【ライトニング・サムライ】~転生者はダンジョンで英雄になりたい~   作:独身冒険者

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お待たせしました。
ちょっと長いです。


未熟な嫉妬

 フロルとスセリヒメがヘファイストスと出会っていた頃。

 

 【スセリ・ファミリア】の面々はダンジョン16階層を探索していた。

 

「はああああ!!」

 

 巴が大刀を振り下ろし、最後のライガーファングの首を両断する。

   

 ライガーファングの身体は灰へと変わり、魔石とドロップアイテムの牙が転がる。

 

「お。ドロップアイテムだぜ」

 

 アワランが魔石とドロップアイテムを拾い、ドットムに渡す。

 

 周囲を警戒していたハルハは大鎌の柄で肩を叩きながら、もう片方の手を腰に置く。

 

「いい調子と言えばいい調子だけど。やっぱりフロルがいないと露骨に探索速度が下がるねぇ」

 

「戦力1人減ってんだから当然だろうが。それに早けりゃいいってもんじゃねぇだろ。別に階層を進めるわけでも、依頼があるわけでもねぇんだ。今はステイタスを堅実に上げることに専念しとけ。焦ったってステイタスは上がんねぇぞ」

 

「分かってんだけどなぁ……」

 

「このままではフロル殿に数字だけですが、追いつかれそうですからなぁ」

 

「私はとっくに追い抜かれてますけどね」

 

「なぁ……やっぱフロルのあの成長の早さってスキルかなんかなのか?」

 

「その可能性は高ぇだろうが、ゼウスとヘラのところにも似たような早さで成長しやがった才能の化け物が何人かいやがったからな。断言は出来ねぇ」

 

 かつての最強達にとってLv.5やLv.6など当たり前に辿り着ける領域だったが、それでも成長するにはそれなりの時間と地獄を経験している。

 だが、その中には10代でLv.7に到達した者もおり、『才能の権化』『災禍の怪物』と呼ばれていた。

 

 なので、必ずしもスキルが関わっているわけではない。

 

「坊主は見た感じ間違いなく才能がある。それはお前らの方がよく分かってるたぁ思うがな。だが、それは必ずしも生き残れるって約束されたわけじゃねぇ。むしろこの街じゃ、厄介事を引き寄せることの方が多い。すでにその気配もあるようだしな」

 

「確かに【女神の戦車】といい、闇派閥といい、厄介なのに目を付けられてますなぁ」

 

「うむ」

 

「あんなガキがどんどん自分達を追い抜こうとして来んだ。他のファミリアの連中だって、坊主のことはあんまりいい気分で見てねぇだろうよ」

 

「だろうねぇ……」

 

 自分達が数年がかりで到達した域に、自分の半分近く年下の子供が到達するなどそう簡単にプライドが許さないだろう。自分もまたオラリオで成り上がりたいと思っている者であれば特に。

 

「だが、それは我らもまた同じ」

 

「ん」

 

「そうですね。私達もまた羨みや妬みを向けられる対象でしょう」

 

 ツァオの言葉にリリッシュとディムルも頷く。

 

 フロルと同じ派閥に所属している以上、同じ勢いに乗る自分達もまた妬まれる対象に十分含まれる。

 自分達からすればおんぶにだっこにならないように努力しているが、周りは結局今の実力しか見てくれない。

 場合によっては『自分より小さな子供を戦わせる卑怯者』とすら呼ばれることもあるだろう。――いや、実際そのような声は少ないがある。まだ本人達には届いていないだけ。スセリヒメやドットムは耳にしているが。

 

「ったく……そう言われてもねぇ。アタシらだって全速力で追いかけてるつもりなんだけど」

 

「ですなぁ」

 

「ほれ、そろそろ休息終わりだ。坊主に追いつきたいなら、もっと戦わねぇとな」

 

「へいへい」

 

 移動を再開する一同。

 

 その後もモンスターを屠り続け、17階層へと足を向けた。

 

「流石にLv.2が3人もいりゃあ、18階層までは行けそうか」

 

「階層主も異常事態(イレギュラー)もなけりゃ、だがね」

 

「正確に言やぁミノタウロスをどうにか出来る実力と手段があれば、18階層までは行けるんだよ」

 

「確かにライガーファングなどは某でも倒せますからな」

 

「そういうこった」

 

 その後もモンスターを倒しながら進み、『嘆きの大壁』手前の通路を歩いていると、前方からも冒険者の一団がやってきていた。

 

 そして、互いの顔が視認できる距離まで近づいた時、互いの素性に気付いてどちらともなく足を止めた。

 

