【ライトニング・サムライ】~転生者はダンジョンで英雄になりたい~   作:独身冒険者

34 / 68
三章開始です!

ここで今更情報!
その1
正重の魔法【イッポンダタラ】は有名な妖怪であることはもうお分かりだと思いますが、何故これにしたのかというと……イッポンダタラは正重の元主神アマツマラさんが零落した姿であるという逸話があるからです

その2
スキル【センゴムラマサ】ですが、もちろん千子村正さんからです。ちなみに彼は『せんごむらまさ』とも『せんじむらまさ』とも呼ばれています


闇との因縁
剣呑と不穏


 フロルがランクアップして9カ月。

 

 本日は【神会(デナトゥス)】の開催日である。

 

 街ではまだまだ闇派閥が暴れているが、だからこそ情報共有の場は欠かせないと可能な限り開催している。

 

「じゃあ、今後北東部の魔石工場の警備、見回りを強化する方針で構わないわね?」

 

 本日の司会進行はヘファイストス。

 

「うむ!! 北東部の工場地帯はまさにオラリオ商業の心臓部! 闇派閥が狙うならばここが一番であろう!!」

 

「ほな、基本ガネーシャんとこが警備。うちらや他のファミリアは、巡回数を増やしながら襲撃があれば駆け付けるっちゅう感じか?」

 

「まぁ、北東部にはうちの本拠もあるし、うちの子達もバベルとか支店に行く際に見回りさせるわ。もっとも、戦力になるかどうかは微妙だけどね」

 

「ギルドにも協力を要請し、依頼(クエスト)にしても良いんじゃね?」

 

「そうね。報酬があれば参加する子は多いと思うわよ」

 

「オラリオを守りたくとも、日銭を稼がねば戦うどころではないからな」

 

 様々な意見が飛び交い、普段のお気楽さが嘘のように建設的な会議になっている。

 しかし、悲しいかな。実際にどうやって守るかの話になると、街の警備を率先して買って出ているガネーシャ、最大派閥の一角のロキ、鍛冶系最大派閥のヘファイストスが発言の大多数を占め、時折スセリヒメやフレイヤ、イシュタルが発言し、他はほとんど聞くだけになっている。

 フレイヤは基本的に余程のことがない限り、他のファミリアと協力協調はしない。イシュタルはフレイヤを意識し、更に自分の領域である歓楽街の警備を担うことで他は任せるスタンス。スセリヒメはガネーシャ、ロキ、ヘファイストスとの付き合いや子供の協定から。

 その他となると、とてもではないが最大派閥に張り合えるほどの規模のファミリアがいないというのが現実である。

 

「まぁ、まだここにはおらぬが、あのアストレアの子達も見回っておるようじゃぞ?」

 

「けっ! 神会にも出れんとこに誰が頼るかっちゅうねん!」

 

「あら、でも結構人気みたいよ? アストレアの子供」

 

「うむ!! 元気があり、可憐だゾゥ! 何より熱い正義感を持っている!! 俺は彼女達の今後に期待している!!」

 

「けっ!!」

 

 アストレアが嫌いなロキは露骨に不機嫌になり顔を背ける。

 それにヘファイストスがため息を吐き、スセリヒメが苦笑する。フレイヤは終始微笑を浮かべて黙っている。

 

 その後もあーだこーだと意見が出るが最終的に、いつも通り『各々出来る限りのこと』で締め括られる。

 

 そして、今回もお楽しみの命名式へと移行した。

 

 見事『器』を昇華させた子供達の二つ名(痛い名)が次々と名付けられ、悲鳴と爆笑が響き渡る。

 闇派閥が暴れている時に呑気なと、子供達が見れば呆れるかもしれないが、しかし二つ名を貰える事も冒険者や住民達の活気や士気に繋がっているのだから、止めようがないのも事実である。更に言えば、神力が使えない主神達からすれば、このくらいしか命を張る子供達に報いることが出来ないのだ。

 

「じゃあ、次の子行くわよ。次は……【スセリ・ファミリア】クスノ・正重・村正」

 

「か~、スセリヒメんとこ、またかいな。景気ええこっちゃ」

 

