを知りたいのだ」

「さっき言った通りですが」

「私は愚鈍な人間は嫌いだと言ったはずだが」

 

 混乱する俺に、クラニチャールが睨みながら助け舟を出てきた。

 

「神具とは経緯はどうあれ、天上の神が作りし道具なのだ。ならば君も魔道の輩だ、あと分かるだろう?」

「神が作った……? なら、神具には……神の力が宿っている……?」

「そうだ。いいぞオルクよ……君の言う通り、神具には神力と神性が宿る。そして神々の力はそのまま天命を背負っていると言い換えてもいい」

 

 だから私は疑問なのだ、ヴォバンは俺の困惑など差し置いて言葉をつづけた。

 

「天命を科された神具が、ただの木っ端にしか見えない君の手に巡り巡ってきたことがな」

 

 運命を知ったふうに語るヴォバンは何を思ったかペンダントを掲げると一息に──握り潰した。天命など知ったことか、我が前では塵芥なのだと言外に告げるように。

 

「ふん。こうして私によって素直に破壊されたというのなら、この神具はとうに天命を果たしたと考えていい」

 

ヴォバンが改めて向き直った。凶相と期待を込めた目で。

 

「さあ、改めて問おうオルク・イギグ?この魅了の神具を使って、君は一体何をしたのだ?」

「お、俺は……」

「侯。その先はわたくしめが」

 

《青銅黒十字》の重鎮にしてクラニチャール家の当主である彼は恭しく進み出た。ヴォバンはそれを愉快げに許し、言葉を待った。

 

「お慶びください」

 

 クラニチャールの言葉と同時に、エントランスホールの大扉が開かれた。その途端、俺の中で警鐘が鳴り響き気づいた時には顔を俯かせていた。

 

 誰かがやってくる。金属音を響かせながら。

 

 チャリ、チャリ、鉄の擦れる音が聴こえる。鉄鎖が擦れる音が。

 ぺた、ぺた、大理石の敷き詰められた冷たい床を誰かが素足で歩いている。

 

 痙攣するように喉を震わせ、嘘だ。心の芯から黒に染まり切った。

 

「長うございました。侯爵、貴方様と私で造り出したこの木偶は、遂に"命"を得ました……我らが悲願は今宵果たされるのです」

 

 歩いてきたのは乙女だった。処女だった。少女だった。

 

 そして──白だった。

 

 手に枷を嵌められ、首から伸びる鎖に引かれて、能面のごとく表情の抜け落ちたティアが虚空を見つめていた。

 

 

 クハッハッハッハハハ─────ッ! 

 

 

 ヴォバンの哄笑が響く。抑えきれない胸の高まりを吐き出し尽くさんばかりに。

 

 カンピオーネはみなお祭り好きなのだと聞いた。ヴォバンも例外ではなく、彼は旅行前夜にはしゃぐ少年さながらに笑い転げた。

 

 そのあいだ、俺はひたすら湖沼の水底でもがいている気分に陥った。ティアは変わり果てていた。出逢った時の溌剌さなど消え失せ、死体未満の木偶へと成り下がっていた。

 

「そうか! そうか──!」

 

 ヴォバンは無邪気に腕を振り、俺へと意識を戻した。

 

「聞けオルク・イギグ! 私は非常に気分がいい……故に一つ昔話に付き合ってほしい。嫌とは言わせん。これは君とそこの神祖の出自にも関係のある話だからな」

「俺とティアの出自、だと?」

「そうだ。このバルカン半島……引いては東欧という地域は、竜の伝承が数多く残っているとは思わないかね。そして竜を狩る竜退治の伝説もな」

 

 ズメイ。聖ゲオルギオス。ギリシャ神話にある数々の英雄伝説。

 確かにヴォバンの言うとおり伝承は数多い……ああ、ダメだ。思考が定まらない! ティア! 

 

「それは今始まった話ではない。知っていると思うが私は18世紀のバルカンで生まれた身でね。その時より竜殺しの伝説はよく耳にしたものだし、神を殺めたあとも竜の神獣や竜殺しのまつろわぬ神と相見えてきたものだ。

 私は疑問に思った。なぜバルカンにはこれほどの伝承が存在するのか? オスマンの支配、ヘレニズム、ギリシャ神話の影響……確かに文献や歴史を紐解けばそれらしい理由は見つかるものだ。だが、私の鼻はどれも違うと判断した」

 

 ヴォバンの声は嫌に通りが良くて、耳障りだった。

 

「余談だが私の鼻が鋭いのは生来のものでね、私が初めて神を殺めたのも、心躍る闘争を見つけ出すのも、この鼻があったからなのだ。だから私はこの嗅覚を信じ、私に付き従う魔術師たちに竜殺しの根源を徹底的に調べあげさせた」

「…………」

「もう30年も前になるか。クラニチャールもその中にいたな」

「ええ、ええ。私が本拠たるミラノを離れ、東欧に移ったのもその辺の時期でしたな」

 

 クラニチャールはもともと《青銅黒十字》の幹部だったはずだ。クラニチャール家は東欧にルーツをもってはいるが、今ではミラノに居着き青銅黒十字でも頭目にかなり近い地位だったはず。

 そんな彼が東欧に舞い戻っているのはヴォバンの影響があったからか。今更ながらなぜクラニチャールが東欧にいるのを知った。

 

「私自身も探索に赴いたりもしたものだが……だが結局、何か強大なものが大地のなかに埋まっているのではないか? そう推察するまでが限界で、私は人の手による調査の断念を余儀なくされた」

 

 "人"の手による? 奇妙な言い回しだった。まるでそれ以外の選択肢があるかのような言葉に眉をひそめた。

 

「不思議がっているな。簡単な事だ……人に頼るのを辞めた私は『神に連なる者』に聞いたのだよ」

「…………」

 

 神に連なる者……つまりカンピオーネであるヴォバンと仇敵であるまつろわぬ神やそれらに類する者たちだ。確かにそれなら人よりも、効率的で正確だろう。

 しかし一体何者だ。おそらく神だろうが、侯爵に要らぬ知恵を与えたそいつに怒りが湧いた。

 

「……ああ、まつろわぬ神ではないぞ。私が竜殺しの来歴を探っていると聞きつけた"グィネヴィア"とかいう神祖がペラペラと喋ってくれたのだ。『鋼』に纏わる探索ならばおまかせください、と甘い言葉を宣いながらな」

 

 神祖。ティアと同じ。

 

「グィネヴィアはアーサー王の伝承を探っていたがな。結局、話は決裂したが私にとって得たものは大きかった。バルカンの大地にねむる強大なものとは──()()という事実が明らかになったのだ」

「神刀?」

「あの神祖が言うには"神話最強"の剣らしいが」

「それは……流石に眉唾だろう……」

「クックック、私も同感だがね」

 

 ヴォバンはソファに深く身を沈めて喉を鳴らした。獣の仕草だった。

 

「だが──神刀の存在は確かだ」

 

 そして断じた。

 

「真偽は定かではないとはいえ神祖が"最強"などと安っぽい言葉で保証する代物だ。私は思った。その神刀の存在が、バルカンに龍殺しの伝承を根付かせたのではないかとな」

「神話が神刀を生み出したのではなく、神刀が神話を生み出した……とでも?」

「無論、君の疑問はもっともだ。私も半信半疑だった。その疑問を解消するために、再び魔術師どもにバルカン各地の更なる探索を開始させた……そしてバルカンのとある地に眠る"剣"の存在に行き着いた」

 

 そういえば祖父の代に、候からの命令でトラキア平原一帯を探索調査したという行動記録があった。婿入りの話が来るまでイギグ家の経営側に回ることを期待されていたのでそういった知識は詰め込まされた。

 ただし、その結果は記載されていなかった。

 

 思案する必要はない。なにせ眼前の魔王が勝手に話してくれるだろうから。

 

「その神刀は、かつてスキタイの民が崇めし軍神アーレスの示現とされる剣だった。……君も魔術師の家柄だろう? 少しは知識があるのではないかね」

「……軍神アーレスの示現とは『地に突き立つ剣』……大地に突き刺さった鉄剣というモチーフは、北欧やイランまで幅広く分布していて、その最古はおそらく軍神アーレスの発祥の地ともされる……トラ……キアに……!まさか……!」

「そうだ。なんのことはない。私の探していた神刀とはこのトラキアにあった……いや、あるのだ」

 

 魔王は満足そうに口角を吊り上げた。

 

「さて、ここで神刀に纏わる話は止めて置くとしよう」

「なに?」

 

 ヴォバンは嘲弄の笑みを浮かべた。さっきまでの話が核心ではなく、前置きだったとでも言うように。

 そしてゆっくりと語り始めた。ティア、オルク、トルイの出生の秘密を。

 

「君は聖ゲオルギオスの竜退治の起源を知っているかな?」

 

 聖ゲオルギオス───。

 

 俺にとって因縁とも呼ぶべき名が意外な場所で飛び出てきて動揺を隠せなかった。

 

「私は愚鈍なものは嫌いだと言ったはずだ。知っているのね?」

 

 知っていた。調べられる限りのことはした。

 あの日、トルイに聖ゲオルギオスの名を贈った過ちを犯してからずっと。

 

「知って、いる。……イアソンだとか、ペルセウスだとか……どのテキストかははっきりしないがギリシャの怪物退治の神話がキリスト教化されたものだと」

「ほう。そうだったのか、それは知らなかった。さあ、続けたまえ」

「竜殺しの聖人はゲオルギオス以前にもあったが、9世紀頃に広まった聖テオドロスの伝説が11世紀ごろには聖ゲオルギオスに移され、13世紀に発行された黄金伝説によって欧州に広まった、と」

 

 声を震わせないよう記憶の文献どおりに述べた。

 

「なるほど、よく知っているな。では何故、聖テオドロスから聖ゲオルギオスに移ったのだ? 私は神を殺してから活動して()()がそちらの知識にはとんと疎くてね」

 

 素人質問で恐縮ですが、とでも言うつもりか。視線にどころか思考に険が籠るのを抑えなければならなかった。

 

「双子の騎馬神ディオスクロイの石碑をモチーフにしたからだ。聖テオドロスや聖ゲオルギオスのもととなった人物は、勇敢なローマ軍人。そしてローマ軍人はディオスクーロイの信仰を好んだんだ」

「続けたまえ」

「ディ、ディオスクロイの石碑には、彼らが馬に騎乗し、イノシシを狩る姿や、木に絡まった蛇を攻撃するものがある。

 そして騎乗した二人の神聖な騎士という構図のレリーフはキリスト教が流行し、キリスト教化された後にも残った。そして神聖な二人の騎士として聖テオドロスと聖ゲオルギオスとが並んで描かれるようになった……」

「続けたまえ」

「……やがて二人の騎士という構図は廃れていき、1人の騎士へと集約していった。最後には聖テオドロスから聖ゲオルギオスへ手渡され、今の聖ゲオルギオスの竜退治という形で定着した」

 

 ヴォバンは満足そうにうなづき上機嫌に喉を鳴らした。

 

「そうだ、聖ゲオルギオスの物語と君のいうのレリーフには深い関係があるらしいな。ではそのレリーフの種類はディオスクロイだけなのかな?」

「いいや、違う。騎士と木に絡まった蛇のレリーフだったり、敵を殺す騎士だったり、イノシシを狩る戦士だったり……ディオスクロイのレリーフは派生的なもので、こちらがメインだ」

 

 ヴォバンが何を言わせたいのか、分かってしまった。

 だがそれを口にすれば言霊が更なる禍を呼ぶのではないかと恐怖した。

 

「おお、それならば知っている。私はさっきも言ったがバルカンの出でね……君ほどではないがそれなりに知識はあるのだ。

 現代に"竜という悪を征服する騎士"という姿で伝えられているが、キリスト教化される以前はローマ騎士と騎士に倒される敵であったり、蛇に向かっていく騎士だったりする図像だったな」

 

 知っている。知っていたのだこの老獪なる王は。

 それでいて決して自分の口からは答えを出さず、表情を曇らせる俺を眺めながら楽しんでいるのだ。

 

「ふぅむ。その図像をなんと言ったか……確か名称があったはずだな……博識な君は知っているのだろう?」

「…………。──"トラキアの騎士"」

「おお! そうだったそうだった──トラキアの騎士!」

 

 強調するように侯爵は声を張り上げ肩を揺らした。

 

「欧州において森に潜み、伐採や開拓を妨げる蛇は、邪魔者で邪悪な存在だ。キリスト教が国境に認定される頃には"蛇という邪悪と戦う騎士"という構図は確立された。そうだな?」

「……ああ。蛇を倒す騎士という"救世主的な側面"を持ったのもその頃だったはずだ」

「フフ。それほど竜退治と関わりが深いレリーフだ。ならば私は"トラキアの騎士"という名称にもあらわれるように、発端となったトラキアに神刀が眠っているのは間違いないだろうな」

 

 トラキアの騎士や軍神アーレス信仰が生まれた、トラキアという地は特別だ。

 トラキアの騎士は聖ゲオルギオスと竜退治の伝説して欧州に広がり、アーレスを濫觴とする剣神信仰は欧州のみならず東西に跨るほどとなった。

 

 ならばトラキアには最強と呼んでも差し支えない剣が眠っているのではないか。そう思考が及ぶのは当然だった。

 

「クラニチャールとの蜜月が本格的に始まったのもその頃でね……東欧にルーツを持つ彼はミラノからトラキアに移り、長年私によく尽くしてくれている」

「ありがたきお言葉」

 

 恭しい騎士の礼を取ってクラニチャールは頭を下げた。その表情は見透かせない。

 

「それで侯爵、あなたは件の神刀を見つけたのか……?」

「いいや。残念ながらな。まるで霧に隠されたようにそれ以降ぱったりと進展しなくなった。まったく残念な事だ」

「それは……」

 

 良かった。安堵の息を吐き出しそうになって慌てて肺の奥へ押しとどめた。

 

「しかし神刀のことはわからずじまいだったが、一つ大きな発見があった。トラキアの森のなかで探索をしていた時だ……私はある場所でトラキアの騎士のレリーフを見つけたのだ」

「……それが?」

 

「しかもそれは只のレリーフではなかった。ボロボロでみすぼらしいものだったが、僅かながら神性を帯びていたのだ。はるか昔……5世紀ごろのトラキアで、()()()()()()』と、()()()()()()()()の──大きな戦いのな」

 

ヴォバンは下弦の月のように口を歪めた。

 

 

五話:捧ぐアマルウトゥの名

 

 魔王はさっきまでの惚けた雰囲気を捨て、不遜な態度を取り戻した。肺の中に押しとどめた安堵が、驚愕と変わって喉からまろび出た。ヴォバンが手招きするとティアがぎこちない足運びで歩き出し、魔王の足元で膝まづいた。

 

「《月の洞》を知っているかね」

 

 ヴォバンの毒手がティアの喉を撫でる。

 触るな! そう叫びたい。だがそうすればティアがどうなるか分からない。激昂する本能を目いっぱい抑えなければならなかった。

 

「ど、洞窟だ。月の見える洞窟……」

「知らぬか。《月の洞》はな、神刀のもたらした伝承に惹かれ現れた、二柱のまつろわぬ神の成れの果てだ。神刀を求めたまつろわぬ『鋼』と、野望を阻んだまつろわぬ地母神のな」

「は?」

 

 何を言ってるんだ。《月の洞》が成れの果て? 