「アンタらは……」

 

「ふむ……【スセリ・ファミリア】か」

 

 現れたのは【ロキ・ファミリア】の面々だった。しかしフィン達首脳陣の姿はなく、前回の遠征よりも数は少ない。

 しかも、先頭を歩いていたのはハルハ達と同年代以下に見える若者達だった。

 

 その後方には以前遠征帰りにもいた、着流しを身に纏った老練のヒューマン、そして同じくドットムに似通った気配を纏うドワーフとアマゾネスの3人。

 

「ノアールにダイン、バーラじゃねぇか」

 

「ドットム。最近会わんと思ったら、【スセリ・ファミリア】と行動を共にしておったのか」

 

「まぁな。で、そっちもヒヨッコ共のお守か?」

 

「フィンの奴に押し付けられてな」

 

「まぁ、上で闇派閥の連中と戦うよりはマシだけどね」

 

「それにしても、ミアから聞いちゃいたが、お前があの【スセリ・ファミリア】の指導役とはな」

 

「お前らだって似たようなもんじゃろうが」

 

 老兵達が気軽に言葉を交わす中、若者同士は一切口を開くこともなく、睨み合っていた。

 正確には【ロキ・ファミリア】の方が敵意全開で、【スセリ・ファミリア】の面々は向けられる敵意に対抗しているだけである。

 

 ちなみに【ロキ・ファミリア】の団員達は、鉈とバックラーを携える男ドワーフ、細剣を腰に吊る男エルフ、弓矢を背負う男性ヒューマン、そして杖を握る女エルフ。

 男性陣は今にも殴りかかりそうなほどの敵意を隠しもしていなかったが、女エルフの方はどちらかと言えば緊張と困惑が前面に出ていた。

 

「……はん。今日はあのチビ助はいねぇのかよ?」

 

 先頭にいたドワーフが顔を顰めながら口を開く。

 

「うちの団長なら、今日は主神様のご機嫌取りさ。最近構ってもらえなかったから拗ねちまってね」

 

「ふん! とか言いながら、ダンジョンが怖くなって逃げ出したんじゃねぇのか?」

 

「んなわけねぇだろ。なんで今更ダンジョンに怖がんだよ。そろそろ20階層に行こうって時に」 

 

 アワランが腕を組んで顔を顰めながら、すかさず反論する。

 20階層という単語にノアール達古参組は感心するような顔を浮かべ、ドワーフ達(エルフ少女を除く)は苛立ちを顔に浮かべる。

 

「20階層だぁ? 出鱈目ほざくんじゃねぇよ。Lv.2成り立てのテメェらが20階層に挑めるわけねぇだろ!」

 

「嘘ついたってしょうがないだろ? って言うか、アンタら誰だい。せめて名乗りな」

 

「っ! テメェ……この【道化の奮腕(ロアルム)】のボガルドを知らねぇってのかぁ?」

 

 名乗られた二つ名と名前に、ハルハ達は揃って顔を見合わせる。

 その行動の意味を全員が理解した。

 

「――知らないねぇ」

 

「聞いたことねぇなぁ」

 

「申し訳ありませぬが……」

 

「この――!!」

 

 顔を真っ赤にするボガルド。

 

「ハルハって【ロキ・ファミリア】のLv.2には挑んでなかったのかよ?」

 

「何人かは挑んだけどねぇ……ここに入ってからは止めてるから、その後にランクアップした奴の事は知らないよ」

 

 肩を竦めるハルハに、アワラン達は納得の表情を浮かべるが、ボガルド達は更に怒りを積み上げる。

 

「舐めやがって……! 勢いがあるからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

「そこまでにしろ、ボガルド」

 

「なんでですか! ここで立場ってもんを分からせておくべきです!」

 

「あん? 立場だぁ?」

 

 ボガルドの言葉にアワラン達は眉を顰める。

 

「お前ら程度の弱小派閥が、俺ら【ロキ・ファミリア】に楯突くんじゃねぇってことだよ!! ままごとファミリアが!!」

 

「……ままごとファミリアだって?」

 

 ボガルドの罵倒に、ハルハ達が殺気立ち、ノアール達も眉を顰める。

 

「あんなガキが団長とか普通に考えてありえねぇだろ! 誰が見たって神とクソガキの道楽じゃね――」

 

 

ズガァン!!