「確かコイツは……極東から来た獅子人の鍛冶師か」

 

「あのデッカイ奴だろ? ホント、スセリヒメって面白い奴らばっか眷属にしたよなぁ」

 

「あ、この子。あのアマツマラの元眷属なのね。ふぅん……村正って極東じゃ有名なのね」

 

「こっちにゃあんまり極東の連中は来ぬからな」

 

「でも、この前【単眼の巨師】がコイツを引きずってダンジョンに連れてったんだろ? あの【単眼の巨師】がわざわざ動いたんだから、そこそこ腕がいいんじゃねぇの?」

 

「そうねぇ。でもぉ、椿ちゃんの武器でミノタウロス単独撃破ってあるしぃ、冒険者としても才能ありそうじゃなぁい?」

 

「その武器、ロキのところの【重傑】が3500万ヴァリスで買ったって聞いたぜ?」

 

「おお、ホンマやで」

 

「【重傑】が買うくらいの武器なんだから、そりゃミノタウロスくらい倒せるよな……」

 

「いやいや、そもそも普通Lv.1がミノタウロスに遭遇したら、咆哮で硬直しちまうはずだよ。武器が良かろうとそもそも動けなきゃ意味がない。だからこの子は偉業として認められたんだろうさ」

 

「そういやそうだったな……」

 

「まぁ、でも【単眼の巨師】とパーティーは組んでたんでしょ? そこら辺はどうなの? スセリヒメ、ヘファイストス」

 

「そうじゃの。確かに正重はミノタウロス一体を仕留めたが、他に一緒に出たミノタウロス数体は全て椿が仕留めておる。要は、ある程度お膳立てされた結果ではあるのぅ」

 

「そう言う意味では、パーティーによる討伐と言えるわね。まぁ、それでもランクアップはランクアップよ」

 

 スセリヒメとヘファイストスがお互いに正重を特に擁護することなく、あっけらかんと話したため、他の神々は少々毒気を抜かれてしまい、熱が冷める。

 

「さてさて……じゃあどんな称号が良いかねぇ」

 

「極東出身だから、やっぱ極東風?」

 

「そっちの方が似合うとは思うわね。服装も極東風だし」

 

「いや、でもそれを言ったら【単眼の巨師】だって極東風じゃん。出身は極東じゃないけど、極東の血は引いてるんだろ?」

 

「そうだけどよ、椿ちゃんはヘファイストスの子じゃん? 極東の神のスセリヒメの子で、極東出身なら、やっぱそっちの方がカッコいいっしょ」

 

 これまでとは打って違って大真面目に考える神一同。

 

 何故なら下手な名前を付けでもしたら、スセリヒメにどんな目に遭わされるか分からないから。

 

 下界に来て大人しくなったとは言え、ロキ同様天界での暴れっぷりを知らぬ神は少なくともここにいない。しかもロキとは違い、スセリヒメの武力は自分達を捻じり殺せるのだから一番の脅威だったりする。

 

 派閥や子供など関係なく、影響力を与える存在。

 

 それがスセリヒメである。

 

 そして、色々と提案された結果。

 

 

「クスノ・正重・村正の称号は――【豪火鎚(スサノヒヅチ)】」

 

 

 

 

 

 神会も閉会し、ぞろぞろと会場を後にする神々。

 

 スセリヒメはヘファイストスとミアハと雑談を交わしながら会場を出て行こうとすると、

 

「スセリヒメ」

 

 後ろから声をかけられて後ろを振り抜く。

 そこにいたのは、友好的でどこか胡散臭い笑みを浮かべてハットの鍔を摘まんでいる優男――ヘルメスだった。

 

「ヘルメス? 何か用かの?」

 

「いやいや、ここ最近一気に3人もランクアップなんて凄いじゃないか。今オラリオで一番勢いがある新興派閥と言ってもいいんじゃないか?」

 

「知らぬはそんなもの。さっさと用件を話さぬか、鬱陶しい」

 

「あははは……そんなに警戒しないでくれよ。俺はただ、そちらさんと仲良くしたいってだけさ」

 

「相変わらずよぅほざく口だの」

 

「本当さ。君の子供、【迅雷童子】に興味があってね」

 