 ヴォバンのいう頓珍漢な言葉に惑いながら……あの時、地底湖で垣間見た竜の影を思い出し、何も言えなくなった。

 

「まつろわぬ神は強大とはいえ相性があるのだ。竜退治の逸話が多くあるように、怪物に堕とされた地母神が、英雄たる『鋼』には分が悪いのは典型だろう。

 トラキアに現れたまつろわぬ地母神も例に漏れず、打倒されたが……だが、ただでは終わらなかった。己が死骸を大地と変え、まつろわぬ『鋼』を押し潰したのだ」

 

 今度はこちらが聞き入る番だった。神々の戦いに相性があるなど初耳だった。

 当然だ。情報源など眼前のカンピオーネらしかいないし、カンピオーネは総じて浮世離れしている。

 そして一瞬だけ浮かんだ驚嘆と疑問をヴォバンは見逃さなかった。

 

「まつろわぬ神は地面で押し潰されて死ぬのか? そんな顔をしているな。死なんよ。あれらは多くが不死や不滅を備えている……無敵の英雄の備える戦場での不死。太陽や時という普遍で不変の概念から来る不滅性。冥府や豊穣を司る尽きなき生命力から来る不死性……フン! 地面に呑まれただの、マグマに落ちただので、あれらが死ぬものか」

「だったら」

「──だが神の腹のなかに落ちたならば?」

 

 神の腹。それはある意味で、地球上のどんな過酷な場所よりも生き辛い場所ではないか。そしてひとつの言葉を思い出した。

 

「大地は、命の胎盤。洞窟は、大地の子宮……」

「ほう、理解が早いな。いいぞオルク・イギグ」

 

 全く嬉しくない賛辞をもらい、侯爵は続けた。

 

「まつろわぬ神は時折、その命を贄とし対価にして強力な"神具"や"聖なるもの"を産み落とす……グィネヴィアという神祖も、まつろわぬ神が命と引き換えに創り出した『魔道の聖杯』という神具を見せつけてきたものだよ」

「じゃあ『鋼』と戦ったまつろわぬ地母神も何かを産み落とした、と?」

「うむ。私は《月の洞》こそが、その産み落としものではないかと睨んだ。地母神は大地と変わり、『鋼』諸共封じる聖域となったのだ」

 

 さて、オルク・イギグ。

 侯爵はのっそりとソファから身を起こし、両の太腿に肘をついて屈むような体勢をとった。獣のごとく。

 

(はら)のなかに押し込められたまつろわぬ『鋼』はどうなったと思う?」

「封じて終わりじゃないのか?死んだ、のか?」

「違うな」

 

 断言した。

 

「封印といってもただの封印ではない。……腹の中に押し込めた、とはつまり、子を孕んだ状態に酷似していると思わないかね?」

 

 まさか、という疑念は侯爵な不遜な表情にたち消えた。

 

「まつろわぬ神とは神話のなかから生まれた概念的な存在だ。強大だが揺さぶられると酷く、(もろ)い。まつろわぬ『鋼』は腹に押し込められどうなったと思う?」

「赤ん坊に……なった?」

「近いが、正確には違うな。()()したのだよ……胎内に宿るという、まつろわぬ『鋼』という神格が生まれる以前の姿に」

 

 ありえない。そう決め付けられないのが神が神たる所以なのだろう。ありえない方がありえない。そして喋っているのは老獪なる神殺し。ならば説得力も一入だった。

 

「まつろわぬ『鋼』は回帰していくほど、名を失うことになった」

「名前?回帰して名を失うのか……?」

「不思議かね。だがまつろわぬ『鋼』は出世神だったのだ。はじまりは弱小な若き神だったが多くの神々と習合し、50を超えた頃についに『鋼』の救済神としての号を得るに至った」

 

『鋼』の救済神。その言葉を聞いても思い当たる神々いなかった。けど……敢えて無視している自分が居るのにも気がついた。

 

「名は神々にとって魂だ! 人が死ねば土に還り、最後には名前しか残らないのと同じだ、人は神の存在を名前からでしか認識できないからな!」

 

 人は神という存在を確固たる形で認識できない。あやふやで超常的な神々を、人々は神話のなかに記して後世に伝える他なかったのだ。

 だから神の名を大切に扱った。みだりに口にすることなかれと。ゆえに名は神々にとって魂そのものだった。

 

「胎内に落ちたまつろわぬ『鋼』は名を失いつづけることになった。まつろわぬ神は原初に回帰するほど強力になるが、そのまつろわぬ『鋼』は全く逆。回帰するほど弱体化していった」

「……」

「当然だ。原初に立ち返ることと、名を喪うことは別だからな。単純なプラスとマイナスの違いだ」

 

 俺は侯爵から飛び出る情報の奔流に晒され続けた。

 

「揺籃に揺られつづけたまつろわぬ『鋼』は名を剥奪され尽くされた挙句、神の地位を追われ、肉体を失い、ただの神霊にまで貶められてしまった!ただの太陽神としての残滓を有するだけの神霊にな!」

 

 太陽神──? 

 若き神。50の名。救済。『鋼』の混淆神。

 ハッとした。あらゆるヒントが数珠繋ぎになって、ついにひとつの神へと辿り着いた。

 

 馬鹿な。封印されたのが本当にその救済神なら──因果を自在に操る無敵の神だ。

 

 それをわざわざ復活させるのか、眼前でほくそ笑む老翁の正気を疑って仕方なかった。

 

「私はその話を聞いた時、心踊った! まつろわぬ『鋼』とそれを阻んだまつろわぬ地母神! 是非、相見えたい! 

 ……私は最近退屈気味でね。食いでがない神としか巡り会えていないどころか、神すら私を避けるようになってしまった

 それではつまらない! どうにか封じられた神とやらを喰らえないか……あわよくば『鋼』も地母神も喰らい尽くしたいと!」

「そんなことが……理由で……」

「まあ許せ。結果的にまつろわぬ神を殺すのだ。お前たち人間が私に期待する義務はそれだけなのだろう?」

 

 確かにカンピオーネに与えられた義務は神を殺めることのみ。だが封印された神を掘り出そうとするなど本末転倒もいい所ではないか。

 

「それが間違っているかもしれないだろう……どこでそんなことを知ったんだ」

()()()()()()

 

 ヴォバンの影が揺れる。そこに人影を見た。幽鬼のごときそれは擦り切れた襤褸を纏い、そして死相を浮かべた魔術師だった。

 

『死せる従僕の檻』──。

 

 悪名轟くヴォバンが所有する権能のなかでも最悪に入る権能。殺したものの魂に縄を打ち、この世に止めさせ奴隷とする、生と死の尊厳を根本から馬鹿にする権能だ。

 

「死霊術の真似事は私に得意とするところでね。トラキアの騎士の描かれたレリーフをたどり《月の洞》におとずれ出会った。……とは言ってもまつろわぬ『鋼』ではなく、まつろわぬ地母神の方だがね?地母神もまつろわぬ『鋼』と同じく神の地位を追われ、神霊にまで落ちぶれていた」

「…………それで」

「しかし私には好都合だった。この権能は使い勝手がいいが、まつろわぬ神ほどの格があるといささか怪しい。神の魂ではなく落ちぶれた神霊ならば容易いからな」

「……それで」

「聞き出した私だが手ぶらで帰るのも惜しくなってな?どうにかこの神霊を持ち帰れないか思案し、そこで私は一計を案じた」

「それで」

「おや、どうしたのかな。そんなに表情を固くして」

 

 激する寸前の俺に対し、ヴォバンは努めて紳士的な対応をとった。その口端を愉悦で歪めながら。

 

 

「答えろ。アンタはその魂を……どうしたんだ」

()()()()()

 

 

 なんてことないように。

 

「下賜、とは」

「神霊の魂魄をまだ胎内にいたクラニチャールの赤子に神霊を下賜したのだ。数十年、私に尽くしたクラニチャールへの褒美だ」

 

 クラニチャールは目深に被ったハットで目線を隠し、深深と礼をとった。

 

「私の計は上手く嵌まった。傑作といってもいいほどにな。神霊を植え付けられ生まれた子は──"神祖"の身体を持っていた。()()()()()()()()()()()()だったがな」

 

 ちゃり、と鎖の擦れる音が耳に届いた。

 

「神霊を持ち去り、神祖を手に入れ、実り多き時間だった。神祖は破格だ。人から見ればな?──だが、ああ。だが、それでは駄目だ。神祖など(神殺し)には木っ端でしかないではないか」

 

 ヴォバンは魔王然とし、その些細な音など無視して喋りつづけた。

 

「私はその頃、荒れていてね……。おかしいかね? 欲した神刀も地母神も『鋼』も復活の目処が立たず、手をすり抜け、鬱憤ばかりが溜まっていたのだ」

「…………」

「そして私はあることに気が付いた。神祖は生まれる直前に名を得ていたことに」

「名を?」

「そうだ」

 

 ヴォバンは一旦、そこで言葉を止め視線を下げた。

 エントランスの扉から入り込んだのだろうか。小柄でみすぼらしい灰色のネズミが走り去っていった。

 

「ところで君はこのヴォバンが、最初に弑逆したまつろわぬ神を知っているかな?」

「北欧の魔狼フェンリルだと、賢人議会の調書に書いて」

「違うな。分からないかね。クク、霊視能力のない君には難しい質問だったか」

 

 分からない。検討もつかない。思考がから回っている俺を睥睨しながらヴォバンは言った。

 

「──太陽神アポロンだ」

 

 その瞬間、過去からやってきた言葉で思考が弾けた。

 

『大地母神の神祖である私が、まつろわぬ神へ回帰しないため』

 

『地母神は総じて豊穣と多産を司る。ゆえに子を宿す行為は、まつろわぬ神へと立ち返る儀式に他ならない。だから処女性を保つため処女神の名が必要だった』

 

 総毛立つ。

 なんという蒙昧、噛み締めた唇から鉄の味がしみた。

 

「氷解したかね。君の考えている通りだ、神祖が得た名とは──」

 

 ──アルテミスだ。

 

「神話をなぞる行為は、そのまま神を招聘する儀式に等しいからな。この神祖がまつろわぬ地母神として蘇ったなら、まつろわぬ『鋼』復活の兆しとなりえる。」

「…………」

「ゆえにこの多産を司った地母神の神祖は、己が神へ到らぬよう我がアポロンの権能から生涯純潔を誓った女神の名を見出し、己の名としたのだ」

 

 そしてヴォバンとクラニチャールは、Artemisの名をRlumia・Asar・iseth(ルルミア・アーサー・イセス)というスペルの羅列に潜めたのだ。

 

 謎に包まれていた彼女の秘密の一端を知ってしまった。彼女がなぜ、名が自分の物ではないと言い切り、そんな物を己に科したのかを。

 

「そのときの私は期待したよ。地母神も、『鋼』にも袖にされたが、名高き狩人の女神を喰らえるのならばお釣りがくる……とな」

「だが、名は魂とあなたはいうが名前のみがあったところでどうしようもないだろう。神が顕身した訳でもない」

 

 俺の言葉にヴォバンは当然だと言わんばかりにうなづいた。

 

「君の意見はもっともだ。しかし、私はアポロンの権能……つまり神力を備えているのだ。我がアポロンの力で縛してしまえば、名はもしやまつろわぬ神として形を得るのではないか?」

 

 名は、神話内に登場する神々のように、確固たる肉体などなく虚と実が容易に移ろう儚い存在。

 

 しかし地上から神話へ帰るだけの名に、地上へ這いつくばらせる楔があったならば? 

 

 俺が更なる否定を口にしようとする前に、ヴォバン自身が先に否定した。

 

「だが、これも失敗に終わるはずだった」

「なに?」

「考えても見たまえ。()()()()()()()()()()。自我もなく、生きてもいないのだからな。《月の洞》に訪れては月を眺めるのみで、ただアルテミスと名がついただけの木偶でしかなかった」

 

 ヴォバンは言った。聞き逃さなかった。

 

 失敗に終わる──()()()()()、と。

 

「だが──君のおかげで総ての問題が解決した」

 

 ヴォバンは破壊し投げ捨てたペンダントを踏みつけながら笑いかけてきた。生え揃った歯列を剥き出しにした獣の笑みで。

 

「君はこれが何の神具か知っているかね」

「……いいや」

「魅了だよ。愛神キューピッドの矢を材料に作られた、イタズラ好きの妖精パックの惚れ薬。それがこの神具の正体なのだ」

 

 魅了の神具はあらゆるものを魅了する。人も、獣も、器物でさえ。神の名しか持たなかったビスクドールもまた魅了され、自我が芽生え、生きることを選んだ。

 

 キューピッドの母たる女神アプロディーテーが、ガラテアに命を吹き込むように。

 

「──さて、ここまではルルミアの出自を語った。では今度は君たち双子の出自について語ろう……とは言えもう大方語り終えていてね、そう難しいことではないのだ」

 

 ぽつ。ぽつ。

 今まで快晴だったのに吹き飛んだ窓から見える景色は分厚い灰雲で覆われていた。カーテンが強風によって翻り、稲妻の足音が近づいてくる。

 

 異常気象だと錯覚しそうな超常現象。だが天然自然の気候変動ではない。たった一人の人間によって引き起こされている嵐なのだ。

 

「まつろわぬ地母神の成れ果てたる神霊は、私によって拉致されるまで、とある役目を全うしていた。まつろわぬ『鋼』を目覚めさせぬための墓守の役をな」

 

 出来損ないの副葬品なの、と《月の洞》で自嘲気味に笑ったティアの顔がフラッシュバックした。

 

「外敵の侵入を許さず、静謐を維持するため己もまた永劫の眠りに就く……ある意味死んだも同然だ。まつろわぬ神々の副葬品と呼んでも差し支えないだろう」

 

 耳を貸すな。侯爵の権能が本格さを増していく。このままでは手が付けられなくなる。もう今しかない。ティアの手を取って、駆け出すのだ。

 動け。

 俺は──

 

「──では墓守が居なくなった墳墓はどうなる?」

 

 言葉による縄を打たれ、そのまま立ち上がれなくなった。墓守のいなくなった墓地? 考えても見なかった意識外の問いに、思考が空を切った。

 

「分からないかね。数千年の間、完璧だった封印は神霊というピースが合わさればこそ発揮できたのだ。そのピースを抜いてしまえば難攻不落の封印にも穴が空く。そう思わないか」