 

 

 ボガルドの目の前に、大刀が叩きつけられた。

 

「――!?」

 

「その愚かな口を閉じられよ」

 

 巴が怒気を纏いながら大刀を肩に担ぐ。

 

「我らが長は確かに幼い。されど、某は一度としてかの少年が長に相応しくないと疑ったことはあらず」

 

「なっ……」

 

「彼は常に先頭でモンスターに、闇派閥に攻めかかる。一度として、自身を避難誘導役や避難所の守護役に選んだ事はない。探索でも、常に未熟な某達の負担と消耗を一番に考えてくださり、己が鍛錬はいつも本拠に戻られてからされている。本人は隠れているつもりでござるがな」

 

 そう、誰よりも強い故に、フロルはいつも団員の成長を第一に考えていた。

 

 自分の成長が速すぎるが故に、フロルはいつもダンジョンでは団員達の成長を第一に考えていた。

 

 だから物足りないと思った時は、いつも本拠に戻ってから敷地の端で素振りをしたり、筋トレをしていた。

 本人は自室の窓から抜け出して、見つからないように移動しているつもりだったが、スセリヒメはもちろん、狼人族のツァオが気付かないわけがない。

 フロルのそれはあっという間に皆にバレてしまったが、団員達は誰もそれを指摘しない。

 

 自分達の未熟さが原因なのだから。

 

 自分達がもっと早く強くなれば、フロルに隠れて鍛錬させる必要なんてない。

 時折ハルハ達とも本拠に戻ってから組み手をしているが、実はその後も鍛錬をしていることを知っている。

 

「道楽? 幼子だから? 関係あらず。我らが長は、我らの誰よりも強さに貪欲で、ひたむきな努力家であり――優しい。故に我らは彼の背中を追い続けている。故に某は――フロル・ベルムが英雄になられると確信している」

 

 一切の曇りなきその言葉に、ハルハ達、そしてドットムは笑みを浮かべる。

 

「派閥の威を借りて威張る愚かな同族よ。未熟でありながら己が物差しでしか他者を計れぬ浅はかな同胞よ」

 

 巴は大刀をボガルドへと突き出す。

 

「知れ――彼を侮辱され、憤怒するは寵愛せし女神だけではあらず。我らもまた、『嫉妬』と『激情』を司る女神の眷属なれば――その侮蔑、赦し難し」

 

 己よりも幼き者が、己よりも高みにおり、己よりも迅く駆け上っていく。

 その背中に、その才能に、その努力に、『嫉妬』せずにはいられない。

 

 されど、この感情は『負』ではない。

 

 この『嫉妬』は――己を高みへと至らせる『薪』にして『焔』。

 

 故に『嫉妬の源』を侮辱する事は、己が目指す高みを侮辱されたも同義。

 

 浅はかで未熟な『負』の嫉妬を聞き流せる程、己が『焔』は温くない。

 

 赦せる程、己が『焔』は――優しくない。

 

「抜かれよ。そして、覚悟召されよ。このヒジカタ・巴がお相手致す」

 

 武士の誇りを賭けた決闘の申し込み。

 

 格下と捉えている相手、しかも女に馬鹿にされたと思ったボガルドは、巴が宣った言葉を一瞬で頭から放り投げ、ただ戦いを挑まれた事にのみ思考が染まる。

 

「ほざきやがったな! 雑魚女が! Lv.1のテメェがLv.2に勝てるわけねぇだろうが!!」

 

「否――下克上は我が同輩、【闘豹(パンシス)】とアワラン・バタルがすでに為しておられる。勝機は少なくとも、負ける道理もまた、絶対に非ず」

 

 確かにステイタスの差はそう簡単に覆せない。しかし、絶対に覆せないわけでもない。それはすでに仲間が証明している。

 

 故にステイタスが下であることは、勝負を挑まない理由にはならない。

 

「じゃあ、やってみせろオオ!!」

 

 ボガルドは鉈を抜いて叫びながら振り上げる。 

 

 巴はそれを冷静に見つめ、左手で背中に収めたもう一振りの大刀を抜き――振り下ろされる鉈を受け止めるかと思ったその時、素早く右に横移動しながら鉈を左に受け流す。

 

 そして、右手に握る大刀を逆手に持ち直して、更に峰側を向けて薙ぐ。

 ボガルドは慌ててバックラーを装備している左腕を上げて、ガアァン!!と轟音を響かせて大刀を受け止める。

 

 その直後、

 

「ぬぅうオオ!!」

 

 巴は全力で地面を蹴り、左肩甲を突き出しながらボガルドに突撃する。

 

 まさかのショルダータックルに、ボガルドは目を見開くだけで全く防ぐ素振りすら見せず、もろに鳩尾に強烈な一撃を浴びた。

 

「ガッッ――!」

 