 

「耄碌爺の忘れ形見じゃからか?」

 

 

「「「!!」」」

 

 ヘファイストスとミアハは目を丸くし、ヘルメスは一瞬瞠目したがすぐに目を細める。

 スセリヒメは腕を組んで、まっすぐに見据える。

 

「お前は天界におった頃から、あの耄碌爺の使いっぱしりじゃったからの。今でも爺と会っとるか、文のやり取りくらいしとるのは容易に想像がつく。どうせ、フロルがランクアップした際の報でも聞いて、ようやく思い出して慌ててお前に確かめさせようとしたというところか」

 

「………やれやれ、参ったなぁ」

 

 ヘルメスは心底参ったように項垂れながら、手を首の後ろに添える。

 そして、降参を示すように両手を上げ、

 

「あの()も後悔してるんだ。それに忘れてたわけじゃない。心配はしていたが、まさか冒険者になって、しかも1,2年でランクアップするとは思ってなかったんだよ」

 

「奴の事情など知らぬわ。フロルからすれば置いて行かれた時点で忘れられたのと変わらぬだろうよ」

 

「それは……まぁ、そうだろうけど――」

 

「死にかけておったんじゃぞ。妾がようやく見つけた時には」

 

「……」

 

 ヘルメスの言葉を遮って放たれたその内容に、流石のヘルメスも何も言えず、ヘファイストスやミアハは悲痛に顔を歪める。

 

「家を闇派閥の連中に荒らされて追い出され、2カ月近くも野宿しながら生きていくためにファミリアに入れて欲しいと探すも、何度も何度も追い返され、なけなしの金を持参金として持っていっても金だけ奪われたこともあり、最後は金を隠していた寝床すらも冒険者達に襲われ、雨の中逃げ出して、力尽きて水溜りの中で倒れておった。……5歳の幼子がじゃぞ!」

 

 スセリヒメは大神に抱いていた鬱憤が爆発し、睨みつけながら怒気と殺気を目の前の優男に叩きつける。

 

 ヘルメスは冷や汗が流れ始め、反論する余裕すらなかった。

 

「ちなみに追い返された所の中に、貴様のファミリアもあった」

 

「………マジで?」

 

「流石に金は奪わんかった様じゃがな。もし奪っておったら、話しかけてきおった時点でその顔、握り潰しておるわ」

 

 まさかの事実にヘルメスの頬が盛大に引き攣る。

 

「まぁ、冒険者の子供が親を亡くして路頭に迷うなど、珍しい話ではない。今のオラリオであれば特にの。だがなぁ……それでも我が愛し子を苦しめた貴様らを、妾が許すとでも思うか?」

 

「……」

 

「失せよ下郎。貴様のような輩を、前を向いて命懸けで駆け走る我が愛し子に、誰が会わせるものか」

 

 有無を言わせぬ気迫と憤怒を含ませて告げられた拒絶に、ヘルメスはぐうの音も出ずに項垂れる。

 

「己が幸運を喜んでおくんじゃな。今日の妾は眷属に良き名が付いて機嫌が良い。()()()()()()()()()()

 

 スセリヒメはヘルメスに背を向けながら言い放ち、その内容にヘルメスはもう震えが止まらなくなっていた。

 

「一応、警告しておくが……もし、妾の隙を突いてフロルに近づきでもしたら……」

 

「……し、したら?」

 

 問い返すヘルメスに、スセリヒメは顔だけで振り返り、獄炎が如き憤怒を宿す瞳を向け、

 

 

「その魂、天界に帰す暇も与えず――捻り潰す」

 

 

 ヒュッと、ヘルメスは息が詰まり、顔色を真っ白に塗り替える。

 

「耄碌爺にも伝えておけ。下手に手を出せば……ヘラの前に、妾が地獄を見せてやるとな」

 

「わ! わ、わわ、分かっ、いや! しょ、承知致しました!!」

 

「本に、心掛けておれよ? 妾は、『嫉妬』と『激情』の神である事をな」

 

 ガクガクガクガク!!と人形のように何度も首を振る哀れな優男から視線を外し、今度こそ足を進める女神。

 