「だ、だが、それでまつろわぬ神は復活しなかった。復活していたら、このトラキアは消滅している。あなたの話が本当なら《月の洞》に封印されているのはそれほどの神だ」

 

 俺の反駁に、侯爵は鷹揚に頷くだけだった。

 

「では復活が()()()()()()()()()()?」

「完全では……ない?」

 

 侯爵はソファの肘掛けにもたれかかり頬杖をついた。

 

「そう。欠けたピースのひとつ分だけ……50ある称号の一つ分だけ……神霊のひとつ分だけが、外界に抜け出せたならば?」

「馬鹿な、有り得るはずがない……」

「相手は神だぞ? ありえないことの方が少ない。そしてまつろわぬ『鋼』は、神々の王という地位を得る前は、"太陽の若き雄牛"という名を持つ弱小の太陽神だった」

 

 もう外の風雨は暴風雨だった。

 侯爵の八重歯は犬歯に変っていた。

 

「だが腐っても太陽神、明けぬ夜がないように太陽神の復活も必定だ!」

「…………っ」

「奴らは不滅で、神々の中でも諦めの悪さは折り紙付きでね。私も信じている……夢は信じ続ければ叶うものなのだ──」

 

 絶頂間近にまで興奮したヴォバンの咽喉から、どうしようもないまでに狂い切った魔王の讒言が飛び出した。

 これが魔王。カンピオーネ。神殺し。人類最後に残されたひと握りの希望なのか。

 

 それではあまりにも救いがないではないか。

 

「タロットカードを知っているかね?」

「……ああ」

「では"太陽"のアルカナには双子の赤子が描かれているのも? よしよし、結構だ」

「…………」

「君の出生に関わる話だ。君は最初に言っていたな……トラキアの騎士という図像には派生のレリーフが存在すると」

「派生だと、そんなものディオスクーロイの図像だろう。だからなんだっ!」

「そう猛るな。短気な性格は損だぞ?双生児神ディオスクーロイと木に絡まった蛇を挟む形で描かれるとも言っていたな、しかし果たして蛇だけなのかね。浅学な老いぼれに教えて欲しいものだなオルク・イギグ」

「蛇の他にも、ダキアで発掘されたレリーフには女神とディオスクーロイが隣合った構図のものがあると……そして、その女神はアルテミスとも言われて…………」

 

 言葉が止まった。……アルテミスだと? 

 

「ありがとう。その言葉が聞きたかった」

「……っ」

「タロットにおける"太陽"は、()()を意味する。それは太陽のタロットに描かれる双子の赤ん坊をおもえば難しくない。そして、こうも思わないかね?まつろわぬ『鋼』が太陽の神性を色濃く備えて生まれてくるならば"太陽"のイラストのように──()()()()()()()()()()()()()、とね」

「!」

 

言葉がでなかった。思考が白に染まっていたから。

 

「君は言っていたな?トラキアの騎士とは、蛇やイノシシを騎士という"救世主"の戦士が倒す図像であると。ならばディオスクーロイの図像もその側面を秘めているとは思わないかね?女神アルテミスを双子の戦士が倒すという側面を。

私はダキアにて発掘された、ディオスクーロイとアルテミスのレリーフを見て感動したよ。まるで今日というこの日を予期していたようではないか。そしてレリーフに導かれたように()()()はアルテミスの元へ集った──」

 

 ──どう思うかねオルク・イギグ。双子の片割れよ。

 

 俺たちはディオスクーロイそのものだったのだ。兄のカストールは人としての運命と絶対の死を言い渡され、弟のポルックスは───

 

「──()()!」

 

 轟音とともに屋敷の屋根が消し飛んだ。もともとヴォバンの突風によっ窓という窓が割られていた屋敷は、完全な雨ざらしになった。

 カツーンカツーンと硬質な足音を響かせて、彼はやってきた。

 

「…………。トルイ……」

「サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。言ったはずだよ。兄を不快にすれば殺すってね」

「クク、私を殺すのはいいが……一つショーを見てからにしないかね」

「ショー? それってあの人狼たちと関係あるのかい?」

 

 トルイの言葉で初めて気づいた。俺たちは数百を超える人狼に囲まれていた。

 しかもただの人狼ではない。あれはおそらく元・人間。煌びやかな装飾や、獣へ身を窶したときに破れたドレスやネクタイの切れ端が引っかかっていた。

 

「何、難しい話ではない。在り来りなひとつの儀式だ。処女を生贄とした、な」

 

 ヴォバンは今度こそソファから立ち上がって、茫洋としたティアの髪を引き、エントランスホールの中心へ連れていく。

 

「神祖の肉体に処女神アルテミスの名がつけられ、女神を受容する器となったならば……その純潔を穢し尽くせばどうなるのだろうな」

 

 アルテミスは高潔にして純潔。ならば彼女の名があるところもまた清廉無比でなければならない。

 

 透明な泉に住む水魚は、荒れた果てた泥沼に住めないのと同じだ。

 

 そしてヴォバンは女神の住む聖域に、汚泥を投げ込もうという。そうすれば女神はたまらず、外界へ出てくると期待して。

 

「なにがショーだ……! 頼むトルイ、止めてくれ! 今はこの状況を止めれるのはお前しか──」

 

「──やーだよ」

 

 俺の必死の懇願はは投げやりな否定で両断された。

 仰ぎみたトルイの顔は神韻縹渺たる気配を宿していて、俺は恐れていた時がやってきたことを痛烈に悟った。

 

「あの女は僕から兄さんを奪ったじゃないか。僕だけで占められていたさんの心に割り込んで! 僕を追い出して! 許せないよねぇ……」

「トルイ……」

 

 本性。トルイの本性だった。

 いつか白日の元にさらけ出され、人々は弟の前から去ると危惧していた。

 しかし畏れていた弟の本性は、よりによって今開帳された。

 

 俺の心が、トルイから離れていく。

 

 トルイの心が、人から離れていく。

 

 人狼に捧げられた贄たる乙女を睥睨するのは、陽に当たらぬ裏世界でも屈指の魑魅ども。

 神を弑逆した魔王。まつろわぬ性の傀儡。贄の乙女の親たる魔術師。

 

「さぁ、開幕だ」

 

 此処にサバトは始まった。

 

「この時を私とクラニチャールは数十年待ち焦がれていた……。手始めにアルテミスよ、現れるがいい! 兄アポロンの力によって犯され果て、地上に顕現するがいい!」

 

 俺は吼えた。獅子吼を上げた。

 拳が熱かった。爪の食いこんだ肉から溢れる血潮がマグマにごとく絶望を灼き尽くした。視界が白んで指先が冷たい。

 魔王がなんだ。まつろわぬ神がなんだ。魔術師など親など知ったことか。

 歯を食い縛り、眉間が裂けそうなほど顔を強ばらせた。咽喉から迸る咆哮が舌を咲いて歯を砕くようだった。

 感情が激していた。生まれ落ちてより凪ぐばかりだと思っていた心象は、いまや煉獄の如く荒れ狂いティアの元へと駆け出さんと地を蹴った。

 

 俺は必死に暴れ狂った。

 例え、トルイによって四肢の骨を砕かれ微塵も身動きが取れずとも。

 

 ──Aaaaaaaaa…………。

 

 声が聴こえた。ただの声ではない。

 声であり、詠であり、呻吟であり、絶叫だった。己の骨子を穢され厭い切って狂い泣き叫んでいる。

 

 絶叫はついには見えるほどの大音量となって銀の発光と変わり、神祖の口からエクトプラズムさながらに流れ出した。

 それはきっと本来なら地に留まることなく昇天するはずだった。そうならなければならなかった。しかし此処は魔王主催のサバト。

 ゆらゆらと揺らめく()()()()は群狼に纏わりつかれ、果てには闊達な乙女へと変貌を遂げた。

 

 ──まつろわぬアルテミス、顕現。

 

 ああ、俺は今生きながら地獄にいるのだろう。

 

 犯され果てて名という魂を喪ったティアは、抜け殻となって死骸を晒していた。打ち捨てられた骸となったティアは痛々しく、尊厳など欠片もなかった。

 神の来臨など心の底からどうでもいい。ただ地面に転がった……乙女を見ていた。出会って笑いあった記憶が刹那のうちに駆け去っていく。

 

「クラニチャアァアァァァァァル!」

 

 俺は帽子を深く被った騎士に叫んでいた。

 

 俺と同じく唇を噛み締め、血を流していた神祖の親に叫んでいた。

 

「貴様が求めたのはこの結果かっ! 血を分けた子を、唯唯諾諾と魔王の供物にすることがかっ! 貴様はそれでも動かないのか! そんな忠義なんぞ捨てちまえ!!!」

 

 クラニチャールだけではなかった。この場に集った魑魅どもを糾弾し、鏖殺せしめ、時の神への呪いを叫びたかった。

 

 だが。

 

 魔王は哄笑をあげる。弟は睥睨するのみ。魔術師は巌と化した。

 

 時の神クロノスは彼女と生きる時間を永遠にはしてくれない。

 時の神カイロスは彼女を救いだす時間を與てはくれなかった。

 

「ティア……」

 

 這いつくばり光のなくなった無限の暗闇のなかで白を見つけた。仄かに、朱を残した白へ。その一点へ導かれるように進む。

 あと少し、あとちょっと届くから、どうか消えないでくれ。

 指を伸ばせば……ほら……。

 

「ティア……!」

 

 そっと、優しく、掌に彼女の指先を包み込む。

 

 生命の躍動を終えた、冷たい彼女に触れた。

 

 

「ねぇ、死にたい?」

 

 耳元で囁かれた。甘やかで妖しげな蕩ける声。

 目と目が触れるかと思うほど顔を寄せたトルイが俺を見下ろしていた。

 

 人の目ではない。

 まるで太陽。真円を描いた双眸はギラギラ輝いていて、砂漠に昇る乾いた灼熱の太陽を想起させた。

 

「ああ……」

 

 弟だったが、きっとトルイじゃなかった。

 ティアに呼応するようにトルイが生まれたのなら、ティアの死と共にトルイも逝ってしまったのだ。

 

「好きな子が殺されて悲しいでしょ? 死にたいでしょ? もう死にたくて堪らないよね。兄さんが誰かに殺されるなら僕が殺す。殺すよ。それが例え兄さんであっても」

 

 それが僕ら兄弟の絆だろ、とトルイは笑った。そうか、と納得した。

 俺は死にたかったのだ。ティアもトルイも居ない地上に一片の未練もなかったから。

 

 寒光一閃。

 冷たい感触が差し込まれ、刹那、心臓にたどり着いた感覚を覚えた。

 

 

 その日、オルク・イギグという名の男の人生は終わったのだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

#Part4:サバト〜??? まで/六話:翔くポルックスの性

 

 クラニチャール邸からおはこんばんにちは、ゆっくりです。

 

 前回はヴォバン侯爵襲来まででしたね。ワンチャン出会った瞬間、塩の柱にされる可能性もありましたが何とか凌ぎました。

 

 さて、侯爵とトルイ氏がガンくれ合ってトルイ氏が退場していきました。現状、トルイ氏は不安要素でしかないので居なくなって良かったです。

 

 さてヴォバンとの会談です。

 

 一応、神具のおかげで親愛度は+25されていますし悪・即・斬はしてこないと思いますが、保証はありません。

 

 カンピオーネとの会話には一つだけ共通している仕様があって、カンピオーネ側からの質問に5秒以内に回答しないと親愛度が目減りしていく仕様があるんです。

 ですので、即断即決が肝です。

 

『さて、話の続きをしようではないか。オルクよ』

 

『…………。続き、とは』

 

『理解が遅いな。愚鈍な者は好きではない』

 

 こんな感じで回答を躊躇うと一気に親愛度が下降します。

 

 え、神具がなくて親愛度+25されずに解答ミスったらどうなるかって? 

 HAHAHA、そりゃあ塩の柱の完成SA! 

 

 会話に戻りましょう。

 どうやら侯爵は『パックの媚薬』に興味を示したようですね。パターン26と言った所でしょうか。

 

 この会談では毎回内容が変化するので、初見だと詰みやすいです。まあカンピオーネとの会話なんて会話した時点で詰んでるようなものなので、周回と経験がものを言います。

 

 とはもうせ、この会談は何千回と乗り越えていますからね。結構余裕を持って立ち回れます。

 

 というか侯爵いつまで神具を持ってるんですか〜? ちょっとやめてよ〜! その神具まだ使い道があるんだから〜! 

 

 お、返してくれるようです。神具を掲げると侯爵は一息に──握り潰しました。

 

 

 ……………………? 

 

 …………??? 

 

 

 は? 

 

 それってさぁ! 『パックの媚薬』を壊しちゃった……ってコト!? 

 

 

 

 

 

 

 

 う~~ううう あんまりだ……H E E E E Y Y Y Y あ ァ ァ ァ ん ま り だ ァ ァ ア ァ AHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOOHHHHHHHH!! 

 

 おおおおおおれェェェェェのォォォォォ 神具ゥゥゥゥがァァァァァ~~~!! 定ォォォ石がァァァァァァ〜〜〜!!! 