 ボガルドは身体をくの字に曲げて後ろに吹き飛ぶ。

 

「ボガルド!? おのれっ!」

 

 青年エルフが細剣を抜き放ち、ボガルドの救援に向かおうとするが、目の前に赤い槍が突き出されて機先を制する。

 

「っ! 貴様っ!」

 

「格下と宣った相手との戦いに横槍を入れるのが、最大派閥の作法なのでしょうか?」

 

 ディムルが長槍を突き出したまま挑発する。

 

 まさかのディムルの挑発にハルハ達は思わず目を丸くする。普段の彼女であれば、むしろ足手纏いにならないように動くはず。

 だが、その理由はディムルが纏う怒気が答えとなった。

 

「貴様ぁ……分かっているのか! エルフが我ら【ロキ・ファミリア】に楯突く意味を!!」

 

「何が言いたいのですか?」

 

「決まっているだろう!! リヴェリア様に矛を向けるという事だ!!」

 

「私はあなたに矛を向けているのであって、リヴェリア様には向けていません。そも、リヴェリア様ならば先程の言葉を咎めぬ訳がありません。あの御方は気高くはあっても、傲慢ではないのですから」

 

「黙れ! 他派閥の者がリヴェリア様を語るな! 我ら【ロキ・ファミリア】のエルフは、リヴェリア様のお側にいる事を神に認められた優れたる者達! 貴様らのような選ばれなかった落ちこぼれとは違うのだ!」

 

「……落ちこぼれ、ですか」

 

「事実だろう! エルフならば、王姫であらせられるリヴェリア様の元に集うのが道理! それを貴様らは――」

 

「確かに。王族たるリヴェリア様に敬意を抱く者であるならば貴殿の言う通りでしょう。しかし、それは――冒険者ではなく、騎士の理屈です。貴殿は、リヴェリア様の騎士になりたいのですか?」

 

「同じ事だ! 冒険者だろうが、騎士だろうが、リヴェリア様の為に戦うのであればどちらでも!」

 

「……そうですか。では、見せて頂きましょう。その忠義が信念あるものか、それとも――ただの驕りか否か」

 

「貴様! この【妖精の麗剣(エルフェンサー)】リスヴェン・レウィヤに挑むとほざくか! 仲間がボガルドに運よく一撃浴びせたからと言って、己もと、それこそ驕ってはいるまいな!?」

 

「その結果は戦いにて。ただ一つ、言わせて頂くのであれば――」

 

 ディムルは二振りの槍を軽く振り回して構え、

 

 

「我が団長を侮辱して、ただで済むと思うな。下郎」

 

 

「ほざけぇ!!」

 

 リスヴェンも猛りながら細剣を構え、鋭く突きを放つ。

 

 ディムルは短槍を軽く回しながら振り上げ、刺突を横から優しく添えるように当てて逸らす。

 

「っ――!?」

 

 ディムルは長槍の持ち手を翻して逆手に握り、石突側を振り上げてリスヴェンに叩きつけようと振り下ろす。

 リスヴェンは慌てて横に跳んで槍を躱す。だが、素早く短槍を回したディムルが石突を鋭く突き出す。

 

 回避に専念して体勢を崩していたリスヴェンは躱す余裕もなく、胸を突かれて後ろに転がる。

 

「ぐぅ!?」

 

 ディムルは追撃せずに双槍を回して、石突を穂先として構える。

 

「どうしました? 今の程度の一撃、我が団長であれば容易にいなして反撃してきますが?」

 

「っ……! おぉのれぇ!!」

 

 リスヴェンは怒りに顔を歪めて、再びディムルへと攻めかかる。

 

 そして、ボガルドもまた巴へと攻めかかっていた。

 

「おらあああ!!」

 

 猛りと共に薙がれる鉈。

 

「ふん!!」

 

 巴は右手に握る大刀を鉈に合わせるように振るい、勢いよくぶつかって火花を散らす。

 鉈と大刀は後ろに弾かれるが、巴はその勢いを利用して左の大刀を振るい、峰をボガルドの右脇に叩きこむ。もちろん、そこは鎧で覆われているがその衝撃は凄まじい。

 

「ぐっ……!?」

 

 衝撃と痛みに顔を顰めるボガルド。

 

「おお!!」

 

 巴は後ろに弾かれた右手の大刀ですかさず追撃を放ち、ボガルドはバックラーで防ぐもこれまた衝撃で上半身が揺らぐ。

 

「コイ――!?(コイツ、なんて力してやがる……!?)」

 

 Lv.2に加え、『力』と『耐久』に秀でたドワーフであるはずのボガルドを、圧倒するまでではないが防戦一方にするほどの威力を()()()放ってくるLv.1の女ドワーフ。

 

 『力』を強化するスキルを保有しているのであろう事は想像出来るも、だからと言ってそれに対処出来る手段がボガルドにはない。

 

 歯噛みしていると、今度は左の大刀が襲い掛かってくる。

 

 ボガルドは鉈とバックラーで受け止める。

 

(いくら二刀流だからって、何でここまで防戦一方になる!? 別にコイツは速いわけじゃねぇのに……!)