 ヘファイストスとミアハは後に続き……ドサッと後ろで誰かが倒れる音が聞こえて、少々不憫に思うも振り向く事はしなかった。

 

「はぁ……また盛大に脅したわねぇ……。まぁ、今の話を聞くと仕方ないと言うか、当然ではあるんでしょうけど」

 

「そうだな……。しかし、フロルがそのような状況であったとはな。私のファミリアに来ていたのであれば、我が子達でならば流石に派閥に入れぬまでも保護すると思うのだが……そのような話は聞かなんだな」

 

「ああ、フロルはお主らのとこには行っておらんそうじゃ。お主らは鍛冶系、商業系大手じゃからな。子供など迎えてくれるとは最初から考えてなかったとな」

 

「まぁ、うちに5歳の子供が来ても手伝いもさせられないから扱いに困ったでしょうねぇ」

 

 工房に5歳児など入れられるわけもなく、他の雑用など基本的に力仕事なのだから「働かせてください」と言われてもヘファイストスも対応に困る事は間違いなかった。

 恐らく安全そうな孤児院を探して預けていたか、デメテルのところに連れて行っていたに違いない。

 

「ミアハやデメテルなら可能性があったであろうが……あの時お主らは暴れ出した闇派閥に備えて忙しかったからのぅ」

 

「確かにな」

 

 本当はフロルはミアハのところには一度訪れているのだが、【ヘルメス・ファミリア】同様団員に門前払いされている。

 しかし、テルリアのことを未だに申し訳なく思っており、下手に伝えればミアハも罪悪感から必要以上の便宜を図ってきそうだからと、スセリヒメに口止めを頼んでいた。

 これに関してはスセリヒメも理解を示し、更にこれ以上フロルを構い倒されたらまた嫉妬が爆発してしまうと思ったので、フロルの頼みに頷いていた。

 

「それに本人的にはいつかは冒険者になるつもりじゃったらしいのでな。薬師系や農業系は候補になかったのであろう。最初から改宗するつもりですなど正直に言えんかったじゃろうし、嘘はバレるしの」

 

「で、運良く貴女に見つけてもらったわけね」

 

「ん? あぁ、いや、それは違うぞ」

 

「え?」

 

「妾は始めからフロルに会い、眷属にするために下界に来たのでな」

 

 スセリヒメの暴露にヘファイストスとミアハは目を丸くする。

 

「最初から?」

 

「うむ。天界におった頃、偶々下界の様子を見たらフロルを見つけての。一目惚れと言う奴じゃな!」

 

「……なるほど。それならば其方のフロルへの過剰とも言える愛情も納得がいく」

 

「そうね」

 

 ヘファイストスもミアハも、スセリヒメがフロルを気に入っている事は当然の如く理解していたが、『何故気に入ったのか』までは知らなかった。

 偶々下界で見つけたにしては、注ぐ愛情が他の眷属とは()()()()()事にも気づいており、内心首を傾げていたのだ。

 

「となると……本当に、ヘルメスもゼウスも、声をかける機会(タイミング)最悪だったわね。流石に子供達を失った上に追放された事には同情してたけど、これに関しては流石に私でも無理ね」

 

「そうだな」

 

「まぁ、妾は根深いのでな。フロルが生きておる間はいつでも機会(タイミング)最悪じゃよ。じゃから……()()()()()()()()()()()? ()()()()

 

 足を止めて、視線をすぐ側の物陰に向けながら告げるスセリヒメに、ヘファイストスとミアハは再び瞠目すると、

 

「――ふふ、やぁね。スセリヒメ」

 

 コツコツと足音を響かせて、口元を手で隠し、銀の髪を靡かせながら姿を現した絶世の美女神。

 

「私だって捻り潰されたくないもの。あの子の魂の色には興味があったのだけれど、流石に貴女から奪う気はないわ。それをちゃんと伝えておきたかっただけよ」

 

「ふん。お主の言葉はあの放蕩者と同じく、信用ならんからの」

 

「酷いわぁ。今回に関しては本気よ。興味はあるけど、欲しいとまでは思ってないから」

 

「……まぁ、今は信じてやるとしよう。こちらとしても、お主の子には借りがあるからの」

 