 

 

【速報】定石氏、逝く【対ありです】

 

 はい、終わりました。

 かなり茫然自失としてますが、私が考えていた【神殺し(ジャイアント・キリング)】のキーアイテムがなくなった無くなったので詰みです。

 

 何とかメンタルリセットしたので実況……というより解説ですね……していくと、私のリアクションの通り【神殺し(ジャイアント・キリング)】には『パックの媚薬』が大きく貢献するはずだったんです。

 

 というのも実はオルクくんが、このサバトで死ぬのは確定事項です。

 

『パックの媚薬』という神具には元ネタがあるって以前言いましたよね。シェイクスピア不朽の名作『真夏の夜の夢』です。

 そしてこの【終末の夜明け】シナリオでは新世代勢がまだ存在していないため、存命のキャラがいるんです。

 

 カンピオーネたちの権能欄に、ジョン・プルートー・スミスが妖精王オベーロンから簒奪した『妖精王の帝冠』がありますよね。

 

 つまり【終末の夜明け】シナリオの時点だと、アストラル界には『真夏の夜の夢』にも登場するオベーロンがいるんです。

 

 このオベーロン、『パックの媚薬』を持った状態で死亡するとほぼ確定でアストラル界に引っ張ってくれます。

 そうして『パックの媚薬』を探していたらしいオベーロンに神具を返還すると、代わりにキューピットの矢の原典を貰えるんです。

 

 これがアルテミス弑逆の武器になるんですね。

 

 まあ都合よくことが運ぶのはここまでで、あとはアストラル界に放り出されるわけですが……。

 

 アストラル界は過酷な土地なので人間は居るだけで死に至ります。

 ですが……ところでみなさんは、原作8巻のドニがまつろわぬヌアダと戦ってた描写を覚えていますでしょうか。

 

 聖ゲオルギオスの神霊に乗っ取られたドニキが、常世……()()()()()()でまつろわぬヌアダと戦った場面です。

 

 カンピオーネ! のアストラル界という土地で人間が活動するには対策を講じなければなりません。5巻に記述があるように身体に魔力を満たすか、或いは、魔力を空にするかです。

 前者はエリカ姐さんが、後者は恵那の姉御がやってました。

 

 そして思い出して欲しいのですが、ドニキは人間時代にとある体質の持ち主でした。魔力を貯められない無能者の体質ですね。

 もうお分かりかと思いますが完全にデメリットしかない体質に見えるこれ、恵那の姉御とおなじ魔力を空にするやり方を素でやっちゃってるんですね。

 

 だからドニキは地上と変わらずアストラル界でも活動可能で、まつろわぬヌアダを弑逆する可能性をつかみ取れたようです。

 

 で、同じ体質を持つオルクんも活動可能なわけです。そうしてなんやかんやあってアルテミスを殺めるつもりでしたが……ナオキです。

 

 

 あ、適当に解説しながらポチポチやってたらオルクくんが死にましたね。南無。

 

 

【その日、オルク・イギグという名の男の人生は終わったのだ……】

 

【メインプレイヤー:オルク・イギグ(アマルウトゥ)は死亡しました……】

 

 

 死の安らぎは 等しく訪れよう しました。

 とは言ってもオルクんの場合、ここで終わりではありません。

 特殊イベント【払拭せよ未知未解。示せ、22の天の道】で引いたアルカナ【恋愛/LOVERS】の恩恵がここで発揮されます。

 

 前回【恋愛/LOVERS】を引いて微妙そうなリアクションを取ったのは【審判/JUDGEMENT】の下位互換だったからです。

 

 つまり一度限りの"蘇生"が恩恵なんですね。

 どうして【恋愛/LOVERS】がこんな恩恵かというと、アルカナを人生に例えた時【愚者】は、人生の始まりを意味し、【魔術師】は才能と未熟さを意味します。

 

【女教皇】は精神の成長とに欠かせない知識を与える存在です。【女帝】は母の慈愛に、【皇帝】は父性と決断力。【法皇】は宗教や精神世界との出会いの示唆ってところですね。

 

 それで【恋愛】は決断です。色んな選択肢の中から、"自分の意思"で選びとる、という意味ですね。

 

 まあ、ここが【審判/JUDGEMENT】の下位互換と言われる所以で、"自分の意思"っていうのがプレイヤーに依存せずオルクん自身が選ぶ仕様になってるんです。

 

 なので過去ログを鑑みて、ゴミみたいな人生を送っていたら死を選びますし、幸せなら生きることを選びます。

 

 可能性は半々ってところですし、蘇生が確定&強くてコンテニューの【審判/JUDGEMENT】と違って選択権すらないですからね。やっぱりそれを比べちゃうとね……。

 

 

【メインプレイヤー:オルク・イギグ(アマルウトゥ)の死亡が確定され、《アマルウトゥ》は太陽/SUNトルイ・イギグに引き継がれました……】

 

 

 おや、知らないテキストが流れていきましたね。何かフラグを立ててたようです。

 

 まあ気にしてても仕方ありません。オルクんが選ぶまで待ち時間があるので、地上の様子でも観察しましょう。

 

 

「──我が名は『鋼』の救済神マルドゥク。さあ、花道を敷け民衆よ! 至高たる英雄の凱旋なり!」

 

 ハァッ? 

 

「目覚めよ、救世の神刀よ──」

 

 え、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! (ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!! ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)

 

『鋼』の救済神ってあの神かよぉぉぉぉ! (せいかいのおと)

 

 

「という訳だ、天の眼よ」

 

 おぇあ? 

 

 あ、あれ、これってやっぱり目が合って……

 

「去ね。覗き魔も大概にしておけ」

 

 

 えっ───? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲しい、実に痛切に悲しい。

 

 指先に伝わる体温が徐々に冷めていき、オドを喪失して身体が傾いでいく兄を見下ろしながらトルイは悲しみに暮れた。

 

 でも、何故、悲しいのだ? 

 

 悲しみの源泉が分からない。分からないがただ悲しい。

 この悲哀は命の尽きるものを見届ける悲哀でもなく、消え去っていく人生というモラトリアムへの悲哀でもなく、もっと深い秘奥にこそ源泉はあった。

 

 消失していく兄の命と同じくして、兄から"とあるもの"が流れ出し──18年の月日を経て、我が神格へと帰還した。

 

 掌を掲げ、花貌を隠す。手を下げたあとには微笑が浮かび上がっていた。

 尊大さよりも超然とした印象を与える、神の微笑(アルカイックスマイル)。"私"は……いや、"僕"はこんな笑みはしなかった。

 

 己のなかの一つの人格が悲鳴をあげている。人の殻が朽ち果てていく。

 

 そうだろう。"私"はもう"僕"ではない。

 兄を殺めたその時より。散逸していた49つ目の名を奪還したその時より! 

 

「兄よ、兄よ。愛しているぞ、感謝しているぞ。我が名を終生、最後まで守り抜いたことに! 

 今日という日に"僕"は"僕"を終え、"私"へと立ち返る! そしてまつろわぬ神へと回帰した"私"は──『俺』へと辿り着くのだ!」

 

 

 その神は数多の神々と習合し、最高神に登極した出世神だった。

 

 

 その神は50の神々と習合し、神々の名を贈られた称号と変え王権を得るに至った神だった。

 

 

 その神の原初の名をアマルウトゥ。シュメル語で"太陽の若き雄牛"を意味する神であった。

 

 

「──クハハハハッハハハッ!!! 遂に復活の時を迎えたか『鋼』の救済神よ!」

 

 極上の獲物の到来に、神殺しの『獣』が狂乱する。

 

『おぞましや! この屈辱は貴様らの鮮血にて贖ってもらうぞ! 我が兄と妾を穢し尽くす神殺しも、『鋼』の救済神もことごとく首級を上げてくれよう!』

 

 地に堕とされた、月の女神が叫び狂う。

 

 そしてトルイは……いや、まつろわぬアマルウトゥは欣喜していた。

 

「はは」

 

 殺意の海嘯をぶつける両者に、歯列を見せつける壮絶な笑みで返した。此処は狩場だ。此処は救済神たる『鋼』再誕のための祭壇だ。最源流にして救済を課せられた『鋼』たる私のための。

 

 考えても見て欲しい。ここには英雄譚をなすべき要素が全て揃っている。

 

 英雄が救うべき、狼に化えられ虐げられた無辜の民。

 

 英雄を幇助し、糧となるべき女神。

 

 英雄が打ち倒すべき、暴虐の『獣』。

 

 遍満する運命の曼荼羅がまつろわぬアマルウトゥを導いている。英雄は英雄譚を紡ぐからこその英雄。そして英雄譚が輝けば輝くほど、英雄とは無敵へと昇華していくのだ。

 

 ならば後は女神を鏖殺し、『獣』を縊り殺すのみ。

 

『──疾ッ』

 

 まつろわぬアマルウトゥの殺気に反応した女神の繊手がぶれ極光が煌めく。

 弓を構えた狩人の女神が、素晴らしく鮮烈な矢を打ち放ったのだ。絶命必至の神罰がまつろわぬ『鋼』へ向かい……()()()と躱された。

 

 その先に待ち構えるは巨体を誇る魔王。嬉々としてヴォバンは豪腕を振り下ろした。隕石の衝突にも匹敵する必殺の殴打は、地面を砕き、大地を巻き上げる。

 

「ぬぅ……!」

 

 しかし、ヴォバンの呻きが答えだった。

 魔王の豪腕は阻まれていた。まつろわぬアマルウトゥの掲げた片腕のみによって。

 異常である。

 たしかに名高き『鋼』の前身とはいえ、弱小な神でしかない。歴戦の魔王の一撃をいとも容易く防げる理由が見つからなかった。

 

 ヴォバンは遅ればせながら悟った。

 

 英雄、怪物、女神。この場に揃った超越者たちならば為せる儀式がある。

 

 ペルセウス・アンドロメダや、ラー・アペプ……そしてまつろわぬアマルウトゥが『鋼』の救済神となった契機の逸話。弱小で無名な若者が、怪物を倒し、英雄と変わる『鋼』誕生の儀式。

 

 つまり怪物退治の再現。

 

 女神の前で、怪物と戦う。

 その行為だけで際限なくまつろわぬアマルウトゥへ呪力を供給する聖なる力場が発生するのだ。

 

「だがそれだけで私が倒せるものか!」

 

 二度目の殴打をはるかに卑小な矮躯で受け止めつつ、まつろわぬアマルウトゥはヴォバンへ楽しげに語りかけた。

 

「老獪なる『獣』よ、貴様は疑っているな? 自分の敗北を。そして我が勝利を。……ああ、疑ってくれるな。貴様が探し出し、()()()()出し、私に勝機を与えたのではないか」

「……!」

「このトラキアの地に竜狩の物語が幾多とあるのには理由があるのだと。そしてそれは神剣に違いないと。

 ──肯定しよう。恐るべき嗅覚よな?貴様の推理に相違なし。この地には恐るべき神剣が眠っている……かつて"私"が『俺』だったころ……『鋼』の救済神を、このトラキアの地へ呼び込んだ比類なき剣が!」

 

 強大な怪物がいるなら裏をかく知恵を、不死身の怪物がいるならば殺し尽くす武器を。英雄譚の若者たちはそういやって偉業を為した。

 

 アマルウトゥもそれに倣った。現状、カンピオーネに勝てぬならば、カンピオーネに一番"効く"武器で殺してみせようと。

 

 軍神アーレスの信仰を由来とし、ユーラシアに複数存在する最強無敵の神剣。数多の神を弑し、数多の魔王を屠ったその剣を神に連なるものたちは激賞し、ひとつの銘を贈った。

 

 ──『救世の神刀』と。

 

 それこそトラキアに眠る神剣の正体。羅刹鏖殺を祈念され造られた神造兵器。あれをひとたび振るえば三千世界の何処にも断てぬものなし。

 

 それが例え、オリンポスの狩女神や、三百年余を生きる神殺しであろうとも。

 

『ですがアマルウトゥ! あなたにあの神刀は振るうこと能わず! 『救世の神刀』があなたが称えるほど尊貴な格を保持するならば、『鋼』の末席にいる木っ端のあなたが振るうことなどできようはずもない!』

「……そうだアルテミスよ。私はいまだ俺にはなれずアマルウトゥという一介の太陽神でしかない……──()()()

 

 ──我が格を押し上げればいいだけのことッ! 

 

 その言葉が終わるか早いか、まつろわぬアマルウトゥの傍の大地が盛り上がった。盛り上がり、浮き上がり、形造られたのはびっしりと模様が描かれてた粘土板。

 

 描かれているのは模様ではない。あれは文字。

 "楔形文字"と呼ばれる古代バビロニアの文字であった。

 

「私は49の名を取り戻し、『鋼』の救済神に限りなく近い存在へと到った。ならば行使できるのだ──因果を狂わす権能を。

 主神エンリルとその後継にのみ許された──因果自在の権能を!」

 

 粘土板の名を──天命の粘土板(the Tablet of Destinies)

 プルタルコスの館に、過去と現在に起きたことが全てが古ラテン語で記される石版がある。それとは逆に、起きうる可能性がある"総ての未来"が記された粘土板があった。それこそ粘土板の正体であった。

 だが起きうる未来が記されただけ。それだけでは何の効力も発揮しない。そして現在が唯一無二であるように、未来を現在に変えられるのはひとつの未来だけ。

 

 そしてその方法は──

 

「──来ませい"天命の印璽"。

 未だ訪れぬ時の重力よ……我が求める未来を絡めとりたまえ。因果の縛鎖よ、繋がりたまえ。運命の曼荼羅よ、編み込みたまえ。不撓不屈の私よ、辿り着きたまえ!」

 

 アマルウトゥが手を掲げ、グッと虚空を握り締めた。アマルウトゥがこの段になって不要な動作をするはずもない。どこから現れたのか、開いた手には黄金の印璽が在った。

 書類を捺印することで有効となる。その一連の流れは、印章の起源である紀元前7000年前のメソポタミアでも変わらない。

 

 そして粘土板に浮かび上がったのはひとつの文章。

 

 ───"『鋼』の救済神の復活"

 

 天地神明森羅万象三千世界に広がるあらゆるものへの宣誓であり、何人にも覆せぬ確定事項の布告であった。

 神であるアルテミスは一目見てその意味を理解し、恥も外聞もなく叫んだ。

 

『あの印璽を押させるなァ────ッ』

 

「いいやッ限界だ、押すねッ!」

 

 かつて。

 5世紀ごろのヨーロッパに一柱のまつろわぬ神が突如として現れた。そのまつろわぬ神は『鋼』であり、救済神の相を備えていた。

 

 そして世に降り立った瞬間、絶望した。

 

 騎馬の民と竜をひきいし王。

 

 陰惨な魔道に長けし、妖術使いの王。

 

 人に仇なす流浪の魔王。

 

 多くの神殺しが我が物顔で世を闊歩し、世に逆縁をもたらしていたのだ。蛇を殺し、天地創造をなし、そして人間を生み出した『鋼』の救済神にとって耐え難き屈辱であった。ならば跳梁跋扈する神殺しどもを一掃せんと天上の祖神へ誓いを樹て、一本の神刀を求めた。

 されど途上で阻まれることとなった。『鋼』の救済神の顕現を引き金に現れた、宿敵たる大いなる地母神によって。

 

『鋼』と地母神は、彼らの神話をなぞるように争い、そして相打ち、神の眠る聖域へと変わった。

 

 しかし1500年続いた世界最古の因縁による呪縛は、この日を持って破却されようとしている。

 

 まつろわぬアマルウトゥの印璽が、天命の粘土板に叩きつけられた。捺印された途端、未来が確定し、莫大な呪力が吹き荒れた。

 

「神々よ、喝采せよ。魔王よ、嘆き慄くがいい。"私"は……『俺』はついに復活を遂げ、そして本懐を遂げる!」

 

 まつろわぬアマルウトゥの祝詞とともに東の空から薔薇色の曙光が咲き乱れる。夜明けだ。数千年の時を経て甦りを果たした天上神を言祝いでいる。

 

「──我が名は『鋼』の救済神マルドゥク。さあ、花道を敷け民衆よ! 英雄の凱旋なり!」

 

 その瞬間、地上から錆果て朽ち果てた棒が飛び出した。

 みすぼらしく錆にまみれた棒は、まつろわぬマルドゥクの神威によって満々と輝きを放ち、そして──

 

「目覚めよ。『救世の神刀』よ」

 

 ──世界が白光に包まれた。

 

 

 

 

 後に立っていたのはマルドゥクのみ

 

 最古の魔王も両断され無様に打ち捨てられた。

 

 月の女神は尊厳を穢され四散した。

 

 

 そうしてまつろわぬマルドゥクは空を見上げた。

 