 

 混乱しているボガルドを尻目に、巴は二振りの大刀を大きく振り被り、直後突き出しながら全力で地面を蹴り抜いて飛び出す。

 

 ボガルドは両腕を交差させ、直後に巴の突撃(チャージ)が直撃する。

 肉包丁型の大刀の為、切っ先がないが故に殺傷力はないが、巴の力を十全に乗せることが出来る為、完全に不意を突かれたボガルドに耐える術はなかった。

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

「ぐうううおおおおおお!?」

 

 小柄な巴の突撃はやや下から押し上げる形になる。

 

 故にボガルドの両足は地面から僅かに浮き上がり、遂に完全に抵抗する事が出来なくなったボガルドは、背中から勢いよく壁に激突する。

 

「がっは――!」

 

 肺から空気が抜けて一瞬意識が飛ぶ。

 

 その様子を遠巻きに見ていたノアール達は、感心した表情を浮かべる。

 

「ほぉ……完全にボガルドの奴を圧倒するか」

 

「ありゃあこのまま決着つきそうだね」

 

「ノ、ノアールさん! バーラさん! と、止めなくていいんですか!? 下手したら死んじゃうかも!?」

 

 まさかこんな戦いになると思っていなかったヒューマンの青年は、慌てて老練の先達に訴える。その隣ではエルフ少女が顔を青くしてオロオロしていた。

 

「慌てるでない、ガーズ。安心せい、そんなことにはならんだろうさ」

 

「ど、どうしてっすか!?」

 

「分からんか……。はぁ……まだまだ未熟だのぅ。それでよくあそこまで喧嘩を売れたもんじゃ」

 

 ノアールは露骨に失望のため息を吐き、ダインとバーラは苦笑で肩を揺らす。

 

 ガーズとエルフ少女は3人の反応に訝しみ、眉を顰める。

 

「【スセリ・ファミリア】の2人はボガルド達を殺さねぇように手加減してるってことだよ」

 

「……はぁ?」

 

 格下の方が手加減してるという言葉に理解が出来ないガーズ。

 

「よく見なよ。あの2人、峰打ちや石突で攻撃してるのさ」

 

 バーラの言葉にガーズとエルフ少女は、目を丸くして戦いに視線を戻す。

 

 そして言われた通り、確かに巴とディムルは峰や石突の方で全て攻撃を放っていた。

 対して、ボガルドやリスヴェンは普通に刃側で攻撃を放っている。もっとも、リスヴェンの細剣は両刃なので峰打ちしようがないのだが。

 

「確かにステイタスはボガルド達の方が上だが、戦闘技術に関しては嬢ちゃん達の方が数段上だな。ステイタスの差を完全に逆転させてやがる」

 

「ボガルドもリスヴェンも、攻撃の機先を潰されるように誘導されておる。対して、あの娘達の方は次の攻撃に繋げられるように攻撃を放ち、隙を埋めている。例えボガルド達に力押しされても対処出来るようにな」

 

「そ、そんな……」

 

 驚愕するガーズとエルフ少女の目に、細剣を長槍で大きく弾かれたリスヴェンのこめかみに、カコォン!と短槍の石突が叩きつけられる光景が映る。

 

 リスヴェンの上半身は大きく揺れ、その隙を見逃さなかったディムルは右足でリスヴェンの足を軽く払い、更にその右足を振り上げてバランスを崩したリスヴェンの顎を蹴り上げる。

 

「――ッッ!?!?」

 

 顎を跳ね上げたリスヴェン。

 ディムルは振り上げた右足を勢いよく振り下ろして地面を踏み込み、同時に短槍を突き出してリスヴェンの腹部を突く。

 

「ごっ――!」

 

 リスヴェンは後ろに吹き飛び、地面をまた転がる。

 

 そのすぐ近くで戦っているボガルドは、完全に壁に追いやられた状態で、巴の猛攻に防戦一方だった。

 

「そんな……あの2人がLv.1にこんな一方的に……」

 