 そう言ってスセリヒメは懐から二つ折りの紙切れを取り出して、フレイヤに放り投げる。

 

 フレイヤはそれを難なく、そして優雅さを感じさせる所作でキャッチして小首を傾げる。

 

「これは?」

 

「【猛者】がフロルを助けた時に捨て置いていった魔石の金じゃよ。ギルドに預けてあるでな、後で子供達の宴会にでも使ってやるんじゃな」

 

「あらそう。別によかったのに」

 

「妾の子らは礼儀正しいんじゃよ。ま、エリクサーの代金にはちと足りぬがの」

 

「ふふふ、オッタルなら気にしないわよ。じゃあね、スセリヒメ、ヘファイストス、ミアハ。またどこかで会いましょう」

 

 フレイヤは最後まで余裕を崩すことなく、気品と美貌を纏いながら上階へと続く通路へと去っていった。

 

 スセリヒメ達はその後ろ姿にため息を吐き、

 

「やれやれ……当分は油断出来そうにないの~」

 

「こっちは凄く疲れたのだけど……」

 

「向こうに言わんか。妾も被害者じゃい。まったく、どいつもこいつも。後から気になるなら最初からちゃんと捕まえておかぬか」

 

「その時は其方が大暴れしておったのだろうな」

 

「まぁの」

 

「じゃあ、今の方がまだマシって事ね。まったく……当分【迅雷童子】の気苦労は絶えそうにないわね」

 

「今度甘い物でも持って行ってやろう」

 

「あ奴を労い癒すのは妾の役目じゃ馬鹿モン」

 

 談笑しながらバベルを出た3柱。

 

 すると、そこに、

 

「スセリヒメ!! 良かった! まだいてくれたか!」

 

 ガネーシャが普段のユニークさを投げ捨て、鬼気迫った様子で駆け寄ってきた。

 その背後には団長のシャクティもおり、その顔は非常に強張っていた。

 

「ガネーシャ? どうしたのよ、そんなに急いで」

 

「妾に何か用か?」

 

「はぁ! はぁ! 俺がガネーシャだ!!」

 

「「殴る(わよ)」」

 

「すまん! 間違えた! ――緊急事態だ」

 

 ビシッとポーズを取りながら謝罪したかと思うと、急に雰囲気を引き締めて声を潜めて告げる。

 

 その様子にどうやら冗談抜きでヤバい話らしいと悟ったスセリヒメ達は、表情を引き締めて人目に付きにくい場所に柱の陰に移動する。

 

「で、何があった?」

 

 

「うむ……つい数刻前、我々が警備しているギルドの管轄施設『収監所』から――()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「「!!」」」

 

 想像以上の内容に、流石のスセリヒメ達は驚きを隠せなかった。

 

 収監所には闇派閥を始め、犯罪を犯した冒険者、神の恩恵を持たないゴロツキなどもまとめて収監されている重要拠点だ。

 基本的に闇派閥は極刑。冒険者は罪状に合わせて処罰が変化するも、多くは恩恵を解除された上での追放処分となる。ゴロツキは一定期間強制労働をさせられた後、釈放となる。

 

 ステイタスを持つ者もいるため、【ガネーシャ・ファミリア】が警備や刑務官的な役目を果たしている。

 

 そんな収監所から囚人が脱獄した。 

 

 それはオラリオでは笑い話では済まない大ニュースである。

 

「闇派閥に襲われたって事?」

 

「……いや、ギルドの者や我がファミリアの子供達に被害はほぼない」

 

「? では、どうやって脱獄したと言うのだ?」

 

「ギルド職員に変装し、更に数人のギルド職員の家族を人質に取り……脅迫して無理矢理協力させられていたようだ」

 

 シャクティがガネーシャから説明を引き継ぐ。

 

「じゃが、それでもどうやって【ガネーシャ・ファミリア】の守りを撃ち破った? しかも被害も出さずに」

 

「破られていない」

 

「……なに?」

 

「監獄内部にあるギルド職員の休憩所の床に穴を開けて、そこから逃がした。休憩所は倉庫とも繋がっており、【ガネーシャ・ファミリア】が警備する出入口の真逆にある。そこを狙われた」