 視線の先は天ではない……もっと先の、次元を幾重にも突き破った先の場所。そこへマルドゥクは視線を送り、言葉を差し向けた。

 

「という訳だ、天の眼よ」

 

 やらなければならなかった。神へと立ち返った時、必ずやろうと決めていた。

 

「去ね。覗き魔も大概にしておけ」

 

 人間の双子としてこの世に生まれてから、我々を観ていた天の眼の気配が消える。人間であった頃から纏わりついていた忌々しい視線がなくなったのだ。

 

 爽快な気分だった。

 

 これでマルドゥクたる己を縛るものはなくなった。地母神の封印も、天の眼も、すべてから解放された。そして『救世の神刀』も我が掌中にあり。

 

 ならば為すことはひとつ。いささか時が流れたが、やはり世には神殺しが複数いる。

 

 神殺しがいては世に安寧はない。人々は夜も眠れない。

 先刻、一体は負傷させたものの、どうやら死んではいないらしい。

 驚きはない、なにせ奴らの生き汚さは尋常ではない。我が手ずから確実に仕留めねば。

 

 

 

 そうして戦場を後にしようとした時だった。呼び止められたのは。

 

「──お待ちください」

 

「蘇ったか銀の神祖よ……いや、『俺』が復活したこの瞬間こう呼ぶのが相応しかろう。我が仇敵ティアマトーの成れ果てよ」

「醜くなられましたねトルイ殿。……いいえ、マルドゥク王よ」

 

 マルドゥクは異形である。人とは大きく乖離している。

 背は高く、四肢は長大。4つの目に、4つの耳。言葉を発する折に、唇が動けば火を吹き出る。

 ケルト神話に登場するクー・ホリンさながらの、美貌と異形を兼ね備えた特異な容姿であった。

 

「言うな。これこそ数多の神々と習合した象徴にして名残だからな」

 

 気だるげに手を振りながら言った。

 

「そなたの復活もおおよそ察しがついておる。我が因果自在の権能にて『俺』の復活が確定されたならば……最後に残った50つ目の名もこの世にあらねばならぬ。持っているのであろう?最後に残った我が50番目の名を」

「……」

「応えぬか。だが、そなたの帰還こそ何よりの証明だ……我が因果自在の権能は強力無比。たとえ冥府に落ちようが関係はない。我が元に送り込むのが我が祖エンリルより賜った天命の粘土板の力なのだからな」

 

 因果自在とはそういうことだ。全知全能の神が、全能ゆえに過程を考慮しなくていいのと同じ。

 50の名が揃ってはじめてマルドゥクを名乗れる。しかしマルドゥクは因果自在の権能によって50にという完成を見ぬまま『鋼』の救済神として振舞っていた。全能に限りなく近いまつろわぬマルドゥクにとって"結果と過程"、そのどちらが後先(あとさき)になるかなど心底どうでもいいのだ。

 

「慧眼お見事にございますマルドゥク王」

「世辞など良い。我が復活は確定し、既に"結果"は起きている。しかし制約として"過程"も己の手で必ず成し遂げなければならなぬ……七面倒なことだ」

「……」

「──現状、『俺』には2つの選択肢がある」

 

 人差し指を掲げる。

 

「ひとつ。そなたを呑み込み名を取り戻すこと」

 

 中指を掲げる。

 

「ふたつ。そなたの『竜蛇の封印』を解き、エヌマ・エリシュを起こすこと」

 

 そう言いながらもまつろわぬマルドゥクの選択肢は決まっていた。

 

 因果自在の神力がティアへとまとわりつき、少女の美々しい四肢が消失していく。果てには一本の胴長な身体へと変貌した。毛と皮膚は肉体へ埋まるように姿を消し、代わりに白銀の鱗が全身を覆い尽くした。

 艶やかだった彼女の面貌は爬虫類を思わせるものへ、そこに宿るのは猛々しくも清々しい──神の面差し。

 

 Kiaaaaaaaaaaaaaa! 

 

 巨大な白銀の蛇が絶叫をあげる。神祖たる少女は命と魂を燃やして閃光のごとき瞬きの間、神の頂きへと登攀した。

 これこそ神祖の最奥にして最期の秘儀。『竜蛇の封印』を解き、己の神格へ立ちかえることで力を取りもどす儚き奥義であった。

 

「はははは!やはり『鋼』の英雄ならば英雄譚を為してこそ! ティアマトーの忘れ形見よ、その命脈尽きるまで付き合ってもらうぞ!──さあ、エヌマ・エリシュを再来を!」

 

 マルドゥクが獅子吼した。

 

 

『──お待ちください王よ!』

 

 静止の声にマルドゥクが訝る。世界最古の因縁を結んでいるはずの宿敵には一切の敵意も殺気もなかった。それどころか抵抗する素振りもなく──。

 

『マルドゥク王よ!あなたが真に対決すべきは神祖の私でも、我が祖ティアマトーでもありません! あなたには対峙すべき御方がおられるはずです!』

 

 マルドゥクが瞠目する。

 信じられぬものを見た、と言わんばかりに目を開いて忽然と現れた人間と対峙した。

 

 視線が交わる。何度も交わし続けたあの慈愛に満ちた眼と。

 

『どうか王よ。前世ではなく()()の因縁に、立ち向かいくださいませ!』

 

 オルク・イギグがそこに立っていた。

 

 

七話:瞬くカストールの愛

 

 さく。さく。

 

 草木を踏みしめる音が聞こえる。

 

 足音だ。

 たどたどしく歩く自分と、手を引いてくれる誰かの。

 

 柔風にゆらめき透けるほど薄い花びらが、左肩で少しだけ羽休めをしてまた去っていく。

 

 馥郁たる茴香の薫風が、鼻腔を突き抜けて体内へと広がった。 草花は近づくと喜び勇んでまんまんと花開き踊りあがった。

 

 

「気持ちのいい場所だな」

 

 

 手を引いてくれる誰かは……ティアは立ち止まってじんわりと微笑むと、また歩きはじめた。

 

 俺たちは薄衣を身体にひっかけるだけの簡素な服を着ていた。

 

 でも、気恥ずかしさは死滅してしまったようで何の疑問もなく一歩、また一歩と進みつづけた。

 

 

 

 

 眩い光を歩くようだった。

 

 瑞々しい大地に息づく草花が、自らが光を放っているかのようだ。彼らが光なら、草花を踏みしめている俺はきっと光を歩いていた。

 

 まるで楽園(エデン)

 

 人祖アダムとイブが追放される以前にいた土地。

 そう思えて仕方ない場所だから、"懐かしい"と郷愁さえおぼえるのだろう。

 

 

「楽園みたい? ……でも。違うわ」

 

 

 世界がひっくり返った。

 

 燦然と輝いていた光の園が、鬼火に照らされた闇の檻へと早変わりした。

 粘り気のある闇が轟々と蠢いていて手招きをしている。

 

 なつかしい。

 

 闇を見ても郷愁は変わらなかった。おどろおどろしい物なのに、俺はあの先へ行きたくて堪らなかった。

 

 

 きっと、あそこには本当に何も"無"いのだ。

 

 きっと、あれを人の言葉で"無"と呼ぶのだ。

 

 

 ティアは闇の蠢く場所を眺めつづけた。

 俺もまた強まる郷愁にうながされるように一歩進みでた。

 

 

「生命はね、種族の別なく"無"から象られて形を得て生を受けるもの。私もそう。あなたもそう」

「…………」

「神々も例外ではない。誰だって何も無い場所から、手を引かれてやってくる。そして母の胎内に揺られ、地上に産まれ落ちるもの」

「此処が懐かしい、そう思った理由がそれか」

 

 

 答えはなかった。

 そしてティアは改まって問いかけてきた。

 

「ねぇ、オルク。あなたはどっちに行きたい?」

 

 

 片方は、"闇"が密雲のごとく広がる深淵。

 

 片方は、"光"が蒸気さながらに沸き立つ原野。

 

 

「此処は"存在"と"無"の狭間。光と影の分岐路よ」

「ということは闇を選べば俺は消えるのか。……明るい方は?」

「"道"が続いているわ。長い長い道よ」

 

 難しい質問だな、と取り繕うように答えた。

 

 だって正直、どっちでもよかったから。

 

 確かに俺はトルイに殺された。でも殺されるなら、そうなるだろうと昔から予測していたし、だから自分の死に酷く納得もしていた。

 思い悩んでも未練はないように思えて、焦がれるように闇をみた。

 

「心残りはないのね」

 

 ティアは"無"の方へ歩き出した。

 自分の死に納得しているなら追わなくちゃならない。

 

 でも、おかしい。

 足は杭でも打たれたように地面から離れやしなかった。

 

 きっと、一つだけ気掛かりがあったから。

 

 

「トルイは……。あいつは一体どうなったんだ……?」

「あるべき姿へと回帰なされたわ。原初の名を取り戻してね」

 

 ああ、そうなのか。

 諦観と納得が疑問をねじ伏せてオルク・イギグに残った生への執着を虚脱させた。

 

 なんとなく理解していた。

 

 原初とはなんなのか。あるべき姿とはなんなのか。

 

 俺はよく知っていた。

 

 

 

 トルイは()()()()()から異常だった。

 

 傍に居た俺だからこそ識っている俺の常識だ。だって俺とトルイは、名を分かち合った。

 母の胎内で俺たちは隣り合って、認め合って、分かち合ったのだ。

 

「あなたの弟君……トルイ・イギグはかつてまつろわぬ神だった。知っているでしょう?」

「ああ。あいつは君がまつろわぬ地母神だった頃、対決し、痛み分けて、封印された『鋼』だったんだろう」

 

 その後、ヴォバンが引っ掻き回し《月の洞》から抜けだし双子の人となった。オルクとトルイになった。

 時間の問題だったとは言え、ついには俺が名を与え、引き金を引いたのだ。

 

「弟君はあなたから聖ゲオルギウス……トラキアの騎士にルーツを持ち、そして『鋼』の救済神に似た逸話をもつ英雄の名を授かることで、復活ははじまった。時を追うごとに一つ、また一つと名を取り戻していった。人が紡いた神話に従うように。まつろい続けて、その果てに……」

「まつろわぬ神へと回帰したのか」

 

 皮肉なものだ、つんとした鼻頭を抑えながら歯を食い縛った。

 

「あなたを殺す以前に取り戻したのは48の名。最後に残ったのはアマルウトゥとアサルルヒの名。アマルウトゥの名は、あなたと弟君が、お母様のお腹のなかにいた時に分かち合った」

 

 影になればいいと思った。

 どうしても手に入れられない光輝を前に、光のなかに潜む影を見出した。

 

 《月の洞》で思い出したのはその光景に違いない。

 

 光があれば闇もある。太陽にも必ず影はある。

 そして俺は影を手に入れたのだ。アマルウトゥの名を手に入れたのだ。

 

「アマルウトゥの名はもう弟君の手の中にあるわ。もう取り戻すことは不可能よ」

「そうか」

「取り戻したいとは思わない?」

「思わない。元々俺のものじゃないんだし、あるべき場所へ戻った。それだけだろう」

「心残りはないのね」

「…………」

 

 

 言葉に詰まった。このまま消えてしまうのは、違う気がした。

 

 俺は何かを忘れていやしないか。ティアと出会い、自分を見出した事で──。

 

「あいつは太陽だった」

 

 そうだ。思い出した。

 

「太陽はみんなに時間や場所を教えてくれる大きな存在だ──でも、太陽自身に居場所を教えてくれるものはいない」

 

 トルイの迷子癖を。

 

「太陽はどんなに大きくて立派でも、結局、惑星でしかない。宇宙を彷徨いつづけてる迷子なんだ。

 だったら、俺が連れ戻さなきゃな。あいつが迷子なら、俺が探す。あいつが人の道を外れたなら……俺が連れ戻す。あいつが誰かを殺すのなら──俺が殺す」

 

 オルク・イギグの掲げた決意だった。

 

「それがあなたの選択なのね」

「ああ。やるよ。それが兄弟っていうものだ」

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ───()()()()()はどうなの?」

 

 意識外からの質問に当惑した。

 

「おれ、自身?」

「ええ。あなたはいつも弟君のことを想って居たわ。それは生きる理由にもなるほど」

 

 真摯な瞳でこちらを見て、人差し指を俺の左胸へ突き立てた。

 

「でも、決して自分自身で選んだものじゃないわ」

 

 言葉で横っ面をはたかれた気分だった。

 

「出会ってからずっと思ってた。あなたはいつも他人の事ばかり気にしていたわ」

「そんな、ことは……」

「いいえ、そうよ」

 

 断じられた。

 

「あなたの本心は何処にあるの? あなたはなんの為に生きてきたの? 私はそれが知りたい」

「や、やめてくれ……」

「あなたは死ぬ理由すら私から得たでしょう? 今度は生きる意味も弟君に寄りかかろうとしてる」

「…………っ」

「人に頼った選択肢を選んでもきっとダメ。最後には挫けてしまうに決まっているわ」

 

 頬を両の手で包まれた。言葉は抜き身の刃もごとく鋭かったのに、ティアのぬくもりは泣きそうなほどあたたかくて。

 

 初めて、誰かに自分自身を見てもらえた。

 

 

「オルク。あなたは此処が楽園(エデン)と表現したわよね」

「ああ……」

「此処は本当に楽園(エデン)となりえるのよ。此処には敵も、人類が背負う原罪も、あなたを拒むものもない場所」

 

 そういってティアの肢体を隠していた衣が風のように解け、寸糸も帯びずに俺の前に立った。

 

「この薄衣だって要らないものよ」

 

 素晴らしい曲線を描く女体があけすけに青い空の下にあった。

 目を逸らそうとする俺をティアは許さなかった。

 

「私は誰でもない()()()()()()に選んでほしい」

 

 彼女は真摯だった。愚直なほど真っ直ぐな目で、俺を見て……途端に恥ずかしくなった。

 

 応えなければ。どれだけ心の汚穢をさらけ出そうと、彼女には嘘をついてはいけないと思った。

 

 

 ガチャり。

 

 何かが開く音と、破壊音が、俺の真奥から鳴った。

 心を守るため積み上げた幾重もの門扉が、破壊し尽くされていく。

 

「ずっと悲しかった」

 

 吐露しはじめたのは痛哭だった。

 生まれてから心を切り刻まれてきた哀傷による呻吟だった。

 

「父は愛してくれたけど、期待も興味も向けてはくれなかった」

 

「母は俺を産んですぐに死んでしまった」

 

「乳母も、使用人も。誰も彼も。俺を見てはくれなかった……それがずっとずっと悲しくて」

 

「だから俺はトルイだけを見てた。……トルイだけは俺を見てくれると思ったから……あいつは、愛を返してくれている……そう思った。結局、そう思いたかっただけなんだ」」

 

「でも、トルイだってそうだったんだ」

 

「死んで。俺たちの改めて来歴を知って。過去を見つめ直して。俺は悟った」

 

「あいつが見ていたのは()じゃなく、俺の宿していた()()()()()()だったんだな」

 