「やれやれ……だから言うたじゃろう。ステイタスを上げる事に固執した所で勝てるとは限らんとな。その力を使い熟せなければ、ただの飾りと何も変わらん」

 

「それにLv.2とは言え、アイツらもお前もランクアップしてまだ2ヶ月程度だ。お前らが思ってる程、Lv.1との差はねぇぞ」

 

「ま……あの小娘達はちょっと異常と言えば異常だけどね。あそこまでの戦闘技術を持つLv.1なんて滅多にいないよ」

 

「そうじゃな。だが、ロキやリヴェリアの話では、【スセリ・ファミリア】は【フレイヤ・ファミリア】にも引けをとらん程に日頃から本拠で組手を行なっておるらしいぞ。ダンジョンに潜った後でもな」

 

「「なっ……」」

 

「あの戦いを見るにそれは真実のようじゃな。控えておる連中も、ドットムも含めて全員が今の状況を当然と思っておる。……さて、そんな連中の頭を張る【迅雷童子】は、どれほどのものか。確かに、興味を引かれるのぅ」

 

「少なくとも、あの嬢ちゃん達に勝って当然くらいの実力らしいからな」

 

「フィン達や【ガネーシャ・ファミリア】が注目するのも納得だねぇ」

 

 そんな指導者達の考えなど知る由もないリスヴェンは、もう何度目か分からない腹部の突きを食らい、数歩後ずさって片膝をつく。

 

「はぁ……はぁ……ぐっ!……はぁ……はぁ……」

 

「もう終わりですか?」

 

 ディムルは槍を構えたまま問いかける。

 結局リスヴェンはディムルにまともな一撃を浴びせる事など一度も出来ていない。何度か掠ってはいるが、全て鎧に防がれている。

 

「ぐっ……! おのれぇ……!!」

 

「貴殿の剣は確かに見事です。研鑽の歴がよく分かる。……ですが、少々潔癖に過ぎます」

 

「なんだと……!?」

 

「剣筋が綺麗過ぎて、非常に読み易いのです。剣筋を塞ぎ、逸らせば容易に攻撃のリズムやバランスが崩れる。故にステイタスが低い私でも、こうして貴殿を見下ろせる」

 

 モンスター相手であればそこまで苦戦はしないだろうが、基本的に技と駆け引きの応酬である対人戦ではステイタスだけで勝てるほど甘くはなかった。

 

「貴殿らが侮辱した我らが団長は、一対一の戦いで私の前で片膝をついた事はありませんよ。これまでの攻撃も、団長であれば容易く躱し、受け流し、すぐに反撃して、私の方が防戦一方になる。いつも己が未熟さを思い知らされる私が、どうして驕る事が、調子に乗る事が出来ましょうか」

 

 ダンジョン探索とて、自分が足を引っ張っている事など百も……千も万も承知だ。

 だから、弛まぬ鍛錬を続けている。だが周りの者達は、団長はそれ以上の事をしている。

 毎日毎日、ディムルは自分の弱さを突きつけられている。

 

 それでも挫けないのは、やはりフロルの存在だ。

 

 自分の半分以下の歳の子供が、自分以上の努力と鍛錬、そして死闘と苦難を乗り越え、前に進み続けているからだ。

 

 周りからあれだけ注目され、煽てられ、妬まれ、凄いと褒められているのに、喜ぶどころか困惑したような、迷惑そうな顔を浮かべ――時々どこか苦しそうな顔をする少年。

 

 噂は聞いている。本人や主神からも、詳しくではないが話を聞いている。

 

 かの世界記録を為した時に、悲劇があった。

 

 失われた命が、救えなかった命が、見捨ててしまった命があったと。

 

 救うべき同族()に、逆に生き残る力を貰った。その命と引き換えに。

 

『だから――誇る理由がない。偉業なんかじゃ、ない』

 

 そう、彼は告げた。

 

 そんな彼のやっている事が、ままごと? 道楽?

 

 ありえない。ふざけるな。一体彼の何を見ている?

 

 私が追いかける背中を、侮辱するな。

 

「関係ありません。リヴェリア様であろうが、最大派閥であろうが、神であろうが……我が信念と誇りに懸けて、我が団長を侮辱する事を、私は赦さない」

 

 【スセリ・ファミリア】はフロル・ベルムの為に在る。

 

 その通りだ。このファミリアは、彼と歩みを共にする、支える者を集める為に在る。

 

 少なくとも己は、彼と共に戦う為に、彼と共に戦いたいから、此処にいる!