 

「収監所の物資や食料はギルドが管理していてな。そこは我がファミリアも関与していなかったのだ。互いの領分を守るためにな」

 

「だが、それでも【ガネーシャ・ファミリア】の者がいたはずであろう? どうやって監視をすり抜けたというのだ?」

 

「……恐らく幻覚系、または催眠系の魔法だと思われる。警備を担当していた団員達は誰一人、侵入者も見ておらず、脱獄する声も物音も聞いていない」

 

「……かなり周到な計画だったみたいね」

 

「……ああ。だが、一番の問題は脱獄した連中だ」

 

「捕らえられていた闇派閥の者共であろう?」

 

 

「それと――【ネイコス・ファミリア】だ」

 

 

 まさかの名にスセリヒメは目を細め、ようやくガネーシャとシャクティが駆け付けた理由を理解した。

 

「……まだ追放されておらんかったのか」

 

「神ネイコスが団員達の恩恵解除を拒否したこと、更に神ネイコスに追放処分が下ったため、奴らを追放するのは危険だと判断した。しかし、極刑する程の罪状でもなく、かと言って強制労働の末に釈放するわけにもいかず、対応を協議していたところだった」

 

「ちぃ! ネイコスめ! 最初からこうする予定であったということか……!」

 

「恐らくな。奴らを倒したのは【迅雷童子】達だ。闇派閥に完全に合流したであろう【ネイコス・ファミリア】の連中は、お前達を狙う可能性が高い。……【迅雷童子】と【闘豹】もそれぞれに因縁があっただろう。くれぐれも周囲に気を付けてくれ。特にダンジョンではな」

 

「その方がよさそうじゃの。まったく……これから更にと言う時に、こそこそと面倒な連中じゃ」

 

「ところで、脅迫されてたっていうギルドの子達やその家族は?」

 

 ヘファイストスの問いに、シャクティは眉間に皺を寄せて目を閉じ、小さく首を横に振る。

 

「そう……」  

 

「緘口令が敷かれたが、とても隠しきれるものではない。恐らく今夜中にも広まるだろう」

 

「収監所の方はどうするつもりじゃ? 同じ手を使うことはないじゃろうが、一度破られた場所を使い続けるのも不満が出よう」

 

「穴はすでに塞いだ。他の死角になりそうな部屋も徹底的に調査して、抜け道はないことは確認された。今から他の場所となると、流石に団員の数が足りないし、工事が間に合わん。北東部の警備も強化する必要もあるので、収監所に割く人員もすでにギリギリだ。このまま使うしかない」

 

 苦渋に顔を歪めるシャクティの言葉に、スセリヒメ達も顔を顰めるしかない。

 

「とりあえず、話は分かった。すぐにフロル達と話して今後の方針を決めるとしよう」

 

「すまぬな、スセリヒメ! 今回の件は我ら【ガネーシャ・ファミリア】の失態でもある! この件に関しては、我らも惜しみない協力を約束しよう!!」

 

「まぁ、その時は遠慮なく頼むとしよう。何かあればドットムを通じて連絡する」

 

「うむ!! よろしく頼む!!」

 

 ガネーシャとシャクティは、他のファミリアに報告へ向かうためにまた駆け出して行った。

 

 それを見送ったスセリヒメは大きくため息を吐き、晴れ渡った青空を見上げる。

 

「やれやれ……まだまだフロルは探索に集中出来そうにないのぅ」

 

 そう呟いたスセリヒメの目には、遥か遠くに暗雲が漂っているように見えたのだった。

 

 

………

……

 

 オラリオの闇深き場所。

 

 収監所を脱獄した【ネイコス・ファミリア】一同は、薄暗い通路を歩いていた。

 

「オ、オラリオにこんな所があったなんて……」

 

「な、なぁディーチ。本当に大丈夫なのか?」

 

 どこかダンジョンにも似た薄暗く不気味な場所に団員達……【影爪】クロック以下の面々は不安と恐怖を隠せず、目の前を歩く団長のディーチに声をかける。

 武器はもちろん防具もなく、本当にボロ切れのような囚人服を着ているため、モンスターにでも襲われたらと冒険者故の恐怖を抑えきれない。

 