「そして俺はあいつを愛さなくちゃいけなかった。義務だったんだ。贖いだった。人を終わらせてしまった贖罪だったんだ」

 

「俺たち兄弟は互いを見ていながら決定的にすれ違ってた」

 

「だって俺は人であることを運命付けられた定命のカストールで……トルイは神への列席を許されたポルックスなんだから……」

 

 

 涙を零しつづける俺に、ティアはそっと問いかけた。

 

「生きるのを、もうやめたい?」

「……()()()()

 

 短く。

 それは初めて心から溢れ出た願いだった。

 

「生きたいさっ」

 

 確固として。

 それは誰もが持ちうるごくごく平凡な願い。

 

「トルイと!」

 

 喘ぐように。

 それでも心から願ったのは初めてだった。

 

「ティア、君とだって!」

 

 希った。

 

「俺にとって"生きる"ってことは、誰かと()()()()()生きるってことなんだ!」

 

「生まれる前から傍には決まって誰かが居た! 俺は隣り合って生きてきた」

 

「誰かと一緒に、誰かと生きなくちゃ! 独りで生きてても、俺は死んだも同然なんだ……!」

 

「トルイはもう、居ない!」

 

隣りに居てくれたあいつはもう翔いてしまった。

神に連なるポルックスは天空神に連れられて、天上に召し上げられてしまった。神の列席を許されないカストールが手の届かない大空へ。だったら……。

 

「それでもあなた自身は生きたいのでしょう?諦めてはいけないわ」

「どうやって!俺には何もない! 力も、呪力も、生命さえも!」

 

 俺の慟哭にティアはどこまでも冷静に返した。

 

「いいえ、まだ手は残されているわ」

「え……」

 

 忘我とはこの事だった。

 

「あなたはたった一つだけ()()が使えるわ。あなたの持つたった一つの武器でこの暗澹たる闇を切り拓ける」

「魔術? 何を言ってるんだ……俺は魔力がため込めない無能者なんだぞッ! 慰めなら──」

「ええ。でも、それは()()の話でしょう」

 

 絶句した。

 此処は命が産まれる前の場所で、そして此処に物質は持って来れない。

 そして魔力が貯めれないのが体質に拠るものなら……肉体のない今の俺になら使えるのだ。

 

 どれだけ希求しても届かなかった魔術が。

 

「使えるのか? 本当に?」

「ええ。そして、あなたの魂にはすでに術式が刻まれている。生まれる前のあなたに刻まれたたった一つの魔術。あなただけにしか行使できない不可能をくつがえす奇跡が」

「奇跡?」

「そう。思い出して、それが刻まれた時のことを」

 

 ティアはそれが刻まれたのはこことよく似た場所だという。

 此処は"無"から象られて、生まれ行くもの達の玄関口。自我もない揺籃の集積地。誰しも最初に通る場所。

 

「母さんのお腹の中……」

「その通り。そこでオルク、あなたは獲得したはずよ。アマルウトゥという神の名を」

 

 名は魂。

 だったら……俺は神を宿して生まれた? 

 

「正解よ。でも一欠片と言えど神の魂は荷が重すぎる。あなたが十全に生まれるには、容量が足りなかった。だから、なにかを捨てなければいけなかった」

「それが魔力の放棄だったのか」

 

 ティアは瞑目しながら頷いた。

 

「神の魂を携え、生を支えきり、此処に辿り着いたあなただからこそ──あなたは生まれ変われる。刻まれた傷跡は呪印に変わる。呪印は福音になり、魔術は奇跡に変わる」

「奇跡を起こせる魔術だって? 一体なんなんだ、占星術? 錬金術? 白魔術か? あまりにも眉唾だ」

「ふふ。どれでもないわ」

 

 ティアは俺から離れて、歩き出した。小丘へ続く道を。

 

「ねえ、覚えてる? タロットカードが示したアルカナを」

 

 しっかりと覚えている。ティアが【力/POWER】のアルカナで、俺は【恋愛/LOVERS】だった。それが可笑しくてあの時は笑ってしまったけど。

 

 あれは間違いなく正しかったのだ。

 

 半信半疑だった奇跡という事象が輪郭を帯びていく。繋がるのだろうか、起こせるのだろうか。

 

 総てをひっくり返す奇跡をやらを。

 

 

「アルカナを人生に例えた時、【愚者】は、人生の始まりを意味するの。そうやってアルカナは人生を説くわ。【魔術師】は才能と未熟さを表し、【女教皇】は精神の成長に欠かせない知識を与える存在。【女帝】は母の慈愛を、【皇帝】は父性と決断力を。【法皇】は宗教や精神世界との出会いの示唆」

 

 いままで眼前にわだかまっていた無につづく闇は消えていた。

 いつの間にか一本の見事な樹が生えたひだまりの丘に立っていた。枝の先にはたわわと赤と金の交わる果実が実っていて、青々と茂る叢とともに、時折とどく風に揺れていた。

 

 キューピットの矢を材料にして作られた妖精の媚薬の魔力は、ついに俺とティアをこの禁断の地にまで導いた。

 

「そして【恋愛】は──決断。大切なものを"自分の意思で選びとる"というようやく目覚めた最初の自我……」

 

 息を呑む。

 

 ティアの影が大きく伸び、ひとつの巨大な影が形を成した。幻影は蛇。揺らめく陰影は、切り離したはずの生存本能を呼び覚まして、畏れを思い出せた。

 

 それと同時に既視感もあった。

 

 かつて《月の洞》で地底湖に現れた竜蛇の姿。あれと全く同様の存在が、木に絡まり俺をしげしげと見下ろしていた。

 

 瞬間、脳裏をよぎったのは人祖アダムとイヴを唆した邪慳な蛇だった。

 

 しかし違う。

 あれは悪しき蛇ではなく底なしの慈愛を秘めた地母の蛇。トラキアの騎士のレリーフ、竜とゲオルギオスの伝説、ペルセウス・アンドロメダ型……それら世界に散らばる『鋼』に立ち向かい怪物へ堕とされた誇り高き最古の地母神なのだ。

 

「私は神祖。原初神ティアマトの神祖」

 

 背にいるはずの祖の面影に振り返ることなくティアは続けた。己が祖の息吹を首筋に受けながら乙女は言う。

 

「ティアマトーは十一の神獣と世界を産み落とした母なる太母神。ゆえに、その裔たる私にもその権能のよすがを振るうことが許される。

 神の名を失ったあなたを、あなたが選んだまつろわぬ神に抗し得る武器を持たせて──地上へ送り出せる」

 

 つまりは神祖による超人の錬成。

 数多の英雄が母から生まれたように、ティアもまた母として俺を神に比肩する英雄と変え、地上に送り出そうというのだ。

 

 ティアマトーは数多くの魔獣神獣を産み落とし、神々と戦った女神だった。女神の子、という時点で常人と隔絶した能力を獲得出来るのは明白。

 

 人として生まれたから神の名を持っていくだけで精一杯だった。しかし女神の子というポテンシャルを秘めたのなら、神の名どころかなんだって持ち去ることが出来る。

 

 

 無限に存在する可能性を手にすることこそ──決断。それこそ【恋愛/LOVERS】というアルカナの最奥。

 

 恋愛そのものが最も愛する者を選び取る儀式でもあるように、俺は最も優れた神を斃せる武器の選択権を得た。

 

 無であり、混沌でもある、楽園(エデン)にたどり着いた俺たちだからこそ行使できる奇跡だった。

 

 

「──さあ、あなたは何を選ぶ?」

 

 

 ティアは指し示す。大地に突き刺さった鉄剣を。

 

「無双の武勇?」

 

 ティアは指し示す。蠱惑的な黄金の果実を。

 

「縦横の智慧?」

 

 

 悪寒が全身を舐めた。俺はここに降りたって何度目かの選択を突きつけられた。

 

 絶対に失敗してはいけない。此処でミスを犯せば、総てが台無しになってしまうだろう。

 

 その予感と確信を抱きながら、俺は即断した。

 迷いなんてこれっぽっちもなかった。

 

 

「俺が選ぶのは───()()()。君だ」

 

 彼女の手を取って、強引に引き寄せた。誰より大切なものが胸に飛び込んでくる。

 

 ああ、この選択に間違いはない。確信だった。

 

「そん、な。どう……して……」

 

「ずっと考えていた。Rlumia・Asar・iseth(ルルミア・アーサー・イセス)とはなんなのかと」

 

 Rlumia・Asar・iseth(ルルミア・アーサー・イセス)は彼女自信が否定していても、ティアという乙女の名であることは間違いなかった。

 

 そしてティアは以前、《月の洞》で言った。

 

『名に縛られ名を縛った』、と。

 

 Artemisは確かにティアを縛っていた。では逆にティア自身が縛った名もあるのではないか。

 

 その答えが明かされず、俺はずっと疑問だった。

 

 でも。

 

「簡単な事だった。トルイの最後に残った50つ目の名前──アサルルヒ(Asarluhi)の名を、君が縛っていたんだろう?」

 

 Rlumia・Asar・iseth=Asarluhi・Artemis。なんてことはない。二柱の神名を紛れこませ、文字を盛大に入れ替えただけ。

 

「トルイがアマルウトゥの名を持って生まれたなら、墓守をしていた君が持っていてもおかしくない。それに最後のひとつを保険に持っていれば、完全な復活は阻める……そう考えたんじゃないか?」

 

 ティアは答えなかった。俺の腕のなかで顔を埋めて、ずっと震えていた。

 

 

「それにな、選べと言われても情報が一方的すぎる。俺に選択の余地がないじゃないか。あらゆる選択肢から、"自分の意思"で選ぶんだろう? だったらもっと正しく正確な情報をくれ」

「…………」

 

 死んでから楽園に連れてこられ、情報の濁流で押し流して、視野狭窄に陥ったまま選択を迫られる。詐欺よりも酷い手口で、ティアは俺を嵌めようとしていた。

 

「教えてくれティア。俺を産み落としたら──君はどうなるんだ?」

「……っ」

 

 ティアの顔が蒼白になっただけで悟った。彼女は消えるのだ。

 あの何も無い"無"のなかへ。

 

 それが悪寒の正体だった。

 

 ティアの用意した陥穽にすんでのところで踏みとどまれたのは、亡くなった母さんが居たからだ。声も知らない母だったけど、警鐘を鳴らしてくれた。

 

「やっぱりな」

「ダメよ……ダメなのよ! 『鋼』の救済神は誰も敵わない! だったら超人を産み落とし、最後のピースのAsarluhiを持って"無"へ還るしか勝機はないわ!」

「…………」

「私がAsarluhiの名とともに無へ消えれば、『鋼』の救済神は50の名を集められずにマルドゥク王へは救済神への登攀を果たせなくなる! そしてあなたが倒してくれる! それが『鋼』の救済神まつろわぬマルドゥクを倒せるたった一つの道!」

 

 お願い、どうか聞き分けて。ティアはくずおれて俺の膝頭に縋りついて懇願した。

 

「でも、それじゃあ君とは生きられないじゃないか」

「っ……!」

 

 腰をおろしてティアの方を掴む。大丈夫だと言い聞かせるように。

 

()()()Asarluhiの名を俺にくれ」

 

 涙を溜めた瞳でまたたいて、ティアは俺と視線を合わせた。

 

「Asarluhiの名を選ぶと言うの?」

「ああ。正確には、君と生きる未来を選ぶんだ」

「ダメよ、ダメ。それは叶えられない。……私はもうArtemisを失っているのよ。二柱の天秤は崩れたわ。名を失って、人としての名しか残らないまま産まれたら……私は人に堕ちてしまう。オルク、あなたもよ。神に抗える超人が生まれない……誰もマルドゥク王を止められない!」

 

 それでも。俺は言葉を重ねた。

 

「君と生きたい」

「どうしてっ!」

「言ったじゃないか。俺は独りで生きてても、死んだも同然だって。『鋼』の救済神を倒しても、そこに君が居ないのなら……それはきっと死にたくなるくらい寂しいことだから」

「どうしても、なの?」

「ああ。これだけは譲れない」

 

 望みなど決まっていた。あとはティア自身に委ねるのみ。

 おい《運命》とやら。

 お前には生まれてからずっと世話になったな。俺を嘲弄しつづけて右往左往する姿はさぞ滑稽だっただろう。

 

【恋愛/LOVERS】なんて宿業まで寄越しやがって。でも、なら、ああ、そうだ。俺は俺の道を貫くと決めたぞ。

 

「俺はトルイから名を与えることしかしなかった。それじゃダメだったんだ」

「……」

「今度はもう間違えない。俺は君にティアという名を与えた。なら、君もどうか俺に名前をくれないか」

 

 ぐい、と彼女を胸に抱きながら耳元で囁いた。

 俺が【恋愛】を示されたようにティアは【力】のアルカナを示されていた。

 でも、触れた腕は筋肉が付いているかも怪しいほど儚げで。それがどうにも愛おしくて仕方なかった。

 

「俺が、またが生まれるなら……また誰かと一緒に生まれたい。また誰かと隣り合って生き続けたい。それが君だったら、きっと幸せだろうから」

「でも……」

「覚えているかい?月の洞に来た理由を。知りたがってただろ」

 

 突然の質問にティアは目を大きく見開いてぱちくりとする。頬を撫で、こういう反応も可愛いなぁ、と胸中で零しながら笑みを浮かべた。

 

「結婚を言い渡された、だからだ。それで"いっちょ恋でもしてみるか"なんて思い立って……馬鹿な話だ」

 

 ああ、全く馬鹿げている。

 

 

「一目惚れだったんだ。だからさ、一緒に生きてくれ。ティアマトの神祖としてじゃなく人間のティアとして」

 

「オルク、あなたは歩んでくれるの? 終わらせてくれるの? 私に科せられた永劫続く暗黒の旅路を」

 

「ああ。そして生きよう、今度こそ」

 

 

 母と子ではなく──

 

 

 ──愛し合う二人として。

 

 

 超人と神祖でもなく──

 

 

 ──ただの人として。

 

 

八話:隣り合うディオスクーロイの星

 

 

 闇を払い、光となって、地上へ駆け落ちる。

 地上へと降り立つ瞬間、繋ぎあった手はほどけて別々の場所へ向かった。

 

自分とティアの遺体は別々の場所にあるという。別れる時、少しだけ言葉を交わす。

 

 それは忠告だった。

 

「オルク。あなたはマルドゥク王を兄弟だと言い張るけれど、でも忘れないで。弟君はれっきとした"まつろわぬ神"よ。対峙すれば視線のひとつ、指先ひとつで、殺されてもおかしくないわ」

「ああ。それでも……」

「それでも、よ」

 

頑固な態度にティアは微苦笑し、2つ目の忠告を重ねた。

 

「目覚めた時、きっと苦痛が襲うはずよ。あなたの死因は弟君に斬られた事によるもの」

 