 

「エルフとして落ちこぼれようと構いません。武人として、我が槍を捧げる御方はすでにいる」

 

 故に――

 

「我が歩みに、迷い無し」

 

 ディムルの言葉の力強さに、リスヴェンは一瞬気圧されるもすぐに歯を食いしばって、ふらつきながら立ち上がる。

 

「おのれ……騎士気取りの、落ちこぼれが……!」

 

 その言葉にもはや最初の勢いはなく、ただの虚勢、意地に近いものだった。

 それでも、リスヴェンが負けを認める様子はなく、再び細剣を構える。

 

 そしてボガルドと巴の戦いも、同じくボガルドが意地を見せて、武器を構えていた。

 

「はっ……はっ……ちくしょう……!」

 

 巴とディムルは武器を構えながらも僅かに間合いを開けて、2人の出方を窺っていた。

 

「負けてたまるか……Lv.1なんぞに、弱小派閥なんぞに……負けてられねぇんだぁ!!」

 

 ボガルドが叫びながら鉈を振り上げて切りかかる。

 

 それに合わせてリスヴェンも刺突を放とうと足を踏み出す。

 

 巴とディムルが迎え撃とうとした、その時。

 

 

「そこまで!!」

 

 

 4人の間に人影が滑り込み、巴とディムルは素早く後ろに跳び下がる。

 

 そして、滑り込んだ人影の1つは武器を振るうボガルドの腕を掴み、もう1つの人影は突き出された細剣の切っ先に長剣の腹で受け止めた。

 

「「!!」」

 

 目を見開くボガルド達の前にいたのは、ダインとノアールであった。

 

「ここまでにしとけ、ボガルド」

 

「ダインさん……!」

 

「お前もじゃ、リスヴェン。剣を収めろ」

 

「ノアール殿……! しかし!」

 

「お主等の負けじゃ。素直に受け入れぬか」

 

「「ぐっ……!」」

 

 尊敬する先輩冒険者に言われては流石にこれ以上反抗する事は出来ず、ボガルドとリスヴェルは武器を下ろして項垂れる。

 

 それを確認したノアールは後ろを振り返り、

 

「もうこれ以上手を出す気も、出させる気もない。だから、そちらも武器を収めてくれ」

 

 そこには先程までノアール達同様、後ろに控えていたハルハ達【スセリ・ファミリア】の面々が武器を構えて、巴やディムル達を囲む姿があった。

 

 ハルハ達はノアール達が動いたのと同時に動き、巴とディムルを援護する陣形を整えたのだ。

 

 その動きを離れたところで見ていたガーズとエルフ少女は驚きに瞠目していた。

 

「何を驚いてんだい、ガーズ、アリシア」

 

「い、いや……でも……」

 

「今の動きは……」

 

「そりゃ戦いに割り込まないようにアタシらを警戒してたに決まってるだろ? アタシらだって同じだしね」

 

「もっとも、戦ってる嬢ちゃん達もこっちにずっと意識向けてたがな」

 

 視線を向けられたハルハは武器を下ろし、肩を竦める。

 

「そりゃあ、今ここで一番ヤバいのはアンタらだしねぇ。警戒しないわけにいかないだろ」

 

「そうですな。戦いの最中こそ、最も隙が出来やすいもの。警戒を怠る事など出来ますまい」

 

「流石に第一級、第二級の冒険者にも我が技が通じるなどと自惚れてはいませんので」

 

 巴とディムルの言葉にボガルドとリスヴェンは顔を顰める。

 それはつまり、自分達はその余裕を持てる相手だと言われた事に他ならないからだ。

 

「さて、今回はここで幕引きとしよう。此度の件はフィンとロキに確と報告し、此奴らには落とし前をつけさせる。もちろん、儂らもな」

 

「……まぁ、今回はこっちも挑発に乗り過ぎたしね。アタシらも今回の件は団長と主神に判断を委ねるとするよ」

 

 ハルハは巴とディムルに顔を向け、

 

「それで良いかい?」

 

「はい」

 

「異存無し」

 

「さて……とりあえず、一度18階層まで行って休むかい?」

 

「だな。暴れたりねぇし」

 

「2人、武器、整備する」

 

「感謝致す」

 

「じゃ、アタシらは進ませてもらうよ」

 

「うむ」

 

 そう言ってハルハ達は歩き出し、ノアール達の横を通り過ぎようとする。

 

「――あぁ、そうだ」

 

 するとハルハがわざとらしく声を上げ、ボガルド達に顔を向ける。

 

「一つ、言い忘れたけどね」

 

 ボガルド達は眉を顰めて訝しむ。

 

 ハルハはニヤリと意地悪い笑みを浮かべ、

 

 