「……問題ねぇよ。ここはウン百年も昔からあんだからな」

 

「で、でもモンスターとかは……」

 

「ここに出んのは調教(テイム)された奴らだけだ。檻から逃げ出したりしねぇ限り襲われねぇよ」

 

「そ、そうなのか……。なんなんだ? ここは……」

 

 闇派閥とは確かに関わっていたが、その拠点にまで踏み込んだことはない。

 

 というか、実は闇派閥と直接的な関わりを持っていたのは、ディーチだけであり、クロック以下の団員は闇派閥の者と会ったどころか声すら聴いたことがない。本当に何も知らないのだ。

 

 ディーチ達が案内されたのは、これまた薄暗く広い石室。

 

 左右の壁には高低様々な段差があり、そこにいくつかの人影が座っていたり、立っている事にクロック達は気付いた。

 

 というより、気付かされた。

 

 身の毛がよだつほどの死の気配を隠そうともしていないのだから。

 

 その時――

 

 

「おいおいおいお~い。なぁんてザマだぁ? ディ~~チ~~?」

 

 

 左側の段差に腰かけていた男が、ディーチに声をかけながら立ち上がり、歩み寄っていく。

 

 ウェーブがかったミディアムヘアに無精髭、細身だがディーチ達が見上げるなければならない程の背丈を持つ男。

 背中には長柄の肉切り包丁のような斧とも槍とも取れる武器が携えられている。

 

 男はディーチの肩に手を置き。

 

「俺は悲しいぜ~()よ。お前ならもうちょっとやれると思ってたんだがな~」

 

「……すまねぇ、()()。ヘマしちまった」

 

 男とディーチの会話に、クロック達は目を丸くする。

 

 男は労うようにディーチの肩を軽く叩き、

 

「気にすんな気にすんな。今回はお前がいねぇところで起きたってこたぁ、ちゃぁんと知ってるさ。相手はゲーゼスやゼヴァギルから生き延びた奴らだし、運が悪かったってだけだ」

 

「だが、それで数年かけて用意した収監所への隠し通路が……」

 

「安心しろって。ありゃあ元々引っ掻き回すためだけに掘っただけで、別になんか作戦があったわけじゃねぇ。潰されたくらいじゃ痛くも痒くもねぇよ」

 

「あぁん? ざけんじゃねぇぞ、バグルズ」

 

 男――バグルズの言葉に、右壁の一番高い石段の上に立っていた女が口を開いた。

 

「んだよ? ヴァレッタ」

 

 毛皮付きのオーバーコートを羽織ったヒューマン。

 

 闇派閥の主要幹部である【殺帝(アラクニア)】の二つ名を持つ参謀的存在である。

 

「確かにあそこはフィンとガネーシャの連中への嫌がらせ程度でしか考えてなかったがよぉ。ここぞって時に使えてれば、かなりの効果を期待出来てたんだ。それをそんなLv.2上がりたてのクソガキ共に負けたクソ雑魚の為に断りもなく使いやがって。この落とし前、どうつける気だ? あぁん?」

 

「ちっ……わぁったよ。じゃあ、そこのクズ共をお前にやるよ。憂さ晴らしに殺すなり、モンスターの餌にさせるなり、好きにしな」

 

 バグルズはクロック達を指差して、耳を疑うことを何でもないように宣った。

 

 当然ながらクロック達はそんなこと受け入れられるわけがなく、目を見開いてすぐさま声を荒げる。

 

「ふ、ふざけんな!? なんで俺らがそんな目に遭わないといけねぇん――」

 

「うっせぇよ」 

 

 バグルズが一瞬でクロックに詰め寄り、その鳩尾に膝を叩き込んだ。

 

「だぇ――」

 

 クロックは身体をくの字に曲げて僅かに足が浮き、そのまま手をつく余裕もなく顔から倒れ込んだ。

 

 一瞬でクロックが倒されたことに、他の団員達は顔を真っ青にして開こうとしていた口を噤んだ。

 