 頷く。

心臓に差し込まれた冷たい感触を覚えている。俺の死因は斬撃によるものだった。

 

「蘇るのだからその傷は治癒するわ。でも人であることを選んだあなたの快癒には時間がかかる」

「……わかった」

「そして私が"神祖"から"人"になるのにも、時間が必要になるわ」

「……!」

「あなたを待つ間、私が弟君のお相手をつとめるわ。だから……必ず来て」

「ああ。必ず」

 

 二条の連星が散った。

 

 

 

 目覚めた時、驚いたことにティアが忠告されたような痛みはなかった。それどころか乱れていた衣服すら糺されていて、困惑してしまった。

 

まるで棺桶に入れられる前に遺体へ施される死に化粧。

 

 無能者の俺に治癒の術をかけるような物好きがいたとは。素直に驚いた。

 

「目覚めた……?いや、生き返ったのか……?」

 

 声に振り向くと、驚愕と動揺に満ちたクラニチャールがいた。

 憔悴した様子のクラニチャールはエントランスの壁際に寄りかかり肩で息をしていた。周囲には魔術の礼装が散らばっており、誰が治癒を施してくれたのかひと目でわかった。

 

「あなたが?なぜ治したん……いや。なぜ此処に?あなたの崇める侯爵は戦場に行っただろう」

「私は私の分は弁えているつもりだ」

 

 それもそうか。

 カンピオーネとまつろわぬ神の戦いには人など介在する余地などない。彼ら魔術師にとって常識だ。

 

 俺は立ち上がった。

 

「侯爵とトルイたちは?」

「西だ。逃げるのなら屋敷の地下にある隠し通路から逃げるといい……待て、君は」

 

目を合わせ続けていたクラニチャールが、何かを察したように目を瞠った。

 

「行くつもりか? あの地獄という言葉も生ぬるい戦場へ?只人の君が?行って、どうするつもりだ」

「止める」

 

 言い切った。

 するとクラニチャールはもう驚かなかった。今度は憐憫すら込めて強く首を振り、俺の軽挙を諌めた。

 

「オルク・イギグ。私はどうやら君を買い被っていたらしい。もっと賢いと思っていた。君のような只人が向かっても無駄に命を散らすだけだ、やめておきなさい」

「それでも、約束したからな」

「トルイ・イギグと、かね」

「さぁ。…………あなたこそなぜ止める?」

 

 止める理由にしてもおかしい。

 侯爵の邪魔になるから、ではないのだ。無謀にも戦場に向かうとする俺の心配をしていた。 

 これまでの彼は血を分けた娘を差し出すほど侯爵を信奉していたはずだ。訝るのは当然だった。

 

「私は……分からなくなった」

 

 言葉には力がなかった。諦めと、悔恨で、満ち満ちていた。

厳格で老獪なはずの魔術師の疲れきった姿がそこにあった。

 

「私はルルミアを、ずっと人形だと思っていた。思わなければならなかった。そうでなければ娘を喜んで贄に差し出すなどできはしない……出来る者など壊れているか、親ではない」

「…………」

「君は指弾するだろう。親ではない、と。だが私にも親の情はあった。あった、のだ。侯爵に神霊の魂を下賜されるまでは」

「そうか……」

「私は心を殺したよ。あれは娘ではない、人形だと。だが……あの日、《月の洞》であの子に自我が芽生えた日に"お父様"と呼ばれ……分からなくなった」

「……」

「ルルミアが人形なのか娘なのか。私は人でなしの魔術師なのか、親なのか……」

「なぜ、そこまでして」

「──何故? 何故だと!?」

 

 クラニチャールは激昂した。

 それは積年、積もりに積もった鬱憤であり……欧州の魔術師全員が抱える絶望だった。

 

「この世にはカンピオーネは3名しか居らぬのだぞ!」

 

ハッとした。そもそもカンピオーネは誕生自体が稀だった。1世紀に1人出れば御の字と言われるほど。

 今は世界に三人もいるが、それでも少なすぎる。

彼らには神から簒奪した権能のほかに、人々から託された絶大な権力があった。神を弑することを対価に捧げられた権力が。

 

「人は神の火を手に入れるほど進歩した!それでもまつろわぬ神やカンピオーネの方々の足元にも及ばない!我らには恭順しかない! 服従しか許されない! それ以外に生き残る術はないのだ! 侯爵が黒と言えば白となり、娘を供物とせよと勅命を下されたならば、それは、それは──絶対なのだ!」

 

 クラニチャールは血を吐くように叫んだ。痛哭だった。

 

「オルク・イギグ! 君も魔術の輩ならばわかるだろう!」

「だからって。あなたは娘を差し出して、俺みたいな無能者と偽の婚姻を結ぶのか」

「そうだ……。能なしの君なら、婚姻相手など望めない。魔術師の家系のものほど倦厭する……。どうせ顔も合わせず破談するなら、丁度よかった」

「酷い話だな……。で、俺が今でも彼女が欲しいと言ったら?」

「好きにするといい。私はもう疲れてしまった。ルルミアも、侯爵のことも、すべて……」

 

 そうか、と安堵が生まれた。

 

「大丈夫。でも……きっとまだやり直せる。あなたも、魔術師たちも。きっとな」

「馬鹿な」

 

 身なりのよい紳士はゆるゆると首を振り、弱々しく否定した。

 

「待てばいい。長い間……本当に長い間、あなたたちは耐え忍んできた。産業革命の時代から現在まで、三百年も」

 

 孤高の王ヴォバンの時代は辛い時代だっただろう。世の動乱も加わり、生きた心地がしなかっただろう。

でも時は流れるのだ。耐え忍んだだけ時は動いたのだ。

 

「時代は変わる。あなたが言ったように、人は神の火を手に入れるほど変わり続けたんだ。なら、侯爵というカンピオーネだけが欧州に存在する時代も、いつかきっと変わる。新しい王がいつか現れる。だからその時まで」

 

 きっとな。そう念押しして立ち上がった。

 

「身体を治してくれて礼をいう。俺は行かなくちゃ……ティアが待ってる」

「──!」

 

 歩き出す。もう振り返らなかった。

 

「好きにすればいい、と言ったな。だったら、あなたの娘は俺が貰う。もともと婚姻してたんだ。問題ないだろう。……そしてあなたはただ、自分の娘が他の男の手で幸せになっていくのを見てればいい」

「待ってく…………」

 

 ちょっとだけ嫌味を添えて、俺は笑いながら走り去った。二人して散々な目に合わされたんだ、これくらい許されるだろう。

 

 後ろから聴こえた嗚咽には耳に栓をした。

 

 

 

 

 辿り着いた戦場には、変わり果てたトルイの姿があった。美々しくも異形な容姿。まつろわぬ性に立ち返り、完全復活を遂げたトルイ本来の姿だった。

 俺が有していたアマルウトゥの名はトルイへと渡り、そして到った。

 

『鋼』の救済神マルドゥクへと。

 

「トルイ……」

 

 声が強風のなかに消える。誰も気づかない。気づけない。この場にいるのは神祖とまつろわぬ神。

戦場という舞台に上がり、主役を張るのは超越者のみ。木っ端の人間など介在する余地もない。

 

 距離は数十メートルほど。

でも、地球と煌めく星とひとしいくらい離れている。人間ごときが震わせる大気の振動など届くはずもない。

 

「トルイ」

 

 呼びかける。答えはない。

 焦燥ばかりが心を支配していく。俺はここに何をしに来たのだ。ティアがトルイに討たれるをただ見に来たのか。

 違うだろう! 

 

『やはり『鋼』の英雄ならば英雄譚を為してこそ! ティアマトーの忘れ形見よ、その命脈尽きるまで付き合ってもらうぞ!』

 

 Kiaaaaaaaaaaaaaa! 

 

 巨大な白銀の蛇が絶叫をあげる。ティアの竜蛇の封印が強引に解かれ、ティアマトーへ酷似した姿へ変貌していく。

 

「トルイ……っ」

 

 もう時間はない。

 神刀が眩い光を放つ、あれが解放されれば総てが終わる。

 

『さあ、エヌマエリシュを再来を!』

 

 どれだけ呼びかけてもトルイは相手にしなかった。ティアへと向き直り、眩い光を発しつづける切先を向けた。

 

「さあ、ティアマトーの忘れ形見よ! 存分に殺し合い、エヌマ・エリシュの再来を起こそうではないかッ」

『──いいえ! いいえマルドゥク王よ! 私は言ったはずです! 今世の因縁に立ち向かいくださいませ、と!』

「何?」

『なによりご覧ください!私にはもはや()()()()()()()()()()()()()()()()。前世を拭いさり、今世を生きることを決めたのです!』

 

 白銀の鱗が、風化するように消えていく。爪が朽ち果て、牙が折れる。神に連なるものとしての根源が剝がれ落ちていく。

 

 消失した竜の残滓から現れたのは裸の乙女。神祖ではなく、人間の乙女だった。

 

「ティアマトーの忘れ形見よ、貴様ッ!?」

「ご覧の通りにございますマルドゥク王よ。私は神祖の地位を捨てましたわ……私にはあなたの慾する最後の名はないのです!ならば如何に因果自在の貴方であろうともエヌマ・エリシュを起こすことなど不可能なのです!」

「馬鹿な……それでは……。我が名は……我が最後の──アサルルヒの名は何処にある!」

 

 

 さあ。

 

 

 今だ。

 

 

 

「トルイぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 肺よ裂けよと、大きく、大きく。喉よ裂けよと、強く、強く。

 

 どうか言霊よ、届いてくれ。どうか名よ、応えてくれ。

 

 俺を好きな子も救えない屑にしないでくれ。

 

 俺を兄弟すら救えない塵にしないでくれ。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 果たして声は──届いた。

 

 息も絶え絶えになりながら、大音声を響かせた。あとに残ったのは無音の余韻。風も、草木も、ティアも、まつろわぬマルドゥクだってわからなかった。さっきの声が誰なのか。天上の神にすら声を届かせる偉業を為したのが、誰なのか分からなかったのだ。

 トルイ(太陽)と視線が交錯する。

 

「ほう……俺に声を届かせるとは見事。しかし今更何の用だ、人の兄よ? 魔力も、神具も持たぬ、そなたになにができる?」

 

 トルイの言葉はまさに天から降りそそぐ流星さながらだった。一言一句が俺を四散させる重圧となって伸しかかった。

 だけど動けな程じゃない。感じているのも重圧だけ。決して心が折れそうなほどの畏怖は抱かなかった。

 

 不思議な気分だった。俺は第六感というものがない。霊感というものがからっきしなのだ。

 魔術師として致命的で、だから生まれてこの方ずっと疎ましく思っていたのに、今ばかりは自分の体質に感謝をささげた。

 

 まるで、この瞬間を迎えるために誂えられたような身体に。()と対峙するためだけに用意されたような体に!

 

「トルイ。お前を──殺しに来た」

 

 だからいつも通り、まっすぐトルイを見つめて慈愛を言葉にした。

 

「妄言も大概にせよ。……ふん、興が冷める。それに、そなたの事など今はいい……今は最後の我が名を……」

「此処だトルイ! お前の──アサルルヒの名は俺が持っている!」

 

 胸を張って、胸板を叩く。この裡にこそ神が求める秘宝はあるのだと誇示した。

 

「アサルルヒは神王エンリルの子だ。もともとは太陽神アマルウトゥは神王エンリルとはまったく関係のない神だった!アッカド王朝以降、伸長めざましいアマルウトゥは数多の神々と習合したんだ!そして出世の決め手となったのが神王エンリルの子で呪術神アサルルヒとの習合だった!マルドゥク(トルイ)、お前が神話のなかで神王になれたのは神王の子アサルルヒという神性を習合するなかで取り込めたからだ!」 

「…………」

「因果自在の権能の制約だけじゃない……お前はどうあってもアサルルヒの名を、取り込まなくちゃならないんだろう……!?」

 

 マルドゥクが質量すら伴う眼光で俺を睨んだ。内臓がいくつか悲鳴を上げ、口内に鉄錆びた苦みをおぼえた。かまうものか。

 

「だから何だというのだ!人の身の、卑小なる兄よ!貴様が本当に俺を殺すとでも言うのか!」

「そうだ!」

 

 しくじるな。気取られるな。

 

 人生の大1番だ。此処こそ我が生における分水嶺。

 

 ヴォバンに砕かれてしまったエントランスホールで拾ったペンダントを……"天命を終えた神具"を掲げた。

 

「──ッ」

 

 悪寒にマルドゥクが動いた。神刀を抜く素振りさえ見えなかった。

 気づいた時には上半身と下半身は泣き別れしていた。天と地が交互に変わって……くるくると滑稽なくらい放物線を描いて俺は地面に叩きつけられた。

 

「がァ!……ぐ、はぁ……、はぁ……」

 

 まったく笑える。自分でも可笑しいくらい馬鹿げた所業だろう。

 世にはばかるカンピオーネたちは、こんな愚かさの極みをやらかしたのだろうか。だったら、愚者の申し子と言われてもむべなるかなというやつだ。

 

「やっぱり、トルイ、は、凄いな……俺、なんか……はァは……じゃ、到底太刀打ちっ、できない、な……」

 

 力なく笑って、空を見上げてた。下半身がないから立ち上がれず、空を眺めるしかできなかったけど。最期に見える空は綺麗だった。

 

やはり虚言だったではないか(やっぱり嘘だったじゃないか!)! 矮小な人が俺を殺めるなどと(兄さんが僕を殺すなんて!!)!!」

 

 マルドゥク(トルイ)の嘆きが聞こえる。

 血は流れていなかった。袈裟斬りにされ下半身も綺麗に消失した。さっきまで自分を構成していた粒子はすべてほどけて、マルドゥクの元へと向かった。あるべき場所へ還っているのだ。

 マルドゥクは50の名を取りもどす。それは因果自在の権能に決定づけられた必定の事象だ。

 アサルルヒの名と合一した俺も還るのだ。トルイの元へと。

 

「なぜ……。こんな愚かな真似を……」

「はは。なんでだろうな……」

 

 俺は笑い、そして──異変は起きた。

 

「こ、これは……!」

 

 消えていく。『鋼』の救済神マルドゥクから神力が解き放たれ、儚く消えていく。大海のごとく満ち満ち、雄渾な大河のごとく溢れていた、マルドゥクの力は目減りしていた。それも途轍もなく速度で。穴の空いた風船のごとく、滂沱じみた勢いで。

 

「馬鹿な……我が神力が消えていく!……()()()()()()()()!」

 

 力強く雄々しかったマルドゥクが膝をついた。魔王ヴォバンも女神アルテミスも為す術がなかった無敵の英雄がくずおれている。

 決してまつろわぬマルドゥク自身の意思でも、失策でもない。魔王による罠でもない。狩女神による遠矢でもない。

 

 人間であるこの手で引き起こした快挙だった。

 

「なぜ……!」

「アサルルヒは、祓魔儀礼を司る……破魔の呪術神だった……。災厄から身を守るために魔を祓う……それが権能だ……」

 