「アンタらが馬鹿にしたうちの団長だけどさ。組手だけど、アタシら全員を相手にして小一時間は戦い抜けるよ。もちろん、反撃ありでね」

 

 

「「!!」」

 

「くくっ! じゃあね」

 

 ボガルド達は目を丸くして固まり、その反応を見たハルハは心底楽しげに笑い、歩みを再開する。

 アワランやドットムはハルハの仕返しに苦笑し、巴やディムル、ツァオ達はもはや興味を失ったかのように、見向きもしなかった。ぶっちゃけ、まだ怒っているだけなのだが。

 

 ボガルド達は苦々しくハルハ達を見送り、姿が見えなくなった所で、

 

「くそっ!!」

 

 ボガルドが悔しさを吐き出した。

 リスヴェンも両手を握り締めて羞恥に震える。

 

 ノアールは腕を組み、片手で顎髭を撫でる。

 

「どちらが立場を分かっていなかったか、理解は出来たかの?」

 

 ノアールの言葉にボガルドとリスヴェンは肩が跳ねる。

 

「お前達がファミリアに誇りを持つ事に関してとやかく言うつもりはない。儂らとて【ロキ・ファミリア】に誇りを持っておるしな。――だが、その誇りを驕りにしてはおらん」

 

「俺達だってファミリアを支えてる。だが、ファミリアを最も支えてるのは、誰だと思う?」

 

「「……」」

 

「言うまでもなくフィン達さ。アタシらもアンタらも、アイツらが先頭で命張って来たから、最大派閥の団員だって胸を張れるんだ」

 

「そんなあ奴らが他の派閥をままごとや道楽だと見下し、蔑んだところを、お前達は見たことがあるか? 聞いたことがあるか? 立場を分からせようと、弱者を甚振ろうとした事があるか?」

 

 指導者達の言葉に、ボガルドとリスヴェンは項垂れる。

 

「ゆめ忘れるな。お前達が驕る事が出来たのは、フィン達がこれまで先程の【スセリ・ファミリア】のように、周りから馬鹿にされ、見下され、数え切れぬほどの泥と血の味を味わい、それを乗り越えてきたからだという事を」

 

 ただでさえ冒険者に向かない小人族。これまで危険とは無縁だったハイエルフ。

 そして、立ちはだかるは千年近くオラリオに君臨している【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の怪物達。

 

 何度も一撃で地面に叩き伏せられてきた。片手で薙ぎ払われてきた。戦術を力でひっくり返されてきた。

 

 それでも諦めず、戦い続けたからこそ、【ロキ・ファミリア】はオラリオの頂点の一角に昇ったのだ。

 

 確かにそんなファミリアに入団出来たのは自慢だろう。誇りだろう。

 だが、派閥の強さは、自身の強さと同じではない。【ロキ・ファミリア】に入れたからと言って、努力をサボれば周りに置いて行かれるのは当然のことだ。

 

 『神の恩恵』によって得られる恩恵に、違いはないのだから。

 

「今のお前達と【スセリ・ファミリア】は何も変わらぬ。お前達はファミリア内でも、オラリオでも、まだまだ未熟者なのだ。驕る余裕など、あるわけがない」

 

「ってぇわけで! 当分ぶっ倒れるまで特訓してやるからな! 帰ったら早速だ! 覚悟しとけぇ! がはははは!!」

 

 大笑いしながら歩き出すダインに、ノアールとバーラもニヤニヤしながら続き、ボガルド達は顔を真っ青にして項垂れながら歩き出す。

 

 そして、当然ながらこの話を聞いたフロルとガレスは、それぞれの本拠で目を手で覆い、

 

 

「速攻でフラグ回収してんじゃん」

 

「馬鹿な事ほど口にすれば当たる、か。坊主には悪いことしたかもしれん」

 

 

 と、揃って呆れるしかなかったのであった。

 

 

 




サラリとアリシアさん登場。ちなみに彼女はまだLv.1で、入団したてです。彼女はもう少し後でスポットを当てる予定です。

ここで一つお伝え(ネタばれ?)を。

この時期は原作でもダンメモでもほとんど触れられていないので、どうやってもオリキャラがよく出てきます。そして、秩序側も闇派閥側もオリジナルファミリアを考えています。

ですが、【スセリ・ファミリア】以外のオリキャラ、オリジナルファミリアは、構想現段階では原作時期にはほぼ登場しない予定です。
理由は色々です。そこはお察し願います。

この手の作品では、オリキャラの扱いが難しく、評価の分かれ目になると思いますが……やはり気にされている方々も多いようなので、先にお伝えしときますm(_ _)m

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