「元はと言えば、テメェが下らねぇ喧嘩売ったからだろうが。俺は弟を助けたかっただけで、お前らや他の連中はただのついでなんだよ。弟だけ連れ出したら、俺らの存在がバレかねねぇからなぁ」

 

「ぐ……が……」

 

「そもそもテメェらは()()()()()()()()()()なんだよ。こうなっちまったからには、()()()()()()。とっとと死んでくれって話だ」

 

「…………は、ぁ?」

 

 クロックは蹲ったまま瞠目し、他の面子ももはや声を出す事も出来ない。

 

 そんな団員達(クロック)を、ディーチは冷めた目で見下していた。 

 

「まだ分かんねぇのか? お前らはディーチがオラリオで動けるようにするためだけの駒だったってことだよ。お前らが【ネイコス・ファミリア】の団員だなんて、俺は認めたことはねぇ」

 

 なんでお前なんかに認められる必要がある。

 

 クロック達の頭に浮かんだ疑問をバグルズは正確に読み取り、ニィ~~と狂気を含んだ笑みを浮かべ、

 

 

「俺が、【ネイコス・ファミリア】の団長だよ。本当の、な」

 

 

「「なっ……!?」」

 

「お前らがいた【ネイコス・ファミリア】は、あくまで外で動くための別動隊ってことさ」

 

「そん、な……」

 

「ってわけでぇ、ヴァレッタ。コイツらは俺の団員じゃねぇから好きにしな。こっちはもう用済みだからよ」

 

 バグルズの言葉に、ヴァレッタは鼻で笑う。

 

「はっ! んなクソ雑魚なんかいらねぇよクソ馬鹿野郎! 殺すならオラリオの連中を殺す方がずっとマシだぜ。……と、言いてぇとこだが」

 

 ヴァレッタはバグルズ以上の狂気を宿した笑みを浮かべる。

 

「丁度いいことに、タナトスんところの呪術師(ヘクサー)が造った呪道具(カースウェポン)の実験体が欲しかったところでよぉ。喜べクズ共。お前らの犠牲でオラリオを更に苦しませる事が出来るぜぇ?」

 

「ひっ――!?」

 

「い、嫌だ……」

 

「安心しろってぇ、すぐに殺しゃしねぇよ。ゆっくり、じっくり、ちょ~~っとずつ、刻んでやっからよぉ。――おい、連れてけ」

 

「はっ」

 

 ヴァレッタは一瞬で無表情になり、背後にいた部下に命令する。

 

 更に周囲に控えていた団員達が、剣や短剣の切っ先を向けて、クロック達を取り囲む。

 

「じょ、冗談じゃねぇ……! ディ、ディーチ……!」

 

「だ、団長。た、助け――」

 

「話聞いてたのかよ。俺は団長じゃねぇ。もし、それでも俺を団長って呼ぶんだったら、言ってやるよ。――『団長命令だ。大人しく実験体になって死ね』」

 

 ディーチの無慈悲な命令に、クロック達は顔色を真っ白にし、震えながら涙を流す。

 だが、そんなものは闇派閥の者達を悦楽に浸らせるだけで逆効果でしかない。

 

 クロック達は喉元や背中に武器を突き付けられて、声を出す余裕もなく広間から連れ出されていった。

 

「おいバグルズ」

 

 ヴァレッタはバグルズに声をかけ、

 

「今回はこれで収めてやるけどよぉ。そのクソ弟、ちゃんと使い物にしとけよ? 次また下手こきやがったら――テメーの派閥全員、モンスターの餌にしてやっからな」

 

「分かってんよ、参謀」

 

「……ちっ。ムカつく野郎だぜ」

 

 ヴァレッタは石段から飛び降りて、奥へと向かって歩き出す。

 

 それを見送るバグルズは、

 

「さぁて……この借り、どう返してやっかねぇ……」

 

 顎に手を当てて、目を細める。

 

 

「そろそろウザったくなりそうだなぁ――【迅雷童子】(あのクソガキ)

 

 

 闇が再び、フロルへと迫ろうとしていた。

 

 

 




ヴァレッタさんの悪っぷりを書けるか不安(ーー;)

今後は書けたら投稿して行く形になりますので、少し不定期になりますが頑張りますのでよろしくお願いします

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。