 ぽつり、ぽつりと末期の言葉をささやく。

 

「アサルルヒは呪術神……。魔術や、呪術……そして権能の根源の神力だって、例外じゃ、ない」

「だから、なんだと──()()()

「知ってるだろう……。溜められないんだ、昔から、呪力ってやつが……。きっと、神力も……な……」

 

 これしか卑小な人間である俺に用意された方法はなかった。無い無い尽くしの手札のなかでも、選び取り、決断した、【恋愛】のアルカナが指し示した最奥──此処にまつろわぬ神弑逆の秘儀の扉は開かれた。

 

「祓魔儀礼の神アサルルヒの神名と……魔力を溜められない体質のおれ……。体質は……刻まれた傷……呪術神アサルルヒと交わる事で、今、呪印に変わる……。神力すら、打ち払う……破魔の……魔術へとっ!」

「っ!」

「そして。魔術は、()()に変わる──」

 

 まつろわぬマルドゥクは詰んでいた。

 復活のため"天命の粘土板(the Tablet of Destinies)"で未来を確定してしまったが故にアサルルヒの名の奪還は絶対であった。アサルルヒの名が俺と合一し、オルク・イギグ(アサルルヒ)となっていても関係はない。契約は必ず履行せねばならない。強大な権能を行使するからこその対価だった。

 そしてアサルルヒの名と合一したオルク・イギグ(アサルルヒ)は、神力を根こそぎ吹き飛ばすという概念に近いまつろわぬ神にとって天敵のような存在だった。常ならばそんなもの捨て置けばいい。だがマルドゥク(トルイ)には捨て置けない理由がある。

 

 己が行使した権能によって、マルドゥクは縛られていた。必ず50の名を取りもどす、と。

 まさに前門の虎と後門の狼──まつろわぬマルドゥクの進退は窮まった。

 

「ありえぬ! 認めぬ! この『鋼』の救済神たるマルドゥクが人間に嵌められるなど……!!!」

「お前は間違えたんだよ……トルイ」

 

 俺は断言した。

 

「俺たちは生まれてからずっと、隣り合って生きてきたのに……。双子として生きてきたのに……だのに双子の仲を……アルテミスとアポロンを引き裂いて、復活なんてしちゃダメだったんだよ……」

「ならば『俺』は……! "私"は……! "僕"は……! ──どうすれば良かったんだよ兄さん!」

 

 縋るように胸元ですすり泣くトルイの頭を撫でてやる。何歳になっても変わらないな、神に等しい地位に居てもトルイはトルイだった。

 幼いあの日に迷子になった、あの頃から何も変わっていなかった。

 

「お前は、どこまでも、翔いて翔いていける……自慢の弟だ……。蒼穹を超えて、月も通り越して、太陽にだって届いた……凄いよな……」

 

 弟は凄い。自慢だった。偽りのない本音だ。

 

「でも、どんなに翔んでも、高御座(たかみくら)に至っても……やっぱりお前は迷子だったから……だったら……──俺が連れ戻す。人間に。人間の世に」

 

 それがお前の兄としての役目だ。

 

「やっぱり兄ぃちゃんは凄いなぁ……」

「ばか、弟より偉くない兄貴なんていないんだ……」

 

 二人で地面に転がって、泥だらけになりながら笑った。子供の頃みたいに。

 迷い続けて、すれ違い続けた二人は、ようやく見つけ合った。

 

 

 #Part5:称号達成・戦後処理

 

 はい、みなさんおはこんばんちわ。ゆっくりです。

 

 前回は途中でドニキの斬り裂く銀の腕(シルバーアーム・ザ・リッパー)ばりにぶつ切りになってしまい申し訳ございませんでした。ゆるしてゆるしてなんでもはしません。

 

 なぜあんな終わり方になったかというとゲーム的な処理です。彼の神は仮にも運命神ですからね、キャンパス内の運命神連中はだいたいメタ視点の我々の存在に気付いている設定なっています。

 

 ですので隙あらばこちらのプレイに干渉してきます。

 

 まあ発売初期はカンピオーネ! の神を扱う設定や、ゲームの精巧さから、本当に認識されているんじゃないかとちょっとした騒ぎになったのはいい思い出です。

 

 ということで、ゲームに戻りましょう。とはいっても、後は運なのでPSが介在する余地はありません。

 

 オルクんは……蘇りましたね。マジか。正直、死を選んでブラックアウトすると思ってました(カス)

 自分で設定していてなんですが、大概酷い人生を歩むように組んだんですが……オルクんはよっぽどメンタルが強かったみたいですね。

 

 でも蘇っても瞬殺されちゃうのでスキップで──んえ? 

 

『そして。魔術は、()()に変わる──』

 

 

 流 れ 変 わ っ た な 。

 

 ウッソだろお前。いけるんか? 本当にイケるんか????????? 

 

『でも、どんなに翔んでも、高御座(たかみくら)に至っても……やっぱりお前は迷子だったから……だったら……──俺が連れ戻す。人間に。人間の世に』

 

 嘘……ウソ……マジかっっっっっ!!! 

 

【おめでとうございます! 『鋼』の救済神マルドゥクの弑逆を成し遂げました!】

 

【条件達成により称号『神殺し(ジャイアント・キリング)』を獲得しました……】

 

 たまげたなぁ。ジャイキリ達成していしまいましたね……何年ぶりかな? 神殺し達成により莫大な量のテキストが流れていきます。

 んほォ~たまんねぇ~(脳汁ドバドバ) この一瞬のために生きてるといっても過言ではありません。

 

【おめでとう! ガバガバもいいとこだったけどw】

【すげぇ。素直に感心したわ】

 

 コメ欄も喜んどるわ。

 

『でも、寂しいよぉ……。寂しいよぉ……』

【トルイは逝ってしまう。ポルックスが死後、ゼウスによって天上へ召し上げられるように……】

 

 画面内がせつなさみだれうち。美しい兄弟愛が繰り広げられていますが、でもどうしようもないので早送り。神殺しになるって悲しいことなの。

 

 

『あら、別れる必要はないわよ?』

 

 

 

お、オギャ──────────!!!!!!!!! 

 

 

 わぁいママ! 何者にも代えがたい(ガチ) ママ! 御託はすんだかよマゾメス。

 

 えふんえふん、失礼しました。突然のママの登場に心の中のオギャル丸が暴れだしました。

 

 彼女を知らないニキはいないでしょうが一応紹介しておくと、彼女こそ魔女パンドラ。カンピオーネの義母にして最大の支援者……つまり《運命の担い手》さんに並ぶ、このゲームの元凶の一人です。

 パンドラは神祖などではない正真正銘の神様なのですが、まつろわぬ神ではありません。まつろわぬ性を持っていないのですから当然です。

 つまり"真なる神"と呼ばれる、神話に逸脱しない真っ当な神様なんです。

 普段は《不死の領域》と呼ばれる神々の領域に住んでいます。パンドラは少し神様のなかでも外れ値のため、人間が神を殺したときにだけ気まぐれに地上へおりて姿を見せるのです。

 

『別れる必要が、ない……?』

『ねぇ、オルク。覚えている? 私の示すアルカナを』

『【力/POWER】……だったよな』

『ええ。そして【力/POWER】に描かれたイラストはライオンを細腕で押しとどめる女よ』

 

 ふんふん、なるほどね(わかってない)

 

 まあ、つまりあれです。古代メソポタミア……つまりマルドゥクの信仰されていたライオン、または、獅子とは王権を表す存在でした。古代メソポタミアで王権といえば、マルドゥク王になるんでしょうな。

 ティアちゃんはマルドゥク王を封印する神祖だったからこそ、王権、つまりマルドゥク王を押しとどめる役目を暗示する【力/POWER】のアルカナを定められたっぽいです。

 ……そしてこの度マルドゥクが消え、その役目を終えました。

 

『ふふ。オルク、この子に感謝する事ね。基本的に権能なんてランダムなんだけど、今回は特別よ』

 

 まんま! おぎゃっ! すきっ、それすき! 

 

 優しいママ! コケティッシュなママ! 

 

 

 つづけます。

 

【力/POWER】は、獅子を押しとどめる女性の他にもいくつかイラストが描かれています。女性の頭上に未知と無限の可能性を表す【∞】のマーク、だとか。

 役目を果たし終えたティアちゃんは、その可能性を掴み取る権利を得ました。つまり七つのドラゴンボールを集め終えて、ボーナスステージに入った状態なわけです。

 

 

 ここでクエスチョンです。

 マルドゥク弑逆騒動のなかで、未知と無限の可能性、と聞いてなにか思い当たるものはないでしょうか。

 そう、因果自在の権能。もっというなら──"天命の粘土板(the Tablet of Destinies)"。

 

『この可能性を、私はあなたたちの為に使うわ』

『ふふ。オルク? この子に感謝する事ね。基本的に権能なんてランダムなんだけど、今回は特別よ』

 

 どうやらオルクんはトルイ氏と生き続けられる権能を選んだようです。

 

 可能性を手に入れたティアちゃんと、討たれたマルドゥク本人に、討った神殺しことオルクんもいますし、まあ粘土板も、印璽も、使えとばかりに転がってますからね。多少はね? 

 

『双子だけじゃなく、ティアも一緒に』

 

【オルク、トルイ、ティアは共に生きていくと誓いを樹てた】

 

『……あなたは……いえ、あなたたちは私の新しい息子になるわ。ふふっ、苦しい? でも我慢しなさい、その痛みはあなたを最強の高みへと導く代償よ。甘んじて受け取るといいわ!』

 

 パンドラ♡ パンドラ。原作でも記されるこの台詞がボイス付きで聞けるのもこの時だけ……♡

 

【激痛が五体を苛み、頭と全身がとてつもなく熱い】

 

【条件達成のためメインプレイヤー:オルク・イギグ(アサルルヒ)は種族:人間から種族:カンピオーネへ変化します……】

 

【一瞬だけ、オルクの背に重みが加わった】

 

【メインプレイヤー:オルク・イギグ(アサルルヒ)は条件達成のため権能を簒奪・獲得しました。権能が開放されます……】

 

【権能名を記入しますか?】

 

 神殺しを為したことで権能がダウンロードされたようですね。権能名は特に記入なしでも、自動入力でも問題はありません。ただ記入なしにしておくとその内賢人議会が勝手に名前を付けてくるので、その辺りは個々人のお好みですね。

 

【第一の権能:天地を繋ぐ礎の塔(エ・テメン・アン・キ)を得た!】

 

 

 ということで、カンピオーネになりましたし権能も得たので感想を言っていきます。

 

 ……いやぁ、やっぱりカンピオーネ! は最高やんな。原作と出会って十数年、カンピオーネの設定にんほってかなりの月日が経ちますがまだまだ発見と考察は終わりません。

 神を殺して権能を簒奪、なんていう悪魔的な発想()に脳を焼かれてから、人生を破壊され続けていますが全く悔いはありません。すみません、ちょっと嘘つきました。

 

 キャンパスも片手じゃ追いつかないくらいの年数を遊んでいますが、それでもなお飽きない神ゲーです。同人ゲー時代から見守っている老害と紙一重の古参としては、今なお歩みを止めないキャンパスに驚くばかりですね。

 

【プルタルコスの館にオルク・イギグの一生をテキスト化しますか?】

 

 お、これはこれまでの冒険とオルクんの足跡をテキスト化するかという質問ですね。完走した主人公は、クリア後にタイトル画面下部に出現するプルタルコスの館でコレクション化されます。

 乙ったときに強制的に送還される説教部屋もここなわけですが……。

 

 ここは迷わず、はいを押します。

 

 時間はかかりますがぼちぼちやっていきましょう。

 

 次になにか投稿するとしたらそうですねー。私自身の目標だったエンドコンテンツの達成も一区切りついたので、キャンパスの前身になったサバイバルホラーゲームをやりたいですね。キャンパスのDLCとして発売されてた方はプレイしたことあるんですが、そっちはまだなので。

 

 ほな、また……。

 

 

 

 ──2年後。

 

 待つ、という動作が辛くなったのは何時からだっただろう。病院の一角で、俺は目を瞑ってひたすらその時を待っていた。

 はたから見れば冷静そのものだ。うまく誤魔化せているだろう。

 

『落ち着きなって兄さん』

 

 しかしトルイには隠し通せない。

 トルイの声は聞こえるが姿はなかった。肉体がないのだ。今は魂魄のみが世に残るばかりで、魂魄も俺の身体に仮宿を取り、時たま声を俺の脳にひびかせていた。

 別に今に始まったことじゃない。あの日、トルイがまつろわぬ神へと飛翔し、カンピオーネになった時からずっとだ。

 

 それに現状をどうこうしようという気もなかった。トルイが隣にいて、生き続けている。それだけで十分だった。

 

 まあ、思考も行動も筒抜けになるのは些か不便ではあった。

 トルイが俺の心情を察したのも双子だからという以前に、一心同体だからだろう。そうじゃなくても察しただろうが。

 

「とは言ってもなぁ……初子だぞ初子。緊張もする」

 

 つまりはそういうことだ。

 トルイのため息が聴こえたが許してほしいものだ。椅子を盛大に貧乏ゆすりで軋ませながら、その時を待った。

 

「オルクさん! お生まれになりましたよ! 母子ともに無事で、元気な女の子です!」

 

 扉を開けた病室にはティアが赤子を抱いていた。カンピオーネとなって鉄火場を飽きるほど潜り抜けた俺が心臓を跳ねさせ、ベッドに寝ている彼女に寄り添う。腕のなかの赤ん坊に触れる。生きている。子も、ティアも。

 

「頑張ったなティア。きっと凄く美人になる、俺の直感がそう言っている」

『もう親バカになったんだね兄さん……』

「ふふ」

「それでティア、名前は?考えているんだろう?」

 

 名は魂。俺はもう誰かに名をつけるのを止めていた。

 だから名付けはティアに任せっきりだった。この子はどんな名を得て、どんな生を送るのだろう。

 俺は思いを馳せ、ティアの言葉を待った。

 

「リリアナよ。リリアナ・クラニチャール」

 

 

 

 

 欧州にて二王あり。

 

 『鋼』の救済神マルドゥクを弑逆し、新たにカンピオーネとなった新王誕生の報は、永きに続いた孤高の暴君サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンの敷いた暗黒時代を終わらせ、遂には欧州を二分するほどの衝撃となった。

 

 齢300年を誇る孤高の王と年若い慈愛の王は、因縁の間柄であったものの、時に死闘を繰り広げ、時に盟を結び合った。

 

 経歴も相性もまるで正反対だった彼らだったが、やがていがみ合いながらも認め合う間柄となる。

 

 そして新王はその後、"新世代"と呼ばれる4人のカンピオーネらやまつろわぬ神々と壮絶な物語を織り成し続けた。

 

 

 これはその瞬きのごとき──はじまりの物語。

 

 


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